もし阪神・淡路大震災が他の地域で発生していたら

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もし阪神・淡路大震災が○○だったら > 他の地域で発生していたら
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北海道地方[編集 | ソースを編集]

  1. 当別断層の活動により札幌が大地震に見舞われていた。
    • 特に北区・手稲区や隣の石狩市は軟弱地盤のため建物の倒壊などが相次いだ。
  2. 95年の雪まつりは確実に中止に追い込まれている。
  3. 場合によってはテレビ北海道が経営危機に追い込まれていたかもしれない。
    • 「北海タイムス」の破綻・廃刊も史実より早かったかもしれない。
    • TVhがアナログで道東や道北の少なからぬ部分に進出できなかったのは震災のせいとされていた。
  4. 地震直後から一部で「樽前山や有珠山がそのうち噴火する」というデマが飛んだ。
  5. 拓銀の経営破綻がさらに早まっていた。
  6. 北海道南西沖地震・北海道東方沖地震に続く3年連続の大地震発生となったため北海道自体のイメージダウンにつながっていた。
  7. 函館湾に起きていたら、青森県も影響がでていた。
    • 青函トンネルもかなり危ない。
  8. 「北斗星」「トワイライトエクスプレス」の廃止が早まっていた。
    • 「カシオペア」は運行すらされなかった。
    • 廃止原因は車両の老朽化や新幹線開業なので関係ないのでは。
  9. 水曜どうでしょうの放送開始が半年に遅れていた。
  10. この震災で北海道全域が停電するという事態に陥っていた可能性が高い。
    • この時の教訓を生かせていたら2018年に発生した北海道胆振東部地震の被害は減らせていた。

東北地方[編集 | ソースを編集]

  1. おそらく震源地は宮城県沖だった。
    • 「仙台・松島大震災」か「東北大震災」と呼ばれていた。
      • 気象庁による名称は「宮城県沖地震」
    • あるいは仙台市街地を通る大年寺山断層が動いていた。
  2. 東北新幹線の高架橋が倒壊していた。
    • 新潟県中越地震の上越新幹線脱線事故のような事故ではすまされなかった。
  3. 東北本線や仙台市営地下鉄などが被害を受けていた。
  4. 山側では土砂崩れが多数発生し犠牲者が増えていた。
    • この時の教訓を生かせていたら13年後の岩手・宮城内陸地震の被害は減らせている。
  5. 2011年以降は東日本大震災との関連性が指摘されるようになっていた。
  6. 1996年10月21日以降に今村雅弘が復興関係の省庁で働いていた場合、もしかしたらこのタイミングで 「震災はまだ東北の方でよかった」 といった発言をしていたかもしれない。
    • 会見でもやはり 「撤回しなさい!出ていきなさい!」 といった発言で顰蹙を買っていた。

宮城県[編集 | ソースを編集]

  1. 仙台市若林区や名取市では液状化現象の被害を受けていた。
    • 田畑は塩害で10年近くダメになっていたかもしれない。
  2. 「ガンバレSendai」を合言葉に宮城県代表の高校が高校野球で優勝していた
    • 史実の95年の春と夏の大会では兵庫・大阪の高校は最高でもベスト8止まりだったためそれは微妙。
  3. 「青葉城恋唄」が復興支援ソングとしてまたヒットしていた。
  4. 仙台市はガメラ2に全く登場しなかった。
    • そもそも東北地方が舞台にならなかった可能性も否定できない。
  5. 当時健在だった当地出身の石ノ森章太郎が復興キャンペーンのマスコットのデザインなど多方面で関わっていた。
  6. 「天花」の劇中では確実に大きなエピソードとして扱われている。
  7. 2001年の宮城国体に合わせ仙台空港線の整備も追加された。仙山線仙台-愛子の複線化・高速化・高架化の議論が進む。
    • 道路公団は震災復興支援と東京-仙台間の高速道路網の二重化のもと,常磐自動車道を遅くとも2002年までに全通させる。
      • 福島県内の多くの区間は95年時点で計画すら固まっていない状態だったのでそれは無理。
  8. これを機に県内の仙台市一極集中が加速。2001年の宮城国体開催,翌年のサッカーW杯開催もあり,仙台市は大きく躍進。同市の人口は2020年現在120万人程。テレビ東京グループが中心となり平成新局「杜の都放送」を開局させる。
    • 仙台市内の高層建物が15年程早く増加する。
    • 現実の神戸ではそこまで劇的な増え方をしていないのでその可能性は低い。
    • テレ東系も既存局の反対やデジタル化対策により開局の機会を逃している気がする。
    • ベガルタ仙台は史実より早くJ1に昇格し、過去最多の優勝記録を持つ。
      • いわばFC東京のような立場になっていた。
    • 史実通り仙台市を本拠地とするプロ野球チームが設立された。ただ楽天ではなく違うチーム名になっていたかもしれない。

関東地方[編集 | ソースを編集]

曖昧さ回避 この項目では、1923年の関東大震災が史実通り発生している場合について記述しています。1923年に発生していない場合については「もし関東大震災が○○だったら」をご覧ください。
  1. 恐らく震源地は横須賀沖か相模湾になっていた。
    • 「京浜・房総大震災」か「首都圏大震災」と呼ばれていた(関東大震災との混同を避けるため)。
      • 俗称は「平成の関東大震災」
        • あるいは「東日本大震災」がこの時点で用いられていた。
          • 3.11は「東北大震災」となり、マスコミによる茨城栄村の扱いはさらにひどいことに…
    • 三浦半島断層帯が震源地になっていた可能性も大いにありうる。
  2. 被害は関東全域に広がるが主な被害は神奈川県東部と房総半島南部に集中し、死傷者も神戸のそれよりも倍増していたかもしれない。
    • 三浦半島断層帯の活断層による地震の場合は横浜市南区・磯子区・金沢区、逗子市、横須賀市、三浦市に壊滅的な被害を与えていた。
  3. 「涼宮ハルヒの憂鬱」は谷川流ではない別の作家が執筆していた。
    • しかも舞台が川崎になっていた。
  4. 「東京マグニチュード8.0」は作られなかった。
    • 代わりにMBSがアニメシャワー枠で「大阪マグニチュード8.0」を製作していた。
    • もしくはこの地震(平成の関東大震災)の舞台でしょう。
    • 高嶋哲夫や石黒耀の一部作品も描かれていない。
  5. 「ガンバレYOKOHAMA」を合言葉にベイスターズが1995年にプロ野球で優勝していた。
    • 1995年にプロ野球で優勝したのは「ガンバレTOKYO」を合言葉にしたジャイアンツスワローズ(こちらは史実通りだが)だったかもしれない。
    • パリーグでも「がんばろうCHIBA」を合言葉にマリーンズが優勝していた。
  6. 21世紀に入ることから首都移転の計画が具体化してくる。
    • 製造業の生産拠点は中国・四国・九州に移動していた。
    • 北陸新幹線は東京~長野の開業後大阪~富山が開通し、最後に富山~長野が開通する形になっていた。
  7. 死者の数は3~5万人となっていた。
  8. ルミナリエは横浜で行われていた。
    • 東京や千葉の可能性もある。
  9. 「東京ディズニーランド」や「多摩テック」といったテーマパークが多数休園に追い込まれていた。
  10. 都市博中止も1994年度中に決定。
  11. 両国国技館が損壊し、開催中の大相撲初場所が中断された。
    • 角界関係者に犠牲者が出た恐れも小さくない。
  12. 放送局は史実以上に熱を入れて報道に熱中し、被災者救助の邪魔をして、3.11同様、官房長官に苦言を呈されていたかもしれない。
  13. 安藤優子キャスターの「これが東京で起こったらと思うと、ぞっとします」発言は無かったか、別の問題発言していた。
    • 東日本大震災後に石原慎太郎が「天罰」などと暴言を吐くこともなかった。
  14. 芸能人にも何人か犠牲者が出ていた。
  15. 2020年の夏季五輪は大阪市・名古屋市・福岡市のいずれかで行われる。
    • あるいは2008年大阪五輪が実現していたかも。
  16. 関東大震災後のような大胆な復興計画が立案されるがあまりうまくいかず。
  17. 震災後10年くらいの間はウルトラシリーズやゴジラシリーズで関東以外の地方が舞台のことがやけに多かった。
  18. 毎年1月17日に特番放送される
  19. 天皇皇后両陛下は史実よりもさらに一層熱心に被災者支援に取り組まれていた。
    • 被災地が近いこともあり避難所や仮設住宅への行幸の回数も増えていた。
  20. 平成不況はさらに深刻な状況に追い込まれていた。
    • 消費税は1997年の時点で8~10%に引き上げられていた。
  21. 場合によってはTOKYO MXの開局が史実より遅れていたかもしれない。

東京都[編集 | ソースを編集]

  1. 大田区の工業地帯は地震で被災した影響でかなり元気が無くなる。
    • 大田区の再開発地域が増えていた。
    • 蒲田の第二アキバ計画が実現していたかもしれない。
  2. 羽田空港は使えない状況だった。
    • 一時的に成田空港に国内線を発着させていた。
  3. 地下鉄サリン事件などまず起こせる状況ではなかった。
    • その代わり「被災地支援」の名目でオウムが大挙して乗り込んでいた。
  4. 東京湾大華火祭はこの時点で初の開催中止を余儀なくされていた。
  5. 東京都慰霊堂にはこの震災の犠牲者の霊も合祀されていた。

神奈川県[編集 | ソースを編集]

  1. 首都高速狩場線か横羽線が倒壊していた。
  2. 東海道本線京急東急などが被害を受けていた。
    • そして東海道本線の復旧が私鉄よりも早くなっていて私鉄から客を奪っていた。
    • その後JR東日本快速アクティー湘南新宿ラインなどの高速化を行い、更に私鉄(主に東急)から客を奪っていた。
      • 京急の快速特急がJRの車両を追い抜く画は見れなくなっていた。
      • そして「阪急阪神ホールディングス」ならぬ「京急東急ホールディングス」が出来ていた。
        • 「大東急の再来?」といわれていた。
      • 東急と相鉄の直通運転も2000年代初頭には実現していた。
      • 史実以上に利用者が激増したため、E231系からは近郊用もグリーン車以外は全車オールロングシートで製造された。
    • 他にも横浜市営地下鉄の駅が崩壊していた。
    • 「京急東急ホールディングス」じゃなくて「東急京急ホールディングス」。
    • 三浦半島断層地震の場合は京急に壊滅的な打撃を与えていた。特に京急の稼ぎ頭というべき横浜以南区間の被害が極めて甚大になっていた。
  3. 横浜港が液状化現象の被害を受けていた。
    • 山下公園やみなとみらいも同様。
    • 浦安市でも液状化現象が発生し、人口増加にブレーキがかかっていた。
  4. 東海道新幹線の高架橋が倒壊していた可能性が高い。
    • 特に瀬谷区~武蔵小杉駅辺りが危ない。
  5. 東急東横線末端区間(横浜~桜木町)の廃止が早まっていた。
  6. サザンオールスターズが湘南地域の復興応援ソングをリリースしていた。
  7. 史実における南京町のように横浜中華街でも屋台が多く出店していた。
    • 現在も名物として生き残っている。

千葉県[編集 | ソースを編集]

  1. 明石海峡大橋ではなくアクアラインが地震の影響により距離が1m延びていた。
    • 最悪、トンネルが崩壊し、工期も幾年か延びていた。
  2. 幕張メッセも何からの影響が出ていた。
  3. 成田空港はそんなに影響は無かっただろうが?
    • ちなみに『日本沈没』の原作では第2次関東大震災をあまり被害を出さず乗り切っていた。
  4. 東京ディズニーランドが液状化でかなり被害を受けていた。

埼玉県[編集 | ソースを編集]

  1. それほど被害は受けてないと思われるが…と思いきや少し火災が起きた程度である。
    • 史実の阪神淡路のような細かい揺れの場合は関東ローム層で揺れが増幅され相当数の住宅が倒壊していたのでは。

東海地方[編集 | ソースを編集]

  1. 震源地は恐らく伊勢湾か三河湾。
    • もしくは猿投高浜断層帯など。
  2. 東海道新幹線東名名神高速道路など日本の国土軸が被害を受けて寸断される。
    • このため迂回路線として北陸新幹線の計画が早まり、高崎~長野間は史実通り1997年に開通するが、長野~金沢~新大阪間も東北九州両新幹線よりも優先されて2005年頃には全線開通している。
  3. 1995年にプロ野球セ・リーグを制したのは「ガンバレNAGOYA」を合言葉にした中日ドラゴンズだったかもしれない。
    • 名古屋グランパスもベンゲル効果がプラスされ、圧倒的な力でJリーグを制していた。
    • 1995年はBクラスに低迷していたから厳しいと思う。翌96年なら可能性は高かったけど。
  4. 名称は「中京大震災」あるいは「東海大震災」となっていた。
    • あるいは「東海地震」と言われていた。
      • いわゆる「東海地震」は海溝型地震、阪神・淡路大震災はプレート内部の地震とタイプが異なるのでそれはない。
    • もしくは「平成濃尾地震」となっていた。
      • 史実の「濃尾地震」は岐阜県美濃地方の内陸部が震源だったので考えにくい。
    • 「中日本大震災」だった可能性も。
      • 「中部大震災」では?
  5. ルミナリエは名古屋で行われていた。
  6. 高山本線美濃太田以西と太多線がバイパス機能強化の一環で電化された。
  7. 三河や遠州に住む外国人労働者の少なからぬ数が母国へ逃げ帰っていた。

愛知県[編集 | ソースを編集]

  1. 名鉄は復旧が早かったJR東海に客を奪われ、現実以上に利用客減少に悩むこととなった。
    • その結果史実では21世紀初頭に行われたローカル線の廃止が早まり、2000年頃にはほぼ現在の路線網となっていた。
      • これを機に名鉄名古屋駅の拡張や名鉄岐阜駅前の単線区間、枇杷島分岐点や豊橋駅などの改善に取り組んでいたかも。金さえあればの話だが。
  2. 2005年に開催された愛知万博は震災からちょうど10年ということもあり、震災復興の象徴となっていた。
    • もしくは復興のために名古屋に今度こそ五輪が招致され、成功していた。
    • 誘致の時期を考慮すると大規模な反対運動が勃発し計画が潰れていた可能性のほうが大きい。
  3. トヨタ自動車の経営にもかなりの悪影響があった。
    • 自動車生産台数世界一にはまだなれていない。
    • 下請けや孫請けの企業にも倒産が続出していた。
      • 本体直系企業の再編が'00年までに行われた
  4. 東海銀行の経営状況がさらに悪化していた。
    • 最悪の場合拓銀と同じ運命を辿っていた。
      • 東海銀はあさひ銀か大和銀と(救済扱いで)合併か。富士三和合併行がおそらく実現。
  5. 一部から「三河地震や昭和東南海地震の被害が隠されていなければ今回の震災の被害も減らせていただろうに」という声が上がる。
  6. 名城線の環状化は震災復興事業として2000年頃に完成。上飯田線も後を追い2003年頃に新栄町まで完成。
  7. 名古屋駅の戦前完成部分は無事であったが,周辺のビルが被災,復興支援の素で2005年までに高層ビルが建ち並ぶ。トヨタ自動車の本社(機能)もそこに移転したかも。
    • 旧名古屋駅ビルは震災前年の94年には解体が終了している。
    • トヨタグループの主要企業だと動きそうなのは豊田通商くらいでは。
      • 他の企業は沿革からして豊田や刈谷から動くような気がしない。
  8. 名古屋出身の清水義範が震災復興ネタの作品を何本か書いていた。
    • それでも作風が大きく変わるようなことはあるまい。

中国地方[編集 | ソースを編集]

  1. 発生場所は広島都市圏。
    • 地震の原因となった断層は己斐断層か五日市断層。
  2. 大規模な火災が発生した場合は「あたかも半世紀前の地獄絵図を見ているかのようです」と誰かが実況していた。
    • やはりマスコミか。
      • 95年当時はネット動画など存在しなかったため放送局以外に「実況」ができる主体は存在しなかった。
  3. 2014年の豪雨災害と同じように山沿いの新興住宅地が土砂崩れに襲われる事例も多かった。
  4. 官庁の出先機関や企業の支社・支店などは大半が岡山に移転していた。
    • 新潟、宮城県沖(1978)、現実の阪神淡路などの例を考慮するとまずありえない。

広島県[編集 | ソースを編集]

  1. 広島市中心部は三角州のためどこもかしこも液状化していた。
    • 広島空港が震災の2年前に本郷町へ移転していたことは多くの県民に的確な判断とみなされていた。
    • 橋もあちこちで落ちていた。
    • 地盤が軟弱なので人口の割には死傷者が多かった。
  2. 原爆ドームも崩壊していた。
    • 被爆50年にあたる年に崩壊したということで広島市民が受けたショックは相当なものだった。
    • 他にも損傷した被爆建物が大して調べられずに取り壊される例がいくつも出ていた。
  3. 広島カープは翌96年に優勝できていた。
  4. Perfumeは結成されていたかどうか・・・。
    • 綾瀬はるかの人生も変わっていたかも。
  5. 当時の広島市民球場が地震で大きな被害を受けていた。
    • 新広島市民球場の建設も早まっていた。
      • その際原爆ドームも被災したため,新球場をドーム球場とし「広島HEIWAドーム」とする案も出る。ただ市民から反発され没になる。
        • カープ球団や広島市の金欠状態がさらに悪化するためドーム化はおそらく不可能。
  6. 可部線の末端区間が地震で被災して廃線が早まっていたかも。
  7. 広島そごうが大きく被災,南側が高層ビルになる。バスセンターは上の広島市民球場跡地か広島駅前(再開発促進も兼ね)に移転か。
    • 94年に新館を作ったばかりなのでそこまで派手な拡張はできなかったのでは。
    • 史実の阪急三宮駅のごとく平成の終わりまで仮建築のままというのが関の山かと。
  8. 前年の広島アジア大会に参加したアスリートから相次いで義援金が寄せられていた。
  9. それでも8月6日の平和記念式典は中止しなかった。

九州地方[編集 | ソースを編集]

  1. 名称は「九州大震災」になっていた。
    • 史実の阪神淡路並みの規模ならそこまで大雑把な名前にはならないのでは。
    • 後述のパターンだとおそらく「福岡大震災」が妥当か。
  2. 沖縄にもなんらかの被害を受けた。
    • 南西諸島にはほとんど活断層が存在しないので大規模な津波でも起きない限りは大丈夫では。
  3. 震源はおそらく博多湾。
    • 警固断層帯(玄界灘~筑紫野市)のどこかが動いていた。
  4. イメージとしては福岡県西方沖地震が都市直下型だった場合に近い感じか。
    • そもそも2005年の地震は起こっていたのだろうか…。
      • 仮に現実と同じ形で起こっていたらこの地震の余震とみなされていた。
  5. 百道浜付近が大規模な液状化に見舞われていた。
    • 福岡ドームにも何らかの被害が出ていた。
  6. 佐賀県にも何らかの被害が出ていただろう。
  7. 2000年のサミットは福岡市で行われていた。
  8. 95年のユニバーシアードは中止された。
  9. 「福岡ダイエーホークス」の名義での初優勝は早まっていた。
  10. TNCとRKBの局舎移転は震災復興に伴ってのもの。
  11. 「ゴジラVSスペースゴジラ」は福岡が最終決戦の舞台ということで公開が中止された。
  12. 場所によっては雲仙普賢岳の噴火との因果関係が疑われる。
  13. 「福北ゆたか線」の電化が早まっていた。
    • どういう事?
    • 原田桂川間も同時に。
  14. 韓国でも揺れていた可能性が高い。まあ、被害は無いと思われるが。
    • ソウルの三豊百貨店はこの地震の揺れによって止めを刺されたかもしれない。強度を無視して建てた違法欠陥建築だったのでちょっとした揺れでも大崩壊する可能性は大いにありえた。
      • 現実の阪神淡路に当てはめると新潟や鹿児島くらいの距離になるためそれは考えにくい。
    • 福岡都心部で震度7なら、釜山あたりでは確実に震度3〜4くらいの揺れが観測されていた。
  15. 『クッキングパパ』では現在もこの地震に関するエピソードが定期的に描かれる。
  16. 大分県で発生していた場合、地元での発生だけあって村山内閣の対応も上手くいっていただろう。
  17. 福岡出身の小林よしのりが『ゴーマニズム宣言』シリーズで防災ネタをもっと多く取り上げていた。
  18. 九州新幹線は2004年3月13日に全線開通した。震災復興事業に指定され早期に建設された。
    • 熊本市は1999年の国体開催,その5年後の新幹線開通もあり大きく躍進。政令指定都市移行が10年程早まる。大手企業の九州支社の多くと政府の出先機関が熊本市に移り,何処かで北九州市の人口を抜いたかも。
      • テレビ東京が「ひのくにテレビジョン」を開局させようと熱心になるも,挫折する。
      • 福岡市が復興計画でさらに一極集中を強める方がまだ自然。
  19. 01年の世界水泳が復興を印象付けるイベントの側面も持たされていた。
  20. 95年度後期の朝ドラが史実通りの「走らんか!」にできたかどうか微妙。
    • 制作するにしても内容が当初の予定からほぼ完全に変更されていた。