もしあの地震が○○だったら/2000年代
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分割済み[編集 | ソースを編集]
鳥取県西部地震(2000年)[編集 | ソースを編集]
- 1年早かったら
- ノストラダムスの予言と合わせた陰謀論が多数出ていた。
- 下記のようにM8クラスだったら尚更。
- 災害訓練より前の話だったため、死者が数名出ていた。
- さくらももこが揺れを経験することもなかった。
- というわけで、自身の著書『さくらえび』でネタにされることもなかった。
- マグニチュード8クラスだったら
- この場合は世紀末と合わせた陰謀論が広がっていた。
- 「1年遅いノストラダムス」とも。
- 死者は鳥取・島根の両県で出ていた。
- 山陰の過疎化が史実より著しく進行していた。
- 出雲大社や玉造温泉と言った観光地でも被害が出ていた。
- 京阪神や広島でも震度4~5の揺れを記録していた。
- マスメディア等が「山陰大震災」と呼んでいた。
- 「10.6」が合言葉となっていた。
- 出雲駅伝はこの時点で初の開催中止を余儀なくされていた。
- 発生しなかったら
- 「1年早かったら」と同様にさくらももこが揺れを経験することはなかったので、自身の著書『さくらえび』でネタにされることもなかった。
芸予地震(2001年)[編集 | ソースを編集]
- マグニチュード7~8クラスだったら
- 広島・愛媛両県で震度7を記録していた。
- 広島市内でビルや家屋が多く倒壊していた。
- 三角州が多く地盤が悪いので阪神大震災を上回る被害が出ていた。
- 加えて山の斜面にある住宅地では土砂崩れなどもあった。
- 土曜の午後に発生ということで紙屋町、本通、八丁堀などで相当な混乱が生じていた。
- 三角州が多く地盤が悪いので阪神大震災を上回る被害が出ていた。
- 死者は阪神大震災と同等かそれ以上となっていた。
- 原爆ドーム・宮島の厳島神社に被害が出ていた。
- 道後温泉本館が倒壊していたかも。
- 当時の広島市民球場が大被害を受け、新広島市民球場への移転が早まっていた。
- 復旧までは福山市民球場やマスカットスタジアムを代替として使っていた。
- 被害次第では危機遺産リスト入りしていた恐れもある。
- 山陽新幹線が岡山以西で不通になったため、大阪~福岡間の輸送を確保するために航空便が増便されていた。
- 最悪山陽新幹線が高速で脱線し、新幹線の死亡事故0の記録が途切れていた。
- 震源が海だった場合、津波が発生していた。
- 「瀬戸内海でも津波が発生するのか…」と驚きの声が上がっていた。
- 現実では上蒲刈島の沖が震源だったため呉や松山で津波が観測されていたと思われる。
- それでも広島・松山の路面電車は比較的早くに復旧していた。
- 路面電車が地震に強いことが実証され、各地でLRTが見直されるきっかけになっていた。
- ただし車庫が被害を受けた場合は復旧に時間がかかっていた。
- それでも津波が発生していた場合は車両が浸水被害を受けていたかもしれない。
- 発生が21世紀が始まったばかりの頃だったことから、「新世紀も波乱の幕開けになった」と言われていた。
- 広島空港・広島西飛行場がともに被害を受け空の便にもかなりの影響があった。
- 被害額や犠牲者数が最も大きかったのはおそらく呉市。
- 斜面が崩壊し住宅などが巻き込まれた映像が国内外に衝撃を与えていた。
- 大和ミュージアムは震災復興事業の一環として建設されていた。
- 01年の原水爆禁止世界大会は広島で開催できなかったかもしれない。
- 史実では地震発生の翌月にオープンした紙屋町シャレオの開業が大幅に遅れていた。
- 三江線や可部線の可部~三段峡が地震で被害を受け廃止されていた可能性がある。
- 広島東洋カープのリーグ優勝(現実には2016年に25年ぶりに優勝)が史実よりも早まっていた可能性がある。
- おそらく広島~岡山のエリアに震災安全神話はない。あるいは内陸の備後府中とか三次あたりならありえるか。
- 山口県にも被害が拡大していた恐れあり。
- マスメディア等が「西瀬戸大震災」と呼んでいた。
- 広島駅の新駅ビルは震災復興に合わせて建設されていた。
- 広島市、松山市の人口が大きく減少していた。
- 中四国の中心都市としての機能が岡山市、倉敷市、高松市に移転していた。
- 岡山市は史実より早く政令指定都市に移行していた。
- 倉敷市、高松市の人口は平成10年代のうちに50万人を突破していた。
- 中四国の中心都市としての機能が岡山市、倉敷市、高松市に移転していた。
- 2003年の大河ドラマは、当初の予定(武蔵 MUSASHI)から広島県や愛媛県を舞台にしたものに急遽変更。
- 戦国だと、毛利元就。
- 「坂の上の雲」が2003年に放送されていたかも。
- 2003年秋期の朝ドラも、広島県や愛媛県を舞台にしたものになる。
- その場合だと、「てっぱん」か?
- 「3.24」が合言葉となっていた。
- 綾瀬はるかの誕生日と同じということも話題になっていた(出身地が広島だというのもある)。
- 2001年のひろしまフラワーフェスティバルは中止されていた。
- 史実通り2018年に西日本豪雨が発生していたら、中国・四国地方の経済の地盤沈下が現実よりもっと激しくなっていた。
- Perfumeのブレイクも早まっていただろう。
- 16年早く発生していたら
- 現実通り3月24日に発生した場合、綾瀬はるかは地震当日に広島県で出生したことが話題になっていた。
- 並びに五日市町の広島市編入の4日後に起きた事になる。
- 6年早く発生していたら
- 同年1月に発生した阪神・淡路大震災との関連性が必ず指摘されていた。
- 阪神・淡路大震災より後に発生していた場合、その誘発地震と言われていた。
- 10年遅く発生していたら
- 同じ年の3月には東日本大震災も発生しているので、東西ともに地震のニュースで一杯に。
- 発生場所は離れているものの、その誘発地震と言われていた可能性もある。
- 扱いとしては数日以内に発生した長野県北部地震、静岡県東部地震と同じくらいか。
- 東日本大震災から逃げてきた人たちが被害を受けていた。
- 15年遅く発生していたら
- 同年4月に発生した熊本地震との関連が必ず指摘されていた。
- 熊本地震より後に発生していた場合、その誘発地震と言われていた。
- この年の今年の漢字は「金」にならなかっただろう。
- この時点で2回目の「災」になっていた可能性がある。
宮城県沖地震(2003年)[編集 | ソースを編集]
- マグニチュード8クラスだったら
- 宮城・岩手両県で震度7を記録していた。
- 同年は阪神タイガースが18年ぶりにセ・リーグ優勝したので、「日本国内で震度7の地震が発生した年は阪神はBクラス」というジンクスはなかっただろう。
- ただし、被災者に配慮して派手な祝賀行事などは自粛していたかもしれない。
- 同年は阪神タイガースが18年ぶりにセ・リーグ優勝したので、「日本国内で震度7の地震が発生した年は阪神はBクラス」というジンクスはなかっただろう。
- 仙台市内ではビルや家屋が多く倒壊していた。
- 死者は阪神大震災と同等かそれ以上となっていた。
- 10m~30m程度の津波が発生していた。
- それが教訓になり、8年後に発生した東日本大震災の犠牲者は史実より少なかった。
- 宮城球場が大きく被害を受け、建て替えられていた。
- 楽天の本拠地も史実と違っていたかも。
- 東北および日本の経済に大打撃を与えていた。
- 2000年代中盤の一時的な景気回復はなかったか。
- 東北本線が大きな被害を受けていた。下手すれば特急列車が脱線していたかもしれない。
- 仙台空港も被害を受け、空の便にもかなりの影響があった。
- 場合によっては福島県や山形県にも被害が拡大していた。
- 福島第一原発は史実より8年早く事故を起こしていたかもしれない。
- その場合、計画停電や節電の動きが史実より8年早く起こっていた。
- 福島第一原発は史実より8年早く事故を起こしていたかもしれない。
- 2005年の大河ドラマは、当初の予定(義経)から岩手県や宮城県を舞台にしたものに急遽変更。
- 2005年春期の朝ドラも、岩手県や宮城県を舞台にしたものになる。
- この年はイラク戦争があった事から、陰謀論者が「日本国内でのイラク戦争反対の世論を弱らせるためアメリカが東北で地震を起こした」といった説を唱えていた。
- 時期は若干ずれるが、1994年(阪神・淡路大震災の前年)に発生した三陸はるか沖地震との関連が指摘されていた。
- 学者によってはそれを当地震の前震と捉える向きもあった。
- 「5.26」が合言葉となっていた。
- ただし、秋田県では別の意味で使われていたかも(20年前に日本海中部地震が起こったため)。
- マスメディア等が「東北大震災」または「東日本大震災」と呼んでいた。
- この場合、2011年に発生した史実の東日本大震災は「平成23年東日本大震災」と呼ばれていた。
- 史実通り2011年に東日本大震災が発生していたら、東北地方の経済の地盤沈下がもっと激しくなっていた。
- 2003年における「今年の漢字」は「震」、あるいは1年早く「災」となっていた(史実では「虎」)。
- 2003年が「災」になっていて、翌年も史実通り「災」だった場合、史上初めて2年連続で同じ漢字が選ばれていた。
十勝沖地震(2003年)[編集 | ソースを編集]
- マグニチュード9クラスだったら
- 史実ではM8.2。
- 浦河町辺りで震度7を記録した。
- 最大40mの津波が襲っていた。
- その教訓を東日本大震災に活かせていた…と信じたい。
- とはいえ福島第一原発事故は免れない。
- どこまでが震源なのかにもよるが、千島海溝全域だった場合は女川がギリギリ影響を受けるくらいだろう(なお女川原発は東日本大震災に耐えている)。
- 少なくとも苫東厚真火力発電所の地震対策が改善されていたと思われ、北海道胆振東部地震で苫東厚真が止まったために北海道全域が停電するという事態は避けられていた。
- とはいえ福島第一原発事故は免れない。
- 東日本大震災より8年前に津波の捉え方が変わっていた。
- サザンオールスターズの「TSUNAMI」が12cmCDで再発売されることはなかった。
- 北海道大震災。
- 北日本大震災。
- 第一次東日本大震災。
- 北日本大震災。
2004年スマトラ島沖地震(2004年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- アチェは今でも独立戦争をしていた。
- タイがマングローブの保護をここまで推し進めることはなかった。
- 9年早く発生していたら
- 同年は1月に阪神・淡路大震災が発生したこともあり、「地震に始まり地震に終わった1年だった」と言われるようになっていた。
- 7年遅く発生していたら
- 同年に発生した東日本大震災といい、「この年は地震に始まり地震に終わった」と言われていた。
- 日本からも支援する動きが見られるが、一部から「そんなことより日本の被害を支援しろ」なんて言われるかもしれない。
福岡県西方沖地震(2005年)[編集 | ソースを編集]
- 10年早かったら
- 同じ日には地下鉄サリン事件も発生したので、報道現場は大変なことになっていた。
- 史実と同じ時間に発生した場合、サリン事件のニュースの間に地震速報が入れられていた。
- 同年1月には阪神・淡路大震災も発生したので、それとの関連性も指摘されていた。
- バブル崩壊後における日本の不況は現実以上に深刻なものとなっていた。
- 2年早かったら
- 同じ日にはイラク開戦のニュースもあったので、報道現場は大変なことになっていた。
- 史実と同じ時間に発生した場合、イラク開戦のニュースの間に地震速報が入れられていた。
- 6年遅かったら
- 同じ月には東日本大震災が発生したので、東西ともに地震のニュースで一杯に。
- その東日本大震災との関連性も指摘されていた。
- 規模によっては鹿児島ルートが全線開通したばかりの九州新幹線にも被害が出ていた可能性がある。
- 11年遅かったら
- 1ヶ月も経たないうちに熊本地震が発生したので、九州は大地震が相次いだ年となっていた。
- その熊本地震との関連も指摘されていた。
- 九州新幹線は福岡県内でも被害が出ていたかもしれない。
能登半島沖地震(2007年)[編集 | ソースを編集]
- マグニチュード8クラスだったら
- 史実ではM6.9でした。
- 1m以上の津波が押し寄せていた。
- 死者は少なくとも10人は超えていた。
- 雨だったから避難が困難だった。
- マスメディア等が「能登半島大震災」と呼んでいた。
- 最大震度が7だった。
- 富山県西部でも震度6はいっていた。
- 輪島市は壊滅状態。七尾市も大被害。
- 苗山事件がスルーされていた
- その教訓が活かされ、2024年元日における能登半島地震の被害は史実より少なかっただろう。
- 史実通り2024年元日に能登半島地震が発生していたら、北陸地方の地盤沈下がもっと激しくなっていた。
- 2年早かったら
- 史実通り福岡県西方沖地震が発生していたら東西どちらも地震のニュースで一杯だった。
- 福岡県西方沖地震と結びつける輩がいた。
- 丸一ヶ月後の福知山線脱線事故と結びつけるものもいた。
- 今年の漢字は愛じゃなかった。
- 3月までに発生した場合、のと鉄道能登線はこの地震での被災が理由で廃止されたことになっていた。
- 4年遅かったら
- 同じ年の3月に発生した東日本大震災との関連性が必ず指摘される。
- その震災の誘発地震として扱われていた。
新潟県中越沖地震(2007年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 新潟県にここまで地震というイメージは付かなかった。
- 柏崎刈羽原発が被害を受けず、東日本大震災までは稼働できていた。
- この夏の電力が逼迫することもなかった。
- 刈羽村のPLANT-5が一時的閉店することはなかった。
- 震源地が中越地震と同じだったら
- この地震は「2007年新潟県中越地震」と呼ばれていた。
- 中越地震の教訓もあって被害は軽微だった。
- 柏崎刈羽原発に被害が及ぶこともなかった。
- 緊急停止することはあったとしても、1ヶ月以内には復旧していた。
- 12年早かったら
- 同年1月に阪神・淡路大震災が発生したのでそれとの関連が指摘されていた。
- 新潟-神戸歪集中帯が現実よりも早く知られていた。
- 3年早かったら
- 同年の10月に発生した新潟県中越地震との関連性が指摘されていた。
- 中越地震より前に発生していた場合、その前震だったと言われていた。
- 4年遅かったら
- 同年3月に発生した東日本大震災との関連性が指摘されていた。
- 柏崎刈羽原発の被災は、福島第一原発事故と合わせて反原発運動が史実以上に盛り上がっていた。
- 7年遅かったら
- マスメディア等が「10年前の再来」とか言っていたのは間違いない。
- 北陸新幹線の全線開通が遅れていた。
- この年は1~2月の大雪や8月の広島土砂災害、9月の御嶽山噴火もあったので、現実以上に自然災害の多い1年と言われていた。
- 史実通り7月16日に発生していたら、3ヶ月連続で自然災害に遭っていたことになる。
- 今年の漢字はこの時点で2回目の「災」になっていた。
- 12年遅かったら
- 同年6月に発生した山形県沖地震との関連性が指摘されていた。
- 史実通り7月16日に発生していた場合、京アニ放火事件は現実ほどマスコミに取り上げられなかった。
- 14年遅かったら
- 「東京で五輪が開催される年は新潟で大地震が起こる」というジンクスが生まれていた(前回の東京五輪が開かれていた1964年に新潟地震が発生していたため)。
- 史実通り7月に発生した場合、東京五輪どころではなくなっていたかも。
- マグニチュード7クラスだったら
- 柏崎市や刈羽村で震度7を観測していた。
- 10m~30mの津波が押し寄せていた。
- 柏崎刈羽原発は最悪の場合、メルトダウン事故を起こしていたかもしれない。
- 東京電力だけにやりかねない。
- 新潟県の広い範囲が避難区域となっていた。
- 計画停電や節電の動きが現実より4年早く起こっていた。
- 反原発運動の台頭が史実より早まり、逆に福島第一原発事故は回避出来たかもしれない。
- 新潟県の農産物が輸出禁止になっていた。
- 長岡市、魚沼地域、上越地方にも被害が拡大していた。
- 地震の名称は「2007年新潟県上中越地震」となっていた。
- 「7.16」が合言葉となっていた。
- 2007年の新潟まつり、長岡まつりは中止されていた。
- 柏崎刈羽原発がメルトダウン事故を起こした場合は、長期間に渡って中断されていた。
四川大地震(2008年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 四川大地震の誘発地震はなかったかも??
- 確かに日本の岩手・宮城内陸地震は四川大地震の誘発地震だと思われたな。
- その前に、「学校の校舎が倒壊」とか、「複数のダムに亀裂が生じた」とか、「土砂崩れによって川が堰きとめられて地震湖が生じた」と言ったものを知らないまま過ごしているだろうと思われる。
- 北京オリンピックの中国人卓球男子団体が金メダルを取っても、世間の反応が薄かった。
- 日本の首都直下地震への対策が今のように進んでいなかった。
- 2010年の青海地震が史実以上の扱いを受けている。
- 2014年の魯甸地震も。
- 2015年のネパールの地震も。
- 内陸地殻内地震に対する認識が現実よりも甘く、大地震と言えばプレート境界型地震のことを指したままだった。
- 2017年の九寨溝地震での被害がもっと大きくなっていた。
- 北京オリンピックに影響はなかった。
- 5.12のメモリアルは作られなかった。
- 四川大地震博物館は開館されなかった。
- 四川料理である「担担麺」や「青椒肉絲」がブレイクするのがもう少し遅れていたかもしれない。
- 重慶市の学校の校舎は現存している。
- 2008年の今年の漢字は史実通り「変」になっている。
- 四川大地震発生後に四川省什ホウ市の羅漢寺で生まれた羅漢赤ちゃんは注目されなかった。
- Juyuan中学校にいる数百人の生徒たちが亡くなることはなかった。
- 中国経済が現実よりも好調だったことが考えられるため、2018年の冬季五輪は平昌ではなく成都になっていたかも。
- その代わり、2022年の冬季五輪は北京ではなくイスタンブールか平昌になっていたかもしれない。
- 発生が1ヶ月(6/12)遅かったら
- ちょうどこの時期に北京五輪の聖火ランナーが四川省を通過する予定だったので、被害を受けていた。
- 聖火が消えていた可能性もあるかもしれない。
- それでもオリンピックは開催されていただろう。
- ちょうどこの時期に台湾の総統が馬英九になったので、台湾からの支援が史実以上だった可能性も。
岩手・宮城内陸地震(2008年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 同日の東京メトロ副都心線開通の話題が史実以上に話題になっていた。
- 鉄道の研究家である岸由一郎氏が亡くなることはなかった。
- 仙台一極集中と東北の仙台ジャイアニズムは史実よりはほんの少しマシになっていた。
- ただし、地震への危機感が薄れて東日本大震災の被害は史実より大きくなっていた。
- 震災前の宮城県付近でも頻繁に地震が起こり、地震確率の高い予想が史実では出ていたためある程度の警戒感があった。
- 板垣龍佑が仙台放送からテレビ東京に移動しなかった。
- 宮城県栗原市で震度7を観測していたら
- 史実では一迫で6強、(東日本大震災で震度7を観測した)築館で6弱。
- ここは2011年の東日本大震災でも震度7を観測しているため、史実より5年早く震度7を2度観測した自治体(県)が出ることになっていた。
- (史実で6強だった)県境を越えた奥州市衣川区でも震度7を観測していた。
- マグニチュードは7.5くらいだったか。
- 3年遅く発生していたら
- 同年の3月に発生した東日本大震災との関連性が指摘されていた。
- 東日本大震災の誘発地震として扱われていた。
- 10年遅く発生していたら
- この年は6月の大阪北部地震や7月の西日本豪雨などもあったので、現実以上に自然災害の多い1年と言われていた。
- 史実通り6月に発生していたら、この年の6月は2回も大地震に遭っていたことになる。
- 同年の「今年の漢字」が2回目の「災」になるのは史実通りだろう。
- 11年遅く発生していたら
- 同年の6月に発生した山形県沖地震との関連性が指摘されていた。
駿河湾地震(2009年)[編集 | ソースを編集]
- マグニチュード8クラスだったら
- 史実ではM6.5でした。
- 静岡県内の広い範囲で震度7を観測していた。
- 10m以上の津波が押し寄せていた。
- 浜岡原子力発電所がメルトダウン事故を起こしていたかもしれない。
- 死者は阪神・淡路大震災と同等かそれ以上になっていただろう。
- 最悪の場合、東日本大震災と同等かそれ以上の犠牲者が出ていた。
- 「8.11」が合言葉となっていた。
- 山の日は8月11日ではなく、当初の予定通り6月第2月曜日もしくは6月第3月曜日になっていた。
- 史実通り2011年3月11日に東日本大震災が発生していた場合、日本経済は破綻寸前の状態に陥っていた。
- 消費税8%は、史実より1年早く2013年4月から施行されていた。
- 2020年の東京オリンピック・パラリンピックは招致を断念していた。
- 前年のリーマンショックによる不況にあえぐ日本経済に大打撃を与えていた。
- 場合によってはアメリカの州の1つになっていた。
- 地震の名称は「2009年東海地震」になっていた。
- マスメディア等が「東海大震災」と呼んでいた。
- 東南海・南海地震への懸念も強まっていた。
- この規模だと東南海・南海との3連動地震になっていた可能性も大きい。
- 静岡市や浜松市の人口が大きく減少していた。
- 浜岡原発がメルトダウン事故を起こした場合は、史実の飯舘村みたく計画的避難区域に指定されていた。
- 山梨県、長野県、愛知県、岐阜県、三重県にも被害が拡大していた。
- 特に愛知県や三重県では津波の被害が甚大になっていた。
- もし3連動だった場合は関東~九州東岸の広範囲に甚大な被害をもたらしていた。
- 2009年における「今年の漢字」は「震」あるいは「災」となっていた(史実では「新」)。
- この年は新型インフルエンザが大流行していたため、静岡の医療機関は空前の大パニックになっていた。
- 2009年の大道芸ワールドカップは中止されていた。
- 浜岡原発がメルトダウン事故を起こした場合は、長期間に渡って中断されていた可能性もある。