もし関ケ原で西軍が勝っていたら
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関ヶ原の戦いで西軍が勝っていたら[編集 | ソースを編集]
- 豊臣秀頼が第三次朝鮮出兵を実施。
- で惨敗し(ry
- 徳川幕府の代わりに毛利幕府ができる。
- 「江戸冬の陣」「江戸夏の陣」で徳川家が滅亡。
- 出典は清水義範の小説より。
- それだとこっちでの展開かと。
- 真田信之が徳川方に加担し、江戸に「真田丸」を築いて苦しめる。
- 真田信繁は90歳くらいまで生き延びた。
- そのため、信繁は通好みの武将として知られる。
- 幸隆→昌幸→信繁と、真田家はことごとく次男以下が継ぐようになっていた。
- さらに信繁の子も史実の信之の子のように父より先に亡くなっていたら…
- 真田信繁は90歳くらいまで生き延びた。
- 出典は清水義範の小説より。
- 江戸は21世紀に入っても10万人以下の一漁師町にすぎなかったかも。
- 江戸時代ではなく大坂時代に。
- 秀吉の大坂城が黒くそびえている。勿論、国宝。
- 国宝になるかどうかは落雷や火事で焼失の可能性があるし、その場合その後に再建するかによるけれど。
- 現在の大阪城も市民のカンパによって再建されました。よって再建されたでしょう、秀吉時代のデザインで。
- もちろん、エレベーター付き
- 現在の大阪城も市民のカンパによって再建されました。よって再建されたでしょう、秀吉時代のデザインで。
- もし豊臣時代の天守閣が残っていた場合、世界遺産にも指定されている。
- 国宝になるかどうかは落雷や火事で焼失の可能性があるし、その場合その後に再建するかによるけれど。
- 豊臣家は征夷大将軍にはなれないため豊臣幕府は開かれないか?
- 秀吉の大坂城が黒くそびえている。勿論、国宝。
- 島津、毛利、石田、小西らにより貿易が盛んな重商主義に。
- 後に豊臣財閥(子会社は羽柴や木下の名義)へと発展。
- 上杉氏、領地拡大。
- 北部九州は黒田如水が席巻、その後関ヶ原から戻った西軍と激突?
- 勝ったほうに恩を売ろうとしていたらしいので、激突はないでしょう。
- 息子の長政が東軍に付いている上に、九州の西軍大名の領地を攻撃するからしばらく西軍と関係は悪化するだろう。
- ディズニーが大阪湾に、その後、USJが江戸湾に作られる。
- 広島に幕府ができて、毛利家が代々将軍となる。
- 広島は西日本の中心都市として現実よりも発展していた。
- 山陽新幹線も1972年の時点で広島まで開業。
- 中国・四国地方をエリアとする「JR西日本」の本社が置かれていた。この場合近畿地方は北陸とともに「JR関西」となっている。
- 広島は西日本の中心都市として現実よりも発展していた。
- 上杉・豊臣・毛利が200万石前後で並び、三国時代の到来。
- 島津も100万石で独自の政権を持って、厳密には四国時代かも。
- 長宗我部氏の所領は安泰。よって2006年の大河ドラマは作られない。
- 結局5大老制から足利時代の三管四識みたいに?
- ドサクサにまぎれて伊達家も100万石は確保しているハズだ。
- 問題は伊達家と上杉家がどう並存するかだ。
- 上杉家は仙台へ、伊達家は越後へそれぞれ転封。
- 問題は伊達家と上杉家がどう並存するかだ。
- 黒田家は如水の働きが評されれば100万石前後。
- 豊臣は中央集権を図ろうとするが、家臣の反発で室町幕府のような状態に。
- 但し一門衆が圧倒的に少ない。
- 立花宗茂は大幅な加増を受けた。
- 筑後一国が宗茂のものに。
- 弟の直次は立花に改めなかった。
- 宗茂29万石、直次3万石あたりの加増を受けた。
- 肥後は小西行長のものに。
- 宇土県になっていた。
- 名古屋は存在しない(徳川御三家が存在しないので)。
- とりあえず石田三成の時代が始まる。
- 大名を集めて懐柔し、支配機構として強力な官僚団を組織する。
- 代々遊び暮らす王侯貴族とエリート官僚という、日本風絶対王政国家が出現。
- やたら几帳面な検地が特徴。大阪時代中期にはカムチャツカにまで達する。
- 算術は武士のたしなみ。
- 石田家は代々豊臣政権において江戸幕府の大老や老中にあたる地位に就く。
- 大名を集めて懐柔し、支配機構として強力な官僚団を組織する。
- 論功行賞をするとならば
- 毛利輝元:120万石(広島・山口・島根)→150万石(広島・山口・岡山)
- 吉川広家:20万石?(西軍についていたら出雲石見安堵、動かなければ毛利家臣に)
- 上杉景勝:120万石(福島)→150万石(新潟・福島会津地方・米沢を除く山形)
- うち直江兼続が庄内・新庄。
- 宇喜多秀家:57万石(備前・美作→100万石(筑前・筑後)
- 小早川秀秋:35万石(筑前)→30万石(姫路)
- 前田利長、前田利政:100万石(石川、富山)→100万石(利長・石川40万石、利政・宮城60万石)
- 徳川秀忠:250万石(江戸)→110万石(伊豆・駿河・遠江・三河・甲斐)
- 別案:70万石(武蔵・相模・伊豆)
- 宮部長房:5万石(因幡)→25万石(因幡・伯耆・隠岐と出雲の一部)
- 織田秀信:13万石(美濃)→40万石(尾張北部・美濃)
- その他織田一族も旗本として存続した。
- 石田三成:26万石(近江)→40万石(尾張南部・三河)
- 政権の中枢を担う石田三成が大阪城から遠い土地に移るのは考えづらい。元々の北近江に加えて東軍の大津城主京極高次8万石を接収するなどして近江一国+東軍筒井定次の伊賀12万石などでは。
- 福島正則:24万石(尾張)→改易
- 毛利輝元:120万石(広島・山口・島根)→150万石(広島・山口・岡山)
- 宮部長房が名将として語られる。
- なんか西軍に寝返らなさそうな気が。
- 江戸幕府が開かれないので、鎖国しない。
- キリスト教の扱いは相変わらず悪くなる。
- 関ケ原では負けるけど、負け方が違う(小早川秀秋謀反が無く、一部西軍武将の怠慢で押し負ける展開とか)の結果、近江大津城攻めをした部隊などと合流した主戦派が大坂城で決戦を策して勝利する。
- 現滋賀県彦根市は滋賀県佐和山市に、福井市・福岡市は元の名前のまま(北ノ庄市・博多市)か若しくは違う名前になっていた。
- 現在の東京・神奈川の繁栄はない。
- 関東平野の広さゆえにアメリカ並みのクルマ社会となっていた。大手私鉄もほとんど存在しない。
- 関東と関西の立場が現実と逆転していた。
- 交通網は大阪や京都に一極集中し、東北新幹線は日本海側を経由していた。山陰・四国・九州新幹線も国鉄時代に建設済み。
- その反面東北地方の鉄道は現実の山陰や四国のように遅れていた。
- 交通網は大阪や京都に一極集中し、東北新幹線は日本海側を経由していた。山陰・四国・九州新幹線も国鉄時代に建設済み。
- 関東地方の人口が史実より少ないため、羽田空港より広い巨大空港が設置されていた。
- 小早川秀秋が秀頼元服まで中継ぎの関白になる。
- 秀頼が成人して関白に就けば、秀秋は「太閤」となる。