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大阪の神社/河内

石切神社

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  1. デンボ(できもの)の神様として有名。
    • デンボの本来の意味は、当社の社家に伝わる独特のおまじない「伝法」のことだとか。
      • 余談だが近鉄奈良線の「石切」駅からは阪神なんば線の「伝法」駅へは乗換なしで行くことができる。
    • 脱腸の神さんでもある。泉州では、脱腸になったらまず貝塚の蛸地蔵に参ってタコ断ちをし、次に石切神社に参るという順序。
      • 参拝のしかたは、まず手を洗ってからお札納め。お札納めの場所は拝殿左の後方だが、拝殿の右側へ行きおみくじ売り場の前を通って頭打ちそうな低い渡橋をくぐって拝殿の向こう側の小さな神社に参りつつお札納所に到着するというのが、作法。
      • その後拝殿のわきを通って拝殿正面に回り一礼すると、急傾斜の板敷きを上って参拝。参拝したのち、拝殿両側に吊っているガラガラを鳴らす。しかるのち、おみくじを買うなりお札を買うなりする。
      • その後、拝殿の左斜め前つまり鳥居から見ると右斜め前の小さな神社2つに参る。その後、お百度参りをする。済んだら、鳥居から見て左斜め前の亀がいっぱいいる池に参拝。水神を祭ってあるから。
  2. 是非、奥宮にも御参りください。
    • 公式の境内図には記載されていないので、存在を知る人はかなり少ない。
  3. 崇神天皇の頃から存在するらしい。
    • ただし、その証拠となるべき記録は、幾たびの兵火などで焼けて存在しないらしい。
  4. 近鉄奈良線の石切駅から参道商店街があるが、通常と異なり駅から神社に向かって坂を下っていく形。
    • 実はメインの参道は元々こちらではなく、反対側だった。大軌(近鉄奈良線の前身)が通って参道商店街が新たにできた形。
      • 普通神社の参道というものは、神社に近づくに従って少しずつ標高が高くなるはずだが、石切の場合は神社のほうが駅よりも低い位置にある関係で参道を進めば進むほど山を下っていく。
        • 実は元々は石切駅側ではなく、神社西側の東高野街道(現在の国道170号)側が本来の参道だった。現在の石切参道商店街は近鉄奈良線の駅ができてから発展したもの。そういう意味では新石切駅側の方がメインと言える。事実石切駅よりも新石切駅の方が利用客は多いし。
          • 近鉄バスの「石切神社前」バス停もそちら側にある。今は瓢箪山~住道・四条畷間の路線が発着するがかつてここから大阪市内に直通する路線もあった。
          • 新石切駅の近くにはロードサイドの商業施設もあり、国道170号や308号など幹線道路も通っているので、こちらが本来の石切の中心みたいな気もする。
    • 元々の参道だった方にも近鉄けいはんな線の新石切駅ができ、参拝客の流れが元に戻りつつある。
      • 石切神社は石切駅より新石切駅の方が近かったりする。
        • 足が悪くなった中高年は、そちらへ行く。
          • 足の悪くなってない中高年は、昔からの道じゃというて下る道を選ぶ。
          • 大阪市内の乗車駅が地下にあるので、地下に降りるのが面倒くさい。中高年は地下が苦手。お日様のあるところを選びたい。
    • 昭和30年代ブームだが、石切神社の参道は昭和30年代から時が流れていない。
      「いかがわしきもの」の一例
      • 参道は全て5時に閉店する。
      • 巣鴨が「おばあちゃんの原宿」ならば石切は「おばあちゃんのアメ村」だろうか?
        • いや、巣鴨とは全然違うと思う。巣鴨には活気が溢れているが、石切にはいかがわしさが溢れている。
          • いかがわしさというより、海千山千酸いも甘いも嚙みわけたという感じかな。
      • 昭和30年代チックだからといって、ノスタルジックとか、そういうものを期待して行かない方がいい。
        • 占い屋のケバケバしい看板、「百度参り」の光景など、面白いもの見たさなら可。
          • 百度参りだけど、子供には歳の数だけ参ればいいと言って回らせている。
          • 右の写真に載ってるのは、阪本赤まむしが儲けた金で自作した、だいぶっつぁん(大仏さん)。けっこう、でかい。黒光りしてる。
            • 下り参道の中間地点にある。誰も、参拝しない。ただベンチがあるんで休憩所にみんな使ってる。
            • このだいぶっつぁんの近くに、昭和の頃、耳鳴り神社池というのがあって石切参拝客の多くが立ち寄って池にさい銭を投げ込みかしわ手を打っていた。その正体は、阪本赤まむし自作の神社。
              • 平成になってから閉鎖され、のちおしゃれな夜景ビューのレストランになった。
        • デンボ(腫れ物)の神様ということから、癌封じ・癌治癒の意味を込めて参拝する人の弱みにつけこんだ商売が多い。
      • 参道商店街の公式ゆるキャラ「いしきりん」がいるが、普通の麒麟と異なり首が短い。
      • 「ひろうす」が参道商店街の名物。
        • ひじきや銀杏、しいたけなどさまざまな具が豊富に入っており、栄養満点。
        • 参道を歩けば、多くの店で売られている。
        • その東京言葉「がんもどき」の名で売られていたら、誰も買わなかった。
          • 東京ではそういうと知った時、大阪のおばちゃんたちは皆驚き怖がる。
      • 「よもぎ」の天ぷらを売っている。
        • 神社から少し参道を行った先のカーブする辺りに、2軒のヨモギ天ぷら店が道を挟んで商売敵になってる。
          • 神社のほうから見て右側の店には、カントダキ(関東煮。おでんの関西弁)を煮ながら甲高い大きな声で客を呼び込んでるおばちゃんがいた。
            • 最近、姿を見ない。
        • 「よもぎうどん」も有名。
          • 出雲そばの店もある。
  5. 近鉄奈良線石切駅から南東へ向かうと上之社があるのだが、本社(下之社)に比べると地味な存在。
    • 存在は知っていても、坂を登るのを嫌ってあえて行かない人がいるはず。
    • 祭神の饒速日尊は元々こっちで祀られてたが、明治時代に可美真手命を祀る下之社(今の本社)へ合祀された。
  6. 某刀剣イケメン擬人化ゲームのおかげで、巡礼地と化した。

枚岡神社

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  1. 通称元春日
    • 春日大社の神様の内、半分はここから持って来てもらったらしい。
      • 藤原氏(中臣氏)の氏神と比売神を分霊した。
  2. ちょっとした梅の名所として知られる。
    • ウイルスに感染して全て伐採されたとか…。
    • 梅が植えられてた場所は、当社の神宮寺跡地だった。
  3. 河内国一の宮を名乗っている。
    • 他に枚方市の片埜神社も名乗っている。
  4. 「まいおか」ではない。
    • 「枚方市」を知っている人なら、初見でも読めるかもしれない。
  5. 近鉄奈良線枚岡駅の大阪方面のホームを降りれば、すぐ目の前が参道という、かなりの駅近物件。
  6. 生駒山へ向かうハイキングコースを辿れば、神津嶽本宮に行ける。

瓢箪山稲荷神社

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真っ赤な鳥居
  1. 日本三大稲荷神社の一つを自称しているらしい。
    • でもどこからも認められていない模様。
  2. 瓢箪山という地名の由来。
    • 瓢箪山は実は双円墳らしい。前方後円墳とか前方後方墳はあるけど、両方共円墳というのは珍しいかも。
      • その古墳は境内の東側の竹林にあるが、小さめの鳥居がたくさん建てられている。
  3. 辻占発祥の地。ここの宮司が江戸時代に始めたのが、あっという間に広まって辻占いというのが、今や誰もが知る占い方法になったとか。
    • 性別・服装・持物、同行人の有無、その人の向かった方角などで総合的に判断するのが、今でもここで行われている正統派な辻占。煎餅は関係ない。

布施戎神社

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  1. 昭和初期に、西宮戎からえべっさんを勧請したのが始まり。
    • 歴史の割に結構人の入りが激しく、割といつも賑わっている。
  2. 案内がなければどこにあるかわかりにくい。だからなのか、布施の商店街の中に「布施戎神社 ココ」と書いた大きな看板がある。
  3. 大阪市生野区との境界近くにある。

鴨高田神社

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  • 東大阪市高井田元町
  1. 意外と古い歴史があるみたい。
    • 現在の社殿は1907年(明治40年)再建。
  2. +673年(白鳳2年)に古代豪族の鴨氏がその開祖である大鴨積命を祀ったのが始まりだとか。
  3. 大正時代に枯れてしまったものの、まだその一部が残っている楠の木にまつわる伝説はちと恐ろしい。
    • この木、お駒楠という名前があるが樹齢1,000年超らしい。
  4. 神仏習合が許されていた時代には、長栄寺の鎮守だったとか。
  5. 延喜式内社にのせられた古社。
  6. 速須佐之男命、大鴨積命、神功皇后、応神天皇を祀っているらしい。
  7. 石灯籠が並ぶ中を本殿につながる参道が伸びる。ちょっと絵になる。

長瀬神社

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  1. 祭神は、伊弉諾尊、伊弉冉尊、天照皇大神、素戔嗚尊、保食神、少彦名命、菊理姫命、品陀和気命、菅原道真を祀る。
  2. 祭神が多い神社は歴史がないことが多いが、ここもご多分に漏れず明治期の創建。
    • 旧長瀬村の神社にあった複数の神社を、明治期の一町村一社運動の影響で合祀した結果こうなった。
  3. 長瀬神社の歴史をたどると、元々衣摺村にあった波牟許曽神社という延喜式内社にもなっていた神社も含まれている。
    • そういう意味では歴史があるが、現在は元々波牟許曽神社のあったところに、波牟許曽神社が復されているため……

栗原神社

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  1. 延喜式神名帳に載ってたんちゃうかと言われている神社。
    • 神名帳にはこのあたりに「吉原神社」という神社があったと書かれているんやけど、それがこの神社なのかが定かではないらしい。
  2. 「北の宮」と呼ばれている。
    • 近くに北宮小学校がある。

恩智神社

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  1. 河内国二宮
  2. 元々名神大社だった。
  3. 春日大社の猿楽は、江戸時代まではこの神社が演じることとなっていたらしい。
    • なんでも、後に枚岡神社を経て春日大社に移ることとなる天児屋根命を、この神社で祀っていたとかいうつながりがあるらしい。
  4. 雄略天皇の御代に創建されたらしい。
  5. 大御食津彦大神と大御食津姫大神を祀る。

玉祖神社

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  1. このあたりに住んでいたとされる玉造部の人たちの神様を祀る。
  2. 国指定重要文化財になっている古文書があるらしい。
  3. 大きな楠木が植わっている。大阪府指定天然記念物。

天照大神高座神社

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  1. 教興寺の山の中にある落ち着いた雰囲気の神社。
  2. 天照大神を祀る。
    • 479年(雄略天皇の御代)に伊勢から遷座してきたらしい。
  3. 本殿が岩盤の上にある。なかなkすごい所に立っている。

弓削神社

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  • 八尾市弓削町
  1. 一説には恩智神社についで河内国三宮だったとする説もある神社。
  2. 延喜式神名帳では式内大社だったが、旧社格は村社という神社。
  3. 物部氏の地元らしく饒速日命と可美麻治命を祀る。

鐸比古鐸比賣神社

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  • 柏原市大県
  1. 鐸比古命と鐸比賣命を祀る。
    • どっちも読めん。
  2. 鐸比古命は、和気清麻呂の先祖らしい。
  3. 高尾山が御神体。山腹に磐座がある。

道明寺天満宮

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  1. 道明寺~、と名乗りながら、道明寺より古いらしい。天満宮、と名乗りながら、天神さんよりも昔からあるらしい。
    • そもそも大昔からここにいた土師氏の氏神さん(かつては土師神社)。で、菅原道真さんはその氏族。道明寺とは明治の寺社分離以前は一体だったわけだし。
      • なお、最初から存在する土師神社は、「元宮」として現在も境内に鎮座している。
      • 道明寺駅の隣には土師ノ里駅もある。
  2. 歴史があるだけに平安、鎌倉時代とかの古い宝物も所蔵している。それこそ天神さんの時代のとか。
    • それらを納めた宝物館が境内にあるが、年間決まった日にしか一般公開されない。
      • 自分は正月3が日に初詣した時に見た記憶がある。
  3. 天満宮らしく、梅林は有名。本殿の裏手。
    • 他にも「おじいさんの木」と呼ばれる巨木が、境内のあちこちに立っている。
    • 「大阪みどりの百選」にも指定されている。
  4. 結婚式・披露宴会場併設。それくらいなら大きい神社ならあちこちにあるが、ここの宮司さんは日本で唯一、ウエディングプランナーの資格を取得してはるそう。
  5. 最寄り駅の近鉄の道明寺駅は近鉄の中でも最古だが、この路線・この駅はこの神社の参拝客のために作られ、この神社の祭りに間に合わせて開業したらしい。
  6. 南にある神門から、道明寺駅方面へ少し歩いたところに、「夏水井」という井戸がある。
    • 菅原道真が、ある夏の時期に、道明寺で写経をした時に使ったといわれる。
  7. 東側から眺めたらよく解るが、小高い丘の上に神社が建っている。
    • 古墳時代はこの周囲に、埴輪を製造する登り窯がたくさん建てられていた。
  8. 2019年に入り、古墳群の世界遺産登録に合わせて、埴輪を推している。
    • 埴輪を造っていた土師氏の神社なんだから、むしろプッシュするのが遅すぎたほど。
    • 埴輪の形をした「はにわみくじ」の授与を開始。
    • 夏水井の近くに埴輪窯を1基復元した。
      • 窯の中を覗くと、これまた復元した埴輪が並べられている。

辛国神社

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荘厳な雰囲気の参道
  • 藤井寺市藤井寺
  1. 街中にある神社なのに参道が立派。
    • 「大阪みどりの百選」に選定されるほど、樹木が生い茂っている。
    • 参道の途中に、近鉄南大阪線藤井寺駅へショートカットできる路地があるので、朝夕は通勤客がよく通る。
  2. 元・物部氏の氏神神社、今・春日神社(藤原氏の氏神神社)。
    • 諸行無常をスゴく感じます…。
  3. すぐ近くには葛井寺が。
    • 祭神のスサノオは、かつて葛井寺の境内に存在した長野神社から移された。
      • 参道の鳥居は長野神社から移設されたもの。

志貴県主神社

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  1. 実は河内国の総社だったところ。
    • その名残が今も地名に残っている。
  2. 延喜式神名帳には大社として記載されていた。
  3. 楠木正成が信仰していたらしい。楠木氏の衰退とともに神社も衰退したとか。

伴林氏神社

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  • 藤井寺市
  1. 読めない。
    • とものはやしのうじじんじゃと読む。当たり前やけど変換もできまへん。
  2. 大伴氏の祖神である道臣命を祀っている日本で唯一の神社。
    • 道臣命は軍神であることから、西の靖国神社として崇められ、戦時中に村社から府社に昇格した。

壺井八幡宮

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  1. 鶴岡八幡宮の親玉。
    • 元々源氏は河内国壺井地区を本拠地としており、壺井八幡宮は河内源氏の氏神様だった。
      • 源氏が東国進出のため鎌倉に下って行った結果、後から先祖が信仰していた神社を勧請した形だそうな。
        • 因みに、鶴岡八幡宮が源氏の氏神様となった後は、分家の石川源氏の氏神様となったとか。
  2. 源義家愛用の太刀などが伝わる。
  3. 境内のどでかい楠が見事。
    • 大阪みどりの百選の1つにも選ばれている。
  4. 今の社殿は徳川綱吉が再建した。
    • 近くには綱吉側近として生類憐れみの令の公布を綱吉に促した隆光の墓もある。
      • 墓とは書いたものの、実際には墓というよりは、墓石がぶどう畑の脇に打ち捨てられて居るだけと書いたほうが良さそうである点は悩ましいところだが……

白鳥神社

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  1. 古市駅東側の丘の頂上にある。
  2. 元々、峯ヶ塚古墳という墳丘の頂上にあったものが移転した。
    • 峰ヶ塚古墳は、元々、白鳥陵と呼ばれる日本武尊の变化なさったお姿である白鳥が降り立たれた場所の1つと比定されていたが、後に軽里大塚古墳という近隣の別の古墳がその地であると分かり、白鳥神社の伝承や威光は少々水をさされた感じになった。

誉田八幡宮

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夕暮れ時の境内にて
  1. 誉田別尊という名前もお持ちであった応神天皇を祭神とする。
  2. 応神天皇陵の南に位置しており、応神天皇陵を水濠越しに遥拝する。
  3. 西暦559年、任那の復興を目指した欽明天皇が応神天皇を神格化しお祀りしたことに始まる。
  4. 八幡宮大好き人間だった源頼朝によって社殿が修復された。その影響で、武家の信仰を篤く受けた。
    • 織田信長が社領をすべて没収したかと思えば、豊臣秀吉や徳川将軍家が保護したりで、なんやかんやで現在に至る。
  5. 明治期の廃仏毀釈運動が始まるまでは、誉田八幡宮そのものより、その神宮寺のほうが大きかったらしい。
  6. 神社なのに参拝時間に制限がある。
    • 夕方17時ころで閉門となる。

美具久留御魂神社

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  • 富田林市
  1. 美具久留御魂大神という大蛇の神様を祀る。
    • 崇神天皇の見立てでは、その正体は大国主命の荒御魂らしい。崇神天皇は、その時はまだ皇太子だった垂仁天皇に頼んでその荒御魂に「美具久留御魂大神」という名を贈った。
  2. 下水分社とも呼ばれた神社。美具久留御魂大神以外にも建水分神社で祀っている神様を祀っているため。
  3. 延喜式神名帳が編纂されたときには河内国二宮にして石川郡総社とされたらしい。

建水分神社

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  • 千早赤阪村
  1. イージス艦こんごうの前身である戦艦金剛に分社があった。
  2. 楠木正成の氏神を祀っている千早赤阪村の郷社であると同時に金剛山の鎮守社。金剛山頂には葛木神社があんのに……
  3. 神社の造りが独特の様式で水分造という名前までついている。