もし2025年の万博の開催地が別の場所だったら
(もし2025年の万博を別の場所が立候補していたらから転送)
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日本[編集 | ソースを編集]
北海道[編集 | ソースを編集]
札幌[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれた場合
- 名称は「北海道万博」。
- 北海道新幹線は万博を前に札幌まで延伸されていた。
- 3月開幕だった場合、雪や寒さ対策が課題だった。
- 札幌市は2030年の冬季五輪に立候補しなかった。
- フードコートには札幌ラーメンの店ももちろん出店する。
- スープカレーの店も。
- アンバサダーには大泉洋が就任。
- 藤本美貴や安住紳一郎もありうる。
- さっぽろ雪まつりでも万博がPRされていた。
- 開催場所は北広島あたりになっていた。
- 千歳線の上野幌~北広島間(北広島駅寄り)に臨時駅が作られる。
- 終了後に常設駅となり、エスコンフィールド北海道の最寄駅として機能していた。
- 千歳線の上野幌~北広島間(北広島駅寄り)に臨時駅が作られる。
- GLAYがテーマソングを担当していた。
- 万博期間中の輸送力増強及び混雑緩和のため、721系は万博までにロングシートの733系に置き換えられていた。
- 2025年のパ・リーグは日本ハムが優勝していたかも。
- 万博開催が後押ししていた。
稚内[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名前は『稚内・宗谷万博』。
- 稚内だけではなく、宗谷地方全域を巻き込む。
- 利尻、宗谷岬が世界的観光地に。
- ハートランドフェリーが豪華客船を造船。
- 宗谷本線は大幅に高規格化。
- それどころか天北線、羽幌線が復活。
- 礼文空港が再開。
- 利尻島の「利尻らーめん味楽」が会場内のレストランに出店していた。
旭川[編集 | ソースを編集]
旭川だけでなく、富良野や美瑛など、事実上近隣都市との共催とする。
- 開催地に選ばれていた場合
- 名前は「旭川・道北万博」。
- 旭川空港は国際線の路線が増加。
- 旭川市内に第一会場を設け、お隣の富良野や美瑛に第二会場を設置。
- 北海道、道北の雄大な自然をアピール。
- フードコートには旭川にふさわしく、醤油ラーメンが出店。
- もちろん、地元の有名ラーメン店が会場に出張。
函館[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は、『函館・道南万博』。
- 地元出身のGLAYがテーマソング兼アンバサダーを担当していた。
- 会場までの輸送には、市電(路面電車)を活用。
- 北海道新幹線の函館駅乗り入れが実現した……かも。
- フードコートには、ラッキーピエロやハセガワストアが出店。
- さらには、函館名物の塩ラーメンも提供されていた。
東北地方[編集 | ソースを編集]
仙台[編集 | ソースを編集]
- 東日本大震災からの復興をアピールするため、仙台市と東北6県が共同で誘致を行っていた。
- 開催地に選ばれていた場合
- 上記の仙台市と東北6県が共同で誘致を行っていた場合、「仙台・東北万博」になっていた。
- アンバサダーはサンドウィッチマンが務めていたかも。
- 鈴木京香もありうる。
- 日本館の名誉館長を務めていた。
- 羽生結弦も。
- 鈴木京香もありうる。
- 開幕直前の2025年3月に発生した東北新幹線連結器分離事故が不安を増大させていた。
- 会期中は常磐線特急仙台行きが大増発されるほか、史実で頻発している東北新幹線や山形新幹線のトラブル時には東北本線にも臨時特急が走る。
- 札幌から新幹線でアクセスできるように北海道新幹線札幌延伸予定が2025年に間に合うように繰り上げられる。しかし、円安やコロナでやっぱり間に合わなくなる。
- 会期中は常磐線特急仙台行きが大増発されるほか、史実で頻発している東北新幹線や山形新幹線のトラブル時には東北本線にも臨時特急が走る。
- 仙石線のE131系は万博に合わせて登場していた。
- 仙台市営地下鉄3000系の登場も早まり、万博までに旧型の1000系を全て置き換えていた。
- 東日本大震災からの復興をアピールするため、防災関連の展示に力を入れていた。
- 会場は海岸寄りの荒浜地区か?
- その場合仙台市営地下鉄東西線が万博会場まで延伸されてメインアクセスとなっていた。
- 仙台空港線も複線化延伸して飛行機からすぐ会場にむかえるようになっていた。
- あるいは海岸沿いは津波の心配があるとして内陸部になっていた。
- その場合長町地区が候補か?
- その場合仙台市営地下鉄東西線が万博会場まで延伸されてメインアクセスとなっていた。
- 史上初めて東北地方で開催される万博となっていた。
- 関東以北に広げても1985年のつくば科学万博以来40年ぶりの2回目。
- 首都圏をはじめ東日本では関心が高まっていたが、中京圏以西の西日本ではほとんど関心がなかっただろう。
- アイリスオーヤマがパビリオンを出展していた。
- 同社は大阪発祥なので、関西でPRを行っていた。
- 東北地方以北で開催された場合全てに言えるが、会期後半になると熊が会場内に侵入する被害があったかもしれない。
- 場合によっては人的被害もあった。
- その場合、会期途中で中断もあり得た。
- 場合によっては人的被害もあった。
関東地方[編集 | ソースを編集]
横浜[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「横浜万博」。
- 上瀬谷通信施設跡地が会場となっていた(史実では2027年の横浜国際園芸博覧会がここで開催される)。
- 逆に2027年の園芸博覧会の開催地が横浜以外になっていた。
- 東急・相鉄の新横浜線は万博を見越して開業したことになっていた。
- 東急東横線、東京メトロ副都心線などを経由して各地から万博会場まで直通する列車が運行されていた。
- 相鉄は瀬谷から万博会場へ直結する新線を建設していた。
- 1985年のつくば科学万博以来40年ぶりに関東地方で開催される万博となっていた。
- 間違えても開国博Y150のようにはならない。
- テーマソングはゆずが担当。
- こちらも在京マスコミはこぞって取り上げただろう。
- 万博前年の2024年における横浜DeNAベイスターズの日本一が万博と合わせて語り継がれていた。
- 崎陽軒が万博記念の駅弁を発売していた。
- 会場内のフードコートには横浜家系ラーメンの店や中華街にある中華料理店も出店。
- それ以外に「サンマーメン」も食べられ、全国的な知名度も上がっていた。
- 東急田園都市線もアクセス路線の1つだったことから、2025年10月に発生した同線の梶が谷駅における衝突事故でかなりの人的被害が出ていた。
- 会期も終盤で駆け込み入場の客が殺到ししかも渋谷方面の列車だったことから万博帰りの客で混雑していたと考えられたため。
- 最悪死者が出ていたかも。
東京[編集 | ソースを編集]
- ≒2020年の夏季五輪が東京以外だったら、である。
- 開催地に選ばれていたら
- 1940年の万博開催地であったことが蒸し返されていた。
- 1996年に世界都市博覧会が開催される計画があったことも。
- 何気に万博としては初の東京開催だった。
- 会場は晴海あたりの埋立地。
- あるいは羽田空港の近く。
- 昭和記念公園という可能性もある。その場合JR西立川駅が万博会場最寄駅になっていた。
- 万博期間中は「万博立川」駅を名乗っていた。
- 西武拝島線の武蔵砂川駅も「(万博北口)」というサブ駅名が与えられ第2ルートとして活用されていた。
- この場合臨海地下鉄が万博前に開業していた。
- JRの羽田空港乗り入れや東京メトロ南北線の品川延伸は万博前に行われていた。
- 東京ジャイアニズムの影響で、全国ネットの番組でも大々的に取り上げられていた。
- テレ東系「出没!アド街ック天国」でも開幕前日に万博特集をやっていた。
- 中央快速線のグリーン車連結は万博に合わせたタイミングで行われたことになっていた。
- 会場が昭和記念公園だった場合は万博来場客にもグリーン車が利用されていただろう。
- 開幕初日の入場者数は20万人を超えていた。
- 隅田川花火大会を始め都内開催の花火大会が警備上の理由で軒並み秋に延期あるいは中止になっていた。
- それがきっかけで猛暑を避けるために今後も秋開催が定番になっていたかもしれない。
- 「万博に行くのにお金がかかる」は大阪をはじめ関西の人が言う言葉ということになっていた。
- 逆に2027年の花博が関西開催になっていた。
- 大阪は1990年の時点で開催済なので恐らく神戸あたりで開催されていた。
- 一般入場者数は3000万人を超えていただろう。
- フードコートに蒙古タンメン中本が出店していた。
- 閉幕後にイタリア館の展示物を公開する展覧会は東京国立博物館で行われていた。
宇都宮[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「宇都宮・関東万博」となっていた。
- 「関東」を大きくアピールしていた。
- 宇都宮ライトレールは万博を前に開業していた。
- 場合によっては沿線に会場が建設され、アクセスとしても機能していた。
- 1985年のつくば科学万博以来40年ぶりに北関東で開催される万博となっていた。
- アンバサダーにはU字工事や大島優子、井上咲楽が就任していた。
- フードコートでは宇都宮餃子の名店が出店。
- ひもかわうどんやいもフライの店も。
- 佐野ラーメンも会場内で提供されていた。
- 宇都宮焼きそばも。万博でメジャーになっていた。
- ひもかわうどんやいもフライの店も。
- 県内にある日光、鬼怒川や那須と言った観光地も賑わうだろう。
- 栃木県の魅力度ランキングが上がっていた。
- 首都圏はともかく、関西など西日本では関心は低かったかも。東京以外の東日本で開催された場合全てに言えるが。
千葉ニュータウン[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 北総鉄道が会場アクセスを一手に担う。
- 乗り入れ先の品川駅で東海道新幹線と接続していることもあり、名古屋・大阪方面からの来場客はここで1度乗り換えるだけで会場に行ける。
- 羽田・成田両空港とも直結するので、飛行機を利用する人も便利。
- 万博で稼ぎまくるので運賃の引き下げがさらに進み、千葉ニュータウンは人気の住宅地となっていたかも。
- 万博終了後にこちらも京成に合併されていたかもしれない。
- その場合、都内~成田空港の運賃がスカイアクセス線と本線で同額になるよう改められていたかもしれない。もちろんスカイライナーも値下げされていた。
- 成田空港駅ならびに空港第2ビル駅の中間改札口もなくなっていた。
- その場合、都内~成田空港の運賃がスカイアクセス線と本線で同額になるよう改められていたかもしれない。もちろんスカイライナーも値下げされていた。
- 万博終了後にこちらも京成に合併されていたかもしれない。
- 会場最寄駅が万博期間中だけ「万博中央口」に改称されていたか副駅名で追加されていた。
- 他に北側を通るJR成田線(我孫子線)もサブアクセスとして位置づけられ、複線化などの改良工事が行われていた。
- 会場の最寄駅からシャトルバスが運行されていただろう。
- 常磐快速線から直通する「エキスポライナー」が運行されていた。
- 京成の「スカイライナー」は期間中は万博会場最寄駅に全列車が停車。
- 場合によっては京急羽田空港~スカイアクセス経由~成田空港直通の有料特急も運行開始していた。もちろんこちらも会期中は万博会場最寄駅に停車する。
- 同じ県内にある東京ディズニーリゾートへの観光客も増えていた。
- 名称は「千葉・関東万博」になっていた。
- レストランやフードコートでは千葉県のご当地ラーメンである竹岡式ラーメンや勝浦タンタンメンが提供されていた。
- ともに万博で一気に知名度が上がっていた。
- アリランラーメンもあったかもしれない。
- ともに万博で一気に知名度が上がっていた。
- 2027年の花博開催地は横浜ではなかった。
- むしろこちらが関西開催だったかも。
- イメージキャラクターが史実通りミャクミャクだったら、地元である京成電鉄の車両が「ミャクミャクカラー」と言われるようになっていた。
- コラボもあったかもしれない。
- キッコーマンやイオンがパビリオンを出展していた。
- ZOZOも。
千葉県市原市[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- メインアクセスは京成千原線になっていた。
- 路線が会場まで延伸され、同時に複線化もされていた。場合によっては海士有木までの全線が開業していた。
- 小湊鐵道も万博のおこぼれで大賑わいとなり、いすみ鉄道も万博までに運行再開していた。
- 京成上野や羽田空港・品川から直通列車が多数運行される。
- 普段は地味な京成千葉線がこの時ばかりは脚光を浴びる。
- 新京成改め京成松戸線から会場までの直通列車も運行される。新京成は万博開幕と同時に親会社に合併された。
- こちらは常磐線や北総線方面からの万博アクセスとなっていた。
- 路線が会場まで延伸され、同時に複線化もされていた。場合によっては海士有木までの全線が開業していた。
- 東京湾アクアラインも横浜や羽田空港方面からのアクセスとして活用され、シャトルバスが運行されていた。
- 名称は「千葉・関東万博」になっていた。
- フードコートで千葉県のご当地ラーメンである竹岡式ラーメンが提供されていた。
- 勝浦タンタンメンも。
群馬県館林市[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「ぐんま万博」となっていた。
- メインアクセスは東武伊勢崎線。
- 万博期間中は半直が久喜から館林まで延長されていた。
- 東京メトロや東急の車両に関しては営業運転としては初の群馬県内乗り入れとなっていた。
- 場合によっては久喜駅にJRとの連絡線が設置され、館林までJRの列車が乗り入れていた。好評だったら万博終了後も残される。
- 沿線にある東武動物公園と一緒に訪れる人もいただろう。
- 万博期間中は半直が久喜から館林まで延長されていた。
- 館林の夏はとてつもなく暑いので、秋開幕になっていたかもしれない。
- アンバサダーには中山秀征・篠原涼子・白石麻衣・中村俊介あたりが就任。
- 県内に本社があるペヤング(まるか食品)が万博関連の焼きそばを出していた。
- 群馬県の魅力度アップに繋がっていた。
東京都町田市[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「東京万博」になっていた。
- メインアクセスは小田急が担当し、JR横浜線や開催場所に東急田園都市線、京王相模原線もアクセスに加わっていた。
- 関西や中京圏などからの来場は新横浜→横浜線乗り換えがメインとなっている。
- 小田急が万博来場客をロマンスカーで箱根に誘致するキャンペーンを行っていた。
- 万博期間中はロマンスカーの全列車を町田駅に停車させていた。
- 高確率で会場が神奈川県川崎市あるいは相模原市に跨っていた。
- そのため会場内には警察の要請で都県境を示すラインが引かれていた。
- 史上初めて県境を跨ぐ万博となっていた。
- 2023年からのFC町田ゼルビアの快進撃が、万博とセットで語り継がれていた。
埼玉[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「埼玉万博」あたりになっていた。
- 会場は武蔵丘陵森林公園が有力。
- アクセスは東武東上線の現森林公園駅から会場までの支線を建設する。
- 駅名は会場アクセス駅を「森林公園」とし現森林公園駅は別の駅名に改称する。場合によっては前者は万博期間中は「万博中央口」駅を名乗る。
- アクセス列車は東武池袋駅からの他東海道新幹線利用客を考慮して東急新横浜駅並びに相鉄線からの直通電車も運転する。
- 東急・相鉄の新横浜線も万博に合わせて開通したことになっていた。
- 他にJRの熊谷駅あたりからシャトルバスを運行する。
- 埼玉県民は「千葉県に勝った!」などと優越感に浸るだろう。
- 2025年に埼玉県が魅力度ランキングで最下位に転落することはなかった。
- フードコートには山田うどんやぎょうざの満洲が出店していた。
- 武蔵野うどんやスタカレーなど埼玉県のご当地グルメも出店し、万博で一気に知名度が上がっていた。
相模原市[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 会場は米軍相模原補給廠跡地が有力。
- 現実に日本に返還された場所では面積が足りないので、この場合は全域が一括返還されることが条件だろう。もし実現していたら200ha以上と現実の夢洲よりも広くなっていた。
- 会場へのアクセスはJR相模原駅が表玄関となる。
- 他に小田急多摩線のJR相模原延伸も万博までに行われ、東京都内からのメインアクセスとなっていた。
- 駅名に関しては既に小田急相模原駅があるため、「万博相模原」とかになっていた。
- 新宿はもちろんのこと、東京メトロ千代田線からの直通列車も運行され、ロマンスカーも乗り入れていた。
- 愛称は「エキスポ」とかになっていた。
- 小田急は万博開催に合わせて展望席付きの新型ロマンスカー(70000形とは異なる)を導入していた。
- 他に小田急多摩線のJR相模原延伸も万博までに行われ、東京都内からのメインアクセスとなっていた。
- 2027年の花博は横浜以外となっていた。
- むしろこちらが関西開催になっていたかも。
中部地方[編集 | ソースを編集]
金沢[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「北陸万博」となっていた。
- 北陸新幹線の敦賀延伸はこの万博に間に合わせたことになっていた。
- ただ万博期間中は乗換駅となる敦賀駅の大混雑が予想されるため、「サンダーバード」「しらさぎ」の一部列車については金沢直通が存置される。
- あるいは新大阪までの全線が一気に開通していた。
- その列車は「エキスポサンダーバード」「エキスポしらさぎ」を名乗っていた。
- ハピラインふくい・あいの風とやま鉄道が、IRいしかわ鉄道への直通運転を増やす。
- ただ万博期間中は乗換駅となる敦賀駅の大混雑が予想されるため、「サンダーバード」「しらさぎ」の一部列車については金沢直通が存置される。
- 2024年元日の能登半島地震で開催が危ぶまれていた。
- 「復興万博」というスローガンで何とか開催にこぎつける。
- 外国からの国賓には輪島塗を贈呈する。
- 石川出身の森喜朗、または史実の石川県知事の馳浩が実行委員会の会長になる。後者なら馳知事は会長就任の代わりに県知事を辞めていた。
- アンバサダーには松井秀喜と浜辺美波が選ばれていた。
- フードコートには8番らーめんが出店する。
- 北陸鉄道の新車両導入が早まっていた。
- 立山黒部アルペンルートのキャニオンルートは万博に合わせて開業したことになっていた。
- 桐崎栄二の「果敢ない壁」がメインテーマソングになっていた。
- しかも歌詞の内容が万博仕様となっている。
長野[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- ネット上を中心に「長野博」と言われるようになっていた。
- あるいは「信州万博」を名乗っていた。
- 長野においては1998年の長野冬季オリンピックに次ぐイベントとなっていた。
- 関西・北陸方面からのアクセスのため北陸新幹線「つるぎ」の一部が長野駅まで延長運転されていた。
- 関西方面からの場合、他に東海道新幹線-名古屋乗り換え-特急「しなの」もアクセスルートとして機能していた。
- JR東海「しなの」の新型車両である385系は万博を機に導入が早まっていた。
- 会場内のフードコートではもちろん信州そばが出される。
- セイコーや東急グループがパビリオンを出展していた(後者は創業者である五島慶太の出身地が長野県であることから)。
静岡[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「静岡万博」になっていた。
- 但し浜松市で開催される場合は「浜松万博」になっていたかもしれない。
- 富士山静岡空港が初めてその本領を発揮していた。
- 東海道新幹線も一部の「のぞみ」を万博会場最寄駅に臨時停車していた。
- スズキ・ホンダ・ヤマハと言った県内に拠点のある大企業がパビリオン出展していた。
- 売店では田宮模型がパビリオンの模型及びプラモデルを発売していた。
- 1970年万博でも候補地の1つに挙がったことが取り上げられていた。
三重県名張市[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- メインアクセスはもちろん近鉄大阪線。
- 万博開催中はもちろん列車が増発され、名阪特急「ひのとり」も会期中は会場最寄駅に臨時停車していた。
- 阪神から直通のアクセス列車も運転され、阪神の車両が三重県まで乗り入れていた。
- 万博開催中はもちろん列車が増発され、名阪特急「ひのとり」も会期中は会場最寄駅に臨時停車していた。
- 伊賀だけに忍者のアトラクションがあった。
- イオンがパビリオンを出展していた。
- 名張市の人口減少が史実ほど深刻にならなかった。
- フードコートでは伊勢うどんや四日市のトンテキなど三重県のご当地グルメが味わえるようになっていた。
- 果たしてマスコミは在名局と在阪局のどちらが積極的に取り上げていたのだろう?
- 名張は三重県なので在名局のエリアだが、距離的には名古屋よりも大阪の方が近いので在阪局を見ている世帯も多いため。
- 在名局が積極的に取り上げていた場合、名古屋をはじめ東海地方からの来場者も多かった。
近畿地方[編集 | ソースを編集]
→もし2025年の万博の開催地が日本の別の場所だったら/近畿
中国地方[編集 | ソースを編集]
広島[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「広島万博」になっていた。
- 広島駅の新駅ビル建設や広電の線路付け替えは万博に合わせて行われていた。
- 特に後者は開業が3月に繰り上がっていた(史実では8月)。
- アストラムラインも万博開幕までに新型への置き換えが完了していた。
- 西広島駅への延伸も実現していただろう。
- というか、広島広域公園及び西風新都がメイン会場となっていた。
- 西広島駅への延伸も実現していただろう。
- 2024年の広島東洋カープは終盤の失速がなく、優勝とまではいかなくともCS進出は果たしていた。
- 恐らく万博が気分を高揚させていただろう。
- 2025年もAクラス入りは果たしていたかもしれない。
- 中四国では初の万博開催となっていた。
- 同年のひろしまフラワーフェスティバルは例年以上に観客が多くなっていた。
- あるいは2025年に限り警備上の理由で万博閉幕後の秋に開催時期が移されていた。
- イメージソングは矢沢永吉か奥田民生が担当。
- ポルノグラフィティもありうる。
- Perfumeも。
- アンバサダーには綾瀬はるかが就任。
- アンガールズや有吉弘行も。
- 同じ原爆被爆地として長崎も万博に協力していた。
- 長崎県がパビリオンを出展していた。
- マツダがパビリオンを出展していた。
- 青山商事や福山通運も。
- 100円ショップのダイソーが場内にオフィシャルショップを出していた。さすがに110円では売れないが…。
- 広島県の人口減少が現実ほどではなかったかもしれない。
- フードコートには尾道ラーメンやあなごめしの店などが出店していた。
- 名物のもみじ饅頭も売られていた。
- 広島を中心に展開するうどんチェーン「ちから」も出店し、万博で一気に知名度が全国区になっていた。
東広島[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていたら
- この場合も名称は「広島万博」。
- 山陽新幹線の東広島駅が初めて本能を発揮していた。
- それでも「のぞみ」は一部しか停車しない。
- 広島空港の現在地への移転効果が初めて出ていた。
- これを機に東広島市は「西のつくば」と言われる様になり、つくば市と対比される様になった。
- 地元東広島市に本社があるダイソーがパビリオンを出展していた。
- もちろん売店も運営している。
岡山[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 万博期間中は新大阪発着の「のぞみ」の一部が岡山まで臨時延長されていた。
- 新快速も一部が岡山まで延長運転されている。
- 次長課長かウエストランドがアンバサダーを務めていた。
- オダギリジョーもありうる。
- B'zがテーマソングを作っていた。
- 藤井風もありうる。
- 新型「やくも」こと273系は万博に合わせて投入されていたことになっていた。
- ファジアーノ岡山が史実通りJ1に昇格したのは、万博がきっかけだったかもしれないと一部で囁かれていた。
- フードコートではひるぜん焼きそばやぶっかけうどん、えびめしなどが提供されていた。
- ぶっかけうどんに関しては発祥が讃岐ではなくこちらであることが万博で知られていた。
- 桃にちなんだデザートも。
- ラ・ムーやディオでお馴染みの大黒天物産がパビリオンを出展していた。
- もちろん売店も運営している。
- 作者が県内出身であることから「NARUTO」のパビリオンが開設されていた。
鳥取[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 新型「やくも」は万博に合わせて導入されたことになっていた。
- 智頭急行の「スーパーはくと」も新型車両が導入されていたかもしれない。
- 作者が県内出身の「ゲゲゲの鬼太郎」や「名探偵コナン」のパビリオンが開設されていた。
- 鳥取といえば砂丘が有名であるから砂を体験するパビリオンも存在していた。
- 人口が日本一少ない鳥取県の存在感が増していた。
- 松本若菜や山本舞香、瀧本美織がアンバサダーに就任していた。
- 万博会期中に地元出身の石破茂が首相に就任していたので、彼自身は大喜びしていた。
- 地元名物の牛骨ラーメンを会場で食することができた。
四国地方[編集 | ソースを編集]
高松[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「四国万博」となっていた。
- 四国では初の開催となった。
- 瀬戸大橋では万博をイメージしたプロジェクションがライトアップされ、快速マリンライナーに万博仕様のラッピングが施された。
- ことでんの新型車両の導入が早まっていた。
- テレビせとうちが万博関連番組を放送していた。
- 会場内のフードコートでは讃岐うどんや骨付鳥が出されていた。
- 香川県立アリーナ (あなぶきアリーナ香川) は万博のために建設されていた。
- もちろん、あなぶきアリーナも万博の会場になっていた。
徳島[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「徳島・四国万博」になっていた。
- この場合も四国では初めての万博となっていた。
- 本州からのメインアクセスは大阪や神戸などからの高速バス。
- もちろん増発は行われるだろうが、運転士不足の影響で限界もあるため、すぐに満席になり、万博期間中は予約困難になっていた。
- そのため、南海フェリーや山陽新幹線岡山経由も使われるようになっていた。
- 万博期間中は岡山発着の「うずしお」が臨時運転され、南海の「サザン」指定席も乗車率が高くなっていた。
- そのため、南海フェリーや山陽新幹線岡山経由も使われるようになっていた。
- 関空から高速船も運航されていた。
- もちろん増発は行われるだろうが、運転士不足の影響で限界もあるため、すぐに満席になり、万博期間中は予約困難になっていた。
- テーマソングは米津玄師が担当。
- 大塚グループや日亜化学工業が企業パビリオンを出展していた。
- 金ちゃんが万博記念のカップ麺を出していた。
- 8月の阿波踊りは例年以上に観客が多かった。
高知[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- この場合も「四国万博」になっていた。
- アンパンマンのパビリオンが出展していた(作者のやなせたかし氏が高知県出身)。
- 同時期に放送されていたNHKの朝ドラ「あんぱん」との連動企画もあった。
- というか「あんぱん」自体万博を意識したものだった。
- それに出演していた今田美桜や北村匠海が特別ゲストに呼ばれていた。
- 同時期に放送されていたNHKの朝ドラ「あんぱん」との連動企画もあった。
- 島崎和歌子がアンバサダーを務めていた。
- 広末涼子は…(ry。
- 史実通り2025年4月に事故を起こし逮捕されていたら、開幕直前でアンバサダー辞退ということになり、混乱していた。
- 広末涼子は…(ry。
- レストランやフードコートではかつおのたたきや鍋焼きラーメンが出されていた。
九州地方[編集 | ソースを編集]
福岡[編集 | ソースを編集]
- 福岡市と九州7県が共同で誘致を行っていた。
- 場合によってはそれに山口県がプラスされていた。
- 沖縄県が加わっていたかどうかは微妙。
- 場合によってはそれに山口県がプラスされていた。
- 開催地に選ばれていた場合
- 上記の福岡市と九州7県が共同で誘致を行っていた場合、「福岡・九州万博」になっていた。
- アイランドシティに福岡市営地下鉄が乗り入れていた。
- 場合によっては西鉄貝塚線と地下鉄の乗り入れが実現していた。
- 西鉄貝塚線を介した鹿児島本線と地下鉄箱崎線の直通運転も。この場合、つくばエクスプレスのTX-3000系をベースにした交直流電車(503系?)が導入され、関門トンネルにも導入されていた。
- 福岡市地下鉄空港線と福北ゆたか線の直通運転も実現していた。
- 佐賀空港が九州国際空港になっていたかも。
- 天神ビッグバンは万博を見越したものとなり、もっと大規模に行われていた。
- JR博多駅の真上にビルを建設する「博多駅空中都市プロジェクト」も万博までに完成していた。
- 西鉄天神大牟田線では万博を前に有料座席指定車両の導入が行われるだろう。
- 貝塚線の600形も万博開催までに置き換えられるだろう。
- 福岡市地下鉄空港線の4000形は万博を機に投入されたことになっていた。
- 万博がきっかけで地下鉄箱崎線との相互直通運転が実現していたかも。
- あるいは貝塚線を経由した鹿児島本線と地下鉄箱崎線の相互直通運転が実現したかも。
- 貝塚線の600形も万博開催までに置き換えられるだろう。
- 九州(沖縄除く)では初めての万博開催となるので、現実の大阪よりも盛り上がりは大きかった。
- テーマソングは藤井フミヤか浜崎あゆみあたりが作っていた。
- 椎名林檎もありうる(福岡で過ごしたことがある)。
- アンバサダーには橋本環奈あたりが選ばれていた。
- その場合2024年秋から始まるNHK朝ドラ「おむすび」の主演は別の人がやっていた。
- 橋本環奈の黒歴史になることもなかった。
- 博多華丸・大吉や井桁弘恵がやっていた可能性もある。
- 今田美桜かも。
- 「華丸・大吉のなんしようと?」でも開幕直前には万博会場からスペシャルを放送していた。
- エビちゃんがスペシャルサポーターに就任していた可能性もある(彼女は宮崎出身で福岡で大学時代を過ごした縁で)。
- 日本館の名誉館長に吉田羊が就任していた。
- その場合2024年秋から始まるNHK朝ドラ「おむすび」の主演は別の人がやっていた。
- 会場内のフードコートには博多ラーメンの一蘭や一風堂、うどん屋の牧のうどんなんかが出店していた。
- 資さんうどんも。全国展開は万博がきっかけとなっていた。
- 290円ラーメンで有名な「はかたや」も。さすがに290円では出せなかっただろうが。
- その場合万博で知名度が全国区になり、東京や大阪への進出も果たしていたかも。
- 福岡のみならず九州各県のグルメを食することもできただろう。
- 佐賀のちゃんぽんも万博を機に知られていた。
- 821系の増備打ち切りもなかった。
- 筑肥線の103系1500番台も万博までに置き換えられていた。
- その場合、305系の3両バージョンが登場していた。
- むしろE131系600番台のOEMが登場していた。
- その場合、305系の3両バージョンが登場していた。
- 場合によっては415系1500番台も万博までに置き換えられていた。
- 上記の鹿児島本線と地下鉄箱崎線の直通運転や福北ゆたか線と地下鉄空港線の直通運転が実現していたらTX-3000系ベースの交直流電車で置き換えられていた。
- この場合、821系は計画されずE501系の譲渡もなかった。
- 上記の鹿児島本線と地下鉄箱崎線の直通運転や福北ゆたか線と地下鉄空港線の直通運転が実現していたらTX-3000系ベースの交直流電車で置き換えられていた。
- 九州にE131系と521系が導入されていたか?
- JR九州の運賃値上げは万博終了後に延期されていた。
- 何れにせよ、JR九州が露骨なコストカットに走る事もなかった。
- 万博特需で混雑するため813系のロングシート化が早まっていた。
- 筑肥線の103系1500番台も万博までに置き換えられていた。
- 2024年下期のNHK朝ドラ「おむすび」は万博開催を記念したものとなっていた。
- 恐らくラストで万博が描かれることになろう。
- 万博の後押しもあり、視聴率も現実より高かったかもしれない。
- 恐らくラストで万博が描かれることになろう。
- 太宰府天満宮本殿の改修工事も万博までに完了していた。
- JR九州による福岡~釜山の高速船「ビートル」の運行休止はなかった。
- 安全対策を強化した上で運行を継続し、韓国からの万博アクセスとして活用されていた。
- JR九州の運賃値上げは2026年までない。
- 場所柄韓国からの来場も多かっただろう。
- 2025年の博多どんたくは例年以上に観客が多くなっていた。
- 地元の即席麺メーカーであるマルタイやサンポー食品が万博とのコラボカップ麺を発売していた。
- もちろん万博会場内でも発売されていた。
- 福岡名物である辛子明太子も販売されている。
- もちろん万博会場内でも発売されていた。
- 福岡市地下鉄箱崎線の箱崎九大前駅は万博開幕を機に駅名改称されていた。
- TOTO・ブリヂストンなど福岡県に縁のある大企業がパビリオンを出展していた。
- TOTOは未来のトイレをテーマにしただろう。場合によってはトイレそのものがパビリオンとなっていた。
- ゼンリンも。やはり地図をテーマにしていた。
- 福岡・九州は大阪・関西ほど人口が多くないので、チケットやパビリオンの予約制は取られず、原則当日券での入場でパビリオンも並べば入れるようになっていた。
- 入場者数も福岡・九州の人口から考えて2000万人に届かなかった可能性もある。
- これまでの万博は1975年の沖縄を除き大都市圏で開催(1970・1990年-大阪、1985年-つくば(茨城県)、2005年-愛知県)されたが、これで東名阪福の4大都市圏はコンプリートしたことになっていた。
- 2005年3月の福岡県西方沖地震からちょうど20年というタイミングでの開催となっていた。
- 西鉄やJR九州がオフィシャルショップを運営していた。
- JR九州のそれはもちろん水戸岡デザインとなっている。
- 同年における福岡ソフトバンクホークスのリーグ優勝ならびに日本一が万博と合わせて語り継がれていた。
- それとともに「大阪以外で万博が開催されたら阪神がリーグ優勝する」というジンクスが成立するとも言われていた(1975年沖縄海洋博は除く)。
- GWに開催されている「博多どんたく」は例年よりも観客が多かった。
- あるいは2025年に限り警備上の理由で万博閉幕後の秋に開催時期が移された。
- 2025年における「今年の漢字」は「博」が選ばれていたかも(万博以外に「博多」の「博」でもあるので)。
福津市[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- この場合も「福岡・九州万博」と呼ばれていた。
- メインアクセスはJR鹿児島本線。
- 2007年に西鉄宮地岳線の西鉄新宮以北を廃止したことが悔やまれていた。
- 場合によっては鹿児島本線から西鉄貝塚線を介した福岡市地下鉄箱崎線との直通運転が実現していた。
- 市内にある宮地嶽神社が万博客で大賑わいとなっていた。
- 地元出身の大家志津香がスペシャルサポーターに選ばれていた。
- 実家の飲食店も万博ついでに訪れる人で賑わっていた。
熊本[編集 | ソースを編集]
- もし熊本市が今も九州の中心だったらありえた。
- 熊本地震からの復興アピールのため(上記の福岡市のように)熊本市と九州7県が共同で誘致を実施。
- 開催地に選ばれていた場合
- 上記のように熊本市と九州7県が共同で誘致を実施した場合「熊本・九州万博」になっていた。
- 熊本城はこの万博に合わせて復旧していた。
- 森高千里が万博のテーマソングを担当していた。
- くまモンも万博開催を祝福していただろう。
- 万博バージョンのくまモンも誕生していた。
- アンバサダーにはスザンヌが就任していた。
- 地元の即席麺メーカーである五木食品が万博とのコラボラーメンを発売していた。
- 2025年の「今年の漢字」は史実通り「熊」だがこれには「熊本」の「熊」という意味も含まれていた。
宗像[編集 | ソースを編集]
- 福岡市と北九州市が同時に立候補した結果、両方の顔を立てる形で宗像市が立候補した形になった。
- 開催地に選ばれていた場合
- 宗像市のイメージは宗像大社から万博開催地へ。
- 赤間駅と東郷駅の間に万博宗像駅が開設されて、万博後に常設駅の宗像中央駅となった。
- 難読地名である「宗像」を読める人が現実よりも増えていた。
- 西鉄宮地岳線の一部区間を廃止したことが悔やまれていた。
- 仮に残っていたら万博会場まで延伸されていたかも。
- そうなっていたら万博を機に福岡市地下鉄箱崎線との直通も実現していた。
- 仮に残っていたら万博会場まで延伸されていたかも。
- 鹿児島本線と西鉄貝塚線を介した福岡市地下鉄箱崎線との直通が実現していたかも。
北九州[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- テーマは製鉄と環境。
- 会場は恐らくスペースワールド跡地。
- この場合、スペースワールド駅はこれを機に万博期間中は北九州万博駅に、閉幕後は万博記念公園駅に改名していた。
- THE OUTLETS KITAKYUSHUは存在しなかった。
- 万博を機に北九州市が衰退から復活するかもしれない。
- 415系1500番台は万博を前に521系に置き換えられた。
- 北九州市に本社がある有力企業であるTOTOやゼンリンがパビリオンを出展していた。
- 北九州空港が拡張され、「九州国際空港」になっていたかもしれない。
宮崎[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 東国原英夫や堺雅人・蛯原友里がアンバサダーを務めていた。
- 場合によっては髙石あかりがスペシャルサポーターに選ばれ、NHK朝ドラ「ばけばけ」主演より前に知名度を上げていた。
- 宮崎空港が拡張されていた。
- テーマソングはこの場合もコブクロが制作していた。
- 県内の有力企業である旭化成がパビリオンを出展していた。
- フードコートやレストランにはチキン南蛮や宮崎辛麺の店が出店していた。
- 宮崎地盤の豚骨ラーメン店「風来軒」も出店していただろう。
長崎[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- アンバサダーは福山雅治。
- テーマソングも制作していた。
- 川口春奈や仲里依紗がスペシャルサポーターを務めていた。
- 西九州新幹線は万博を前に新鳥栖まで繋がり、博多や新大阪まで直通していた。
- フードコートやレストランではちゃんぽんや皿うどんを食べることができた。
沖縄[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていた場合
- 1975年の海洋博から50年という節目での開催となっていた。
- 沖縄戦終戦80年も。
- 前回よりも沖縄への観光客は増えているので、来場客も増えていただろう。
- 万博が大盛況で成功していた場合、海洋博の雪辱を果たした、と言われていた。
- 修学旅行に沖縄の万博を組み込む学校も多かった。
- 那覇市近郊で開催されていた場合、ゆいレールが会場アクセスとして使われていた。
- 夏場は台風の心配があり、その一方で冬でも温暖なため、10月開催となっていた。
- ジャングリアは万博と同時に開園していた。
- 夏の甲子園で沖縄尚学が優勝したことと合わせ、2025年は「沖縄イヤー」と呼ばれるようになっていた。
- むしろ万博終了後に跡地でジャングリアが開園していた。
- 沖縄出身者が多い大阪市大正区でも万博に関連するイベントが開催されていた。
- 沖縄戦の終戦80周年で戦争関連の内容だらけだった。
- 自然破壊を食い止めようと反抗する人がでる。
- 那覇空港が開業前の成田空港のようになる。
- 2019年に火災で焼失した首里城は万博前に再建を果たしていた。
国外[編集 | ソースを編集]
イズミル(トルコ)[編集 | ソースを編集]
- ウクライナ侵攻、トルコ・シリア地震に影響されていたことは間違いない。後者は震源地から遠いが
- 間違いなくギリシャとアルメニアはボイコットする。
- ムスタファ・ケマル・アタテュルクにゆかりのある展示が行われる。
釜山(大韓民国)[編集 | ソースを編集]
- 開催地に選ばれていたら
- 韓国では3回目に開催される万博になるが、登録博としては初めてだった(前2回はいずれも特別博→認定博)。
- 日本に非常に近いこともあり、日本からの来場客も多いだろう。
- それだけにJR九州の高速船「クイーンビートル」の撤退は悔やまれていた。
- あるいは安全性を高めて運行継続し、万博アクセスとして活用されていた。
- それ以外に関釜フェリーも万博アクセスとして活用されていた。
- それだけにJR九州の高速船「クイーンビートル」の撤退は悔やまれていた。
- 大阪の鶴橋を始めとしたコリアタウンは万博に便乗したイベントを行っていた。
バクー(アゼルバイジャン)[編集 | ソースを編集]
- 1回目の投票で大阪とエカテリンブルグに敗れる。
- 開催地決定の瞬間、「どこだよ」とツッコミがネット上で入る。
- バクーが意外と栄えてることがもっと日本でも知られるようになっていた。
- バクーが「第二のドバイ」として有名になっていた。
- アルメニアとロシア、ベラルーシは参加を辞退する。
- 特にアルメニアは、ナゴルノカラバフでの戦争や人権問題を声高に訴えるだろう。
- 逆にウクライナは反ロシアという共通点から、真っ先に参加表明していた。
- ただし史実通り関係改善が進んでいたならロシアとベラルーシも辞退はしないかもしれない。
- アゼリーと同じテュルク系国家である、トルコ・カザフスタンなどが、パビリオンに本気を出す。
エカテリンブルグ(ロシア)[編集 | ソースを編集]
- 決選投票で大阪に敗れる。
- ウクライナ情勢に影響されていたことは間違いない。
- モスクワ五輪同様のボイコットが、旧西側諸国(日米欧など)を中心に展開された。
- 日本のパビリオン出展はなかった。
- 下手したら、1940年の「紀元2600年記念日本万国博覧会」同様に中止されていた。
- モスクワ五輪同様のボイコットが、旧西側諸国(日米欧など)を中心に展開された。
パリ(フランス)[編集 | ソースを編集]
- 大阪の最大のライバルと言われていたが、誘致を辞退した。
- 前年の同地でのオリンピックの効果もあり、フランス経済は好景気に見舞われていた。
- 一方でテロ対策や難民・移民対策は、サルコジ政権同様に苛烈になっていた。
- フランスは、2025万博の準備に集中するために、2024オリンピックの立候補を辞める決定を行なう。そのため、2024年のオリンピックははパリ以外の別の都市で開催される。
- 恐らくロサンゼルスで4年早く開催されていた。
- フランスは、2025万博の準備に集中するために、2024オリンピックの立候補を辞める決定を行なう。そのため、2024年のオリンピックははパリ以外の別の都市で開催される。
- ニューカレドニアの独立運動が更に過激化していた。
- 一方でテロ対策や難民・移民対策は、サルコジ政権同様に苛烈になっていた。
- マクロン大統領の支持率は史実ほど下がらなかった。
- 2024年のEU総選挙で、国民戦線が躍進することはなかった。
- もしパリ五輪の翌年に開催されていた場合、大阪とは別の意味でのゴタゴタが(ry
キーウ(ウクライナ)[編集 | ソースを編集]
- 戦争で中止になっていた。
- もし、戦争しながら開催したら、誰も来ない
- ロシアは、海外の人が死ぬのを恐れて会場は少なくとも確実にボコされない。
- 会場に行く人が1人は確実に〇ぬ。(orz.
- ロシアとの戦争に大きな影響を与える。
- 停戦になるかも...............................................................................................................................................................................................................