もし新潟県が分裂したままだったら

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全般[編集 | ソースを編集]

  • 1873年6月10日に新潟県と柏崎県が合併。
  • 1876年4月18日に新潟県と相川県が合併。
  1. 新潟市の政令指定都市化は数年遅れていた。
    • 下手すると現時点で良くて中核市
    • 新潟市は政令指定都市になっていない。又、新潟市の人口や求心力は、秋田郡山と同じ規模。
  2. アルビレックス新潟のサポーターが半減している(涙
    • 会津庄内がアルビレックス新潟の地盤になっている。
    • モンテディオ山形vsベガルタ仙台の対戦カードは、「東北ダービー」じゃなくて「蔵王ダービー」と呼ばれている。
    • 地域リーグのプロサッカーチームとして、柏崎を本拠地とする「柏崎カメリア」(チーム名は県花の椿に由来)が存在する。
      • この柏崎カメリアと長岡ビルボードFCが、柏崎県のサッカー界を代表するチームになっている。
      • 寧ろFCビルボードが平山征夫・柏崎県知事の肝煎りで強化されて、1999年にJ2入りを果たしていた。本拠地も、長岡ではなく柏崎になっていた。
        • チーム名は、「柏崎ビルボード」のままか、こちらが「アルビレックス柏崎」に改名した(「ブランメル仙台」が「ベガルタ仙台」に改名してユニフォーム色も変えたのと同じパターン)かの、どれかになっていた。
    • デンカの工場は柏崎県の糸魚川に所在する為、ビッグスワンは「デンカビッグスワンスタジアム」を称していない。
    • 中越下越が別の県になる為、下越には肝煎りがおらず、新潟イレブンSC(史実でのアルビレックス新潟の前身)の強化と改名は、史実(1996年)よりもっと晩くなっていた。
      • 新潟イレブンSCの後身が所属する地域リーグも、北陸信越リーグではなく、東北リーグになっていた。
    • BCリーグにアルビレックスとは別チームで柏崎県のチームが参戦。
  3. 田中角栄の選挙区(中越)が別の県になるため、上越新幹線北陸自動車道新潟まで乗り入れしていない。
    • 国道7号国道8号の始点は、長岡か柏崎になっている。
    • 国道7号に相当する鉄道路線の名称は、「羽越本線」ではなく「出羽本線」になっていたかも。
    • 羽越本線(or出羽本線)は、長岡か柏崎が始点で、青森が終点になっていた。
    • 新潟は開港地なので信越本線は史実通り。
  4. 柏崎県は「北陸地方○○局」の管内に、新潟県は「東北地方○○局」の管内に編入される。
  5. 佐渡はどっちだ?
    • 柏崎県になった場合は、柏崎側に空港がないので佐渡空港もなし。
      • そのかわり柏崎港から佐渡への航路が誕生。
    • 旧新潟県側になった場合は直江津便が少なくなるくらいで特に変化はない。
    • あるいは相川県存続の可能性も。
  6. テレビ局のメイン送信所は弥彦山を両県で共用、UHF局の開局時に新潟県の2局と柏崎県の2局がネットワーク調整を行い、少なくとも仙台と同時期には民放4局が見れる地域になっていた。
  7. AMラジオはNHKも民放も柏崎市と新潟市近郊から5~10kw送信、互いの県の放送を聞くことができた。
  8. FM放送は弥彦山にメイン送信所を置くが、新潟県の局は北東~東向け、柏崎県は東南~南西向けに指向性を付けたため西蒲原や南蒲原を除き自県の放送しか聞けない状態になった。
  9. 史実世界の新潟県は北陸3県と同じくらいの面積で所属地方の曖昧な県として扱われてるため、分裂したままだった場合、史実の新潟県域で1つの地域区分(北陸(3県)、東海、甲信地方に相当するもの)が出来ていて、どこの地方所属なのかというあるあるネタが今よりなくなっていた可能性がある。

旧新潟県[編集 | ソースを編集]

  • 1873年6月10日以前の新潟県。現在の下越地方
  1. 新潟県は名実ともに東北の一員に。
    • 霞ヶ関や民間企業やインターハイなどでも、「東北地方○○局」「東北地区」のエリアに入れられている。
    • 会津庄内との交流が、現実以上に親密になっている。
      • 会津と庄内は、ローカルニュースや交通情報で下越の情報を聞けない、という酷い仕打ちを強いられなかった。
      • 会津と庄内のどれかが、新潟県に編入されていたかもしれない。
      • 下越と庄内を一括りにして「新潟 佐渡 庄内」「新潟 庄内」と称する観光ガイドや、下越・庄内・秋田県沿岸部で一括りにして「出羽」と称する観光ガイドが販売されている。
      • 荘内銀行は新潟市から撤退せず、新潟支店が存続していた。
        • 一方で、第四銀行が、庄内地方に支店を出していたかもしれない。
          • 少なくとも、鶴岡酒田には支店を出している。
          • 磐越西線沿線でも、第四銀行は、会津だけじゃなくて、郡山にも支店を出しているだろう。
      • 会津を本拠地とするリオンドールが新潟県1873年以前に進出してるのはこの世界でも同様だが、新潟市を本拠地とするウオロクも会津地方に進出している。
      • 磐越西線には、新潟⇔郡山の普通列車も運行されていた。
    • 対岸である太平洋沿岸とは、南の東京都ではなく、東の福島県浜通り(磐前県が存続していれば磐前県)との交流が多くなっている。
      • もし磐前県が存続していたら、北東北の秋田~宮古と同じく、新潟~の対岸交流の親密化も謳われていた。但し、「沿岸同士」である出羽自動車道が優先される為、「山越え両岸」である磐越自動車道の全通は早くて2000年代後半になっていた。
        • 磐越自動車道の新潟~郡山の開通は2000年代前半で、史実よりも晩くなっていた。
      • 「全国屈指の東京大好き県」などと嘲笑されることは無かったはず。
        • 嘲笑しているのはChakuwiki民だけという事実。
    • 新潟市秋田市が同じエリア(東北、出羽など)に含まれるため、新潟市と秋田市は孤立した県庁所在地にならず、出羽地方(東北日本海沿岸)の地位も現実ほど低くならなかった。
      • 後述の日本海東北自動車道(or出羽自動車道)の建設で、新潟県知事・秋田県知事・青森県知事が、早期全通を目指して同盟を組んでいた。
      • 「北関東・新潟地域連携軸推進協議会」は設立されない。その代わり、日本海沿岸の南北軸の連携を謳う「出羽地域連携軸推進協議会」が設立されている。
        • 「出羽地域連携軸推進協議会」は、新潟県・(山形県・)秋田県・青森県の県知事による連合か、羽越本線(or出羽本線)沿線の市町村長による連合の、いずれのパターンもあり得る。
    • テレビ番組雑誌は、新潟県と山形県で一つのエリア(新潟・山形版)になっている。
    • 日本道路公団とネクスコ東日本(分割民営化後)の両方とも、新潟県は東北支社のエリアになっており、ネクスコ東日本の新潟支社は設置されなかった。
      • 新潟管理事務所は、東北支社の付属機関。
      • 東日本大震災で東北と茨城県が対象になった通行料減額or無料の区間(2012年3月まで)には、新潟県も含まれていた。つまり、新潟を経由する会津地方⇔庄内地方が減額or無料で通行できた。
  2. 新津〜新潟は磐越西線の一部に。
    • 新潟駅は折り返し型にならず、柏崎方面から酒田方面に行く路線が直進型になっていた。
    • 羽越本線(or出羽本線)の特急「いなほ」は、南限が新潟ではなく、柏崎か長岡になっていた。従って、特急「いなほ」の運行区間も、柏崎or長岡⇔村上、柏崎or長岡⇔酒田、柏崎or長岡⇔秋田が主流になっていた。
    • 国鉄の鉄道管理局(分割民営化後はJR東日本支社)は新潟市にも設置されるが、新潟鉄道管理局のエリアは新潟県1873年以前と庄内地方。
  3. 新潟市の国道7号バイパスや国道49号バイパスは、擬似高速道路にならず、立体交差も史実より少なかった(国道7号バイパスと国道49号バイパスが交差する紫竹山など、主要交差点のみ立体交差)。その代わりに、沿道はロードサイド銀座になっていた。
  4. 日本海東北自動車道の開通はバブル崩壊後。
    • 史実での日本海東北自動車道の名称が、「出羽自動車道」になっていたかも。
    • 山形自動車道の全通や秋田自動車道(黒沢尻~横手~秋田)の開通よりも、出羽自動車道の新潟~鶴岡~秋田の方が早く開通した。
    • 秋田以北の日本海沿岸も秋田自動車道にはならず、長岡or柏崎~新潟~鶴岡~秋田~能代青森の全区間が、日本海東北自動車道(or出羽自動車道)の区間になっていた。
    • この新潟県1873年以前が庄内地方を編入した場合も同様だが、出羽自動車道の新潟~鶴岡の開通が1997年史実における秋田自動車道の北上~秋田の開通が1997年7月、出羽自動車道の鶴岡~秋田の開通が2000年代前半になっていた。
    • 出羽自動車道の開通時期は、柏崎or長岡~新潟の開通が1990年代前半、新潟~酒田(鶴岡までではなく、当初から酒田まで)の開通が1990年代後半、酒田~秋田の開通が2000年代前半、という経過になっていた。
      • 新潟~酒田は165kmも離れているから、1990年代後半の開通は無理だろう。1990年代後半に新潟~温海温泉が開通して、2000年代前半に新潟~酒田が開通した。
      • 一方で、秋田~酒田は100kmしか離れていないから、1991年7月25日に秋田~象潟が開通して、1990年代後半に秋田~酒田が開通した。
    • 秋田中央ICは単に「秋田IC」という名称で、秋田ICの案内表示の南行きは、「(当初分)横手 北上」「(追加分)仙台 酒田」と表示されず、当初から「酒田」と表示されていた。
    • 仙台⇔鶴岡/酒田の高速バスは運行されていない。その代わりに、新潟⇔鶴岡/酒田の高速バスが運行されている。
      • 山形自動車道の全通も晩く、最短でも2012年3月24日。
    • 史実の新潟亀田ICが「新潟IC」を称して、史実の新潟中央JCTは「新潟JCT」を称していた。
      • 新潟JCTはT字型の構造で、ICを併設していない。
      • 新潟JCTの方向表示:(出羽道柏崎方面)柏崎(or長岡) 北陸道|(出羽道酒田方面)村上 酒田|(磐越道)郡山 東北道
    • 出羽自動車道のPAとSAの数が貧弱になる事はあり得ないし、庄内地方にSAが無いなんて事もあり得ない。
    • 当然、磐越自動車道の全通よりも、出羽自動車道の新潟~酒田~秋田の開通の方が早かった。
      • 磐越自動車道の開通は、史実より10年は晩くなっていた。従って、磐越自動車道の全通は、早くて2000年代後半。
    • 2010年代後半には、出羽自動車道が青森まで全通するかもしれない。                   
  5. 「雪国」というイメージは弱く、庄内地方と同じ「風の強い日本海沿岸」というイメージが強くなっていた。
    • 史実で庄内地方に風力発電所が多いのと同じく、新潟県にも風力発電所が多数立地している。
    • 「日本海の夕日が見える県」としての観光戦略も実践されているだろう。
      • 笹川流れや信濃川河口が、夕日展望スポットの常連になっている。
  6. 「下越」という呼称は使われず、新潟県内は「蒲原」(新潟市など)と「岩船」(村上など)の二地域に区分されている。
    • 新潟県の天気予報は、細分化される前は、「蒲原」(新潟地方気象台)と「岩船」(村上測候所)の計二地域。細分化された後は、新潟市周辺の平野部に当たる「新潟地域」、国道49号沿線・阿賀野川流域の内陸部に当たる「津川地域」、村上など平野北部の「岩船地域」、弥彦や三条など平野南部の「三条地域」の、計四地域に分かれている。
  7. グルメでは、「米どころ」というイメージはさほど強くはなく、枝豆と笹団子のイメージが強くなっていた。
    • 漫画『うちのトコ』において、新潟県は、「枝豆娘」(女性)や「笹男子」(男性)として描かれている。
  8. 新潟市の人口は約28万人で、求心力も秋田や郡山に近い程度。
  9. 「新潟県防災の日」が制定されるとしたら、10月23日(2004年中越地震が由来)じゃなくて6月16日(1964年新潟地震が由来)。
  10. 元々新潟県は広いため上越&中越地方が分離しても面積的にも人口的にも全く問題は生じない。しかし下越(と佐渡)だけになった新潟県は観光地も特産品もほとんど持たない日本一地味な県にされてしまう。
  11. FMPORTはない。

柏崎県[編集 | ソースを編集]

相川県[編集 | ソースを編集]

  • 現在の新潟県佐渡市
  1. まかりまちがっても佐渡市は成立しない。
    • 仮に成立していれば二重行政の回避のため佐渡都構想がぶち上げられるが当然実現しない。
    • 1県1市で二重行政の弊害は大阪府/大阪市・神奈川県/横浜市より大きいからむしろ実現するんじゃないか。
  2. 両津ではなく相川が市になっている。県庁所在地もここ。
  3. 佐渡空港はおそらくあんな状態になっていない。
    • 新潟・小松(能登か?)・松本程度には定期便が運航されている。
  4. 子供が描く日本列島にはちゃんと佐渡島が描かれている。
  5. 史実の佐渡よりも発展していた。独立県として国から各種の施設や予算が降りてくるため。