石切
ナビゲーションに移動
検索に移動
石切の噂[編集 | ソースを編集]
- 石切東小学校の場所はかつて石切ヘルスセンターがあったが、1969年に焼失。
- 旧生駒トンネル入口は心霊スポット。
- 大学行っとった時分に、休暇中に地元の仲間でこういう所行くのにはまってて行ったことがある。トンネルの入口は塞がれてて入られへんし入ってへんけど、着いたら10分もせんうちに近所から警官が来て、中でセンサーが反応したウンタラカンタラ。警官は「ああまたか。ここそういうことようあるんで気ぃつけてください。」ってな感じ。
- 正直、後で現像した写真も若干変な感じになってたからアレやったけど、一番ビビったんは警官2人組の反応。
- 今でこそ金網で厳重に囲まれているが、昔はそんなものはなくトンネルの前まで自由に入れた。
- 大学行っとった時分に、休暇中に地元の仲間でこういう所行くのにはまってて行ったことがある。トンネルの入口は塞がれてて入られへんし入ってへんけど、着いたら10分もせんうちに近所から警官が来て、中でセンサーが反応したウンタラカンタラ。警官は「ああまたか。ここそういうことようあるんで気ぃつけてください。」ってな感じ。
- 日進市でもないのに日進高校がある。
- 某お笑いコンビのボケの実家の町工場はその高校の近く。
- 正しくは日新高校ですね。
- 阪奈道路の下り線が通る。
- 通称36カーブな。善根寺町の辺の。
- 上り線は東大阪市に入らない。
- 生駒山中腹に自前のモノレールを持つ寺がある。
- 興法寺のことでしょ。辻子谷を歩いて上がっていくと風情があっていいよ。
- 辻子谷沿いを歩いているとよくお地蔵さんを見かける。これは、実は四国霊場の御寺の仏さんを勧請したもんらしい。
- このお寺、神社併設ではないのに、鳥居が残されている。
- 山奥過ぎて里の人も上がってこれず、神仏分離政策の影響も受けずに済んだ口なのだろうか。
- ちなみに、この興法寺は、舒明天皇の御代に、葛城の峰々、生駒の山々を駆け巡っていた役行者のおっちゃんが開いたそうな。
- その後、奈良時代に泉州生まれの坊主兼土建屋の人が色々整備してったそうな。
- その後、讃岐生まれの坊主兼土建屋の人がこもって修行してったそうな。
- この時点で、日本の密教系仏教の有名人が出揃ったというわけよ。ここまで上がり調子ね。
- 以降は、城になって潰されたり、復活しては消えたりと下がりっぱなし。
- 興法寺のことでしょ。辻子谷を歩いて上がっていくと風情があっていいよ。
- 実は、薬の街としても有名。
- 辻子谷を歩いているとそこらじゅうから漢方薬の匂いがしてくる。
- ちなみに、辻子谷を直登していくと生駒山に上がれる。
- 辻子谷沿いは水車も多い。残しておいて欲しい街並みの1つ。
- この水車は漢方薬の製造屋が薬品の細末加工に供するためにガンガン作っていったことに始まるもので、全盛期には50台近くに水車が回っていたとか。流石に今日では全て電気機械に任されたため水車は使ってないが。
- 阪本の赤まむし。昭和の頃、いろいろな病状を描いたおどろおどろしい絵が、石切神社の鳥居のすぐ近くの店に飾ってあった。みんな面白がって見てたが、子供は怖がって泣いてた。
- 参道中間地点にある大仏を作った。
- 阪本の赤まむし。昭和の頃、いろいろな病状を描いたおどろおどろしい絵が、石切神社の鳥居のすぐ近くの店に飾ってあった。みんな面白がって見てたが、子供は怖がって泣いてた。
- この水車は漢方薬の製造屋が薬品の細末加工に供するためにガンガン作っていったことに始まるもので、全盛期には50台近くに水車が回っていたとか。流石に今日では全て電気機械に任されたため水車は使ってないが。
- 辻子谷を歩いているとそこらじゅうから漢方薬の匂いがしてくる。
- 付近は高級住宅街として有名。
- tvkのローカル番組・sakusaku4代目MCでもある三原勇希の地元。
- 奈良県扱いされる事がある。
- 長く石切だけ優等種別が止まっていた。近鉄は石切以外冷遇していて東花園で切り離し&2本待ちで瓢箪山などから白い目で見られていた。
- かつて奈良線普通の冷遇は異常だった。瓢箪山快急+準急ダブル退避東花園快急退避(当時は準急・区間準急通過)八戸ノ里快急+準急ダブル退避布施快急退避。これに加えて開かずの踏切。奈良県民や石切利用者には恐らく理解できない。
- 上石切町と山手町は番地によっては市外局番も郵便番号も生駒市扱い。
- 長く石切だけ優等種別が止まっていた。近鉄は石切以外冷遇していて東花園で切り離し&2本待ちで瓢箪山などから白い目で見られていた。
- 駅前にせせこましくスーパーが出来ている。
- 潰れてファミマになりました。
- 国道170号旧道には近鉄バスが通っているがとにかく道幅が狭く、バス同士がすれ違う時はどちらかが一旦止まらなければならない。
- しかも運転本数は結構多い。
- 別にそれは石切だけの話ではないと思うけどね。大東市寺川の辺もそうだし、八尾や柏原だってそんな感じ。
- 国道170号新道と国道308号が(中央大通)交差する辺りに大阪被服団地がある。
- なのでその交差点の名称は被服団地前交差点。時々渋滞が発生するスポット。因みに、300m程度ならいつも発生してる。
- 元々、石切というのは石切り場があったから石切というと思われていることもあるようだが実際は、「石をも切る劔や矢」を祀った石切劔箭神社に由来する。
- 完全に余談だが、実は武士と書いて「もののふ」と読ませるのは、この神社の歴史に由来があるという。
- 元々石切劔箭神社の御祭神である饒速日尊は物部家の先祖神だった。物部氏は、そんな先祖神を石切の地で祭祀し、石をも切る劔や矢を奉り、武神としたとか。そこから剣や矢を使う者を、物部から転じて「もののふ」と呼ぶようになり、それに後世で武士という字を当てた結果、「武士」=「もののふ」となったという。
- 完全に余談だが、実は武士と書いて「もののふ」と読ませるのは、この神社の歴史に由来があるという。
- 日下の地名の由来は、ちょうどその辺りに河内湾に面した港があったから。因みにクサカというのは古代東夷語で港を意味するらしい。そこに日下の文字を当てたのは、饒速日尊関連ネタらしい。
- 石切駅~新石切駅には近鉄バスの石切線が運行されている。
- 距離的には短いものの、生駒山麓の傾斜地で高低差もあるので結構需要はあるらしい。
- しかし2016年6月からは土曜日のみ1便に減便…。いくら運転士が不足してるからと言って需要のある路線を大減便するとは…。
- 新石切から坂道を上って額田に行く人が多い。実際に朝夕でもまったく乗っていなかった
- 2017年4月に廃止することが決まりました。
- 新石切から坂道を上って額田に行く人が多い。実際に朝夕でもまったく乗っていなかった
- TBS系の「ゴゴスマ」で知られるCBCテレビの石井亮次アナの出身地。
- 1960~70年代は生駒喘息訴訟があった。
- 新石切駅から神社に行く途中に幅の狭いビルがある。1番狭い場所で30cmしかないとか。
- 今は鯛焼き屋になっている。