太子町 (大阪)

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太子町の噂[編集 | ソースを編集]

叡福寺
太子町太子の街並み
  1. 山田地区に南河内唯一の夏祭りがある。そのうち2地区(後屋・東條)は大阪府唯一の舟型地車である。
  2. 町名の由来は聖徳太子が太子町の出身だったことが理由。
    • ということは聖徳太子はん河内弁話してたんや。
    • 太子の墓があるだけで出身は明日香村。
      • 墓の前でチャリンコ乗り回す高校生が多い。
    • 小野妹子の墓もある。しかしその墓は滋賀県にも存在・・・2回死んだってことか?
    • 太子のおやじとおばさんの墓もあって「王陵の谷」て呼ばれてる。
    • ぎりぎり町外やけど付近の畑を弄ってたらちょろちょろ鏃が出てくる。多分、この時代のもんやろう。
  3. 「上宮太子」高校・中学がある。「なんか皇族の名前っぽい」とは友人の弁。言われてみればそうかも。
    • 大阪市内にある上宮高校の系列校。野球部は甲子園にも出場したことがある。
      • バレーボールも全国出場経験ありなどかつてはスポーツに力を入れていたらしい。
  4. 下宿してたころ、軽トラが食べもん売りにきとった。周囲に店がなかった時代がある。
  5. 新興住宅が増えて、古墳でキャッチボール、ドッグラン当たり前でマナーが悪い。
  6. 鉄道路線はあるが駅がない。
    • 町の玄関口にあたる上ノ太子駅は町内ではなく羽曳野市にある。
      • 実は長野線喜志駅が町民にとっては玄関口だったりするんだが、あまり知られていない。
    • 2010年頃になって、太子町側への改札が新たに誕生したっぽい。それまでは、市境の川を渡り、線路も超えて北側へ迂回して回りこまないと駅にはたどり着けなかった。
  7. 国道は1974年に166号が通るようになった。元々は松阪市大和高田市だった国道を、太子町に国道が欲しいということで羽曳野市まで延長された。
  8. 坂も多いし完全な車社会でおばちゃんドライバーの煽りが怖い。めちゃくちゃはえー。
    • 南河内グリーンロード(制限40キロ)の平均時速は70キロ以上。おっさんはもっと早い。
      • その速度で走っていると、河内長野の千早口付近の急カーブで死にかけるか、河南の平石付近で富署のサイン会に参加させられる。
  9. 道の案内板は聖徳太子。
  10. 顕宗天皇の「近つ飛鳥の宮」があったらしい
  11. 太子町に限らず南河内郡で「飛鳥といえば奈良」と言ってはならない
  12. 羽曳野との境がわかりにくい。特に、河内源氏の墓の付近などが非常にややこしい。義家と頼信の墓は町内だが行こうと思うと羽曳野市通法寺を通らねばならない。また、頼義の墓は通法寺地区にある。しかも、富田林市内には通法寺町がある。
    • 郵便番号は藤井寺市&羽曳野市扱いだが、電話番号は富田林市扱い。
      • 警察は富署管轄。
  13. 隣の兵庫にも同名の町がある。
    • どっちも聖徳太子つながり。それ以上の関連性は全くない。
  14. 府道32号美原太子線が町のメインルート。
    • 旧道は府道指定を返上し、結構前に出来た新道のみを府道指定してもらうようにしたが、町内を走る金剛バスは新道には乗り入れず、旧道を走り抜ける。そして、バスを目印にして走る車がそこそこあるため、指定返上の意味がそれほどなかったという事実。
    • どうでもいいけど、この府道、旧外環~新外環へ抜けるのが、喜志駅北側の商店街ともろかぶりしていて邪魔臭い。何年か前の南阪奈道側道完成でその被害も無くなったけど渋滞がひどかった。
      • さらに旧外で止まっていた府道32号新道が粟ヶ池大橋が開通して新外環に直結した。府道32号新道は奈良ナンバーもやたら多く走っていたり。
  15. バブルの頃、アホみたいに造成をやったけど結局土地がかなり売れ残った聖和台。土着の雑木林や田畑持ってた人間は土地売却で造成協力して、代わりに造成後比較的安価に庭付き一戸建てを貰うも、地価は下がる一方で結果的にマイナスを出すという始末。
  16. ミカンやブドウの産地でもある。
    • 柏原、羽曳野含めてこの辺の山を見渡すと山麓(山によってはてっぺんまで)にはだいたいシルバーの幕みたいなんが横に何本も伸びとる様子が見て取れる。そいつら全部がぶどう畑だったりする。
  17. 府道32号の新道沿いに、こんなど田舎には似つかわしくない小洒落たイタリアン料理屋がある。
    • そこそこはやってるのが謎な店。滅茶苦茶美味いというわけでもなく、安いかというとそういうわけでもなく…… なんで流行ってん?
  18. 古墳しかない町と思われてる。まあ当たらずといえども遠からずな印象。
    • 一応二上山もあるし叡福寺だってあるが、それでもやっぱり古墳が多すぎるのである。
      • もともと磯長谷を王陵の谷とも称したくらいだし、それはそれで悪くはない。にしても小野妹子の墓とか推古天皇陵、敏達天皇陵やら用明天皇陵などなど。多すぎてよう分からん。
        • 因みに「磯長」は「しなが」と読む難読地名。「磯」を「し」と読む地名は隣の奈良県に磯城郡がある。
      • 考えてみれば叡福寺だって聖徳太子廟なわけだし、古墳とあんま変わらん。
    • このような土地柄ゆえ、開発が制限されているのも田舎で残っている所以。
  19. 二上山には古来より良質な石切り場があったことで知られている。
    • 旧石器時代からサヌカイトの生産でその名を挙げていたらしい。他にも弥生時代末期~古墳時代には墓石も産出していたという。
      • そんな所だから麓に王陵の谷なんてものができたり都が置かれたりしたのかもしれない。
    • 因みにこの地の石材産出管理権を持っていたのはあの相撲の神様こと野見宿禰とその末裔の土師氏。奈良の當麻蹶速と相撲で勝負してその権利を得たらしい。尚、藤井寺の土師ノ里の由来もそんな所にある。
  20. 畑を耕してると鏃石が出てきたりするので結構面倒くさい。
    • まあ、そんなん出てきても基本、その辺にポイするだけやし、たまに家に持ち帰ってしまっとくくらいなんで面倒くさいもクソもあれへんけどやな。
  21. 関西瑞穂運輸がある。決して京丹波町ではない。
  22. サッカーの前田大然の出身地。