もし埼玉県庁が○○に置かれていたら
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岩槻市[編集 | ソースを編集]
- 埼玉県の県庁は当初岩槻に置かれる予定でしたが、適当な建物が岩槻に無かったため浦和に置かれることとなりました(「埼玉県」の県名は岩槻(南埼玉郡)に置く予定だった名残。浦和は北足立郡)。
- さらに、埼玉の熊谷は川越の次に市制を施行し、数十年前まではさいたま市や川口市などよりも経済的に発展していた時期があり、実際に浦和から熊谷への県庁所在地の移転を求める運動もあった。
- では、予定通り岩槻に置かれていたら?
- 東北本線と高崎線は岩槻で分岐する。
- 赤羽あたりで分岐し、今の赤羽~大宮は高崎線になってたんじゃないか。
- 高崎線の方が開業は先で、そこから分岐して東北本線を敷設する時の案にあったのは川口分岐(岩槻・幸手経由)、熊谷分岐(佐野・栃木経由)、大宮分岐(現行)だから、川口ではないかと。
- 大宮は岩槻市に飲み込まれてしまう。
- 美園も編入。
- 大宮、浦和と合併して埼玉市になった筈・・・
- いや、岩槻城があった城下町であったため、浦和や大宮などと合併しても、市名は岩槻市であろう。
- さらに、春日部や越谷なども合併して、岩槻が中心都市となり、大宮は岩槻から外れたど田舎扱いされる。
- いや、岩槻城があった城下町であったため、浦和や大宮などと合併しても、市名は岩槻市であろう。
大宮市[編集 | ソースを編集]
川越市[編集 | ソースを編集]
- 高崎線は川越街道沿いにできていた。
- 上越新幹線も川越に停車。
- 東北新幹線も。
- 中山道沿いには東武東上線が敷設される。熊谷線は廃止にならず、太田への延伸と電化が行われていた。
- 上越新幹線も川越に停車。
- 西武ドームは川越にできていてチーム名は川越西武ライオンズ。
- 大宮市を吸収していた。
- 県庁でも川向うは無理だろう。坂戸・鶴ヶ島・川島~富士見・ふじみ野ぐらいがせいぜい。
- 旧入間県の名誉にかけて川越県政は旧入間県域(川越とか所沢とか秩父とか)を中心に予算を充当して開発し、旧埼玉県域(さいたまとか川口とか)を徹底的に干す。
- 冷遇された旧埼玉県域は川越を県庁とする埼玉県からの独立と東京都への吸収合併を求める。
- 旧国鉄は現実の東武東上線、西武池袋線、西武新宿線沿線にあり、現実の京浜東北線は東武鉄道が東武大宮線などという名称で作ってたと思われ、埼京線はなかったと思われる。
- 東武大宮線はおそらく、北千住-小台-新田-赤羽-(現実の京浜東北線と同じ)-大宮となっていたと思われる。そして、大宮から春日部までは現実の野田線と同じ。
- 関越自動車道が首都高に直結していた。
熊谷市[編集 | ソースを編集]
- かつて群馬県と埼玉県西部の入間県が合併してできた「熊谷県」の県庁所在地だった。
- さいたま市以南の地域は、埼玉県からの離脱と東京都への吸収合併を激しく求めた。
- 埼玉大学はさいたま市の桜区ではなく熊谷かその周辺に設置され、医学部や法学部なども設置されていた。
- 埼玉大学は群馬大学と合併していたかもしれない。
- 熊谷に本社がある秩父鉄道は現実以上にもうかり、熊谷高校は県内で最も偏差値の高い高校となる。
- 秩父に行く観光客は現実以上に増加する。
- 熊谷から群馬の大田の間に鉄道が敷設される。
- 会社はJR東日本でなければ、東武鉄道であろう。
- それって東武熊谷線?
- 会社はJR東日本でなければ、東武鉄道であろう。
- 東京から遠い為、県庁所在地にも関わらず人口が県内で4位、5位ぐらいになっていた。
- 結局東京寄りの県南部ばかりが発展するというイバラキのような事態に・・・
- 場合によったら浦和・川口・戸田あたりが合併して県庁所在地・熊谷より先に政令指定都市になっていたかも。
- 県庁所在地の位置的に、埼玉県は北関東に分類されていた可能性もある。
- 結局東京寄りの県南部ばかりが発展するというイバラキのような事態に・・・
- 南北の鉄道幹線は東京〜川越〜熊谷〜佐野〜となっており、熊谷が新潟長野方面の幹線分岐点になっていた。
行田市[編集 | ソースを編集]
- 行田市と埼玉村合併に合わせて「埼玉市」に改称した。
- 読み方は「さいたま」ではなく「さきたま」。
- なのでダ埼玉とか馬鹿にされずにすまされた。
- 現実以上に埼玉市になる可能性はないかと。むしろ改称されずに忍市になっていた。
- 県名の読みも「さいたまけん」じゃなくて「さきたまけん」?
- 読み方は「さいたま」ではなく「さきたま」。
- ゼリーフライが全国区に。
- 現実以上に足袋製造業が名声を馳せていた。
所沢市[編集 | ソースを編集]
- 現在の所沢市は入間市・狭山市・入間郡を吸収、政令指定都市になっていた。
- 早稲田大学のキャンパスは所沢キャンパスに集束されていた。
- 慶応サイドから都落ちと揶揄されていたかもしれない。
- 慶応も身体半分は横浜にあるが・・・。
- 武蔵野線は所沢市内を走っていた。
春日部市[編集 | ソースを編集]
- 東武鉄道が国有化。
- こちらでも埼玉県と名乗っていたかもしれない。
- 東北道は春日部経由に。
- 浦和IC-春日部IC-久喜IC
川口市[編集 | ソースを編集]
- 東京からかなり近いので人口はほぼ同じか、史実以上だった。
- 常磐線の川口駅経由が実現していたかも。
- 浦和あたりまで川口市域だったかも
- 武南市構想は破綻していなかっただろう。(名前は川口市のまま。)
- 確実に大津市と比較される。
秩父市[編集 | ソースを編集]
- 史実通り秩父市の観光開発は始まるだろうか?
- 北足立郡の大宮は氷川に。
- 秩父県になっていた。
東京都中央区[編集 | ソースを編集]
おまけ[編集 | ソースを編集]
- 当初から浦和市に置かれる予定だったら
- 当初は岩槻に置かれる予定だったが、当初から浦和に県庁所在地を置くつもりだったら?
- 県名は「足立県」?
- 普通に「浦和県」だろう。
- 「さいたま市」は誕生せず、合併しても「浦和市」のまま。
- 普通に「浦和県」だろう。
- 浦和ももう少し発展出来ていたかもしれない。
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