コンテンツにスキップ

国政選挙

衆議院議員総選挙

[編集 | ソースを編集]

第39回(1990年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 1967年1月の第31回衆議院議員総選挙以来、23年ぶりに冬季に実施された総選挙。
  2. 自民党は、海部俊樹のクリーンなイメージで、消費税やリクルート問題から続いた負の連鎖を断ち切ることに成功。275議席という安定多数を大きく上回る議席を獲得し勝利。
    • 一方、野党はおたかさん率いる社会党が前年のマドンナ旋風の勢いそのまま136議席を獲得するも、公明党・共産党・民社党などは逆に大きく議席を減少させ、敗戦。
  3. そして、なんといっても忘れてはいけないのは「真理党」。
    • 25人が出馬するも議席は獲得できずに終わる。
    • この時に選挙カーから流れていた曲が印象に残っているという人も一定数いるのでは?

第40回(1993年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 元熊本県知事の細川護熙率いる日本新党や、自民党を裏切った小沢一郎や羽田孜らの新生党・武村正義や鳩山由紀夫らの新党さきがけが躍進、いわゆる「新党ブーム」である。
  2. 一方、自民党は過半数割れ、社会党に至っては136から70と議席をほぼ半減させ惨敗!「55年体制」が終わった選挙でもある。
    • これにより、自民党は結党以来初めて下野する羽目に。
    • 社会党に至っては、これが「終わりの始まり」ということは、言うまでもない。
  3. この選挙で初当選したメンバー、実に豪華である。
    • 細川護熙、安倍晋三、野田佳彦、岸田文雄、高市早苗とのちの内閣総理大臣を5人も輩出。
    • 他にも自民党から野田聖子や浜田靖一など。日本新党から前原誠司、枝野幸男、海江田万里、茂木敏充、小池百合子。共産党から志位和夫、穀田恵二。公明党から太田昭宏、石井啓一、斉藤鉄夫。無所属から田中真紀子…などなど。

第41回(1996年)

[編集 | ソースを編集]
  1. この選挙から中選挙区制に代わり、小選挙区比例代表並立制が導入。
  2. 橋本龍太郎率いる自民党は239を獲得。
    • 閣外協力していた社会民主党(この年、社会党から改名)は30から15に半減、新党さきがけに至っては当時の代表が落選するなど9から2に減らし壊滅的惨敗。
      • それでも、どうにか3党で過半数は上回った(239+15+2=256)
  3. 一方、小沢一郎率いる新進党は議席を伸ばせず。これが、翌年の分裂につながる羽目に。
    • 小沢一郎が「壊し屋」と呼ばれるようになったのはまさにここから。
  4. また、今回から菅直人・鳩山由紀夫が率いる民主党が初登場。ただ、準備不足が祟ったか公示前勢力を維持するに留まった。
  5. 共産党は11議席増の26議席を獲得し、躍進した。
  6. 相撲ファンの中には、旭道山和泰が当選した選挙として記憶されている方もおられるだろう。
    • 旭道山は当時、大活躍の現役力士のまま新進党の公認候補(比例近畿ブロック)として出馬し、当選。そのまま、力士を廃業した。
      • 力士から国会議員に転身した唯一のケース(2026年現在)である。
  7. 落選組の有名人では、野村沙知代(東京5区)、ガッツ石松(東京9区)などがいる。
  8. 投票日が日本シリーズ・巨人VSオリックスと被ってしまった日本テレビが、開票速報でL字型画面を初めて活用。
    • メインの画面で野球を見せて、L字画面で開票速報や各党の獲得議席などを表示。

第42回(2000年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 20世紀最後の国政選挙となった。
  2. 森喜朗首相の舌禍事件をきっかけとするいわゆる「神の国解散」で有名。
  3. 自民・公明・保守の3与党はいずれも議席を減らしてしまうも合計で過半数を維持。
    • 自民党は単独過半数割れ、森総理の不人気を如実に表した。
    • 保守党に至っては、18→7と半分以下に減らす惨敗。
    • なお、自民党と公明党が国政選挙で本格的に選挙協力(小選挙区での候補者一本化や比例票のバーター)を行った初の選挙である。
  4. 一方、野党の民主党は95から127まで積み上げ、大躍進!
    • 自由党は18→22、社民党は14→19とそれぞれ上乗せ。一方、共産党は26→20で議席を減らしてしまう。

第43回(2003年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 国民的人気を誇る小泉自民党に対抗すべく、民主党が自由党を吸収合併。
    • 後の「自民党vs民主党」の二大政党時代の幕開けとなるターニングポイントでもある。
  2. 自民党は小泉純一郎首相の人気も及ばず、単独過半数獲得には失敗。ただ、公明党と保守新党との合計で過半数は維持。
    • ちなみに、選挙後に保守新党は自民党に吸収合併されている。
  3. 民主党は比例区の獲得議席数で自民党を上回るなど、自民の単独過半数を阻止。野党第一党では過去最多(当時)となる177議席を獲得。
    • ただ一方で、社民党や共産党はいずれも1桁台に沈み惨敗。

第44回(2005年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 俗にいう「郵政選挙」。
  2. 小泉純一郎率いる自民党は296議席を獲得し大勝利。
    • 郵政民営化に反対する議員を自民党から追い出し、刺客候補を立てたことで知られる。
    • どのくらい勝ったかと言えば、比例代表で数合わせで出馬した杉村太蔵が勝利したほど。
    • いわゆる「小泉チルドレン」が大活躍。
  3. 一方の野党は、民主党は岡田克也が政権交代と三重県初の首相を狙うも結党以来最大の敗北を喫し、首相どころか代表の座を追われる羽目に。
    • 日本共産党は擁立作業が間に合わず、25の選挙区で「共産空白区」が生まれた。
  4. 自民党を追われた議員らによる新党も生まれた。
    • 綿貫民輔・亀井静香の「国民新党」、小林興起・荒井広幸らは田中康夫長野県知事(当時)を代表に迎え「新党日本」、執行猶予中の鈴木宗男の「新党大地」。
  5. 広島では、亀井静香VSホリエモンが全国の注目を集めた。

第45回(2009年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 民主党が大勝利!政権交代なる。
    • 308議席は衆院選の獲得議席としては史上最多(当時)。
      • この勝利の立役者は、なんと言っても小沢一郎。「小沢ガールズ」なる言葉まで産み出した。
    • 社民党がまさかの与党に。何故か綿貫・亀井の国民新党も連立入り。
  2. 自民党は結党以来最低の119議席、惨敗に終わる。
    • 首相だった麻生太郎は、当然総理大臣の座を追われる。
  3. 連立パートナーの公明党も議席を大幅に失ったどころか、太田昭宏代表・北側一雄幹事長のツートップが落選。小選挙区制導入以来では過去最低の議席数となる21におわる。
  4. 幸福実現党が国政選挙初挑戦。
    • ただ、候補者337名は全敗に終わる。
  5. 陰謀論で「芸能人の不祥事を選挙にぶつけてうやむやにしようとしている」などとよく言われるが正直に言うとこの時に発生していた「酒井法子の覚せい剤」以外該当するのがないような気がする。
  6. 投開票日が日本テレビの24時間テレビと被っていた。
    • なお、その年のマラソンはランナーが放送内に間に合わず、日テレでは開票番組内でゴールの模様を伝えたが、一部系列局ではゴールの模様を見られなかった局もあったらしい。
  7. 当時、自民党が放送した露骨な批判CMが物議を醸した。
    • 民主党の鳩山代表くりそつのキャラクターが登場するネットCMで、民主党のとんちんかんなマニフェストを露骨に皮肉った内容。
      • 内容が内容だけに自民党支持者からも批判的な反応の方が多かった。
      • 結果として、自民党の敗因の一つとも言われている。
    • 2009年当時配られた紙のビラやパンフレットもそうで、「民主党には秘密の計画がある」という陰謀論丸出しのものだった。
      • いま問題になっている極右陰謀論が新しい現象ではなく、SNSのせいでもないことがわかる。チラシという究極のオールドメディアで広げていたのだから
      • 「日本人尊厳喪失進行中」「これが民主党の本性だ」「民主党のジェンダーフリーが日本を破壊!」「日教組の反日教育」みたいな極右ポピュリズムまるだしな内容で、当時右翼から中道左派までのビッグテントだった民主党に票を奪われるのも至極当然な内容だった。

第46回(2012年)

[編集 | ソースを編集]
  1. いわゆる「近いうち解散」。
    • 選挙前の党首討論で野田佳彦総理(民主党)が自民党の安倍晋三総裁に向かって「近いうちに選挙しましょう!」と啖呵を切ったことから命名。
  2. 与党の民主党は前回圧勝した308議席から一気に57議席まで激減、壊滅的な敗北を喫し下野する。
  3. 野党だった自民党は294議席を獲得し大勝。連立パートナーである公明党の31議席を加えると「3分の2」を超えて、政権を奪還。
  4. また、第三極も明暗が大きく分かれる結果に。
    • 実はこれが総選挙初挑戦だった日本維新の会は、54と民主党に迫る勢力を確保し、一気に第3党に躍進。
    • 渡辺喜美率いるみんなの党も公示前の8から18に増やした。
    • 一方、日本未来の党は公示前の61から9に激減し惨敗。

第47回(2014年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 当時の衆議院議長が「衆議院を解散する…」といったところで「ばんざーい」が起きたが、「御名御璽」と言ってから「万歳はここでやってください」と発言するグダグダで始まる。
  2. 前回の反省を踏まえて野党議員の国替えが相次いだ。
    • 維新の会から分裂した次世代の党の議員まで移動する事態に。
    • 沖縄では共産まで含めたので沖縄1区で共産党候補が選挙区当選する。
  3. 民主党の海江田万里代表がまさかの落選。
    • 野党第一党の党首が落選したのは、1949年の社会党の片山哲委員長以来65年ぶりの珍事だった。もちろん、落選の翌日に民主党代表を辞任。
    • 民主党自体は前回の壊滅的敗北よりかは議席を増やせた。
  4. アベノミクス解散と呼ばれている。
  5. 共産党が漁夫の利で21議席の大躍進を果たす。

第48回(2017年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 安倍晋三首相曰く『国難突破解散』。
  2. 小池百合子東京都知事率いる希望の党が爆誕!
    • 選挙前に民進党が離党ドミノの末に爆発。前原代表は希望の党に合流させようとしたが枝野らリベラル派が小池百合子から合流を拒否されて立憲民主党を結成。
      • 『排除いたします』とかいうから…。
        • これが本当の「排除の論理」。
    • 同年の都議選における都民ファーストの会の勢いのまま突っ走った結果、まさかの大失速。
    • 後に希望と民進の残党が合流して国民民主党が結党された。
    • 中途半端に維新のマネをするからこうなった。
      • ちなみに、希望の党は維新と共同戦線を張っていた。
        • さらには、河村たかしの減税日本にも声をかけていた。
  3. 選挙の構図としては、自民・公明の連立与党VS立憲などの既存野党VS維新・希望の保守系勢力の巴戦。
    • ここから今までの自民VS民主の二大政党の全面対決の構図がほぼ崩れ始めたような気がする。
  4. 実は旧民主党系議員の議席数は、この選挙でも増加していた。(希望の党+立憲民主党+民進党系無所属議員の獲得議席合計で算出)
    • そういう意味では、この作戦は成功だったのかもしれない。

第49回(2021年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 岸田文雄首相の初仕事。
    • 自民党総裁・首相に就任した直後の選挙で、解散から投開票まで17日間は戦後最短。
    • 衆院議員の任期満了後に実施されたのも現行憲法下で初めて。
  2. 自民党は公示前からは減らしたものの、単独で絶対安定多数(261議席)は確保。
    • 甘利明幹事長(当時)が小選挙区で落選(比例復活)し、幹事長を辞任するなど、一部のベテラン・重鎮議員が苦戦。
    • 公明党は小選挙区で全勝するなど3議席上積み。自公の合計で293を獲得。
  3. 野党は、立憲民主党・共産党・社民党・れいわ新選組が共闘。213の選挙区で一本化に成功するも、選挙区での勝利は59。ほぼ4人に1人しか当選しなかった計算となる。
    • 立憲民主党は獲得議席が3桁を割り込み惨敗。枝野幸男代表(当時)が辞任。
    • 共産党も地味に2議席減らした。
    • 逆に、れいわ新選組は2議席増やし、唯一野党共闘で得をした。とはいえ、1が3になっただけだが…。
  4. 一方、共闘に参加しなかった国民民主党は8から、二桁の11に上積み。
  5. 日本維新の会は、地元の関西を中心に躍進。10だった議席数がいきなり41までジャンプアップ!
    • 政党別では自民党、立憲民主党に次ぐ第三勢力にまで躍進!

第50回(2024年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 総理に就任したてほやほやの石破茂の最初の大仕事……だったのだが。
  2. 自民党は裏金問題が尾を引き、大幅に議席を減らし、過半数どころか200議席を割る羽目に。
    • いわゆる「裏金議員」は、自民党の公認を受けられなかったり、比例重複から外されたりというハンディを負わされてしまう。
      • 挙げ句、各テレビ局の開票番組では、でかでかと「裏金」のマークが貼られる始末。
  3. 連立パートナーの公明党に至っては、大阪での議席を維新に取られたばかりか、新代表に就任したばかりの石井啓一が落選。
  4. 野党は、国民民主党が議席を増やすも、比例で議席が足りなくなり、泣く泣く他党に明け渡してしまう。
    • 立憲民主党は、公示前の98議席を大きく上回る148議席を獲得し勝利。
    • れいわ新選組は、議席数を3倍増に躍進。
      • 3倍と言えば、参政党も1議席から3倍の3議席に。
    • 共産党は、公示前の10議席から2議席減の8議席。
    • 社民党は、やはりというか1議席をキープするに留まった。
  5. 日本維新の会は、公示前から6議席減の38議席となったものの、国民民主党とともにキャスティングボードを握った。
  6. また、百田尚樹率いる日本保守党が政党要件をゲット!
  7. 投開票日が日本シリーズの第2戦と被っていた。衆院選が日本シリーズ期間中に被るのはこれが2回目である。
    • 中継を担当したTBSは対応に追われ、出口調査が出る20時の直前に、「選挙の日」が日本シリーズ中継にカットインして10分ほど開票速報を伝えた。
      • ただしこの時、日本シリーズに配慮するため、音声切り替えの副音声で野球の実況も聞こえるようにしたこともポイント。

第51回(2026年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 真冬の総選挙は36年ぶり。現行の並立制導入以降では、これが初めてのケース。
    • 投開票日は、ミラノ・コルティナオリンピックの期間中であり、国政選挙がオリンピック期間中に被るのはこれが2回目。総選挙としては史上初。
  2. 選挙前に高市総理は「勝てば高市総理。負けたら(中道改革連合の)野田総理か斉藤総理か別の人か…。」と自らのクビを賭けると脅した。
    • これを指して、一部では「ROLAND選挙」(「俺か俺以外か」の名言でお馴染み)と揶揄する声も。
  3. 下馬評(各新聞社やテレビ局の世論調査など)では、自民党が勝つというのが大方の予想だった。
    • それを知った高市総理は、選挙戦最終日にわざわざSNSでビデオメッセージを送り「最後のお願い」をするという新しいパターンに打って出た。
  4. 高市早苗人気の追い風に乗った自民党が大勝利!
    • 単独で3分の2、自民党史上最多の議席数となる311を獲得。
    • まさに下馬評通りである。
  5. 国民民主党は、高市人気の煽りを受け(?)、公示前から1議席のプラスにとどまる。
    • 前回、自民から流れた保守層が一気に自民党に戻っていったことが原因。非常にわかりやすい。
  6. 立憲民主党と公明党が合併して誕生した中道改革連合は、まさかの惨敗…。
    • 立憲+公明の半分にも満たない、ギネス級の大敗を喫する。
      • 党のトップは選挙前「1+1=2にならなければ責任を取る。」とまで豪語していたが……
    • かつての大物・小沢一郎が議席を失ったのが象徴的だった。
  7. 日本維新の会にとっては、与党化してからの初陣。
    • ただ、連立を組むはずの自民党とは選挙協力はせず、ところによっては自民と維新が対決する選挙区も。
      • そのおかげで、大阪19区では維新候補が自民候補に敗れ、維新は大阪府下の小選挙区全勝を逃す。
  8. 社民党は全敗。なお国政選挙で全敗したのは、意外にも旧社会党時代を含めてこれが初めて。
    • 日本保守党もひとつあった議席を失う羽目に。
    • れいわ新選組も全敗……と思いきや、自民党の当選者が足りなくなったため、1議席をもらった(つまり「おこぼれ」)。
  9. 一方、前年の参院選で議席を獲得したチームみらいが衆議院でも議席を獲得!二桁台にのせる大躍進となった。
  10. 更に注目されたのが、衆議院解散の次の日に誕生した「減税日本・ゆうこく連合」。
    • 日本保守党と喧嘩別れした河村たかし一派と立憲民主党と喧嘩別れした原口一博が合流した新党なので、一部では「喧嘩別れのサラブレッド」と揶揄する声も。
    • フタを開ければ、河村さんは当選するも、原口さんは小選挙区で敗戦、比例復活もならず落選。これにより、政党要件を完全に失う羽目に。

参議院議員選挙

[編集 | ソースを編集]

第15回(1989年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 自民党は歴史に残る惨敗を喫し、時の総理大臣が辞任する羽目に。
    • 橋本幹事長(当時)が「チクショー」と口走ったシーンは、何度となく放送された。
    • 敗因はなんと言っても、宇野宗佑首相の『女性スキャンダル』。
      • 宇野氏の地元・滋賀県では現職の大臣が野党系候補に敗戦。
      • 結局、自民党敗戦の責任を取る形でたった69日で辞任する羽目に。
      • 選挙期間中、上記の女性スキャンダルもあり、「遊説に来れば票が逃げる」と思われ、地方組織に「首相の応援演説はお断り」と露骨に拒否された。
  2. 土井たか子委員長率いる日本社会党が勝利!
    • いわゆる「マドンナ旋風」と呼ばれた。
  3. またこの選挙では、諸派や政治団体が30も参戦したが、唯一議席を獲得したのは、アントニオ猪木が当選したスポーツ平和党だけ。
  4. 労働組合の連合が、政治団体「連合の会」を結成し社会党や民社党に近い候補者を1人区を中心に擁立。
    • 11勝を収め、見事に勝利した。
    • この「連合の会」は、のちの民主党のルーツにつながるとも言われている。

第16回(1992年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 宮澤喜一政権下では初の国政選挙。自民党は69議席を獲得。第1党の座を維持したが、単独過半数には届かず。
  2. 一方で、おたかさんフィーバーで躍進していた日本社会党は一転して獲得議席を大きく減少させ、改選前の22を維持するに留まった。
    • その他野党は、公明党が4議席上乗せした一方、共産党が3議席、民社党が1議席、それぞれ減らした。
    • また、前回大きく躍進した連合の会(連合参議院)は全敗に終わった。
    • 細川護熙率いる日本新党が国政選挙初挑戦で4議席獲得。
  3. 投開票日はバルセロナオリンピックの期間中であり、国政選挙がオリンピック期間中に被るのはこれが史上初。
  4. 風の会から横山やすし、スポーツ平和党から江本孟紀、日本新党から小池百合子、第二院クラブから青島幸男、モーター新党からマイク眞木、文化フォーラムから太平シロー、発明政治からドクター中松、無所属で森田健作・西川きよし…といったタレント候補者が比例区・選挙区ともに入り乱れた。

第17回(1995年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 非自民連立政権が崩壊し、自社さ政権下で初の国政選挙。
  2. 一方、非自民連立に参加していた政党は、新生党(当時)の小沢一郎の主導のもと「新進党」に合体!記念すべき国政選挙初陣でもあった。
  3. 社会党は過去最低の16議席しか確保できず惨敗。
    • 村山首相は水面下で辞意を仄めかしたが自民党側が慰留し続投。
    • 自民党は議席増も、単独過半数には遠く及ばず、実質「敗北」に近い足踏み。さきがけは議席を1→3に微増させたものの、存在感は限定的。
  4. 一方、新進党は大躍進。 比例代表の得票数・議席数では自民党を抜き、第1党に。
  5. 共産党も自社さ政権や新進党に批判的な浮動票を取り込み5から8に議席増。
  6. 東京選挙区には、なんと72人が立候補。
    • 未だに破られていない最高記録。
  7. タレント候補では、橋本聖子(比例)、釜本邦茂(比例)、松あきら(神奈川)、馳浩(石川)、西川きよし(大阪)、末広真樹子(愛知)…などが当選。
    • 選挙区の落選組は、中村敦夫や見城美枝子(いずれも東京)、島田洋七(埼玉)、小野ヤスシ(鳥取)…など。
    • 比例区の落選組は、アントニオ猪木(スポーツ平和党)、小林繁・高田延彦(いずれもさわやか新党)など。
  8. 投票率は、初めて50%を割り込み、当時のワースト記録を叩き出した。

第18回(1998年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 自民党は東京・埼玉・神奈川・愛知の4都県で共倒れして議席を失い、京都・大阪・兵庫の関西3府県でも全滅。結果、選挙前から17減の44議席と惨敗を喫した。
    • 当時の橋本龍太郎総理が引責辞任する羽目に。
    • その後、小渕恵三政権となった自民党は小沢一郎率いる自由党や公明党と連立を組むこととなった。
  2. 一方、菅直人率いる民主党は選挙前から10議席増の27議席を獲得、躍進した。
    • 共産党は、参院選では最多となる15議席を獲得。
  3. なお、この選挙から投票時間延長(午後6時まで→午後8時まで)や不在者投票の要件が緩和されるなど今では当たり前の選挙方式が初めて導入。

第19回(2001年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 小泉内閣初の国政選挙となったが、小泉純一郎の人気に支えられた自民党は比例区で20議席獲得。選挙区と合わせて64議席獲得し勝利。
    • 公明党と保守党を合わせた連立与党で過半数を維持。
  2. 一方野党は、明暗がくっきり分かれる結果に。
    • 民主党は現有を上回る26議席を獲得。自由党は小沢王国の岩手のほか、新潟でも議席獲得に成功、比例をあわせ6議席を獲得し改選3から倍増。
    • 共産党は5議席と1/3に激減。社民党は選挙区で全滅、比例区の3議席のみに終わり、いずれも敗北。
  3. この選挙から比例代表が党名または候補者の氏名を記入する非拘束名簿式に変更。
    • つまり、名前が売れている候補者、とくにタレント候補に有利なルールに。
    • 事実、自民党からは舛添要一や大仁田厚など、民主党からは大橋巨泉、社民党からは田嶋陽子といったタレント候補が初当選。
    • 保守党は0議席も予想されたが、比例区で扇千景党首への個人票に助けられ、なんとか1議席を死守。
      • 「保守党」と書かれた票が60万9382票であったのに対し、「扇千景」と書かれた票はそれよりも830票多い61万212票あった。
    • 小泉純一郎や田中眞紀子の名前を書いた無効票も多々あったらしい。
  4. 一方、大量のタレント候補を比例区に擁立し注目された徳田虎雄の自由連合は当選者ゼロで惨敗。

第20回(2004年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 不祥事(年金未納問題)や年金制度改革が反発を買い、自民党は1減の49議席に終わる。
    • 小泉純一郎首相の神通力も不祥事には勝てなかった。
    • 安倍晋三幹事長は、負けた責任を取って幹事長代理に降格。
  2. 菅直人から岡田克也に代表が交代した民主党は12増の50議席(推薦含め55)。獲得議席数で、自民党を上回った。
    • 一方、共産党は公示前から11減らして4議席しか取れず惨敗。
  3. この選挙から、不在者投票が「期日前投票」にリニューアル。
  4. 参院選の歴史上、参戦した政党および政治団体が一番少なかった選挙でもある。
    • 自民・公明・民主・社民・共産の主要5党と中村敦夫率いるみどりの会議に加え、諸派の維新政党・新風、女性党、世界経済共同体党の合計9政党。

第21回(2007年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 安倍晋三首相率いる自民党は、まさかの37議席しか獲得できず、1989年に次いで2番目に低い獲得議席数に終わる大惨敗。
    • 政治とカネの不祥事や年金記録問題(消えた年金問題)が敗因とされる。
    • これにより、自民党は結党以来衆参通じて史上初、比較第一党から転落する羽目に。
      • いわゆる「ねじれ国会」の出来上がり。
    • 安倍総理はこの選挙から2ヶ月経たないうちに辞任することに。
    • また、連立をくむ公明党も12→9に減少、一桁に転落してしまう。
  2. 一方、小沢一郎代表率いる民主党は、改選議席の半数に迫る60議席を獲得する大躍進。
    • 自民党が失った議席数がほぼそのまま、民主党に流れてきた(自民:-27、民主:+28)。
      • 特に1人区は、小沢氏お得意の「野党共闘」で社民党や国民新党などと一本化。結果、23勝6敗と大きく勝ち越し、自民党の地盤を根こそぎひっくり返した。
    • これがきっかけとなって、2年後の政権交代へと動きはじめる。

第22回(2010年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 民主党政権下で行われたはじめての国政選挙。
    • 但し、参院選としては「最初で最後」となってしまう。
  2. 与党の民主党は改選前から10減らし敗北、連立をくむ国民新党に至っては全敗。
    • ただ、選挙区と比例代表の得票数では民主党が自民党を上回っていた。
    • この影響で、またもや『ねじれ国会』になってしまった。
      • ただし比較第一党はまだ民主党がキープ。
  3. 一方の自民党は与党が減らした議席13(民主10+国民新3)をそのまま上乗せして勝利。
    • 前回大敗した1人区では21勝8敗と大きく勝ち越し。
    • この選挙の勝利が、二年後の自民党の政権復帰への足掛かりにつながることになる。
  4. 渡辺喜美代表率いるみんなの党が、一気に11議席を獲得。民主党でもなければ自民党でもない「第三極」ブームの火付け役に。
  5. まだまだ燻っていた自民党への不満の受け皿として、保守勢力から政党が乱立。
    • 平沼赳夫(代表)、与謝野馨(共同代表)、園田博之、中山恭子、片山虎之助、さらに当時の東京都知事・石原慎太郎といったベテランが立ち上げた「たちあがれ日本 」
    • 元厚生労働大臣の舛添要一が、自民党から離党し「改革クラブ」を引き連れて結党した「新党改革」
    • 山田宏(当時・杉並区長)や、中田宏(元・横浜市長)といった地方自治体の首長が結成した「日本創新党」
  6. タレント候補では、谷亮子(柔道金メダリスト・民主)や有田芳生(ジャーナリスト・民主)らが当選した一方、ドクター・中松(幸福実現党)、堀内恒夫(元巨人軍監督・自民)らが落選。

第23回(2013年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 自民党と公明党が政権復帰してから初の国政選挙。
  2. 自民党が65議席で圧勝。現行制度下で最多の獲得議席を獲得。
    • 公明党も11議席を獲得。
    • 自民党は単独過半数には届かなかったが、公明党を足して非改選議席を合わせ135議席となり、参院過半数(122)を大幅に上回る議席を獲得。
      • その結果、2007年の参院選で生じた「ねじれ現象」が6年ぶりに解消。
  3. 一方、野党に転落した民主党は改選前の44から17へと大激減。1998年の結党以来、参議院では最少議席に終わる惨敗。
    • 特に、勝敗を大きく左右する1人区では19選挙区で全敗。
    • 社民党は結党以来最低の1議席、生活の党とみどりの風に至っては0という厳しい結果。
  4. 共産党は比例代表で5議席を確保し、選挙区でも東京(12年ぶり)、大阪・京都(15年ぶり)で議席を回復するなど、改選前の3議席から8議席へ大躍進。野党では唯一プラスとなった。
  5. 参院選初挑戦の日本維新の会は8議席を獲得。みんなの党も8議席を獲得。
    • それでも事前に期待されたほどの躍進には至らなかった。
      • と言うのも、複数区で両党の候補者が競合したため、お互いに足を引っ張り合う形になったのが、マイナスに作用してしまった。
  6. 「ネット選挙」が解禁された。

第24回(2016年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 選挙権が20歳以上から18歳以上に引き下げられた初めての国政選挙。
  2. この選挙から、鳥取県・島根県と徳島県・高知県が合区となる。
  3. 民主党と維新の党が合併してできた民進党と日本共産党が選挙協力を始めたのも、この選挙からだった。
    • 社会民主党(社民党)・生活の党と山本太郎となかまたちが共闘に参加。一人区を中心に候補者を一本化。
  4. 結果は自民党と公明党で併せて70議席を獲得し勝利。
  5. 一方の野党共闘は一人区で11勝21敗で負け越す微妙な結果に。
    • 政党別では、民進党が32を獲得するも改選前の民主+維新の合計45からは大幅減。
    • 共産党は3→6に倍増!野党共闘で得をする結果になった。
    • 生活の党も比例で1議席を確保し、野党統一で1人区を戦った候補が小沢王国・岩手と重点区の新潟で勝利。
    • 社民党は比例で1議席を獲得、しかし党首が落選してしまう。
  6. 幸福実現党は全敗に終わったものの、複数の1人区で公認候補者が当選者と次点候補者の票差以上の票を獲得したことで、勝敗に影響を与える選挙区も少なからず存在。
    • 事実、ある新聞社の試算では、自民党VS野党統一の一騎打ちとなった場合、新潟・三重・青森・大分で自民党が勝利したことになっていた(実際には4つとも野党が勝利)。

第25回(2019年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 平成から令和に改元されてから初の国政選挙。
  2. 特定枠が初めて導入された。
    • 立憲民主党などの大半の野党は特定枠の利用を拒否した一方、れいわ新選組はこれを上手く利用し議席を獲得。
    • また自民党も、合区により選挙区に立候補出来ない候補者に特定枠を利用させ、見事に議席を獲得。
  3. 旧民主党系が立憲民主党と国民民主党に分裂してからは初の参院選。
    • 立憲民主党は17議席を獲得し、改選前の9議席を大きく上回った一方、国民民主党は6議席を獲得するも、改選前の8議席から2つ減らし、明暗がくっきり分かれた。
    • なお、立民と国民の議席を合わせると計23、前回2016年に民進党が獲得した32を下回った。
  4. 野党共闘も行われたが、一人区の成績は10勝22敗で振るわなかった。
  5. 諸派からは、結党したてほやほやのれいわ新選組と立花孝志率いるNHKから国民を守る党が政党要件を満たした。
  6. 日本維新の会は、東京と神奈川で勝利し関西以外の選挙区で初白星を挙げた。
  7. 安倍晋三首相率いる自民党は57を獲得も改選前の66から減らした。
    • 一方、パートナーの公明党は7選挙区(埼玉・東京・神奈川・愛知・大阪・兵庫・福岡)で全勝。比例でも7を獲得し、14を獲得。

第26回(2022年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 投票日の数日前、安倍晋三元首相が凶弾に倒れた。
    • 弔い選挙となった自民党は63議席を獲得して勝利。
      • ところが、その後自民党が旧統一教会や裏金問題でイバラの道を辿ることになるとは、まだ知るよしもなかった。
    • 事件後、各党は選挙CMの放映を自粛したことから「プチAC祭り」になったことは言うまでもない。
  2. 参政党が議席を獲得。政党要件もゲットした。
    • 前回のN国と同じでここが議席を取るなんて誰も思わなかった。
    • むしろ2~3議席取る可能性があるというのが、選挙情勢分析屋の間での下馬評だったが、それに比べたら下振れした感じであった。
  3. 維新は前年の衆院選の勢いがまだあったが、国民は伸び悩んだ。
    • 保守系の浮動票が自民党に流れてしまったのは痛かった。
  4. 一方、立憲や共産は議席を減らす。
    • 「野党共闘」が不発だったのも敗因か?
  5. タレント候補が近年稀に見る豊作だったのもこの選挙だった。
    • 生稲晃子、赤松健、中条きよし、松野明美、青島健太、水道橋博士、ガーシーetc…。

第27回(2025年)

[編集 | ソースを編集]
  1. 自民党と公明党は合計で50議席獲得を目指すも…
    • 自民党は39議席しか取れず敗北、公明党に至っては過去最低の8議席で惨敗。目標の50に3足りず。
    • 当時の首相・石破茂は当然責任論に発展し結局、9月に辞任。
  2. 一方野党は、明暗がクッキリ分かれる。
    • 旧民主党系は、立憲民主党は改選22から積み増すことができず微妙。国民民主党は選挙前のすったもんだで支持率を下げたものの、フタを開けたら改選議席の4倍以上となる17を獲得、大躍進。
    • 日本維新の会は京都で初めて議席を取るも、兵庫で議席を失う。
    • 参政党が6→14に増やしたことも忘れてはならない。
  3. 一人区では、自民党VS主要野党(立憲民主党・日本維新の会・国民民主党・日本共産党・れいわ新選組)VS参政党という構図に変化。
    • 結果は自民党の14勝18敗で負け越し。全選挙区に候補者を立てた参政党が自民党から離れた保守票の受け皿となったことも野党に有利に働いた。

関連項目

[編集 | ソースを編集]