阪急5000系電車
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- 実は1968年登場。製造後30年以上を経た2001年からリニューアルされ新車並みになった。
- リニューアル後は車内LEDやパワーウインドー装備など8000系以上の内装となった。
- これは9000・9300系や7000・7300系リニューアル車の内装の基本となった。
- ある意味近鉄のA更新車と立ち位置が似ている。向こうもこれを基にして8A系が生まれた。
- 当時は阪急は新造車両が途絶えていたので、既存車両のリニューアルでお茶を濁していたのだろう。似たようなことが20年後近鉄であった。
- 山陽電鉄も同様のことが起きており、5003Fの事故で大損をしたため新車を入れる体力がなくなり、ボロのリニューアルでお茶を濁している。
- 近鉄も。あべのハルカスに大金を注ぎ込んだので通勤用の新車投入が16年も途絶えた。
- JR東日本の高崎地区・長野地区にいる211系も。
- これは9000・9300系や7000・7300系リニューアル車の内装の基本となった。
- リニューアル前は補助送風機として車内にローリーファンが付いていたが、リニューアル後は冷房能力が強化されたためか撤去された。
- 一部編成にスイープファンがある。
- 1980年代半ばに方向幕取り付けと同時に小規模なリニューアルを行っていたので2回目(近鉄で言うB更新)ということになる。
- リニューアルでは屋根に白い鉢巻きが巻かれたが、電磁直通ブレーキ及び2ハンドル運転台の車両では唯一。これまで鉢巻きは1ハンドル運転台の車両という法則があったのがこれで崩れた。
- 6000系や7000系などにも同様の内装になった車両があるが、パワーウィンドウはさすがに装備されなかった。
- リニューアル後は車内LEDやパワーウインドー装備など8000系以上の内装となった。
- 同時期登場の3300系と対照的にモータは静か。
- 3300系にはここまでのリニューアルは行われていない。
- 実は登場時は非冷房車だった。
- その後冷房改造・前面行先表示機取付け・リニューアル工事と3度の大改造を経験し現在の姿となった。
- MG(電動発電機)は神宝線車両にも関わらず東洋電機製を搭載。最初に冷房改造されたのと関係あるのだろうか?
- その後冷房改造・前面行先表示機取付け・リニューアル工事と3度の大改造を経験し現在の姿となった。
- 最高速度115km/h運転には対応していないため、昼間の特急運用には入らない。
- モーターに補償巻線(高速回転時にトルクを上げるために弱め界磁をキツくしてもモーターが燃えないための巻線)がないので出足は額面170kwの大出力で良いが上は界磁をそこまで弱められないので息切れする、6000なんかは140kwモーターでも弱め界磁5段あるから実は高速域だと5000よりトルクある、7000はもっと。
- 最近土休日ダイヤの日は車庫で寝ているらしい。
- 最初にリニューアルされた編成(5010F)のみ前面の車両番号が貫通扉に大きく取り付けられている。

最初にリニューアルされた5010Fは前面番号が貫通扉にある - 他の編成は車掌台側窓下に移され、数字も小さくなった。
- リニューアル前は2000・2800系の中間車を組み込んでいたことがある。特に2000系の中間車を組み込んだ編成は屋上のクーラーの数が異なる(2000系:3個・5000系:4個)と異なるため違和感もあった。
- 2800系は元京都線用特急車両だったため側面の窓配置が異なっていた。しかし2800系の組み込みは短期間で消滅した。
- リニューアル後は5100系を改造し中間に組み込んだがこれまでとは異なり5000系に編入されている。但し元から5000系の車両と5100系の改造車では車体断面が異なっている。
- 実際にはややいかり肩で、屋根が弓なりに湾曲している。
- 今津北線転用に伴う6連への短縮でほとんどが廃車されたが、2025年現在も1両だけ残存している。
- 5002Fの5572号車(旧5652号車)。
- ほとんどはT車からの改造だが、1両だけMcからの改造車が存在していた(5000Fの5570号車(旧5130号車))。
- リニューアル前は5000系としてのT車(5550形)は1両(5563号車)しかなかった。
- しかもその車両は5200系に組み込まれていたこともある。
- これは宝塚線運用を考慮して製造されたが、本系列の宝塚線運用は短期間で終わっている。
- 初期にリニューアルされた5008Fと5010Fの運転台撤去跡は運転室と客室の仕切がそのまま残され、元運転室の部分に2人分の座席が設置されている。
- そこはちょっとした個室の雰囲気が味わえる。
- 以後のリニューアル車では運転台撤去車も完全な中間車の形態になった。
- 6両化され今津北線に運用開始したが運転室の部分に2人分の座席は残されたままになっている。
- 6両化により抜かれたT車は廃車。因みにこれは元5100系である。
- 実は1980年代にも6両で今津線を走ったことがある。西宮北口のダイヤモンドクロスが健在の頃は今津駅にも入線していた。
- 地上で阪神車両と並ぶ姿も見られた。
- 遂に神戸本線を走る5000系も1編成のみとなった…これも時代の流れか…
- 関係ないけど3300系の方はバリバリです。廃車になってる編成もあるが…
- 結局最後まで本線を走っていた5000Fは3000系の最後の編成と同時に1編成まるごと廃車になってしまった…。
- 今や今北しか走っていない。
- 思えば旧1000系も5200系も末期は今北限定運用だった。
- まさに今北のヌシとなった。競馬関連のヘッドマークを付けてもらうことも多い。
- 2025年8月1日に1970年万博直通列車を復刻したミステリートレインに運用され、神戸線・京都線はもちろんのこと千里・嵐山線にも入線した。
- 千里線への入線は1970年の万博開催時以来で嵐山線や京都側の地下線に入線したのは初めてと思われる。
- 3300系の置き換えが進む一方、こいつの置き換えは全然進んでいない。もう登場から55年たったのだが。
- かといって、今の阪急だとこれを淘汰しても宝塚線の6000系を6連に短縮したやつを持ってくるってオチしか見えない。
- 5012Fの廃車開始により、6連化された編成も余命幾許かに。代わりに6連化されてやってきたのは、6000系ではなく、7000系(7004F)。
- 恐らく2000年代に新車並みの徹底したリニューアルが行われたからだろう。少なくとも6000の未リニューアル車よりは状態がいい。
- 登場から57年経っても、平気で検査を通している。置き換えの見通しも立っていないため、車齢60年まで使うことはほぼ確実だろう。(下手したら車齢70年も夢ではない?)
- 神戸線の10両運転廃止で増結車が余剰となるので、これが今津北線に転用されてくるかも。
- そのような動きは、今の所ない。というか、増結車だけでは5000系を潰しきれない。
- やはり新車並みにリニューアルを受けた第一陣の形式なだけあり、もしかしたら現場からも愛されてるのかも?
- 愛されてるというか、金かけすぎて今更消すに消せないって感じだと思う。
- さすがにVVVF化は行われなかったが、そこまでやっていたら1から新造したほうが安上がりというのもあるだろう。
- VVVF化は7000・7300系で実現したがこれらはアルミ車。
- 神戸線の10両運転廃止で増結車が余剰となるので、これが今津北線に転用されてくるかも。
- 計画段階では高運転台にする案もあったらしい。
- もし実現していたら東武8000系みたいな顔になっていたのだろうか?


- 1971年7月登場。
- 旧梅田駅に入線経験のある最後の系列でもある。
- 当初は6000系として計画されていたが、大阪市営地下鉄60系との番号の重複を避けるため5000番台の空き番である5100系に変更された。
- 製造当初は京都線にも投入されていた。
- 車番だけ見ると5000系の宝塚線バージョンのように見えるが、上記の通り実際にはそうではない。ただ一時的に全車両が宝塚線に配置されていたことはある。
- そのため5200系よりも後に生まれているのに形式が若い。
- よって5000・5200系とは全く別物である。
- その5000・5200系とは設計上連結運転が可能だが、今まで行われたことはない。
- そのため大阪側と神宝京側の先頭車の形式を分けることができず、やむを得ず奇数と偶数で区別することになった。その結果5100形は割り当てられた5100~5149の枠を全て使い切った。
- 5000系のリニューアルに伴い、一部車両が5000系に編入された。
- 徹底的にリニューアルされたものの、5000系6連化→今津北線転用の影響を受け大半の車両は5100系本体よりも早く廃車されてしまった。
- 現在は宝塚線及び今津線で運用されているが、伊丹線・箕面線に入ることもある。
- 両線で運用されている3000・3100系が検査に入るときなど。
- 箕面線は2016年から本運用になった。
- パンタグラフは原則として梅田寄り先頭車に1個付いているが、5132F・5136F・5146Fは2個付いている。
- あと5128Fはシングルアームパンタグラフになっているが、これは阪神大震災でパンタグラフを破損した車両が出たため、その補充分を捻出するために交換されたもの。
- 8000系の8008Fも同様。
- あと5128Fはシングルアームパンタグラフになっているが、これは阪神大震災でパンタグラフを破損した車両が出たため、その補充分を捻出するために交換されたもの。
- 登場時は0番台→4両、20番台→3両、40番台→2両編成に割り当てられていたため、必ずしも製造順に付番されていない。
- 6000・7000系にも同様のことがいえる。
- 2014年7月、5136Fが阪神本線を尼崎駅まで自力回送された。
- 阪急車両が阪神の線路を走るのはかつて今津駅で阪急車両が阪神線に暴走進入して以来。高性能車の時代になってからは初。
- 登場時は前述のように京都線を走り(堺筋線には入線してないが)、神戸高速、山陽と走り、阪神をも走行、能勢電でも運行と、何気に阪急では運用区間がもっとも広い車両となった。
- 阪神線は回送扱いだから運用と言えるのだろうか?
- 登場時は前述のように京都線を走り(堺筋線には入線してないが)、神戸高速、山陽と走り、阪神をも走行、能勢電でも運行と、何気に阪急では運用区間がもっとも広い車両となった。
- 阪急車両が阪神の線路を走るのはかつて今津駅で阪急車両が阪神線に暴走進入して以来。高性能車の時代になってからは初。
- 5700番台のT車はMc車(5100形)からの改造車。
- 全部で4両あるが、うち2両は元運転台のスペースが残るのに対し残りの2両は完全な中間車形態に改造されている。
- この番号は元々は今はなき5200系に割り当てられていた。
- 能勢電鉄に5136Fが持っていかれ、既存車両を置き換える模様である。
- 片方は非表示幕の原型顔をもっていたのが、成形されてしまった。
- 3月中旬に営業開始。
- 自動放送の中の人が加藤純子さんに、関西標準の「プー♪」チャイムも阪急8000系以降と同じチャイムに。
- 3月中旬に営業開始。
- 移籍にあたり前照灯・行先表示器がLED化され、前面にはイノシシ対策とかでスカートが取り付けられた。
- LED前照灯のメーカー・形状や行先表示器のLEDのフォントは阪急とは異なる。
- 後に5146Fと5108Fも能勢電鉄に持っていかれ、4連5本・2連2本が出揃い同社の1500系をすべて淘汰した。
- その後の増備は消費電力量の関係で7200系に移行。
- 5108Fは能勢電の4連では唯一の1パンタ車。
- 片方は非表示幕の原型顔をもっていたのが、成形されてしまった。
- 9000系のような顔に整形された車両が存在したことがある。
- 7000・7300系リニューアルの検討のために試験的に改造したもの。前面の車番も「7320」になっていた。
- この顔で実際に営業運転に入ったことはなく、試験終了後に廃車された。
- 営業運転に入る姿を見たかった…。
- 5112号車。2024年7~8月に阪急百貨店うめだ本店で開催された鉄道模型フェスティバルでこいつの模型が展示された。
- 5300系と異なり、電磁直通ブレーキを採用した。電気指令ブレーキは、神宝線では6000系(厳密には2200系)から採用した。
- 実は6000系登場後も一部のT車が製造されていた。
- 1976年製造の5681・5683と1979年製造の5685。同時期に製造された5300系は屋上のクーラーが6000系以降と同じく3個になったがこちらは4個のまま。実際には同時期にクーラーの交換を行った2800系から流用された。
- 5200系での試験を基にして製造された量産冷房車だが、冷房ダクトの分だけ盛り上がっていた5200系から車体断面が見直され、全高が低くなって屋根が扁平な感じになった。車内天井の高さは変わらない。
- 本系列から9000系まで基本的に先頭車はMc車となった(2200・6300系など例外はあるが)。
- 立ち位置が近鉄2610系と似ている。その前に2600・2680系と4ドアボックスシート車があったがこれらは試作車で、2610系は量産車という位置づけ。同様に本系列も5200系は試作冷房車に対しこちらは量産冷房車。
- 近鉄2680系も試作冷房車である。
- 2000系デビューで消されるかと思われた5104Fが、40日の休車期間を経て復活した。
- 2000F増備の目的は、運用が増えた神戸線に9010Fを送り込むこと。そのため、2000F絡みの廃車は一切発生していない。
- 同時に、正雀に放置されていた2両編成の5102Fが廃車になった。
- 本来は山下以北のシャトル用として取っておいてたが、計画変更で7000系が譲渡されることになったため、10年弱放置されてきた。

- 阪急初の試作冷房車。
- 近鉄で言う、2680系のような存在。
- 京阪で言うと2400系だが、向こうは車体改修を経て2026年現在も現役。登場は向こうの方が1年早い。
- 試作的要素が多かったせいか、バブル経済期にあっさり全車廃車されてしまった。
- 実際は1999年まで走っていて、末期は今北の顔でした。これより新しい2800系最終編成の2倍近くは生きていた。
- 実は2800系の最終廃車は2001年だった(2300系に組み込まれていた車両があった)。
- 異端児を嫌う阪急の社風が故。
- そのためか方向幕の取り付けなどの改造は行われず、早々と今津線や伊丹線といった支線に転用された。
- ある意味近鉄2600系と境遇が似ている。こちらも同じ1970年生まれで、4扉クロスシートの試作車だった故、量産車と言える2610系よりもかなり早く引退を強いられている。
- 能勢電に譲渡された車両も存在しない。モーターが170kwで能勢電では性能過剰だったためか。
- 1つ前の5000系が魔改造を受けて長生きしたのとは対照的。
- 方向幕改造や内装更新も1両も行われなかった。
- 実際は1999年まで走っていて、末期は今北の顔でした。これより新しい2800系最終編成の2倍近くは生きていた。
- 神戸線運用の末期には2000系や2800系、5100系の中間車を組み込んだ編成も存在していた。
- 冷房ダクトの分屋根が高いのが特徴だった。5100系以降の車両はダクトの形状などを工夫し他の車両と同等の高さになった。
- パンタグラフのない車両のクーラーキセは5個あったが、そのうち1つはダミーだった。
- 正面から見ると5000系と比べて屋根が尖った感じに見えるのが特徴だった。
- 主に神戸線で活躍していたが、登場時には冷房車のデモンストレーションのため宝塚線を走ったことがある。
- 引退直前に箕面線に入線したこともある。
- 現在は正雀工場内に5251号車の運転台部分がカットボディとして保存されている。
- 台車の流用は実施されたが、走行機器は5000系とほぼ同一であるにもかかわらず全く流用されずに終わった。
- 車体譲渡も実施せず。引き取り手はそこそこあったと思われるが如何せん鋼製車体であることと台車の手配が難しかった可能性があることが要因と推定される。
- 阪急は、機器流用には消極的だからね。最後に機器流用をやった例は、昭和31年の1600系(種車はP-6)。
- 5000系の予備品として残している可能性はある。
- 5201Fは阪神大震災で伊丹駅の崩壊に巻き込まれたが、4両全車が復旧された。


- 5100系の京都線バージョン。地下鉄堺筋線乗り入れのため寸法は3300系と同じ。
- 京都線初の冷房車は5100系だったが、将来の堺筋線乗り入れに対応させておいた方が有利だということで本形式が登場した。当初は乗り入れ協定で冷房車は堺筋線に乗り入れられなかったらしい。
- 前期タイプと後期タイプで冷房装置が異なる。
- 編成内で混在していることも多い。
- 後期製造車は神宝線の6000系や京都線特急車の6300系と同世代だが、堺筋線乗り入れの関係かワンハンドル運転台や電動式方向幕は採用されなかった。
- 6000系の京都線版が6300系と勘違いされがちだが、6000系(と5100系)の京都線版はこの5300系である。
- 前面のスカートもない。
- 登場から暫くは堺筋線乗り入れを行わず、1979年の堺筋急行運転開始の時から乗り入れるようになった。
- 8連だったため、普通での堺筋線乗り入れは平成になってから。
- 天下茶屋延長前後には6連での普通乗り入れも見られた。
- 当初は3300系と同じく前面に手動の方向幕がついていた。
- 現在も中間に組み込まれている先頭車には残っている。
- 現在は全編成電動式方向幕の設置は完了しているが施工時期により大型幕のものと小型幕のものとがある。8連は全て大型幕だが7連は5301Fと5311Fが大型幕で他は小型幕。
- 手動方向幕は原則、堺筋線直通の運用のみで使用されていた。本線運用では方向幕は空白表示にし、行先票を用いていた。
- 例えば梅田発河原町行き急行の場合、“急/河原町”の方向幕は使用せず空白表示にして急行用の行先票を用いていた。側面の行灯は“急行”のみ点灯。
- 堺筋線直通の急行の場合は「堺筋 急行」と行灯が点灯していた。
- 側面の行灯は、近鉄の丸屋根車や界磁チョッパ車でも見られた。
- 梅千直通の場合、梅田、北千里の方向幕はせず空白表示にして行先票(緑のアレ)を用いていた。
- ただしごくまれに行先票の都合がつかなかった場合等、例外的に本線運用で方向幕を使用したケースもあった。
- だから「梅田」も入っていたらしい(何かの本で見た)。
- 例えば梅田発河原町行き急行の場合、“急/河原町”の方向幕は使用せず空白表示にして急行用の行先票を用いていた。側面の行灯は“急行”のみ点灯。
- 手動の方向幕は最初は白地に黒文字だったが、天下茶屋延長を機にローマ字入りの黒字に白文字に変更された。とはいえこれと前後して電動式方向幕の取り付けが始まったのでこれが見られたのはごく短期間だった。
- 阪急の車両としては初めて電気指令式ブレーキを採用した。但しワンハンドルマスコンは採用されなかったため、電気指令式ブレーキの車両としては唯一2ハンドル運転台となっている。
- そのせいで、7300系・8300系・9300系と併結できない。
- 厳密には、ブレーキ段数が異なるから。
- そのせいで、阪急の脳内ではHSC車と同類の扱いとなっている。屋根上のアイボリー塗装も、対象外。
- そのせいで、7300系・8300系・9300系と併結できない。
- 最後に製造された5890号車はスイープファンを装備するため、他車と車内天井が異なる。
- 同様の形態は6300系6330Fや7000系7010Fにも見られたが、前者は廃車、後者はリニューアルされたため現存するのはこの車両のみ。
- 外観もクーラーが少し中央に寄っている。
- 実は一時期電機子チョッパ制御の試験車が存在したことがある。
- 5863号車。この車両での試験終了後編成としての実用試験車2200系が登場した。
- 阪急京都線初のTD平行カルダン駆動方式車両。
- 京都線車両はこれまで車番の末尾が1から始まっていたが、本系列より神宝線と同じく0から始まるようになった。
- 2019年に入ってとうとう廃車が発生(写真の5306F)。先輩3300系がまだまだ生き残っているのに。
- 物持ちの良い阪急だからそう思うのだろうが、よく考えると登場から45年以上が経過している。他社なら廃車になっていて然るべきだろう。
- 気がつけば2022年で生誕50年を迎えた。
- 同じ1972年製造の2800系後期車は製造から16年で廃車となっているのに。
- そこからというもの、8→7連短縮時に余った1両をスクラップしてる以外に廃車は出ていない。2022年時点で3300系すら消せてないので、この形式は間違いなく還暦を迎えると思う。
- 同期の6000系がワンマン改造を受けて長生きしようとしているのを見ると、5300系もワンマン改造を受けて嵐山線に転用になる可能性もワンチャン。下記の通り、足回りは6300系と同じなわけだし。
- 物持ちの良い阪急だからそう思うのだろうが、よく考えると登場から45年以上が経過している。他社なら廃車になっていて然るべきだろう。
- 3300系同様最高115km/hに対応していないため特急運用には入らないが、こちらも2000年代には特急運用に入っていたことがある。
- 3300系も特急運用に入っていた。
- 京阪神急行電鉄最後の形式。5303までが、京阪神急行電鉄を経験している。
- P-6を置き換えた張本人。性能がめちゃめちゃ良くて速かったからP-6ファンはものの見事にアンチ5300になったのだとか。
- 上記の5303Fが、P-6の最後の1編成を置き換えた張本人。
- 性能は新京阪P-6を超える設計が為されているとかいないとか。P-6なら起動加速で圧倒できるみたい。当時のライバルとして、103系電車がいるけど、京阪神緩行線の103系電車は5300系に勝てなかったそうですからね。そして、P-6を全て置き換え、また京都線から全ての吊り掛け駆動車を置き換えた阪急京都線版103系とも言えなくない車両。103系も多くの通勤路線において、茶色い旧型国電を全て置き換えたので、それを阪急京都線でやった車両という意味では一緒。
- 6000系と同様、リニューアルを受けた車両は少数派で終わった。
- そのため、5300系未更新車は3300系更新車より先に置き換えられるとの見方も出ている。(現に5304Fの動きが怪しい)
- それでも3300系以前の電磁直通ブレーキ車両はいち早く消したい意図の可能性が否定できないため、3300系の全廃後直ちに置き換えが始まるという見方もできる。
- 結局車齢52年目にして、延命された。
- 台車は1300系と同じものに変更。最低でも還暦までは使われることが確約された。
- 5317Fは、復帰後に2度も故障。延命してもどうにもならないほど老朽化してるか、正雀工場のツメが甘いかのどちらかである。おかげで、3329Fがいつまで経っても廃車されないんだとか。
- そのため、5300系未更新車は3300系更新車より先に置き換えられるとの見方も出ている。(現に5304Fの動きが怪しい)
- 未更新車は、自動放送の音質がクッソ悪い。7321-7323Fにも言える。
- 2025年11月をもって堺筋線から撤退。3300系より先に堺筋線から撤退することになった。
- 一方で、3300系7連の消滅によって、京都線で7連と言われたら十中八九これが来る。
- 8300系には7連が存在しないこと、7300系は7300Fの1本しかないため。
| 阪急電鉄 |
|---|
| 神戸線 | 宝塚線 | 京都線(列車種別) | 勝手に新線 車両(形式別/京都線) | 高級感 | バス 百貨店 | 球団 | 宝塚 | 偽モノ |