もしあの歌がコケていたら/は~わ行
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- 新たな歌の追加は発売、公開(動画や音楽配信サイトへの投稿)からおよそ3ヶ月後を目安にしてください。
- もちろん、紅白歌合戦への出場はなし。
- 中田敦彦の弟であるFISHBOYの知名度は史実より下がっていた。
- PSYの『江南スタイル』との類似性を指摘される機会が史実より減っていた。
- 中田譲治がこの曲に絡めたツイートを行うこともなかった。
- オリエンタルラジオのイメージは今でも「インテリ&チャラ男」か「武勇伝」のままだった。
- 24時間テレビで障害者がこの曲を踊る企画が皮肉だと揶揄されることもなかった。
- 「やまかつ」「ウリナリ」などバラエティ番組発の企画ユニットはほとんど生まれなかった。
- それ以前に「ずうとるび」がある。
- 各メンバーのソロ活動も地味。
- フォーライフ・レコードは倒産して、社長の吉田拓郎や創業者一味の井上陽水らは多額の借金を背負った。
- 欽ドン!の歌手プロジェクトは「イモ欽」で終わり、「よせなべトリオ」「ニックじゃがあず」などのレコードデビューはなかった。
- 「≒もし「キテレツ大百科」が大ヒットしなかったら」かもしれない。
- 同曲がエンディングで起用されることもなかった。
- フォーククルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」と比較されることはなかった。
- 英語カバー版である「My First Kiss」もなかった。
- キテレツ大百科の主題歌で一番認知度が高いのはTOKIOの「うわさのキッス」だった。
- 「お料理行進曲」では?
- 当然ガガガSPのカバー版も存在しなかった。
- 「みどりのマキバオー」や「ウマ娘」で歌詞を改変してカバーされなかった。
- 山本コウタローはソルティー・シュガーの解散とともに音楽から手を引き、岬めぐりなどの楽曲が生まれなかった。
- 競馬をテーマにした歌はヒットしないという風潮ができていた。
- 一応「さらばハイセイコー」があるぞ。もっとも「ハイセイコークラスの人気と知名度のある競走馬をネタにしない限りヒットしない」という風潮になっていたかもしれないが。
- B’zはブレイクしなかった。
- 最悪の場合、解散していた可能性があった。
- 稲葉浩志は史実よりも早くソロ活動をしていた。
- 最悪の場合、解散していた可能性があった。
- 以降のVOCALOID曲で早口ソングはタブーになっていた。
- カラオケで歌いやすい曲でないと流行らないことになっていた。
- よって「裏表ラバーズ」も「脳漿炸裂ガール」も誕生しなかったかもしれない。
- VOCALOID自体も人間では不可能な歌い方をさせる必要はないとされていた。
- 史実ほどV3、V4と技術向上したか不透明。
- タイトルが縁起でもないからコケたとみなされた。
- 人気アニメのパロディだからコケた言われていた。
- アニメソングがオリコン上位に入るのは早くても「ハレ晴レユカイ」が元祖だった。
- 「魔法先生ネギま!」のその後のアニメ化にも影響が出ていた。
- 原作の展開が史実通りなら、少なくとも第2期の開始は麻帆良祭終了後(2008年以降)になっていた。
- NHKの「スキウタ」でこの曲が紹介されることはなかった。
- 「ザ☆ネットスター!」などNHKのオタク媚びは無かったかもしれない。
- 森山直太朗がラジオで「こういうのなくなってほしい」と発言して顰蹙を買うこともなかった。
- 「もらい泣き」の一発屋という認識で終わっていた。
- 「行列のできる法律相談所」の「カンボジア学校建設プロジェクト」におけるBGMは違う曲になっていた。
- 映画「ハナミズキ」もなかった。
- 新垣結衣がカバーすることもなかった。
- 「火曜サスペンス劇場」は史実より早く終わっていた。
- 平成最後のキッズ向けのヒットソングは「ようかい体操第一」だった。
- 米津玄師の知名度にも影響があったかもしれない。
- 東京オリンピック2020の終了後に
二番煎じのごとく「ツバメ」が作られなかった。 - 新海誠監督の娘が子役をやっていることは史実より知られなかった。
- おそらく「アナと雪の女王2」や「エール」への出演はなかっただろう。
- ジャニーズ事務所は消滅していたかもしれない。
- 男闘呼組は史実よりブレイクしていた。
- 「DAYBREAK」でその年のオリコン年間1位とレコード大賞を獲っていたかも。
- いや待て!男鬪呼組は1988年の日本レコード大賞では、最優秀新人賞を受賞しているので、「大賞」とのダブル受賞はあり得なかっただろう。
- そうなると、大賞受賞は長渕剛の『乾杯(New Recording Version)』が受賞していた可能性が高い。
- いや待て!男鬪呼組は1988年の日本レコード大賞では、最優秀新人賞を受賞しているので、「大賞」とのダブル受賞はあり得なかっただろう。
- 「DAYBREAK」でその年のオリコン年間1位とレコード大賞を獲っていたかも。
- 光GENJIの名曲と言えば「ガラスの十代」一択だった。
- 「勇気100%」も後輩にカバーされなかった。
- 「忍たま乱太郎」そのものも現実ほど人気がなかったかも。
- 忍たま乱太郎はユニットの名前から忍者が主題歌を歌っていた。
- 「勇気100%」も後輩にカバーされなかった。
- 1989年の選抜高校野球の入場行進曲は「とんぼ」(長渕剛)あたりになっていた。
- 同じ長渕剛の曲なら、前年にようやくシングルカットされた『乾杯(New Recording Version)』も候補に挙がっていたかもしれない。
- 高校野球の応援歌の定番曲が一曲減っていた。
- 「上からマリコ」が存在しなかった可能性がある(2012年のセンバツで大阪桐蔭が披露した時、似ていることが発覚した)
- アニメ版のMVは制作されなかった。
- ベストアルバム「All Songs Request」のときの人気投票で順位がそれほど高くなかったのは史実どおりか。
- 「超獣戦隊ライブマン」でブッチーが初登場時にローラースケートを履いて替え歌を歌うシーンはなく、自暴自棄になって無差別破壊をしているシーンのBGMにも使用されなかった。
- 『きらりんレボリューション』の代表曲は『恋カナ☆』のままだった。
- 「やらないか」と史実程結び付けられなかった。
- この替え歌がニコニコ動画で浸透することも無かったかもしれない。
- そして「ニコニコ史上最大の被害者」と言われることもなかった。
- こうなっていた
- 涼宮ハルヒの憂鬱は時系列がシャッフルされていた事以外注目すべきポイントが無くなる。
- (音楽的な意味で)「涼宮ハルヒ」といえば「冒険でしょでしょ?」か「God Knows」のどちらかで意見が分かれていた。
- らき☆すたのOPは別のものになっていた。
- そもそも「涼宮ハルヒの憂鬱」自体がコケていた可能性がある。
- ニコニコ動画を中心に「踊ってみた」文化は生まれなかった。
- 「踊ってみた」と言えば未だにマイケル・ジャクソンの「Thriller」だった。
- ハロウィンソングといえば映画『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』の「This Is Halloween」程度の知名度で終わっていた。
- よって、和製ハロウィンソングは生まれなかった。
- 「唱」が作られたかどうかも怪しい。
- きゃりーぱみゅぱみゅの「Crazy Party Night 〜ぱんぷきんの逆襲〜」は史実以上に大ヒットしていた。
- AKB48はもはや過去のアイドル扱いされ、確実にフェードアウトされていた。
- 指原莉乃をセンターに配置したことが(ry
- そもそも総選挙シングルでの指原センター路線が長続きしたか怪しくなる。
ソフマップ店内で流れる歌でお馴染み。もし聞き流されるだけで話題にもならなかったら。
- ソフマップはビックカメラの子会社化のみならず吸収され消滅していた。
- 同業他社も合併や子会社化と同時にテーマソングを終了していたか企業自体無くなったかも。
- ヨドバシカメラやビックカメラすらCMのリニューアル時に歌の使用を終了していただろう。
- 「ミラクルショッピング 〜ドン・キホーテのテーマ〜」もくりぃむナントカで使用されるほど話題にならなかった。
- CD収録した「エレクトリックパーク」は発売されなかった。
- 英語版など外国語版は製作されなかった。
- 秋葉原自体史実より地味な街になっていた。
- アニメの街になったかどうかすら不透明。
- AKB48は誕生しなかったかもしれない。
- アニメの街になったかどうかすら不透明。
- 「じょしらく」のアニメで主要登場人物5人がこの曲を歌いながら秋葉原を練り歩くシーンはなかった。
- 荒井由実はそこまで有名になれなかった。
- シンガーソングライターではなく作詞家或いは作曲家として活動していた。
- 松任谷正隆と結婚することはなかった。
- 史実通り結婚していた場合、引退していたかもしれない。
- 結婚せずに音楽活動を続けていた場合、名前は荒井由実のまま。
- 松任谷正隆は自動車評論家に専念していた。
- 史実通り結婚していた場合、引退していたかもしれない。
- 『風立ちぬ』の主題歌に起用されることはなかった。
- それ以前に『魔女の宅急便』の主題歌は別の歌手が担当していた。
- この曲をモチーフにしたドラマは製作されなかった。
- こうなっていた場合、「ひこうきぐも」といえば綾瀬はるかの曲であった。
- 「BE TOGETHER」と言えば今もTM NETWORKのまま。
- 浜崎あゆみの「Boys & Girls」はもっと早くミリオンに届いていた。
- 同時期に発売となったモーニング娘。『ふるさと』はもっと売れていた。
- 鈴木亜美は完全に引退していたかもしれない。
- これの場合同様このアニメの予告編でカバーされる事は無かった。
- 「BE TOGETHER」というフレーズが群馬の某高校の校歌の歌詞に使われることはなかったかも知れない。
- 使われていた場合、甲子園出場後の注目度は俄然上がっていた。
- タモリにマネされることはもちろんなかった。
- ミスチルの「Sign」はミリオンに届いたかもしれない。
- 「大きな古時計」をカバーすることはなかったかもしれない。
- 「大きな古時計」のカバーは「瞳をとじて」発売以前に出ていましたが。
- でも史実ほどにヒットせず、選抜高校野球の行進曲に選ばれることもなかった。
- 「大きな古時計」が選抜高校野球の入場行進曲に選ばれたのは2003年。「瞳をとじて」の発売は2004年なので関係ない。
- でも史実ほどにヒットせず、選抜高校野球の行進曲に選ばれることもなかった。
- 「大きな古時計」のカバーは「瞳をとじて」発売以前に出ていましたが。
- もちろん「ヒライケンジ」という芸人は存在しなかった。
- 世界の中心で愛をさけぶの主題歌と言えばドラマ版の「かたち あるもの」だった。
- テーマ曲の雰囲気に流されないので、世界の中心で愛をさけぶの本編の描写が史実よりも問題視されていた。
- 前田敦子をセンターに配置したことがコケた原因とみなされていた。
- 前田のアンチは現実以上のものとなっていた。
- 卒業も史実より早かったかも。
- 「ラブフラゲ」という言葉は流行しなかった。
- キンタロー。のブレイクもなかった。
- 前田敦子版の花ざかりの君たちへは史実以上にコケていた。
- 日本でテレビドラマ『スチュワーデス物語』の主題歌として麻倉未稀にカバーされることはなかった。
- この曲が主題歌となった映画『フラッシュダンス』もコケていたかも。
- アイリーン・キャラの映画主題歌といえば未だに「Fame」。
- 反動で次のシングルだった「Why Me」が史実以上に大ヒットしていたかもしれない。
- 稲葉浩志の歌い方の変更は失敗とみなされた。
- 以降もB'zが活動を継続するとしてもオリコン一位を獲得することは無かったかもしれない。
- B'zがミュージックステーションに出演することは以降は無かった。
- 葉加瀬太郎との共演版は出なかった。
- 『GO-GO たまごっち!』(2014年10月~2015年3月)のエンディングテーマは別の曲になっていた。
- YouTubeで週間再生数世界一になることはなかった。
- 2016年の新語・流行語大賞でトップテンに入ることはなかった。
- 紅白出場も無ければ武田真一アナが披露することもなかった。
- ロングバージョンが披露されることはなかった。
- アルバムが発売されることも無かったかもしれない。
- PPAPといえば「生産部品承認プロセス」を意味するビジネス用語だった。
- 天木じゅんが「POOP」として真似をすることもなかった。
- 『別冊コロコロコミック』の表紙にピコ太郎風の衣装を着たケシカスくんが登場し「P(パーフェクト)P(プライスレス)A(オールスター)P(パーフェクト)」とパロディされることはなかった。
- パン屋でリンゴとパイナップルを入れた「パンパイナッポーアッポーパン」が出てくることもなかった。
- 9GAGが制作し地中に埋めた石碑に刻まれることもなかった。
- 2016年の古坂大魔王は北海道新幹線開業関連で仕事が少し増えた程度だった。
- 外務省から持続可能開発のイメージタレントに選ばれることも無く、持続できてない一発屋が言っても説得力がないと揶揄されることもなかった。
- PPAP-2020-は作られていなかった。
- 古坂大魔王が「魔進戦隊キラメイジャー」に出演しなかった。それか史実通り出演しても劇場版でこの曲を踊るシーンはなかった。
- 島崎遥香をセンターに配置したことがコケた原因とみなされていた。
- 島崎のアンチは現実以上のものとなっていた。
- ニャーKBの二の舞になっていた。
- AKB48の初夏発売シングルの路線変更は失敗したとみなされていた。
- サマーソング以外は大コケするジンクスが出来ていた。
- PVで水着にならなかったことを落胆したファンが増えていた。
- 第7回選抜総選挙の投票数が増えることはなかった。
- SKE48はランクインしたメンバーがAKB48を上回ることはなかった。
- 「ポケモンはらはらはらはらリレー~むずかし版~」はなかった。
- 「タケシのパラダイス」はもう少し長く使用され続けていた。
- 早口言葉を多用したことがコケた原因とみなされていた。
- 「意味不明だ」と発言されることが多くなっていた。
- 愛河里花子は早口言葉が特技であることは広く知られなかった。
- 「ファンカーゴ」のCMで早口言葉を言っている人が彼女だと特定することはなかった。
- 話題にすることもなかったかもしれない。
- 「笑っていいとも!」の早口言葉の先生をやることもなかった。
- 「ファンカーゴ」のCMで早口言葉を言っている人が彼女だと特定することはなかった。
- 彼女はアルバム「毒気」でのクレームの件もあり、二度と歌に参加することができなかった。
- Perfumeはブレイクできないままだった。
- おそらく解散→3人とも広島に帰ってローカルタレントに、という感じになっていた。
- これがダメなら大学進学準備に入る予定だったので、そのまま芸能界を引退してた。
- 或いは事務所の先輩・BOYSTYLEのメンバーのように解散後は女優・タレントとしてソロ活動していたかも。
- 逆にAKB48が史実より早くブレイクしていた。
- おそらく解散→3人とも広島に帰ってローカルタレントに、という感じになっていた。
- このチームのネタとして「エジリズム」などという替え歌が作られることもなかった。
- AC JAPANのタイアップは以後行われず、HIGEの『青空』や城南海の『ずっとずっと』はタイアップ先は別メディアだった。
- SPEEDの解散が早まっていた。
- その後の復活ももちろんなかった。
- デブパレードによる「Body & Soul」のカバーも無かった。
- 「White Love」の次のシングルもバラード曲にならず、再びアップテンポな曲が採用されていた。
- バラード曲はシングルのカップリングまたはアルバムの一曲としての扱いにとどまっていた。
- ということは「my graduation」が卒業ソングの定番曲になることもなかったか?
- 「女性アイドルグループのバラード曲は売れない」というジンクスが生まれていた。
- m.c.A・Tのラップを批判するラッパーが史実より少なかった。
- m.c.A・Tが「仮面ライダーゴースト」に登場する変身ベルト「ゴーストドライバー」の声をやることはなかった。
- 史実通り、m.c.A・TがDA PUMPをプロデュースしたかもしれない。
- 最悪、ZARDは解散してしまっていた可能性も。
- 坂井泉水の逝去時も、史実ほど注目されなかった。
- この番組で歌われることもなかった。
- “この番組”で歌われる歌といえば「サライ」だけだったかも。
- マラソンを走るときに聴きたい曲の代表にならなかった。
- とりあえず名前負けした歌となる。
- 1994年選抜高校野球の行進曲は『YAH YAH YAH』(CHAGE and ASKA)になっていた。
- 「ロード」(THE虎舞竜)かも。
- 「白鳥麗子でございます!」の再ドラマ化もなかったかもしれない。
- 東日本大震災の復興支援ソングに選ばれることもなかった。
- 『東日本大震災の復興支援ソング』といえば、NHK『花は咲く』。
- 松平健のバラエティ進出はなかった。
- 「マツケン」と言えばほとんどの人は松山ケンイチだと思っている。
- マツケンサンバIIIが作られることもなかった。
- もちろん、パロディも存在しない。
- ケツメイシが便乗して「ケツメンサンバ」というパロディソングを出すこともなかった。
- 「SMAP×SMAP」のパロディコント「カツケンサンバ」もなかった。
- 嘉門達夫もオレオレ詐欺をネタにした替え歌を歌うこともなかった。
- 日本全国の小学校の運動会の曲にはまず採用されなかった。
- 東京オリンピック2020でのマツケンサンバ待望論は出なかった。
- 振付師である真島茂樹の名前はほとんど知られないままだった。
- 2024年に亡くなった時もほとんど報じられなかった。
- まねきねこダックのCMがシリーズ化されることはなかった。
- アフラックのCMに猫が登場し続けることもなかった。
- 場合によってはたつやくんよりお姉ちゃん(元AKB48)の方が著名だったかもしれない。
- 「リトル・アインシュタイン」のアニー声優のほうもお忘れなく。
- IOSYSはマイナーな同人CDサークルで終わっていた。
- ニコニコ御三家にアイマスやボカロと並んで、らき☆すたとかハルヒ辺りが入っていた。
- 音MADのカービィ、ボカロなどの比率が史実以上に高かった。
- 「マルモのおきて」は犬が喋ること以外、注目すべきポイントが無くなる。
- そもそも「マルモのおきて」自体がコケていた可能性がある。
- 2011年春期の連続ドラマは「JIN-仁-」の一人勝ちになっていた。
- 芦田愛菜が大ブレイクすることはなかった。
- 鈴木福も大ブレイクしなかった。
- 21世紀生まれのオリコンベスト10は未だに達成されていない。
- 21世紀生まれがAKB48の主力メンバーになるまでなかっただろう。
- HKT48の「桜、みんなで食べた」ではないかと。
- VOCALOIDは本来の使われ方しか使用されない。
- 初音ミクらのバーチャルアイドル化はなかった。
- 以降のVOCALOIDソフトにキャラ絵は描かれない。
- 初音ミクらのバーチャルアイドル化はなかった。
- ドワンゴがJASRACへ信託委託することはなかった。
- 騒動となった末にVOCALOID曲の著作権整備が進むことはなかった。
- これでクリプトンとドワンゴがこじれた場合ニコニコ動画からVOCALOIDは排除されていた。
- ネギが初音ミクの定番アイテムになることはない。
- ネギを持たせるネタの発祥はIevan Polkkaだから関係ない。
- 「みっくみく」が初音ミクの定番キーワードになることはなかった。
- 小林幸子が2014年のコミックマーケットで発売したアルバムは全く違う内容になっていた。
- ドワンゴのCMソングとして使われることはなかった。
- 電波ソングはこの時点でエロゲー主題歌界隈でも下火になっていた。
- 初音ミクの登場で再ブームになっていた。
- 笹島かほるが歌ってたことを本人が公表することはなかった。
- ファンタジーゾーンの再ブームはなかった。
- もし「美少女戦士セーラームーン」が大ヒットしていなかったらが現実化していたかも。
- 原曲とされるKEY WEST CLUBの「夢はマジョリカ・セニョリータ」が注目することはなかった。
- 「想い出の九十九里浜」(Mi-ke)に似ている、と指摘されることもなかったか?
- 「さよならはダンスの後に」(倍賞千恵子)も。
- 「想い出の九十九里浜」(Mi-ke)に似ている、と指摘されることもなかったか?
- 一応、建てておきます(今まで無かったのが不思議)。
- 円広志が本業歌手であることは関西でも現実以上に忘れられやすかった。
- 『探偵!ナイトスクープ』のテーマ曲『ハートスランプ二人ぼっち』や『上沼恵美子のこころ晴天』のテーマ曲『ブルースカイブルー』を歌わなかったかも。
- もちろん大阪環状線の駅メロの一つにも選ばれていない。
- ポケットモンスターはカントー編で打ち切られた。
- または某事件の影響で1997年12月に打ち切られた。
- 松本梨香といえば日向仁(『絶対無敵ライジンオー』)か風助(『忍空』)というイメージになる。
- 下手すればこうなる。
- 『THE夜もヒッパレ』でSPEEDが「めざせポケモンマスター」を歌うこともなかった。
- 松本梨香の「歌手」としての認知度が史実より低くなっていた。
- JAM Projectに呼ばれることはなかったかもしれない。
- 但し、史実どおり『仮面ライダー龍騎』の主題歌を歌っていた場合、その時点で「歌手」としての認知度が上がっていたかもしれない。
- 当時の普通のアーティストがアニメの主題歌を担当する潮流に拍車がかかった。
- 史実通りアニポケが人気を博して現在まで続いていたとしても、松本梨香が表舞台に姿をあらわすことは少なくなっていた。
- 歌謡曲を主題歌に採用する風潮からのアニソンの復権はなかった。
- 2012年にブレイクした若手グループといえばももいろクローバーZあるいはサカナクションだった。
- サカナクションは2012年の時点で紅白歌合戦に出場していた。
- メガシャキのCMの替え歌「眠たくて」はなかった。
- アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、韓国、台湾でアルバムが発売された際に英語、ドイツ語、フランス語、韓国語、中国語版が収録されなかった。
- 初音ミクの客層が従来のオタク層から広まることはなかった。
- スタイリッシュな曲と合わないとされた。
- ヲタ芸にピッタリな電波曲が大半を占めていたかもしれない。
- マジカルミライのようなライブイベントはオタ芸を競うイベントになっていた。
- ヲタ芸にピッタリな電波曲が大半を占めていたかもしれない。
- スタイリッシュな曲と合わないとされた。
- 山本正之は無名の存在かもしれない。
- タイムボカンシリーズの楽曲も全く別のモノになってたり。
- 「名古屋はええよ!やっとかめ」も売れなかった。
- 「嵐の英雄」が中日ドラゴンズの応援歌として認知されている。
- 『嵐の英雄』が応援歌として認知された場合、この曲を歌ったコーラスグループのボニージャックスは、後年にゲスト出演したトーク番組で、「他にヒット曲がないから、他人の歌で食っている」などと自虐的に語る事はなかっただろう。
- 『嵐の英雄』がリリースされた1997年(すなわち、ナゴヤドーム開業年)以前は、伊藤久男が歌う『ドラゴンズの歌』か、或いは水木一郎が歌う『勝利の叫び』が公式の応援歌として認知されていただろう。
- 史実に反して、『ドラゴンズの歌』が応援歌として認知された場合、作曲を手がけた古関裕而をモデルにした連続テレビ小説の『エール』では、その曲の誕生秘話もきちんと描かれていた。
- ドラマも大ヒットしていた場合、伊藤久男役を演じた山崎育三郎氏の歌で『ドラゴンズの歌』が新録音されていただろう。
- 実際の山崎氏はスワローズファンだが、ドラマ内で『ドラゴンズの歌』誕生エピソードが放送された場合は、当時のナゴヤドームで試合前などに歌う機会もあったかもしれない。
- 『エール』放送期間中には「古関裕而ダービー」として、対巨人、対阪神戦に限ってラッキー7の攻撃前には、『ドラゴンズの歌』が東京ドーム、甲子園球場でも流れていただろう。
- 史実に反して、『ドラゴンズの歌』が応援歌として認知された場合、作曲を手がけた古関裕而をモデルにした連続テレビ小説の『エール』では、その曲の誕生秘話もきちんと描かれていた。
- 「昇竜~いざゆけドラゴンズ~」は作られなかった。
- 選手の名前が出る球団応援歌自体一般化されていない。
- むしろ歌詞に選手名を入れたことがコケた要因と見なされた。
- 1975年に子門真人の歌でリリースされた太平洋クラブ(現・埼玉西武)ライオンズの応援歌である『ぼくらのあこがれ ライオンズ』と、悪い意味で比較されていた。
- むしろ歌詞に選手名を入れたことがコケた要因と見なされた。
- 板東英二がタレントとしてブレイク出来たか怪しい。
- むしろ、野球解説者一本で活動していたかもしれない。
- 元野球選手であることを忘れられることもなさそう。
- 久野誠(CBCアナウンサー)の知名度も上がらなかった。
- むしろ、野球解説者一本で活動していたかもしれない。
- ≒もし中日ドラゴンズが1974年に優勝を逃していたら かもしれない。
- 21世紀に入ってからの鉄道ソングは史実ほど多くなかった。
- ニコニコ動画の大変な途中下車シリーズはなかったかもしれない。
- 電車の車掌は鉄道ファン以外にとっては地味な存在だった。
- SUPER BELL"Zは早々に解散していただろう。
- 「インファントの娘」が名実共に映画『モスラ』のテーマ曲という認識になっていた。
- 他の歌手にカバーされることもなかった。
- 1992年の「ゴジラVSモスラ」で使われたバージョンも話題にならなかった場合、翌年に公開された「ゴジラVSメカゴジラ」のイメージソング「悲しみのゴジラ」は世に出なかった。
- パーマ大佐がネタにすることはなく、著作権騒動も起こらなかった。
- この嘘ニュースはなかった。
- 「SAY YES」の一発屋で終わっていたため、その後各アーティストの楽曲の作詞・作曲の話が出なかった可能性もある。
- むしろジャニーズ専属作曲家になっていた(光GENJIの作曲をしていたことがあるため)。
- 「一発屋」って…この節の一番上の文を書いた方は「万里の河」も「モーニングムーン」もご存知ないようですね。確かに当時のグループ名は「CHAGE and ASKA」ではなく「チャゲ&飛鳥」だけれど。
- しかもチャゲは「SAY YES」がヒットするはるか昔に石川優子とのデュエットで「ふたりの愛ランド」もヒットさせている。
- ASKAも、『SAY YES』がリリースされる少し前に、『はじまりはいつも雨』をヒットさせている。
- 「恋人はワイン色」も忘れないでください。
- 間に出した「if」もミリオンセラーなのをご存知ないのか。
- 残念ながらオリコン売上枚数ではヒットでも、世間一般の印象度は低い。
- この曲が主題歌だった「振り返れば奴がいる」もコケていたかも。
- むしろコケていたらこうなっていた。
- ダブルミリオンを2作持つ歌手がMr.Childrenだけになっていた。
- シングルCDだと、それとAKB48も(SoundScan Japan)。
- レコード会社の公称ならKinKi Kidsなどもそうだったはず。
- シングルCDだと、それとAKB48も(SoundScan Japan)。
- 「ヤーヤーヤー」と言えばジャニーズJr.のユニットを連想する人が大半になっていた。
- 「ご当地ソング」という言葉は広まらなかった。
- 小島勇司の「柳ヶ瀬ルンバ」も誕生しなかったかもしれない。
- 所ジョージが『嫌がらせブルース』というパロディソングを歌うこともなかった。
- 洋楽のカバー曲だからという理由でレコード大賞を取れなかったことに疑問を持つファンはいなかった。
- 原曲が同性愛を思わせる歌詞だからコケたと叩かれていた。
- あの星条旗のデザインの衣装が印象に残らないので、1991年の「走れ正直者」のCDジャケットでの衣装も異なっていた。
- 1995年の少年隊の「PGF」がディスコ調かつアルファベットを連呼する歌にならなかった。
- 森奈津子の短編小説「西城秀樹のおかげです」の内容と題名が変わってくる。
- 翌1980年の春の選抜高校野球の入場行進曲には採用されず、ゴダイゴの歌う劇場版『銀河鉄道999』か、水谷豊氏の歌う『カリフォルニア・コネクション』が採用されていただろう。
- 同じゴダイゴの曲なら、『ビューティフルネーム』でも相応しかったかもしれない(前年の「国際児童年」のキャンペーンソングだった為)。
- 「ハッチポッチステーション」でビレッジ・ピープルのパロディ「ビレッジ・ピーマン」が歌った「大きな栗の木の下で」の歌詞が西城秀樹のYOUNG MANをベースにしなかった。
- DA PUMPは過去の歌手扱いされ続けていた。
- ISSAの不倫の余波がまだ続いていたとみなされていた。
- 「DADAダンス」もどうなったかわからない。
- DA PUMPはユーロビート路線は失敗したとみなされていた。
- いいねダンスが流行することもなかった。
- 替え歌のネタにされてしまうこともなかった。
- ISSAは「スカっとジャパン」の神ティーチャーとして出演することはなかった。
- ヤバいTシャツ屋さんの2018年の紅白出場が実現していた。
- 「ダサカッコいい」という言葉は流行らなかった。
- 2023年のWBCで日本代表が優勝出来なかった可能性がある(USAコールに対してこの曲のお陰で耐性が付いたので)
- チョコレートプラネットがUSAゲームを作らなかった。
- 「心もよう」以降のシングルもコケていた可能性がある。
- 彼最大のヒット曲である「少年時代」も、誕生しなかったかも。
- 斉藤由貴らによるカバーもなかった。
- コミックマーケットの一斉点検で使われる事も無かった。
- アルバム『氷の世界』は100万枚売れず、結局LPはオリコン調べで一度もミリオンヒットを記録せず消えていったかもしれない。
- 水田わさび版のドラえもんは長続きしなかった。
- 代表曲は夏川りみの「ハグしちゃお」のままで終わっていた。
- 金曜日→土曜日の放送日時移行が早まっていた。
- maoはそれほどブレイクしなかった。
- 「負けないで」の一発屋に終わったため、没後6年が過ぎた2013年の時点では完全に忘れ去られていた。
- あるいは次のシングルあたりで持ち直していた。
- ポカリスエットのCMソングに起用されなかったか、されても現実ほど人気がなかっただろう。
- ミュージックステーションの連続出演はなかった。
- 古舘伊知郎がフレンズたちに叩かれることもなかった。
- 2017年に最もヒットしたアニメ主題歌はLiSAの『Catch the Moment』(劇場版『ソードアート・オンライン』主題歌)だった。
- 横須賀を扱った歌といえば、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」。
- 山口百恵の路線変更は失敗したとされていた。
- 史実より早く引退or女優への道を歩んでいただろう。
- 宇崎竜童や阿木耀子は宇崎が歌う曲以外で作詞作曲を手掛けることはなかった。
- 横須賀といえば今も米軍基地がある都市というイメージだった。
- 京急横須賀中央駅の駅メロディになることもない。
- ドラえもんの「念録マイク」でジャイアンが歌う曲が別のものになっていた。
- 2020年のJ-POPのヒット曲と言えば「紅蓮華」、「香水」、「I love...」だった。
- 東京オリンピック2020の終了後に
パプリカの二匹目のドジョウを狙わされて「ツバメ」が制作されなかった。 - もしくは、「ツバメ」に当たる曲を藤井風あたりが作っていた。
- レゲエ業界でのみ名前が通じた歌手になっていた。
- ネット上で三木道三死亡説も浮上しなかったしスーパーベストコラも作られなかった。
- Mステ出演時の迷言「一発屋の匂いがしませんか?」も生まれなかった。
- もちろん後に一発屋の一人に名を連ねることはなかった。
- アンサーソング「女編」もなかった。
- その後の平井堅のブレイクはなかった。
- そのまま歌手を引退していた可能性も高い。
- 平井堅の代表曲は未だに「Precious Junk」だった。
- 当時所属事務所が同じだった江角マキコにCM出演を断られていたら、こうなっていたかもしれない。
- ヒライケンジも登場しなかった。
- その後フジテレビが小田和正の曲を主題歌に使うことは絶対になかった。
- TBSも同様で、TBS・フジテレビが小田和正と絶縁していた。
- フジテレビにとって月曜9時は完全に鬼門となった。(=「東京ラブストーリー」が大ハズレだった、ということなので)
- ドラマ+主題歌でヒットさせるという90年代~00年代のドラマの方程式は確立されていなかった。
- 少なくとも中高年アーティストの記録樹立で桑田佳祐とデッドヒートを繰り広げることもなかったであろう。
- ヒットしなかった結果解散した場合については「もしモーニング娘。が解散していたら#『LOVEマシーン』が売れずに解散していたら」を参照のこと。
- 20世紀中にミリオン達成はなかったかもしれない。
- このアニメの予告編でカバーされる事は無かった。
- 後になってからモー娘が大ブレイクしたとしても、後藤真希はそれほど人気が出なかった。
- 早期卒業もなかったし、卒業前にソロ活動を始めることもなかった。
- プッチモニ結成は無かった。
- 無論「ちょこっとLOVE」のオリコン1位獲得、ミリオン達成も無かった。
- つんく♂はこの曲の原型「まんじゅう娘」を引き続き恥じていた。
- この曲のジャケットの並びの右上からジグザグに順番に卒業するといういわゆるラブマの法則が発見されなかった、もしくは卒業順が前後して成立しなかったかもしれない。
- 「CHA-CHA-CHA」の一発屋という認識で終わっていた。
- 日本でも「ランバダ」といえばカオマ一択だった。
- 江川ほーじん氏のグループ脱退は現実ほど注目されなかった。
- 「大きな玉ねぎの下で」が最大のヒット曲となっていた。
- 「無理だ!」の一発屋だったかも。
- 高校野球の応援歌の定番曲が一曲減っていた。
- 中日の川又米利や広島の野村謙二郎の応援歌も別の曲になっていた。
- ポケットビスケッツのブレイクもなかったし電波少年の曲を歌うこともなかったかもしれない。
- 「第二次世界大戦後の焼け跡で歌われる曲」のイメージが別の曲になっていた。
- ヒットした時期を考えると『青い山脈』か『東京ブギウギ』あたりが史実の『リンゴの唄』のポジションに位置することになるのか?
- 巡音ルカ自体ソロで目立つことはなかった。
- たこルカは誕生しなかった。
- 初音ミク以外のクリプトン製ボカロが重視されることすらなかったかもしれない。
- 初音ミク以外V3すら発売されなかったかもしれない。
- samfreeが「放課後のプレアデス」などアニソンを手掛けることがなかったのは言うまでもない。
- そして2015年の逝去で騒がれることはなかった。
- samfree氏を知っているのは彼が作曲したフリー曲素材をED曲として使用している某酷道車載シリーズのファンくらいだったかも。
- 「リリリリ★バーニングナイト」も「メグメグ☆ファイアーエンドレスナイト」なども流行らなかった。
- 人気J-POPアーティストによる初音ミクとのコラボはタブーになっていた。
- 少なくとも初音ミクは国内では単なる萌えキャラ扱いで終わっていた。
- 2015年に安室奈美恵が「B Who I Want 2 B feat. HATSUNE MIKU」を出すことはなかった。
- 「桜日和とタイムマシン(Ado)」も然り。
- 同年の東京ドーム公演に初音ミクが登場することはなかった。
- 初音ミクがMTV VMAJ 2014にも登場していない。
- 2015年にミュージックステーションに初音ミクが出演したかどうかも不透明。
- Google Play MusicのCMでBUMP OF CHICKENの時に初音ミクが一緒に出ることはなかった。
- 米津玄師が紅白に出場することはなかった。
- 大塚国際美術館が有名になることはなかった。
- 『アンナチュラル』は大コケしていた。
- 『MIU404』『ラストマイル』は製作されなかったか、されても主題歌が米津ではなかった。
- 『ENGEIグランドスラム』でトレンディエンジェル斎藤が替え歌を歌うことはなかった。
- 「U.S.A」の替え歌を歌っていたかも。
- 『僕のヒーローアカデミア』の主題歌でもある『ピースサイン』の方が米津の代表曲になっていた。
- 今でも米津玄師は「ハチ」としてニコ動で活動していた。
- まず13章まで作られない。
- バンドは「なんでもないような事が幸せだったと思う」と悟っていた。
- 高橋ジョージは裕福な印税生活を送ることもなかったし、バラエティにすら呼ばれず消滅。もちろん三船美佳とも結婚していなかった。
- 「水曜日のダウンタウン」で「ロード15章」が生まれることもなかった。
- 「IA -ARIA ON THE PLANETES-」はマイナーなボカロで終わっていた。
- じん(自然の敵P)専用のボカロというイメージになっていた。
- モータースポーツでのコラボはあれど実態はほとんどカゲプロファン専用のボカロとされファン層が限られたままだった。
- 2015年に赤坂BLITZでワンマンライブを開催しなかったかカゲプロのイベントとしての開催だった。
- モータースポーツでのコラボはあれど実態はほとんどカゲプロファン専用のボカロとされファン層が限られたままだった。
- 「ONE」が出たかどうか不透明だった。
- その前に1st placeがボカロから撤退する可能性が高かった。
- 初音ミクなどクリプトン製のボカロやMegpoid以外全く相手にされない時代が続いていただろう。
- それ以外人気芸能人のボカロが少し話題になる程度だった。
- 辛うじて初音ミクやMegpoidとのデュエットで投稿される程度だった。
- じん(自然の敵P)専用のボカロというイメージになっていた。
- ボーカル無しだったが中古車ガリバーのCMにBGMとして使用されることはなかった。
- 二宮和也がボカロ自体を知る機会は無かったかもしれない。
- ミュージックステーションで紹介されることはなかった。
- その後アルペンのCMソングとして「ウインターソングの女王」などと呼ばれることはなかった。
- 「冬といえば広瀬香美」と言われることもない。
- アーティストではなく作曲やプロデュース業に専念していた可能性も。
- =もし『毎度おさわがせします』がコケていたら、である。
- C-C-Bは関口誠人の脱退とともに解散していたし、もちろん再結成もなかった。
- 『電車男』の挿入歌にも内藤大助の入場曲にもならなかった。
「シングルでヒットしていなかったら」という仮定で。
- オリコン史上初の「同一名義で4つの西暦10年代にシングルチャート1位獲得」はサザンオールスターズになっていた。
- 「悪女」や「空と君とのあいだに」などもヒットしなかった。
- ピンク・レディーはオリコンシングルチャートにおいて藤圭子の18週連続1位を遥かに上回る28週連続1位を達成していた。
- 「時代」の一発屋に終わったかも。
- 「みんなのうた」を見る年代が史実ほど広がらなかった。
- 童謡しか許されなくなっていた。
- 「だんご3兄弟」「おしりかじり虫」の大ヒットは史実通りかも知れないが子どもや家族向けで固定されたままだった。
- 「ぼくはくま」(宇多田ヒカル)などトップアーティストの歌が採用されることはなかっただろう。
- 総合テレビでは打ち切りになり教育テレビ(現Eテレ)でしか放送されなくなっていた。
- 童謡しか許されなくなっていた。
- 長野オリンピック閉会式で披露されることはなかった。
- V6の曲としか認識されなかった。
- そもそもV6がカバーしなかったかも。
- V6自体現実ほどブレイクしてなかったかもしれない。
- V6の曲としか認識されなかった。
| もしあの歌がコケていたら |
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| あ~お/か~こ/さ~の/は~わ |