もし38府県のままだったら

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1871年(明治4年)の廃藩置県第1次府県統合の5年後、1876年(明治9年)には日本全国で府県の統合(第2次府県統合)が行われ、府県の数は75府県から38府県(39道府県)へと大幅に削減されました。

これは現行の「47都道府県」よりも少ないもので、現存する県のうち8つもの県は数年間にわたり廃止されていました

しかし、廃止された旧県の地域では、地理的不便や経済的衰退などから不満が噴出し、住民たちが次々と独立運動を起こしました。そのうちいくつかは政府に認められ、再び県としての独立を許可されました。8つの県が復活して「46府県」となったことで、47都道府県へと続く原型が完成しました。

現存する県のうち、1876年からの数年間にわたり廃止されていたものは以下の通りです。

廃止されていた県一覧
県名 併合先の府県 復活した年度
徳島県 高知県 1880年
鳥取県 島根県 1881年
福井県 石川県滋賀県 1881年
富山県 石川県 1883年
佐賀県 三潴県長崎県 1883年
宮崎県 鹿児島県 1883年
奈良県 大阪府 1887年
香川県 名東県愛媛県 1888年

なお、独立運動を起こした旧県・地域は他にも数多くありましたが、実現したのは上記の8県のみでした。

では、もし現在も「39道府県」のままで、8つの県が消滅したままだったら、どうなっていたでしょうか?

個別記事[編集 | ソースを編集]

全般[編集 | ソースを編集]

  1. 都道府県を覚える小学生がちょっとだけ楽になっていた。
    • 都道府県パズルなどでは、島根県・愛媛県・高知県の形が少し似ていて難問扱いされそう。
  2. 38府県当時の府県別人口って程よくばらけてるから、連邦国家になったかもしれない。
  3. 東北は史実と変わらず。
    • 東北はすでに巨大な県ばかりで、あれ以上は合併の機運がなかったためだろうか。
  4. 「四国なのに二県しかない」とネタにされていた。
    • 九州も五県しかない。今も七県だけど。
  5. 「内陸県」は2つ少なかった(滋賀県が海を獲得し、奈良県は存在しない)。
  6. 道州制の議論は史実よりも盛り上がらない。
  7. 山梨県が全国最小の県としてネタにされていた。
  8. 「都民」「大阪府民」の範囲が狭く、都会人としてのブランド力が高かった。
  9. 2019年の参院選から鳥取と島根、高知と徳島の選挙区が統合されることはなかった。
    • 統合される選挙区の議員を救済するための比例区の特定枠は設けられない。
      • れいわ新選組がこの制度を利用して重度障害者を当選させることはない。

近畿[編集 | ソースを編集]

  1. 堺県は県都として現実よりも発展している。奈良市は今ほどは発展していない。
    • なお、史実ではこの5年後、1881年に堺県は大阪府に併合された(大大阪府)。
      • これが全国で最後に行われた県の廃止となった。
      • もし大大阪府が存続していたら、大阪市はさらに繁栄していただろう。
        • 周辺の市町村を合併し、大阪都構想が昭和のうちに実現していたかもしれない。その場合、千里ニュータウンや東大阪市あたりまで大阪都区内になっていた。
    • 堺県は県全体が大阪のベッドタウン扱いされている。
      • もしくは、堺が独立した大都市として発展し、大阪と肩を並べていたかもしれない。
        • 県庁所在都市が隣接しているので、ちょうど京都市と大津市の関係と似ていた。
        • 人口は大阪230万人、堺120万人程度であり、堺は大阪のベッドタウンではない県都の風格を維持していた。
        • 堺東駅には巨大な駅ビルや商業施設が林立していた。
    • 関西の大都市といえば、大阪・京都・堺・神戸の四つだった。
      • 「京阪神堺」という言葉が生まれていた。
      • 堺市の政令指定都市昇格が現実よりも早まっていた。
  2. 嶺南地方は滋賀県の一部となったことで名実ともに近畿地方として扱われ、北陸地方としての色は薄くなる。
    • 滋賀県は日本海から琵琶湖への輸送を一元的に管理できるようになり、敦賀の港が発展する。
      • 湖西線は全線直流電化で開業し、北陸本線の敦賀以南は湖西線開業と同時に直流電化に変更され、湖西線の電車は当初から敦賀発着で運転されていた。そして国鉄末期の1986年11月改正で新快速の敦賀乗り入れが実現していた。
    • 小浜~近江今津の若江線が開通していたかもしれない。
    • 滋賀県への大衆の印象は「琵琶湖、日本海、原発」となっていた。

中国・四国[編集 | ソースを編集]

  1. 愛媛県がきわめて細長いのに県庁の松山市が西へ偏っているため、高松市を中心に県庁移転議論が起こる。
    • 四国中央市(当時は宇摩郡)はちょうど愛媛県の中央付近にあるため、県庁誘致活動が起こる。
  2. 高知県も細長いため徳島市鳴門市などから県庁移転論が起こるが、県は険しい山によって東西に分断されている(旧徳島県と旧高知県との県境)ため、適当な新県都の位置が定まらない。よって、旧徳島県の独立運動が盛んとなる。
    • 県内を山で大きく分断するような合併はさすがに無理があった気がするが、なぜ決行されたのだろうか。
    • 県都は三好市(池田町)でいいのでは?
  3. 島根県(大島根県)もきわめて細長く、東端の鳥取市や西端の益田市では独立論や移籍論が起こる。ただし、県都の松江市は県の中央付近にあるため、県庁移転論は目立たない。

九州[編集 | ソースを編集]

  1. 九州は沖縄を除く全ての県で総理や横綱を出していた事になっていた。
    • 現実だと長崎県・宮崎県からはまだ首相が出ていない。
      • 佐賀県・宮崎県からはまだ横綱が出ていない。
    • 四国も愛媛県(旧香川県)から大平正芳が出たため、すべての県から首相を輩出。そもそも二県しかないけど。
  2. 長崎県の佐賀市鳥栖市では、県庁のある長崎市よりも他県の福岡市へ行くほうがずっと近いため、移籍論が盛り上がる。
  3. 鹿児島県では北東の延岡市などから県庁までが遠すぎるため、県の中央にある都城市への県庁移転論が起こる。

中部[編集 | ソースを編集]

  1. 石川県は「大石川県」として繁栄する。金沢政令指定都市となる。一方、富山市福井市は今ほどは発展していない。
    • 北陸新幹線は史実よりも早く開通していた。
      • 福井県が存在しないため、2024年に北陸新幹線の金沢~敦賀が部分開業することはなかった。
        • 金沢以西は建設されなかったか、一気に新大阪まで全通していた。
    • 一方、富山と福井の路面電車はとっくに消滅している。
      • それどころか、地鉄の鉄道線も富山〜上市を残して全廃、京福電車も例の事故を機に自然消滅している。

関東[編集 | ソースを編集]

  1. 町田は神奈川県」は現実のものだった。
  2. 多摩の八王子府中立川などと横浜とを結ぶ鉄道路線が数多く走っていた。
    • 中央線は今よりも小規模だった。
    • 横浜が東京の衛星都市である以上、それらのことは流石にないんじゃ…せいぜい横浜線は10両で走ってたくらいかと。
  3. 神奈川県の人口は1,000万人を超え、横浜は東京に次ぐ大都市として繁栄していた。
    • 大阪市が堺にやや食われて今よりも小規模だったため、「日本第2の都市は横浜vs名古屋vs大阪」という議論があった。