上賀茂
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上賀茂[編集 | ソースを編集]
- 賀茂別雷神社のある地域。
- 街自体が、神社中心に回っているように思われているが、神社の近く以外はそうでもない。
- 神社の関係者が暮らす家のある町並みが社家の街並みとか賀茂の社家として知られている。
- 実は北大路魯山人の生まれは北大路界隈ではなく、上賀茂北大路町。
- 太田神社のすぐ手前に、生誕地の石碑も残る。
- 上賀茂の地を歩いてみると感じるのが、この街が水とともに生きてきた街だということ。
- 柊野と雲ヶ畑の間の山(十三石山)は、御所で使う飲み水の供給地でもあったらしく、禁裏御料になっていたとか。水にちなんで、国家レベルで大事にされていたことが分かる。
- 賀茂別雷神社の境内や、社家街あたりでは、水が引かれた水路があるが、流れる水が綺麗。
- 何となく津和野みたい。
- なんといっても、京野菜の1つ、賀茂なすの産地。
- ナスの栽培は水が命。こんなところにも水とともに生きる上賀茂らしさが感じられる。
- 京野菜の中でも割と代表格の野菜。ちなみにKBS京都のイメージキャラクターであるカモンナスは賀茂なすがモチーフ。
- すぐき菜の名産地としても知られる。
- 昭和の終わり頃、すぐき菜は身体に悪いという俗説が出回ったことがあるが、実はラブレ菌等の影響でむしろ身体に良かったことが後年になって判明した。
- 当時の関係者の悩みを思うと、素直には喜べない。
- すぐき菜農家や漬物屋には、当時の話はタブーだが、故・山村美紗先生は小説で何度かそのことに触れている。
- 昭和の終わり頃、すぐき菜は身体に悪いという俗説が出回ったことがあるが、実はラブレ菌等の影響でむしろ身体に良かったことが後年になって判明した。
- 「みその橋サカイ」の冷麺はよくテレビで取り上げられる。
- これとは別に「中華サカイ」というのも同じ区内にあるらしい。
- 関西人が冷やし中華を冷麺と呼ぶようになったのはここから。
北山[編集 | ソースを編集]
- 北山は「京都の代官山」と言われるが・・・?
- わずか数百メートルにそれっぽい店があるだけで・・・?
- でも、ヴィレッジヴァンガードがあるのは嬉しい
- バブルが弾けるまではいっぱい店あった。
- 京都の水曜どうでしょうファンやおにぎりあたためますかファンお馴染みの原田社会保険労働士事務所もある。
- 今も少し進んだところに畑があるが、昔はもっとキャベツ畑があったと言われている。
- わずか数百メートルにそれっぽい店があるだけで・・・?
- 北山にあるマールブランシュは京都人なら、誰もがよく知る名店。茶の菓というラングドシャで有名。
- 北山本店の場合、店に併設された喫茶コーナーでいただけるモンブランが評判。
- 京都五山送り火の「妙法」がこの近くにある。
- 地下鉄北山駅の真上に「熊本ラーメン肥後もっこす」というラーメン店があるがもちろん神戸のチェーン店とは関係ない。
- 北山通を挟んだ真向かいに京都府立陶板名画の庭がある。
柊野[編集 | ソースを編集]
- 賀茂別雷神社の裏手にある奥地。
- 僻地っぽい感じがするが、それなりに人は住んでいる。
- ヒラギノフォントの名前の由来。
- 京産大のキャンパスがある。
- 賀茂別雷神社の支配地域だった割に、地元の氏神は貴船神社から勧請した柊野貴船神社に担ってもらっている。
深泥池[編集 | ソースを編集]
- 深泥池は「みぞろがいけ」が正しい。
- 「みどろ」じゃなくて?
- 池の名前は「みぞろ」だけどバス停は「みどろ」。バス停は他にも七条が「しちじょう」ではなく「ななじょう」だったりする。
- 「みどろ」じゃなくて?
- 深泥池はタクシー幽霊の噂の発祥の地。
- ここに限らず、京都は昔から盆地の縁を怪談話の舞台にしてきた。
- 深泥池貴舩神社という神社がある。
- 江戸期に、貴船神社が遠くてお参りできない人のために、鞍馬街道沿いで京都盆地の端に当たるこの地に、分祀してお祭りしたのが始まりらしい。
- すぐき発祥の地はこの辺り。
- 貴舩神社のあたりにあった秋葉神社が上賀茂の禰宜らにぶっ壊されたところ、翌年、上賀茂深泥池町付近が大火事で焼けてしまう。唯一残った漬物樽を開けるといい香りがしたので食ってみると「酸い茎」だったことから「すぐき」となったらしい。
- この辺りに、府道40号で一番の斜度、勾配25%の急坂がある。(馬頭観音峠)
- 勾配は急だし狭いわりに、下鴨本通や堀川通から岩倉へ抜けられるルートになっているため、往来は多い。