阪急の車両/形式別
表示
< 阪急の車両
- 阪急京都線の車両(新京阪鉄道の車両を含む)
- 1000系(1300系含む)
- 5000系(5100系・5200系・5300系含む)
- 6000系
- 7000系(7300系含む)
- 8000系(8200系・8300系含む)
- 9300系

- 神戸線・宝塚線の次世代を担う車両。
- …のはずなのだが、なかなか増備が進まない。
- 9300系の増備が一段落した2010年度から急速に増備が進み。最終的には11編成88両が揃った。
- 登場後数年間は神戸線・宝塚線に1編成ずつしか配備されていなかった。
- とはいえ遠くからでもすぐ識別できるため目立っていた。屋根のクリーム色の部分が妙に大きかったり(なんとなく雪が積もっているようにも見える)、フルカラーLEDの方向幕だったり。
- 神戸線では11年ぶり、宝塚線では10年ぶりの新車だった。
- 阪急の低迷期に出てきた車両の割にはずいぶん金がかかっているが、某日本鉄道みたいに新車を入れるために運賃10%値上げなんてことはしていない。
- その代わり、増備ペースは遅かった。某日本鉄道は年に80両とか入れてるのに対し、阪急は年24両〜32両がいいところ。
- 運賃値上げしなかった代わりに、増備のペースはかなり遅かった。
- これでも「A-train」。
- 安っぽさのかけらも感じさせない内装は、さすが阪急といったところである。
- 1000系はやや安っぽくなった。
- 外観は9300系と殆ど同じだが、車内は全然違う。
- 神宝の奴は側面の窓枠の幅が狭い。
- 特急用の兄貴分:9300系とは対照的に、こちらは普通運用が多い(特に神戸線所属車両)。
- 8200系と連結したら行先表示にバグが生じるので、8200系と連結する可能性のある特急運用には外される傾向にあった。最近は特急運用も増えてきたような気がする。
- 最近は普通運用のほうがレアだ。兄貴9300と似てきているな。
- 置き換えられる車両が特急運用に入れない3000系だったからでは。
- 8200系と連結したら行先表示にバグが生じるので、8200系と連結する可能性のある特急運用には外される傾向にあった。最近は特急運用も増えてきたような気がする。
- 9000・9300系は車端部と乗務員室背後以外窓が開かないが、わずかな開く窓がちゃんとパワーウィンドーになっているのは阪急クオリティか。
- 方向幕(幕ではないが)が切り替わると、車内液晶テレビの左側が阪急マークになる。回送の場合は、両方阪急マークになる。終点駅手前のどこで切り替えたか、車内から分かる。
- 2012年現在偶数編成は神戸線に、奇数編成は宝塚線に投入されているが、今後は置き換え対象の3000系が宝塚線に集中しているので9000系も宝塚線ばかりに投入されるのであろうか?
- 但し最終編成の9010Fは偶数編成だが例外的に宝塚線所属。
- 2025年に神戸線に転属した。
- 10両運転廃止に伴い神戸線の運用数が増えたのと、宝塚線に2000Fが投入されたため。
- 2025年に神戸線に転属した。
- 但し最終編成の9010Fは偶数編成だが例外的に宝塚線所属。
- 新1000系としてモデルチェンジ車が投入される為、この系列は打ち止め決定。
- 日生エクスプレスの運用につくのはいつなのかが分からない。
- 日生エクスプレスの運用は1000系に先を越されてしまった。
- 5100系以降の神宝線車両では唯一能勢電に乗り入れたことがない(7000系は一部が7200系として能勢電に譲渡されているため)。
- 3M5Tなので能勢電の勾配を登れないからかも。
- ダイヤ乱れで、川西までの星特に入った。
- 最近は神戸・宝塚両線間の車両数調整に使われることが多い。
- 行き先表示がLEDなので設定を変更するだけで対応できるため。
- 2016年以降は神戸線の全種別(10両編成の特急、通勤特急を含む)、宝塚線の特急日生エクスプレス以外の全種別で使用されている。
- 10連運用ではアルナ車との連結も見られる。
- 車内灯は9000・9001Fが蛍光灯で9002F以降はLEDに変更された。
- カバーが付いているためわかりにくいが後者の方が少し暗いような感じもする。
- 9300系にも言えることだが、走行中にLEDつけっぱなしで走ってるせいで、明らかに色が劣化している。
- 9001Fを皮切りに、改修工事(近鉄でいうA更新?)でLED表示器の色は改善。ついでにAトレ迷物の使いにくいドア横手すりも交換された。
- この反省から、2000系では走行中にLEDを消すことに。
- 誰も気にしてくれないけど、関西の鉄道会社では初のフルカラーLED搭載車である。
- 9000Fの製造当初は現在とフォントが異なっていたらしい。営業運転までに現在のものに変更されたが。
- ちなみに関西で2番目にフルカラーLEDを採用したのは313系5000番台だが、阪急9000系のデビューはそれより5ヶ月ほど早かった
- 313系5000番台って関西か?
- 米原駅に来てるんで…ちなみに313系入れなければ次点は阪神1000系。
- 313系5000番台って関西か?
- 神戸線の勾配を登るのに、3M5Tは無茶しすぎではないだろうか。9300系みたいな特急専用ではないんだから。
- そのため、今後リニューアルされる際には2000系と同じ機器に換装して4M4T化もあるかも。姉妹系列である9300系はロングシート化に合わせて2300系と同じ機器で4M4T化されたということもあるし。
- あるいはこちらを宝塚線に集め、1000・2000系を神戸線にトレードするとか。
- 能勢電鉄に入れないのは、この
クソ性能電動車率の低さのせいかも。

- とうとうスタンションポールに屈してしまった。
- 阪急では過去に8200系で実績があるが、あちらは座席収納ができなくなった時に撤去された。
- 座席の仕切り板が半透明になったことで、1000系より更に標準電車感満載な内装になった。
- 寧ろ遅きに失した感じがする。相変わらずバケットシートは見送り。個人的にはゴールデンオリーブのモケットに覆われた東タイプの座面も見てみたいものだ。
- 一方で、9にあるような理由から、むしろ標準電車感満載な1000系と比べて、阪急電車らしさを取り戻した、という声も聞かれる。
- 阪急阪神お得意のPMSMモーターがここでも採用される。
- 正直、阪急の駅間距離でPMSMってあまり恩恵受けれなさそうな気がするのだが…
- 駅間の短い宝塚線メインで投入する気なのだろう。5100系や6000系を潰さにゃならんので。
- その前段階で8040・41・7024Fの異端編成を潰して転用する可能性がある。
- トプナンの2000Fは宝塚線に投入されたが、2025年12月に投入された2001Fは神戸線所属となった。
- 音は1000系から全く変わっていない。
- IGBTからsicに変わっても音が変わっていないのは、南海8300系と同じ。
- sic-VVVFにPMSMモーターだから、東京メトロ2000系みたいなのを期待してた。
- 普通に315系みたいなやつにすればいいのに。
- SiCなのでVVVF音は1000系に比べればだいぶ静かになった気がする。あとブレーキの緩解音も。
- 出だしの「シャー」という音は1000系と比べても小さい。
- 相変わらず8連のみ作るらしい。短編成化は考慮されていない。
- 甲陽線向け3連が出てきたりしないかなー、と期待していたのだが、新3000系までお預けかな。
- いや、異番台か2200系で対処すれば解決でしょ。
- むしろ必要なのは、6連の方だ。5000系置き換えの目処が、全く立っていない。
- 増結編成活用や、2+6の編成解体で捻出可能と推察。そのためだけに2000系を導入する可能性大。
- 甲陽線向け3連が出てきたりしないかなー、と期待していたのだが、新3000系までお預けかな。
- 車端部の車椅子スペースがかなり拡大され、そのために座席が減ってしまう。
- 2300系と比べて話題性がなく、このページも過疎っている。(ぶっちゃけ1000系のマイナーチェンジでしかないから仕方ないか)
- ロングシートなので、側面構造は完全に1000系と同じ。
- せめて側窓ぐらい2300系と同じでもよかったのでは。そうすれば1000系と区別できるし
- JR東海や東急や京急だったら、既存の形式の番台違いで済ましそうな違いだ。
- 阪急とは逆に旧国鉄では、大幅に見た目や性能が変わっても、既存の形式のマイナーチェンジ扱いにされることがベタだった。(EF60や485系、415系など)
- 新形式を起こすと労働組合が反対したため。
- 阪急とは逆に旧国鉄では、大幅に見た目や性能が変わっても、既存の形式のマイナーチェンジ扱いにされることがベタだった。(EF60や485系、415系など)
- ロングシートなので、側面構造は完全に1000系と同じ。
- 2300系と同時期に登場かと思われたが、まさかの冬以降…
- 能勢には入れるらしい。
- あと通勤特急に対応するか否か……。通勤特急対応の場合は2100番台が女性専用車両対応となる必要がある。
- 能勢には入れる模様。
- 能勢電には先代の2000系こと1700系が在籍しているので、ごく短期間だが新旧の2000系が共演することになる。
- 阪神や山陽と異なり、ドアボタンは設置されていない。特急専用の2300系には要らないとしても、2000系にはあってもよいのでは。
- 車内の木目化粧板は荷物棚の上まで貼られるようになり、8000系以前に戻った。
- 前年登場した2300系も第2編成の2301Fから同様になる。
- 格好ばかりで窓がないのはけしからん。
- TCMSという編成全体統合システムモニタリング装置を付けたので機器が増えて乗務員室仕切りが戸袋ギリギリになり座席も小窓も無くなってしまった。
- メインの装置を床下に搭載すれば座席と窓が設置できそうなのだが…。
- 8200系も運転室仕切壁のすぐ後ろが戸袋だが、戸袋窓を設置している。
- 8200系ですら運転席直後に2人掛けの座席があるのに。
- 6000系や7000系のように後から小窓を開けようにも上記のように仕切りが戸袋ギリギリだし壁の裏も配電盤なのでどうにもならない、誰だ設計したヤツ。
- その分客室が狭くなっているが一部の機器を床下に搭載したら、とも思う…。
- 同じように機器が増えたせいで近鉄8A系も運転室と客室の仕切り壁の窓がなくなってしまった。
- こちらは仕切り壁に窓があるだけまだましか?ついでに言うと仕切り壁の形状は大阪メトロ新20系なんかと近い形状。
- TCMSという編成全体統合システムモニタリング装置を付けたので機器が増えて乗務員室仕切りが戸袋ギリギリになり座席も小窓も無くなってしまった。
- 東京の鉄道会社ですら減量・減便一辺倒のこのご時世に、2000Fはまさかの「車両不足に伴う増備」。
- 2300Fも。あちらは特急を完全に2300系で統一する(近鉄みたいに一般車と特急車で完全に運用を分離する)ため。
- その後も、2000系がデビューするたびに、ボロの置き換えはそっちのけで、神戸線と宝塚線の間で8連のたらい回しが行われる始末。
- 車内には「空気清浄機」と書かれたステッカーが貼られている。
- 920系を改造した救援車。
- 旧性能電車を事業用車に改造し、前面が変わってしまった点では、私鉄版クモニ83。
- クエなので、単独走行できない。
- 4両いるうち3両は、電気指令式ブレーキに改造され、4250形に改番された。
- 1997年に除籍された。ここ最近動いたと言う話を聞かない。
- 2023年10月の深夜に桂車庫にいた4053号車が8300系に牽引されて本線走行したが、それを撮影するために線路内に入る悪質な撮り鉄が散見された。
- 後日テレビでも取り上げられた…。
- あれが解体のための帰らぬ旅と言われているが、どうなるか。
- 結局4052号とともに廃車搬出。
- 4050号は、ファンクラブの撮影会で8002Fと連結して少し話題になった。
- 2024年10月にも4050・4051号がいずれも正雀送りとなり、このまま全廃となる公算になり得る。
- 正雀へは深夜の回送となったが、十三駅近くの踏切にはその情報を聞きつけたマニアが大挙して押し寄せ、踏切内にまで入って線路を塞いだ。
- ここまでの撮り鉄の暴走は常軌を逸するが、翌日以降マスコミがこぞって取り上げた。
- 正雀へは深夜の回送となったが、十三駅近くの踏切にはその情報を聞きつけたマニアが大挙して押し寄せ、踏切内にまで入って線路を塞いだ。
- 箕面有馬電気軌道開業当時の車両。
- 阪神や京阪開業当初の車両とは異なり3扉車だった。
- 当初は木造だったが、後に鋼体化され角張った外観になった。
- 戦後間もない頃に現在の京阪京津線の四宮車庫が火災に遭い、焼失した車両の補充として当時同じ会社だった大津線に移籍した車両がある。
- 現在は正雀車庫に1両が保存されている。
- 昇圧で不要になった鉄道省の電車を目黒蒲田電鉄がもらったものの、いっぱいありすぎて一部を阪急がもらった。
- 名鉄3830系と同様、大手私鉄が東急から車両をもらった例となる。
- 現代で例えるなら、日比谷線直通の廃止で余った東急1000系を、阪急の伊丹線や箕面線向けに標準軌化して譲渡しているようなものだ。
- 名鉄3830系と同様、大手私鉄が東急から車両をもらった例となる。
- 「阪急のつばめ号」と言われた。
- 戦時下で通勤者が増加した阪急が、加越鉄道で気動車に置き換えられて留置されていた客車に目を付けた。
- 末期は伊丹線で使われていた。
- 神戸線の900系を小型化した宝塚線用車両。
- 末期は能勢電鉄で運用されていた。
- 320系の増備車両。
- 戦後間もない頃は進駐軍専用車両になっていたことがある。
- こちらも能勢電鉄に譲渡されたが、1両だけだった。
- 半鋼製車体。
- 510号は日本初かつ大正時代では唯一の全鋼製車体だったが、1年もせずに事故廃車。勿体無い。
- 次の全鋼製車体は、東京地下鉄道1000形の登場を待つ必要があった。
- 320系の片運転台バージョンで、いわば920系の宝塚線版。
- 小型車ではあったが広幅貫通路があった。
- 阪急引退後は能勢電鉄の他広島電鉄に譲渡された車両もあった。
- 610系を作る際木造車と台車やモーターを振り替えた。

- 戦後復興期に作られた規格形電車。
- そのため他の阪急車両と異なり側窓は2段式が採用されている。
- 京都線の700系や京阪1300系(登場時はまだ京阪神急行電鉄の一員だった)も同様。
- 但しラストナンバーの565号車のみ1段窓で500系と同じ外観だった。
- そのため他の阪急車両と異なり側窓は2段式が採用されている。
- 320系や500系と異なり、能勢電へ譲渡されず昇圧時に全車廃車。
- トップナンバーの550号車はアルナ工機で保存された。
- この形式以降、8200系に至るまでの全ての形式が、ナニワ工機→アルナ工機で製造された。
- 510号をベースに製造された、全鋼製車体。
- 鋼製車体で一段下降窓にもかかわらず、結構長持ちした。
- 157系や小田急9000形は、これが理由で老朽化が早まったというが、阪急の整備力すげえ…
- 昇圧後も生き残り、全廃は1975年。
- 引退後、能勢に行った610系の再電装化のために機器が流用された。
- したがって、足回りは平成まで生き延びた。
- 阪神本線の今津→久寿川間を走ったことがある。
- 正雀工場で今でも保存されている。
- 川重で保存されていたものが里帰りした。
- 木造車の更新名義で登場した小型車両。
- 車体は810系を15m級に短縮した感じで車体幅は他の小型車よりも広かった。
- トップナンバー(610・660)のみ前面非貫通だった。
- その他の車両は810系と同じ顔だったが、前面窓がHゴムになった車両もあった。
- 800系と異なり中央の窓の高さは左右のそれと同じだった。
- 小型車だったためか、比較的早くに阪急から引退、1970~80年代に能勢電鉄に移籍した。
- 能勢電鉄には勾配区間があったため、阪急時代にT車化された車両もM車に戻された。
- 能勢電鉄に移籍したことが幸いして710系や810系が1980年代のうちに全廃されたのに対しこちらは1990年代初頭まで活躍できた。
- 1000系登場前にカルダン駆動の試験車にされたことがある。
- 920系の増備車。
- 同系との混結も見られた。
- 一部の車両は前面非貫通型だった。
- その車両は中央部の窓がやや高く、現在の和歌山電鐵2270系に似たようなスタイルだった。
- 一時期アメリカ博をPRするためにマルーン以外に塗装されていたことがある。
- 登場時は700系を名乗っていたが、京都線の700系との重複を避けるため800系に改番された。
- 神宝京3線共通の車体寸法を採用した初めての車両。
- 神宝線では初の19m車だった。
- 阪急の吊り掛け駆動の車両としては最後まで残った。
- 一部は複電圧車として登場し、京都~神戸間の直通特急や京都~宝塚の歌劇特急に運用されたことがある。
- 派生の形式が、近鉄のGTO-VVVF車なみに多い。
- 快速阪急の名を轟かせた名車両。
- 現在は正雀工場にトップナンバーの900号車が保存されている。
- 運転室の寸法は920系と比べて狭かったらしい。
- そのため末期には中間車化されていた。

- 900系の片運転台版で、Mc-Tcの2両ユニットを採用した。
- 連結面には広幅貫通路が採用された。
- 戦後に更新工事が行われた時に中間車に改造された車両もある。
- 900系と異なり車内はロングシートだった。
- 製造初年は昭和9年だが、戦後の昭和23年まで製造された。
- 昭和初期製造にも関わらず、1980年代まで活躍していた。
- 営業車としては1982年に引退したが、その後4両が救援車に改造され、4050形となった。
- 阪急初のカルダン駆動電車。
- 1953年(昭和28年)登場。
- これは正確には1000系だが、試作的な存在だったため早期にT車化された。
- 1010・1100系との違いはファンデリアがなかったことで、屋根部が異なっていた。
- 最後まで冷房改造は行われなかった。
- 計画段階では窓まわりが白く塗られ、前面非貫通という案もあったらしい。塗装に関しては後に能勢電で実現した。
- 神宝線の片開き扉を持つ最終形式でもあった。
- 外観は昭和30年代前半の製造にしては古めかしく、810系の流れを汲むデザインだった。側窓の周りが1段膨らんでいたのが特徴だった。
- 同じ頃、西武鉄道が「質より量」と言う方針のもと、車体だけ近代的で機器は戦前レベルの電車を量産しまくってたが、阪急は逆に「量より質」だったので、機器は新しいが、車体の外観は古かった。
- 一般人に「既存形式との違いがわからん」と指摘されすぎて、車内広告に「今年度の新車です」とわざわざ掲載したらしい。どこのボーイング777だよ。
- 実際には近鉄のラビットカーこと6800系と同世代だが、両開き扉を採用したこともあり向こうの方が新しく見える。
- 同い年の国鉄72系920番台(全金属車体・吊りかけ)の方が新しく見える。
- 実際、ブレーキは旧型電車と同じ自動空気ブレーキだった。そのため、2000系以降の車両と併結・混結することは不可能。
- 最終的にHSCに改造されたが、電気ブレーキがなかったためやはり2000系以降の車両と連結することはなかった。
- そのため、営団1700形や西武601系のように、「カルダン駆動やWN駆動だからって新性能電車に含んでいいかどうか迷う形式」である。
- そのためか冷房が付くと違和感を覚えた。
- 当時のナニワ工機というと、東武7800系なんて作ってた頃であり、そちらは古臭く見えるどころか、半鋼製車体という体たらくだった。
- 外観は昭和30年代前半の製造にしては古めかしく、810系の流れを汲むデザインだった。側窓の周りが1段膨らんでいたのが特徴だった。
- 廃車になった車両のうち2本はのせでんに譲渡され、1000系と名乗った。
- 2001年に3100系(鉄仮面)に代替される形で廃車・解体となってしまった。
- 老朽化と構造上ワンマン運転関連の機器を搭載することができなかったため使い勝手が悪かったそう。
- 移籍と同時に一部先頭車の中間車化改造が行われたが、元からの中間車と見まごう外観だった。
- 末期には、日生エクスプレスで使われていた8000系との並びが見られた。
- 1970年代に冷房改造が行われたが、全車両には及ばなかった。
- 冷房改造された車両は阪急としては珍しく車内の蛍光灯のカバーがなかった。
- 当時2100・3000・3300系などに非冷房車が残っていたが、これらを差し置いて先に冷房改造が行われた。
- 自社の正雀工場だけでは間に合わなかったためか、外部の大阪車輌工業でも改造が行われた。
- 1010系が神戸線、1100系が宝塚線用だったが、末期は混用されていた。
- 実は最終製造は2000系登場後の1961年だった。
- 増結用Tc車の1190形がそれ。
- 後期製造の車両は前面窓と連結面の窓のHゴムがなかった。
- 8000系登場と引き換えに1989年に阪急から引退した。
- 製造から30年ちょっとで引退したが、今から考えると短命だったと思う。今の阪急は基本的に50年前後車両を使うので。
- 同時期に登場した京阪1810系が1900系に改造されて21世紀まで生き延びたのとは対照的。
- 2000系以降の車両と比べて車体内外が古臭く見劣りがしたためだったらしい。
- そのためか、1970年代後半以降は冷房改造された車両も基本的に支線区での運用がメインになっていた。
- 製造から30年ちょっとで引退したが、今から考えると短命だったと思う。今の阪急は基本的に50年前後車両を使うので。
- 1100系には初代1111号車が存在していた。
- 冷房改造されなかったためか、早期に廃車された。
- 1100号車は前面と側面の窓がアルミ枠支持となっていた。
- 形式消滅からなんと33年も経ってから、阪急の駅ポスターのイラストに登場するように。
- 車体は1010・1100系と同一だが、走行機器は旧型車両のものを流用した釣り掛け車。
- そのためか、冷房改造はされず810系よりも早く廃車された。
- 正直、釣り掛けでも違和感ない外観。むしろこの見た目のカルダン駆動がいたことの方が驚き。
- 西武601系に対する551系に相当する存在。
- 京都線1300系の編成替えにより余剰となった付随車を組み込んでいたことがある。


- 現在の阪急スタイルを確立した車両。
- 編成としては1992年に阪急から姿を消したが、中間車の一部が3000系などに組み込まれて現存する。
- 阪急から引退した車両は能勢電鉄に譲渡され、同社の1700系となっている。
- その1700系が随時、5100系に置き換えられる模様となっている。
- 阪急時代2100系に組み込まれていた車両については同系とともに1500系として一足早く能勢電鉄に移籍した。その際阪急に残った2100系の中間車を2000系の空き番号に改番している。
- 阪急から引退した車両は能勢電鉄に譲渡され、同社の1700系となっている。
- 2021・2100系という派生系列がある。
- 2021系は比較的早くに全車両T車化され、3000系や5000系に組み込まれていった。
- 以後2071系と呼ばれることもある。
- 3000系の3066Fに組み込まれている2093号車は阪急としては最後の旧2100系の生き残り。
- 2021系は比較的早くに全車両T車化され、3000系や5000系に組み込まれていった。
- トップナンバー(2050号)は六甲駅の事故で廃車になってしまった。
- 2代目2050は2100系の2154を改造したもの。この車両は今でも能勢電鉄で現役。
- 当初は回生ブレーキ・定速制御を有し「オートカー」の愛称があったが、昇圧時に撤去され空気ブレーキのみとなった。
- そのためか、神戸線の高速走行に支障を来たし比較的早く阪急から撤退した。
- 西宮北口駅の平面交差廃止で分断された後の今津南線にこれが3両で投入された。後に甲陽線と共通運用になった。
- 2021系は昇圧後も回生ブレーキと定速制御があったが、その分制御装置が複雑だったため、上記の如く早くに全車両T化された。
- そのため2000系とは連結できなかったらしい。
- 空気バネ台車の車両もあったがこれは同じく空気バネ台車を使っている5000系に組み込まれた。同時に冷房改造も行われたが後に1010系などからの廃車発生品である金属バネ台車に交換されてしまった。
- 5000系に組み込まれた車両は一部に2000系最大の特徴である広幅貫通路が残っていた。但し21世紀のリニューアルではさすがに対象にならず5100系のT車に差し替えられ廃車された。
- ノーマルな2000系でも5000系に組み込まれた車両がある。
- それどころか5200系に組み込まれた車両もある。
- 震災復旧絡みでT化された後再びM化され3000系に編入された車両もある。
- 2021→2171→3022(2代目)がそれ。今津北線で運用されていた。
- T車化後の車番は元の車番+150。但し2180のみ欠番だったが、これは2030号車が六甲事故に関連して2154が阪急に残留した身代わりで能勢電に移籍したため。
- 2021→2171→3022(2代目)がそれ。今津北線で運用されていた。
- 昇圧まで750V定格のモーターを600Vで使っていたため、フラッシュオーバー故障が相次ぎ、神戸線の高速走行に支障を来したため、昇圧後は基本的に宝塚線で運用されていた。
- 2100系の複電圧車両は存在しなかった。
- こんな2021系だが、2024年現在能勢電に譲渡された2両が現存する(1700系の1785と1787号車)。
- 2000系とは座席下の蹴込みや側窓の把手の形状が異なる(共に3000系以降と同じタイプになった)。
- 2100系も同様。
- 昇圧改造の際モーターを複巻から直巻に改造している。
- 名鉄にも似たようなやつがいた。7500系。こちらも回生ブレーキと定速制御を持つ一方、他形式との併結は不可能だった。
- だが、こちらの方は1030系列(スリランカー含む)に生まれ変わった上に、他形式併結が可能なように改造された。令和まで生き延びた編成もいる。
- 最も、名鉄の1030系列には、壮絶な終わり方をしたやつが割と多いのだが…(1034Fの他にも、電源喪失でオーバーラン→そのまま廃車の1853Fなんかも)。阪急みたいにさっさと消された方が幸せだったのだろうか。
- こちらは東洋電機製の機器を使用しており、むしろ京都線の2300系に近い。
- 同時期に製造された京阪の2000系も複巻モーターを使った回生ブレーキ装備車両という共通点があり、こちらも機器が昇圧に対応できなかったことから、昇圧改造を機に走行機器一式を新調して2600系に生まれ変わった。
- そのためか、神戸線の高速走行に支障を来たし比較的早く阪急から撤退した。
- 実は短期間だが京都線を走っていたことがある。
- 冷房車配置のバランスをとるためらしい。5300系増備で神戸線に戻った。
- 一時は全車両が京都線所属だった。
- 冷房車配置のバランスをとるためらしい。5300系増備で神戸線に戻った。
- 実は初期車と後期車ではドアが異なっていた。
- 初期車はドアの合わせ目の銀色の縦帯がなく、窓枠が太かった。
- 本系列で最後まで阪急に残っていた2093号車は廃車までこのドアを使っていた。
- スケルトンドアと呼ばれるもの。車内側も見付けが異なる。近鉄や南海で使われているドアがこのタイプらしい。
- 能勢電へ譲渡された車両はそれと同時にノーマルなものに交換されている。
- 初期車はドアの合わせ目の銀色の縦帯がなく、窓枠が太かった。
- 2020年、能勢電に譲渡された車両の一部がついに製造後60年を迎えた。
- その一方で能勢電への譲渡から漏れた車両の中には1990年前後に車齢30年足らずで廃車されたものもあり、2023年現在も残る車両は倍以上長生きしていることになる。
- 阪急で登場したのは1960年、能勢電への譲渡開始は1990年なので、阪急時代よりも長く能勢電に在籍した車両も存在する。
- 下手したら、2000系(2代)と並ぶ日が来るのかもしれない。
- その反面能勢電に譲渡されなかった車両は1980~90年代のうちに廃車解体され、中には2189号車のように昭和のうちに製造後25年程度で廃車された車両もあった。
- 能勢電へ譲渡された中間車は全て元からの中間車で、元先頭車で運転台を撤去した車両は譲渡されずに早々に廃車解体されている。
- 阪急からは比較的早く撤退したが、能勢電に渡ったおかげで後輩の3000系よりも長生きする結果となった。
- 能勢電からも2026年に引退することが決定した。阪急で登場してから66年もの長きに渡って活躍した。まさに大往生。
- 車両間の貫通路は広幅で引戸がなかったが、冷房改造の時に2両に1両が狭幅に改造され引戸が付けられた。
- 但し引戸は片方のみだった。

- 2000系の宝塚線バージョン。
- 1980年代に入るとスピードアップなどで宝塚線でも性能的に不十分となったため、冷房改造されずに廃車されて能勢電鉄に譲渡された。
- 現在の能勢電鉄1500系。
- 1700系との外観上の識別点は屋根上のクーラーが中央に寄っている点。1700系とは異なりスイープファンが付いているため。
- 一部の車両は阪急に残って2000系に編入され、2013年現在2093号車(旧2163)が現存。
- 2013年に廃車されました。
- それ以外にも昇圧時にモーターを2000系と同じものに交換し、2000系相当の性能になった車両もあった。これらは後に2000系に編入され、能勢電鉄へは他の2100系よりも後に1700系として移籍した。
- 2100系時代の車番-70が改番後の車番(例:2162→2092)になっている。実際には2021系の続番だが、改番された当時2021系はほとんどが電装解除されていた。改番自体は冷房改造と同時に行われている。
- 他に本系列の能勢電への移籍に絡んで2100系3両が阪急に残留したが、こちらは代わりに能勢電に移籍した2000系の空番に改番されている。
- 2153→2055、2154→2050、2155→2059がそれで、このうち2154→2050は六甲事故で廃車になった初代2050の代替。代わって2021系の2030が能勢電に移籍している。
- 他に本系列の能勢電への移籍に絡んで2100系3両が阪急に残留したが、こちらは代わりに能勢電に移籍した2000系の空番に改番されている。
- 2100系時代の車番-70が改番後の車番(例:2162→2092)になっている。実際には2021系の続番だが、改番された当時2021系はほとんどが電装解除されていた。改番自体は冷房改造と同時に行われている。
- 能勢電鉄で廃車された後、何と広島県三原市に行った車両がいる。そこでは205系6扉車と連結して何らかの試験が行われているらしい。
- 1700系と比べてモーター出力が小さかったためか、2016年6月に1700系より先に全車両引退。
- 現在の能勢電鉄1500系。
- 側扉は全車両2000系初期車両と同じタイプを使っていた。
- 能勢電移籍と前後して標準タイプに交換された。


- 阪急における電機子チョッパ制御の試作車で、1編成しか存在しなかった。
- 南海8000系(初代)・近鉄3000系と同じ。前者は登場年も同じ(1975年)である。
- 前者も走行機器を7100系の中古品に交換して6200系に編入された。後者は電機子チョッパ制御車のまま2010年に廃車。
- 実は京都線の6300系よりわずかに早く登場している(1975年3月登場、6300系は同年7月)。
- チョッパ制御は本系列登場前に5300系に試験搭載されていた。
- 南海8000系(初代)・近鉄3000系と同じ。前者は登場年も同じ(1975年)である。
- この車両から車体がモデルチェンジされ、6000・7000系にスタイルが引き継がれた。
- 運転室の寸法が拡大されたことから運転室直後の側窓が廃止され、そこに阪急の頭文字である「H」をモチーフにしたシンボルマークが付けられた。このシンボルマークは現在のCIが制定された1992年に廃止され、現在ではその場所にCIのマークが貼られている。
- 6000系や7000系では「H」マーク撤去後に細長い小窓を設置した車両が多い。
- よく見ると前面の車番の位置が6000・7000系と比べると低い。
- 運転室の寸法が拡大されたことから運転室直後の側窓が廃止され、そこに阪急の頭文字である「H」をモチーフにしたシンボルマークが付けられた。このシンボルマークは現在のCIが制定された1992年に廃止され、現在ではその場所にCIのマークが貼られている。
- 後に阪急初のVVVF車(2720・2721号車)が追加された。
- それが6000系の10連増結用に作られた6671・6681号車が登場後間もなく7021Fの8連化に転用されるきっかけになった。
- 1990年代に電機子チョッパ制御車は電装解除されて6000系の編成に編入、VVVF車も阪神・淡路大震災で被災して2721は廃車、2720は電装解除された。その時点で2200系は消滅し6000系に編入されている。
- 電機子チョッパ制御車が電装解除されてから阪神・淡路大震災で被災するまでの間、2200系は2250-2720-2721-2251の4両を組み、さらに6000系2両を連結して6両編成で運用された。この編成で山陽電鉄線にも入線したことがある。
- 8000系8020Fとともに何気に山陽電鉄の線路を走った初のVVVF車である。
- 震災がなくても、9000系あたりに置き換えられて早期淘汰されていたかも。
- むしろ現実通り電装解除されていただろう。時期的には1998年の山陽乗り入れ廃止あたりと思われる。
- 電機子チョッパ制御車が電装解除されてから阪神・淡路大震災で被災するまでの間、2200系は2250-2720-2721-2251の4両を組み、さらに6000系2両を連結して6両編成で運用された。この編成で山陽電鉄線にも入線したことがある。
- 登場時は側窓の一斉自動開閉機能が搭載されていた。
- 但し乗客が窓を自動開閉することはできなかった。因みに乗客が窓をボタン1つで開閉する機能は8000・8300系で実現している。
- 同様のものは同時期に製造された大阪市営地下鉄30系にも存在していた。
- 2751号車はアルナ工機が阪急に納入した1000両目の車両だったため、車内の銘板に「阪急納入 1000両」の金文字が入っている。
- 6000系に編入されて6751に改番された現在も残っている。
- 残念ながら2018年に廃車。
- 6000系に編入されて6751に改番された現在も残っている。
- この車両の登場時既に5000代まで車両番号が達していたにも関わらず2000代の車両番号を採用したのは1編成だけの試作車ということもあるが回生ブレーキを使っているということで2000・2300系などに合わせて2000代の空き番に組み込んだためらしい。
- 但し2000系はこの車両が登場する以前に回生ブレーキは廃止されていた。
- 2015年現在元2200系は先頭車は神戸線所属だが中間車は全車宝塚線所属。
- 6000系に組み込まれ能勢電鉄にも乗り入れている車両もある。
- 先頭車(6050・6150)は7000系編成の先頭車として運用されている。
- そのためか2019年になって7090・7190に2度目の改番が行われた。つまり2200→6000→7000系と2回も形式が変更されたというわけ。同時に6連化され今津北線に転用された。
- 普段は西宮北口寄りに7030×2Rを連結して今津北線で運用されているため、7090号車の顔が見られるのは伊丹線における代走の時だけ。
- そのためか2019年になって7090・7190に2度目の改番が行われた。つまり2200→6000→7000系と2回も形式が変更されたというわけ。同時に6連化され今津北線に転用された。
- この形式から運転台にワンハンドルマスコンが採用された。運転室が拡大されたのもそれと関連している。
- 採用にあたっては先にこれを採用していた東急を視察したらしい。
- 他に、京成のAEや京王の6000系、静鉄の1000形も視察してきたそうだ。ちなみに東急と言えば、あいつと同期になる。
- 採用にあたっては先にこれを採用していた東急を視察したらしい。
- ワンハンドルマスコン40周年を記念してHマークが復活した。
- だが塗装まではマルーン1色に復刻されなかった。
- 阪急としては、「単色=HSCブレーキ車」という原則なのだろう。
- だが塗装まではマルーン1色に復刻されなかった。
- 先頭車は、登場から49年というこのご時世にリニューアルされた。
- 伊丹線ワンマン運用の予備らしい。それと同時に編成中間に入った際乗務員室の車掌側を仕切れるように改造された。
- 同線ワンマン運用車の6000系と同様、車内にLCDも取り付けられている。
- リニューアルでも運転台直後の小窓は取り付けられなかった。
- 関東でいうなら、E231系900番台。
- 正直高速運転する神戸線よりも駅間距離が短い宝塚線に投入した方が高い省エネ効果が活かせて良かったと思う。そういう意味で国鉄201系電車と似ている。

- 神宝線系の車両では最古参。
- モータは高速運転のため170kw×4台/1両と大出力。
- 神戸線の場合西宮北口以西に勾配区間があるというのもある。
- 冷房改造の時期によってスイープファンのある車両とない車両があり、屋上の冷房装置の配置が異なる。
- スイープファン付きの方が中央に寄って配置されている。
- 冷房改造は1975~84年の長期に渡り行われた。数が多い上に2000系など他形式の改造もあったため。
- 今津線最後の標識板取付車(3058×6連)は映画「阪急電車」の撮影に使われた。
- 映画撮影のために廃車が延期されたらしい。何という心遣い。
- 他に3011号車が標識板付きで登場するが、実際の3011号車は方向幕装備…。実際には存在しない3544号車が登場するなどあの映画は鉄道マニアが見ると突っ込みどころ満載。
- 映画撮影のために廃車が延期されたらしい。何という心遣い。
- もうすぐ神戸線からは撤退するらしい。
- 2012年度に神戸本線から撤退。宝塚本線には1~2本残っていたはずだが、新1000系が宝塚本線に入ったらすぐ撤退するだろう。
- 2018年には今津北線からも撤退し、最後は伊丹線になった。
- 2020年に完全引退したが、弟分の3100系と違いヘッドマークの取り付けなどさよならイベントは実施されなかった。阪急の一時期を象徴する車両なのに。
- コロナ禍さえなかったら何らかのイベントは行われていただろう。
- 一応ヘッドマークは作りはしたんだけど、結局使うことなくオークションに出しちゃった。多分今後阪急はさよならイベントをすることは無いと思われる。
- 実際、京とれいん無印が引退する時は、何のイベントもなかった。
- 意外にも有料の撮影会が行われた。専用ヘッドマークやまさかの5300系改造前の顔との並び付き。
- 各社の引退イベントで、一部の人々によるマナーが問題視されてたから、営業列車を使用したイベントは今後は控えたいのかも。
自業j
- 2020年に完全引退したが、弟分の3100系と違いヘッドマークの取り付けなどさよならイベントは実施されなかった。阪急の一時期を象徴する車両なのに。
- 全盛期には全て8連だったが、3000系だけで組成された編成は1本もなく、必ず1~2両は2000系の中間車が入っていた。
- 方向幕装備車両は側面の方向幕の位置が車両によって異なる。
- スイープファン装備車両は中央扉の左側、非装備車両は中央扉の右側にあり、方向幕の幅も後者の方が狭い。
- 前者は冷房改造と同時に方向幕を取り付けたのに対し、後者は冷房改造後に後付けした点が異なる。3100系も同様。
- 支線転用の計画があったためか、全車両には施行されなかった。
- 方向幕取り付けと併せて車内の化粧板張替えなどの更新工事が行われたが、側扉や貫通引戸を交換した車両としなかった車両がある。交換した車両は貫通引戸のガラスが下方に拡大されたタイプになっているのに対ししなかった車両は通常のサイズとなっている。
- 方向幕取り付けが行われなかった車両も車内の更新は行われている。
- スイープファン装備車両は中央扉の左側、非装備車両は中央扉の右側にあり、方向幕の幅も後者の方が狭い。
- 宝塚線で運用される車両には前面にスカートが取り付けられていた。
- 伊丹・箕面線運用車両は前照灯がLED化されている。
- このため両線の3000系はもう少しは安泰、と思ったが2016年に入って箕面線からは撤退…。
- 2000系や3100系とは異なり、能勢電に移籍した車両は存在しない。
- そのため能勢電に移籍した車両を含めると2000系の方が長く生き残る結果に。
- 後の5000系も能勢電鉄移籍車両はゼロ。下手をすると170kW級の直流電動機が変電所に悪さをすることを危惧された可能性がある。
- 能勢電には性能過剰だったというのもあるだろう。2000系は150kwだったが発電ブレーキがなかった。
- 実は1両だけ2021系の改造車が存在していた。
- 2代目3022号車。3100系初代3109号車が阪神大震災で伊丹駅の崩壊に巻き込まれて廃車になったことから、初代3022号車が2代目3109号車になったため、その穴埋めで2021系2171号車が電装された。
- そのため、広幅貫通路の面影が残るなど車内が2000系仕様になっていた。
- この車両は元は電動車の2021号車だったため、再電装ということになる。
- さらに言うと、運転台撤去跡が存在しない完全な中間車形態だった。3000形では唯一。
- 異端車だったため、この車両を含む3072Fは早期に廃車された。
- この車両が改造されるまでの短期間だが3022の代わりに2800系の中間車を暫定的に組み込んでいたこともある。
- 2代目3022号車。3100系初代3109号車が阪神大震災で伊丹駅の崩壊に巻き込まれて廃車になったことから、初代3022号車が2代目3109号車になったため、その穴埋めで2021系2171号車が電装された。
- 本系列から連結面の貫通路が狭幅となり、引戸が取り付けられた。
- 実際には少し前に登場した京都線の2800系の方が先だった。


- 3000系の宝塚線バージョンで、モータ出力が120kw×4台/1両に小さくなった。
- 宝塚線用として設計されたが、宝塚線のスピードアップによりパワー不足になり現在では伊丹線・今津(北)線といった神戸線の支線で運用されている。
- 製造当初は神戸線の普通運用も考えていたらしい。
- 1編成が能勢電鉄に譲渡されたが、前面のデザインが変更された。
- 銀仮面。車内のデザインまで変わった。
- 木目化粧板とオリーブ色座席から白色化粧板とネイビーブルー座席に交換された。
- 車内は阪急よりもむしろ南海に似たような雰囲気だった。
- あと大阪メトロ22系の元OTS車とも。
- モケットも通常のものだった。
- 車内は阪急よりもむしろ南海に似たような雰囲気だった。
- とにかく能勢電鉄の車両では異彩を放っている。
- それ故に人気者だったらしい。
- 2021年に廃車されたが、能勢電の駅トイレの注意書きにマスコットとして残っている。
- それ故に人気者だったらしい。
- 木目化粧板とオリーブ色座席から白色化粧板とネイビーブルー座席に交換された。
- 貴重な片開き扉を持っていた1000系を廃車に追いやった張本人
- 2021年4月に引退。まさか1700系(旧阪急2000系)より先に廃車になるとは…。
- これにより広義の3000系は全廃となる。
- 1編成のみの異端児だったため早期に淘汰したかった可能性もある。
- 登場したのは1964年なので、1回目の東京五輪の年に登場し2回目のそれがあった年に引退したことになる。
- このデザインは5000系や7000・7300系のリニューアル車に影響を与えたと言える。
- 京阪1000系・2400系のリニューアルも。
- 山下以北の区間運転用である1500系1510Fも同じ前面だった。
- 銀仮面。車内のデザインまで変わった。
- T車1両(3651)は3000系に組み込まれている。
- この編成で神戸線の定期運用に入っていたこともある。
- 3000系と異なり、編成中間に入る車両の運転台を撤去した車両は存在しない。
- パンタグラフの下には冷房改造前のファンデリアのカバーが残っている。
- 3000系の多くは撤去されたが、これは山陽姫路までの乗り入れ構想があり、山陽電鉄線内のの狭小トンネルに対応させるためだとか。
- 編成としては2016年、3150Fを最後に全て引退してしまった。
- 2017年現在阪急に残るのは3000系に組み込まれた3651号車のみ。
- ついに廃車となりました…代わりに6004Fが編入。
- 兄弟車両とも言える3000系とは異なり引退に際しヘッドマークの取り付けが行われた。
- さらに能勢電から引退する際にもヘッドマークが付いた。3000系より地味な存在だった割には引退を祝ってもらえた幸運な車両。
- 2017年現在阪急に残るのは3000系に組み込まれた3651号車のみ。
| 阪急電鉄 |
|---|
| 神戸線 | 宝塚線 | 京都線(列車種別) | 勝手に新線 車両(形式別/京都線) | 高級感 | バス 百貨店 | 球団 | 宝塚 | 偽モノ |