もしあの地震が○○だったら
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独立項目[編集 | ソースを編集]
19世紀以前[編集 | ソースを編集]
天正地震(1586年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 内ヶ島家は今でも存続。
- 鉱山掘りとしてある程度活動していた。大阪の陣の堀埋め立てをやっていたかも。
- 後に甲府や佐渡、石見でも活躍、近代鉱山の礎を築いた。
- 江戸時代、譜代大名になっていれば、幕末頃には10万石くらいになっていたかも。
- 後に甲府や佐渡、石見でも活躍、近代鉱山の礎を築いた。
- 鉱山掘りとしてある程度活動していた。大阪の陣の堀埋め立てをやっていたかも。
- 織田信雄は長島城を天守にしたまま清洲移転はなかった。
- 一豊の娘与祢は死ななかった。
宝永地震(1707年)[編集 | ソースを編集]
- 被害が史実より少なかったら
- 史実ではマグニチュード8後半~9クラスと推測されています。
- 南海トラフ地震の対策に大きく影響が出ていた。
- 場合によっては東日本大震災以降も東海地方でマグニチュード9クラスの地震が起きるという予想はなかったかもしれない。
- 宝永の富士山噴火もなかった。
リスボン地震(1755年)[編集 | ソースを編集]
- 250年遅く発生していたら
- 「ヨーロッパは地震が少ない」というイメージは一気に破れる。
- 前年の「インド洋大津波」に倣い、「大西洋大津波」と呼ばれていた。
- 特にカリブ海諸国やブラジルでの被害が甚大であった。
- その後大西洋でも津波の警報システムが整備されていたかもしれない。
- ニューヨークも津波により大きな被害を受けていた。
- バッテリーパークは津波で浸水し暫くの間休園を余儀なくされていた。
- 自由の女神像もしばらくは見学を中止していたかもしれない。
- EUや日本はポルトガルに対し巨額の支援を行っていた。
- 発生していなかったら
- 地中海以外のヨーロッパ沿岸で発生した津波といえば太古に発生したドッガーバンク地すべりになっていた。
- ポルトガルは史実ほど衰退していなかった。
- 一方、リスボンの町が再整備されることもなく、リスボンは中世のままの町並みを保っていた。
- その後のヴォルテールやカントの哲学のあり方も大きく変わっていた。
- 啓蒙思想は史実ほど台頭せず、カントはそれほど有名にはならなかった。
濃尾地震(1891年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 内陸型地震の脅威はあまり知られていなかった。
- その分、阪神淡路大震災の淡路島における被害が大きかった。
- 恐らく、現時点で内陸型地震の代表と呼ばれるのは阪神淡路大震災か。
- 「根尾谷」などという地名を知っているのは地元のごく限られた人に過ぎない。
- 鉄道唱歌(東海道編)の岐阜の部分の歌詞が「長良の川に灯を映す」あたりになっていた。
- 楯甲久四郎はこの地震で死亡することはないから、もっと活躍できた。
- 楯甲に外に突き出されて一命を取り留めた松若(後の若島権四郎)は地震後に「楯甲」と改名することはなかった。
明治東京地震(1894年)[編集 | ソースを編集]
- マグニチュード8クラスだったら
- 死者は10万人前後だった。
- この地震による災害は「東京大震災」と呼ばれる。
- 場合によってはこの地震による災害が「関東大震災」と呼ばれていた。この場合、1923年に発生した史実の関東大震災は「大正関東大震災」と呼ばれていた。
- この世界だと、1894年の地震による災害は「明治関東大震災」と呼ばれる。
- 場合によってはこの地震による災害が「関東大震災」と呼ばれていた。この場合、1923年に発生した史実の関東大震災は「大正関東大震災」と呼ばれていた。
- 確実に日清戦争で負けていた。
- 東京湾北部断層で発生していたら可能性はあった。
- 首都直下型地震の被害想定モデルはこの地震の被害をもとに作られていた。
- その分、史実の関東大震災の被害は少なかった。それでも死者は数万人出ていたかも。
- 史実通り関東大震災が発生していたら遷都が検討されていたかも。
1900~1980年代[編集 | ソースを編集]
北但馬地震(1925年)[編集 | ソースを編集]
- 震源地が京阪神近郊だったら
- 大阪市、京都市、神戸市などが壊滅的な被害を受けていた。
- 犠牲者は1万人程度になっていた。
- この地震による被害は「関西大震災」と呼ばれていた。
- その場合、1995年に発生した阪神・淡路大震災は「平成関西大震災」と呼ばれていた。
- 関東大震災に続き、日本の2大都市圏が震災の被害を受けていた。
- 名古屋や京城の人口が急増していた。
- 京城への遷都が実現していたかもしれない。
西埼玉地震(1931年)[編集 | ソースを編集]
- 関東大震災並みの被害を受けていたら
- 恐らく大きな被害受けるのは埼玉県と群馬県と栃木県辺り。場合によってはこの地震による災害が「北関東大震災」と呼ばれていた。
- 南関東大震災(史実の関東大震災)と北関東大震災(史実の西埼玉地震)と別れて呼ばれていたかもしれない。
- 場所的に東京でも相当の被害が出ていたと思われるので北関東大震災の名前に抗議の声が出ていた。
- 「第二次関東大震災」か「昭和関東大震災」と呼ばれていただろう。
- 川越の昔の町並みは地震によって壊れてしまう。その分修復費がかかっていたかもしれない。
- 震災復興のため川越線が早期に開通した。
- 津波に関しては内陸で起きているので恐らく起きていない。
- この地震により内陸県でも地震の被害を受けるということで内陸県も地震対策が史実以上に進んでいたかもしれない。
- マグニチュードは7~8間辺り。
- 一部関東大震災の余震という報道もあったかもしれない。
- 史実の関東大震災でも大きな被害を受けていたから、首都を地震や台風の被害がほとんどない京城に移転する声が出てきた。
- または札幌への移転が検討されたかも。
- 地震発生3日前に起こった満州事変はあまり報道されなかった。
- 埼玉県と栃木県と群馬県からの満州への移民の数が史実より多かった。
昭和東南海地震(1944年)[編集 | ソースを編集]
- 3年早く発生していたら
- 発生日が1941年12月7日だったら
- 史実の真珠湾攻撃の前日なので真珠湾攻撃が延期されていた。
- 1年遅く発生していたら
- 発生日が1945年12月7日だったら?
- 終戦直後だったので情報統制も緩いと思われるが、それでも混乱状態だったので被害規模が不明だった所もあったか。
- 三河地震(1945年1月13日発生)が前兆地震ということになっていた。
- 動員学徒などもういないため犠牲者は減っていた可能性が高い。
- 1970~80年代に発生していたら
- 高度経済成長から一気に大不況に突き落とされた。
- オイルショック後の景気回復→バブル景気もなかった。
- 東海道新幹線が長期に渡り寸断されたため、中央本線経由や北陸回りで東京~名古屋~大阪の代替輸送が行われた。
- 緊急時の輸送に支障を来すことが予想されたため、国鉄の分割・民営化は行われなかった。
- 民営化するにしても全国1社か東西2社で行われた。
- 北陸新幹線計画が早まっていた。
- 緊急時の輸送に支障を来すことが予想されたため、国鉄の分割・民営化は行われなかった。
- 36年遅く発生していたら
- ほぼ上記と同じ。
- 翌年のポートピア81は開催中止になっていた。
- 史実どおり12月7日に発生していた場合、翌日に起こったジョン・レノン射殺事件は日本ではあまり報道されなかった。
- 大平正芳首相急死~鈴木善幸内閣誕生までの期間に発生していた場合、加藤友三郎首相没後に発生した関東大震災の例もあり、「首相が現役死→大震災」のジンクスが誕生したのではないかと一部で噂されていた。
- 50年遅く発生していたら
- 発生日が1994年12月7日だったら
- 年明けに発生した阪神・淡路大震災はこれの誘発地震だとされていた。
- 震源は離れてるが、同年末に起こった三陸はるか沖地震も。
- 阪神大震災と合わせて関西は壊滅的な被害を受けていた。
- 名称は「平成東南海地震」となっていた。
- 「平成南海地震」の発生も懸念されるようになっていた。
- この場合も東海道新幹線が長期に渡り寸断されていた。
- 年明けの阪神大震災も加わり、日本の大動脈が寸断される事態になっていた。
- 新幹線の復旧までJR本州3社が協力し、中央本線経由や北陸回りで代替輸送を行われていた。
- 北陸新幹線は平成のうちに全通していた。
- 発生当日に誕生した羽生結弦が東日本大震災の被災地出身だけあって現実以上に注目された。
- 51年遅く発生していたら
- 史実通り12月に発生した場合、1995年は地震で始まり地震で終わったことになっていた。
- 今年の漢字が「震」になるのは現実通り。
- 60年遅く発生していたら
- この年は新潟中越地震や台風の集中上陸、浅間山の噴火などがあった事から現実以上に災害が多い年だと言われた。
- 今年の漢字が「災」になるのは現実通り。
- 翌年の愛知万博は開催中止になっていた。
- 1月に発生した場合、12月にスマトラ島沖地震があったので、2004年は地震で始まり地震で終わったことになっていた。
- 75年遅く発生していたら
- 1月3日に発生した熊本の震度6弱の地震が前兆だと言われていた。
- 4月に発生した場合、元号改元に伴う祝賀ムードが一気に吹っ飛んでいた。
- 平成は地震で終わったと言われていた。
- ノートルダム大聖堂の火災は日本ではあまり報道されなかった。
- 池袋自動車暴走事故のニュースも震災報道にかき消されていた。
- 5月以降に発生した場合、令和時代も波乱の幕開けと言われていた。
- 名称は4月までに発生した場合は「平成東南海地震」、5月以降に発生した場合は「令和東南海地震」となっていた。
- 「平成(令和)南海地震」の発生も懸念されるようになっていた。
- 同年の今年の漢字は「令」ではなく「震」か「災」になっていた(地震に加えて京アニや首里城などの火災や台風災害もあったので)。
- 後者の場合、昨年(2018年)に続いて2年連続という事になり、史上初めて2年連続で同じ漢字が選ばれていた(「災」自体は2004年にも選ばれているので3度目)。
- 史実通り12月に発生した場合、2019年は地震で始まり地震で終わったことになっていた。
- 翌年の2020東京オリンピックは開催中止になっていた。
- 80年遅く発生していたら
- 元日に発生した能登半島地震が前兆だと言われていた。
- やはり東海道新幹線が長期間に渡り寸断されたため、復旧まで中央本線や北陸経由で代替輸送が行われた。
- 北陸新幹線の新大阪までの全通が早期に決定されていた。
- 東名阪の国際空港が被災したため、特に上半期に発生した場合最悪同年のパリ五輪に選手を派遣できなかった。
- 同年の今年の漢字は「金」ではなく「震」か「災」になっていた。
- 史実どおり12月7日に発生していた場合、中山美穂や小倉智昭の訃報が震災にかき消されていた。
- 北九州市で起こった女子中学生殺害事件も。
- 2024年は地震で始まり地震で終わったことになっていた。
- 紅白歌合戦や箱根駅伝をはじめとする年末年始の特番に大きな影響が出ていたかもしれない(それ以外の年に起こっていた場合にも言える事だが)。
- 翌年の大阪・関西万博は中止になっていた。
- 名称は「令和東南海地震」となっていた。
- 8月9日以降に発生していた場合、8月8日に発生した日向難の地震が前兆だと言われていた。
- 「2025年7月5日に大災害が起こる」というたつき諒の予言がさらに恐れられていた。
南海地震(1946年)[編集 | ソースを編集]
- 数年早く発生していたら
- 時期としては東南海地震(1944)の直後か。
- 新聞紙上の報道は一面ではなく真ん中のベタ記事。
- そのため後世の調査では影響が出ていた。
- 高知県など被災地への支援が遅れ犠牲者はさらに増えていた。
福井地震(1948年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 阪神淡路大震災まで震度7は存在せず。
- 阪神淡路大震災でも5と6が強弱に分割されただけだったかも。場合によっては10段階にするため4も分割されたかも。
- 震度7の導入は東日本大震災を待つことに。
- むしろ日本においても気象庁独自の震度階級から国際標準のメルカリ震度階級への変更が検討されたかもしれない。
- 阪神淡路大震災でも5と6が強弱に分割されただけだったかも。場合によっては10段階にするため4も分割されたかも。
- 福井県の衰退はもう少し遅かったか?
- 少なくとも「江戸時代の十大都市が平成では一地方都市」ということにはならなかった。
- そうなると、北陸地方の中心は石川県ではなく福井県に?
- とは言っても、やはり中心は石川だったと思う。少なくとも福井県の人口が100万人を切ることはなかった。
- 北陸は現在よりも地位が高かった。
- 北陸新幹線は国鉄時代に開通していた。
- そうなると、北陸地方の中心は石川県ではなく福井県に?
- 少なくとも「江戸時代の十大都市が平成では一地方都市」ということにはならなかった。
- 大和百貨店は早くとも20世紀末まで福井店を続けていた。
チリ地震(1960年)[編集 | ソースを編集]
- マグニチュード10クラスだったら
- 実際にマグニチュード10は地球上で起こりえる最大規模だと言われておりますが…。
- 日本でも10m以上の津波が観測されていた。最大観測は20mか?
- 東北沿岸は三陸地震並み、西日本沿岸は南海地震並みになっていた。
- 死傷者数はチリ内だけでも1万人。最悪3万人になっていた。
- 死傷者数が6000人どころか10倍~100倍になっていた。
- もしかするとチリ地震ではなく、チリ大地震と呼ばれていた可能性もあり得る。
- 史実通り津波に対する認識が甘ければ、日本の津波被害は想像を絶するくらい受けていた。
- 但し、史実以上に巨大防潮堤を建造しているため、その後の地震による津波被害は最低限に落ち着いたかも。
- 各地に津波の石碑が建っていた。
- 但し、史実以上に巨大防潮堤を建造しているため、その後の地震による津波被害は最低限に落ち着いたかも。
- 確実に南米どころか北米・中米まで地震による被害を受けていた。
- パナマ運河がこの地震でしばらくの間通れなくなっていた。
- 太平洋の小島などでは津波の影響で全滅した島が出ていたかもしれない。そうでなくても全島移民などがされていたかも。
- オーストラリア・ニュージーランドも結構被害を受けていた。
- パナマ運河がこの地震でしばらくの間通れなくなっていた。
- 2年後のFIFAワールドカップ開催を返上していた。
- 他の国、地域で発生していたら
- 南海トラフ地震だったら
- 東海、東南海、南海の三連動巨大地震となっていた。
- 死者数は華県地震を大きく上回り、人類史上最悪の地震災害となっていた。
- 下手するとこの地震だけで太平洋戦争の犠牲者すらも超えていた可能性がある。
- 太平洋側は言わずもがな、九州北部~北陸(場合によっては東北南部も)でも夥しい数の犠牲者が出ていた。
- 4年後に開催予定だった東京五輪は確実に中止に追い込まれていた。
- 発生後しばらくして富士山が噴火していたら尚更。
- この時点で日本の高度経済成長期は終焉を迎えていた。
- 更には日本経済が一気にどん底に突き落とされ、これに近いことが起きていた可能性があったかもしれない。
- 今後も再び巨大地震が発生する恐れがある警戒感から、小笠原諸島と沖縄は国家安全保障上の理由により返還されなかった。
- 「5.23」が合言葉となっていた。
- 時期は少々ずれるが、終戦前後に発生した昭和東南海地震や昭和南海地震との関連が指摘されていた。
- 学者によってはそれらを当地震の前震と捉える向きもあった。
新潟地震(1964年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 地震保険は阪神淡路大震災まで存在しなかった。
- コンビナート火災もあまり知られず、東日本大震災の被害が拡大していた。
- 中越地震まで新潟県には地震安全神話があり、その影響もあって中越地震の被害はさらに大きかった。
- 液状化への対応が現実よりも遅れていた。
- 東日本大震災では東京ディズニーリゾートに大きな被害が出ていた。
- 液状化が日本で広く知られるのは1995年の阪神・淡路大震災だった。
- 1週間早く発生していたら
- 新潟国体が中止に追い込まれた。
- 死者は確実に増えていた。
- 国体の選手やスタッフにも犠牲者が出る。
- マグニチュード8クラスだったら
- 新潟市、酒田市、鶴岡市などで震度7を観測していた。
- 新潟市街は史実以上の被害を受けていた。
- 昭和大橋のみならず、八千代橋や新潟市役所も倒壊していた。
- 沼垂だけではなく古町も壊滅的な被害を受けていた。
- 火災も発生して壊滅的な状態になっていた。
- 山形県庄内地方の被害も史実以上となり、酒田市や鶴岡市は壊滅的な被害を受けていた。
- 史実通り1976年に酒田大火が発生していた場合、酒田市の財政は破綻していたかもしれない。
- 犠牲者は最悪の場合、阪神・淡路大震災と同等となっていた。
- 10m~30m程度の津波が押し寄せていた。
- 羽越本線は長期間に渡り不通となっていた。
- 新潟空港は被害が大きく、長期間使用不能となっていた。
- 新潟市は政令指定都市になれなかったかもしれない。
- 秋田県、山形県内陸部、福島県、新潟県上中越地方にも被害が拡大していた。
- マスメディア等が「北日本大震災」と呼んでいた。
- 「6.16」が合言葉となっていた。
- 1964年の東京オリンピックは中止されていたかもしれない。
- 開催されていたとしても、日本海側では盛り上がれなかった。
- 最悪の場合、日本の高度経済成長はここで止まっていたかもしれない。
- その代わりオイルショック後の1970年代後半~80年代に第二次高度経済成長が起こっていたかもしれない。
- その場合、1回目の大阪万博は1980年に開催されていた。
- その代わりオイルショック後の1970年代後半~80年代に第二次高度経済成長が起こっていたかもしれない。
- その教訓が活かされ、日本海中部地震、阪神淡路大震災、新潟県中越地震、東日本大震災の被害は軽減されていた。
- とは言え福島第一原発事故は免れない。
- 昭和のうちに地震や津波の捉え方が変わっていた。
- 日本人の防災意識は昭和の時代から高かった。
- 史実通り2004年に新潟県中越地震が発生していたら、新潟県の経済の地盤沈下が激しくなっていた。
- 30年遅かったら
- 翌年1月17日に阪神・淡路大震災が発生したのでそれとの関連が指摘されていた。
- 新潟-神戸歪集中帯が現実よりも早く知られていた。
唐山地震(1976年)[編集 | ソースを編集]
- 震源が北京直下だったら
- 死者は軽く100万人を超え、有史以来最悪の震災となっていた。
- この地震で北京は壊滅し、日本における関東大震災的な扱いの震災となっていた。
- 紫禁城も当然倒壊したため、世界遺産登録が早まったかもしれない。
- 登録当初は危機遺産リストに入っていたかも。
- 紫禁城も当然倒壊したため、世界遺産登録が早まったかもしれない。
- 政府機関の建物が多く倒壊したため、毛沢東も犠牲者の一人となっていた。
- そしてさらには北京以外の都市に遷都していた。
- 文化大革命はこの時点で終わり、開放改革が始まっていた。
- 政府が機能しなくなるため、下手したらこの時点で中国が民主化されていたかもしれない。
- 江青などの「四人組」や華国鋒などもこの地震の犠牲者に。
宮城県沖地震(1978年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 新耐震基準(史実では1981年に制定)の制定が遅れていた。
- そのため阪神・淡路大震災では現実以上に甚大な被害が出ていた。
- 恐らく阪神・淡路大震災発生後に新耐震基準が制定されていた。
- ブロック塀の危険性が認識されるのは1987年の千葉県東方沖地震だった。
- そのため阪神・淡路大震災では現実以上に甚大な被害が出ていた。
- 東北新幹線の大宮~盛岡間開業が2年ほど早まっていた。
- 史実では地震により高架橋が損傷している。
- マグニチュード8クラスだったら
- 仙台市や石巻市で震度7を記録していた。
- 仙台市内ではビルや家屋が多く倒壊していた。
- 平日の夕方に発生ということで、火災が多発していた。
- 一番町、仙台駅前では史実以上の混乱が生じていた。
- 死者は約4000人程度になっていた。
- 東北新幹線の高架橋が倒壊、大宮~盛岡間の開業が数年遅れていた。
- 1985年に上野~盛岡間を一度に開業させていた。
- 阪神淡路大震災での阪神高速や山陽新幹線の高架橋の被害は史実より少なかった。
- 10m~30m程度の津波が発生していた。
- それが教訓になり、東日本大震災の犠牲者は史実より少なかった。
- 宮城球場が大きく被害を受け、建て替えられていた。
- ロッテオリオンズは仙台に本拠地を戻していた。
- 仙台空港は被害が大きく、東日本大震災直後と同様に長期間使用不能となっていた。
- 東北本線の特急列車が脱線していたかもしれない。
- 仙台市営地下鉄は震災復興の一環で建設されていた。
- オイルショック後の不況にあえぐ日本経済に大打撃を与えていた
- バブルはなかったかもしれない。
- 福島県、岩手県、山形県にも被害が拡大していた。
- 福島第一原発はその時点で事故を起こしていたかもしれない。
- 計画停電や節電の動きが昭和のうちに起こっていた。
- 日本の電力は史実ほど原発には依存しなかった。
- 福島第一原発はその時点で事故を起こしていたかもしれない。
- 東北における仙台一極集中は史実ほど進まなかった。
- 仙台市の政令指定都市移行が史実より遅れていた。
- 昭和のうちに地震の捉え方が変わっていた。
- 「6.12」が合言葉となっていた。
- マスメディア等が「東北大震災」または「昭和東日本大震災」と呼んでいた。
- この場合、2011年に発生した史実の東日本大震災は「平成東日本大震災」と呼ばれていた。
- 史実通り2011年に東日本大震災が発生していたら、東北地方の経済の地盤沈下がもっと激しくなっていた。
- 4年遅く発生したら
- 6月以降に発生した場合、すでに東北新幹線が開業していたことから、新幹線が高架橋の倒壊に巻き込まれて脱線し、多数の死傷者を出した。
- 翌年発生した日本海中部地震との関連も指摘されるようになっていた。
- 40年遅く発生したら
- 同年には大阪府北部地震や北海道胆振東部地震が発生しているので、地震が多い年と言われていた。
- それらの地震との関連性が必ず指摘されていた。
- 地震ではないが西日本豪雨や台風21号災害もあったことから、同年は災害の多い最悪の年とされていた。
- 年末の「今年の漢字」が「災」になるのは史実通り。
- 翌年発生した山形県沖地震との関連も指摘されるようになっていた。
日本海中部地震(1983年)[編集 | ソースを編集]
- マグニチュード8クラスだったら
- 能代市や男鹿市で震度7を記録していた。
- 津波の高さは10m以上になっていた。
- 平日の昼に発生したため、火災の被害が激しくなっていた。
- 秋田市内は大火になっていたかもしれない。
- 秋田県や青森県のみならず、山形県庄内地方でも被害が出ていた。
- 酒田市は1976年の酒田大火に続く被害を受けていた。
- 犠牲者は1000人を越えていた。
- その教訓が活かされ、阪神淡路大震災や東日本大震災の被害は史実より軽減されていた。
- とは言え福島第一原発事故は免れない。
- 昭和のうちに地震や津波の捉え方が変わっていた。
- 「5.26」が合言葉となっていた。
- マスメディア等が「北日本大震災」と呼んでいた。
- 史実通り2011年に東日本大震災が発生していた場合、東北地方の経済の地盤沈下がもっと激しくなっていた。
- 10年遅かったら
- 同年の7月に発生した北海道南西沖地震との関連性が指摘されていた。
- 20年遅かったら
- 同日夕方には三陸南地震が発生しているので、その2つの地震でこの日のニュースは持ちきりになっていた。
- 18時24分に発生していることから、その時間帯以降の報道体制は大変な事になっていた。
- 三陸南地震が20年早く発生していた場合もまた然り。
- 18時24分に発生していることから、その時間帯以降の報道体制は大変な事になっていた。
- 28年遅かったら
- 同年の3月に発生した東日本大震災との関連性が必ず指摘されていた。
- 東日本大震災より後に発生していた場合、その誘発地震だと言われていた。
- 36年遅かったら
- 史実通り5月に発生した場合、発生が令和時代が始まったばかりの頃だったことから、「令和は地震で始まった」と言われていた。
- 同年の6月に発生した山形県沖地震との関連性が指摘されていた。
1990年代[編集 | ソースを編集]
北海道南西沖地震(1993年)[編集 | ソースを編集]
- 発生が昼間だったら
- 迅速に避難できるため犠牲者は減っていた・・・と信じたい。
- 1983年の日本海中部地震の教訓が生かされた格好となっていただろう。
- 津波襲来をとらえた写真が残されている。
- インド洋大津波より10年以上前に多くの人々が津波の恐怖を認識できていた。
- 空からの救援もやりやすかった。
- プロパンガスボンベが火元のため火災発生はどのみち避けられない。
ノースリッジ地震(1994年)[編集 | ソースを編集]
- 1年遅く発生していたら
- 発生日が1995年1月17日だったら
- 日本では同日に阪神・淡路大震災が発生しているので日米両国で地震のネタで持ちきりになっていた。
- 日本時間で夜の9時台に発生していることから、その時間帯以降の報道体制は大変な事になっていた。
- 日本だと阪神震災特番であまり取り上げられなかっただろう。
- 高速道路の倒壊から助かった人の中には「阪神淡路大震災の高架橋倒壊がよぎった」という人もいた。
北海道東方沖地震(1994年)[編集 | ソースを編集]
- 震源地が○○だったら
- 北方領土寄りだったら
- 震源地は恐らく択捉島辺り。北海道の被害はそれほど受けなかったと思われる。但し、その分北方領土の被害が大きくなることに…。
- 色丹島だけじゃなくて他の北方領土の島も衰退していたかもしれない。
- 場合によっては北方領土問題に影響し、歯舞色丹国後の三島返還でカタがついていたかも。
- 惜しむらくは、この時期日本が細川・羽田政権→村山の自社さ連立という混乱期だったということか。もしここでタカ派の政治家が政権を取っていれば、返還の可能性は大きかったけど、このメンツなら無理そう。
- 色丹島だけじゃなくて他の北方領土の島も衰退していたかもしれない。
- 恐らく日本として震災ではなくロシアとしての震災になっていたかもしれない。恐らくイトゥルップ地震と呼ばれていた。
- 北海道寄りだったら
- 釧路市か根室市辺りで震度7を観測していた可能性がある。その分北海道の被害が大きくなっていた可能性がある。
- 負傷者は多くて800~1000人ぐらい居ただろうな…。
- 色丹島は史実通り衰退していたか?
三陸はるか沖地震(1994年)[編集 | ソースを編集]
- 別の時代に発生していたら
- 1年後(1995年)
- 同年は1月に阪神・淡路大震災が発生したこともあり、「地震に始まり地震に終わった1年だった」と言われるようになっていた。
- 16年後(2010年)
- 後に翌年3月に発生した東日本大震災との関連が指摘されるようになっていた。
- 25年後(2019年)
- 同年1月に熊本で震度6弱の地震が発生したこともあり、「地震に始まり地震に終わった1年だった」と言われるようになっていた。
- 29年後(2023年)
- 後に翌年元日に発生した能登半島地震との関連が指摘されるようになっていた。
- 30年後(2024年)
- 同年は元日に能登半島地震が発生したこともあり、「地震に始まり地震に終わった1年だった」と言われるようになっていた。
- マグニチュード8クラスだったら
- 八戸市で震度7を記録していた。
- 年末の帰省時期ということもあり、犠牲者は5000人を越えていただろう。
- 最悪の場合、東日本大震災と同等かそれ以上の犠牲者が出ていた。
- 10m~30m程度かそれ以上の津波が押し寄せていた。
- 岩手県などの東北全県にも被害が拡大していた。
- バブル崩壊後の不況にあえぐ日本経済に大打撃を与えていた。
- 史実通り1ヶ月後の1995年1月17日に阪神・淡路大震災が発生していた場合、日本経済は破綻寸前の状態に陥っていた。
- 消費税5%増税は、史実より1年早く1996年4月から施行されていた。
- あるいは半年早く1996年10月から施行されていた。
- 消費税5%増税は、史実より1年早く1996年4月から施行されていた。
- 史実通り1ヶ月後の1995年1月17日に阪神・淡路大震災が発生していた場合、日本経済は破綻寸前の状態に陥っていた。
- その教訓が活かされ、2011年における東日本大震災の被害は史実より少なかっただろう。
- とは言え福島第一原発事故は免れない。
- マスメディア等が「東北大震災」または「東日本大震災」と呼んでいた。
- この場合、2011年に発生した史実の東日本大震災は「平成23年東日本大震災」と呼ばれていた。
- 史実通り2011年に東日本大震災が発生していたら、東北地方の地盤沈下がもっと激しくなっていた。
- 「12.28」が合言葉となっていた。
- 発生しなかったら
- 八戸は史実より地位が上がっていた。
- 仙台一極集中と東北の仙台ジャイアニズムは史実よりかなりマシになっていた。
- 八戸港からのフェリーは史実よりも多く出ていた。
- 八戸は史実よりもマンションは増えていた。
- 技術的、水深的に難しくても大間に新トンネルの建設がはじまっていたかもしれない。
- もしかしたら阪神・淡路大震災も発生しなかったかもしれない。
ネフチェゴルスク地震(1995年)[編集 | ソースを編集]
- 日本でも被害を受けていたら
- 日本でも被害受けたとは言っても、稚内市の北海道北部ぐらいしか大きな被害を受けていないか。
- 北海道では阪神淡路大震災の影がやや薄くなっていた。
- 震源地がネフチェゴルスクではなく最もサハリン南部だったらあり得た。
- 史実通り同じ震源地なら恐らくマグニチュードは8後半~9前半になっていた可能性がある。
- 場合によっては津波が起きかねない。その場合北海道北部を中心に被害を受けていた。
- その場合、サハリン州全土に被害が及んでいたかもしれない。だからといって日本に返還される可能性はなさそうだが。
- 史実通り同じ震源地なら恐らくマグニチュードは8後半~9前半になっていた可能性がある。
- 被害規模もネフチェゴルスク並み(住民のうち3/4が死亡)だったら大変なことに。
イズミット地震(1999年)[編集 | ソースを編集]
- イスタンブール直下が震源だったら
- 名称が「イスタンブール大震災」になっていた。
- 旧市街の歴史的建造物に被害が続出。
- 例:モスクのミナレットがあちこちで無残に折れる。
- 危機遺産リスト入りしていた恐れが非常に高い。
- ボスポラス橋が倒壊していたらアジア側とヨーロッパ側が完全に分断されていた。
- 観光客の犠牲者も多い。
- マルマライ計画は防災の側面も持たされていた。
- イスタンブールのオリンピック招致にも影響があったはず。
921大地震(1999年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 集集のイメージといえば満場一致で「日本時代の古い駅舎」。
- 台湾の防災日は全く別の日に。
- この地震で日月潭が被害を受けなかったため現在ももっとにぎわっていた。
- 大安溪大峡谷は存在しない。
- 東日本大震災後の台湾からの支援がやや少なくなっていた可能性あり。
- それに関連して平成末期のネトウヨ界隈で「台湾は親日」というイメージは定着せず、相対的に中国の地位が高くなっていた。
- ニンテンドウパワー用GBメモリカートリッジの発売が2000年3月1日に延期されることはなかった。
- マグニチュード9クラスだったら
- 台湾のみならず、日本の沖縄も大変な被害を受けていた。
- 「沖縄は地震が少ない」というイメージがなくなっていた。
- そればかりか西日本の太平洋側に津波が到達し被害を受けていただろう。
- 南海トラフ巨大地震への警戒が高まっていた。
2000年代[編集 | ソースを編集]
2010年代[編集 | ソースを編集]
チリ地震(2010年)[編集 | ソースを編集]
- 1年遅かったら
- 同時期に発生したニュージーランド地震・東日本大震災と合わせて「環太平洋大地震」と称されていた。
- これがTPPにも影響を与えていたかも?
- 太平洋の島嶼部でも二回連続での大津波で被害が拡大していた。
長野県北部地震(2011年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 2014年の長野県神城断層地震の被害がより大きくなっていた。
- 東北地方太平洋沖地震の誘発地震と言えば3/15の静岡県東部地震になる。
熊本地震(2016年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 九州でそこまで地震のイメージがつくことはなかった。
- 益城町で震度7を2回観測することはなかった。
- そのため建物の耐震性がそこまで注目されていない。
- 九州新幹線800系U005編成は2020年現在も現役。
- エクアドル地震が現実以上に注目されていた。
- 2016年に日本国内で起きた大きな地震といえば鳥取県中部地震だった。
- 西九州新幹線の武雄温泉~長崎間の開業が数年早まっていた。
- その場合、リレー特急にも新型車両がデビューしており、少なくとも783系はこのタイミングで引退していた。
- 佐賀県の態度次第だが、残る武雄温泉~新鳥栖間も2025年の大阪・関西万博を前に開通し、全線開通に至っていた。
- 地震報道における「余震」「本震」という呼び方は今も残っていた。
- 11年早かったら
- 3月の福岡県西方沖地震と合わせて、九州での地震が多い年となっていた。
- 史実通り4月に起こったら愛・地球博が開幕して1ヶ月後に地震が発生したことになるので、万博の喜びが吹き飛んでいた。
- それとともにJR福知山線脱線事故の扱いが小さくなっていた。
- 発生が事故より後だった場合、マスコミにおける脱線事故関連の報道がことごとく震災報道に差し替わっていた。
- 会場内に募金箱が設置され、万博の収益の一部が被災地に寄付されていたかもしれない。
- 会場内にも「がんばろう熊本!」のスローガンが掲げられていた。
- それとともにJR福知山線脱線事故の扱いが小さくなっていた。
- 5年早かったら
- この年は東日本大震災やニュージーランド地震があったことから、世界的にも地震の多い年といわれていた。
- 時期にもよるが、東日本大震災の誘発地震だと言われていた。
- 東西ともに地震のニュースで一杯になっていた。
- 同年の福岡ソフトバンクホークスのリーグ優勝・日本一が史実以上に盛り上がっており、「被災した九州を勇気づけた」と言われるようになった。
- 当時の秋山幸二監督が熊本県出身なので尚更。
- 大地震が起こった年ということで1995年のオリックス・ブルーウェーブの「がんばろうKOBE」と比較されていた。
- 森福允彦は史実以上に英雄視されていた。
- 監督や選手への優勝インタビューでもこの地震についてコメントがあった。
- うまくいけばアジアシリーズも制覇できていたかも。
- 史実通り4月に発生していたら、同年4月に全通した九州新幹線は開通早々地震に巻き込まれ、一時不通になっていた。
- 3月以前に起こった場合、九州新幹線の全通が遅れていた。
- 恐らく同年の夏~秋あたりになっていた。
- 東日本大震災の影響で式典など全通記念のイベントが中止されたことから、「九州新幹線は何かと呪われている」と一部(おそらく鉄道ファン)から言われていた。
- 3月以前に起こった場合、九州新幹線の全通が遅れていた。
- 2011年7月中旬までに発生していた場合、熊本でもアナログ放送終了が7月24日から翌年の3月31日に延期されていた。
- あるいは全国一斉で延期された。
- 3月に発生していた場合、熊本3歳女児殺害事件は起きなかった。
- 2年早かったら
- 現実と同じ時期に発生した場合、セウォル号沈没事故は日本ではあまり報道されなかった。
- この年には広島土砂災害や御嶽山噴火も発生しているので、災害が多い年だと言われた。
- 同年の「今年の漢字」は「災」になっていた。
- 2年遅かったら
- 6月の大阪北部地震、7月の西日本豪雨、9月の台風21号災害と合わせて、西日本での自然災害が多い年となっていた。
- 3年遅かったら
- 現実と同じく4月に発生していた場合、「平成は地震で終わった」と言われていた。
- ノートルダム大聖堂の火災は日本ではあまり報道されなかった。
- 池袋自動車暴走事故のニュースも震災報道にかき消されていた。
- 同年1月3日に熊本で発生した震度6弱の地震との関連が指摘されていた。
- 学者によってはそれを当地震の前震と捉える向きもあった。
- 4年遅かったら
- 7月の豪雨と合わせて、熊本での災害が多い年となっていた。
- 5年遅かったら
- 現実通りに発生した場合、東京オリンピック・パラリンピックは更に延期されることになった。
- 8年遅かったら
- 元日の能登半島地震、4月の高知の地震、8月の日向灘の地震と合わせて、国内での地震が多い年となっていた。
- 現実通り4月に発生した場合、4月17日に発生した高知の地震は熊本地震の誘発地震だと指摘されていた。
- 8月に発生した場合、日向灘の地震は熊本地震の誘発地震だと指摘されていた。
- 12月に発生した場合、2024年は地震で始まり地震で終わったことになっていた。
- 9年遅かったら
- 史実通り4月に起こったら大阪・関西万博が開幕した直後に地震が発生したことになるので、万博の喜びが吹き飛んでいた。
- テレビの万博関連の報道がことごとく震災報道に差し替わっていた。
- 特に東京以外の都市(特に大阪)を認めたくない在京キー局は、ここぞとばかりに全面的に震災報道一色に差し替わっていた。
- 追随して在阪準キー局も万博報道を減らして震災報道に差し替わっていた(大阪は九州出身者が多く住んでいる)。
- それとともに日本国内で一般博→登録博が開催される年は4月に西日本で多数の犠牲者を出す悲惨な出来事が起こるというジンクスができていた(事実1970年4月には天六ガス爆発事故が、2005年4月には福知山線脱線事故が起こっている)。
- 仮に4月12日に起こったら万博開会式の中継などが震災報道に差し替えられていた。
- ちょうど九州新幹線全通の前日に発生した東日本大震災と同じようなことになっていた。
- 会場内に募金箱が設置されていた。
- 万博の収益の一部を被災地に寄付していたかもしれない。
- 会場内にも「がんばろう熊本!」のスローガンが書かれていた。
- 公式キャラクターのミャクミャクとともにくまモンも応援に駆けつけていた。
- 7月5日に起こっていた場合、「たつき諒の予言(2025年7月5日に大災害が起こる)はこれの事だったか」と話題にされていた。
- 2011年3月の東日本大震災に続いて当てたとされていた。
- それとともにトカラ列島の群発地震との関連性が指摘されていた。
- 同年の「今年の漢字」は史実通り「熊」になったが得票数は現実よりも多かった。
- 各地で熊による被害が出ていることに加えて熊本の「熊」でもあるので。
北海道胆振東部地震(2018年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 2018年に発生した大きな地震といえば大阪府北部地震だった。
- 数日前に大阪府を中心に発生した台風21号の被害が史実以上にクローズアップされていた。
- この年の今年の漢字は「災」ではなかっただろう(6月の大阪北部地震、7月の西日本豪雨、9月の台風21号災害なども発生しなかったら尚更)。
- その場合、平成最後の年ということで「平」か平昌五輪に由来する「金」になっていた可能性が高い。
- 25年早かったら
- 同年には釧路沖地震や北海道南西沖地震が発生しているので、北海道での地震が多い年と言われていた。
- 17年早かったら
- 21世紀初の大地震として、しかも21世紀最初の年なので、21世紀の日本の先行きが不透明に。
- 史実通り9月6日に発生した場合、発生時は扱いが大きいものの、5日後あたる9月11日以降はアメリカ同時多発テロ事件により、全国ニュースではあまり取り上げられなくなっていた。
- 12年早かったら
- 北海道日本ハムファイターズの25年ぶりリーグ優勝・44年ぶり日本一が「被災地に希望を与えた」と言われていた。
- 7年早かったら
- 同年に発生した東日本大震災との関連性が指摘されていた。
- 2年早かったら
- 同年の4月には熊本地震が発生したため、南北ともに地震のニュースで一杯になっていた。
- 3月以前に起こった場合、北海道新幹線の新函館北斗駅までの開業が遅れていた。
- 恐らく同年の夏~秋あたりになっていた。
- ファイターズの4年ぶりリーグ優勝・10年ぶり日本一が「被災地に希望を与えた」と言われていた。
- 4年遅かったら
- 同年4月の知床遊覧船沈没事故と合わせ、北海道で災難が相次いだ年と言われていた。
- 場合によってはファイターズの新スタジアムへの移転に影響があったか。
- 7年遅かったら
- 大阪・関西万博は現実よりも盛り上がりに欠けるものとなった。
- 7月に起こっていた場合、たつき諒の予言が当たったと話題になっていた。
- 2011年3月の東日本大震災に続いて当てたとされていた。
- 12月に起こっていた場合、青森県東方沖の地震は北海道胆振東部地震の誘発地震だと指摘されていた。
- 震源地が札幌市付近だったら
- 札幌市とその周辺で震度7を記録していた。
- 札幌市内でビルや家屋が多く倒壊していた。
- 平日の深夜に発生したため、阪神淡路大震災での神戸市内と似たような被害が出ていた。
- 死者は阪神・淡路大震災と同等かそれ以上となっていた。
- さっぽろテレビ塔や札幌市時計台に被害が出ていた。
- 札幌ドームが地震で被害を受け、ファイターズの新スタジアムへの移転が早まっていた。
- 円山球場や旭川スタルヒン球場を代替として使用していた。
- 札幌ドームが地震で被害を受け、ファイターズの新スタジアムへの移転が早まっていた。
- 函館本線の高架橋が倒壊している映像が全国に流れる。
- 地下鉄や市電にも被害が出ていた。
- 札幌市の人口が減少していた。
- マスメディア等が「北海道大震災」と呼んでいた。
- もしくは「道央大震災」。
- 「9.6」が合言葉となっていた。
- 2019年のさっぽろ雪まつりは中止されていた。
- 2030年の冬季オリンピックの招致は震災復興の意味合いを兼ねていた。
- 札幌市における地震の安全神話が崩れていた。
- 北海道新幹線の札幌駅のホームの位置は在来線ホームの北側に建設されていた。
山形県沖地震(2019年)[編集 | ソースを編集]
- 55年早かったら
- 同年の6月に発生した新潟地震との関連性が指摘されていた。
- 新潟地震より前に発生していた場合、その前震だったと言われていた。
- 43年早かったら
- 10月に発生していた場合、酒田大火はこの地震が原因と見なされていた。
- 36年早かったら
- 同年の5月に発生した日本海中部地震との関連性が指摘されていた。
- 日本海中部地震より前に発生していた場合、その前震だったと言われていた。
- 27年早かったら
- 地震の規模次第によっては、山形新幹線の開業が延期になっていた。
- なんとか無事に開業できたとしても式典は中止されており、史実ほど盛り上がる事はなかった。
- べにばな国体も中止されていた。
- 26年早かったら
- この年は山形マット死事件や山形テレビのネットチェンジもあり、山形県での大きな出来事が相次いだ年と言われていた。
- 同年の7月に発生した北海道南西沖地震との関連性が指摘されていた。
- 25年早かったら
- 翌年1月17日に阪神・淡路大震災が発生したのでそれとの関連が指摘されていた。
- 新潟-神戸歪集中帯が現実よりも早く知られていた。
- 1月に発生した場合、同年12月に三陸はるか沖地震が発生したこともあり、「地震に始まり地震に終わった1年だった」と言われるようになっていた。
- 19年早かったら
- 同年の10月に発生した鳥取県西部地震との関連も指摘されていた。
- 震源は離れているが、同じ日本海側ということもある。
- 15年早かったら
- 同年の10月に発生した新潟県中越地震との関連性が指摘されていた。
- 中越地震より前に発生していた場合、その前震だったと言われていた。
- 14年早かったら
- 同年の3月に発生した福岡県西方沖地震との関連も指摘されていた。
- 震源は離れているが、同じ日本海側ということもある。
- 12年早かったら
- 同年の7月に発生した新潟県中越沖地震との関連性が指摘されていた。
- 中越沖地震より前に発生していた場合、その前震だったと言われていた。
- 8年早かったら
- 同年の3月に発生した東日本大震災との関連性が指摘されていた。
- 1年早かったら
- 同日朝には大阪府北部地震が発生しているので、その2つの地震でニュースは持ちきりになっていた。
- 夜の10時台に発生していることから、その時間帯以降の報道体制は大変な事になっていた。
- 大阪府北部地震が1年遅く発生していた場合もまた然り。
- 「大阪北部地震のニュースを見ていたら山形県沖地震のニュースに変わった」という報告があちこちで見られた。
- 夜の10時台に発生していることから、その時間帯以降の報道体制は大変な事になっていた。
- 1ヶ月遅かったら
- 発生日が2019年7月18日だったら
- 同日には京都アニメーション放火事件が発生しているので、東西ともに2つの大きな出来事でその日のニュースは持ちきりになっていた。
- 夜の10時台に発生していることから、その時間帯以降の報道体制は大変な事になっていた。
- 「京アニ放火事件のニュースを見ていたら地震のニュースに変わった」という報告があちこちで見られた。
- 夜の10時台に発生していることから、その時間帯以降の報道体制は大変な事になっていた。
- 半年遅かったら
- 同年1月に熊本で震度6弱の地震が発生したこともあり、「地震に始まり地震に終わった1年だった」と言われるようになっていた。
- 2年遅かったら
- 「東京で五輪が開催される年は新潟で大地震が起こる」というジンクスが生まれていた(前回の東京五輪が開かれていた1964年に新潟地震が発生していたため)。
- 3年遅かったら
- 1日後の6月19日に能登半島で地震があったので、それとの関連が指摘されていた。
- 5年遅かったら
- 同年元日に発生した能登半島地震との関連が指摘されていた。
- 12月に発生した場合、2024年は地震に始まり地震に終わったと言われるようになっていた。
- 6年遅かったら
- 4月12日に起こっていた場合、大阪・関西万博の開幕式の中継などが地震のニュースに差し替えられていた。
- ちょうど九州新幹線全通の前日に発生した東日本大震災と同じようなことになっていた。
- 仮に後述の通りマグニチュード8クラスだった場合は万博どころではなくなっていた。
- 7月5日に起こっていた場合、「たつき諒の予言はこれの事だったか」と話題にされていた。
- 2011年3月の東日本大震災に続いて当てたとされていた。
- それとともにトカラ列島の群発地震との関連性が指摘されていた。
- マグニチュード8クラスだったら
- 山形・新潟の各地で震度7が観測されていた。
- 令和では初めての震度7の地震となっていた(史実では2024年1月の能登半島地震)。
- 酒田市では1976年の酒田大火に続く被害を受けていた。
- 秋田県や北陸地方にも被害が拡大していた。
- 昨年9月に発生した北海道胆振東部地震に続き、2年連続で北日本で震度7の地震が発生したことになっていた。
- 新潟県では中越地震の教訓もあって被害は最小限に抑えられていただろう。
- 死者数は確実に100人を超え、新潟県で発生した地震では過去最悪の死者数を出していた。
- 10m~30m程度の津波が押し寄せていた。
- しかし、発生時刻が22時22分という暗い時間帯ということもあり、津波襲来の瞬間がほとんど記録されていなかった。
- 日本海側の県全域に大津波警報が発令されていた。
- 発生が令和時代が始まったばかりの頃だったことから、「新元号も波乱の幕開けになった」と言われていた。
- 同年10月に発生した東日本台風と合わせ、東北地方にとっては最悪の年となっていた。
- 同年に開催されたラグビーワールドカップは中止なっていたかもしれない。
- 開催されていたとしても、日本海側では盛り上がらなかった。
- マスメディア等が「北日本大震災」と呼んでいた。
- 「6.18」が合言葉となっていた。
- 大阪では別の意味で使われていたかも(1年前に震度6弱の地震が起こったため)。
- その大阪の地震との関連を指摘する学者もいた。
- 大阪では別の意味で使われていたかも(1年前に震度6弱の地震が起こったため)。
- 2019年における「今年の漢字」は「震」あるいは「災」になっていた(史実では「令」)。
- 地震に加えて台風災害、京アニや首里城などの火災もあったので。
- 後者の場合、昨年(2018年)に続いて2年連続という事になり、史上初めて2年連続で同じ漢字が選ばれていた(「災」自体は2004年にも選ばれているので3度目)。
- 史実通り「令」だったの場合はこの地震によって日本海側の県全域で大津波警報が発令されたという意味も含まれていた。
- その場合でも「災」への得票数は現実よりも多く、2~3位あたりだっただろう(史実では5位)。
- 羽越本線が大きく被災し、日本海側の物流ルートが絶たれていた。
- 同年7月18日に発生した京アニ放火事件の影が薄くなっていた。
- 被害状況によっては、この年の新潟まつりや長岡まつり、山形県の芋煮会は開催中止になっていた。
- 史実通り2024年元日に能登半島地震が発生していたら、中部地方の経済の地盤沈下がもっと激しくなっていた。
- 山形出身の有名人、および新潟出身の有名人から何らかのコメントが出されていた。
- 同年7月の参院選では震災対応に不満が多く集まった結果、史実とは逆に自民党をはじめとした与党が過半数割れを起こしていたかもしれない。
- 時期が時期なだけに、吹田警察署千里山交番警察官襲撃事件のニュースが震災にかき消されていた。
- 吉本興業所属者を中心としたお笑い芸人による闇営業問題のニュースも震災にかき消されていた。
- 発生しなかったら
- 庄内地方は山形市に史実よりはわずかにましな力関係を持っていた。
- コロナ禍に乗じて大阪ー庄内の夜行バスが休止されることもなかった。休止してもすぐ復活していた。
- 仙台一極集中と東北の仙台ジャイアニズムに屈する山形市に対抗し、鶴岡・酒田はGoToキャンペーンや全国旅行支援で、新潟との関係強化、北陸や大阪の観光客誘致を行っていた。
- 6月18日に国内で発生した大きな地震といえば2018年の大阪府北部地震一択だった。
- 新潟県にここまで地震というイメージは付かなかったか。
- 発生が日中だったら
- 確実に死者は出ていたか。
- 津波到達の瞬間をとらえた写真が残されていた。
- 朝8時までに発生していた場合、6月18日のNHK朝の連続テレビ小説は2年連続で地震報道で放送休止という憂き目に遭っていた。
2020年代[編集 | ソースを編集]
福島県沖地震(2021年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 2021年上半期に東北地方で起きた大きな地震といえば3月の宮城県沖地震だった。
- 福島県にここまで地震というイメージは付かなかったか。
- 映画「ヲタクに恋は難しい」の地上波放送が変なところで放送中断するという事態になることはなかった。
- マグニチュード8クラスかつ震源が浅かったら
- 相馬市、南相馬市、いわき市などで震度7を観測していた。
- 令和時代では(この時点で)初となる震度7の地震となっていた(史実では2024年1月の能登半島地震)。
- 死者は阪神・淡路大震災と同等かそれ以上となっていた。
- それでも東日本大震災の教訓を活かせていたことから、2011年の時みたいに1万人を超える事はおそらくなかっただろう。
- 大内宿や三春滝桜といった福島の観光名所に被害が出ていた。
- 史実では起きなかった津波が発生し、10m~30m程度の津波が押し寄せていた。
- しかし、発生時刻が23時08分という暗い時間帯ということもあり、津波襲来の瞬間がほとんど記録されていなかった。
- 岩手県や関東地方にも被害が拡大していた恐れもあった。
- 2010年に菅直人が内閣総理大臣に就任しその翌年に東日本大震災が起きた例もあり、「菅姓(それぞれ「かん」・「すが」と読みは異なるが)の政治家が内閣総理大臣に就任すると、翌年に東北地方で震度7の大地震が起こる」のジンクスが誕生したのではないかと一部で噂されていた。
- 2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピックは中止されていたかもしれない。
- 史実通り開催された場合、オリンピックに出場する東北地方出身のアスリートが震災の被災者にメッセージを発していた。
- 9月以降だった場合、同年開催された東京オリンピックの感動が一気に潰えていた。
- それとともに「もしオリンピック期間中に起こっていたら…」という声もあった。
- 新型コロナウイルス感染症が流行した時期に起こったことから、被災地における避難所でクラスターが発生し、コロナが拡大していた可能性が高い。
- マスメディア等が「東北大震災」または「令和東日本大震災」と呼んでいた。
- 「2.13」が合言葉となっていた。
- 震源地からは離れているが、3年後の大阪・関西万博にも何らかの影響があったかもしれない。
- 4年早かったら
- 当時復興大臣だった今村雅弘が、都合よく「震災が東北で良かった」と発言していた。
千葉県北西部地震(2021年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 埼玉県と東京23区で震度5強以上の地震は東日本大震災以来発生していないことになる。
- 帰宅困難者が多数発生することはなかった。
- 日暮里舎人ライナーが脱線することもなく、運休に伴う代替輸送もなかった。
- 首都直下型地震に注目が集まることもなかった。
- 「長周期地震動」という言葉が注目されることもなかった。
- マグニチュード7クラスかつ震源がもっと浅かったら
- 東京・埼玉・千葉の各地で震度7が観測されていた。
- 令和時代では(この時点で)初となる震度7の地震となっていた(史実では2024年1月の能登半島地震)。
- 「これが首都直下地震だ」と騒がれていた。
- 首都直下地震にあたる地震が起きたことで、西日本では南海トラフ地震への危機感がより一層高まっていた。
- 下町の住宅密集地で同時多発的に火災が発生。
- 京浜・京葉の工業地区でも大規模な火災が発生していた。
- 確実に死者は阪神淡路大震災を超えていた。
- 「京葉大震災」と名付けられていた。
- マスメディア等では「首都圏大震災」または「令和の関東大震災」と呼んでいた。
- 「京葉大震災」と名付けられていた。
- インフラも史実と比べ物にならないくらい被害を受けていた。
- 京葉地区の総武線・京葉線・東西線・京成線・京葉道路あたりの被害が激しく、数か月間不通になっていた。
- 東海道新幹線なども高架橋の倒壊に巻き込まれて脱線し、多数の死傷者を出した。
- 日暮里舎人ライナーは脱線どころの騒ぎではなかった。
- 下手したら高架橋ごと崩落して死者多数、運休期間も数が月以上になっていた。
- 首都機能が停止していた。
- 大阪あたりに首都機能を一時的に移転していた。
- 震災をきっかけに首都機能分散の議論が再燃していた。
- 栃木・岐阜・岡山あたりが誘致運動を活発化させていた。
- 実際にいくつかの省庁が地方に移転していた
- 民間企業でも地方移転の動きが出ていたかもしれない。
- コロナに加え震災の打撃も重なり、日本経済は崩壊していた。
- 同年開催された東京オリンピックの感動が一気に潰えていた。
- 同年の「今年の漢字」は「震」になっていた(史実では「金」)。
- 東日本大「震」災から10年という節目の年という意味も込められていた。
- それとともに「もしオリンピック期間中に起こっていたら…」という声もあった。
- 仮に7月までに起こった場合、オリンピックはコロナで1年延期された挙句に中止という前代未聞の事態になっていた。
- 3年後の大阪・関西万博にも何らかの影響があった。
- 仮に首都が大阪に移転していた場合、それを記念するイベントにもなっていた。とは言え震災被災者のことを考えると盛り上がりは半減していただろう。
- 同年の世界陸上も。おそらく2回目となる東京ではなく福岡か札幌での開催になっていただろう。
- 日本企業が震災とコロナで大ダメージを受けたため、出展できる企業が減り、規模が縮小されていたかもしれない。
- 同年の「今年の漢字」は「震」になっていた(史実では「金」)。
- 避難所でコロナ感染が広がっていた。
- これにより首都圏を中心に緊急事態宣言が再度発令されていた。
- 「10.7」が合言葉となっていた。
- 毎年10月7日に特番が必ず放送されていた。
- 当然ながら東京ジャイアニズムの影響で、全国ネットで取り上げられていた。
- 毎年10月7日に特番が必ず放送されていた。
- 東京タワーや東京スカイツリー、東京ディズニーリゾートといった首都圏の観光地に被害が出ていた。
- 明治神宮野球場も地震で被害を受け、新スタジアムへの移転が早まっていた。
- 東京ドームや横浜スタジアムなど他の首都圏のプロ野球スタジアムも損壊し、開催中のプロ野球ペナントレースは中断を余儀なくされていた。
- セ・リーグのクライマックスシリーズは2年連続で開催中止、パ・リーグも1位チーム対2位チームによる一騎打ちになっていた。
- プロ野球関係者に犠牲者が出た恐れもある。
- すぎやまこういちの訃報は震災報道で飛んでおり、現実ほどマスコミに取り上げられなかった。
- 同年の衆院選は延期されていたかもしれない。
- 震災対応に不満が多く集まった結果、史実とは逆に自民党をはじめとした与党が過半数割れを起こしていたかもしれない。
- 場合によっては3度目の政権交代が実現していた可能性もある。
- 震災対応に不満が多く集まった結果、史実とは逆に自民党をはじめとした与党が過半数割れを起こしていたかもしれない。
- 阪神・淡路大震災の発生後における安藤優子の「これが東京で起こったらと思うと、ゾッとします」発言が蒸し返されていた。
- 場合によっては、その発言していた安藤優子から何らかのコメントが出されていた。
- 劇中で大地震に襲われた東京を舞台とした2009年放送のアニメ「東京マグニチュード8.0」が予言扱いされた。
- 富士山の噴火を懸念する声も出ていたか。
- 史実ではその地震の3日後に放送開始予定だったTBS系ドラマ「日本沈没ー希望のひとー」は放送中止を余儀なくされていた(作品の性質上、地震のシーンがかなり多く含まれているため)。
- 放送されたとしても2022年以降にズレ込んでいた。
- 芸能人にも何人か犠牲者が出ていた可能性が高い。
- 羽田空港や成田空港などといった首都圏の空港は使えない状況だった。
- 東京都慰霊堂ではこの震災の犠牲者の霊も合祀されていた。
- 翌年以降の諸物価の高騰は更にえげつないことになっていた。
- 10年早かったら
- 言うまでもなく東日本大震災との関連が指摘されていた。
- 3月中旬に起こっていた場合、その東日本大震災の誘発地震として扱われていた。
- 2年遅かったら
- 関東大震災からちょうど100年というタイミングでの発生となっていた。
- 3年遅かったら
- この年は能登半島地震に加え、台湾・高知・宮崎でも大きな地震が起きていたので、第五地震とも呼ばれていたかも。
- これらの地震との関連性が指摘されていた。
- 12月に発生した場合、同年1月に前述の能登半島地震が発生したこともあり、「地震に始まり地震に終わった1年だった」と言われるようになっていた。
能登半島地震(2024年)[編集 | ソースを編集]
- 発生しなかったら
- 正月のゴールデン特番に大幅な路線変更を強いられることはなかった。
- 泉房穂のブレイクはなかった。森香澄のブレイクもなかった。
- 霜降りバラエティの6月末の終了はなかった。
- 松本人志の活動休止はなかった。
- むしろ松本人志の活動休止が史実より大きな話題となっていた。
- その場合、古谷徹の不倫の発覚もなかったかもしくは発覚しても史実より遅れていた。
- 中村大樹や山本格の所属事務所の契約解除も。
- その場合、斉藤慎二の女性問題もなかったか。
- それでも中居正広の2024年から2025年の例の女性トラブルや芸能活動の引退は史実通り。
- 地震報道で放送が見送られた(正確には後に延期したが…)芸能人格付けチェックが「番組自体が映す価値なし」と揶揄される事もなかった。
- 翌日の羽田空港の航空機衝突事故が史実より大きな話題となっていた。
- そもそも能登半島地震が起きなければ、翌日の羽田空港の航空機衝突事故も起きなかったのでは?
- 元旦のイメージが悪くなることもなかったか。
- 2020年代前半の出来事と言えば、新型コロナ、ウクライナ侵攻、安倍晋三銃撃事件。
- 円安や物価上昇も。
- 2024年の大きな出来事と言えばパリ五輪と大谷翔平の大活躍だった。
- 岸田文雄の新型コロナ、ウクライナ侵攻、安倍晋三銃撃事件の対応は史実通り。
- 「ガールズバンドクライ」も史実よりヒットしなかった。
- 場合によっては「しかのこのこのここしたんたん」、「負けヒロインが多すぎる!」、「メダリスト」も。
- 「鬼滅の刃 柱稽古編」も史実より視聴率も良くなく配信も黒字ではなかったかもしれない。
- スペインかぜの後に発生した関東大震災、SARSの後に発生した新潟県中越地震、新型インフルエンザの後に発生した東日本大震災の例もあり、「疫病の世界的流行→数年後に国内で大地震」のジンクスが誕生したのではないかと一部で噂されることもなかった。
- ウクライナ侵攻などもなかった場合、岸田文雄が2024年に総裁選の不出馬を決めなかったかもしれない。
- その場合、阪神・淡路大震災が起きた翌年の1996年には村山富市が、東日本大震災が起きた2011年には菅直人が辞任した例もあり、「大震災が起きると日本の総理大臣が辞任」のジンクスが誕生したのではないかと一部で噂されることもなかった。
- その場合、「自民党以外の政党による政権で大震災が起きるとその時の総理が辞任」というジンクスも崩壊することもなかった。
- その場合、石破茂は首相になれなかった。
- その場合、阪神・淡路大震災が起きた翌年の1996年には村山富市が、東日本大震災が起きた2011年には菅直人が辞任した例もあり、「大震災が起きると日本の総理大臣が辞任」のジンクスが誕生したのではないかと一部で噂されることもなかった。
- 2024年での能登半島の災害と言えば能登半島豪雨だった。
- ただ、能登半島豪雨も能登半島地震の二次的災害のような面もあるので、もし地震がなかったら豪雨災害も史実に比べて酷くなかったかもしれない。
- もしかしたら西田敏行や中山美穂も死ななかったかもしれない。
- 2024年に起こった大きな地震といえば4月に起こった高知・愛媛の地震や、8月に起こった日向難の地震(ともに震度6弱)だった。
- 「西暦末尾3の年に阪神タイガースがリーグ優勝するとその翌年に北日本で震度7の大地震が起こる」というジンクスの定着は避けられた(新潟県中越地震が起きた前年の2003年に阪神はリーグ優勝を果たしており、能登半島地震が起きた前年の2023年にも阪神はリーグ優勝を果たしているため)。
- 同年の「今年の漢字」は史実通り「金」だったが得票数は現実よりも多かった。
- そして2位には大谷翔平に因む「翔」が食い込んでいた。
- 他にも「五」「輪」などスポーツ関連の漢字が上位を占めていた。
- 「震」「災」など災害絡みの漢字はランキングしなかった。
- そして2位には大谷翔平に因む「翔」が食い込んでいた。
- 能登半島地震がなければ、羽田空港での火災もなかったため、2024年正月の出来事と言えば、小倉での火災、JR山手線での刃物女だった。
- 1月1日に起きた日本国内での大惨事と言えば1956年の弥彦神社事件、1975年の青木湖バス転落事故あたりが挙げられていた。
- 場合によっては中部つるぎのVOICEVOX化が史実より数期遅れていた。
- 中部地方の企業・自治体の無償商用利用可もそれに応じてずれ込む。
- 翌年の大阪・関西万博においてはパビリオン建設の遅れはなく、全てが開幕までに間に合っていた。
- Creepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」、Mrs. GREEN APPLEの「ライラック」も史実よりヒットしなかった。
- 50年早かったら
- 5月に発生した伊豆半島沖地震との関連が指摘されていた。
- 6月12日に発生した場合、松井秀喜は地震当日に石川県根上町(現・能美市)で出生したことが話題になっていた。
- 翌月に開業した湖西線は出鼻を挫かれる形になっていた。
- オイルショックによる不況がさらに深刻化していた。
- 44年早かったら
- 2月6日に発生した場合、能登麻美子は地震当日に石川県金沢市で出生したことが話題になっていた。
- 大平正芳首相急死~鈴木善幸内閣誕生までの期間に発生していた場合、被災地の復旧に悪影響が出ていた。
- 加藤友三郎首相没後に発生した関東大震災の例もあり、「首相が現役死→大地震」のジンクスが誕生したのではないかと一部で噂されていた。
- 石川県出身のアイドルだった石坂智子はブレイクしていたかもしれない。1年半で引退に追い込まれることもなかった。
- 35年早かったら
- 1月に発生していた場合、同じ月に昭和天皇が崩御したため、この2つで1月のニュースは持ちきりになっていた。
- 1月7日に発生していた場合はその昭和天皇崩御の陰に隠れる形となり、全国ニュースではあまり取り上げられなかった。
- 昭和は地震で終わったと言われていた。
- 1月7日に発生していた場合はその昭和天皇崩御の陰に隠れる形となり、全国ニュースではあまり取り上げられなかった。
- 30年早かったら
- 同年末には三陸はるか沖地震もあったので、同年は地震で始まり地震で終わったことになっていた。
- 史実通り1月前半に発生していた場合、被災地では団塊ジュニア世代のピークである1973年度生まれが成人式を迎えられなかったことになり、彼らにとっては大きなトラウマになっていた。
- 29年早かったら
- その年の1月17日に阪神・淡路大震災が発生したのでそれとの関連が指摘されていた。
- 場合によっては新潟ー神戸ひずみ集中帯の存在が現実より早く知られていた。
- 3月に発生していた場合、同じ月に地下鉄サリン事件も起きたので、この2つで3月のニュースは持ちきりになっていた。
- 3月20日に発生していた場合はその地下鉄サリン事件の陰に隠れる形となり、全国ニュースではあまり取り上げられなかった。
- 25年早かったら
- この年はコロンビアやトルコ、台湾でも大地震があった事から、現実以上に大地震の多い年と言われた。
- 同年7月に発生していた場合、「ノストラダムスの予言はこの地震の事だった」と言われていた。
- 24年早かったら
- 2000年問題と同時に発生していたため、「2000年問題はこの地震の事だった」と言われていた。
- 8月29日に起こっていた場合、女優の浜辺美波は震災当日に石川県で生まれたことになっていた。
- 6月7日に起こっていた場合相撲の大の里泰輝も。
- 12月に起こっていた場合、20世紀は地震で終わったと言われていた。
- 23年早かったら
- 21世紀初の大地震として、しかも21世紀最初の年なので、21世紀の日本の先行きが不透明に。
- 史実通り1月1日に発生した場合、21世紀初日に大地震が起こったと言う事で、21世紀は最悪の幕開けを迎えていた。
- 9月に発生していた場合、同じ月にアメリカ同時多発テロ事件も起きたので、この2つで9月のニュースは持ちきりになっていた。
- 9月11日発生していた場合はそのアメリカ同時多発テロ事件の陰に隠れる形となり、全国ニュースではあまり取り上げられなかった。
- 20年早かったら
- この年は新潟中越地震や台風の集中上陸、浅間山の噴火などがあった事から現実以上に災害が多い年だと言われた。
- その新潟中越地震との関連が指摘されていた。
- 今年の漢字が「災」になるのは現実通り。
- 同年末にはスマトラ島沖地震もあったので、同年は地震で始まり地震で終わったことになっていた。
- 19年早かったら
- 同年3月に発生した福岡県西方沖地震との関連も指摘されていた。
- 震源は離れているが、同じ日本海側ということもある。
- 4月に起こっていたら福知山線脱線事故と重なりマスコミは大変なことになっていた。
- 同年開催されていた愛・地球博は盛り上がりに欠けた。同じ中部地方なので尚更。
- この頃から2020年までに発生した場合、Chakuwikiの石川/能登の記事には{{投稿規制|平成(2019年5月からは令和)○○年能登半島地震に関する投稿}}と貼られていた。
- 16年早かったら
- 前年3月に起こった能登半島地震はそれの前震だったと言われていた。
- 前年7月に起こった新潟中越沖地震、さらに同年6月に起こった岩手・宮城内陸地震との関連も指摘されていた。
- 13年早かったら
- 発生時は扱いが大きいものの、3月になると東日本大震災が起きたこともあって扱いが史実より小さくなっていた。
- その東日本大震災との関連が指摘されていた。
- 東日本大震災と合わせて北日本は壊滅的な被害を受けていた。
- 2011年3月中旬に起こっていた場合、東日本大震災の誘発地震として扱われていた。
- アナログ放送は7月24日に終了せず、全国一斉で翌年の3月31日に延期された。
- ただし、2011年7月中旬までに発生していた場合に限る。
- 10年早かったら
- 翌年に控えている北陸新幹線の長野~金沢延伸開業、および連続テレビ小説「まれ」の放送に悪影響が及んでいた。
- この年は広島土砂災害や御嶽山噴火もあったので、現実以上に自然災害の多い1年と言われていた。
- 同年の「今年の漢字」はこの時点で2回目の「災」になっていた(史実では「税」)。
- 2018年は史実通りか?
- 仮に史実通り「税」になったとしても、「災」への得票数は現実よりも多かっただろう。
- 同年の「今年の漢字」はこの時点で2回目の「災」になっていた(史実では「税」)。
- 9年早かったら
- 北陸新幹線は式典の中止ないし開業が延期になっていた。
- 金沢観光ブームも起こらなかった。
- 連続テレビ小説「まれ」の放送にも悪影響が及んでいた。
- 8年早かったら
- 同年末には茨城県で震度6弱の地震があったので、同年は地震で始まり地震で終わったことになっていた。
- 同年の4月には熊本地震が発生したため、南北ともに地震のニュースで一杯になっていた。
- 今年の漢字は「震」もしくは山の日でもあって、山ほどの地震という事で「山」になっていた。
- 7年早かったら
- 発生時期が史実通り1月1日だった場合、前年12月28日に発生した茨城の震度6弱の地震との関連が指摘されていた。
- 6年早かったら
- この年は6月に大阪北部地震、7月に西日本豪雨、9月に台風21号災害や北海道胆振東部地震などがあった事から現実以上に災害が多い年だと言われた。
- その大阪北部地震や北海道胆振東部地震との関連が指摘されていた。
- 今年の漢字が「災」になるのは現実通り。
- 翌年5月に令和改元があったので、平成は地震で終わったと言われていた。
- 5年早かったら
- 発生時期が史実通り1月1日だった場合、同月3日に発生した熊本の震度6弱の地震との関連が指摘されていた。
- 平成が終わって新元号に変わるとはいえ、年始の時点で年末に発表される「今年の漢字」は2年連続で「災」と予想する声があちこちで出ていた。
- 仮に2年連続で「災」になった場合、史上初めて2年連続で同じ漢字が選ばれていた(「災」自体は2004年にも選ばれているので3度目)。
- 史実通り「令」になった場合、この地震によって日本海側の県全域に大津波警報が発令されたという意味も含まれていた。
- その場合でも「災」への得票数は現実よりも多かっただろう(史実では5位)。
- 平成が終わって新元号に変わるとはいえ、年始の時点で年末に発表される「今年の漢字」は2年連続で「災」と予想する声があちこちで出ていた。
- 4月に発生した場合、元号改元に伴う祝賀ムードが一気に吹っ飛んでいた。
- 特に1日に発生した場合、新元号「令和」発表から約4時間半後に大地震が起こった事になっていた。
- 平成は地震で終わったと言われていた。
- 中旬に発生した場合、ノートルダム大聖堂の火災は日本ではあまり報道されなかった。
- 池袋自動車暴走事故のニュースも震災報道にかき消されていた。
- 発生時期が5月以降だった場合、令和時代も波乱の幕開けと言われていた。
- 特に5月1日に発生した場合、令和初日に大地震が起こったという事で、令和時代は最悪の幕開けを迎えていた。
- 一部では「むやみに元号を改元するから大地震が起こった」と言われていたかも。
- 特に5月1日に発生した場合、令和初日に大地震が起こったという事で、令和時代は最悪の幕開けを迎えていた。
- 6月上旬~中旬に発生した場合、山形県沖地震は能登半島地震の誘発地震だと指摘されていた。
- 秋に起こっていたら東日本は台風および大雨災害とのダブルパンチだった。
- 12月に発生した場合、同年は地震で始まり地震で終わったことになっていた。
- 4年早かったら
- 同じ1月に新型コロナウイルス感染症が流行したこともあり、現実以上に2020年は波乱の幕開けになったと言われていた。
- 被災地における避難所でクラスターが発生し、コロナが拡大していた可能性が高い。
- 北陸エリア(特に能登半島)の医療機関は空前の大パニックに陥っていた。
- 能登半島の復興にも悪影響が出ていたのはもはや言うまでもない。
- 被災地における避難所でクラスターが発生し、コロナが拡大していた可能性が高い。
- 前述の新型コロナウイルスの流行と合わせ、2020年は呪われた年とも呼ばれるようになっていた。
- 東京五輪・パラの1年延期は史実通り。
- 2年早かったら
- 7月に起こっていたら安倍元首相殺害事件と重なり、マスコミは大変なことになっていた。
- 7月8日に発生していた場合はその安倍元首相殺害事件の陰に隠れる形となり、全国ニュースではあまり取り上げられなかった。
- 史実と同じ時間に発生した場合、その安倍殺害事件のニュースの間に地震速報が入れられていた。
- 7月8日に発生していた場合はその安倍元首相殺害事件の陰に隠れる形となり、全国ニュースではあまり取り上げられなかった。
- 1年早かったら
- 春に発生していたら、岸田首相襲撃事件や保津川川下り転覆事故などは、地震のニュースにかき消されて、あまり、大きく取り上げられなかった。
- 5月8日に発生していたら、この日は新型コロナが5類へ引き下げられたため、能登半島の旅館やホテルなどは、コロナに引き続き、地震の影響で中々黒字には戻せない事態になっていた。
- 3日前に発生した地震はこれの前震だと指摘されていた。
- 1日早かったら
- 大晦日に発生したということもあり、紅白歌合戦をはじめとする大晦日のゴールデン特番に大きな影響が出ていただろう。
- 2024年の下半期に起こっていたら
- 同年の正月はまだ平穏だった。
- 7~8月に起こっていた場合、パリ五輪の感動が地震にかき消されていた。
- 同年の「今年の漢字」は「金」ではなく「災」になっていたかもしれない。
- 発生した時期にもよるが、羽田空港での旅客機衝突炎上事故はお盆に起こったことになっていた。
- その場合お盆の帰省ラッシュを直撃していた。
- 同時期の日向難地震とも相まって、2024年のお盆は史実以上の大混乱に見舞われていた。
- それとの関連も指摘されていた。
- 8月8日に発生していたら、南北ともに2つの大きな地震でその日のニュースは持ちきりになっていた。
- 同時期の日向難地震とも相まって、2024年のお盆は史実以上の大混乱に見舞われていた。
- その場合お盆の帰省ラッシュを直撃していた。
- 斎藤兵庫県知事のパワハラ疑惑のニュースも震災にかき消されていた。
- 秋に起こっていたら能登半島は水害とのダブルパンチだった。
- 9月27日に発生していた場合、御嶽山噴火と同じ日に起こったことになっていた。
- ちょうど10年後に起こったことになる。
- 中部地方にとってこの日は2重の意味で忘れられない日になっていた。
- 10月23日に発生していた場合、新潟県中越地震と同じ日に起こったことになっていた。
- ちょうど20年後に起こったことになる。
- 9月27日と同様、中部地方にとってこの日は2重の意味で忘れられない日になっていた。
- 9月27日に発生していた場合、御嶽山噴火と同じ日に起こったことになっていた。
- 12月に起こっていた場合中山美穂や小倉智昭の訃報が震災にかき消されていた。
- ナベツネも。
- 北九州市の女子中学生殺害事件も。
- 大晦日に発生した場合、紅白歌合戦をはじめとする大晦日のゴールデン特番に大きな影響が出ていたかもしれない。
- 1年遅かったら
- 中居正広のフジテレビに関する問題がこの地震によってかき消されたか、影が薄くなっていた。
- 1週間後に発生した宮崎県での地震がこれの誘発地震だった可能性があった。
- 武豊が有馬記念に出場しなかった翌年に起こった事から、「武豊が有馬記念に出場しなかったら翌年に大震災が起きる」というジンクスが注目されていた。
- 史実では武豊は地震が起こる前の年の有馬記念に出場しており、なおかつドウデュースで勝利している。
- 春から開催される大阪・関西万博は現実よりも盛り上がりに欠けるものとなった。
- パビリオン建設の遅れは現実以上だったかも。その場合開幕自体が少し遅れていた。
- 2025年4月ではなく10月開幕だったかもしれない。
- 被災地の復興に作業員などが回されていたため。
- 最悪1年延期になっていた。
- パビリオン建設の遅れは現実以上だったかも。その場合開幕自体が少し遅れていた。
- 6月に起こっていた場合、長嶋茂雄の訃報が震災報道でかき消されていた。
- 7月に起こっていた場合、たつき諒氏の予言が当たったと話題になっていた。
- 2011年3月の東日本大震災に続いて当てたとされていた。
- それとともに伊東市長の学歴詐称のニュースが震災報道でかき消されていた。
- 12月に起こっていた場合、青森県東方沖の地震との関連も指摘されていた。
- それとともに東京赤坂のサウナ火災は震災報道にかき消されていた。
- 2025年における「今年の漢字」は「災」あたりになっていた(史実では「熊」)。
- 震源地が金沢市近くだったら
- 死傷者数は数倍多くなっていた。
- 同年の「今年の漢字」は「震」か「災」になっていたかも。
- 史実通り「金」になっていたとしたら「金沢」の「金」という意味も含まれていた。
- 下手すれば阪神淡路大震災級とまではいかなくとも、1000人を超えていた恐れも。
- 同年の「今年の漢字」は「震」か「災」になっていたかも。
- 兼六園・金沢城・ひがし茶屋街など金沢の観光名所が壊滅的な被害を受けていた。
- 北陸新幹線の高架橋にも被害が出ていた。
- 同年3月の敦賀延伸は延期になり、早くてGW前、遅ければ夏頃になっていた。
- 最悪新幹線電車が脱線していた。
- マグニチュード9クラスだったら
- 東日本大震災を引き起こした地震と同じ規模だったため、津波による被害が拡大していた。
- 能登半島は確実に津波で壊滅し、陸の孤島と化していた。
- 富山湾でも津波が発生し、ホタルイカの捕獲または出荷が不可能になっていた。
- 能登半島は確実に津波で壊滅し、陸の孤島と化していた。
- 石川県のみならず、新潟・富山・福井でも震度7が観測されていた。
- 「富山は地震がほとんどない」という安全神話が崩れていた。
- 確実に死者数は1000人を超えていた。
- 下手すれば阪神淡路大震災の死者数を超えていた。
- 北陸の観光名所のみならず、北陸新幹線の高架橋にも被害が出ていた。
- その影響で同年3月の敦賀延伸は中止、または延期になっていた。
- 最悪、新幹線電車が脱線し、多くの死傷者を出していた。
- この震災で志賀原発が事故を起こしていたかもしれない。
- その場合、能登半島の住民が東日本大震災直後における浜通りの住民と同様に何十年に渡って避難を強いられる羽目に。
- 新年のイベントも現実以上に自粛され、正月気分も吹っ飛んでいた。
- 下手すれば翌日も報道特番一色となり、正月番組もすべて吹っ飛んでいたかもしれない。
- 正月関連のCMもほぼすべてACジャパンのCMに差し替えられていた。
- 翌日の羽田空港地上衝突事故と合わせ、2024年1月は日本史上最悪の正月と言われていた。
- 被害の状況にもよるが、同年の箱根駅伝は中止されていた可能性もある(震源地からは離れているが)。
- 仮に開催できていたとしても、日テレによる中継は報道特番で中止されていた可能性が高い。
- 同年の「今年の漢字」は「震」または「災」になっていた(同年の夏は記録的な猛暑だった事や能登半島豪雨もあったため)。
- 同年1月3日の北九州市の鳥町食堂街の大規模火災とその翌日のJR山手線での刃物女は史実以上に話題にされず、完全に空気となっていた。
- 「能登半島地震」ではなく、「北陸大震災」が正式名称になっていた。
- 翌年の大阪・関西万博にも何らかの影響があった。
日向難地震(2024年)[編集 | ソースを編集]
- 発生していなかったら
- 南海トラフ地震臨時情報が出された地震は2025年3月現在まで皆無だった。
- お盆に開催されるいくつかのイベントが開催中止・延期になることはなかった。
- お盆の帰省ラッシュに影響が出る事もなかった。
- 当然ながら2024年と2025年の令和の米騒動もなかった。
- マグニチュード8クラスだったら
- 宮崎県内の広い範囲で震度7を観測していた。
- 同年の元日に能登半島地震が起きたこともあり、2024年は震度7の地震が二度も起こった初めての年になっていた。
- それとの関連を指摘する学者もいた。
- 同年の元日に能登半島地震が起きたこともあり、2024年は震度7の地震が二度も起こった初めての年になっていた。
- 10m以上の津波が押し寄せていた。
- 宮崎空港も津波で壊滅し、陸の孤島と化していた。
- 新八代~宮崎間の新幹線建設が具体化していた。
- 東日本大震災の時みたく、太平洋側の県全域に大津波警報が発令されていた。
- 宮崎空港も津波で壊滅し、陸の孤島と化していた。
- 死者数は元日に発生した能登半島地震の死者数を大きく超えていた。
- 南海トラフ地震が起きた日には東日本大震災はおろか、関東大震災の死者数を軽く超えていた恐れも。
- 下手するとこの地震と津波の直接被害だけで華県地震(推定死者数83万人)すら超えていた。
- 南海トラフ地震が起きた日には東日本大震災はおろか、関東大震災の死者数を軽く超えていた恐れも。
- 青島神社をはじめとした観光地でも被害が出ていた。
- 南海トラフ地震への懸念もさらに強まっていた。
- 南海トラフ地震臨時情報は「注意情報」ではなく、これより上の「警戒情報」ということになっていた。
- 高知県、愛媛県、熊本県、大分県、鹿児島県などにも被害が拡大していた。
- マスメディア等が「宮崎地震」または「南九州大震災」(下記に書いているように南海トラフ地震が起きた場合は「令和南海地震」)と呼んでいた。
- 2024年における「今年の漢字」は「震」または「災」になっていた(史実では「金」)。
- 「8.8」が合言葉となっていた。
- 但し後日南海トラフ地震が起きていた場合はこの限りではない。
- 時期が時期なだけに、パリ五輪の感動が震災にかき消されていた。
- 斎藤兵庫県知事のパワハラ疑惑のニュースも震災にかき消されていた。
- 蛯原友里をはじめ宮崎出身の有名人から何らかのコメントが出されていた。
- 高知よさこい祭りや徳島市阿波おどりといった夏のイベントの多くは安全面に考慮して開催中止になっていた。
- 夏の高校野球も会期途中で中断されており、京都国際の初優勝はなかった。
- 2024年と2025年の令和の米騒動は更にえげつないことになっていた。
- 諸物価の高騰も。
- 史実通り震災発生から1週間以内に南海トラフ地震が発生しなかった場合でも、宮崎での震災復旧で工事作業員がそちらに回されることで人手不足が更に顕著になり、翌年の大阪・関西万博におけるパビリオン建設の遅れは現実以上だっただろう。
- その場合開幕が史実より半年遅れて、2025年10月開幕だったかもしれない。最悪開催中止も有り得たかも。
- 「2025年7月5日に大災害が起こる」というたつき諒の予言がさらに恐れられていた。
- それとともに、翌年におけるトカラ列島群発地震との関連性が指摘されていた。
- 南海トラフ巨大地震の臨時情報が出されてから1週間以内にその巨大地震が起きていたら
- 死者数は東日本大震災の10~100倍になり、下手すれば関東大震災の死者数を軽く超えて国内史上最悪の大地震になっていた。
- つまりこれに近い事が起こっていた。
- 時期的にお盆の繁忙期だったこともあり、故郷に帰省した人や観光客の多くが犠牲になっていた。
- マグニチュードは8クラスか、高くて9クラスだった。
- 間違いなく東日本大震災や熊本地震と何かと比較されていた(いずれも前震が来てから数日後に、これより強い本震が発生している)。
- 2024年におけるトップニュースは元日に起こった能登半島地震ではなく、この地震になっていた。
- 高知よさこい祭りや徳島市阿波おどりといった夏のイベントの多くは開催中止になるか、会期途中で中断されていた。
- 発生時間が夕方~夜だった場合、イベントを見に来ていた観客や関係者が震災に巻き込まれていた。
- 夏の高校野球も会期途中で中断されていた。
- 発生時間が朝~昼(場合によっては夕方も)だった場合、高校野球を見に来ていた観客や関係者が震災に巻き込まれていた。
- 翌年に開催予定だった大阪・関西万博は中止になっていた。
- 2024年における「今年の漢字」は「震」または「災」になっていた(史実では「金」)。
- 時期が時期なだけに、パリ五輪の感動が震災にかき消されていた。
- 斎藤兵庫県知事のパワハラ疑惑のニュースも震災にかき消されていた。
- 8月12日に起きていた場合、日航123便墜落事故と同じ日に起こったことになっていた。
- この日は2重の意味で忘れられない日になっていた。
- それとともに「阪神タイガースの日本一の前後の8月12日に500人以上の犠牲者を出す大惨事が起こる」というジンクスができていた。
- 事実、1985年に123便事故が起きてその3ヶ月後に阪神は初の日本一になっており、日向難地震が起きた前年の2023年にも阪神は2度目の日本一になっている。
- 「8.12」が合言葉となっていた(日航機の事故とは別の意味で)。
- こちらの場合も令和の米騒動や諸物価の高騰は更にえげつないことになっていた。
- 富士山の噴火を懸念する声も出ていた。
- 上半期に起こっていたら
- お盆に開催されるいくつかのイベントが開催中止・延期にならなかった点やお盆の帰省ラッシュに影響が出なかった点に関しては「発生していなかったら」と同じ。
- 正月に起こっていた場合、能登半島地震や羽田空港地上衝突事故、小倉での飲食店火災や山手線での殺傷事件などと重なり、報道関係は大変な事になっていた。
- 特に1月1日に発生していたら、南北ともに2つの大きな地震でその日のニュースは持ちきりになっていた。
- それとの関連も指摘されていた。
- 年末年始の帰省ラッシュおよびUターンラッシュに影響が出ていたのは言うまでもない。
- 特に1月1日に発生していたら、南北ともに2つの大きな地震でその日のニュースは持ちきりになっていた。
- 4ヶ月遅かったら
- こちらの場合でもお盆に開催されるいくつかのイベントが開催中止・延期にならなかったし、お盆の帰省ラッシュに影響が出る事もなかった。
- 同年1月に能登半島地震が発生したこともあり、「地震に始まり地震に終わった1年だった」と言われるようになっていた。
- 地震の規模にもよるが、北九州市の女子中学生殺害事件は起きなかっただろう。
- 大晦日に発生した場合、紅白歌合戦をはじめとする大晦日のゴールデン特番に大きな影響が出ていたかもしれない。
トカラ列島群発地震(2025年)[編集 | ソースを編集]
- マグニチュード8~9クラスの地震が起きていたら
- トカラ列島周辺で震度7を観測していた
- 太平洋側の広い範囲に津波が来襲。
- 地震に伴い海底火山も噴火していたかもしれない
- それとともに「武豊が有馬記念に出場しなかったら翌年に震度7を観測する大地震が起きる」というジンクスが注目されていた。
- 太平洋側の広い範囲に津波が来襲。
- 7月5日に起きていた場合、たつき諒の予言が当たったと大騒ぎになっていた。
- 大阪で開かれていた万博に何かしらの影響があった。
- 沖縄でも大きな被害が出ていた。
- ジャングリア沖縄のオープンも遅れていた。
- 「沖縄は大きな地震がない」という安全神話が崩されていた。