京阪2200系電車
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京阪2200系電車の噂[編集 | ソースを編集]
- 1964年12月登場。
- 何気に阪急3000系と同時期。
- 全編成が7連を組成しているので、各停や準急に乗ると高確率でこれに当たる。
- 一時期8連があった。ちなみに京阪で初めて8両運転をしたのはこの系列。
- 元々は急行用だった。
- 6000系登場までは急行・準急に優先的に運用されていた。
- 2600系2629Fが2200系連結用として登場するまでは4連もあり、宇治線への入線実績もある。
- 2210Fだが、他の編成も臨時で4両になったことがある。さらに2400系と連結したこともある。
- 以前は2600系から方向幕をなくしたような前面スタイルをしていたが車体改修が行われた際に現在のスタイルになった。
- 発電ブレーキと回生ブレーキの車両がある。
- 後期に更新された車両が回生ブレーキ。
- 発電ブレーキ編成は今や京阪で唯一の抵抗制御車に。13000系本線仕様投入で全廃は時間の問題か?
- 発電ブレーキ編成でも顔は後期型なのがいるのがややこしい。
- むしろこれが1番多かった。中期型とも言えるタイプ。
- 発電ブレーキ編成でも顔は後期型なのがいるのがややこしい。
- 発電ブレーキ編成は今や京阪で唯一の抵抗制御車に。13000系本線仕様投入で全廃は時間の問題か?
- 2210Fは回生ブレーキ車両と発電ブレーキ車両が編成内で混在しているが、この編成はかつては2629Fと連結していた。
- 後期に更新された車両が回生ブレーキ。
- 最初に更新された2222・2223・2225Fは前面の窓がHゴム支持で標識灯が旧タイプ。
- 2013年現在、旧タイプは2225Fのみ残存。
- 新型ATS非搭載なので、真っ先に置き換えられそうだ。
- 同時期に登場した京津線600形と比べるとやっつけ更新っぷりが酷い、と思った。あっちは代替新造と言う名の魔改造で出来る限り6000系に近付けた(SIVに至っては初採用)のに、何やこの差は…。
- こっちはリニューアルと言うよりも老朽劣化部分の修繕と言った感じがする。
- 既に6000系が登場していたが、化粧板は更新前と同じ黄緑色のもの。次の2400系からは6000系と同じ薄茶系になった。
- 同時期に登場した京津線600形と比べるとやっつけ更新っぷりが酷い、と思った。あっちは代替新造と言う名の魔改造で出来る限り6000系に近付けた(SIVに至っては初採用)のに、何やこの差は…。
- 新型ATS非搭載なので、真っ先に置き換えられそうだ。
- 車体改修前は7両固定編成と3+4に分割可能な編成の双方が存在していた。
- 前者は途中で前面の幌が外されたが、後者は車体改修まで幌が存置されていた。そのため表情が異なっていた。
- 車体改修時に全て7両固定編成となったが、運転台跡は完全に客室化され、通常よりも幅の狭い窓が新設された。元運転台側の妻面は先頭車時代のまま丸みを帯びている。
- 改修前に2600系と同様の運転台機器のみを撤去した車両もあったが、こちらも同様に改造された。
- 2013年現在、旧タイプは2225Fのみ残存。
- ゾロ目ナンバー(2222号車)が存在したが既に廃車されている。
- 2270号車は事故で貫通扉を2400系と同じ物に交換した。
- 同じく事故で1900系の廃車発生品から流用したのがあるらしい。
- この2270号車は既に廃車されている。
- 2216号車も同様に貫通扉を破損し、1900系の廃車発生品に交換した(車内から見ると化粧板が異なるのでわかる)。皮肉にもこいつが最後まで残ることになるとは…。
- 同じく事故で1900系の廃車発生品から流用したのがあるらしい。
- 2381~2385は他の2200系が製造終了してから15年以上後の1985年に製造された。このため他の2200系とは仕様が異なり車体は2600系30番代に近い。
- 京阪線8連運転開始と同時に製造された。当時8連は平日朝夕ラッシュ時のみの運用だったため最新鋭の6000系を8連化すると昼間は運用できないため敢えて2200系が8両運転に抜擢された。
- その後利用客減で8連が減少したことを考えるとこの選択は結果として正しかったと言える。6000系が昼間持て余してることを考えると。
- それと京都市内の地下化工事終了時点で樟葉以北も8両対応にする予定だった事もある。
- 8両編成の需要低下と2200系自体の廃車が進んで、現在では一部の車両は休車扱いに。
- これも2016年11月で廃車。
- 実働31年と京阪としては短命だった。何気に6000系1次車より新しい。今となっては60年選手がいることを考えたらこれを残せなかったのか、と言いたい。
- そのくせ1964年製造の1次車が令和になっても残っている…。
- 境遇が対岸の6330Fと似ている(向こうも1984年製造と他の車両と比べて新しいが2009年に早くも廃車された)。
- 実働31年と京阪としては短命だった。何気に6000系1次車より新しい。今となっては60年選手がいることを考えたらこれを残せなかったのか、と言いたい。
- これも2016年11月で廃車。
- 台車は2600系30番代や他の2200系と異なりSUミンデンタイプのものが採用されたが、インダイレクトマウント構造の珍しいもの。
- 6000系に採用されたのはダイレクトマウント(車体直結式)。
- ドアエンジンも他の2200系とは異なっていた(6000系後期タイプと同じものが使われていた)。
- 京阪線8連運転開始と同時に製造された。当時8連は平日朝夕ラッシュ時のみの運用だったため最新鋭の6000系を8連化すると昼間は運用できないため敢えて2200系が8両運転に抜擢された。
- 1984~1988年に実施された車体改修工事は4両と3両に分けて行われたため、一時的に改修済みと未改修車の混結も見られた。
- 最初に改修された2222のみ前面の方向幕が改修当初白幕だった。
- この系列から京阪は川崎重工業独占発注に。
- 但し2200系製造時はまだ川崎車輌だった。
- 2400系のうち1969年製造の2451F~2453Fまでが川崎車輌製。
- 但し2200系製造時はまだ川崎車輌だった。
- 京橋駅ホームドア設置の関係か、ヘッドライトがLED化された編成が登場した。あの2225Fも含めて。しかし悪運強すぎる編成やな2225Fは。そのせいで5000系全廃だと言うのに。
- それだけでなく2400系2452Fにも先を越された。
- 編成としての最終増備車である1968年製の2224F~2226Fは当初から7両貫通編成として製造され、台車も他車と異なる。
- 但し後年の編成替えでラストの2226F以外は元先頭車が編成内に入った。
- その先頭車は基本的に1964~65年製の初期車である。
- 車内は運転室と客室の間の仕切り引戸がこのグループのみ全て化粧板貼りの無塗装となっている。
- 実は1965年製までと1966年製以降では仕様が微妙に異なる。前者は座席定員が多くドアエンジンの音が小さいのに対し後者は座席定員が少なく(ドア間の座席が短い)ドアエンジンの音が大きい。
- 前者は元々は2600系の大半と同じ座席下にドアエンジンがあったが車体改修と同時に更新された。後者は製造当初からドア上にドアエンジンがあるタイプ。両者ではドア上部の形状が異なる(前者は押さえ面がアルミ無塗装に対し後者は化粧板と同じ色に塗装)。
- 8連化の際追加製造された2380番台を除く全車が京橋駅の旧駅時代を経験している。
- 但し近鉄京都線には乗り入れたことはない(2000系も)。
- 但し後年の編成替えでラストの2226F以外は元先頭車が編成内に入った。
- 7連化の過程でTcが3両余剰となり2000系に編入された。
- これは結局2200系に戻ることはなく他の2000系とともに2600系に改造された。2021年現在では2624Fの2924号車が現役。
- 書類上は15年ほどで廃車されたことになる(2600系は新造扱いのため)。
- これは結局2200系に戻ることはなく他の2000系とともに2600系に改造された。2021年現在では2624Fの2924号車が現役。
- 2021年9月のダイヤ改正の時点では7編成が残っていたがその全てが運用離脱…。
- と思いきやダイヤ改正後に一部の編成が運用復帰した。
- その後も、成仏しきれなかった一部の編成が運用に戻っている。波動用になったという認識でよいのだろうか。
- 次の13000系投入までの繋ぎかと。
- 復帰した編成の中には、2209Fという1965年製造のかなりのオンボロもいる。これが2024年現在、京阪では最古参。
- 2211Fも1966年製造だが、外板の痛みが激しく満身創痍の状態。それで100km/hを超える高速走行をしている。
- 阪急3000系とは同い年で、こちらも50年以上の長きに渡り活躍したが、最後は伊丹線などの支線運用だった。
- 回生ブレーキ化改造されなかった編成は、復帰することなく、2023年までに全編成が廃車された。
- とうとう還暦を迎えてしまった。ついでに中之島線開業前の塗装に戻る編成が出るらしい。
- 同期の近鉄8000系の方は還暦を迎えるタイミングで引退だが、こちらは還暦を迎えても引退までまだ暫くかかりそう。
- 近鉄の同期も、2024年のうちには引退せず。後輩の8600系ばかり消している。
- あくまで2200系のデビューから60年であり、編成単位で60年生き延びている車両は現状いない。ただし2209Fは、あと1年生きれば、文字通りの還暦を迎えることになる。
- 還暦までもう少しってところで、宇治川でも木津川でもなく三途の川を渡ることになった。
- ずっと本線で高速運転をした上で60年生きたというのはほとんど例がないように思う。
- これより古い車両は能勢電鉄1700系(元阪急2000系、1960年登場)があるがこちらは低速運転なので本系列ほど過酷な運用ではない。
- 京阪にも大津線の600形(1950~60年代製造の260形の車体を流用)があるがこちらは台車や機器を全て新調している。
- 実は2211Fの中に一両だけ1964年12月製造の車両(2369。元2254)がおり、これが現在の京阪の最古参であるとともに唯一の還暦となる。
- もしかして:2025年のダイヤ改正で全編成一斉離脱(2600系0番台みたいに)
- それどころか2400系もその可能性が出てきた(13000系4連が15本あり、7連を4連で置き換える可能性があるので)。
- 2400系ではなく、1000系が巻き添えを喰らう可能性もある。流石に3形式全部淘汰は無理だろうけど。
- 2400系も1本のみ既に廃車になっている(2452F)。
- ダイヤ改正後も一部残った模様。
- 2021年9月改正時にも同じようなことがあったので、これで2回目ということに。
- 見た感じ、復刻塗装になった2216F以外は離脱したみたいだ。
- 東武の8111Fと同様、動態保存のつもりで走らせているのかも。
- 東京のとある緑の会社みたいに、置き換え計画が迷走した結果、1編成だけ置き換えきれずに残留する形となった。
- 東武の8111Fと同様、動態保存のつもりで走らせているのかも。
- それどころか2400系もその可能性が出てきた(13000系4連が15本あり、7連を4連で置き換える可能性があるので)。
- デビューは1965年の正月輸送で、従って1964年に営業運転開始した車両は存在しない。
- 同期の近鉄8000系の方は還暦を迎えるタイミングで引退だが、こちらは還暦を迎えても引退までまだ暫くかかりそう。