上野原市

ナビゲーションに移動 検索に移動

上野原市の噂[編集 | ソースを編集]

  1. 東京に一番近いはずなのに、実は県内で一番人口の少ない市である。
    • もうすぐ富士河口湖「町」に抜かれる。
    • 「東京都と接している市は?」というクイズがあったら答えてくれるだろうか?
      • 答えてやるよ。川口市
      • 狛江市
        • 狛江市は東京都だぞ
      • 川崎市町田市大和市相模原市鳩ヶ谷市草加市八潮市三郷市戸田市和光市朝霞市清瀬市新座市所沢市入間市飯能市秩父市浦安市市川市松戸市…
    • ここの市民は山梨の東端であることをやたらと強調したがるが、そんなことどうでもいいと周りは思っている。
      • 山梨の極東最前線!
      • 神奈川県である藤野町(現相模原市)と山梨県である上野原市だと首都圏民の扱いに雲泥の差がある。東部であることを強調したくなるのもわかってくれ。
        • その旧郡民は神奈川では被差別集団。むしろ『山梨』だと強調したほうが潔くて受けがいいと思うぞ
    • 関西で言えば三重県名張市のような感覚だな。
    • 2005年2月に3万人ギリギリ(2000年国勢調査)で市制施行したが、その年の国勢調査で3万人を割った。以後も減少傾向が続き、気づけば2万4000人(2015年国勢調査)。
      • だが、県内近隣の自治体とは異なり現役世代(64歳以下)の割合が高い。県内近隣の自治体は高齢者だらけの限界自治体ばかり。
  2. 市内にファミレスがなく、大月か相模湖まで行かなければならない。
    • つか上野原なんにもねー!
    • ホームセンターが欲しいです!
    • 駅前にくろがねやと幸楽苑が出来ました。
  3. 日本屈指の規模を誇る談合坂SAがあるが、住民にはあまり関係ない。
    • 上りは(自称)デパ地下と宣伝している。
      • 高速バスの野田尻で降りれば行けるな(150円)。市内にホント何もないから今度行ってみるか。
  4. 上野原自動車教習所の噂
    • 路上教習はほとんど信号がない(気がした20年前)
    • 路上教習では坂道(山道?)だらけなのに坂道発進をした記憶がない(気がした20年前)
      • だって信号ないんだもん
    • 甲州街道沿いの繁華街(?)の車道には、絶対に枯れる事のな水溜りがあった。歩行者保護する気があるかどうかのトラップだという噂。
    • 路上教習のコースになっている道には、必ず白い杖を持った障害者が歩いている。教習所が雇っているサクラという噂。
  5. 一時期相撲部屋があった。
  6. 上野原駅は乗降客数山梨3位(1位は甲府駅、2位は大月駅)。
    • 大学があるから乗降客は多いと思います。(by元卒業生)
      • 某付属高校のせいで東京、神奈川からの乗降客が多い。
        • 山梨県で最も古い駅(1901年開業)。
    • 上野原駅前のバスターミナルの狭さは日本一だと思う。
    • 利用客が多いのに特急は上下合わせて3本しか止まらない。夕方のラッシュ時のかいじを停車させればそれなりに利用客はいると思われる。昼は...いらねえなw
    • 特急は全通過になりました( ノД`)シクシク…(2017年3月)
  7. Yahoo電話帳によると、東部会館藤野店は、ここにあると示されている。
  8. スベキデアル冷蔵庫が置いてある。
  9. 名物で酒まんじゅうがある。
  10. 宮脇俊三の著書「ローカルバスの終点へ」では、飯尾線(上野原駅-飯尾)が紹介されている。
  11. ニュータウンをつなぐものすごく長いエスカレーターがある。
    • 今やコモアは市内の僻地民の移住先となっている
    • エスカレーターで山登り…
  12. 談合坂SAに町内初のスタバができた!
  13. 東京のベッドタウン。
    • 住民(特にバブル期以降に移住してきた新住民)には県庁所在地の甲府への関心は殆どなく、専ら東京方面を向いている。甲府など年に1回行くかどうかという人も多い。
      • 主に八王子への通勤率が高い
    • 自分は山梨県人という意識がない。「上野原県」だと思っている。甲府を田舎扱いする(実際田舎だが)が、甲府を含んだ国中地域からは田舎を通り越してへき地扱いされることがある。公立学校は地元教員が少なくて、国中から定期的に異動してくるが、「へき地交流」という扱いで来るらしい。
    • 国中から来た教師の使う甲州弁を生徒たちは解読できない、甲州弁が伝わらない事に困惑する国中教員、
    • 山梨なのに県内のYBSやUTYが受信出来ない地区があったが、地デジ化により逆にTBSと日本テレビが映らない地区が増えた
  14. 棡原(ゆずりはら)地区は長寿村だった。
    • 「だった」と過去形なのは、地元で取れる食材を地区で調理したため。この地では米はあまり採れず「米の飯を腹いっぱい食べたい」というのが住民の夢だった。それが戦後になってようやく実現した。しかし、皮肉なことにそれで早死にする人が増え、親より子が先に死ぬ「逆さ仏」という言葉まで出た。
    • ほかに道路も整備され、交通の便も良くなり、食材も地区外から入るようになったことや肉食など食生活の洋風化が進んだのも一因とされる。
  15. 桂川河川敷は東京都中野区のものだった。(中野区はH6に10億で購入→H20に1億で返却)
  16. 市役所がどえらい県境に寄りかかっている。
  17. 昔、遊郭が存在した。
  18. 中央新幹線が開通してもほとんど関係がない。
  19. 大野貯水池は、当時東洋一の規模を誇る水力発電所でした。
    • 桂川沿いの河岸段丘上にある。
  20. 市内に車が横断できる踏切は存在しない、歩行用は存在する
    • 昭和50年代には小規模ながら、回転寿司やゲームセンター、映画館も存在した
    • この地区で学校給食が始まったのは21世紀になってから
    • 上野原のパン食文化を支えたのは、今は亡きリッチマン
  21. 葬儀場の上野原セレモニーホールの電話番号の下4桁は4771(死なない)である。
  22. 県内他市町村よりも東京都多摩地域神奈川県湘北地域との結び付きが強い。
  23. 2005年まで上野原町だったが、東日本にしては珍しく町は「ちょう」が優勢な山梨県でありながら東京や神奈川との結び付きが強いから「まち」だった。
    • 2005年2月13日に北都留郡上野原町と南都留郡秋山村が対等合併し発足。それでも上野原町に吸収合併されて市制施行した感が強い地域でもあるが。
  24. 山梨県らしく銀行は山梨中央銀行しかない(山梨中央銀行は東京都多摩地域にもかなり進出しているが)。
  25. 甲斐国の最東端だったからか、甲東小学校や甲東駐在所もあった。
  26. コモアしおつという住宅街があり、JR中央本線四方津駅からはコモアブリッジ内にある斜行エレベーターorかなり長いエスカレーターで移動する形になる。

秋山[編集 | ソースを編集]

  1. 旧上野原町から旧秋山村まで最短距離でいくには神奈川県を通る必要がある。
    • 旧上野原町とは郡も違ってた。
      • ここは元南都留郡。旧上野原町は北都留郡。
    • 田野入トンネルと秋山トンネルを通るルートが開通して神奈川県を通る必要がなくなった。
  2. 旧秋山村立の「あきやまネスパ」という温泉に上野原駅から行くにも、途中で神奈川の旧藤野町を通る必要がある。
    • あきやまネスパは、上野原市民だと割引があるが、そのためには住所を示すIDが必要。
  3. 2021年8月現在、人口の過半数が65歳以上。

関連項目[編集 | ソースを編集]