もしプロ野球であの事件が起きなかったら
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1980年代以前[編集 | ソースを編集]
1990年代[編集 | ソースを編集]
中山裕章の幼女わいせつ事件[編集 | ソースを編集]
- 引退まで横浜ベイスターズでプレー。
- 三浦大輔のブレイクが遅れていた。
- 1998年の日本一にも貢献していた。
- 斎藤隆・野村・盛田・佐々木らと投手王国を築き数年早く優勝して横浜が黄金時代になっていた気も。
- 愛称がホエールズからベイスターズに変わることもなかったかも。
- 実際チーム名変更は当時この事件のイメージを払拭するため、との説もあった。
- でも鯨が獲れないのでいずれ球団名は変えていたのでは?
- 親会社がマルハ→TBSに変わったあたりで変更していたかも?
- でも鯨が獲れないのでいずれ球団名は変えていたのでは?
- 捕鯨問題によるなら史実通り。
- 今まで大洋漁業のCI導入(マルハに社名変更)と捕鯨問題だと思っていたよ。
- 実際チーム名変更は当時この事件のイメージを払拭するため、との説もあった。
- 史実で背番号19を背負った小桧山雅仁は違う番号を着けていた。
- 引退後は投手コーチ就任、もしくはTBSかtvkで解説者に。
- トレードで中日へ移籍し史実通り、という可能性も。
- 高校の大先輩だった須藤監督の辞任がターニングポイントになりそう。それ以降も活躍すれば横浜一筋コース、ダメなら中日放出コースか。
- 史実で須藤監督が辞任した1992年に活躍できなければこの年絶不調だった野村弘樹と共に横浜大洋低迷・監督辞任の戦犯扱いされていた。
- 逆にある程度勝ち星を挙げていれば盛田幸妃が最優秀防御率を獲得するほど酷使されずに済んだ可能性も。
- 史実で須藤監督が辞任した1992年に活躍できなければこの年絶不調だった野村弘樹と共に横浜大洋低迷・監督辞任の戦犯扱いされていた。
- 高校の大先輩だった須藤監督の辞任がターニングポイントになりそう。それ以降も活躍すれば横浜一筋コース、ダメなら中日放出コースか。
- 大卒同学年の佐々木主浩とライバル関係になっていたか。
江夏豊の覚醒剤所持[編集 | ソースを編集]
- 現在でも名球会会員。
- 2011年に復帰しました。
- 1992年の亀新フィーバー時の監督は中村勝広では無く江夏。
- 逮捕は1993年。まぁその前から色々キナ臭い話はあったようだから敬遠された面はあったかもしれんが。
- 逮捕前の疑惑もなければ、1988年に村山実に誘われての投手コーチ就任もあったかも。
- 後にゼネラルマネージャーに就任していた。
- その時でなくともいずれは監督就任を打診されていたかも。
- 阪神の監督にならなかった場合、1999年に野村に誘われて阪神の投手コーチに就任したかも。
- 逮捕は1993年。まぁその前から色々キナ臭い話はあったようだから敬遠された面はあったかもしれんが。
- 野村に誘われて楽天の投手コーチを務めている。
- 現役晩年から悪化していた健康状態がさらに悪化し、すでに亡くなっている可能性が高い。
- 史実では刑務所での生活が健康だけでなく、精神面でも良い影響を及ぼした。
- 衣笠と一緒に広島のコーチをしていた。
- 間違いなく殿堂入りはしていただろうな。
- テレビ大阪ではなくMBSかABCの解説者になっていたかも知れない。
- そもそも巨人がドラ1引いてくれればこの事件は有り得なかった。阪神のタニマチが甘やかし過ぎたからこうなった。
松永浩美の「甲子園は幼稚園の砂場」発言[編集 | ソースを編集]
- 「=もし松永が1993年開幕シリーズで肉離れで離脱しなかったら」である。
- あるいは、復帰後も現実以上に活躍出来ていた。
- 上手くいけば93年も阪神がAクラス入り出来ていた。
- あるいは、復帰後も現実以上に活躍出来ていた。
- もちろん1年でFA移籍せず、引退まで阪神でプレーした。
- 松永が阪神ファンや在阪マスコミから悪者扱いされなかった。
- 実際には怪我した際に、阪神園芸と土の固さ柔らかさについて相談している時に「子供の砂場ぐらい」と言ったのをマスコミに悪く盛られてしまった。
- 同じく元阪急→オリックスの石嶺和彦と再びチームメイトになっていた。
- 2000本安打も達成できたかもしれない。
- 史実では96本足りない1904本。
- 松永が阪神ファンや在阪マスコミから悪者扱いされなかった。
- 途中で背番号を変更することもなかった。
横浜ベイスターズの大量解雇[編集 | ソースを編集]
1993年、横浜ベイスターズが屋鋪要、高木豊、市川和正、山崎賢一、松本豊、大門和彦を解雇した事件。もし、この事件がなかったら?
- 1994年のファン感謝デーが荒れることはなかった。
- 若手選手が試合に出ることはあまりなかった。
- 屋鋪要が巨人に行くことはなかった。
- 駒田徳広が横浜ファンに恨まれることはなった。
- 1998年に横浜は優勝できていたのだろうか。
- 1994年の日本一は巨人でなく西武だった可能性が高い。
- 第2戦で屋鋪のファインプレーでゲームセットになったが、これが安打になり西武が敵地で2連勝になっていれば、西武が圧倒的に有利だったため。
- ただし西武・森監督の辞任は変わらなかった。
- 第2戦で屋鋪のファインプレーでゲームセットになったが、これが安打になり西武が敵地で2連勝になっていれば、西武が圧倒的に有利だったため。
- 波留が逆指名で他の球団を選んでいた。
グラッデンの乱闘騒ぎ[編集 | ソースを編集]
1994年5月11日のヤクルト対巨人戦、西村龍次からの執拗なインコース攻めを巡って巨人のダン・グラッデンが激怒し乱闘に発展、これがきっかけで危険球退場のルールが見直されるきっかけとなった。もし、乱闘騒ぎに発展しなかったら…と仮定して。
- 当然ながら、危険球退場のルールの見直しは無かった。
- ただこの時に変更は無くとも、その後同様の乱闘騒ぎが起きれば変わっていただろうけど。
- 中西親志が巨人の選手によって「これでもか」と言わんばかりに暴行を受けることも無く、選手生命を事実上断たれることは無かった。
- 西村も投球スタイルに迷いが生じることも無く、翌年に近鉄へ放出されることも無かっただろう(その後、故障したことは抜きにして)。
- グラッデン自身も指の骨折による長期離脱がなく、史実よりもいい成績を残していたかもしれない。
- もしかしたら翌年も巨人に残留し、シェーン・マックの加入もなかったかも知れない。
- 巨人がもっと早く優勝を決めており、10.8決戦はなく、単なる消化試合だった。
王貞治の「開幕投手にも格というものがあるだろう」発言[編集 | ソースを編集]
- ≒1996年のロッテ対ダイエーの開幕戦でロッテの先発が園川一美じゃなかったら である。
- 順当にいけば伊良部秀輝か小宮山悟かエリック・ヒルマンが開幕投手に選ばれていただろう。
- この開幕戦にダイエーが勝てていて、後の「生卵事件」もなかった。
- うまくいけばホークスの連続Bクラスを2年早く途絶えさせて、ダイエー初優勝も早まったかも。
- いや、逆に開幕カードで伊良部・小宮山・ヒルマンを当てられたらそれこそ勝てなかっただろう。
- そもそもダイエー暗黒時代脱出→黄金時代到来は生卵事件の屈辱をバネにした側面が大きいし。
- いや、逆に開幕カードで伊良部・小宮山・ヒルマンを当てられたらそれこそ勝てなかっただろう。
- うまくいけばホークスの連続Bクラスを2年早く途絶えさせて、ダイエー初優勝も早まったかも。
長嶋一茂の土井正三コーチに対する「何様だよ、あいつ」発言[編集 | ソースを編集]
- 一茂は父親の茂雄が監督を退任するまで現役を続けていた。
- この年(1996年)は一茂が一軍から外れたことでメークドラマの一因ともなった可能性があった。この事件がないと一茂が一軍に居続けていたこともあった可能性もあり、メークドラマもなく、広島がそのまま優勝していた?
- 1996年の流行語に「メークドラマ」はなかった。
- 史実だと2008年に阪神との13.5ゲーム差をひっくり返した内容が「メークレジェンド」と呼ばれていたが、こっちが「メークドラマ」になっていたかも。
- 1996年の流行語に「メークドラマ」はなかった。
プロ野球脱税事件[編集 | ソースを編集]
- セガサターン版「プロ野球チームもつくろう!」での登場選手の陣容が大幅に変わっていた。
- 同じセガサターンの「グレイテストナイン98」や、「パワプロ5」の選手登録にも影響を与えていた。
- 横浜ベイスターズ
- 中根仁(近鉄)⇔盛田幸妃(横浜)のトレードはなかった。
- 佐伯は98年年間を通してレギュラーだった。
- みずしな孝之の「ササキ様に願いを」で、ププ会に小坂誠がちゃんと入会していた。
- しかし万永貴司が2ちゃんねるでネタにされる事には変わりはなかった。
- 福岡ダイエーホークス
- 小久保が脱税王と呼ばれることはなかった。
- プレミア12で敗退した際に「だつぜヱ」などの蔑称で呼ばれることもなかった。
- 小久保の引退試合でノーノーを達成した西勇輝が「国税庁西」なんてネタにされることもない。
- ルイス・ロペスが入団するこはなかった。
- もしくはクリーンナップとしてこの年優勝していたかも。
- ヤクルトスワローズ
- 宮本慎也は2011年に2000本安打を達成。
- 野村が息子の為に野口を日ハムへ放出する口実を失う。城石がヤクルトでコーチを務める可能性は極めて低くなる。
- 当然の如く城石は独身のまま。日ハム在籍のままで大橋アナと知り合えるとは思えない。
- 在籍期間次第では在札局の女子アナと結婚していた。
- 当然の如く城石は独身のまま。日ハム在籍のままで大橋アナと知り合えるとは思えない。
- 阪神タイガース
- 川尻哲郎が現実以上に活躍できていた。
- 2003年には藪恵壹、下柳剛、伊良部秀輝と共にベテランエースとして優勝に貢献していた。
- もちろん史実と逆に胴上げに不参加ということもなかった。
- あるいは下柳か伊良部が移籍してこなかったかも。
- 近鉄、楽天への移籍もなく阪神一筋で引退していた。
- 2003年には藪恵壹、下柳剛、伊良部秀輝と共にベテランエースとして優勝に貢献していた。
- Jリーグ
- 平野孝が年俸1000万円まで下げる事はなかった。
- 望月・大岩とともに解雇されることもなかったかもしれない。
マイク・グリーンウェルの「神のお告げ」発言[編集 | ソースを編集]
- 「=グリーンウェルが自打球で骨折しなかったら」である。
- あるいは現実通り骨折した後も後半戦のどこかで復帰していた。
- 途中退団せず最低でも1997年シーズンいっぱいまでプレイしていた。
- 同年の阪神は上手くいけばAクラス入りしていた。
- グリーンウェルが阪神暗黒時代の象徴的存在にならなかった。
- ゴールデンウィークのたびに話題になる選手にはならなかった。そもそも存在自体記憶に残らなかった。
- 活躍できなかった場合、「阪神にいたバース2世の1人」という認識だったかも。
ガルベスの審判へのボール投げ事件[編集 | ソースを編集]
- ガルベスはフルシーズン稼働し、2桁勝利は確実にしていた。
- チョ・ソンミンの故障離脱による先発の駒不足に悩まされることも無かった。
- 1998年の巨人の成績は史実よりも良くなっていた。
- 横浜との優勝争いは中日ではなく、巨人になっていた。
- もしくは横浜・中日・巨人の三つ巴の戦いになっていた。
- 横浜との優勝争いは中日ではなく、巨人になっていた。
- 場合によっては、3戦目の大乱闘は起きていなかったかもしれない。
- その場合、長嶋監督が坊主頭にすることはなかった。
- 実況パワフルプロ野球98決定版に登録されていた。
- 牛乳のCMはここまでネタにされることはなかった。
2000年代[編集 | ソースを編集]
杉山直樹の強制わいせつの疑いで逮捕[編集 | ソースを編集]
- 引退までジャイアンツでプレー。
- もしくは2001年に吉原孝介がオリックスにトレード移籍ではなく杉山だった。
- ちょっと待った、吉原は1999年シーズン途中に光山とのトレードで中日に移籍しているぞ。そして2000年オフに(同時期に伊藤隆偉とのトレードで巨人からオリックスに放出された)柳沢裕一とのトレードで中日からオリックスに移籍している。だからこの件のトレードに杉山(というか巨人)は関係ない。
- 引退後は2軍バッテリーコーチかスコアラーに就任。
- もしくは2001年に吉原孝介がオリックスにトレード移籍ではなく杉山だった。
- 実況パワフルプロ野球2000決定版に登録されていた。
杉内俊哉のベンチ殴打事件[編集 | ソースを編集]
- ダイエーは5ゲーム差以上つけての1位でアドバンテージが1勝付いていて、もしかしたら落合中日VSホークスの日本シリーズが7年早く実現していた。
- もしかしたら2005年以降もプレーオフ・CSに強く、ソフトバンク初の日本シリーズ進出も早まっていたかも。
- 杉内に「ブルガリア」のあだ名が付いてしまうこともなかった。
一場事件[編集 | ソースを編集]
- 読売巨人軍オーナーは現在でも渡辺恒雄。
- 実質的に何も現実と変わんねえな。
- しかし原監督は復帰できなかった。
- 巨人に暗黒時代が訪れていたかもしれない。
- 清武英利が球団代表になることもなかった。
- 当然、清武氏が提唱した「育成選手制度」は導入されていなかった。
- 山口鉄也もプロ入りすることはなかった。
- 前任者に嫌われていた大森剛スカウトは巨人をクビになっていた。
- 大森氏が発掘した坂本勇人は他球団に入団していたかも。
- ゆえに、2008年のセ・リーグ新人王も、坂本(他球団在籍)か岩田稔(阪神)になっていた可能性大。
- しかし吉見一起(中日)の「さん票」(世界のナベアツ調)は史実どおり。
- 当然、清武氏が提唱した「育成選手制度」は導入されていなかった。
- しかし原監督は復帰できなかった。
- 阪神オーナーも久万のまま。
- 手塚昌利は阪神のオーナーにならないので阪神が阪急との経営統合へと追い込まれることもなかったかも知れない。
- 実質的に何も現実と変わんねえな。
- 一場はそのまま巨人に入団。
- 成績は今と一緒。
- 結局無償トレードで楽天入り。
- どっちにせよ、東京ヤクルトにトレード移籍することはなかっただろう。
- 場合によっては巨人から直接ヤクルトにトレードされていた可能性がある。
- 巨人のもう一人の自由枠は史実通り野間口貴彦で、三木均は他球団(楽天かも?)に指名されていた。
- 成績は今と一緒。
- 西武の裏金問題は表ざたにならない。もしくは裏金がはびこっている可能性がある。
- 西武のドラフトは今でも即戦力投手中心の指名になっていた。
- 押し切られる形でプロ野球1リーグ制になっていた可能性が高かった。
- 自由獲得枠は今日まで存続していた。プロ野球の勢力図は大きく変わっていただろう。
- 2016〜2018の広島の黄金時代は来なかったかも
中虎連合会の一連の逮捕事件[編集 | ソースを編集]
- 2005年から桧山進次郎、矢野輝弘以外の個人応援歌やチャンステーマが変更されることはなかった。
- プロ野球は反社会勢力との関わりをなかなか断ち切れずにいた。
- 2010年の大相撲野球賭博問題や、2015年の巨人選手賭博問題の影響が史実より大きかった。
小川博強盗殺人事件[編集 | ソースを編集]
- 球界復帰があったかもしれない。
- 現役時代、一時的に活躍したシーズン(88年の投球イニング数を上回る奪三振数)があったばかりに、年俸がはね上がったことが、のちのちの悲劇のはじまり? 短命なままに引退後も、浪費癖がおさまらなかったようで、債務が累積したあげく、球団解雇⇒自己破産手続⇒免責許可。それでも、ふたたび借金をしたようなので、残念ながら、仮に犯行に至らなくとも、事実上の追放状態はつづいたでしょう。
- そもそも生活が荒れてロッテを追われたんだから球界復帰はあり得ないだろう。
- 現役時代、一時的に活躍したシーズン(88年の投球イニング数を上回る奪三振数)があったばかりに、年俸がはね上がったことが、のちのちの悲劇のはじまり? 短命なままに引退後も、浪費癖がおさまらなかったようで、債務が累積したあげく、球団解雇⇒自己破産手続⇒免責許可。それでも、ふたたび借金をしたようなので、残念ながら、仮に犯行に至らなくとも、事実上の追放状態はつづいたでしょう。
- もしかしたら再び千葉ロッテの投手コーチになってたかもしれない。
- 野球解説者になってたかも。
- 同じくロッテOBの黒木知宏や小宮山悟、(現役時代は捕手だったが)里崎智也から仕事を奪っていただろう。
- 殿堂入りもできてたかもしれない。
- 少なくとも、10.19の第一試合が半封印状態になる事はないだろう…。
- 10.19は全試合の(残存している)映像を全収録したブルーレイが発売されていた。
- 「NPB史上最悪の犯罪事件」は(黒い霧事件を除くと)江夏豊の覚醒剤・(不起訴だが)中山裕章のわいせつ事件・(単純に刑期の長さだけなら)松岡正樹のタクシー強盗事件あたりが挙がっていた。
- 背番号26は普通に投手の背番号として現在もロッテで使われていた。
- 現実は「ベンチ入り出来る選手は25人であり、『26人目の選手』であるファンのための背番号」という名目で欠番扱い。
- 川崎球場時代のロッテオリオンズ時代を取り上げたムック本やロッテ球団を取り上げたムック本でもロッテの主力投手の一人としてカラーページできちんと紹介されていた。
- 現実には白黒ページの所属選手一覧に載るのみ。掲載されているだけマシではあるが。
- 「プロ野球選手の引退後のセカンドキャリア」もそこまでクローズアップされることはなかったかもしれない。
- ロッテ最大の禁句はメル・ホールの猥褻事件になっていた。
- ロッテ、オリックスに所属していたダン・セラフィニが初のNPB所属経験選手の殺人事件容疑者になっていた。
ダルビッシュ有未成年喫煙[編集 | ソースを編集]
- 無期限謹慎処分はなかった。
- 初登板・初勝利も早まっていた。
- 上手くいけば、ルーキーイヤーに二桁勝利を達成して新人王を取ってたかもしれない。
- 久保康友は特別表彰になってたかもしれない。
- 上手くいけば、ルーキーイヤーに二桁勝利を達成して新人王を取ってたかもしれない。
- 初登板・初勝利も早まっていた。
- 停学にはならなかったため、東北高校も他の生徒と一緒に卒業できた。
清原和博の「チ○ポコついてんのか」発言[編集 | ソースを編集]
2005年4月、通算500号本塁打に王手をかけていた清原が藤川球児にフォークで三振に仕留められた時、直球勝負しないなんて男らしくないという不満から吐いた暴言。
- 清原はその藤川との対戦で500号本塁打を打てていた。
- 藤川が現実ほど直球にこだわらなかった。
- 清原からの暴言に奮起したことがきっかけで直球を磨くこととなったので。
- この年からのJFKトリオや解散後の抑えも含め、藤川自身ブレイク出来ていたか怪しいかもしれない。
- 現実通り活躍できていても、ブレイクのきっかけが別の試合になっている。
- この年からのJFKトリオや解散後の抑えも含め、藤川自身ブレイク出来ていたか怪しいかもしれない。
- デイリースポーツ虎番記者による随筆本「藤川球児ストレートという名の魔球」ももちろん存在しない。
- その2ヶ月後の対決で藤川が清原を直球で三振に仕留め清原が「今までで最高のストレートでした」とコメントすることもなかった。
- 清原からの暴言に奮起したことがきっかけで直球を磨くこととなったので。
- 藤川の引退セレモニーのビデオメッセージには出演してなかったかもしれない。
前川勝彦の無免許運転[編集 | ソースを編集]
- (当時在籍していた)オリックスから自由契約を通告されることはなかった。
- 現在も日本球界でプレーしていただろう。
- 2010年代現在は、坂口智隆・近藤一樹・岩隈久志共々近鉄戦士生き残りとして注目されているかも。
- 呼び名は11月31日のままだった。
2005年高校生ドラフトでの交渉権間違い[編集 | ソースを編集]
- 辻内崇伸がオリックスファンに嫌われることはなかった。
- 史実より活躍していた可能性も。
- 抽選のくじのNPBの判子が裏面に表示されるようにならなかった。
- 陽仲壽も陽岱鋼に改名することはなかったかもしれない。
- 2015年の真中満は史実以上にネタにされている。
- 辻内崇伸のみだったら
- ドラフト史上に残る珍事として笑いのネタになっていた。
- 陽仲壽のみだったら
- 事件自体はあまり有名にならなかったかも。
- 陽仲壽に同情する声が多数寄せられていた。
- ドラフト史上に残る黒歴史になっていた。
金村曉の「絶対に許せない。顔も見たくない」発言[編集 | ソースを編集]
2006年9月24日の対千葉ロッテ戦に先発した金村曉は5回裏二死満塁・3点リードの状況でヒルマン監督に交代を命じられ(チームも逆転負け)、試合終了後の囲み取材での上記の発言に至りました。
- 少なくとも翌年に阪神へ放出されることはなかった…はず。
- クライマックスシリーズでも登板していた。
- ただ、その場合は日本ハムが日本一まで勝ち進んだかどうかは微妙。
- 日ハムの選手全員が「金村のために」という思いから勝ち進んだから。
- ただ、その場合は日本ハムが日本一まで勝ち進んだかどうかは微妙。
- そもそも5回終了まできちんと投げて規定回数と2桁勝利を達成できていれば…。
- 少なくとも、自身の選手人生は大きく変わっていたでしょうね。
高柳秀樹の堂上剛裕に対する「死ね」発言[編集 | ソースを編集]
- それを批判した森岡が辻中日二軍監督により謹慎させられることはなかった。
- 森岡は戦力外にならなかった。
- 従ってヤクルトに入団することもなかった。
- 水田のトレード相手になっていた。
- 史実では新井良太。
- ちなみに新井は高柳に抗議した森岡をなだめていた人物でもある。
- 史実では新井良太。
- 堂上剛裕は高柳がコーチをしている期間に他球団に移籍していたかも。
- 高柳が「死ね柳」と呼ばれることもなかった。
- ただ単に「無能な指導者」としてネットで話題となっていた。
リック・ガトームソンとルイス・ゴンザレスのドーピング事件[編集 | ソースを編集]
- それでも巨人は優勝できてた。
- ソフトバンクの外国人大量解雇はなかった。
- ジェイソン・スタンドリッジの阪神入団は史実通りだったかもしれない。
- 2008年のソフトバンクは最下位にならなかったかもしれない。
ダニエル・リオスの薬物所持事件[編集 | ソースを編集]
- 入団時に二桁勝利を達成してた。
- 最多勝を取ってたかも。
- ウィキペディアを見るとボークのジャッジに苦しんでいたようなので最多勝は厳しいか。
- 史実よりも長くヤクルトに残留してた。
- 清原和博の覚醒剤逮捕の時に薬ルト吸うわ牢ズというネタは生まれなかった。
二岡智宏の女性スキャンダル[編集 | ソースを編集]
- 首をカクカクさせるあのお方にネタにされる事は無かった。
- 日本ハムにトレードされる事は無かった。
- その前年にもハムへのトレードの話はあったらしいから、この件がなくても故障がちで戦力として計算できなくなってた点を理由に遅かれ早かれトレードには出されてたと思う。
- もちろん工藤隆人は日本ハムから出されることはなく、林とマイケルのトレードに終わっていた。
- サブローが巨人に移籍することもなかった。
- 当然、当時の所属球団のファンから「○○岡」と野次られる事もなかった。
- 「○○岡」は現在でも今岡誠のことを指していた。
- 某衆議院議員も「モナ夫」と呼ばれることはなかった。
- 彼はこの時点で既に「モナ夫」だったので関係ない。この衆議院議員が1号です。
- 某衆議院議員も「モナ夫」と呼ばれることはなかった。
- 「○○岡」は現在でも今岡誠のことを指していた。
- フジテレビの「サキヨミ」は「サキヨミLIVE」にならず続いていた。
- 当然、山本モナの降板もなかった。
- 坂本勇人はベンチ落ちかセカンドでレギュラー。
- 坂本自身のブレイクも遅れていたかも。
- 2008年と2009年は阪神が優勝していた可能性もある。
- スキャンダルのイメージが付くことはなかった。
- 今年1月に細々と引退会見することなく、去年の内に引退セレモニーを行っていたかもしれない。
- 長嶋2世の呼び声も高かったか。
- 成海瑠奈のスキャンダルで避妊具9800円が史実ほど注目されていない。
MVPによる西岡剛への応援ボイコット騒動[編集 | ソースを編集]
- 千葉ロッテマリーンズ外野応援団、及びMVPが解散に追い込まれることは無かった。
- 当然ながらジントシオの復帰も無いため、応援歌の全変更は勿論、神戸の応援歌などの神曲は生まれなかった。
- もしこの事件がなく、外野応援団とMVPが残留していたら清田育宏、金澤岳、伊志嶺翔大、岡田幸文、吉田裕太等に2018年現在でも応援歌が制作されていないと思われる。
- また、高濱卓也は移籍当時から平下晃司の応援歌を受け継いでいた。
- もしこの事件がなく、外野応援団とMVPが残留していたら清田育宏、金澤岳、伊志嶺翔大、岡田幸文、吉田裕太等に2018年現在でも応援歌が制作されていないと思われる。
- 当然ながらジントシオの復帰も無いため、応援歌の全変更は勿論、神戸の応援歌などの神曲は生まれなかった。
- 社会人チーム「東京メッツ」の結成も当然なかった。
- 当然ながら西岡の発言が(主にネット上で)話題になることも無かった。
- (上記に関連し)球団主導で公設応援団を作るということもなかった。
- 巨人、中日の応援団関連の不祥事で解散→球団により応援団結成という動きはなく、最悪の場合は巨人と中日共に「応援団がいない」という事態になっていた。
- MLB移籍は史実通りとなるも帰国後は阪神には行かずにロッテに復帰していた。
- 福留孝介との衝突や線犯騒動も起きなかったので史実ほど衰えることもなく現在もNPBで現役を続けているか引退も遅れていた。
2010年代[編集 | ソースを編集]
マキシモ・ネルソンの銃刀法違反容疑で逮捕[編集 | ソースを編集]
- 3カ月間の出場停止処分も下されることはなかった。
- 1年間先発ローテーションを守っていた。
- 2桁勝利は確実にしていた。
- エドワード・バルデスは一軍公式戦への出場機会がないまま、退団。
- 2桁勝利は確実にしていた。
- 1年間先発ローテーションを守っていた。
- 2010年は中日が独走優勝していた。
- 原辰徳と真弓明信はこの年で監督を辞任していた。
- 現在も那覇空港での手荷物検査は緩かった。
- ヤマイコ・ナバーロも逮捕されることはなかった。
- 史実通りこの段階で逮捕、ということになれば処分はあんなものじゃすまなかったかもしれない。
- ヤマイコ・ナバーロも逮捕されることはなかった。
- チャカDというなんJ語は生まれなかった。
大久保博元の菊池雄星に対する暴行事件[編集 | ソースを編集]
- 大久保は西武のコーチを解雇されなかった。
- 従って楽天のコーチに就任することはなかった。
- 2015年に楽天の監督になることもなかった。
- 松井佑樹は抑えに転向することはなかった。
- 楽天ファンからのデーブ監督就任反対運動は起きず、「FAX介入」もなかったため、史実よりは良い成績だっただろう。
- さすがに西武の監督就任は無かっただろうが、一軍のヘッドコーチに値するポストへの就任はあっただろう。
- 2015年に楽天の監督になることもなかった。
- 大久保は名伯楽扱いとなっていた。
- 少なくともデーブに対する野球ファンからの評判は史実よりマシになっていた。
- 先代時津風と「×××××にならなかった以外は同じ」と言われることもなかった。
- 従って楽天のコーチに就任することはなかった。
- 他球団もアーリーワークを導入した。
- 2011年以降の西武の打撃成績も史実よりは改善していた。
- 菊池雄星自身も史実より早くブレイクしていたかも。
清武の乱[編集 | ソースを編集]
- 巨人が2012年以降、若手・生え抜き育成路線から大型補強路線へ回帰することもなかった。
- 村田修一、杉内俊哉、片岡治大などが巨人へ移籍してきたか怪しい。
- 統一球の影響で一時的に成績は落としていただろうが、順調にいけば昨今の貧打は改善の兆しぐらいは見えていたかも。
- 予定通り、江川卓が助監督ないしはヘッドコーチに就任していた。
- 橋上秀樹も史実通り巨人に来ていただろうが、就任当初に冷遇されることもなかった。
- 事実、騒動の煽りを受けて巨人の首脳陣から冷ややかな目で見られていた。
- 橋上秀樹も史実通り巨人に来ていただろうが、就任当初に冷遇されることもなかった。
- 松本竜也が賭博に手を染めることはなかった。
- 原監督の「清武さん、まだ間に合います」という発言もなくネタにされることもなかった。
- 清武姓の有名人といえばサッカーの清武弘嗣を思い浮かべる人がほとんどだった。
- 清武英利が作家として活躍することはなく、「しんがり〜山一證券 最後の聖戦」といったドラマが制作されることは無かっただろう。
- そもそも2011年のドラフト会議で菅野智之の抽選に勝っていれば起きなかっただろう
涌井秀章の女性問題[編集 | ソースを編集]
- 抑えや中継ぎに転向させられることもなかった。
- 西武に史実より長く残留していたかもしれない。
- 千葉ロッテへの移籍はあったかどうかは微妙。
- 石井GM就任後の楽天にFA移籍していた可能性大。
- 史実では千葉ロッテから金銭トレードで移籍。
- 石井GM就任後の楽天にFA移籍していた可能性大。
- 阿部寿樹とのトレードで中日に来ることなんてなかった。
- 高校時代にバッテリーを組んだ福田永将と再びチームメイトになるなんてこともない。
- 押切もえとは結婚していなかったかもしれない。
堂上隼人のわいせつ事件[編集 | ソースを編集]
- 拓也・猪本健太郎の支配下登録はなかったかもしれない。
- 細山田武史が育成選手として契約されることもなかった。
- いずれにしろ、2013年オフに捕手が過剰になったためトレードの駒にされていた。
- 横浜出身と言うこともあり、鶴岡一成を人的補償で放出して捕手が足りなくなった横浜へのトレードが相当か。
- 鶴岡慎也の人的補償で放出されていたかもしれない。
- 「甲斐キャノン」は有名になっていない。
- 2018年の日本シリーズは広島が日本一だった。当然緒方監督は続投。
- あるいは代わりに「堂上キャノン」が有名になっていたかもしれない。この場合の日本シリーズの結果は史実通り。
- 中日の堂上剛裕・堂上直倫兄弟への風評被害もなかった。
相内誠の無免許運転[編集 | ソースを編集]
- 当然のことながら、西武への入団手続きを凍結されることはなかった。
- 西武の2012年度ドラフト指名選手入団会見にも、普通に出席していた。
- 背番号が(内定していた)『41』から『71』に変更されることもなかった。
- 入団1年目から、1軍の試合に出場してたかも。
- (1軍での)成績によっては、2013年度パ・リーグ新人王争いにも加わっていただろう。
- 但しその後に起きた事件は史実通りだったかもしれない。
- 彼の格闘家転向も現実通りかも。
- “暴走のダルビッシュ”と呼ばれることもなかっただろう。
統一球の変更隠蔽騒動[編集 | ソースを編集]
ここでは、統一球の変更が2013年シーズン前に予め公表されていたら…という前提で。
- NPB、及びミズノがあれほど叩かれることも無かっただろう。
- 当然ながら加藤コミッショナーは辞任せず。
- 史実では幻に終わった2014年の開幕カードである、巨人対阪神のサンフランシスコ開催が実現していた
- 興業的に成功していたかどうかは微妙だが…。
- 史実では幻に終わった2014年の開幕カードである、巨人対阪神のサンフランシスコ開催が実現していた
- 当然公表されていたなら投手陣はそれなりの対策を打っていたはずだけに、史実ほど打高投低にはならなかったかもしれない。
- 史実と変わらず…の可能性もあったかもしれないが。
- そもそも2013は別に打高投低じゃない。前年がひどすぎただけで十分投高のシーズン。
- バレンティンの日本プロ野球シーズン本塁打新記録はなかった。
- 統一球が「違反球」と呼ばれることもなかった。
和田豊監督の不倫騒動[編集 | ソースを編集]
- 例のメールがネタにされることはなかった。
- 無論、著名人のスキャンダルの度にメールの文面が比較されることもなかった。
- 不倫相手の名前から「奈々」と「7」のネタが生まれることももちろんなかった。
- 例のメールに加えて某野球掲示板の定番ネタが減っていた
神戸拓光(の友人)によるツイッターでの殺人事件被害者侮辱と思われる発言[編集 | ソースを編集]
- 友人による神戸名義のアカウントでまだツイッターを続けていた。
- 相変わらずブログ上の記事が話題を呼んでいたかもしれない。
- 事実、日航機墜落事故に関する記事などがファンから称賛されていた。
- 相変わらずブログ上の記事が話題を呼んでいたかもしれない。
- 坊主にすることはなかった。
- 2014年に戦力外になることはなかったかも知れない。
- ただこの騒動が無かったとしても既に当落線上の選手だったことに変わりは無かったので、案外史実通りだったかもしれない。
- もしここからブレイクした場合、東方projectの世間的な知名度が少し上がったかもしれない。
- ただこの騒動が無かったとしても既に当落線上の選手だったことに変わりは無かったので、案外史実通りだったかもしれない。
清田育宏のパズドラ事件[編集 | ソースを編集]
- 供養た等の蔑称が付けられることはなかった。
- プレミア12のメンバーに選ばれていた。
高山俊(阪神タイガース)の交渉権訂正騒動[編集 | ソースを編集]
- 2018年1月現在でもドラフト会議の外れくじにもドラフト会議のロゴマークが印刷されていたままだった。
- このまま間違いに気づかずヤクルトが交渉権を獲得していた場合 (または当たりくじをヤクルトが引いていた場合) 、坂本誠志郎もヤクルトに指名されていたかも。
- 真中満 (当時のヤクルト監督) は2015年に 「ゆうもあ大賞」 を受賞していなかった。
読売ジャイアンツ所属選手による野球賭博問題[編集 | ソースを編集]
- 笠原将生、松本竜也は来シーズンもジャイアンツでプレー。
- 福田聡志は年齢や成績が原因で戦力外。
- 笠原は賭博開帳図利幇助容疑で逮捕されることはなかった。
- 福田はDeNAか楽天あたりが拾っていた可能性も。
- 松本竜也はトレードに出されていた可能性もある。
- 場合によっては左腕エースになり得たか
- 福田聡志は年齢や成績が原因で戦力外。
- 高木京介はプロ一軍戦初登板から連続無敗記録を継続していた。
- 柴田佳主也の235試合連続登板機会無敗を更新していた。
- シーズン途中、日本ハムから乾真大のトレード、ガブリエル・ガルシアの入団はない。
- 柴田佳主也の235試合連続登板機会無敗を更新していた。
- 白石興二郎オーナー、桃井恒和会長、渡邉恒雄最高顧問の引責辞任はない。
- 原沢敦専務取締役兼球団代表の引責辞任はない。
- 原辰徳の監督辞任はなかった。
- だから、高橋由伸の監督就任はなかった。
- 井端弘和も2000本安打を達成して現役を引退できていた
- 少なくとも巨人がBクラスに沈むこともなかった。
- 岡本和真のブレイクは遅れてたかもしれない。もしくは大田泰示と同じくトレードに出されてた。
- だから、高橋由伸の監督就任はなかった。
- 2015年のcsはジャイアンツが日本シリーズへ進出してかも。
- 2015年のドラフト会議もオコエ瑠偉や高山俊などの目玉選手を積極的に指名し、「自粛ドラフト」と揶揄されることもなかった。
- でも結局交渉権のくじを外してしまうので結果は史実とさほど変わらず。
- そして原監督のくじ運の無さをネタにされる。
- 野球くじが復活していた。
- 『プロ野球セ・リーグスクラッチ』が発売されていた。
- 現在も他球団の公式戦の勝敗にからむチーム内の金銭のやりとりが継続していた。
- 山口俊による暴力事件は発覚すること無く揉み消されていた。
- 笠原将生がYoutubeにチャンネルを開設することはなかった。
- 某掲示板で「この○○はもしかして・・・・」「じっくり楽しい話を」というフレーズが流行することはなかった。
- 2021年のドラフト会議で同姓同名の松本竜也がネタにされることももちろん無かった。
清原和博の覚醒剤所持[編集 | ソースを編集]
- 史実で疑惑の出ていた2014年以降も引き続きバラエティ番組などに出続けていた。
- 「プロ野球珍プレー好プレー大賞」の視聴率ランキング1位に自身のバット投げ・跳び膝蹴り事件が選ばれた際にはスタジオで何かしらのコメントをしていた。
- 刺青を入れることもなかった。
- 入れたとしても史実よりタトゥーに関する理解が深まっていたかもしれない。
- もちろん亜希夫人との離婚や長渕剛との絶縁もない。
- 桑田真澄と決別する事も無かった。
- 次男の甲子園大会出場はもちろん、それ以前の巨人Jr.チームでの活躍ももっと注目されていた。
- 2023年夏の甲子園における慶応の優勝を亜希夫人も喜んでいた。
- 「覚醒剤打たずにホームラン打とう」のポスターがネタにされることもなかった。
- 清原の元チームメイトで覚醒剤所持で逮捕された前科のある野村貴仁が注目されることももちろんない。
- 「オクッスリ」は定着しなかった。
- 「檻ックス」も定着しない。そしてとれいんふぉの「オクッスリ逮捕、オリオリオリオー♪」誤爆事件もなかった。
- 2022年にヤクルト・オリックスが日本シリーズに進出した際「オリオリオリオー♪」の誤爆があったかもしれない。
- なぜか清原の古巣でもないヤクルトがとばっちりで「薬ルト吸ワ牢ズ」などいじられることもなかった。
- 「檻ックス」も定着しない。そしてとれいんふぉの「オクッスリ逮捕、オリオリオリオー♪」誤爆事件もなかった。
- 某ラッパーが便乗で有名になることもなかった。
- 2016年上半期の芸能界・野球界はそれぞれ、SMAP解散未遂→川谷絵音・ベッキーの不倫の二つと、読売巨人軍所属選手による野球賭博問題が話題の中心になっていた。
- かっとばせ!キヨハラくんの続編が打ち切りに追い込まれる事も無かった。
- いつかのホームランが掲載される事も無かった。
- ゴーゴー!ゴジラッ!!マツイくんが復活する事も無かった。
- もしかしたら第99回全国高等学校野球選手権大会の中継にゲスト出演したかもしれない。
- フジテレビの「逃走中」も年2回のペースでオンエアされた。
- ジャニタレが逃走中に参加する必要はまだ生じなかったかもしれない。
- 野球殿堂の候補から除外されることはなかった…が2016年の得票数からみる限り殿堂入りは立浪・桑田より後になるだろう。
- 2016年以降も名球会ドリームマッチに参加し続けている。
- 球界からも追放されることもなく、西武あたりの監督に就任していたかもしれない。
- オリックス・阪神あたりもあったかもしれない。
- 2023〜24年に指導者をしていた場合、立浪・松井稼頭央の両監督をはじめとしたPL学園OBの迷将ぶりから「清原辞めろ」とネットで書かれていた。
- ただし清原本人の指導能力は比較的高い模様。
- 長男も中学生~高校生の間に野球を中断することはなかったため、慶応大学野球部でも1年生の頃から活躍していた。
- そしてプロ入りしていたし、警察やマトリの監視対象となる事もない。
奥浪鏡のスピード違反・無免許運転[編集 | ソースを編集]
- 2017年後半戦あるいは2018年開幕時に1軍に昇格しブレイクできていたかもしれない。
- 吉田正尚のブレイクが遅れていた。
- 彼の活躍次第では2018年にCS進出を果たせていた。
- ドラフトの同期で同じく1年目のフレッシュオールスターで表彰された、山川穂高や井上晴哉と肩を並べ続けていた。
- その後の未成年買春、詐欺と転落人生を辿ることはなかった。
- DeNAから白崎浩之をトレード獲得する事は無かった。
山口俊の警備員殴打事件[編集 | ソースを編集]
- 2017年後半戦において、山口俊は菅野、田口、マイコラスに続く先発の柱となっていた。
- 2017年に巨人がBクラスに沈むことはなかった。
- 日本シリーズにも進出していた可能性もある。
- 2018年になってからの完投勝利やノーヒットノーランもなかったかも。
- 史実通り達成してもお立ち台での「泣かないよ〜」発言もなかった。
柿澤貴裕の巨人選手野球用具窃盗事件[編集 | ソースを編集]
- 2018年の終盤頃に1回くらい1軍出場はあったか?
- その場合、スポーツ報知で『柿澤、おまたせ一軍デビュー!』という見出しが付けられていた。
- 「窃盗癖のあることを隠して押し付けた」と楽天が批判されることはなかった。
- 高梨、ウィーラーの巨人へのトレードが「柿澤の件に対するお詫びトレード」と言われることもなかった。
ジョーイ・メネセスのドーピング違反[編集 | ソースを編集]
- スティーブン・モヤが金銭トレードで中日からオリックスへ移籍してこなかった。
- その場合2021年にオリックスが優勝出来たか怪しい。
- メネセスとモヤが、デービスとブライアントの2人と比較されることもなかった。
- メネセス自身も現実以上に活躍していたら、2019年のオリックスは最下位を免れていた。
- アデルリン・ロドリゲスの来日はなかったかも。
- ロドリゲスは最初から阪神に入団していた。(史実ではオリックス退団から2年後の2022年に入団)
- もしかしたらその後の活躍から、2021,22年のオリックス優勝に貢献していたかも。
- アデルリン・ロドリゲスの来日はなかったかも。
- 史実で同じ年にドーピング違反をしたサビエル・バティスタと比較されることもない。
サビエル・バティスタのドーピング違反[編集 | ソースを編集]
- 2019年の広島は優勝出来ていたか悪くてもAクラスに入れてた。
- 緒方監督の辞任はなかった。
- NPBがドーピングに対する処分が甘いと叩かれる事はなかった。
- ドーム社サプリメントの禁止物質検出が史実以上に騒がれていた。
- 2019年の「プロ野球チップス」第3弾のバティスタのカードが封印されることもなかった。
- 史実で同じ年にドーピング違反をしたジョーイ・メネセスと比較されることもない。
ジェイ・ジャクソンの大麻所持[編集 | ソースを編集]
- 益田の前に繋ぐ中継ぎとして広島時代と同様に活躍した。
- 2020年シーズンはロッテは優勝していたか、1位のソフトバンクに肉薄出来る成績だった。
- ロッテは澤村を巨人から取得することはなかった。
- 澤村自身のメジャー挑戦もなかった。
与田監督の「お前騒動」[編集 | ソースを編集]
- 与田監督や中日のフロントがここまで炎上することはなかった。
- 少なくとも、過去のスキャンダルを掘り返されることもなかった。
- 某野球掲示板での金本知憲のように大量の蔑称を付けられることもなかった。
- 中日の応援歌「サウスポー」は自粛することなく普通に歌われてた。
- 坂本勇人など応援歌の歌詞に「お前」が入る選手で「お前」が強調して歌われることもなかった。
- 代打三ツ間や6xなども史実ほどネタにされてなかったか。
- そもそも、≒もし与田氏が監督に就任しなかったら、かもしれない。
2020年代[編集 | ソースを編集]
清田育宏の不倫騒動(2020)・球団への虚偽報告[編集 | ソースを編集]
- シーズン終盤でのクラスターは発生しなかった。
- ロッテが逆転優勝していたかもしれない。
- 某野球掲示板での金本知憲のように大量の蔑称を付けられることもなかった。
- 勿論現在も現役続行していた。
平尾博嗣コーチによる西武選手の靴窃盗事件[編集 | ソースを編集]
- コーチ契約を解除されることはなかった。
- 松井稼頭央監督就任時に一軍コーチに就任した。
- 2025年には再び二軍コーチになっていたか、最初に所属していた球団である阪神のコーチになっていたかも。
阪神-ヤクルト戦におけるサイン盗み騒動[編集 | ソースを編集]
- 「あかんすよ」がなんjの流行語になることはなかった。
- 佐藤輝明の後半戦の不振の原因がサイン盗みが出来なくなったことだからだと邪推されることはなかった。
- 2021年はそのまま阪神の優勝もあったか(史実ではヤクルトと僅差で2位)
中田翔のチームメイトに対する暴行事件[編集 | ソースを編集]
- シーズン途中で巨人にトレードされる事は無かった。
- 2021年シーズンの巨人の成績がもう少しマシになっていた。少なくとも終盤の10連敗等の大失速をすることももちろんなかった。
- 2位阪神と僅差の3位だった、あるいは2位巨人・3位阪神だったかも。
- いずれにせよ、この年のセ・リーグは最終盤までヤクルト、巨人、阪神の三つ巴で優勝争いが行われていた。最終的にヤクルトが優勝しても、2010年のセ・リーグの様な感じの大接戦になっていただろう。
- ちなみに2010年のセ・リーグは最終的に、優勝した中日と2位阪神、3位巨人が僅か1ゲーム差の大接戦となっています。
- いずれにせよ、この年のセ・リーグは最終盤までヤクルト、巨人、阪神の三つ巴で優勝争いが行われていた。最終的にヤクルトが優勝しても、2010年のセ・リーグの様な感じの大接戦になっていただろう。
- 「わっしょいベースボール」が巨人ファンの間で現実以上に流行語になっていた。
- 結局優勝を逃していたら阪神の「あかん優勝してまう」と現実以上に比較されている。
- 下手したら、この年は巨人が優勝し3連覇を成し遂げていた。
- ただ、日本シリーズに進出できたかは別問題で、CSでは阪神を破ってファイナルステージに進出したヤクルトに下克上を許していたかも。
- あるいは、ヤクルトが巨人相手に苦戦し、その隙に阪神が首位を奪還し、そのまま優勝していたかもしれない。
- 2位阪神と僅差の3位だった、あるいは2位巨人・3位阪神だったかも。
- 中田は成績や年齢が理由でシーズンオフに西川遥輝、秋吉亮、大田泰示らと同様にノンテンダーか自由契約になっていた。
- 秋広優人のブレイクが遅れていた。
- 2021年シーズンの巨人の成績がもう少しマシになっていた。少なくとも終盤の10連敗等の大失速をすることももちろんなかった。
- 新庄剛志が日本ハムの監督に就任することはなかったかもしれない。
- それでも日本ハムが史実通り最下位を争っていれば、どっちみち栗山英樹が監督を退任していたかも。
- 後任が新庄ビッグボスではなく稲葉篤紀だったかも。
- 現実と逆に稲葉監督と新庄GMになったかも。
- 後任が新庄ビッグボスではなく稲葉篤紀だったかも。
- それでも日本ハムが史実通り最下位を争っていれば、どっちみち栗山英樹が監督を退任していたかも。
- 万波中正に対する円陣での人種差別的発言が取り上げられることはなく、普通に流されていた。
- 中田の発言だとわかる根拠はないでしょ。
山川穂高の女性暴行疑惑[編集 | ソースを編集]
- 西武鉄道の山川関連装飾(駅掲示のポスターや車両へのラッピング等)の除去や差し替え、売店からのグッズ・グルメの撤去はなかった。
- シーズン中に無期限出場停止処分を受けることもなかった。
- もちろんソフトバンクへのFA移籍もすんなり実現できていた。
- 「戒めFA」と揶揄されることもなかった。
- それでもソフトバンク側の人的補償は現実ほどではないにせよどっちみち揉めることには変わらなかったが。
- タンパリングが疑われる状況でもあった(「アグー、ソフトバンク行くらしいよ」)
- 西武ファンからの激しいブーイングはどっちにしろあった。岸や浅村や森も移籍直後はブーイングを受けていたので。
立浪和義監督による「令和の米騒動」[編集 | ソースを編集]
- 「令和の米騒動」といえばゲーム「天穂のサクナヒメ」がヒットし品薄となった状況を指す通称だった。
- 名字に「田」がつく、実家が米農家など米に関連する選手の放出や退団がネタにされることはなかった。
- いわゆる「近藤の62球」に関しても、近藤廉がウマ娘 プリティーダービーでライスシャワーを推していたことや、白米を好物として挙げている声優の曲を登場曲に使用していたことなどをネタにされることはなかった。
- 8月27日にベルーナドームにて米米CLUBのリーダー・石井竜也がミニライブを開催したのがネタにされることもなかった。
- 中日OBの堂上剛裕が巨人時代に後輩の重信慎之介にもっと米を食べるよう助言したのがネタにされることもなかった。
- 立浪は史実よりはネタにされていなかった。
- 2023年のドラフトでENEOS・度会隆輝が好物を「寿司」としていたため、「入団拒否」「球界の損失」などのワードがトレンド入りすることもなかった。
- なお度会は自身のインスタグラムに書いてあった好きな食べ物を「お寿司」から「刺身」に変更し、ドラフト会議で抽選の末[[DeNA>横浜DeNAベイスターズ]]が交渉権を獲得すると即座に「お寿司」に戻すという行動に出る。
ただし、証拠となるスクショ等は確認されていないため真偽不明。 - その渡会のDeNAでの師匠的存在は中日を追い出された京田陽太である。
- なお度会は自身のインスタグラムに書いてあった好きな食べ物を「お寿司」から「刺身」に変更し、ドラフト会議で抽選の末[[DeNA>横浜DeNAベイスターズ]]が交渉権を獲得すると即座に「お寿司」に戻すという行動に出る。
- 立浪をはじめとしたPL学園OBが「監督に向いていない」と言われることはなかった。
- 言われたとしたら片岡篤史・桑田真澄あたりが原因になっていた。
- 片岡に関してはこのサイトを参照。
- 桑田は2021年から巨人の投手コーチをしていたが、一軍投手コーチになった2022年は投手陣が不振で、その責任を取る形でファーム総監督に配置転換。2024年現在は二軍監督を務めているが、巨人の二軍は低迷している。
- 2025年に桑田二軍監督の率いる巨人二軍はイースタン・リーグ優勝を果たした。
- 言われたとしたら片岡篤史・桑田真澄あたりが原因になっていた。
水原一平の不正送金・銀行詐欺事件[編集 | ソースを編集]
- ドジャースの開幕戦と世界一の盛り上がりが小さくならなかった。
- 大谷翔平を主役にした絵本が作り直されることももちろんなかった。