西鉄ライオンズ

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  • ここでは埼玉西武ライオンズの九州時代全般の噂(太平洋クラブ・クラウンライター時代含む)について取り扱います。

西鉄ライオンズの噂[編集 | ソースを編集]

  1. やはりあの「黒い霧事件」さえなければ、まだライオンズは福岡にあったと思っている人が多い。
    • 池永の永久追放解除は遅すぎたと感じる向き、機構の姿勢に疑問を感じている人も、やはり未だいる。
    • 西鉄末期に3年連続最下位、二回の名称変更の挙句、九州を去る……という悲壮な歴史だったが、関東の某チームが最近この道を辿っているようで不安になる。
  2. 「西鉄」が九州の鉄道事業者だってことを知らないものもいる。
    • 関東の西武と混同するのみならず、関西の私鉄だと思っている人もいた。
      • あの辺りを走るJRが混同の原因か。
        • そのエリアの岡山県にも西鉄という企業があり、1962年3月に廃止された旧西大寺鉄道も略称が西鉄だった。
    • ホークス以前の九州におけるプロ野球史は意外と知られていない。
      • リアルタイムで知っている世代は若くてももう還暦手前(2024年現在)。
  3. 伝統の一戦は昔、「南海 vs 西鉄」だった。
    • そのため、一戦における九州の球団が入れ替わってしまったことに対し、違和感を感じるものも初めは多かったと聞く。
    • ダイエーが九州球団として定着していくにつれ、そんな雰囲気は消えていったが。
      • 九州出身で、現在は他の地域に住んでいる人は、今でもライオンズファンの比率が高いと思う。一時的にせよ地域のシンボルを失ったことのダメージはいまだに大きい。
        • 1979(昭和54)年からライオンズが埼玉移転したことで、九州のファンは「返せ、返せ、ライオンズ」を悲痛にうたった。だが、ここから空白の10年がスタートするとは想像もつかなったと思う。ちなみに緊急避難的に最寄りの球団、広島カープを応援する人が続出、九州にキャンプ場が点在していることもあり、今でも「セリーグはカープ」をひいきにする九州の野球ファンもいるという。
  4. 西武は西鉄→クラウン時代を長らく封殺してきたが、2008年になるとパリーグ全体でクラシックブームがはやってきたため、九州時代の歴史や記録展示を復活させた。
    • 「あの伝説となった男たちが、今蘇る。」と言っていいかもしんない。
    • 「九州のモンには応援してもらわなくていい」とか堤オーナーが言ったそうで、これによりライオンズファンをやめた九州のファンや応援団長がいるとのこと。
      • 西鉄OBも不満を持っていた。2005年のインサイダー事件で追放されたことにより西鉄の歴史が復活したといえる。
      • 教師役でおなじみの九州出身フォーク歌手が堤に激怒してライオンズファンをやめたエピソードもあり、1988年の南海→ダイエーのホークス譲渡に伴う福岡移転ですんなりホークスファンになったという。
        • OBでは豊田が復活祭の中核に位置づけられた。稲尾が亡くなった翌年なのがなんとも……
    • そしてとうとう、稲尾和久の「24」を永久欠番にした。
      • 記念に全員で「24」をつけるという、メジャーの「ジャッキー・ロビンソンデー」のようなイベントを開催。
  5. 元は西鉄野球部ですなわちノンプロ。しかも都市対抗優勝歴あり。
  6. 球団保有の縁で、遂にさいたまと福岡を結ぶ日本最長距離の高速バスに「ライオンズライナー」の名がつくことになった。
    • 西鉄と西武の共同運行である。
    • Lions Expressね。
    • 2015年5月に運休。LCCとの競合もあり厳しかった模様。
  7. 戦前にも西鉄は球団を持っていたが地元では公式戦を開催しなかった。
    • その前身の球団に出資していたのは現在の西武新宿線を運営していた(旧)西武鉄道だった。
      • 2013年にはその「前身の球団」こと東京セネタースのユニフォームがライオンズクラシックに登場。しかし、古過ぎて何がなんだか。
    • なんか誤解されてるっぽいので言っておくが「西鉄軍」と「東京セネタース」は別の球団です。
      • 旧・西武鉄道は現・西武鉄道の前身・武蔵野鉄道が吸収した会社であり、武蔵野が運営参加したころには手放しているため、合併当初の経営者・堤康次郎は一切野球経営に参加していない(誤解する人が多いので、注釈しておきたい。康次郎本人はプロ野球に興味なく、息子・義明が実権を握ってから乗り出した)。
  8. 初年度の1950年の球団名は西鉄クリッパースだった。ライオンズになったのは西日本パイレーツと合併してから。
  9. 沖縄初のプロ野球公式戦を主催した球団でもある(1961年)。対戦相手は東映フライヤーズ(現在の北海道日本ハム)。ラジオで日本本土にも全国中継されている(当時のFOLネット経由)。
    • なお、次にライオンズ主催の試合が行われるのは56年後の2017年。

太平洋・クラウン時代の噂[編集 | ソースを編集]

  1. クラウンライター時代に江川に入団拒否された逸話が、九州時代末期の惨状を示す事例としてしばしば取り上げられる。
    • 江川いわく、読売のみならず、読売と対戦できる同一リーグのヤクルト大洋(当時)でも良かったとのこと。
    • ドラフト会議時に江川指名するかどうか悩むクラウン球団幹部に「絶対に1位指名しろ、それがパ・リーグの意地だ」と他球団スカウトが言ったとか。
  2. チーム愛称が「クラブライオンズ」とか「ライターライオンズ」とか間違われていた。
    • むしろ私は77年~78年の親会社がクラウンレコードかと勘違いしていました。
  3. 散々だった九州時代末期だが、その末期のメンバーからのちの球界を背負う人材を少なからず輩出している(根本監督、東尾、現阪神監督の真弓、名三塁コーチャーの伊原、清原を育てた土井正博、横浜の二軍監督として98年横浜の優勝の土台を作った竹之内、など)
    • そのひとり、根本氏はのちに所沢で育てた秋山や工藤を連れて、福岡に戻り、自らの骨をうずめた(合掌)。
  4. クラウンライター時代のユニフォームが藤井寺時代のバファローズのものにそっくりだった。
    • 西鉄時代の反動か、ユニフォームがめちゃくちゃ派手になった。
      • 特に胸番号がアメフトばりに大きく書かれたユニフォームは今なお語り草。
  5. 太平洋クラブ、クラウンライターは命名権売却に近く、当時の球団運営会社は福岡野球。
    • この福岡野球への地元政財界の冷遇が西武への売却を生んだため、事情通は「九州がライオンズを失った」のではなく「九州がライオンズを捨てた」と考えている。
      • ホークスを90年代の低迷期においても福岡民が応援したのは、この時のトラウマがあったからとか。
        • 失ってはじめて地元球団の大事さに気づいたとか。
          • 日テレドラマ「代紋TAKE2」で主人公と敵対する組の若頭(系列組長?)が「クラウン時代からのライオンズファン」と、獅子党であることを公言している。九州の野球ファンという設定だろうが、クラウン時代は2年しかないので、彼が物心ついてからしばらくして西武になったと想定される。ちなみに他の組員の数名はタイガースファンで、彼はそれを見て複雑な思いだったという。
  6. 打線好調だった年につけられたニックネームが「山賊打線」。まだ炭鉱が健在だったころの福岡とはいえあんまりなネーミング。
    • 時を経て2018年の西武打線に、この名前が復活する形で付けられた。石井一久は出自を知らなかった為に意味がわからなかった模様。
  7. 太平洋・クラウンの6年間は中村長芳が設立した「福岡野球」会社がオーナーで、かつての高橋ユニオンズのような状態であった。だが、元オーナーであった西鉄と福岡市の圧力に耐えかねて、西武プリンスグループが「埼玉移転を条件に、ライオンズを債務など含めてすべて引き受ける」というラブコールに飛びついた。(阪急ブレーブスの後押しで)中村がロッテを口説いて西鉄・ロッテが合併していれば、少なくとも福岡撤退の可能性は低くなったと思う。
    • 西鉄、福岡市からの圧力に対しては、「北九州市に移転する」と殺し文句を言えばいい。で、実際に北九州市か他の九州の主要都市へ移転したりして。
    • ついでに阪急側の提案で「東映・近鉄の合併」が行われ、近鉄フライヤーズはお互いの本拠地間にある東海地方に移転。その場合は東海発のパシフィック球団となり、パシフィックは4球団となる(セントラルでも合併が行われ、全部で8球団に減少)。

西日本パイレーツの噂[編集 | ソースを編集]

  1. 1950年の1年だけセントラルリーグに存在した球団
  2. もともとは西鉄と西日本新聞が共同で球団運営する予定だったのだが、一部のニュースを読売新聞に依存していた西日本新聞が独自に球団を所有することを読売から勧められ設立
  3. 本拠地は西鉄と同じく平和台球場
  4. 不慣れだったこともあって球団経営は苦しかったようで、シーズン中に西鉄から合併を持ち掛けられて合意、1年で消滅した。
    • 合併の際に巨人が「西日本の選手の保有権はセ・リーグにある」というムチャクチャな主張を掲げ、2人の選手(南村侑広・平井正明)を巨人に移籍させた。
    • 「保有権がセントラルにある」というなら、余剰選手の半分をセントラルで分割して引き受けるべきだった。
    • 読売の「プロ野球再編構想」に完全に振り回されたチーム(設立提案した読売が除名するという理不尽な目にあっている)。西日本新聞だけでなく、他に参入しようとした企業との共同運営(富士フィルム、星野組、大昭和製紙、日本生命など)にしていれば、存続できていたかもしれない。
    • 西日本が他社との共同出資でなおかつ熊本など九州都市圏の主要都市を本拠地にして(そうすれば西日本新聞の撤退も容易になる)、合併を防げば「松竹ロビンス」は大洋ホエールズへの合流を免れた(その場合でも身売りという可能性はある)。奇数だと試合が組みづらく赤字運営になるからである。
  5. 日本プロ野球史上初の完全試合を食らってしまった球団。
    • 1年だけしか存在しなかった球団ということもあり、近年の書籍で球団名が出てくるのはだいたいこの話。
    • 合併球団ではないが、1年弱しか運営できなかった「日拓ホームフライヤース」と比較されそう。
    • 「フライヤーズ」なのに間違えられるという…。まあ前述の通り一年弱しかもたなかったから仕方ないか

関連項目[編集 | ソースを編集]


プロ野球
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