大分の交通
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- 1~16号は全て隣県と跨がり、県内完結は21号から。
- 大分県域は300mしかない。ほぼ福岡県道。
- 県境越えは主要地方道とは名ばかりの山岳狭路険道。
- 大分、熊本、宮崎の3県に跨る。
- 長さは80km以上あるが日田市と山鹿市だけを通る。
- 旧前津江村から旧中津江村にかけてはダートや廃道同然の区間もあり舗装があっても狭く激坂だったりコンクリート舗装だったり県内最凶と言っても過言ではないほどの険道となっている。
- その区間でもわずかに2車線の区間がありスノーピーク奥日田へのアクセス路も含まれる。
- 熊本県側は県境付近は狭いもののほかは普通の県道である。
- 熊本県に跨る県道では唯一瀬戸内海沿岸とを結ぶ。
- 起点付近は国道500号と重複。
- 長さは熊本県と合わせて102kmで都道府県道の中でもトップ10に入るほど長い。
- 大分県内区間だけでも県内最長の県道である。
- 西日本最長の県道で東京から箱根峠ぐらいの長さである。
- 上位路線との重複なしだと100kmほどの鹿児島県道79号が最長である。
- 大分市と臼杵市を最短距離で結ぶが、九六位山の付近に狭路区間がある。
- 大分県完結県道では最小番号。
- もちろん大分市を通る県道でも最小番号。
- 全区間にわたり中央分離帯がある。
- 例外として大在〜横田の区間は片側1車線である。
- 道幅が無駄に広い。
- 起点は国道10号旧道の県道113号との交点である。
- 別府駅の駅前通り。
- 大分県内の主要地方道では珍しくヘキサ標識がない。
- 豊後大野市三重町と佐伯市弥生を結び、旧本匠村を通るが佩楯山の辺りが険道。
- 佐伯市と津久見市を結ぶ。
- 起点・終点ともに国道217号と接続している。
- 大分市と豊後大野市大野町を直接結ぶ唯一の道だが途中にかなり狭い険道区間がある。
- 県道57号が一般県道なので大分県内の主要地方道では最大番号である。
- 大分県道の主要地方道の数は沖縄県道、香川県道ほどではないものの全国的に少ない方である。
- 路線数が多くないのにも関わらず600番台の県道が多い。
- 三重県道とは異なり、100番台は全て越境路線。
- 最大番号は2回転と同じ720号。
- 800近い番号まである三重県道とは異なり、700番台は少ない。
- なぜか300番台は351号八坂真那井線の1路線のみである。
- 三重県道も300番台は2路線しかない。
- 中九州横断道路並走区間の国道57号が格下げされたもの。
- 番号も国道時代と同じ57号である。
- 2桁県道にもかかわらず一般県道である。主要地方道と一般県道の採番が一貫していない沖縄県を除き2桁の一般県道はこの路線のみ。
- 1995年3月以前なら一般県道に1桁2桁を採番する県がいくつかあったが。
- 逆に北海道や福岡県は主要道県道が101路線以上あり100番台に侵食(兵庫県は35と40が欠番なので98路線)。
- 全区間にわたって道幅が狭い。
- 起点は600番台の県道とバトンタッチする形である。
- 福岡県側は県道ではない。
- 正確には林道があるが県道として供用していないだけである。
- 起終点ともに国道388号に接続する。
- 道路状況は国道388号よりはマシだが険道とはいえる感じである。
- 大分市中心部を南北に通る。
- 旧国道217号。
- 番号も国道時代と同じ217号である。
- 杵築市から速見郡日出町までを結ぶ。
- 大分の県道では唯一の300番台。
- 起点・終点はいずれも600番台の県道。
- 大分空港前と杵築市を結ぶ。
- 起点終点ともに国道213号と交差する。
- 起点はフェリーターミナルではない。
- パークプレイスや昭和電工ドームから新日鉄の製鉄所までを結ぶ。
- 上記の県道21号以北は4車線だが、それ以南はパークプレイスや昭和電工ドームの近くを除き2車線で渋滞がよく起こる。
- 起点終点ともに国道217号と交差する。
- ほとんどが狭いが起点付近など2車線の区間もある。
- 終点付近に南行きの一方通行がある。
- 熊本県阿蘇市は通らないものの沿線に阿蘇山が見られる場所がある。
- 起点から終点にかけて高瀬川に並行している。
- 前津江町で県道114号にバトンタッチして福岡県境へ向かう。
- 県道114号は福岡県側では供用されていないので福岡県八女市に入ると林道となる。
- 旧国道210号。
- 元の県道23号大分庄内湯布院線だった(210号が別府市を経由していた時代は)。
- 旧国道212号。
- 臼杵市と竹田市を結ぶ国道502号線は国鉄が走る予定でした。
- 大分県道715号(木田-神崎)は、日本中の酷道マニア達に知られている。
- 旧国道212号のおかげで「青の洞門」はほとんど無くなってしまった。
- トンネルの数が全国一多い。
- 特に竹田市は。
- 信号機は日本信号の設置率が九州一高いが、オムロンも多い。
- それでも県西・県南以外は他地方の日信王国に比べて日信の割合は低い。基本的に九州地方(沖縄県含む)は日信は弱い。
- オムロンに関しては樹脂製が多いが、信号電材からのOEM供給となった後期薄型以降も多く、低コストに至っては電材筐体の中でも電材純正や京三銘板を凌いで圧倒的に多い。
- 大分県で2番目に多い小糸工業→コイト電工製は中部(大分市・別府市等)が多い。
- 小糸おにぎり歩灯は大分県ならどこでも見る。
- 日信は内陸部や県南地方(佐伯市等)に多い。
- 三重県と信号機事情が似ている。
- 日信&コイトが多く、オムロン樹脂も比較的多いことが三重県と共通している。
- 一般県道の番号(200~700番台)の付け方も。
- 異なるのは音響式信号機(三重県は昭和時代から擬音式のみ採用)くらいか。
- 以前は更新やメンテナンスを殆どしなかったので3大メーカーの錆びた古灯器が多く存在していた。
- 現在はそれはなくなったものの古いアームを使いまわす現象がみられる。
- 音響用信号は以前は音響用信号はメロディ式がメインだったが、現在は擬音式とメロディ式が両立している。
→大分空港の項参照。
- 日本で唯一、「普通鉄道の私鉄が無い県」です。宮崎県が仲間になりかけましたが、高千穂鉄道一部復活で孤高を貫いてます。
- 正式廃止によって結局は仲間になってしまいました。
- 今、地上を走っている大分県内の鉄道は、ラクテンチケーブル線くらいです。空中ではロープウェイ線がいくつかあります。
- それは鉄道とは言わない。ベットラクテンチの入場券が必要だし、アトラクションみたいなもんだから。あくまでも時刻表で水色の線で表記されなきゃ。
- 坂ノ市地区に大分空港ができたら、大分交通が坂ノ市まで鉄道路線を敷設する予定でした。
- 前大分県知事の平松守彦が「東九州新幹線はリニア線にすべきだ!」と発言したおかげで、しばらくの間完全に新幹線計画から無視されました。
- 私鉄が無いせいなのか、はたまたこちらが原因で私鉄が無いのか…自家用車所有率が異常に高く、おばはんやおじーさんも乗り回すため、交通マナーが全国的に見ても悪い。
- とはいえ、JRの利用者数は決して少なくない(大分駅の利用者数はJR九州内で4番目、私鉄含む九州全体で12番目)。そのためか普通列車用でも大分向けに新車が投入されることもしばしば。
- 仲間が遠く離れている車両や遠方から転属する車両が結構多い。キハ183、185とかEF81とか。かつてのED74とか。キハ65も元四国。
- 日田彦山線の部分廃止でJRの路線がある46都道府県で唯一、本線以外のJR路線がない県となる。
- 1999年に815系を導入したが、457・475系3両どころか423系4両をも置き換えたため減車が酷かった。
- 別大線
- 1900年開業の九州で最初の電気鉄道だった。
- 開業当初から大分と別府を結ぶインターアーバンの役割を果たしていた。
- 開業から10年以上は郡部しか走らなかった。
- この路線を昭和初期に運営していた別府大分電鉄は法人としての大分交通の母体。
- 戦時統合で西鉄に加わるという案もあったらしい。
- 大分駅前からかんたんまでの区間は市内線で特に本数が多かった。
- 「かんたん」は漢字で書くと「菡萏」という全く簡単ではない字のため行先表示でも平仮名表記だった。
- 由来は別府湾の古い呼び名。
- 「かんたん」は漢字で書くと「菡萏」という全く簡単ではない字のため行先表示でも平仮名表記だった。
- 土砂崩れにより日本の路面電車史上最悪の事故を起こしたことがある。
- 末期まで黒字だったのにモータリゼーションのせいで廃止されてしまった。
- 高崎山の猿の頭数を表示した電車が走っていた。
- 他にも全面広告電車が何両か在籍していた。
- 廃止後に停留所で使われていた看板が大分市内のデパートで販売されたらしい。
- ただし当時大ブームだったSLのナンバープレートの方が高値で売られていたという。
- 耶馬渓線

- その名の通り中津から耶馬渓への足として親しまれていた。
- 中津市内での通勤通学輸送への貢献も無視できない。
- 一時期は本州から紅葉見物のための臨時列車が乗り入れていたことすらあった。
- 沿線の観光地である青の洞門さながらに手掘りされたトンネルもあった。
- 1975年にこの路線が全線廃止されたことにより大分県から国鉄(→JR)以外の鉄道が消えた。
- 山陽新幹線博多延長(同年3月10日)から半年以上経ってからの廃止だった。
- 基本的に山中を走る路線だったにもかかわらず「しおかぜ」「なぎさ」という愛称を持つ気動車が走っていたことがある。
- 先に消えた国東線の残党だった。
- 大分交通の路線になった後も開業当初の「耶馬渓鉄道」にちなんだ「耶鉄」という愛称で親しまれていた。
- 「耶鉄柿坂」という駅も昭和46年に山間部の区間が消えるまでそのままの名称で生き残っていた。
- 昭和30年代まで明治時代に国有化された旧山陽鉄道や旧九州鉄道の木造客車の成れの果てが使われていたらしい。
- 控えめに見積もっても60年物の車両が現役で使われていたことになる。
- そのうち1両は明治時代の姿に復元され門司港の九州鉄道博物館で保存されている。
- 現在では廃線跡のかなりの部分がサイクリングロードになっている。
- 車両もある程度まとまった数が中津市内のレストランで保存されている。
- 紀州鉄道に移籍したものも1両は現地で保存。
- 某駅の駅舎が元駅員の家として使われているらしい。
- 車両もある程度まとまった数が中津市内のレストランで保存されている。
- 古い地図には終点の守実温泉から日田駅まで予定線が記載されているものがあるが詳細不明。
- 国東線
- 日豊線の杵築駅から杵築市街地を通り現在の国東市中心部を結んでいた。
- 旅客だけでなく現地で採れるミカンやイグサの輸送にも役立った。
- 国東市出身の藤波辰爾がテレビでこの路線の思い出を語ったことがある。
- 昭和36年に集中豪雨で橋が流され分断される前までは比較的調子が良かったという。
- 一時期は急行列車すらあった。
- 鹿児島でいう南薩線も似たようなもの。
- この路線の大海田駅跡の向かい側が大分空港のターミナルビル。
- 現存していたら空港アクセスに大活躍していたかもしれない。
- ただし杵築駅の線形を考慮すると大分方面からの直通にはスイッチバックが必要。
- 大分空港が現在地に移転することが決まったのは皮肉にも路線廃止の翌月のことだった…。
- 現存していたら空港アクセスに大活躍していたかもしれない。
- 宇佐参宮線
- 日豊線のルートから外れた豊後高田から国鉄宇佐駅を通って宇佐八幡までの路線だった。
- 全長10kmにも満たない短い路線で国鉄との接続が途中駅というのがなかなかユニークだと思う。
- やはりと言うべきかこの路線の誕生を鉄道忌避伝説と絡めて説明する人もいる。
- 一時期は豊後高田から竹田津を経て国東線と接続する壮大な構想もあったがもちろん実現するはずもなかった。
- 豊後高田駅の駅舎だった建物はバスターミナルとして現存している。
- どうせなら昭和の町にふさわしく鉄道時代の雰囲気に近づけるのもありだと思う。
- 宇佐神宮の境内にもこの路線で使われていたSLが1両保存されている。
- 豊州線
- 大分交通の鉄道線の中で最も地味な存在だった。
- 名前だけはスケールが大きいが沿線に特に有名な場所があるわけでもない。
- 廃止も昭和28年とひときわ早かった。
- そのせいで写真や資料もあまり残っていない。
- さらに起点も現在では無人化された豊前善光寺駅。
- 当初は玖珠町まで伸ばす予定だったが久大線の開通により必要がなくなり頓挫。
- 直接的な廃止原因はルース台風の被害だったがその直前の時点でバスによる代行輸送に転換され廃止寸前だったという。
- その影響か県道27号宇佐玖珠線(現・国道387号)は1970年に全線舗装2車線化が完成していた。
- そんな路線ではあるが一部の駅跡には駅名標を模した木製の看板が立てられ往時をしのぶことができる。
- 戦後生まれの軽便鉄道。
- 工事が始まったのは戦時中だが工事が終戦に間に合わなかった。
- 佐賀関の精錬所に鉱石を陸路で運ぶ(絶たれにくい)ルートを確保し銅板などを安定的に供給できるようにする意図があった。
- 工事が始まったのは戦時中だが工事が終戦に間に合わなかった。
- 全駅の名称に「日鉱」が付けられていた。
- このうち他地域に同名の駅があったのは大平駅と金山駅だけなので何を意図していたかは謎。
- 当初は貨物オンリーだったが鉄道敷設法での予定線と重なることもあり旅客輸送も始まった。
- 該当区間には戦前から省営バス→国鉄バスが走っていた。
- 日鉱社員の通勤に役立っていたのは言うまでもない。
- この路線の女性車掌の制服は鉄道員としては異例の茶色。
- 廃止直前でもかなりの盛況だったという。
- 軌間が1067mmならおそらくもう少し長生きしていたはず。
- 大分市から南側の県内を担当。
- かつては近鉄グループだった。
- 現在は西鉄が出資している他、大分県や地場企業も出資。
- トキハまで出資している。
- 数社の子会社を擁している。
- もうすぐ潰れると噂されていたが、経営者の交代以降持ち直したようである。
- 通称「青バス」
- 車庫の事を端末と呼んでいる。
- 大分市内はとにかく遅延する。2分くらいは定刻。ただ上手い運転士は上手に回復させることもしばしば。
- 塗装が名市交そっくり。
- 「うすつ」ではない。さあ何と読む?
- 名前の通り、臼杵市、津久見市を主なエリアとして路線を運行している。
- 同じ大分バスの分離子会社だった、大野交通と竹田交通が合併してできた会社。
- 存続会社は大野交通で、本社も大野側なのだが、路線は竹田市側の方が断然多い。
- 大交。
- かつてスルッとKANSAIの磁気カードの裏面に大阪市交通局の略で「大交」と印字されていた。
- 県北にてその勢力を誇っていたが、分社化が進み典型的ローカル赤字路線化絶賛進行中。
- もはや中学生と病院通いの老人のために存続しているフシがある。
- APU(立命館アジア太平洋大学)への路線バスを運行中。
- APUへは別ルートで亀の井バスも運行。
- 貸切や空港リムジンからの転用が多い。
- 大分空港へのリムジンバスを運行する。
- 大分の他、由布院からも運行。
- そしてホーバーを同士討ちした
- 大分の他、由布院からも運行。
- 徳山(周南)・広島への高速バスは途中スオーナダフェリーを利用する。
- ただ、フェリーの定期点検時(ドック入り)および欠航時は運休する。
- 元々は鉄道会社で1898年創業。別大電車、耶馬溪鉄道、国東鉄道、宇佐参宮鉄道、豊州鉄道を運行していた。
- 鉄道は全て廃止されたものの、車両自体は現在も紀州鉄道で活躍している。
- しかし、その車両も2009年10月で運行終了(11月に1日だけ復活したが)。
- 鉄道は全て廃止されたものの、車両自体は現在も紀州鉄道で活躍している。
- 大分市から北側の県内がエリア。
- 西鉄が行っている運転士の「発車します」などの言葉を言うことは一切ない。ただ、運転するだけ。
- 今ドンキがあるところはその昔路面電車の車庫があった。電車の廃止後「ソーラー」という窓の上から水が垂れてくるレストランがあり、夏になると子供にタダでカブトムシやクワガタをプレゼントしていた。
- 通称「赤バス」
- かつて大阪市バスで運行されていた100円バスとは関係ない。
- この会社にも西鉄が出資している。
- 中津観光バス+高田観光バス
- 合併前は他の子会社と同じく親会社のカラーリングのそれぞれ色違いだったが、いまや厚ぼったい復刻塗装ばかりになってしまった。
- 中津~日田間で特急バスを運行していて、日田バスのエリアに乗り入れている。
- 玖珠町を主なエリアとする。
- 大交北部バスのエリアである耶馬渓方面に入る路線もある。
- 路線バスのカラーは親会社のものを引き継いでいる。
→亀の井バスを参照。
→日田バスを参照。