京成千葉線
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- 「国鉄千葉駅前駅」が懐かしい。
- この駅名を聞いた時、路面電車かと思いました。
- 元々は路面電車。関東で1067mm以外の軌間を使っている私鉄は路面電車由来か、それに乗り入れるため。
- ・・・横浜市営地下鉄は?
- アレは横浜市がバカなだけ。
- 第三軌条式の路線はどれも1435mm軌間(標準軌)。それまでこの軌間の路線が全く無かった名古屋(近鉄は当時1067mm軌間、市電も然り)でも、昭和32年開業の地下鉄は標準軌を採用した。
- 狭軌の第三軌条なら、グンマーと信濃国に存在した。
- 国鉄千葉駅前駅の開業は昭和42年だが、このときは既に地方鉄道法準拠の鉄道路線となっていた(昭和20年に国の指導で変更した)。
- 軌道法準拠ではなく、地方鉄道法準拠で敷設された路線にも類種の駅名はある。大正12年に開業した神戸姫路電気鉄道(→山陽電気鉄道)の「姫路駅前」(現:山陽姫路)。
- なんでこんな名前にしたかというと、「~千葉」がほぼ埋まっていたというのもあるが、国鉄に対して京成が恨みを持っていたからという説もある。
- 京成は市街地中心にあった京成千葉駅を、国鉄千葉駅の移転改修に伴って旧本千葉駅の位置(現在の千葉中央駅)に移転させられた過去を持つ。
- 自分たちが中心駅だから「京成千葉」とし、国鉄との連絡駅はあくまで連絡駅に「過ぎない」から「国鉄千葉駅前」。
- 改称後の「千葉中央」も似た趣旨だろう。
- 「千葉中央駅の怨念」でググってみれば詳細のわかる動画が出てくる。もっとも歪曲された部分も少なくないが。
- 1981年まで能勢電鉄に「川西国鉄前」駅があった。
- この駅名を聞いた時、路面電車かと思いました。
- 2006年12月から新京成線との直通運転を開始。
- これに伴い上野発の千葉中央・ちはら台行きが大激減された。日中のちはら台行きは津田沼行きになった。
- 国鉄の電化以来、京葉間輸送は諦めた雰囲気になっていたが、それが決定的となった感じがしないでもない。
- 京成がもう少しヤル気を出してくれたら…。
- 混雑緩和のバイパス路線と振り替え乗車の役割を果たしてくれればそれでいいんじゃない?
- 後者はともかく、前者は全く役に立っていない。
- 総武線のバイパスになっているのは京葉線。建設時から内外房特急の乗り入れも想定していたので、有楽町線との直通計画も蹴って東京駅に自前乗り入れ(建設頓挫した成田新幹線を一部ルートで踏襲)をした経歴すらある。
- 蘇我から東京では総武線より京葉線の方が速い(なお東京駅の場所)。
- そもそもは京成電鉄が京葉線を作ろうとしていた。その名残が京葉線沿線の東京ディズニーランド。
- 千葉線・ちはら線に快速がないのはちとむかつく。
- 待て。千葉県内で同じ内容でむかつく路線は東武野田線にもあるぞ
- そこには急行が出来ました。
- 現在の設備では無理なのと、作ったところで通過駅住民から停車要望が出て結局各駅になるのが関の山な気が...
- 実際、過去に京成津田沼発京成稲毛のみ停車の京成千葉行きがあったそうです。
- 緩急接続、追越などをしていたら、100km/hでとばすJRにかなわない。
- 全部の駅に止まっていたら、100km/hでとばすJRにかなわない。
- 快速線はともかく,緩行線と所要時間そんな変わらんぞ。
- 全部の駅に止まっていたら、100km/hでとばすJRにかなわない。
- 普通しか走らないはずなのだが、一部の駅には「特急 95」なんていう速度制限表がある。
- 一応土日の夕方にダイヤ上は存在するが実体はない…。
- 待て。千葉県内で同じ内容でむかつく路線は東武野田線にもあるぞ
- 非電化時代の総武線に対して優位に立っていた頃に、千葉線に対してロクな設備投資しなかった事が取り返しの付かないレベルで未だに響いている。
- この事は子会社である京成バスグループ各社が軒並み総武線各駅との連絡を重視している所に露骨に現れている。
- 全線8両対応にして津田沼~京成千葉間のどこかに待避線でも設置していれば、都心直通の優等列車設定だって楽に出来たはずなのに。そうすれば千原線だって少しはマシな方向になれたかも。
- 総武線複々線区間千葉延伸が決定打となって、国鉄民営化を前に白旗挙げたも同然になってしまった。
- 総武線の五方面作戦による東京駅乗り入れは昭和47年、千葉までの複々線化延伸は昭和56年だが、当時の京成の財政考えると無理があったと思う。
- 京成は昭和40年代、成田空港の乗り入れに全力投資して昭和47年には試運転を実施できるようにしていたが、昭和53年まで開港が伸びたことや不動産事業への過剰投資で昭和50年代は経営破綻寸前まで行っていた。
- その前の昭和30年代は浅草線との直通で標準軌化工事に資金を投資しなきゃいけなかった。
- なお同時期にSM分離で列車線の複々線が果たされた東海道・横須賀線と並行する京急の場合、穴守線の羽田ターミナルへの乗入れを一度蹴って本線の輸送力増強に尽力していた時期がある。
- それゆえ昭和40年代には運輸省や都から幅にされ羽田空港乗入が平成10年まで遅れたが、反面で京急本線は東海道線との競争力を維持できている一因のように思える。もっとも横須賀線が遠回り(品鶴線経由)になったのも大きいだろうけど。
- あと社名が「京成」でメインが「京成本線」であることからも分かる通り、千葉線はサブとしか元々考えていなかった可能性が大いにある。
- 一応成田まで本線が開通した時点で、千葉線は既に現千葉中央まで開業済みだった。が、上記のようにそれ以降大したテコ入れも行われずに現在に至っている。
- 仮に千葉市に力を入れていたら社名も「京葉電鉄」になっていたかも。
- 京成は昭和40年代、成田空港の乗り入れに全力投資して昭和47年には試運転を実施できるようにしていたが、昭和53年まで開港が伸びたことや不動産事業への過剰投資で昭和50年代は経営破綻寸前まで行っていた。
- 路線がJRとべったりくっついていること、国鉄→JRの電化以後立場が逆転してしまったという点で京阪宇治線と立場がよく似ている。
- スカイアクセス線ができてスカイライナーがそっちを通ることになったとき、旧型のスカイライナーを千葉に向けるのではないかと期待したが、そんなことはなかった。
- 本線の停車駅を少し増やしてあいかわらず成田へ。
- スカイアクセス線の経由しない地域の乗客を拾おうと思ったらしいが、その地域の乗客はもともと成田へ行くのにスカイライナーを使う習慣があんまり無く、利用者は少なかった。どんどん削減されて、ついに無くなってしまった。
- 上野と千葉を結ぶ着席保証列車があれば、利用されないわけがないと思うのだが。
- 「スカイライナーは空港連絡」という固定観念から脱したほうが京成は幸せになれると思う。
- 運賃+ライナー料金が、総武線快速の運賃+グリーン券より少し安くなるように設定すれば、千葉線内のスピードが出なくても充分戦える。
- 本線の停車駅を少し増やしてあいかわらず成田へ。
- 実は本線の成田方面よりも先に開業した。
- そのためか京成津田沼駅ではなぜか本線の成田方面の方が海側に分岐し、千葉線と立体交差している。
- 北総線値下げの影響なのか23年度の乗降人員は京成千葉駅以南の各駅の乗降人員は過去最高レベルの利用者まで増加した。
- 京成千葉駅は3万人超え。千葉中央駅も1万9千人以上となった。
- 千原線もちはら台駅のみほぼ同じ水準。それ以外の各駅は過去最高を記録した。
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