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もし柏崎県が存続していたら

  1. 柏崎県は、長野富山との繋がりが深くなる。
    • 第二次大戦中の電力会社統合で、柏崎県は北陸電力のエリアに入れられている。
      • 直江津に、北陸電力の上越火力発電所が建設された。
    • 故に上中越を駄目にしてるのは下越+東北エリアなのではないかな?ううむ頸城の人間として新潟の存在がウザイ
    • 「甲信越」というエリア名は存在しない。
    • 長野県も「北陸地方○○局」のエリアに入れられている。
      • 柏崎県に加えて、長野県中部・南部が「筑摩県」として独立していたら山梨県は関東扱いされず、山梨県・筑摩県・岐阜県静岡県愛知県の五県で「中部地方○○局」のエリアになっていた。つまり、川伝いで交流の有る内陸同士と太平洋沿岸同士が、一緒の枠組みになっていた。
        • この場合、国政選挙の比例区は、北陸ブロック(柏崎県・長野県・富山県・石川県)、中部ブロック(山梨県・筑摩県・岐阜県・静岡県・愛知県)、東近畿ブロック(三重県・奈良県・滋賀県・福井県・京都府)、西近畿ブロック(大阪府・和歌山県・兵庫県)に分かれていた。
    • インターハイやサッカーの地域リーグの名称は、「北陸信越○○」ではなく、単に「北陸○○」になっていた。
    • 柏崎県や富山県に、「越路」を称する娯楽団体が存在していた。(東北で言えば「みちのく」を称する娯楽団体に相当)
    • 柏崎県は北陸運輸局のエリアで、自動車のナンバープレート名も「柏崎」になっていた。
    • 日本道路公団では、柏崎県は北陸支社のエリアに属した。その後の、日本道路公団の分割民営化(2005年10月)では、関越自動車道と敦賀名古屋線に挟まれた一帯が、ネクスコ中日本のエリアになっていた。
      • 具体的には、東名高速道路中央自動車道(いずれも東京以西)、上信越自動車道(高崎以西)、北陸自動車道(柏崎以西)が、ネクスコ中日本のエリア。
      • 柏崎県では、出羽自動車道と関越自動車道はネクスコ東日本のエリアだが、北陸自動車道と上信越自動車道はネクスコ中日本のエリア。なお、ネクスコ東日本とネクスコ中日本の境は柏崎JCT。
      • 日本海側をエリアとするネクスコ中日本の支社所在地は、金沢ではなく、富山か直江津になっていた。
    • 北陸地方の予報中枢気象台は、柏崎地方気象台か富山地方気象台のどれか。
    • 霞ヶ関の「△△地方○○局」で、柏崎県が東京に支配されたり(関東地方○○局)、富山県や石川県が名古屋に支配されたり(中部地方○○局)する例は、史実よりもっと少ない。
      • 「北陸地方知事会」も設立され、柏崎県・長野県・富山県・石川県がメンバーになっていた。なお、福井県は、北陸地方知事会と近畿ブロック知事会の両方のメンバー。
      • 柏崎県が近隣三県程度の知事会に加わる例としては、群馬県・長野県・柏崎県による「上信越三県知事会議」ぐらい。
  2. 柏崎・長岡・直江津のいずれかに、工業系か農業系の国立専門学校が建っていた。これらは、第二次大戦後の学制改革で「柏崎大学」になっている。
    • 第二次大戦後の工業高専は、史実通り長岡に立地し、「長岡高専」を称している。
    • 史実で柏崎を本拠地としている私立大学は、「新潟産業大学」「新潟工科大学」ではなく、「柏崎産業大学」「柏崎工科大学」を称している。
    • 柏崎大学には、法文系学部が設立と同時に設置され、1970年代には医学部も設置された。又、雪国という地理環境から、研究機関として気象研究所も設置された。
    • 柏崎大学の前身となった第二次大戦前の国立学校は、柏崎高等農業学校、高田高等工業学校、柏崎師範学校。
  3. 2004年(第1次)と2007年(第2次)に柏崎沖で発生した大地震は、「柏崎県沖地震」と呼ばれている。
    • 当然、復興のキャッチフレーズは、「がんばろう!柏崎」になっていた。
    • 2004年の震災は「柏崎地震」と呼ばれた。または「柏崎県古志地震」。
  4. 観光宣伝で、河井継之助をモチーフにしたゆるキャラが使用されている。
    • この他にも、直江兼続や上杉謙信や上杉景勝をモチーフにしたゆるキャラも登場している。
  5. 柏崎県を代表する企業として、雪国まいたけの存在感が強い。
    • 勿論、ブルボンの存在感も強く、ブルボンは柏崎県を本拠地とするプロスポーツチームのスポンサーになっている。
  6. 県紙として「柏崎新聞」か「越後新報」が存在する。
    • 実在する「柏崎日報」が県紙として発展したのでは。
  7. 県域テレビ局としては、「越後放送」「テレビ柏崎」が存在する。
    • NHKの県域放送は、NHK柏崎放送局が担当する。
      • 大河ドラマ「天地人」の制作には、言うまでもなくNHK柏崎放送局が関与した。
        • JRグループのデスティネーションキャンペーンは、2009年が柏崎県で、2014年が新潟県と庄内地方になっていた。
          • 柏崎県が「うまさぎっしり」というキャッチフレーズを使用し、新潟県と庄内地方は別のキャッチフレーズを使用した。
      • NHKの広域ローカルニュースは、日本海側同士である長野・富山・金沢と同じエリアになっている。
      • ありそうなNHK柏崎放送局のローカル番組としては、「ためしてガッテン」の柏崎県版みたいな番組で「毎日生き生き!かしわざキット」など。
    • 考えられる民放テレビ局名は、越後放送、テレビ柏崎、柏崎中央テレビ、北越放送かな。いずれにせよ、民放テレビ局は4局が立地するだろう。
  8. 県域銀行として、北越銀行の他に「柏崎銀行」が存在する。
  9. 「雪国の県」「米どころの県」と言えば、真っ先に柏崎県を思い衝く者も多数いるだろう。
    • 「越乃寒梅」は、柏崎県の日本酒メーカーのトレードマークになっており、新潟市を本拠地とする石本酒造のトレードマークになっていない。
    • 柏崎県産のコシヒカリは、勿論「柏崎コシヒカリ」と呼ばれている。
  10. 中越高校(私立)や長岡高校が、甲子園の柏崎県代表の常連になっていた。
    • 高田勢を忘れるな。
  11. 県のシンボルとして、雷鳥が柏崎県の県鳥になり、雪椿が柏崎県の県樹になっていた。
    • 史実の新潟県民歌の2番が、柏崎県民歌の2番になっていた。
  12. 県のエリア区分に、「中越」「上越」という地域名は使用されていない。中越ではなく「魚沼」、上越ではなく「頚城」という地域名が使用されている。
    • 県内の区分は、「古志(柏崎・長岡)」「頸城」「魚沼」の3分類だろうか。
    • 高田市と直江津市が合併した際は、「上越市」ではなく「頸城市」となった。
  13. 下越地方出身者である君健男(新潟市出身)と泉田裕彦(加茂出身)は、柏崎県知事に就任しなかった。
    • 平山征夫は柏崎県知事(在任:1992年~2004年)に就任した為、2002年の日韓WCサッカーでは柏崎県の都市が開催地の一つになったかもしれない。
      • 1998年冬季五輪(立候補しようとして断念)と2002年日韓WC(立候補した)には、柏崎県が立候補を企図して、新潟県は立候補すら思い衝かなかった。
      • 日韓WCの開催都市も、県庁所在地かつ新幹線停車地の柏崎になっていた。なお、開催地選考(1996年12月)では、柏崎(柏崎県)・掛川(静岡県、エコパ)・挙母(愛知県、豊田スタジアム)の3都市が争い、掛川と柏崎が当選して、挙母が落選した。
  14. ラジオ局では、県域AMラジオ局として越後放送(ラ・テ兼営)が、県域FMラジオ局としてエフエム柏崎が、ぞれぞれ立地する。
    • 「エフエム雪国」は、柏崎県の六日町を本拠地とするコミュニティーラジオ局。
  15. 県庁所在地である柏崎の市制施行は1910年代で、史実(1940年代)より遙に早かった。
    • 県庁と交通ターミナルの効果により、柏崎の人口は30万人近く(史実の3倍)に増えていた。
      • 一方で、長岡の人口は13万人程度で、周辺市町村を史実ほど多く編入していない。
      • 交通・人口・娯楽などあらゆる面で、柏崎と長岡の立場が逆転していた。
      • 柏崎市の人口が約279936人(67、10000000(6)人)に上り、対する長岡市の人口は約116640人(67×5/12、2300000(6)人)に下がる。
  16. 日本地図が丸ごと出る全国の天気予報では、新潟市が表示されない。その代わり、柏崎が表示される物が出回っている。
    • (1)柏崎と金沢の2箇所が表示されるパターンか、(2)柏崎と金沢が表示されず、富山が表示されるパターン;のどれかが多いだろう。
  17. 日本列島改造論の発信地も柏崎県になるため、柏崎空港も1980年代に開設された。場所は柏崎市内か、柏崎の近隣市町村。
  18. NSG(新潟総合学園)グループの専門学校が、柏崎県に進出したかどうかは未知数。
    • もし柏崎県に進出しなかった場合、庄内地方に進出していた。
  19. 栃木県と同じように、県名は柏崎県のまま県庁は交通の要衝である長岡に移動していた。
  1. 上越新幹線の終点は長岡駅
    • 「とき」じゃなくて「いなほ」という名称の列車が登場する。
      • 「いなほ」は上越新幹線の名称では使用されず、羽越本線の特急の名称で使用されている。
    • 長岡新潟間は大した山もないし、田んぼばかりで用地買収も容易だろうから結局新潟まで延伸された。
      • そもそも港町として発展している新潟に線路を伸ばさないと収益性が見込めないだろう。
        • 沿岸で県庁所在地の柏崎が終点だろうから、新潟への延伸はないだろう。
          • 高崎のように長岡に乗り入れていた。
  2. そもそも上越新幹線があるかどうかもわからん。
    • 田中角栄の地盤は柏崎県になるので、上越新幹線の建設は史実通り。
      • 東京電力の原発も史実通り建設されたが、県庁所在地の柏崎には建設されず、別の場所に建設されていた。
      • 上越新幹線ではなく北陸新幹線として建設されていた。
    • 長野新幹線は高崎~長野間が長野五輪時に開業。
      • その後直江津まで開通する。
      • 全線がミニ新幹線になっていたかも。
  3. 長岡駅ではなく、柏崎駅が上越新幹線の終点となり、下りは新潟ではなく直江津を向いていた。
    • 北陸新幹線は柏崎駅から延伸する形で建設され、北越急行ほくほく線は設立されなかった。
      • 柏崎県内の、上越・北陸新幹線の駅:越後湯沢駅、浦佐駅、柏崎駅、直江津駅、糸魚川駅。
      • 柏崎を目指すなら十日町を経由のほうがいいのでは。
      • 上越・北陸新幹線は、柏崎以南がJR東日本のエリアで、柏崎以西がJR西日本のエリア。なお、新幹線の柏崎駅はJR東日本の保有。
      • 東京駅や上野駅の主要停車駅掲示板には、「長野」ではなく、「柏崎」が表示されている。
    • その場合越後湯沢~新潟が「新潟新幹線」としてミニ新幹線化していた。
      • 柏崎~新潟は羽越本線の特急が多いから、「新潟新幹線」にはならない。新潟どころか、酒田まで運行される特急列車がザラだろうから。
  4. 北陸自動車道の始点が長岡になる。長岡以北は日本海東北自動車道の沿線に。
    • 鉄道も同じく、長岡駅を境に西が北陸本線、北が出羽本線(現実の羽越本線)に分かれる。
    • 行政と交通の中心地が柏崎(行政中心地)と長岡(交通中心地)に離れて分立したら、史実の中通り(行政の福島市vs交通の郡山)と似た様相を呈するかもしれない。
    • 長岡新潟間は関越自動車道。
  5. 長岡ではなく、寧ろ県庁所在地の柏崎を中心に、交通インフラが整備されていた。
    • 従って、国道7号国道8号国道17号、日本海東北自動車道・北陸自動車道・関越自動車道、羽越本線・北陸本線・上越線、これらはいずれも柏崎が始終点になっていた。
      • 国道17号・関越自動車道・上越線は、柏崎~広田~小千谷のルートになっていた。
        • 上越線開業時にはすでに信越線が開業しているので、わざわざ小千谷-広田間の山中に線路を新規に作るようなことはせずに長岡経由でつなげるでしょう。
        • 国道17号も同様で、終点は柏崎としても柏崎-長岡間は国道7号線との重複区間。
        • いくら柏崎が県庁所在地といっても新潟・長岡に高速道路を作らない理由にはならないから、群馬-新潟間で長岡を経由する。
          • 関越道が小千谷まで史実のルートなら小千谷に柏崎方面と長岡方面に分岐するJCTを設置。
      • 羽越本線の特急「いなほ」には、柏崎⇔酒田や柏崎⇔秋田の列車も運行されていた。
      • 柏崎駅には機関庫と運輸区も設置され、国鉄の鉄道管理局(分割民営化後はJR東日本支社)も柏崎に設置された。
        • 柏崎鉄道管理局のエリアは柏崎県と長野県北部・東部で、長野には鉄道管理局が設置されなかった。
        • 一方で、塩尻にも鉄道管理局が設置され、中央本線沿線である山梨県と長野県中部・南部をエリアとしている。
      • 日本海東北自動車道(or出羽自動車道)の柏崎~新潟は、出雲崎と燕を経由するルートになっていた。
      • 北陸自動車道は、全通前は柏崎ICと朝日IC(富山県)の2箇所を暫定的な始点(0キロポストとIC番号1番)にしていた。しかし、北陸自動車道の全通と出羽自動車道の柏崎~燕の開通(両方とも1988年7月20日)により、始点が柏崎JCTに変更されて現在に至る。
        • 柏崎JCTは、沿岸軸の北陸自動車道(西行き)と出羽自動車道(北行き)が本線で、山越え軸の関越自動車道(南行き)が沿岸軸に分岐・合流する構造になっている。なお、柏崎JCTの位置は、柏崎ICよりやや富山側。
        • 柏崎JCTの方向表示:(北陸道)直江津 富山|(出羽道)新潟 酒田|(関越道)湯沢 高崎
      • 開通は、北陸自動車道が前で、出羽自動車道が後。北陸自動車道:柏崎IC~直江津ICが1978年9月21日。関越自動車道:柏崎JCT~広田PA~小千谷ICが1982年3月30日、柏崎JCT~湯沢ICが1984年11月8日。出羽自動車道:柏崎JCT~燕ICが1988年7月20日、柏崎JCT~新潟IC(史実の新潟亀田IC)が1990年頃。
        • 寧ろ柏崎県内区間の柏崎~糸魚川(83km)が1981年11月に開通して、北陸自動車道の全通と全線四車線化が史実より3年早くなっていた(1985年7月20日に全線開通、1997年10月3日に全線四車線化)。出羽自動車道は、1985年7月20日時点では柏崎~出雲崎or寺泊の開通に留まっていた。
        • 1988年の朝日-名立谷浜間開通以前は名立谷浜以東が分断されていた一方で関越自動車道からまっすぐつながっているから、柏崎以遠も関越自動車道になっていたのではないか。
      • 国道8号・北陸自動車道の上り線、国道17号・関越自動車道の下り線で、最遠地の表示は「新潟」ではなく、「柏崎」になっていた。
  6. 越後線の電化が史実より早かった。
    • 越後線は柏崎〜新潟という両県都を結ぶ重要路線だった。史実の羽越本線くらい。
  7. 史実の越後線と白新線が、羽越本線になっていた。
    • 新潟駅のホームは折り返し式にならず、柏崎方面と村上方面の往来が直進式になっていた。
    • 越後線白新線の直進は史実と同じでは?
  8. 一方、柏崎~長岡~新津~新潟の鉄路は、「長岡線」を称していた。
    • 国道は、史実の国道116号が国道8号となり、柏崎~長岡~新潟のルートが国道116号となり、国道117号は長岡がターミナルになっていた。
      • 史実の国道116号は、柏崎以北なので国道7号になっていた。
    • 越後交通の本社所在地も、柏崎になっていた。