もしあのJR路線が電化されていたら
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JR北海道[編集 | ソースを編集]
室蘭本線(長万部~東室蘭)[編集 | ソースを編集]
- 函館本線五稜郭~長万部間も電化されていた。
- 場合によっては室蘭本線沼ノ端~岩見沢間も電化されていた。
- 青函連絡船が現役の頃に電化されていた場合、連絡船内を電化する事で車両航送時の手間を省くことが検討されていた。
- 特急北斗には785系が導入されていた。
- 急行はまなすは同時期に電車化+特急化されていた。
- 少なくとも海峡が廃止されるまでは客車列車のままだったと思う。カーペットカー等の需要によっては今でも史実通り客車急行のままかもしれない。
- 後に789系も「北斗」に使われる。
- 急行はまなすは同時期に電車化+特急化されていた。
- 北斗星・トワイライトエクスプレスの北海道区間は独自設計の交流機関車(ED710?)が導入されていた。
- カシオペアは電車として導入。
- DF200が開発されたか怪しい。
- 青森〜札幌を直通する(昼行)特急もあったかもしれない。
- スーパー北斗が青森→新青森まで延長運行されていた。この為白鳥は最初から存在しない。
- 但し新幹線開業と同時に史実通り函館-札幌間に短縮される。
- むしろ札幌での折り返しによる函館~旭川間の特急「北斗」が運行されていた可能性が高い。
- 2007年10月のダイヤ改正で分割されていた。
- スーパー北斗が青森→新青森まで延長運行されていた。この為白鳥は最初から存在しない。
- コストカットの為普通列車は気動車による運行のままだった可能性が高い。
- 特急誘導が史実以上に露骨になっていた。
- 普通電車が走るのは、(実史の)北海道新幹線新函館北斗開業の2016年3月から。但し、道南地区限定。(実史は、函館⇔新函館北斗間に733系電車による新幹線アクセス列車「はこだてライナー」が運行される。)
- むしろワンマン運転する電車が用意された。
- 737系を入れて東室蘭~函館も運用していた。
- 豪雪時期に、架線断線事故が多発する。
- 冬の北海道なら、雪より台風並みの暴風も原因だな。
- 山線のほとんどが非電化のままなので、有珠山噴火の時に昼行特急の迂回運転ができなくなっていた。
- むしろ、気動車による「臨時」特急を走らせる。
- もちろん列車名は「ニセコ」。
- 函館本線小樽~長万部間も電化していた。
- むしろ、気動車による「臨時」特急を走らせる。
- 国鉄時代に電化されていた場合、711系電車が函館地区でも投入されていた。その場合、2両編成で投入されていた。
- 特急「北斗」も781系電車で運行されていた。
- 急行「すずらん」も電車化されていたかもしれない。
- 789系電車の登場が史実よりも早まり、2010年代には全ての北斗が789系電車に置き換えられていた。
- その代わりに、785系電車が2020年時点でもカムイでも運用され、史実よりも長く運用されていたかもしれない。
- キハ281系気動車が北斗で運用されることもなく、おおぞらやとかちに投入されていた。
- キハ183系電車の廃車が史実よりも早まっていた。
- 電化された分、スピードアップされて、特急「北斗」の利用客も多くなっていた。
- それでも、JR北海道の経営が良くなっていたかどうかは怪しい。
石勝線[編集 | ソースを編集]
- 根室本線も新得から帯広あたりまで電化される。
- 「スーパーとかち」は電車特急になっていた。
- 2017年3月のダイヤ改正で、スーパーおおぞらの半数は帯広乗り換えの別の特急に分割されていたかもしれない。
- むしろ、釧路まで電化されて、スーパーおおぞらも電車化されていた。
- 785系電車と789系電車で運行されていたので、札幌~釧路間の所要時間が短縮されていた。
- 「スーパーとかち」は電車特急になっていた。
- 夕張支線は非電化のままだったと思われる。
- 根室本線の釧路~根室間の存続がさらに危うくなっていた。
石北本線[編集 | ソースを編集]
- 旭川〜網走間も電化されていた。
- 「オホーツク」や「大雪」は電車特急になっていた。
- 785系電車と789系電車で運行されていたので、札幌~網走間の所要時間が短縮されていた。
- 「オホーツク」や「大雪」は電車特急になっていた。
JR東日本[編集 | ソースを編集]
久留里線[編集 | ソースを編集]
- タブレット閉塞は早期に廃止されていた。
- 新車は入らず、209系が入れられていた。
- 内房線に直通していた。
- 朝夕の通勤・帰宅時間帯のみ、京葉線経由で、東京駅まで乗り入れる。
- 木更津で分割併合を行い、館山・上総亀山行きとして運行される。
- 朝夕の通勤・帰宅時間帯のみ、京葉線経由で、東京駅まで乗り入れる。
- ≒動労千葉の勢力が現実より弱い。
- Suicaが導入されている。
- 但し久留里駅のみ。
- とはいえ、鶴見線みたいに簡易型Suica改札機は、線内全駅に設計されている。
八高線(高麗川〜倉賀野)[編集 | ソースを編集]
- 209系3000番台と103系3000番台が追加投入されていた。
- この区間は高崎支社の管轄なので、系統は分断されて高崎を中心とした運行体系になり、211系・115系・107系による運用になるのでは。
- むしろワンマン運転を考慮し、E127系による運用だった。
- 八王子発高崎行きは209系とE231系が運転されていると思う。
- さすがに倉賀野〜八王子間の運用はない。
- 電化前は八王子〜高崎で直通してたんだし普通にあるでしょ。
- その場合、直通用鉄道はやはり209系とE231系か。
- 電化前は八王子〜高崎で直通してたんだし普通にあるでしょ。
- 八王子発高崎行きが復活。もう「高高線」なんて呼ばせない。
- ただし朝夕の一部列車に限られ、大概は八王子〜川越・八王子〜高麗川・高崎〜高麗川・高崎〜川越のパターンになるだろう。
- 川越〜高崎方面は線路の構造以上に速度でも東上線に勝てないので厳しいかと。
- 八王子〜小川町も設定されると思うが八王子〜高崎ほどは少なくは無いと思う。
- ただし朝夕の一部列車に限られ、大概は八王子〜川越・八王子〜高麗川・高崎〜高麗川・高崎〜川越のパターンになるだろう。
- 埼玉県は奈良県、大阪府、神奈川県、東京都に引き続いて5つ目の全電化鉄道(沖縄県除いて)となっていた。
- 群馬県はJRのみ全電化鉄道。
- 八高北線も発車メロディが出来ていた。
- 旅客案内ラインカラーのメタリックブラウンは廃止か?
- 八高線高麗川〜高崎のラインカラーは、ピンクか赤紫かな?
- 本数や終電に関しては利用者数から考えてあまり変わらないと思う…
- 高崎線の北藤岡駅が真剣に設置検討がされていたかもしれない。
- 準急「みくに」が復活運転していた可能性が高い。
- 八高線内に優等列車も出来ていたか?流石に単線だから厳しいとは思うが。
- 新駅が追加され、一気に近郊路線として名乗りを上げていたかも。
- 八王子から横浜線や相模線にも直通運転をしていたかも。
- そうなれば上野東京ラインや湘南新宿ラインのバイパス線のような存在になっていた。
- 国鉄時代に全線電化になっていたら幹線扱いになっていたかも。
- 高崎~八王子間に特急も運行されていたかも?
- 愛称は「いるま」辺りか?
- 高崎~八王子間に特急も運行されていたかも?
八戸線[編集 | ソースを編集]
- タブレット閉塞と腕木式信号機の廃止が現実より早まった。
- 東北本線と直通する特急(もしくは急行)「うみねこ」が出来ていたかも?
- 青い森鉄道から八戸線に乗り入れる列車は、JR東日本のキハ40形気動車ではなく、青い森鉄道の701系電車。
- 青い森鉄道線内は実史通りワンマン運行、八戸線内は車掌乗務のツーマン運行。
- 青い森鉄道から八戸線に乗り入れる列車は、JR東日本のキハ40形気動車ではなく、青い森鉄道の701系電車。
- 「東日本大震災」後は、(実史の仙石線みたいに)津波で変電施設がやられ、一部区間は気動車での運行となる。
- 電化されるのは鮫までで以南は非電化のままかもしれない。
烏山線[編集 | ソースを編集]
- 日光線と共通運用で107系が使用される。
- (実史で運行されている)EV-E301系列車(電化区間はパンタグラフ・非電化区間はバッテリーで動く車両)は、開発されないか、別の非電化路線で運用。
- 「ACCUM」という愛称が生まれないのでEV-E801系も「DENCHA」と呼ばれるようになる。
- (実史で運行されている)EV-E301系列車(電化区間はパンタグラフ・非電化区間はバッテリーで動く車両)は、開発されないか、別の非電化路線で運用。
- 全列車宇都宮直通で運転される。
- 朝夕の通勤時間帯にはE231系を使用した上野発着の直通列車が運行される。
- 宝積寺まで15両化された。
- 史実よりもっと早くに東京近郊区間に組み込まれ、Suicaも利用可能になっている。
- 大宮支社管内は全線が電化路線となる。
- 臨時快速「烏山山あげ祭り号」は183系辺りが使用されて毎年運転される。
- 1960年代に電化された場合,当初80系が使用された。日光線と共通運用。1976年に日光線共々,東北本線の115系運用に統合(80系撤退)。165系が間合いで線内運用に入った。民営化後も,上の107系と共に115系が(小山以南発着を除き)遅くまで使用。
小海線[編集 | ソースを編集]
- 戦前には実際に電化計画があったらしい。
- 普通列車には新車は投入されず、115系で運転されている。
- 観光シーズンには新宿や大宮・千葉から直通の臨時列車が多数運転される。
- 「あずさ」か「かいじ」の一部が編成を分割して清里あたりまで直通する。
- E257系はこれに対応して、付属編成側は3~4両となり、クモハE257もクハE257-100と同様の前面形状になる。
- しなの鉄道の「ろくもん」の乗り入れも検討されていたかもしれない。
- もし昭和40年代に電化されていた場合、中央東線からは165系急行「アルプス」の付属編成が急行「八ヶ岳」として中込まで直通していた。また、信越本線からも169系急行「信州」の付属編成が急行「佐久」として中込まで直通していた。
- 当然のことなら上田まで「かいじ」が乗り入れていた。
- 山梨県内(小淵沢-清里間)は東京西局→八王子支社の管轄になる(史実では長野の管轄)。
- 小淵沢~清里だけでも電化されたら山梨県は全線電化達成になる、のだろうか?
- 「小諸~佐久平(新幹線停車駅)」間に、新幹線連絡電車が運行される。もしかしたら、信越本線(現:しなの鉄道線)からの乗り入れて列車が運行されていたかも。
- 新海誠作品のローカル線は電車比率が高くなっていた。
- キハE200系は羽越本線や磐越西線に投入され、のちに只見線に転用された。
- キハE200系は米坂線限定運用だった。
飯山線[編集 | ソースを編集]
- 通常に長野色の115系で運転されている。
- むしろ新潟色が十日町駅、または津南駅まで運転される。
- 津南駅は複線化するだろう。
- むしろ新潟色が十日町駅、または津南駅まで運転される。
- 十日町行きの臨時列車は北越急行ほくほく線を経由しなくなる。
- 特急「みのり」が飯山線を経由し、廃止することはなかった。
- 観光列車の「越乃Shu*Kura」は485系になっていた可能性も。
- 「おいこっと」はE127系になっていた。
- 特急「あさま」に飯山発着が生まれていた。
- 更には「しなの」も飯山まで乗り入れる。
水郡線[編集 | ソースを編集]
- 水戸口の運転本数がもう少し多くなっていた。
- 上菅谷以南の交換駅の数が増えていた。
- 415系で運転されていた。
- さすがに常陸大宮以北は415の4連では輸送力過剰になるので、701やE721の2連ワンマン車が投入されていたかも。
- 455系3連最後の楽園だった。
- さすがに常陸大宮以北は415の4連では輸送力過剰になるので、701やE721の2連ワンマン車が投入されていたかも。
- 水戸-常陸太田間が東京近郊区間に組み込まれ、Suicaが利用可能になっていた。
- キハE130系は最初から久留里線用として設計される(上記久留里線の電化がなかった場合)。
- 水戸支社の電車の郡山総合車両センターへの入場回送もこの路線を経由して行なわれる。
- 10両編成以上の入線にも対応していた。
- 観光シーズンに上野-常陸大子間を直通する臨時列車が運転される。
- そもそも「奥久慈」が特急に格上げされて現在も走っている。
- 勝田電車区がボンネット車だらけになることはなかった。
- E657系は4両編成も製造された。
- そもそも「奥久慈」が特急に格上げされて現在も走っている。
- 旧日立電鉄線が国鉄により建設されていたら意外と有り得たかもしれない。
- 「3.11」後は、寝台特急「北斗星」などの迂回ルートになる。(実史では、「3.11」前は常磐線が迂回ルートになった事があった。)
- 迂回する意味がろくすっぽないと思うのだが。北斗星迂回の原因の多くは国見の風雪害では?
- 日暮里~安積永盛で輸送障害が起きたときはこの限りではないが。
- 迂回する意味がろくすっぽないと思うのだが。北斗星迂回の原因の多くは国見の風雪害では?
陸羽西線[編集 | ソースを編集]
- 山形新幹線がこの路線を経由して酒田まで乗り入れていた。
- ゆえに軌間も1435mmに改軌されている。(余目-酒田間は三線軌条)
石巻線[編集 | ソースを編集]
- 全線電化の場合
- 小牛田辺りにデッドセクションが設置されていた。
- 使用車両は417・455・457系→E721系の交直流版。
- 521系ベースだった可能性もある。
- 石巻~女川間のみ電化の場合
- 仙石線の電車の終点が石巻ではなく女川になる。
- よって、女川~仙台を直通電車が走られるようになる。
- うまくいけば、石巻~女川間が仙石線に改称されるかも。
北上線[編集 | ソースを編集]
- 奥羽本線羽前千歳〜秋田間と同時だったら「あおば」は廃止されなかった。
- 東北新幹線開業後の場合は北上以北だけ復活していた。
- 上記の1982年以降電化の場合は,北上に止まる「やまびこ」の本数が少し多い。新幹線の「あおば」は「ひばり」を名乗る。特急「ひばり」は特急「はつかり」に統合(特急「はつかり」の上野発着が3年程存続)。
- 普通列車の減便はなかった。
- 電化されても701系導入前は気動車で運行。
- 「あけぼの」が定期列車として経由していたかもしれない。
- 「秋田リレー」には「たざわ」の運用を追い出された485系を使用していた。
- 下記の通り田沢湖線の代わりに北上線が電化されたら「たざわ」は存在しない。
- 田沢湖線は秋田新幹線開業まで電化されない。
- むしろ北上線が秋田新幹線になっていたかもしれない。そのため大曲駅でのスイッチバックはなかった。
磐越西線(喜多方~新津)[編集 | ソースを編集]
- 特急「あいづ」やSLばんえつ物語は存在しなかった。
- それでもあいづライナーは事実上存在する。
- 臨時特急のあいづも史実通り運行され、野沢まで乗り入れていた。
- 代わりに只見線をSLが経由していた。
- それでもあいづライナーは事実上存在する。
- 新潟~郡山を結ぶ特急「磐越」が登場していた。
- 仙台まで乗り入れている。
- 新潟にも普通用交直流電車が配置される。…がどう見ても521系のパクリ。
- この場合、セットで羽越線の架線下ディーゼルカーも全廃される。
- 場合によってはえちごトキめき鉄道日本海ひすいラインも521系で運行されていた。
- この車両が東北本線の黒磯~郡山にも導入される。
- この場合、セットで羽越線の架線下ディーゼルカーも全廃される。
- 会津若松駅を境に西は直流区間。東は交流区間に運行が分かれていた。
- 当然、会津鉄道も全線直流化する為、会津若松駅~広田駅にデッドセクションが設置された。
- 交直流車両はE531系の3扉版が会津若松以東で運行される。
- 基本設計はE531系をベースとしつつ、3ドアの3両編成かつ貫通扉付きだった。
- 後年になって、都市型ワンマン運転対応可改造工事が行われ、会津若松以東は3両の列車がすべてワンマン運転になった。
- 喜多方以西は直流で電化され、会津若松駅~喜多方駅は直流化される。
- E127系が会津若松まで乗り入れしている。
- 会津若松のスイッチバックも廃止されていただろう。
- 只見線と会津若松の市街地の位置関係上それは厳しい。
大湊線[編集 | ソースを編集]
- 大間線が全通し青函トンネルが東ルートで開通していたらあり得た。
- 幕末に(陸奥)横浜港が条約港になっていたら1960年代までに電化された。
- 青函間輸送量や沿線の人口次第で三複線化されていたかも。
米坂線[編集 | ソースを編集]
- 山形新幹線が通るために1435mmに改軌されていて米沢駅の米坂線の線路が分断されているため直流電化になるだろう。
- 山形県に庄内交通湯野浜線以来の直流電化路線ができていた。
- 快速「べにばな」を特急に格上げさせようとするが地方交通線だから流石に無理だろう・・・。
- E129系の米坂線用の車両が開発されて塗装も一新されていた。
仙石東北ライン[編集 | ソースを編集]
- 絶縁区間を確保できる位の長さだったら有り得た。
- 使用車両は521系ベース。
- この場合、東北本線・黒磯~郡山や羽越本線、(電化されていれば)磐越西線にも導入されていた。
- 或いは仙石線と合わせる為にE531系。この場合、サハ抜きの4両編成が存在して、仙石線の205系も同時に置き換えられていた。
JR東海[編集 | ソースを編集]
高山本線[編集 | ソースを編集]
- デッドセクションは富山-西富山間に置かれていた。
- 富山駅に高山本線用直流専用ホームが置かれていたかもしれない。
- むしろ、美濃太田-古井間の可能性も。
- 管理局境界→会社境界の猪谷がデッドセクションになるのでは?
- 富山駅に直流ホーム設置の場合、富山港線と共用か。
- ↑の通りなら、富山競輪開催日には高山本線から富山港線に乗り入れる臨時電車が運行されたかもしれない。
- (地上時代の)1番線が直流化されるが、改札に面していて便利なので北陸線特急が交直セクション突破して乗り入れてくる。
- むしろ、美濃太田-古井間の可能性も。
- 北陸本線があいの里とやま鉄道移管後、富山駅に乗り入れる唯一の「JR線」電化路線に。
- 富山駅に高山本線用直流専用ホームが置かれていたかもしれない。
- 幹線になっていた。
- JR化後は全線JR東海の管轄になっていた。
- 富山地方鉄道との直通をJR西日本とは無関係に実施していた可能性あり。
- 現実以上に名古屋・富山間の輸送競争が激しくなる。
- 「しらさぎ」が全て米原発着にされた可能性もある。
- むしろ富山発着の「ひだ」が「しらさぎ」に分離されていて、「加越」が存続していたかもしれない。
- 「しらさぎ」が全て米原発着にされた可能性もある。
- 特急「ひだ」は485系で運用。
- 国鉄時代は381系の交直流版が計画されるも財政難で他線から転用の485系を使用。
- 当時の計画では富山まで直流電化だった。北近畿地方と同じ理由で485系になるだろうが。
- JR化後は383系の交直流版に置き換え。
- JR東海が交直両用車を持つため、「しらさぎ」もJR東海車とJR西日本車による共同運行となる可能性が。
- 「しらさぎ」が高山本線経由になればやはり381系と383系になるのでは?
- 381系の東海塗装も登場していただろう。よって383系が投入された後、「スーパー雷鳥」と「しらさぎ」の485系パノラマ編成同様に国鉄色化されてしまう。
- もしくは、681系電車かと683系電車が投入されていた。
- いずれにせよ岐阜で大阪行きと名古屋行きと分割できるように考慮されていた。
- 国鉄時代は381系の交直流版が計画されるも財政難で他線から転用の485系を使用。
- 普通列車は417系で運用。
- 史実より多く製作されていた。
- JR化後は313系の交直流版に置き換え。
- 611系?
- 猪谷~富山間は521系電車が乗り入れていた。
- 東海エリアは119系。富山口に交直セクションがあったとしても気動車だろう。全線直流ならサンパチが来るかも。
- 気動車は微妙。
- 東海エリアは119系。富山口に交直セクションがあったとしても気動車だろう。全線直流ならサンパチが来るかも。
- 急行「たかやま」は475系の運用になっていた。
- むしろ特急に格上げされていた。
- 特急「北アルプス」はパノラマスーパーの交直流型が導入された。
- キハ8500系は誕生しなかった。
- 「北アルプス」への中部空港乗り入れと振り子車導入が実現していれば、列車廃止もなかった可能性がある。
- デッドセクション以南でのみ運転で、ほかと共通の特急車が走っていたかも。
- ついでに、太多線も電化される。
- 岐阜発美濃太田経由中津川行きの電車が走っていたかもしれない。
- 飛騨古川か高山以南のみ電化された可能性もある。
- この場合、猪谷駅でなく電化の境が会社の境となった。
- 当然ながら電化方式は交流でなく直流となる。
- 「ひだ」は電化区間内のみで運行。
- 383系の独壇場。
- 非電化区間は大糸線と同レベルの閑散路線に。最近までキハ120ではなくキハ52が走っていた。
- 高山以北は「じんずう」に分離されていた。
- 2025年現在はキハ189系での運用になっていたはず。
- 2000年代の水害の際に越美南線同様、不通区間は廃止が検討されていた可能性もある。
- その場合は≒もし松本電気鉄道上高地線が高山まで延伸していたらだと思われる。
- この場合、猪谷駅でなく電化の境が会社の境となった。
- 直流電化の場合、富山市電との直通も検討され始めていた可能性がある。
- 381系が入線の場合、特急ゲロと揶揄される。
- 特急「ひだ」の一部が金沢までに乗り入れるのが史実よりも長くなっていたかもしれない。
- 北陸新幹線の金沢までの開業により、廃止されていた。
- 富山市や高山市が平成の大合併で巨大化することはなかった?
- 朝に岡崎や豊橋や浜松から美濃太田、下呂などの高山線直通列車が誕生していた。311系や313系の4連や6連が直通していた。また、大垣美濃太田行が運行され、前4両大垣、後4両は美濃太田行として運行していた。
- 航空祭の時は313系6連や315系8連が美濃太田もしくは下呂、可児まで行っていた。
- HC35なんぞ美濃太田に来るわけがない。
紀勢本線(亀山~新宮)[編集 | ソースを編集]
紀勢本線は新宮駅を境にJR西日本側が電化されているのに対し、JR東海側は非電化となっています。もし紀勢本線のJR東海区間(亀山~新宮間)も電化されていたら・・・
- 恐らく特急「南紀」に381系電車が投入されていた。
- 同じく名古屋発着の「しなの」と共通運用されていた。
- 現在は「しなの」に続き383系に置き換えられている。
- 振り子式車両を使用するため、名古屋~紀伊勝浦間の所要時間が若干短縮されていた。
- 大阪市内~新宮間を利用する場合、「くろしお」より近鉄特急+「南紀」(松阪乗り換え)の方が若干速くなっていた可能性がある。
- その結果JR西日本は「くろしお」の「オーシャンアロー」への置き換えが現実以上に進んでいる。
- 大阪市内~新宮間を利用する場合、「くろしお」より近鉄特急+「南紀」(松阪乗り換え)の方が若干速くなっていた可能性がある。
- 伊勢鉄道・参宮線も電化されていた。
- 参宮線が電化されているということは、「お伊勢参り」用の東京発伊勢市行き特急(国鉄時代にあった)も健在かもしれない。
- それをするなら、関西本線もまとめて電化だろう。
- あくまでも臨時列車としてだろうけどね。
- いや、それがあったらきっと座席指定制の夜行快速で名古屋まで「ながら」のダイヤで走り、列車名は「ムーンライトいせ」だろう。
- 参宮線が電化されているということは、「お伊勢参り」用の東京発伊勢市行き特急(国鉄時代にあった)も健在かもしれない。
- 普通列車は2009年現在313系を主に使用。
- 関西本線名古屋口で運用されていた213系も紀勢本線に転用されていた。
- 「くろしお」の一部が熊野市・尾鷲発着になっていた。
- 快速「みえ」は311系をベースにした電車で運用。
- 311系そのものが使われるか、313系の登場が早まっていた。
- 三重交通の南紀特急バスは廃止されていた。
- 関西線も電化されていた場合、急行かすがは373系による特急だった。
- 高山本線も電化された場合、キハ85系とHC85系は存在せず、JR東海は特急型気動車を保有しないことになる。
JR西日本[編集 | ソースを編集]
大糸線(南小谷~糸魚川)[編集 | ソースを編集]
| 糸魚川 | ||||
| いといがわ | ||||
| 姫川 | ||||
| Itoigawa | Himekawa | |||
- 全線JR東日本管内となる。
- ついでに北陸本線の糸魚川~直江津間も。
- まぁ確かに大糸線は糸魚川駅に到着するとき、直江津方面を向くからJR西にやらせるよりもJR東にやらせたほうがよかったかもしれない。
- 国鉄民営化の時にそうしてほしかった。糸魚川にはレンガ車庫を犠牲にしてまで建てる新幹線駅ができる予定だから。
- これによって直江津から糸魚川に会社境界が変更される。デットセクションも富山寄りに移設する。
- 少しづつ電化するなら架線が南小谷から新潟県の県境近くにある平岩まで延長されてただろう。
- 平岩駅も平岩姫川温泉駅に改称されていただろう
- 1995年ころに発生した大雨による長期不通が無く、短期間で復旧したか…。
- 支社境界は県境に準じて平岩以北が新潟支社か、または糸魚川手前まで長野支社か…。
- 史実の国鉄時代で平岩が局界だったことを考えると前者だと思われる。
- JR三社の路線を持つ県なんてなかった。もしくはその座を下ろされていた。
- ついでに北陸本線の糸魚川~直江津間も。
- これにより、特急「あずさ」が糸魚川駅まで乗り入れる。
- 交直流車導入しないから変わらずに南小谷止まり。
- もしそうなら現状の区間をキハ100系気動車が行き来していただろう。
- この場合、デッドセクションは糸魚川駅西側に設置されて、糸魚川駅構内は直流になっていたのでは。
- 交直流車導入しないから変わらずに南小谷止まり。
- かつて、冬季のみ運行されていた臨時列車「シュプール号」が、大糸線に乗り入れなかった。
- その代わり「スーパー雷鳥妙高(仮)」みたいな特急が大阪から直で白馬まで乗り入れてくる。
- 南小谷駅は、ただのローカル駅になり、無人駅かよくても委託駅どまりとなる。
- 東京・甲府~北陸方面(特に富山・金沢など)へのメインルートとなる。
- 国鉄時代から全線電化されていたら、特急「はくたか」や寝台特急「北陸」などはこちらを経由していたはず。
- 後者は新宿発着の寝台特急となり、多摩~山梨~長野を走行する唯一の寝台特急となっていたのだろうか?
- 大糸線は路線規格が低いので、信越線はともかく上越線経由には敵わなかったと思いますが…
- 規格も上がってたんじゃない?
- 需要が低いからそんな投資はしない。
- 新宿松本が約4時間、糸魚川金沢が約1時間半であることを考えると高規格化できたとしてもそんなに時間短縮できたかどうか…。ちなみに信越本線経由の「白山」だと上野金沢が6時間。
- 需要が低いからそんな投資はしない。
- 規格も上がってたんじゃない?
- 急行「しらゆき」は電車化され、457系の3電源対応機能が発揮できた唯一の列車となっていた。
- 国鉄時代から全線電化されていたら、特急「はくたか」や寝台特急「北陸」などはこちらを経由していたはず。
- 糸魚川市は人口減少傾向にならずに発展していた可能性も。
氷見線・城端線[編集 | ソースを編集]
- 七尾線や富山港線と同様、直流電化になっていた。
- 富山港線同様JRからの経営分離が具体的に検討されていた。
- この場合はおそらく万葉線に統合。
- 新湊線はそれでも非電化…のはず。
関西本線(亀山~加茂)[編集 | ソースを編集]
- 現実では天王寺―大阪―加茂間を運行している「大和路快速」は1時間に3本のうち1本が亀山、1本が柘植発着となる。
- 愛称も「伊賀路快速」に変更される。
- もし後述のように草津線が複線化されていたら、亀山発着は朝夕だけになって、日中は1本が柘植、1本が伊賀上野発着になっている可能性も。
- むしろ名阪間は東海道線回りより距離は短くなるので、「大和路快速」が関西本線を全線走破し、JR難波~名古屋の運転となる。
- 「大和路快速」より停車駅を少なくした「大和路新快速」ができるかもしれない。
- むしろ「名阪快速」になっていただろう。
- JR西日本の221(あるいは223・225系)が名古屋駅に、JR東海の313系が天王寺・大阪駅に姿を見せていた。
- 「大和路快速」より停車駅を少なくした「大和路新快速」ができるかもしれない。
- むしろ名阪間は東海道線回りより距離は短くなるので、「大和路快速」が関西本線を全線走破し、JR難波~名古屋の運転となる。
- 草津線も全線あるいは草津―貴生川間が複線化され、新快速のうち1時間に1本が亀山発着となっていた。
- 京阪神地区から亀山への出張は新快速利用が主流となっていた。
- 柘植-亀山は実質的に草津線の一部となっている。また、亀山新快速は貴生川まで快速運転している。
- 伊賀市(特に旧上野市)は名張市と同様、大阪のベッドタウンとして大発展する。
- その結果木津―伊賀上野間が複線化されるが、特に地形の険しい加茂―月ヶ瀬口間は完全な新線に切り替えられる。
- 旧線を用いてトロッコ列車が運転される。
- 伊賀上野の町が高山のような観光地となっていた。
- 伊賀鉄道が近鉄のままだった可能性も高い
- 伊賀神戸側ではなく伊賀上野側がメインになっていた。
- 伊賀市の名称が伊賀上野市または上野市のままだった。
- その結果木津―伊賀上野間が複線化されるが、特に地形の険しい加茂―月ヶ瀬口間は完全な新線に切り替えられる。
- 笠置や月ヶ瀬梅林への観光客が増加していた。
- 伊賀市は現実以上に奈良市とのつながりが強くなっていた。
- 名古屋より大阪指向がさらに強まっていた。
- JR西日本奈良支社(車両の標記は奈○○)が設置されていた。
- 紀勢本線(亀山~新宮)も電化されていた場合、新大阪・天王寺~亀山~新宮間に特急が運行されていた。
- 京都から新宮へは距離の短い亀山経由となっていた。
- 同列車の運行が国鉄時代に既に開始されていた場合、亀山-新宮はJR西日本に帰属することになっていたんだろうか。
- 参宮線も電化されて、大阪~伊勢も近鉄との争奪戦が激しくなっていたかも
- もし国鉄時代に関西本線が全線電化されていたら関西本線の亀山以西の列車には113系ではなく115系が投入されていた(塗装はライトグレーと朱帯の所謂「春日塗り」)。関西本線加茂以東は勾配が多いため。
- 現実では加茂駅を境に異なっているラインカラーや路線記号が統一されていた。
- JR東海からも、211系や213系が奈良まで乗り入れる。313系はワンハンドル車だから多分無理。
播但線(寺前~和田山)[編集 | ソースを編集]
- 普通列車は今でも全線直通。
- 車両は103系ではなく、近郊型車両が使われる。
- 現在だとラッシュ時のみ使われる221系か?
- 山陰本線の城崎温泉~浜坂も電化されてはまかぜは電車化されていたかもしれない。
山陰本線(城崎温泉~伯耆大山、西出雲~幡生)[編集 | ソースを編集]
- 西出雲~幡生間も含む場合
- 小浜線と並んで日本海縦貫線の一部をなしている。
- 利用者の少ない区間には125系が投入されている。
- 「おき」や「まつかぜ」には381系が投入されていた。
- 2018年現在でも「やくも」が381系のままである事を考えると、381系のままである可能性が高い。
- 城崎温泉~伯耆大山間の場合
- サンライズ出雲は今でも京都周り。
- 上りの三ノ宮・大阪の乗車需要は結構あった気がするので結局岡山経由になっていたのでは。
- サンライズ出雲が京都周りの場合、広島あるいは下関発着の「サンライズあさかぜ」が運転されていた可能性もある。
- あるいは「サンライズ瀬戸」に松山編成が連結されていた。
- あるいは福知山線経由。
- あさしおは381系化されて残っていた。
- 現在は287系に置き換え。
- 381系ではなく、183系800番台・485系では?
- 城崎温泉~鳥取間では223系5500番台の導入で余剰になった113系3800番台が導入されている。
- 一部車両は末期色に塗装されている。
- 播但線も全線電化され「はまかぜ」も381系になっていた。
- 智頭急行は電化路線として開業している。もちろん因美線の智頭~鳥取間も智頭急行線開業と同時に電化。
- 余部鉄橋は電化と同時に架け替えられていた。
芸備線[編集 | ソースを編集]
- 仮に全線が電化となった場合、同時に福塩線の府中以北も電化されている。
- そうなると、木次線の電化もあり得たわけか。
- 全線が電化された場合はこの路線を経由して広島と松江・出雲市を結ぶ特急が運転されている。
- 間違いなく21世紀になる前に快速に格下げされている。
- 広島市内の志和口駅以南の電化となっているかもしれない。
- 車両をいちいち下関から広島まで回送する手間が省ける。
- '70年代までに電化されていれば広島口の沿線の開発が早まり、幹線扱いになっていたかもしれない。
- 電化区間の普通列車の運行車両は103・105・115系。
- もちろん2019年3月には227系に統一されている。
- もしかしたら急行「ちどり」が特急に格上げされていたかもしれない。
吉備線[編集 | ソースを編集]
- LRT化構想がもう少し具体的に進展していた。
- 使用車両は宇野線とほぼ共通化されている。
- 井原鉄道も電化されていればこちら周りで岡山行きの運用が組まれていたかもしれない。
因美線・津山線[編集 | ソースを編集]
- 急行砂丘は電車が使われていた。
- この場合、「つやま」の車両が117系とかになって結局遜色急行と呼ばれていたかも…。
- イコカの使える駅が増えていた。
- 姫新線の姫路ー津山間も電化されていたかも。
山口線[編集 | ソースを編集]
- 「県庁所在地の代表駅が非電化ではまずい」ということで、山口駅までは電化。
- 場合によっては幹線になっていた。
- 代わりに美祢線が地方交通線になっていた。
- 全線電化であれば山陰本線西出雲〜益田間の電化の可能性も上がってくる。
姫新線[編集 | ソースを編集]
- 姫路~上月間が電化されていた可能性が高い。
- 播但線で運行されている103系電車と221系電車が運行されていた。
- 快速や新快速の4両、223系以降が乗り入れていたかも。
JR四国[編集 | ソースを編集]
旧阿波電気軌道の開業させた路線[編集 | ソースを編集]
- 高徳線板野〜吉成間、鳴門線池谷〜撫養間、及び旧国鉄鍛冶屋原線(1972年廃止)
- 当初600Vで電化されたとしても国有化の際1500Vに昇圧される。
- 徳島県に戦前から電車が走っていた。
- JRが全線非電化の高知を見下していた。
- それどころか四国3県を見下している。
- 1987年に予讃線の高松周辺が電化されるまでは四国の国鉄線としては唯一の電化区間であった。
- その場合、72系どころかもっと古い車両、下手すると国有化時に承継した車両が'80年代まで現役で運行されていた。
- 国鉄時代は旧型国電天国だったが国鉄末期に121系に置き換えられていた。
- その場合、72系どころかもっと古い車両、下手すると国有化時に承継した車両が'80年代まで現役で運行されていた。
- JRが全線非電化の高知を見下していた。
- 高徳線の全線電化が早期に達成された可能性がある。
高徳線[編集 | ソースを編集]
- 山陽新幹線岡山開業までに全線が電化されている。
- 高徳本線の特急設定も同時に開始していた。
- 国鉄時代の急行「阿波」「むろと」は153系→165系、特急「うずしお」は181系→183系で運用された。
- 183系は投入されず(183系の純粋な新造車は関東にしか投入されなかった)181系が'90年ごろまで現役を続行。8000系で置き換えられる。
- むしろ381系の投入では?
- 183系は投入されず(183系の純粋な新造車は関東にしか投入されなかった)181系が'90年ごろまで現役を続行。8000系で置き換えられる。
- 普通列車はかつて72・111系、現在は113・121・6000・7000系が使われる。
- 複線化も現実より進展している。
鳴門線[編集 | ソースを編集]
- 少なくとも赤字83線に指定されることはなかった。
- 大鳴門橋との接続が考慮されていたかもしれない。
- 上手くいくと神戸~鳴門ルートに鉄道が通され、本州と四国を結ぶメインルートとなっていた。
- 詳しくはもし本四架橋の神戸鳴門ルートに鉄道が通っていたらを参照。
鍛冶屋原線[編集 | ソースを編集]
- 赤字83線指定は免れたかもしれない。
- それでも特定地方交通線で廃止対象路線とされた可能性はある。
土讃線(琴平以遠)[編集 | ソースを編集]
- '90年代初めまでに電化された場合、2000系気動車が開発されず、8000系が「南風」などに導入される。
- 多度津-琴平が簡易電化方式になっていない。
- 「県内のJRに電化路線がない」という都道府県がなくなるが、上記徳島周辺の電化がなかった場合「徳島県にはJR線の電化区間がない」と思い込まれる。
- 1998年の豪雨災害の復旧がもう少し長引いてしまった可能性がある。
- 「ムーンライト高知・松山」は電気機関車による牽引になっていた。
- 多度津方面から高知、あるいは伊野までの電化になっているかもしれない。
- 場合によってはごめん・なはり線も電化で開業していた。
- 琴平以南は地形が険しいことから、一部は長大トンネルを含む複線の新線に切り替えられていた。
予讃線(伊予市~宇和島)・内子線[編集 | ソースを編集]
- 宇和島発着の「しおかぜ」および「宇和海」も8000系で運行される。
- 向井原~伊予長浜~伊予大洲間の旧線は電化されない。
- 7000系電車が史実よりも多く製造されていた。
JR九州[編集 | ソースを編集]
長崎本線(喜々津~長与~浦上)[編集 | ソースを編集]
- そもそも短絡線が建設されなかったかも。
- 短絡線が建設されていた場合、「かもめ」の半分は長与経由になっていた。
- 大村線も電化が検討されていた可能性が高い。
- 長与以東が閑散のままではなく、長崎市のベッドタウンになっただろう。そして817系で1時間2本程度。
- 本川内のスイッチバックは電化工事直前あたりに廃止か?
- 大村線が電化されなければ西九州新幹線開通によりここの電化も撤去に至った。
大村線(ハウステンボス~諫早)[編集 | ソースを編集]
- 佐世保~長崎の輸送として重要とされる。交換駅も増やし快速のスピードアップ。
- 市街地ながら7km以上駅間のある岩松~諫早に交換駅。長崎~竹松の普通と長崎~佐世保の増発・増結。
- ICカードの佐世保導入も行われた。
- 鹿児島本線の817ロング増備で混雑解消、玉突きの813をワンマン化して3両か6両運転。
- 長崎~諫早の電車を早岐に回送しやすくなる。
- 特急シーボルトは電車特急として運転され、今も存続している。
- 諫早 - 長崎間の電化撤去は免れた。
香椎線(香椎~西戸崎)[編集 | ソースを編集]
- 博多から西戸崎までの直通列車が運行されていた
- 香椎~宇美間は電化されなかった可能性が高い
- 勝田線が電化されていた場合はこっちも電化されていそう。
- 海沿いを走る為塩害対策でステンレス車両の電車が走っている
- ステンレス車体の電車は811・813系があるんですが・・・。
- 2両バージョンって言いたいのかも。その2だと過剰輸送になるので。
- ステンレス車体の電車は811・813系があるんですが・・・。
- 充電の問題はあるが、BEC819導入で博多直通復活。キハ47は老朽化により廃車。
- 最悪、BEC819導入で宇美 - 西戸崎直通がメインになっている。
豊肥本線(肥後大津~下郡信号場)[編集 | ソースを編集]
- 戦前肥後大津~玉来間に電化計画が存在した。
- 上記の戦前の電化区間も戦後になって交流に変更されていた。
- 有明がDE10形に牽かれることは無かった。
- 豊後竹田ー宮地間の普通列車は気動車だろうか。
- 2007年3月17日まで457系だった。
- 九州横断特急は電車だった。
- おそらく787系が使われている。
- 3.11当日まで485系だった。
- 九州新幹線開業後も「有明」の熊本~光の森のスジが残り、阿蘇まで延長されていた。このため熊本~阿蘇間は1時間に1本ぐらい特急列車が運行されている。
- 豊肥線経由で電車の回送が容易になるので鹿児島線八代~荒尾間の経営分離がしやすくなってしまった。
肥薩線[編集 | ソースを編集]
- 戦前に電化計画が存在した。
- 特急「おおよど」はにちりん電車化後もしばらく運行されていた。
- 特急くまがわ・はやとの風も電車で運転されていた。
- 改造する際の種車は415系になっていたかもしれない。
- 吉都線も電化されていた。
- さすがに人吉〜吉松間は非電化のままだと思う。
- と思いきや、当時は人吉〜吉松間こそが電化計画の中心だったらしい。まあ、蒸気機関車の煤煙対策だと思うけど。
- この区間だけの電化だと、国鉄末期に機関車牽引がゼロになった時の処遇が問題に。
- と思いきや、当時は人吉〜吉松間こそが電化計画の中心だったらしい。まあ、蒸気機関車の煤煙対策だと思うけど。
- ひょっとしたら今でも鹿児島本線の一部だったかも。
- 戦後に矢岳越えに長大トンネルが掘られていた。
- この場合、大畑駅と真幸駅が廃止された事から肥薩線に観光列車は運行されなかった。
- 九州新幹線部分開通後、肥薩おれんじ鉄道を経由する貨物列車がこちらに移り、肥薩おれんじ鉄道線は架線が撤去されていた。
- 熊本の815系・817系が吉松まで乗り入れている。
- 鹿児島の817系・415系は吉松から運行されている。
唐津線(久保田〜唐津)[編集 | ソースを編集]
- 笹原トンネルがあるため多久〜厳木間にデッドセクションが設けられる。
- 多久までは鳥栖方面に直通する交流電車が走っている。
- 全線を通し運転する電車は415系の独壇場。
- この区間のお陰でJR九州は新型交直流電車を製造していた。無論、関門トンネル区間にも投入されていた。
- 521系のパクりかもしれない。
- この区間のお陰でJR九州は新型交直流電車を製造していた。無論、関門トンネル区間にも投入されていた。
- 臨時特急「佐賀キャンペーン号」は485系で運転された。
- 783・787系が交直流電車となり、585・587系電車になっていた。
- 定期化され、「きらめき」の下関乗り入れが実現していた。
指宿枕崎線[編集 | ソースを編集]
- それでも「指宿のたまて箱」は気動車のまま。
- 「なのはなDX」は電車で運行され廃止されなかった。
- 山川以北だけ電化された。
三角線[編集 | ソースを編集]
- 天草が条約港になり牛深へ延びたらあり得た。
- 「A列車で行こう」は415系か713系から改造された。
- 2000年代まで急行型走っていた。
- その置き換え用か815か817系の導入数が現実より多い。
- SUGOCA対応になっているはず。
久大本線[編集 | ソースを編集]
- 急行「由布」は山陽新幹線全通以降国鉄時代に特急化されたかも
- 博多〜大分・宮崎のメインルートとして、ソニックのルートになっていた。
- 複線化もされていたかも。