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もしあの駅が別の駅名を名乗っていたら/関東

つくば駅が筑波学園都市駅

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  1. 旧筑波駅との混同はなかった。
  2. 研究学園駅の駅名も別のものになっていた。

みらい平駅が伊奈谷和原駅

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  1. つくばみらい市は伊奈谷和原市になっていた。

那須塩原駅が新黒磯駅

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  1. おそらく「新黒磯駅」になっていた。
    • もし新黒磯駅だったら、平成の大合併で誕生した那須塩原市はそのまま黒磯市を名乗っていた。
    • 「那須市」を名乗ろうとして那須町から反発を食らう。
  2. 史実の那須塩原駅よりも黒磯駅の方が発展していた可能性が高いかもしれない。新横浜駅と言うほどでは無さそうだが。

那須塩原駅が東那須野駅

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  1. 「東那須野駅」のまま。
    • そうなると市名は「那須野市」に。
    • むしろ「那須野駅」じゃね?
  2. 鉄道ファンから「新幹線駅なのにローカルっぽい駅名」として言われていた。一部の人は駅名改名した方が良いという意見がくると思うが、言うのは地元の人ぐらいか。

那須塩原駅が黒磯なすの駅

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  • 新興駅っぽく。
  1. 恐らく新幹線としては初めての「漢字平仮名交じり」の駅になっていた。
    • ただ、これを国鉄(当時)が許したかどうか・・・
  2. てーきゅうファンの聖地にはなってただろう。

新前橋駅が前橋駅

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  1. 現・前橋駅は当駅開業時に本前橋駅に改称されていた。
  2. 新幹線駅誘致を高崎駅と争っていた。

高崎問屋町駅が貝沢駅

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  1. 高崎と付く駅名が連続しなかった。
  2. 出口名は史実通り変わらなかった。

さいたま市・南部・中部

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大宮駅がさいたま駅

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さいたま
  熊谷
上野 Kumagaya
Ueno Saitama 小山
Oyama
  1. さいたま市内の旧浦和関係者が駅名改名を強行に主張する。
    • 旧浦和関係者は、平駅がいわき駅と改称された前例を主張する。
      • 旧浦和関係者は、車のナンバーまで「大宮」から「さいたま」への変更を主張する。
      • 旧浦和関係者の思惑とは裏腹に、さいたま市の中心は名実ともに大宮区として全国的に認知されていた。
      • 「横浜に行く」や「千葉に行く」と同じように、大宮区に行くことを「さいたまに行く」と表現していた。
        • 浦和区に行くことは「浦和に行く」。旧浦和関係者の思惑とは裏腹に、さいたま市に数ある駅の一つに成り下がる。
    • 京都市中京区も介入してくる。「大宮駅」重複解消目的で。
  2. 旧大宮市民による反浦和反与野感情が爆発する。
    • 「埼玉県」の由来となった地名が存在する、行田市民の反感も大きくなる。下記浦和駅が改名された場合も同様。
    • しかし、やがて旧大宮関係者は改称のメリット(旧大宮が名実ともに、さいたま市を代表する駅になる)に気づく。
  3. 現実以上に埼玉県やさいたま市が「ださいたま」などと馬鹿にされる。
  4. 大宮駅周辺の地価が下落し、そごうや高島屋など大宮駅付近の商店の売り上げも激減。
  5. さいたま新都心駅が「南さいたま駅」と改称される。

浦和駅がさいたま駅

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さいたま
南浦和   北浦和
Minami-urawa Saitama Kita-urawa
  1. さいたま市内の旧大宮関係者が駅名改名を強行に主張する。
    • 旧大宮関係者は、平駅がいわき駅と改称された前例を主張する。
      • 旧浦和関係者は、対抗して車のナンバーの「大宮」から「さいたま」への変更を主張する。
      • 旧大宮関係者は中浦和駅を浦和にすれば改称できると主張する。
      • しかし、やがて旧大宮関係者は改称のデメリット(旧浦和が名実ともに県都さいたま市の代表駅になる)に気づいて慌てる。
  2. 旧浦和市民による反大宮感情が爆発する。
  3. 現実以上に埼玉県やさいたま市が「ださいたま」などと馬鹿にされる。
    • 東京以北最大のターミナル大宮ではなく、住宅街の小駅でしかない浦和がさいたま市の顔となるため、現実以上に田舎扱いされる。
    • かつての浦和市や現在の群馬県前橋市のように「県庁所在地なのに田舎」「地味な県都」などと馬鹿にされる。
  4. 浦和駅周辺の地価が下落し、伊勢丹など浦和駅付近の商店の売り上げも激減。
    • 大宮駅周辺が中心扱いされなくなるので、むしろ大宮駅周辺の地価が下落し、そごうや高島屋など大宮駅付近の商店の売り上げも激減。
  5. 浦和にある他の駅も「○○さいたま駅」と改称される。
    • 「東さいたま」「西さいたま」「南さいたま」「北さいたま」「武蔵さいたま」「中さいたま」
    • 「さいたま美園」
    • さいたま新都心や大宮は「北さいたま」よりも北になってしまうので、さいたま市の外れの片田舎だと勘違いする人も出てくる。
      • そごうや高島屋など大宮駅付近の商店の売り上げも影響が出る。
  6. 市役所移転は意地でも阻止する。
  7. さいたま市の代表駅を大宮駅だと勘違いする人は確実に減るだろう。

さいたま新都心駅がさいたま駅

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  1. これも可能性はないとは言えない。
  2. 合併時の公約である新都心へのさいたま市役所移転が実現したら十分ありうるだろう。
  3. 浦和や大宮と比較すると他の地域へ与える影響は小さい。

武蔵浦和駅がさいたま駅

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  1. 駅至近の浦和中央郵便局がさいたま中央郵便局に変更したのと同様のイメージで変更。
  2. さいたま市による開発が現実以上に進み、浦和駅を凌ぐさいたま市南部の中心地域として発展していた。

与野駅がさいたま駅

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  1. 浦和と大宮の譲り合いにより中間地点の与野駅を改称。
  2. 駅の所在地は浦和区なので浦和の面子も立つ。
  3. 中央区を推進した旧与野市長は大喜び?
  4. 与野本町駅を与野駅に改称する運動が起きる。

武蔵浦和駅が新浦和駅

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  1. 「新幹線の駅も作るべき」という意見がもっと多くなってたかもしれない。
  2. 浦和は「東西南北」に加えて「新」もつく日本唯一の例になっていた。

中浦和駅が新浦和駅

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  1. 浦和市街地との一体化が現実より進んでいた。
  2. 各駅しか停まらない駅なので新幹線の話はさすがに出なかった。
  3. 浦和は「東西南北」に加えて「新」もつく日本唯一の例になっていた。
  4. 当時の浦和市の希望通りに駅名がつけられる結果になっていた。

南浦和駅が新浦和駅

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  1. ターミナル駅として浦和駅に代わり東北本線の停車駅になっていた。
  2. 浦和駅より発展し、埼玉県南部の拠点になっていた。

与野駅が新浦和駅

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  1. 旧浦和市に属する駅にはすべて浦和が付くことになる。
  2. 与野本町駅が与野駅として開業している。

浦和美園駅が新浦和駅

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  1. 駅周辺の地名も新浦和に変更される。
  2. 埼玉スタジアムも新浦和スタジアムに変更する。

北浦和駅が新浦和駅

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  1. 与野駅が先に北浦和駅として開業していた。

さいたま新都心駅が新浦和駅

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  1. 大宮操車場跡地は大宮市・与野市に該当する地域もすべて浦和区になっていた。
  2. 中央区からさいたま新都心がなくなるため、与野区になっていた。

さいたま新都心駅が南大宮駅

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  • 実際に候補あった。
  1. 大宮の東西南北シリーズの完成。
    • 西大宮駅が違う駅名になった可能性も・・・
  2. 史実ほど発展しなかった可能性も…。
  3. 宇都宮・高崎線のホームはなかったかもしれない。

さいたま新都心駅が氷川参道駅

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  1. 氷川神社の参道のアピールになり活性化する。
  2. 氷川神社の最寄り駅と勘違いされる。
  3. 大宮と街の一体化が進められていた。

さいたま新都心駅がスーパーアリーナ駅

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  1. さいたまスーパーアリーナの名前は知ってても場所は知らないという人が減る。

さいたま新都心駅が大宮新都心駅

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  1. 新都心全域が大宮区になる。
  2. 新都心が外れるため与野区が実現する。

さいたま新都心駅がさいたま中央駅

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  1. さいたま市の中心として史実以上に力を入れていた。
  2. 浦和中央郵便局はさいたま中央郵便局に改称されず、さいたま新都心郵便局がさいたま中央郵便局になっていた。

東大宮駅が芝川駅

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  1. 東大宮駅が見沼区にある事態を防げる。
  2. 見沼駅になる可能性も。
    • 土呂東大宮間の見沼代用水縁が見沼(北区だけど)という地名になっているとはいえこれはないだろう。
  3. 土呂駅が東大宮駅に?
    • 現東大宮以上に東と呼ぶには厳しい場所だが・・・
  4. 「武蔵芝川」になっていたのでは?
    • 「芝川」駅は身延線にあるので。

東大宮駅が砂駅

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  1. 土呂駅開業で大砂土村が全て揃う。
  2. 東大宮という地名は出来ず砂町が拡大。
    • 東大宮操車場も別の名称になる。

北浦和駅が浦和高校駅

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  1. 学制改革で埼玉大学駅に改称。
    • 新制高校(埼玉県立浦和高校、さいたま市立浦和高校)の最寄り駅になったのでそのままで問題ないかと。
      • 埼玉大学は駅の目の前(現北浦和公園)だから変えざるを得ないだろう。
  2. 埼玉大学移転で遠すぎると一部で批判されるが一応最寄り駅なのでそのまま。
  3. 埼京線開業で最寄り駅ではなくなるが大学の駅名を捨てたくないのでそのまま。
    • むしろ新制高校(埼玉県立浦和高校、さいたま市立浦和高校)の最寄り駅ということで浦和高校駅に再改称。

北浦和駅が針ヶ谷駅

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  1. その後の○○浦和の乱立はなく普通に町名が駅名になっていた。
    • 西浦和駅は田島駅で中浦和駅は鹿手袋駅で東浦和駅は尾間木駅で浦和美園駅はそのまんま美園駅になっていた可能性がる。だが、武蔵浦和駅と南浦和駅はどちらか新浦和駅を名乗っていた可能性がある。

浦和美園駅が美園大門駅

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  1. 旧市名が付かない駅が旧浦和市内にも出来ていた。
    • そのため、ここが旧浦和市だったことを知る者は少数派。
  2. 美園地区の独自性が今以上に認識され、浦和のイメージから切り離されていた。
    • レッズの本拠地は駒場のままだったかもしれない。
    • さいたまレッズに改称していた世界線と、浦和レッズという名称のまま、さいたま市全体のクラブというアイデンティティが醸成されていた世界線の両方があり得る。
      • その場合、大宮アルディージャの扱いはどうなるのだろうか?
    • 「われら浦和区ではなく緑区」という孤高のアイデンティティを持ち、旧浦和市でまとめられることを嫌う風潮さえあった。

浦和美園駅が浦和大門駅

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  1. 浦和が付くことには変わりはないが町名が駅名に採用されていた。
  2. 仮称がそのまま使われていた。
  3. 後に「大門」が住居表示に採用されていた。

中浦和駅が別所沼公園駅

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  1. 別所沼公園の知名度が今よりも高くなり、浦和の観光名所になっていた。
  2. 埼京線開業時の路線名で候補に挙げられていた「公園都市線」が実現していた可能性もある。

北上尾駅が原新町駅

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  1. みなみ北本駅は別の駅名で計画されていた可能性がある。駅名は二ツ家駅しか思い付かないが…。
  2. ただ、当時の上尾市民は納得していたかどうか…。場合によっては現在も出来ておらず構想のままになっていたかもしれない。
  3. 原新町は高崎線と旧中山道の間のごく狭いエリアだけの地名だから厳しいかな。
  4. 西口の上尾高校の反対運動で東口のみ開設。

北上尾駅が浅間台駅

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  1. 駅長室が西側に来ることは考えにくいので駅の住所と駅名に齟齬が生じたが、原新町よりエリア的に広く人口も多いため、理解は得やすかった。
  2. 上尾高校は当初の計画通り移転していた。

北上尾駅がブリヂストン前駅

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  1. ブリヂストンが駅前まで進出していた。
    • 上尾高校は当初の計画通り移転していた。
  2. もしくは上尾環状線の北側に駅が出来、駅の所在地が桶川市になっていた。

北上尾駅が上尾高校前駅

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  1. 協力の証としてテニスコートを割譲して駅前広場になっていた。
  2. 東口の住宅地はそのまま温存された。

北上尾駅が南桶川駅

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  1. 北上尾駅反対運動の結果、上尾環状線の北側に駅が作られていた。
  2. プリンス公園はそのまま残った。

北本駅が解脱駅

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  1. 市の名前も解脱市になる。
  2. 解脱会が駅の目の前まで進出する。
  3. 宗教都市として現実より市の知名度が高かった。
  4. 宗教がらみでなくとも異質な駅名として話題になる。
  5. 「解」と空目される。

北本駅が本宿駅

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  1. 信号場の名前がそのまま駅名になっていた。
  2. 自治体名も本宿になっていた。
  3. 南武線の本宿停留場は違う名前になっていたかも・・・
    • 名鉄名古屋本線の本宿駅も。

北本駅が本鴻巣駅

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  1. 愛知県に本宿駅があることを嫌って歴史からより古い地名を採用。
  2. 昭和の大合併か下手したら戦時合併で鴻巣と合併していた。
  3. 特別快速や特急の停車はなかった。

戸田公園駅が南戸田駅

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  1. 快速止まりは南戸田駅ではなく戸田駅になっていた可能性がある。
  2. 戸田公園は史実ほど有名にならなかったかも。
    • それでも、最寄り駅なので比較的多く見られていただろう。

与野駅が木崎駅

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  • 当時の木崎村が「木崎駅」を主張していた。
  1. それでも現在まで木崎駅として名乗っていたかは微妙な所。
  2. 埼京線開業まで「与野市には駅は無し」と言われ続けていただろう。

与野駅が大原駅

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  • 鉄道院が「大原駅」を提示していた。
  1. 信号所がそのまま駅名になっただけ。
    • そうなると後年になって史実通り「与野駅」に改名されていた可能性がある。
      • 少なくとも国鉄辺りで改名されていたかも?

与野駅が与野口駅

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  1. 関東地方でも○○口駅が史実よりも多かった。
  2. 与野市にならないのは史実通り。

与野駅が北浦和駅

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  1. 木崎村が浦和に入るのが史実より早まっていた。
  2. 史実の北浦和駅は中浦和駅or針ヶ谷駅になっていた。
    • ここが新浦和駅の可能性もあった。

与野駅が南大宮駅

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  1. 北袋だけではなく木崎村全域が大宮に入っていた。
  2. 与野町も市制施行前に大宮に入っていたかも?
  3. さいたま新都心は大宮新都心になっていた。

北戸田駅が美女木駅

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  1. 埼京線の埼玉県内区間にも開業時から自治体名が付かない駅が出来ていた。
  2. 美女木ジャンクション完成前から美女木の知名度が高まっていた。

西川口駅が横曽根駅

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  1. 旧横曽根村が史実ほど忘れられた存在にならなかった。
  2. 川口が駅名に付かないので駅周辺のイメージが川口全体に波及せず横曽根のみが負っていた。

蕨駅が塚越駅

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  1. 宿場町だった蕨との地位が逆転し、市制施行時に蕨町から塚越市に改名されていた。
  2. 現実の蕨市塚越は塚越市東町になっていた。
  3. 蕨の名前は旧宿場周辺に町名として残っていた。
  4. 「ワラビスタン」という呼び方はできず「ツカゴスタン」と呼ばれていた。

西部・北部・秩父

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川越駅が川越西町駅

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  • 川越線延伸以前の駅名。
  1. 国鉄がごり押しをしなければこのままだった。
  2. 代わりに史実の本川越駅が川越駅を名乗っていた。

川越駅が本川越駅

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  1. この場合も史実の本川越駅が川越駅を名乗っていた。
  2. 「本」という割には史実の本川越駅よりも市街地から離れている。

川越駅がJR川越駅

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  1. 東武東上線に駅は出来なかった可能性がある。出来たとしても別の駅扱いになっており、駅名も「東武川越駅」になっていた。
    • 京王多摩センター&小田急多摩センターの様に、「JR川越」駅と「東武川越」駅が並んでいた。
  2. JR東日本でJR○○駅を名乗る駅名が存在していた。よってJR東日本でのJR○○駅の乱立していたかもしれない。
    • 新子安→JR子安、新秋津→JR秋津、府中本町→JR府中って感じかな。
  3. 国鉄時代は「国鉄川越駅」だったことになる。
    • 国鉄には他にも「国鉄○○駅」が存在していた。

川越駅が脇田駅

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  1. 旧脇田村が今ほど忘れられた存在にはならなかった。
  2. 川越市街地と駅周辺が今以上に別個の位置づけになっていた。
  3. 川越が付く駅名への変更運動が起こっていた。

川越市駅が川越駅

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  1. 史実の本川越駅が川越市駅を名乗っていた。
    • 史実の川越駅は「川越西町駅」のまま。
  2. JRの駅がここにできていたらこうだったかも。
  3. 川越西町駅は急行通過駅になっていた。

本川越駅が時の鐘と蔵のまち駅

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  • 副駅名としてなら存在していますが…。もし正式駅名になったらとしたら…?
  1. さて、本川越駅はさらに北に建設されていて川越市役所付近に出来ていたか…?
    • それなら、なおさら時の鐘と(ry駅はそっちにすべきだろう。こっちは川越口にでもして。
  2. 埼玉県では一番長い駅名になっていただろう。
  3. 「第二の『さいたま市』」と馬鹿にされていた。

本川越駅が川越市駅

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  1. 東上線の川越市駅と一体化していた。
  2. 東武も川越市駅周辺開発に力を入れていた。

西武秩父駅が御花畑駅

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  1. 秩父鉄道の御花畑駅と完全に一体化していた。
  2. 西武秩父線が御花畑経由で秩父駅まで最初から乗り入れていた。
  3. 今でも秩父駅が秩父市の中心だった。
  4. 西武線内で秩父の知名度が下がって観光事業に影響が出ていた。
    • 一応「西武秩父線」の路線名には秩父が入っているが、電車の終点として各駅でアナウンスされなくなる影響は大きい。

三峰口駅が西白久駅

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  1. 三峰ロープウェイの大輪駅まで延伸し、大輪駅が三峰口駅になっていた。
  2. 三峰ロープウェイは廃止されなかった。

籠原駅が新堀駅

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  • 当初は駅所在地名に合わせて「新堀」駅になる予定でしたが、日暮里駅との混同の恐れがあった為見送られました。
  1. 懸念通り、「にっぽり」駅と間違える人が続出する。
    • 特に、当駅が設置された1909年から日暮里駅の東北線ホームが撤去される1977年までは「にいぼり」から「にっぽり」まで一本だったので、なおさら誤乗が多そうだ。

東部・北埼

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行田駅が行田口駅

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  1. 行田市駅は行田駅のままだった。
  2. 行田市街地へのバス路線がつくられ、吹上駅の利用者が減っていた。

行田駅が壱里山駅

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  1. 行田市駅は行田駅のままだった。
  2. 壱里山地区として独自の存在感を持っていた。
  3. のちの高崎線新駅は自治体名にこだわらない命名になっていた。

行田駅が太井駅

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  1. 「何が太いのか」と話題になる。
  2. 旧村名だが、大字太井は熊谷市にあるので同市から反発があったかも。

行田駅が北新宿駅

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  1. 駅の位置がさらに吹上寄りになる。
  2. 新宿も東西南北すべてが揃っていた。
  3. 間違いなく東京の新宿にあると勘違いする人が出そう。
    • そういう意味で東武東上線の霞ヶ関駅と比較される。

行田市駅が忍駅

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  1. 最初から忍駅だった場合、自治体名の改称は行われず、忍町からそのまま忍市になっていた。
    • 高崎線に駅を開設した際に「忍市駅」に改称されていた。
    • 東行田駅は「東忍駅」として開業していた。
    • 「忍」を「おし」と読める人が増えていた(他に近鉄御所線の忍海駅がある)。
  2. 高崎線行田駅設置で行田から忍に改称されたケースの場合、中心市街地を行田市忍地区として認識されるようになっていた。
    • 東行田駅が改称されたかは微妙。

蓮田駅が綾瀬駅

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  1. 綾瀬村は蓮田町に改称することなく「綾瀬市」になっていた。
    • 現実の神奈川県綾瀬市は市制施行で「相模綾瀬市」になっていた。
  2. 現実の綾瀬駅は「綾瀬町駅」もしくは「武蔵綾瀬駅」として開業していた。

市原市内の駅が市原駅

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  1. 鍛冶屋線にあった市原駅は播磨市原駅になっていた。
  2. 叡山電鉄の市原駅はそのままか静市市原駅になっていた。

五井駅が市原駅

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  1. 名実ともに市原市の中心駅なので、誤解は少なくなる。
  2. フクアリ完成前は現実以上にジェフ色が強かった。

八幡宿駅が市原駅

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  1. 旧市原町の区域であったので、可能性として考えられる。

海士有木駅が市原駅

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  1. 市役所最寄り駅なので・・・。

舞浜駅が別の名前

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  1. 「東京ディズニーランド駅」になっていただろう。
    • ディズニー本社は黙っていられない。「駅名変更しろ」と…。
    • 拡大に伴って「東京ディズニーリゾート駅」に改称。
  2. 史実でも候補あったが「西浦安駅」。
  3. いずれにせよ「舞浜」という地名は定着しなかった。

京成千葉駅がJR千葉駅前駅

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  • 民営化前は「国鉄千葉駅前」でした。
  1. 今でも「バスや路面電車のような駅名」として取り上げられる。
    • 同様に「京成がJRがついてる」とも言われた。
  2. ある意味大阪の野田阪神駅や京都の三条京阪駅と比較されていた。
  3. もちろん千葉中央駅が京成千葉駅を名乗っている。

新津田沼駅がJR津田沼駅前駅

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  1. こちらも「バスや路面電車のような駅名」として取り上げられる。
    • 同様に「ライバルの社名がついている」として、大阪の野田阪神駅や京都の三条京阪駅などと比較されていた。
  2. 現実以上に乗換専用駅のイメージになっていた。
    • 旧原町田駅のようなイメージになるかも(ミーナもあるし)。
  3. 京成津田沼駅のほうは区別の必要性から「京成」を外せなくなる。

京成○○駅が「京成」の付かない駅名

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  • 「京成」を冠する駅は駅名標、案内ではすべて「京成」を省略していますが、もし正式な駅名でも「京成」を冠する駅がなかったら?
  1. 京成上野、京成関屋、京成立石、京成高砂、京成金町、京成船橋、京成幕張本郷、京成幕張、京成千葉、京成臼井、京成成田はそのまま京成を取った駅名になる。
    • 関屋は東武に合わせて「牛田」になっていたかもしれない。
    • 京成立石・京成高砂は他地方に存在する立石・高砂駅との区別のために「下総立石」「下総高砂」、京成臼井もかつて福岡に存在した臼井駅との区別のために「下総臼井」になっていたかもしれない。
      • 立石・高砂は明治の時点ですでに武蔵国なので旧国名を付けるなら「武蔵立石」、「武蔵高砂」。
    • 京成上野は上野公園の可能性もある。
  2. 京成小岩は「北小岩」になっていた。
  3. 京成八幡・京成中山はJRと同じ「本八幡」「下総中山」になる。
  4. 京成西船はJRと同じ「西船橋」か、地名をとって「印内」になっていた。
  5. 京成曳舟、京成稲毛、京成酒々井もそのまま京成を取った駅名か、「新曳舟」「新稲毛」「新酒々井」になっていた。
    • 東武駅とそれほど離れていないので「曳舟」でいいのでは?
  6. 京成大久保、京成大和田は「下総大久保」「下総大和田」になる。
  7. 京成津田沼は「新津田沼」または「南津田沼」になり、新京成線の新津田沼駅が津田沼駅になっていた。
  8. 京成佐倉は「新佐倉」または「佐倉中央」になっていた。
    • 「佐倉高校前」「国立歴史民俗博物館前」も候補に追加。
    • 佐倉高校が中高一貫化し、県立佐倉中となった暁には「佐倉中央」もいいかも。現実の県立千葉中の最寄駅も「千葉中央」だし。

市川大野駅・船橋法典駅が北市川駅・北船橋駅

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  1. 武蔵野線の駅名は史実以上に方角ばかりになっていた。
  2. 船橋も浦和のように東西南北が揃う駅になっていた。

新松戸駅が北馬橋駅or南小金駅

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  • 北馬橋にするか南小金にするかで揉め、新松戸になった経緯があります。
  1. 在来線の新○○駅は史実より少なかったかもしれない。
  2. 南小金だった場合、なんで北小金だけなのと疑問に思うことはなかった。
  3. それでも流鉄は幸谷駅。

新松戸駅が幸谷駅

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  1. 流鉄と駅名が統一され分かりやすかった。

佐貫町駅がマザー牧場駅

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  1. マザー牧場の最寄り駅であることが史実より周知されていた。
  2. 佐貫駅の龍ヶ崎市駅への改称の理由にこの駅が使われることはなかった。
    • それでも佐貫駅の龍ヶ崎市駅への改称は史実通り。

別の駅が東京駅

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  • 現在の東京駅は上野駅と新橋駅を繋ぐ路線の途中駅として出来ることになった中央停車場を「東京駅」と命名しただけであって、当時既に東京府・東京市内にはたくさんの駅がありました。もしそれらの中のどこかが先に「東京駅」を名乗っていたら…
  1. 現在の東京駅は当然違う駅名になっていた。
    • 地名からしたら「丸の内駅」か。
      • あるいは大手町駅。
      • あるいは武蔵東京駅。
      • あるいは東京中央駅。
        • この場合各地の市の中心駅が追随して中央を付けていた。
  2. もし現在の新宿駅など山手線西側の駅だった場合、新幹線はどうなっていただろうか。
    • 新幹線は西側の方に走っていたと思われ。
    • 当時山手線の西側は東京市ですらなかったけどな。新宿→豊多摩郡淀橋町、渋谷→豊多摩郡渋谷町
  3. 大手町駅に接続する地下鉄線が「大手町線」と東西線くらいしかない。

新橋駅が東京駅

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東京
とうきょう
有楽町   浜松町
Yurakuchō Tōkyō Hamamatsuchō
  1. 鉄道唱歌第1集の1番が変わっていた。
  2. 新橋駅は未だにターミナル駅。
  3. おそらく駅名変更(この場合は「東京駅→汐留駅」「烏森駅→東京駅」)は史実通り行われる。
    • 旧東京駅舎の復元も史実通りだが、もっと早く行われていたかもしれない。
  4. 現実の中野新橋駅が新橋駅を名乗っていた。

上野駅が東京駅

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東京
とうきょう
御徒町   鶯谷
Okachimachi Tōkyō Uguisudani
京成東京 にっぽり
 
  Keisei-Tōkyō Nippori
  1. 鉄道唱歌第4集の1番が変わっていた。
    • 津軽海峡冬景色の出だしも変わっていた。
  2. 東北新幹線の終点になっていた。
    • 東海道新幹線の終点になっていたかは分からない。
      • 史実の東京~上野間を東海道新幹線が走っていた。無論地下ではなく高架駅になっていた。
  3. 上野駅が落ちぶれることも無かった。
    • 隣接する「京成東京駅」も。
    • 一方東京駅は只今利用客減に悩まされている。
  4. 東北本線東海道本線が接続する。
    • そして史実よりも早く東北縦貫線開通。
      • 当然ながら「上野東京ライン」という路線名にはならなかった。
        • 東京丸ノ内ライン?
  5. つくばエクスプレスは秋葉原ではなくここに来ていた。
    • なので銀座線は渋谷永田町間同様実質複々線状態になっていた。
  6. 中央快速線は水道橋で北東方向に進路を変え上野に向かっていた。
  7. 都心が皇居の北側に移り、台東区や文京区はオフィス街になっていた。
    • 東京タワーも後楽園辺りにできていたかも。一方で港区は現実の文京区の様な住宅街に。

新宿駅が東京駅

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  1. ヨドバシカメラのCMソングが変わっていた。
  2. 現在の東京駅が東側のターミナル、この駅が西側のターミナルという位置づけになっていたかも。
    • 現実の東京駅は「丸ノ内」駅となっていた。
  3. 都営新宿線と西武新宿線はそれぞれこの名称ではなかっただろう。
  4. 歌舞伎町は無かったか八重洲付近にそれに相当する歓楽街が誕生していた。
  5. 総武本線の正式な起点は代々木駅。
  6. 中央線の起点駅となっていた。御茶ノ水、四ツ谷は総武線のみの駅となっていた。
  7. 新幹線はこちらに乗り入れていたかも。

万世橋駅が東京駅

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  1. 廃止される事は無かった
    • 銀座線も仮駅ではなく正式に開業していた。
  2. 秋葉原駅は無かったか史実の万世橋駅とほとんど同じ末路を辿っていた。
    • 総武本線は全列車ここ経由。快速も例外ではない。
      • 山手線と京浜東北線も。

品川駅が東京駅

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  1. 現実以上に京浜急行電鉄に埼玉方面の客も乗ってくる。
  2. 東海道新幹線はここ終点になる。
    • AMBITIOUS JAPANはJR東日本が東北新幹線(現在の)品川延伸時に使用。
  3. りんかい線は京葉線の一部になっていた。
    • しかしルートは史実とは違い、天王洲アイルからまっすぐ品川駅へ行き、そこから目黒駅で埼京線と合流するものだった。
  4. 6月12日が「鉄道の日」になる。
  5. 代わりに品川区内の駅のどれかが「品川駅」を名乗る。
    • 青物横丁が品川駅になっていた可能性が高い。
    • 大井町だろう(区役所の最寄り駅だし)。
    • 北品川駅は本当にかつて品川駅だったからここが持ってくかも。
  6. リニア中央新幹線は当然この「東京駅」に乗り入れると思われるが、もしかすると「東京駅一極集中の回避」を理由に新宿駅あたりに変えられる可能性もある。
  7. 田町客車区は現実より早く廃止になっていた。
  8. 東京モノレールは東京駅起点になっていた。
  9. 東急田園都市線のルートが東京(品川)ー五反田ー旗の台ー二子玉川ー中央林間になる。
  10. 東京メトロの駅もあったか。
    • 日比谷線、副都心線、南北線辺りがのりいれていた。
  11. 山手貨物線も東京(品川)まで乗り入れる。

渋谷駅が東京駅

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  1. セルリアンタワーみたいなビルが大量に道玄坂近辺に立っていた。
  2. センター街があったか怪しい。
    • 無かったら代わりに八重洲付近が…

池袋駅が東京駅

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  1. 東上鉄道は独立した会社のままだった。
  2. 風紀を乱すとして乙女ロードは一掃されてたかも…
    • そもそも形成されなかっただろう。

秋葉原駅が東京駅

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  1. つくばエクスプレスは当初からここが終点だった。
  2. 神田青果市場は大田区に移転しなかった。
  3. 万世橋駅・岩本町駅は「東京駅」に吸収されていた。
  4. 東海道線・東北線・総武線・中央線はここが起点。
    • 中央線と総武線快速電車が乗り入れていたかも。
  5. 東北新幹線は上野駅に停車しない。

東京駅が丸の内駅or千代田駅

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  1. 他の地域の駅も都市の名前ではなく駅の所在地の地名をとるようになっていた。
    • 大阪駅は梅田駅を名乗っていた。
    • 横浜駅は神奈川駅を名乗っていた。
      • 東神奈川駅は文字通り、神奈川駅の東隣となっていた。
      • 初代横浜駅は最初から桜木町駅を名乗っていた。
    • もし名古屋駅が違う駅名(「中村駅」など)を名乗っていた場合、「名駅」なる地名は生まれなかった。
    • 新潟駅は沼垂駅を名乗っていた。
      • 町外れにある駅(金沢駅、熊本駅など)は都市の名前を名乗ることが一切認められなかった。
    • 大宮駅、小倉駅、博多駅は史実通り。
      • 札幌駅も適当な地名がないので、たぶん史実通り。
  2. 新○○や方位+○○という駅名は現実よりも少なかった。
  3. 東京駅は別の所に出来ていた可能性がある。新幹線駅は史実通り出来ていたかもしれないが、新東京駅として開業していた。
    • この駅に新幹線が乗り入れていなかった場合、東海道新幹線の起点は品川、東北・上越・北陸新幹線の起点は上野になっていた。

東京駅が東京中央駅

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  • 上とは逆に、中央停車場の仮称がそのまま駅名にも反映されたと考えます。
  1. 当時の政府がドイツの鉄道を参考にしていれば案外有り得たかもしれない。
  2. 他の大都市の駅も「○○中央」の駅名を踏襲するところが幾つか出来ていた。
    • 特に私鉄のターミナルが分散している大阪はこうなっていた可能性が高い。
      • 博多と福岡の争いは、「市名を博多にする代わりに駅名を福岡中央にする」と言う史実とは真逆の展開を辿っていたかもしれない。
    • 西鹿児島が鹿児島中央に改名するのが早まっていた。
      • 小郡(現:新山口)を「山口中央」に改称する動きも起こるが、元来の山口市側が難色を示す。
        • それまで「山口中央」を名乗っていた山口県庁の最寄駅(史実の山口駅)が「山口」に改称することで決着していた。
    • 下手をすると「浦和と大宮が中央駅を巡って争う→合併を機に史実のさいたま新都心駅を「さいたま中央」にする」と言う冗談のような案が浮上していた可能性も…。
    • 大阪では当初史実の大阪駅が「大阪中央駅」を名乗るが、新幹線開業後は「大阪梅田駅」に改称し史実の新大阪駅が「大阪中央駅」として開業していた。
      • 「大阪中央駅はショボい」といわれ、名前負けしていた。
      • 東京駅は1914年開業なので、大阪駅が最初(1874年)から「中央」を付ける可能性は低い。
      • 神戸では三宮が「神戸中央」に改称されるか。
    • 基本的に「○○中央駅」を名乗れるのはJRだけ。
      • 横須賀駅と横須賀中央駅の名前が史実と逆転していた。
      • 千葉駅と千葉中央駅の名前も史実と逆転していた。
        • 千葉中央駅の名前が、この駅を最寄駅とする県立千葉中・高との語呂合わせでネタにされることもなかった。
    • かつて日本統治下だった韓国と台湾もこの命名法が主流に。
      • KTXを含む長距離特急が発着する龍山駅が「ソウル中央駅」を名乗り、史実のソウル駅は「南大門駅」を名乗っていた。
      • 日本とは異なり、在来線の凋落が著しい韓国の地方都市ではKTXの駅(西大田駅や東大邱駅など)が中央駅を名乗り、それまで中央駅を名乗っていた在来線の駅は違う駅名に改称していた。
      • 世宗市にないKTX五松駅を「世宗中央駅」に改称するべきか否かで揉めに揉めて結局、在来線のほうの鳥致院駅(こちらは本当に世宗市にある)を「世宗中央駅」に改称していた。
    • 現実の和歌山駅は「和歌山中央駅」として開業するか、遅くとも阪和線国有化までに「東和歌山」から改称していた。
      • 紀和駅は和歌山駅のままだった。
      • むしろ南海の和歌山市駅が「和歌山駅」を名乗っていた。
        • 和歌山市に限らず全国的に「○○市駅」という命名法は史実のようには一般化していなかった。
    • 尻内駅が「八戸中央駅」に改称され、史実の本八戸駅は八戸駅を名乗り続けた可能性もある。
  3. リニア中央新幹線開業時にリニアが中央駅に行かない事を周知させる策が必要になっていた。
    • 品川駅が「新東京中央」になる事はおそらく無い。
  4. 外国人向けの案内で他の主要駅に「Tokyo-(方角)」と言う副名称が付けられていたかもしれない。
    • 単純に列車の行先で考えると、両国が東、飯田町→新宿が西、品川が南、上野が北になるが、今でも使われているかどうかは微妙な所(特に両国)。

西日暮里駅が新日暮里駅

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  • 西日暮里の仮称は実際には『新日暮里』であり、当時の国鉄の資料にもそれが載っていた。
  1. ニコニコ動画などにおける「レスリングシリーズ」の二次設定が大きく変わっていた。
    • 架空の都市としての「新日暮里」の創作は行われなかった。
    • その代わり「兄貴ファンが新日暮里駅周辺をさまよってみた」などという実際の駅やその近辺を題材にした動画が上がっていた。
      • しかし、ネタがネタだけに地元は困惑。
    • 「新日暮里駅の発車メロディをアレンジしてみた」といってケツドラムなどを刻む動画が出てくるのは確実。
    • 当駅から下北沢駅までの切符は「レ淫棒切符」と呼ばれている。
    • むしろ実際の地名を空耳にしてもインパクトに欠けるため、別の空耳だった。
  2. 一部から「開成学園前」や「道灌山通」に駅名を変更すべきという意見が出ている。
    • なんで?
  3. 千代田線の駅ももちろん「新日暮里駅」になっていた。
  4. ジョン・レノソが西日暮里の東口を意味がないと歌うことはなかった。
  5. 毎年8月10日は、下北沢の他に新日暮里が聖地になっており、『あの建物』を巡礼したあとに千代田線直通に乗るファンもいた。
    • 千代田線ホームでYAJU&Uを歌う動画がニコ動などにあげられていた。
    • ビリー兄貴の誕生日である毎年7月14日も賑わい、赤さんを掲げるファンが出てくる。

西日暮里駅が道灌山駅

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  1. 山手線に方角で識別された駅は存在しなかった。
  2. 太田道灌がらみで町興しが行われていた。
  3. 「道山駅」という表記もたまになされるが、あくまでも正式名称は「道山駅」だっただろう。

品川駅が高輪駅

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  1. 「品川駅なのに港区」と言われることはなかった。
  2. 「品川駅の南にあるのに北品川」という有名なネタはなかった。
  3. 田町・品川間の新駅の駅名は「高輪ゲートウェイ」にならなかった。
  4. 品川区にある北品川駅は現在までずっと品川駅を名乗り続けている。
  5. 高輪口は西口になる?

高輪ゲートウェイ駅が新高輪駅

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  1. 高輪ゲートウェイ駅撤回の署名運動は起きなかった。
    • しかし今度は都営の高輪台駅(泉岳寺駅の隣)と紛らわしいため、区別するかたちで『新高輪』駅になっていた。
  2. 鉄道唱歌東海道編の2番の歌詞が現実になる。

23区・私鉄

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北品川駅が南品川駅

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  1. 「品川駅の南にあるのに北品川」という有名なネタはなかった。
    • 逆に「品川区の北にあるのに南品川」と言われる。
  2. この駅の知名度が下がっていた。
  3. 逆に地元からは猛反発されていた。

梅屋敷駅が京急蒲田駅

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  1. 現実の京急蒲田駅は蒲田夫婦橋駅を名乗っていた。
  2. ドアカットなんて行われていない。
    • 逆に蒲田夫婦橋駅で行われた可能性もある。
  3. 空港線も梅屋敷駅からの分岐になっている。
    • 糀谷駅は現在より北側に作られていた。

都立大学駅がトキワ松学園前

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  1. 大学がないのに都立大学駅と揶揄されることはなくなったが、こんなマイナーな学校を駅名にしていいのかと言われる。

都立大学駅が都立大学附属高校前駅

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  1. 附属高校は残ったので駅名を附属高校の方に改称したが、こちらも現在は桜修館中等教育学校に変わっている。
    • 今度は「桜修館中等教育学校前駅」に改称されるのだろうか。
      • それならば単に「桜修館前駅」でいいのではないか。
  2. 東急で最も長い駅名になるが、今より注目度は低くなっていそう。
    • 長い駅名を嫌う東急の文化からして「桜修館前駅」になりそう。

池尻大橋駅が青葉台駅

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  1. 現実の青葉台駅は「恩田」駅に、こどもの国線の恩田駅は「あかね台」駅になっていた。
  2. 首都圏で青葉台といえば満場一致で目黒区のことだった。
    • 横浜市青葉区の青葉台の知名度は低かった。
  3. 時間軸的にはかなり厳しい。目黒区の青葉台は横浜市の町名青葉台や青葉台駅よりできたのが後で、事前に使われてたわけでもない後から作り出した地名。池尻大橋駅名の選択肢として青葉台駅が上がることはありえなかった

駒場東大前駅が東大前駅

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  • ちなみに1965年に駒場駅と東大前駅を統合したのが現在の駒場東大前駅である。
  1. 南北線の東大前駅は「本郷東大前」駅になっていたか?
    • 地名の向丘では今度は向ヶ丘遊園と紛らわしくなるので考えにくい。

石神井公園駅が石神井駅

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  • 開業当時、元々の駅名は石神井駅でしたが石神井公園に近いため1933年3月に現在の駅名に改名しました。

もし元の石神井駅に戻したら‥。

  1. 練馬区が毎年開催して居る照姫まつりの会場で在る石神井公園の最寄り駅という認識が薄く成るはず‥。
    • 駅名を改称しようとすると国際興業バス西武バス関東バスが困るし周辺の駅前スーパーや銀行とファーストフード店も改称費用が、かさむので反対すると思われる。

大泉学園駅が東大泉駅

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  • 開業当時、元々の駅名は東大泉駅でしたがコクド(当時の社名は箱根土地会社)の計画で駅周辺の土地に東京商科大学(現在の一橋大学)を誘致するため、1933年3月に次の石神井公園駅と同時に駅名を改称しました。もし元の東大泉駅に戻したら‥。
  1. 元の駅名にに戻すと西武バス関東バスが困るし、現在の駅名が好きで移り住んだ人が多いため利用者から多数クレームが来そうな気がする。
  2. おそらく改称するに至ったのは都営大江戸線が延伸して学園町の近くに駅ができた後。

東武練馬駅が徳丸駅

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  1. 徳丸ヶ原の知名度が高かった。
  2. 「駅名は練馬なのに所在地は板橋区」と言われることはなかった。

東武練馬駅が下練馬駅

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  1. 練馬区にあるという誤解は減らないが、宿名由来のため学者筋からの印象は良かった。

東武練馬駅が大東文化大学前駅

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  1. 1961年の板橋キャンパス開設時に改称。
    • 「駅名と所在区のミスマッチ解消」「大学最寄り駅の明示」の一石二鳥狙い。
  2. 1967年の東松山キャンパス開設後「板橋大東大前」に再改称したかも。
    • あるいは副駅名として「板橋」を含む名称が付いた。
    • 高坂駅は高坂大東大前駅になっていた。
  3. 乗降人員で成増駅を上回るのが現実よりも早かった。

東武練馬駅が北練馬駅

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  1. 練馬区にあるという誤解は減らないが、練馬区北町住民は納得。

東京テレポート駅が青海駅

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  1. 無理矢理ゆりかもめとの乗り換え駅と案内されそう。

東京テレポート駅がお台場海浜公園駅

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  1. 青海駅同様、無理矢理ゆりかもめとの乗り換え駅と案内されそう。

23区・地下鉄

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新宿西口駅が別の名前

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  1. 西口がつかない新宿駅は新宿東口にあると勘違いされることはなかった。
  2. ヨドバシカメラのCMソング「新宿西口駅の前」は大江戸線の新宿西口駅の駅前だと勘違いされることもなかった。

新宿西口駅が北新宿駅

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  • 仮称はこれだった。
  1. 新宿駅との位置関係と駅名が正しくなる。
  2. ただし新宿駅と北新宿駅は別々の駅だと思う人が出ていた。

新宿西口駅が新宿北口駅

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  1. 新宿駅との位置関係と駅名が正しくなるが、新宿駅に北口は存在しないため「存在しない出口の駅名」と言われる。

新宿西口駅が新宿北駅

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  1. 仮称とほぼ同じだが、方角を後ろにつけたのは新宿駅と同一駅であることを示すため。
    • 多摩都市モノレールの立川北・立川南駅と同じ。

新宿西口駅が新宿大ガード駅

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  1. 新宿西口駅みたいに紛らわしくないが長い駅名になる。

新宿駅(都営大江戸線)が新宿南口駅

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  • 上とは逆に新宿駅の方を変えたら?
  1. 大江戸線新宿駅は新宿東口にあると勘違いされることはなかった。
  2. ただCMソングの影響でヨドバシカメラは新宿西口駅の前にあると勘違いする人は出てくる。
    • 実際は新宿駅(ここでは新宿南口駅)のほうが近い。

北綾瀬駅が谷中駅

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  1. 谷根千への観光客が間違えてこちらに来ていた。
    • 誤乗防止のため、駅名を「足立谷中」に改称する提案がされていた。
    • もしくは谷中観光を目的に日暮里駅が「日暮里谷中駅」に改称する提案がされていた。

三越前駅が室町駅

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  1. 「室町」の知名度が史実より高かった。
    • 室町時代はここ由来だと勘違いする人が一人くらいは…いたのか?
    • 日本橋本町や小伝馬町を「室町」と呼んでも違和感がなかった。
  2. 「三越前」は副駅名で採用された。
    • 日本で初めて副駅名を持つ駅となっていた。
    • それとともに副駅名のネーミングライツも日本初となっていた。
    • 但し、駅の正式名称のネーミングライツが登場するのは、ずっと後の時代を待たなければならなかった。

三越前駅が新日本橋駅

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  1. JR新日本橋駅との乗り換えが現実より周知されていた。
  2. 「三越前」は副駅名で採用された。

小川町駅が小川須田駅

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  1. 小川町駅の駅名被りが無かった。
  2. 神田須田町の知名度が史実より高かった。

岩本町駅が南秋葉原駅

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  1. 都営新宿線でも秋葉原に行けることが現実よりも広まった。
  2. 「ミナミアキバ」という名前で「アキバ」とは別の形の店構えが広がっていたか。

九段下駅が靖国神社前駅

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  1. 特定アジアやプロ市民が猛反発する。
  2. 終戦記念日などは厳重な警備体制が敷かれる。

多摩地区

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武蔵小金井駅が小金井駅

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  1. 東北本線の小金井駅は「下野小金井」駅になっていた。
  2. 東京の小金井市に行く人が間違えて湘南新宿ラインの小金井行きに乗ってしまうことはなかった。
  3. 先にできた駅の方を改名させたとして、東京ジャイアニズムの1つになっていた。
    • とはいえ一般的に「小金井」といえば東京の方を指すのは事実。
      • この発想がまさに東京ジャイアニズムといえる。
  4. 「なんで小金井駅より早く開業したのに小金井駅なの?」というネタが生まれる。
    • 小金井駅・新小金井駅・下野小金井駅が山口駅・新山口駅・肥前山口駅みたいな関係になっていた。
  5. 「ムサコ」と呼ばれる街が一つ減っていた。

武蔵小金井駅が西小金井駅

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  1. 小金井駅がすでにあることに配慮し、小金井駅より西にあることから命名。
    • 東小金井駅開業までなぜ西という声が絶えなかった。
  2. 東と西の間に小金井駅が存在せず、遠く離れたところにあることが話題になっていた。
  3. 後に開業する東小金井と対になり、街の規模が現実より拮抗していた。

国立駅が別の名前

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  1. 「国立市」はなかった。
    • 村の名前同様「谷保市」になっていた。
  2. 「こくりつ」と誤読されることもなかった。
  3. 西国立駅は「本立川駅」か「武蔵羽衣駅」になっていた。

国立駅が谷保駅

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  1. 南武線の谷保駅は「南谷保駅」か「新谷保駅」になっていた。
  2. 駅名のイメージで人口が少なかった。

国立駅が西国分寺駅

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  1. 現実の西国分寺駅は「新国分寺駅」になっていた。
    • 地名をそのままとって「西恋ヶ窪駅」かも。
    • 「武蔵国分寺駅」もありうるか。

国立駅が東立川駅

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  1. 他の駅の駅名は変わらない。
  2. 青梅線に「西立川」、多摩都市モノレールに「立川北」と「立川南」があるので、浦和同様東西南北が揃っていた。
    • ただし浦和と違って北と南は後ろにつく。
  3. 南武線の立川と西国立の間にあった駅名は何だったか?(史実ではここが東立川駅と名乗った。)
  4. 立川~国立間の新駅構想の駅名はどうだったのだろう?(ここも仮称が東立川。)

新横浜駅が篠原駅

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  • 新幹線駅ではなく横浜線単独の新駅として開業したものと仮定。
  1. 至って平凡な地味な駅になっていた
    • 横浜線の快速は通過
    • ただし下記のように横浜国際総合競技場や横浜アリーナがこの位置に開業していれば最寄り駅として知名度があがる。
  2. 新横浜公園は小机公園になっていた
  3. 上記の経緯から横浜市営地下鉄ブルーラインは別の駅を経由してるため新横浜北駅→北新横浜駅は最初から存在しない

新横浜駅が横浜アリーナ前駅

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  1. 横浜アリーナ開館と同じ年(1989年)かその数年後に開業した駅
  2. 横浜国際総合競技場・日産スタジアムも同じ場所にできていれば、日産スタジアム来場者も利用。
  3. 通常は快速通過だが、イベント開催時のみ快速が臨時停車する。

新横浜駅が横浜競技場前駅

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  1. こちらは横浜アリーナと横浜国際総合競技場の場所が逆だったらという仮定も必要か
    • 東海道新幹線の新横浜駅が小机にできていたらそうなった可能性は高い。
    • 史実の場所に建設された場合も、小机駅の混雑緩和のために新設という経緯もあり。
  2. 横浜国際総合競技場の開場にともなって1998年3月に開業
  3. 「横浜国際総合競技場前駅」では長いため、国際と総合は省略する。
    • 横浜スタジアムと間違われることが少なくなっていた。
  4. こちらも通常は快速通過だが、サッカーの試合開催日のみ快速が臨時停車する。
  5. 2005年に通称が日産スタジアムになっても駅名はそのまま
  6. 2010年ごろに発車メロディが「We are F・Marinos」になっていた

新横浜駅が横浜駅

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  • 東海道新幹線が史実通り開業するが新横浜駅にならないと仮定。
  1. 新幹線開業に合わせてそれまでの横浜駅は「神奈川駅」になる。
    • それまでの神奈川駅は青木橋駅か?
  2. 横浜市役所が移転し、横浜の新たな都心として史実より発展している。

元町・中華街駅が元町駅

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  • 仮称ではこの駅名
  1. 兵庫、北海道、長野にある駅と同名になるため紛らわしくなっていた。
    • まあ地方が離れているためそれほど問題にはならないが。
  2. 2013年に東横線と副都心線の直通運転が始まるまでは、東横線は始発も終着も(ついでに路線の終点、日比谷線直通の終点も)漢字2文字の単純な駅名ばかりになっていた。
  3. 開業時点で日中関係が極端に悪化していたらありえたかも。

元町・中華街駅が横浜元町駅

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  1. 横浜をつけた理由は上記の通り「元町駅」では他地方の同名の駅と紛らわしくなるため。
  2. 鉄道会社名を冠した駅名に入るかどうかが話題になった。
  3. 副都心線・東武東上線・西武池袋線内で「元町・中華街ってどこ?」と迷うことはなかった。
    • 東横線内の駅では菊名がこのポジションになってる。
    • まあ史実でも小手指、飯能、森林公園や半蔵門線系統の中央林間、南栗橋ほどマイナーな駅ではないが。

元町・中華街駅が○○元町駅

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  1. 上記の通り他地方の元町駅との区別のため頭に何かをつけるが、「横浜」以外にどんな候補があるだろうか?
  2. 「武蔵元町」だと地理的に間違ってないが川崎市以外の神奈川県内に「武蔵」がつく駅はないため違和感がある。

元町・中華街駅が元町○○駅

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  1. 上とは逆にお尻に何かをつけるが現実の「中華街」以外にどんな候補があるだろうか?

元町・中華街駅が横浜中華街駅

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  1. おそらく「・」はつかない。
  2. 元町商店街から反対運動が起きていた。
  3. 「横浜元町駅」同様直通先の副都心線・東武東上線・西武池袋線沿線の利用者にはわかりやすい。

元町・中華街駅が山下公園駅or山下公園前駅

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にほんおおどおり
日本大通り
やましたこうえん
山下公園
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Nihon-ōdōri Yamashita-kouen
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  1. 副名称が「元町・中華街」または「横浜中華街」になっていた。
  2. 山下公園の知名度がさらに上がっていた。
  3. 2013年3月16日から(パターンダイヤでは2016年3月26日から)山下公園発森林公園行きの直通電車が運転される。
    • 山下公園発石神井公園行きもある。
    • 大変な途中下車シリーズでネタにされ、副都心線を「公園線」と呼ぶ人が出てくる。
    • 日比谷線直通を復活させ山下公園発東武動物公園行きの直通電車が提案される。

本厚木駅が厚木駅

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  1. 厚木駅は東厚木駅を名乗っていた。
    • 相鉄厚木駅が小田急東厚木駅に接続するというややこしい事態になる。
      • 昔のとおり「河原口」でよかろう。
    • 偽厚木呼ばわりされる事は無かった。
    • むしろ「西海老名」じゃないの?厚木駅は海老名市にあるんだから。

横浜駅が神奈川駅

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神奈川
かながわ
川崎   戸塚
Kawasaki Kanagawa Totsuka
  1. 現実の神奈川駅は青木駅を名乗っている。
  2. 高島町駅が横浜駅を名乗っている。
    • 史実通り桜木町が横浜として開業後、そのまま横浜を名乗り続けていた。
      • これを考えると初代神奈川駅が今の横浜駅の位置に移動→今も神奈川駅を名乗っていると言う経緯が適切だろうね。
        • 横浜駅を中心市街地の最寄駅とし、それとは別に神奈川駅をターミナル駅化する格好。
          • 本当は県名じゃないけど県名っぽいから違和感を持たれない。
          • 神戸駅を旧市街の最寄駅とし、それとは別に三宮駅をターミナル駅化した神戸市と比較されていた。
  3. 横浜と言う地名はマイナーな物となっていた。
    • 三宮と神戸の関係に近くなっていた。
    • 「横浜市」が「神奈川市」になっていたかも。
    • 駅周りが発展するのは戦後だからそこまで影響はないと思う。
    • 日常会話で「横浜に行く」という表現はあまり使われていなかった。
  4. 新幹線の駅は「新神奈川」。
    • 三宮のほぼ真北の新神戸が新三宮になっていないのでそのままかも。
  5. 「東神奈川駅があるのにJRに神奈川駅がない」という事態にならなかった。
  6. 狭義の神奈川地域の認知度が上がっていた。

新川崎駅が新鹿島田駅

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  1. 湘南新宿ライン停車に合わせて武蔵小杉駅を「新川崎駅」に改称していた。
    • 武蔵小杉を「ムサコ」と呼ぶことはなかった。
  2. 鹿島田駅から近いことが現実より認識されていた。

花月園前駅が国道駅

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  1. 経緯は花月園競輪場廃止に伴う改称。
    • しかしこんな単純な駅名にしていいのかと物議を醸していた。
  2. 大師線に産業道路駅(なおこちらも2020年3月に改称)があるため比較されていた。

花月園前駅が京急国道駅

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  1. 上記の国道駅と同様。会社名をつけたが違和感が覚える人が出ていた。

花月園前駅が花月駅

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  1. 二子玉川園→二子玉川、多摩川園→多摩川同様、園を取っただけのシンプルな改称と言われた。

杉田駅が京急杉田駅

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  1. 隣の京急富岡駅同様、福島県の東北本線の駅と区別するため会社名を冠している。
  2. ただ富岡駅と違ってJRの杉田駅より先に開業しているためわざわざ改称する必要あったのかと言われる。

京急富岡駅が富岡駅

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  1. 隣の杉田駅同様、福島県内に同名のJR駅がある駅として知られていた。
  2. 常磐線の富岡駅より後から開業しているが距離が離れていて混同しそうにないため同名にした。

京急富岡駅が横浜高校前駅

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  1. 横浜高校は能見台駅のほうが近いため間違いだと指摘される。

能見台駅が横浜高校前駅

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よこはまこうこうまえ
横浜高校前
Yokohama-kōkō-mae
京急富岡 けいきゅう とみおか かなざわぶんこ 金沢文庫
  1. 2018年に実施した京急の駅名改称案募集が1998年ごろに行われていたらありえたかもしれない。
  2. 2008年からご当地接近メロディが上地雄輔の楽曲になる。
    • さすがに横浜高校の校歌にはならないだろうが。
  3. 2006年春の選抜高校野球大会の決勝は最寄り駅が「○○高校前駅」の高校同士のカードになっていた。
    • ただし松浦鉄道の上佐々駅が清峰高校前駅になったのは翌2007年ではあるが。
  4. 小田急相模原駅を東海大相模高校前駅に改称する提案が出る。

橋本駅が相模原駅

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  1. 現実の相模原駅は「東相模原駅」になっていた。
    • 南橋本駅は「南相模原駅」になっていた。
  2. 相模原市の知名度が史実よりあがっていた。
    • 都営新宿線内でもよく見かける行先になっていた。
  3. 橋本はマイナーな地名になっていた

橋本駅が新相模原駅

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  1. 南橋本駅は「南相模原駅」か?
    • 案外こっちが橋本駅かも
    • 西相模原駅も考えられる

橋本駅が相模橋本駅

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  1. 和歌山県の橋本駅のほうが先に開業していたらこの駅名になっていただろう。
  2. リニア中央新幹線開業により、現駅名を残しつつ全国的に場所がわかりやすい駅名にした改称するとしたらこれか。

厚木駅が海老名駅

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  1. 厚木駅は海老名市にあるため、海老名市の中心にするために相模線の駅が改称したという前提。
  2. 史実の海老名駅は相模国分寺駅として開業し小田急のみの駅に。

国府津駅が東小田原駅

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  1. 行先表示でどこに行くのか分からないと言われることはなかった。
  2. 小田原市と合併するまで小田原じゃないのにと言われていた。

国府津駅が国府津の杜駅

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  1. 千葉県にある「公津の杜駅」との間違いが相次ぐ。

関連項目

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