もし浜松県が存続していたら
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もし遠江国が浜松県のままだったら。
- 浜松駅へのひかりの停車本数は確実に増えていた。
- それでものぞみが停るかは微妙。
- 清水エスパルスとジュビロ磐田との試合が「静岡ダービー」と呼ばれることもなかった。
- 「東海ダービー」か「今川ダービー」(今川義元の地盤に由来)と呼ばれている。
- 東海ダービーは名古屋グランパス戦の名称なので、清水エスパルス戦は特に名前はつかないのでは。
- 「東海ダービー」か「今川ダービー」(今川義元の地盤に由来)と呼ばれている。
- 県庁に近くなるので、東三河は浜松県に編入される。
- 飯田線の始点は、豊橋じゃなくて浜松になっている。
- 最終的に水窪以南が豊橋鉄道、水窪以北がJR東日本になる。
- 現実の飯田線の鳳来寺以南は、国鉄じゃなくて豊橋鉄道が領有している。
- 結果豊橋鉄道が大井川鐵道のような会社になっている。
- 浜松のテレビ局は、元日には豊川稲荷の初詣でをよく中継している。
- プロバスケットボールチームは東三河が取れて「浜松フェニックス」になっていた。
- 「遠州フェニックス」かも。
- 現実の島田・川根本両市町の大井川以西と吉田町が合併し、金谷市(仮称)になっていた。市役所は吉田町域?
- JRと対抗する為、浜松-名古屋間が休日往復2300円・平日2500円で行けるようになる。 快速特急は浜松-豊橋間停車しない。
- 遠州鉄道も名鉄グループ入りしていた。
- そして名鉄と一緒にmanaca導入。
- どちらかというとナイスパスとmanacaが相互利用(プレミア問題は上手く解決)
- 遠鉄は名鉄の買収を阻止した経緯があるため、寧ろ浜松県が存続して浜松市が現状よりも力のある状態であればますます名鉄グループ入りの可能性は低くなる。もちろん対JR東海で私鉄同士の馴れ合いは活発になってたかもしれんけど。
- ちなみに遠鉄の株を名鉄が保有しているのは買収し始めた時の名残。
- そして名鉄と一緒にmanaca導入。
- 遠州鉄道も名鉄グループ入りしていた。
- 名鉄名古屋本線の終点も浜松となっていた。
- 名古屋が終点じゃなく岐阜まで行くのと同じように、どちらかというと浜松を通って金谷(金谷で名鉄グループの大井川鐵道に連絡)まで延伸してた。
- 遠鉄に阻止されるまで大井川以西は名鉄が支配しようとしていた(大井川鐵道・浜松名鉄ホテル・浜松名鉄タクシーetcが典型、大鉄以外は近年撤退)流れがもっと明確になり、遠鉄エリアを除き名鉄の力が強まる。
- その影響で島田-豊橋の東海道本線にも快速が設定される。途中停車駅は金谷・菊川・掛川・袋井・磐田・浜松・鷲津。
- JRの会社境界も金谷の東隣島田となり、境界駅の島田はJR東日本管轄となっている。
- 遠鉄に阻止されるまで大井川以西は名鉄が支配しようとしていた(大井川鐵道・浜松名鉄ホテル・浜松名鉄タクシーetcが典型、大鉄以外は近年撤退)流れがもっと明確になり、遠鉄エリアを除き名鉄の力が強まる。
- 浜松県中東部は静鉄のバス(浜岡営業所・相良営業所・秋葉バスサービス・掛川バスサービス)が走っているが、浜松県だった場合静鉄は浜松県内の免許(バス会社は都道府県単位で認可、県内のなわばりは会社同士の関係で成立してる)を取得せず、代わりに遠鉄バスor名鉄グループ大鉄バスが走ってる。
- 天浜線も新所原方で名鉄との接続駅を設置、名鉄は快速特急は通過し特急が停車。
- 名古屋が終点じゃなく岐阜まで行くのと同じように、どちらかというと浜松を通って金谷(金谷で名鉄グループの大井川鐵道に連絡)まで延伸してた。
- 静岡と合併しない=律令国の枠組みを残す以上は三河を2つに割くことはしないと思うが。
- 1876年に浜松県が消滅する前の、1871年に額田県が愛知県に編入されているのですが‥。例え1876年以降も浜松県が存続していたとして、いったいいつ東三河を編入するのか?
- 飯田線の始点は、豊橋じゃなくて浜松になっている。
- 浜松大学は私立じゃなくて国立。
- 前身は浜松工業専門学校、浜松師範学校など、戦前に設立された国立学校。
- 静大浜キャン・浜松医大がセットで浜松国大、浜松大学は浜松私大の方が現実的じゃね?
- この場合国立浜松大は昭和20年代にできていただろうから、史実の浜松大は「遠州大学」等、別の名前になっていたはず。
- 浜松の地銀として「遠州銀行」が立地する。
- のちに東海銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に合併されていた。
- 御前崎が浜松の外港になっている。
- 御前崎は遠すぎ、県境を越えるが豊橋港のほうが便利だろう。実際スズキやホンダの車も愛知県の港から輸出しているし。
- 浜松(太平洋岸)と富山(日本海岸)を結ぶ「さらさら越え」の道路や鉄路が、飯田~中津川~飛騨のルートで建設された。
- 現実の静岡県中部が「お茶」を、愛知県の西三河と尾張が「八丁味噌」をネタにされているように、浜松県は「メロン」をネタにされている。
- 現実の静岡県が天気予報の予報区域で東部・伊豆地方と中部の一部となり、関東・甲信越地方に括られる。
- 富士川と箱根峠の間は「伊豆県」か「沼津県」になっている。静岡県は富士川と大井川の間。
- 史実として存在するのは三島以東の伊豆国が足柄県。
- または、関東・(駿河の頭を取って)駿甲信越となっていたかも。
- あるいは富士川以東が神奈川県か山梨県に編入されていた。
- むしろ駿河が山梨県へ、伊豆が神奈川県へ。
- 富士川と箱根峠の間は「伊豆県」か「沼津県」になっている。静岡県は富士川と大井川の間。
- 浜松は南海道への分岐点としても発展。
- 紀伊半島や四国に九州への新幹線や高速道路が完成している。
- 現実に三ヶ日JCTから伊良湖経由で伊勢湾を地下トンネルにして高速道路を、という構想はあるけどね
- 伊勢湾口道路ね
- 現実に三ヶ日JCTから伊良湖経由で伊勢湾を地下トンネルにして高速道路を、という構想はあるけどね
- 事実国道42号線の起点は浜松市。
- 紀伊半島や四国に九州への新幹線や高速道路が完成している。
- テレビ・ラジオは中京広域圏に入っている。(現実にRadio-iが浜松に中継局を置いている。)
- テレビ愛知は・・・ゴニョゴニョ
- 県内のケーブルテレビ局は、テレビ愛知の再送信をしようと必死になる。
- そもそもテレビ愛知の正式エリア内に入り、独立U局の浜松テレビとは共存。
- NHKは静岡と浜松で分かれ、編成の都合で揉める事が無かった。
- 当然、NHK浜松は支局に降格されず、「JODG」(総合系統)・「JODC」(教育系統)も存続。
- 静岡局は東京・首都圏センターの番組(「おはよう日本・関東甲信越」や「ひるまえほっと」)、浜松局は名古屋局の番組(「おはよう東海」や「さらさらサラダ」)を放送。
- 浜松エフエム放送は、cFM局ではなく、JFN加盟の県域FM局。
- 史実では静岡銀行に吸収された銀行のうち、遠州銀行・浜松銀行・浜松貯蓄銀行・浦川銀行・浜松市信用組合は吸収されず、これらの間で合併していた。行名は「浜松銀行」。
- 西遠無尽(史実の中部銀行)は静岡に移転せず、浜松相互銀行を経て別の行名(浜名銀行?)になっていた。
- トヨタとホンダの本社が浜松になっていたか?
- 東海3県という言葉は全く使われず、東海4県が一般的になる。静岡県の地域区分が一層難しくなる。
- 場合によっては山梨県ともども関東地方に含まれていたかもしれない。
- 現実の駿河地区では中日系は中日新聞と東京新聞が併売されているが、現実の伊豆と同じく東京新聞のみの販売となる。
- 天気の細分図は、浜松県東部=遠州南(浜松基準)、浜松県西部=東三河南部(豊橋基準)、浜松県北部=遠州北・東三河北部(新城か天竜区基準)。愛知県東部は西三河(豊田基準)を表すようになる。
- いやいや浜松県西部は浜松でしょ。
- 浜松県東部は御前崎。
- 現実では中日新聞と静岡新聞のシェアが半々(西遠では中日強目、東遠では静新強目)だが、中日新聞一強になっている。
- 戦前に存在した地域紙の浜松新聞が戦後も存続し、浜松県の地方紙になっていたかもしれない。
- 商用電源周波数は、静岡・浜松県境で分かれて(静岡が50ヘルツ・浜松が60ヘルツ)いたかもしれない。
- 多分、静岡県が東京電力(実史は東部の一部と伊豆地方のみ)管内、浜松県が中部電力管内となっていた。
- そして、東京電力は、実史の沼津市ではなく、静岡市に支店を置いていた。
- 多分、静岡県が東京電力(実史は東部の一部と伊豆地方のみ)管内、浜松県が中部電力管内となっていた。
- 東海3県ではなく、東海4県と呼ばれていた。
- 静岡県が長いと言われることはなかった。