もし広島・長崎以外の日本の都市に原爆が落とされていたら
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朝鮮や台湾など、太平洋戦争当時日本の領土だった地域を含む。
- 梅原司平の「折り鶴」の歌詞に広島・長崎以外の都市名が登場するようになる。
- 「ヒロシマのある国で」も追加。
- 2009年に出された「広島・長崎共同開催オリンピック」の話もなかった。
- 当然だが、一部の借民は誕生しなかった。
- 一部の政治家や経営者、芸能人なども生まれず、そちらの方面でも影響が出ていたかもしれない。
- 一等地に平和公園ができる。
- その周辺の学校も平和教育がさかんになる。
- そして、よく修学旅行の行き先になる都市になる。
- 少なくても広島か長崎のどちらかには原爆は落とされなかった。
- いや、日本が太平洋戦争に降伏したのが史実より遅かったと仮定すれば、その限りではない。
- その場合、これまで空襲を免れてきた北海道・東北の都市が狙われるだろう。
- 史実で候補地になったのはことごとく東京以西の都市のためそれはなさそう。
- 広島県内(おそらく呉あたり)にも戦後米軍基地が建設されていた。
- 時計台は壊滅。
- 戦後に再建される。
- もちろん重要文化財に指定されていなかった。
- 再建しなければ「負の遺産」として重要文化財や世界遺産に指定されたのに…と今ごろになって言う人が増える。
- 原爆ドームみたいに再建されない可能性もある。
- 戦後に再建される。
- 大通り公園にはビルが建っていた。
- もしくは平和公園ができていた。
- 札幌オリンピックは開催されなかったかも。
- 平和祈念としてあるかも。
- 旧道庁が原爆ドームになっていた可能性も。
- 場合によってはみそラーメンもなかったかもしれない。
- 道庁が旭川市に移転していた可能性あり。
- もしかしたら、北海道が複数の県に分割されていたかもしれない。
- 北海道の戦災といえば「札幌原爆」ということになる。
- 原爆の輸送手段はどうなっていたのだろうか…。
- ちなみに史実では北海道・東北の都市は一切検討対象にならなかった。
- 硫黄島の基地が使えるようになるなら北海道方面の空襲も可能になるが、その前に本土侵攻でソ連に占領されるのが先になりそう。
- ちなみに史実では北海道・東北の都市は一切検討対象にならなかった。
- 雪まつりでは毎年平和関連の大雪像が作られるのがお決まりになっていた。
- 泊原発は建設されなかった。
- 五稜郭が平和公園になっていた。
- 青函連絡船も被爆していた。
- 「最後の被爆船引退」の時にはニュースになっていただろう。
- その後平和公園ないし資料館に寄贈。
- 「最後の被爆船引退」の時にはニュースになっていただろう。
- 土方歳三ら幕末の戦士らの遺骨は粉々に粉砕され(ただでさえほぼ見つからないのに)確実に見つからないだろう。
- もし北海道最大の都市が函館のままだったらが実現していたら候補都市になっていた可能性もある。
- 函館山の上からアメリカの軍人が撮影した壊滅した市街地の写真が被害の象徴として使われている。
- 函館大火・洞爺丸沈没とともに「函館三大惨事」の一つに数えられていた。
- 大間原発は計画されなかった。
地元ではまことしやかに候補地だったとささやかれていますが。
- 目標地点はおそらく仙台駅の東側か?
- 陸軍関係施設が青葉山寄りだからもう少し西側かもしれない。
- 連続テレビ小説「天花」でも原爆関連のネタが登場していた。
- 東北内の国の機関が山形に移転していたか?
- 少なくとも1980年代に政令指定都市入りを果たせていない。
- 広島と、なぜ差が出るのか?
- むしろ復興事業で仙台一極集中が史実以上に進んでいた。
- 少なくとも1980年代に政令指定都市入りを果たせていない。
- 宮城県内の多くの温泉地に被爆者専用の療養施設ができていた。
- ガメラ2で消滅する都市は別の場所になっていた。
- 「杜の都を復活させよう」ということで復興の際にはありとあらゆる場所で大規模な植樹が行われた。
- 特に平和公園は明治神宮ばりのうっそうとした森と化していた。
- 地下鉄が掘られることはなく「被爆電車」の記憶から市電が残っていたか…?
- 福島や女川に原発は建設されなかったかも。
- むしろ革新系の強い宮城県を避け、東北地方の原発は福島県に集中していたかもしれない。
- 宮城県と福島県の関係は、現実の広島県と山口県の関係のようになっていた。
- その場合、3.11の被害は史実以上の規模になる。
- むしろ革新系の強い宮城県を避け、東北地方の原発は福島県に集中していたかもしれない。
- ≒「もし仙台市の工業化が成功していたら」、あり得てたかもしれない。
- 県庁が弘前市か八戸市に移転していた。
- 復興事業として史実より早く東北本線の線路が現在のルートに変更されていた。
- ねぶた祭りでも平和関連のイベントが行われていた。
- 郊外で被爆したリンゴの木の子孫が「平和のリンゴ」として県内外に植えられている。
- 六ヶ所村の再処理工場は建設されなかった。
- 金井元彦が原爆投下時に避難を禁止させていたら、史実以上に極悪人扱いされていた。
- アメリカ軍が東条英機の故郷を丸焦げにするという意味合いで投下されていた。
- 石割桜は被爆していた。
- 北上川が汚染されるので仙台平野の米も汚染され、宮城県にも原爆症患者が発生。
- 女川原発は建設されなかった。
- 盛岡オリンピックが実現していたかもしれない。
- 考えられるシナリオとしては「新潟市に原爆を投下するはずが、新潟が悪天候のため福島市に投下目標を変更」という感じか。
- 浜通りに原発は建設されなかった。
- 東京電力は、伊豆半島に原発を建設していた。
- 県庁が郡山市に移転していた。
- 信夫山が平和公園になっていた。
- 阿武隈川が汚染されるので仙台平野の米も汚染され、宮城県にも原爆症患者が発生。
- 女川原発は建設されなかった。
- 投下理由は日本人のよりどころである富士山を破壊して士気を低下させ、噴火を誘発して国力を落とすため。
- 実際にアメリカ軍は富士山を赤いペンキで塗りつぶして日本人の士気を落とす作戦が計画された。
- 幾らなんでも脈絡が無さすぎる。水爆ならまだしも広島型原爆に噴火を誘発できる程のエネルギーがあるとでも?
- 富士山の雪が融雪したとしてもそこまでの規模ではないとは思う。
- 富士山は世界遺産に登録できなかった。
- むしろ負の遺産として登録されていたかも。登録時期も史実より早まった。
- 実際に噴火した場合、日本は戦争どころではなくなっていた。
- 戦争終結は早まっただろうが、その後の占領統治に影響が出ていた。
- 駿府城址は壊滅。
- 戦災復興事業で天守閣が再建されていたかもしれない。
- 当然隣の清水市(現静岡市清水区)も被爆していたため、この作品の中にも原爆や平和を題材にしたエピソードが掲載・放映されていた。
- ヒロシの回想には確実に登場。
- 佐々木のじいさんが木を大切にする理由が「木が原爆の熱線から守ってくれたため」になっている。
- 友蔵爺さんやこたけ婆さんは被爆者手帳を所持している。
- りぼんの8月号やアニメの8月第1週目の放送回は毎年欠かさずこのエピソードが掲載・放送されていた。
- まる子達が平和公園や原爆資料館に遠足や社会見学で訪れていた。
- そもそもさくらももこがこの世に存在していなかった。
- 案外久能山に遮られてそこまで大きな被害が出なかった可能性もある。
- 富士山とキノコ雲が1枚に収まった写真が存在している。
- 復興事業のせいで登呂遺跡が破壊された恐れもある。
- 浜岡原発は建設されなかった。
- 焼津の第五福竜丸と原爆を絡めた作品があったかもしれない。
小倉と並び実際に原爆投下目標であったが地理的疎遠さから7月に外された。
- しかし広島や長崎に原爆が落とされた時、次は新潟に投下だと噂が流れ、一週間ほど原爆疎開で無人状態になった事がある。
- なら死者は0人に。
- 北朝鮮の核兵器に対して怒りが爆発。
- 長岡市は空襲されなかったかも。
- 山本五十六の故郷を丸焦げにする意図もあったのでその可能性は薄い。
- 万代橋に人影が焼き付いていた。
- 8/15に戦争をやめなかったらたぶん被爆。
- ここに最初に落とされていたら、広島か長崎(あるいは小倉)のどちらかは被爆していなかった可能性がある。
- 考えられるシナリオとしては、8/17に投下→8/20に玉音放送。
- その後新潟地震も起き、ついに新潟県は長岡市に県庁を移すことになる。
- 跡地は沖縄以上の広大な平和公園となり、市街地は三条・燕よりに展開する。
- 政令都市にならない。
- むしろ原爆で古い建物が破壊されていた場合、新潟地震による建物への被害は史実より少なかった可能性もある。それに内陸である長岡は大きな港を持つ新潟ほど交通の便は良くないし、引き続き新潟が県都であり続けるだろう。
- むしろ戦災復興や新潟地震からの復興で史実以上に発展していた。
- 2002年FIFAワールドカップの会場ができた場合は、日本戦が開催される。
- 会場から外れた可能性もある。
- 上越新幹線は一気に鶴岡まで開業していた。
- そもそも開通してない。
- 田中角栄が原爆禍からの復興を進めるために史実通り(下手したら史実以上の早さで)開通させていた可能性もある。
- 戦災復興次第では史実通りだったかも。
- そもそも開通してない。
- 戦後、反核運動もあって左派勢力が強くなるが、2000年代以降は北朝鮮への反発から保守(それもかなりの対北強硬派)の地盤になっていた。
- 柏崎刈羽原発は建設されなかったかも。
- 巻原発は計画されなかった。
- しんがたばくだん の名称が、核兵器の俗称として長く使われるようになる。地名のほうも、しんがた市と読まれてしまう。
- 新潟競馬場が被爆した場合、廃止になった可能性もある。その場合の中央競馬の代替地はどこになったか。横浜(根岸)競馬場?
- 新潟水俣病と新潟原爆を絡めた作品があったかもしれない。
- 戦後しばらく新潟米のイメージが悪くなっていた。
- 新潟交通電車線は戦災復興で古町や新潟駅への乗り入れを果たしていた。
- 学校町の旧新潟県庁が原爆ドームになっていた。
- 製薬業に大打撃を与えていた。
- 県庁が高岡市に移転していた。
- 富山地方鉄道に最近まで被爆列車が走っていた。
- 正力松太郎が原子力の平和利用や原発推進を唱えることはなかったかもしれない。
- イタイイタイ病と富山原爆の両方を扱った作品が制作されていた。
- 歴史的な町並みも破壊され、日本の観光に大打撃を与えていた。
- 「ウォーナー伝説」など誕生しない。
- 金箔製造業にも大打撃を与えていた。
- 兼六園も壊滅していた。
- 兼六園が平和公園となっていた。
- 北陸の中心が富山になっていた。
- 原爆投下で人口が富山を下回る。
- 知名度も金沢や富山より「イシカワ」が上回っていた。
- 「カナザワ」じゃないの?「ヒロシマ」や「ナガサキ」は県の事を指しているわけじゃないんだから。
- その通りで、カタカナの「カナザワ」で表記される。史実の「ヒロシマ」「ナガサキ」は都市名で、史実の「フクシマ」は施設名。
- 「カナザワ」じゃないの?「ヒロシマ」や「ナガサキ」は県の事を指しているわけじゃないんだから。
- 知名度も金沢や富山より「イシカワ」が上回っていた。
- むしろ復興事業により金沢一極集中が進んでいたかもしれない。
- 原爆投下で人口が富山を下回る。
- 石川の民放局が未だに3局のまま。
- 但し、富山や福井の民放局と相互乗り入れをしている。
- ラジオもあわせて北陸広域圏と呼んでいる。
- 中心部の旧町名が復興事業により史実より早く抹殺されていた。
- 当地出身の井上あずみが反戦歌を多く歌っている。
- 志賀原発は建設されなかった。
- 北陸鉄道金沢市内線は未だ健在で、被爆列車が走っていた。
- 名古屋城が壊滅していた。
- 石垣の損傷が酷くなり再建がさらに困難になっていた。
- むしろ天守閣よりも先に本丸御殿が再建されていたのでは。
- 復興天守竣工は史実では1959年だったが、(石垣の損傷具合にもよるが)1960年代中盤以降にずれ込んでいただろう。
- 石垣の損傷が酷くなり再建がさらに困難になっていた。
- 名古屋オリンピックが実現していたかもしれない。
- 清水義範が小説の題材にしている。
- 史実の100メートル道路が「平和大通り」と呼ばれている。
- 中部地方の国の機関が浜松に移転していた。
- 史実で「広島→岡山」や「長崎→佐世保」の大規模なシフトは起きていないのでそれはない。
- 原爆が投下されていないのに九州の中心を福岡に持っていかれた熊本の例があるからそうは言えない。
- 福岡が熊本を超えられたのは、アジアや本州との交通の便が福岡>熊本だったからだろう。浜松はどう見ても名古屋より交通の便が良いとは思えない(東西はともかく信州・北陸・紀伊半島方面へのアクセスはお察しレベル)。
- どのみち浜松が名古屋を超える(というか、名古屋が浜松未満に凋落する)ことは絶対にありえない。なぜなら陸路ももちろん、日本では大都市の発展には大規模な港湾が不可欠。浜松に名古屋港レベルの港を造るとなると今切口から浜名湖までを大規模に切り開いて浚渫しなければならないが、そのためには費用も時間もかなり掛かるし、それよりも名古屋港を復興させたほうが遥かに早くて安上がり。
- 福岡が熊本を超えられたのは、アジアや本州との交通の便が福岡>熊本だったからだろう。浜松はどう見ても名古屋より交通の便が良いとは思えない(東西はともかく信州・北陸・紀伊半島方面へのアクセスはお察しレベル)。
- 原爆が投下されていないのに九州の中心を福岡に持っていかれた熊本の例があるからそうは言えない。
- 史実で「広島→岡山」や「長崎→佐世保」の大規模なシフトは起きていないのでそれはない。
- 名古屋と浜松の人口が逆転していた。
- 浜松は史実よりも早く政令指定都市になっていた。
- 市電は未だに健在で、被爆電車が走っている。
- 地下鉄・道路交通の発達の程度にもよるが、広島に並ぶ路面電車王国となっていたかもしれない。
- 広島で地下鉄が建設されなかったのは三角州地帯でコストが高騰するため。名古屋なら名駅以東は地盤良いからそれはあり得ないし、史実通り地下鉄は整備されていた。
- 地下鉄・道路交通の発達の程度にもよるが、広島に並ぶ路面電車王国となっていたかもしれない。
- 愛知県内において史実のような管理教育はなかったかもしれない。
- 日教組の影響度が現実の広島県並になっていた。
- 1990年代に寺脇研氏が教育長に就任。
- 1990年代の少年犯罪はトップクラスとなり、学力は底辺に落ちぶれていた。
- 1990年代後半のセンター試験の得点は最下位クラスを記録。
- 2000年代以降、公教育の建て直しがされ、1990年代後半に最下位クラスだった学力が2000年代には上位10位に入るまでに回復。
- 1999年から2000年にかけて起きた緑区での5000万円恐喝事件のような凶悪少年犯罪が愛知県内のあちこちで起こっていた。
- 1990年代にゆとり世代を中心とした珍走団が社会問題となる。
- 1990年代の大須観音の夏祭りで珍走団が×××××
- 私学が強い県となっていた。
- 日教組の影響度が現実の広島県並になっていた。
- 原爆投下日とその前後には名古屋市内で平和団体が反核集会を開催する。
- もちろん、全国各地から右翼も名古屋市内に集結する。
- 黙祷中に平和団体が爆心地周辺で(以下略)。
- つボイノリオの歌に核保有国を痛烈に批判したものが存在していた。
- 山本正之の曲でアメリカが肯定的に扱われたものは存在しなかった。三遊亭円丈の新作落語にも原爆投下を題材にしたものがあったか。
- 名古屋より後に原爆を投下された都市が存在しない場合は「被爆地はこの「尾張」名古屋で終わりにしましょう」といったスローガンが掲げられていた。
- 「日本三大都市」の概念は存在せず東京、大阪、札幌、福岡の4都市が「日本四大都市」と呼ばれていた。
- いや史実の広島・長崎程度の速さで復興していれば史実通りだろう。(むしろ太平洋ベルト上にある名古屋ならそれ以上のスピードで復興していた可能性が高い)
- 流石に札幌レベルだろう。
- いや、終戦直後は史実より多少遅れを取る可能性はあるが、高度成長期には工業地帯として史実のように発展して人口が流入するだろうし、現代(2020年代)まで「札幌レベル」程度でとどまっているとはとても思えない。そもそも日本の中心からだいぶ離れた札幌(人口100万人到達は1970年)と、日本のほぼ中心部で東京と大阪という二大都市の中間にある名古屋(戦前から100万人都市、札幌がようやく人口100万人に到達する1年前には既に200万人を突破していた)ではだいぶ事情が異なる。
- 流石に札幌レベルだろう。
- 1956年に政令指定都市に移行できず、移行は1972年で札幌や福岡などと同期になっていた。よって一度1956年に区が廃止され、日本で唯一区が一度廃止された事がある政令指定都市になっていた。
- いや史実の広島・長崎程度の速さで復興していれば史実通りだろう。(むしろ太平洋ベルト上にある名古屋ならそれ以上のスピードで復興していた可能性が高い)
- 最も行きたくない街ランキングで1位に選ばれる事は無かった。
- 焼け焦げた金鯱の残骸が原爆資料館に展示されていた。
- あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」では原爆関連の作品が展示されていた。
- 猪飼たねさんやきんさんぎんさんも被爆者になっていた。
- 愛知県の社会党は左派が強くなり、民社党の勢力は弱くなっていた。愛知の労働界も自治労や日教組などの官公労が幅を利かせ、繊維産業や自動車産業などの旧同盟系労組の影は薄くなっていた。
- 世界的にも名古屋の知名度は高くなり、海外の人に説明する時に「トヨタのある豊田市の右隣」とわざわざ説明する必要もなかった。
- 名鉄のミュージックホーン(通称:ドケヨホーン)の歌詞の内容は第二次世界大戦にまつわるような歌詞になっていた。
- 例えば「へーいーわーねーがーうーえーいーえーんー」など
- 松代大本営があったので実際に検討されていたらしい。
- もちろん松代に大本営を移すことは断念。
- 日本人だけでなく動員されていた多くの朝鮮人が死んでいたため核に対する半島の見方が変わっていた。
- それでも北は核開発をしていると思う。
- 千曲川が汚染されるので越後平野の米も汚染され、新潟県にも原爆病患者が発生。
- 柏崎刈羽原発は建設されなかった。
- 巻原発は計画されなかった。
- 長野オリンピックは被爆地でのオリンピックということで現実以上に早く実現した。
- 東京より先だったかも。
- 県庁所在地が松本に移転していた。
- 1948年より前に分県騒動が発生していたかもしれない。
- むしろ戦災復興で長野市への一極集中が進んでいた。
- 投下日には市主催の平和記念式典とともに善光寺で原爆死没者の大規模な法要が行われる。
- 「オバマ勝手に応援連」はなかったかもしれない。
- いや、被爆地だからこそ応援し応援されたかもしれない。
- 広島ではなくここを訪問していたかもしれない。
- 朝ドラ「ちりとてちん」はストーリーが多少変わっていた。
- 嶺南地方に原発は建設されなかった。
- 関西電力は、京都府か兵庫県の日本海側に原発を建設していた。
- 浜名湖は「死の湖」と呼ばれた。
- 戦後のオートバイ産業や自動車産業などにも絶対影響が出ていた。
- 本田宗一郎や高柳健次郎が核兵器廃絶運動に深く関与していた。
- 史実のようなアメリカ軍の爆弾処分場代わりにされなかったのが絶対条件。
- 浜岡原発は建設されなかった。
- 浜松城や中田島砂丘は壊滅していた。
- 浜松城は戦災復興で再建されていた。
- 焼津の第五福竜丸と浜松原爆を絡めた作品があったかもしれない。
- 中立国の公使館だろうとアメリカの同盟である連合国国籍の外国人が隔離されてようとまとめて爆殺。戦後、アメリカは世界を敵に回すハメに。
- ありうるシナリオとしては「新潟に向かった原爆搭載機が越後山脈越えで墜落しかけて原爆を捨てたらそこが軽井沢だった」という感じか。
- 伊勢神宮が倒壊していた。
- 日本人の心のよりどころだから鬼畜米帝なら考えそうだな…。
- アメリカ軍が日本人の精神を破壊するために日本中の文化財を壊滅させる事を計画していたら有り得た。
- こうなっていればアメリカは文化財保護からは排除され、世界遺産条約を批准しなかった。
- 京都にも原爆が投下されていた。
- あるいは「戦争の原因のひとつである「国家神道」という「カルト宗教」の総本山を叩くことで禍根を完全に断ち切る」という大義名分を掲げていた。
- アメリカ軍が日本人の精神を破壊するために日本中の文化財を壊滅させる事を計画していたら有り得た。
- (京都に原爆が投下されていなければ)伊勢が壊滅した事で神道の中心は江戸時代同様吉田神社の斎場所大元宮に戻る。
- 史実とは異なり戦後の神道指令以降は江戸時代の様に吉田神道が再び主流となる。
- 伯家神道の後継を自認する禊教もこれに対抗する形でもう少し教勢を拡大させていた。
- 史実とは異なり戦後の神道指令以降は江戸時代の様に吉田神道が再び主流となる。
- 神宮奉斎会は史実と異なり伊勢神宮の再建を掲げて再び教派神道「神宮教」となっていた。
- 内部・八王子線は地下化された。
- 芦浜原発は計画されなかった。
- 山梨交通電車線は史実より早く廃止された。
- 富士川が汚染されるので駿河湾のサクラエビも汚染され、静岡県にも原爆症患者が発生。
- 浜岡原発は建設されなかった。
- 名鉄岐阜市内線は廃止されなかった。
- 長良川が汚染されるので濃尾平野の水道水が汚染されるため、愛知県や三重県にも原爆症患者が発生。
- 芦浜原発は計画されなかった。
- 戎橋に人影が焼き付いていた。
- アメリカ村は存在しなかった。
- 大阪城天守閣、適塾なども倒壊。
- 大阪城公園が平和公園。
- 中之島の中央公会堂や中之島図書館も破壊されていた。
- このどちらかが「原爆ドーム」みたいになっている。
- 御堂筋沿いや船場界隈に現存する戦前製のビルの数は現実より少ない。
- 爆心地は一体どこになったのだろうか?
- やっぱり大阪・梅田あたりか。「大きな川に線路がかかっているからそれに沿って飛び町に入ったら落とせ!とか?」
- 「芋たこなんきん」などの連続テレビ小説の筋が大きく変わっていた。
- 「ごちそうさん」の筋も変わっていた。
- 大阪万博のテーマが平和関連のものになっていた。
- 大阪オリンピックが実現していたかもしれない。
- 「橋下徹知事」は誕生しなかったかもしれない。
- 核武装論を唱えていたので。
- 大阪にあった国の機関は京都と奈良に移転していた。
- 都市の位置づけからしてさすがに大阪は捨てなかったのでは。
- 関西圏の重要度は半減していた。
- 恐らく札幌・東京・福岡圏に北陸を加えた4大都市圏になっていた。
- 北陸じゃなくて名古屋圏だろう。
- 史実でも戦前から大阪は東京に次ぐ第二の都市圏だったからそれはない。史実通り二番手であるだろう。
- 北陸じゃなくて名古屋圏だろう。
- 東京一極集中が現実より速く進んでいる。
- 恐らく札幌・東京・福岡圏に北陸を加えた4大都市圏になっていた。
- 戦災復興計画で大阪駅に新幹線を建設するスペースが生み出され、新幹線は大阪駅に乗り入れていたかもしれない。
- 場所にもよるが地下鉄のトンネルが倒壊していた可能性あり。
- 吉本興業が「笑いは平和をつくる」といったようなスローガンを掲げていた。
- 大阪原爆関連の特番にお笑い芸人が登場することも珍しくない。
- いくつかの大阪特有の料理が幻になっていた恐れもある。
- 熊取町に京大の実験用原子炉は建設されなかった。
- 近畿大学にも原子炉は建設されなかった。
- 旧居留地や北野町山本通は倒壊していた。
- 神戸モスクあたりの廃墟が保存されていた。
- 『アドルフに告ぐ』『少年H』『火垂るの墓』でも描かれた。
- 特に後者2つはストーリーが全く別物になっていた可能性がある。
- 「火垂るの墓」と「はだしのゲン」との違いが分からなくなっていた。
- 県庁が姫路に移転していた。
- むしろ復興事業で神戸市への一極集中が進んでいた。
- 阪神・淡路大震災の犠牲者は史実よりも増えていた。
- むしろ復興事業で神戸市への一極集中が進んでいた。
- いわゆる「非核神戸方式」の知名度はもっと高かった。
- 阪神淡路大震災の際には多くのメディアが「神戸の街はまるで半世紀前の原爆投下直後に戻ってしまったようだ」などと表現していた。
- 原爆で甚大な被害を被っていた地点は、その当時の建物が多数破壊されていたorダメージを受けていたことが予想されるため、後の阪神・淡路大震災による被害もあって(2021年時点で)戦前の建物はほとんど残っていない可能性もある。
- 甲子園が倒壊していた。
- そのため大阪タイガースは寝屋川球場に移転していた。
- 春夏の高校野球も。
- 大阪府内への移転なら阪神タイガースに改称することはなかったか。
- なんだかんだで甲子園は原爆投下から数年で再建されるだろうし、その後は史実とあまり変わらない。
- 阪神の四条畷方面への延長が実現していた可能性もある。
- その場合終点は寝屋川球場前になっていた。
- 阪神は戦後京阪と合併していたかも。
- 球場が戦災遺構として保存されていた。
- そのため大阪タイガースは寝屋川球場に移転していた。
- あの有名球団はこの球団的ポジションになっていた。
- それでもネット上での民度は相変わらずか……?
- 間違っても×××××なんて蔑称はできないはず。
- 平和公園は場所次第ではこの作品に待ち合わせ場所として登場していた。
- 映画撮影に使用していたのは確実。
- そもそも、谷川氏(の親世代)自体どうなっていたか…。
- 「火垂るの墓」の内容が変わっていた。
- 戦後しばらく「灘五郷」の酒のイメージが悪くなっていた。
- 東大寺や興福寺、薬師寺など奈良の文化財が壊滅状態になっていた。
- 平城遷都1300年がそんなに盛り上がらない。
- せんとくんは誕生しなかったかもしれない。
- いや、平城遷都1300年、原爆投下65年だから平和祈念祭となりもっと盛り上がったかも。
- 大仏が戦災遺構として保存されていた。
- ただし考古学関連で見れば復旧工事の際に重要な発見が数多くなされた可能性が高い。
- 奈良市の観光地としての地位が低下していたため、近畿地方の県庁所在地としては大津市や和歌山市のような地味な存在になっていた。
- どちらにしろ京都の文化財と奈良の平和学習がセットになるので修学旅行の定番地になっていたのは変わらずか。
- 近鉄は奈良線より大阪線に力を入れていた。
- 阪神との相互直通運転も奈良線ではなく大阪線と行っていた。阪神三宮~近鉄宇治山田間に直通快速急行が運行されていた可能性もある。
- 奈良線沿線(奈良県内)の住宅地としての再開発が進むのと、大阪線の榛原以西は過疎地帯になることもあって史実とそう変わらない可能性もある。
- 阪神との相互直通運転も奈良線ではなく大阪線と行っていた。阪神三宮~近鉄宇治山田間に直通快速急行が運行されていた可能性もある。
- 琵琶湖は「死の湖」と呼ばれた。
- 水源地が汚染されてしまったため、関西は衰退した。
- 沖島は無人島になっていた。
- 水の流れを考慮すると大津より北側への影響はそこまで大きくならない気がする。
- 大津市の存在感が現在よりはあった。
- 投下直後から京都帝国大学の調査団が現地入りしていた。
- 翔んで埼玉の2作目の琵琶湖より愛をこめてのストーリーが変わっていた。
- 爆心地は和歌山城あたり。
- あるいは日本軍の砲台があった友ヶ島。
- この場合、淡路島も被曝していた。
- あるいは日本軍の砲台があった友ヶ島。
- 和歌山城が被爆し、「平和公園」となっている。
- 和歌山市は現実ほど地味な県庁所在地にはならなかった。
- 平和都市として、京都・奈良とセットで修学旅行で訪れる学校も多くなっている。
- JRの奈良・桜井・和歌山線の電化や複線化も現実より早かった。
- 南海や阪和線のダイヤが現実ほど不便になることはなかった。阪和線の「新快速」が廃止されることはなく民営化後も運行されている。
- 南海和歌山軌道線が残っていたかも。
- 平和都市として、京都・奈良とセットで修学旅行で訪れる学校も多くなっている。
- 南海の「サザン」は「へいわ」とかいう愛称になっていた。
- 国鉄の「へいわ」が長続きしなかったことを考えると、史実と同様「サザン」になっていた可能性が高い。
- 日高原発は計画されなかった。
- 日本軍の士気、日本人の民族意識を根こそぎ破壊するため、神武天皇即位の地に…鬼畜米帝なら考えそうだな。
- 落とされていれば、「原爆投下は神武天皇の祟り」とか言われそう。
- 神話と無理やり結びつけるなら神武天皇に追われた長髄彦の方が適任かと。
- 落とされていれば、「原爆投下は神武天皇の祟り」とか言われそう。
- 御嶽教本部の橿原への移転はなかった。
- 東京の本部を再建していたか、木曽福島の本部へ一本化していた。
- 前者の場合、本部の奈良県移転反対派である御嶽山大教が分派することもなかった。
- 東京の本部を再建していたか、木曽福島の本部へ一本化していた。
- 姫路城が被爆し、平和公園となっている。
- 飾磨の工業地帯も破壊するため爆心地はもっと南寄り(手柄山の東側あたり?)になっていたと思う。
- 姫路セントラルパークはどうなっていたのだろうか。
- 岡山城や後楽園が壊滅していた。
- 岡山城は戦災復興で再建されていた。
- 岡山といえば桃太郎ではなく原爆というイメージになっていた。
- 岡山市ではなく、倉敷市が政令指定都市になっていた。
- 恐らく県庁所在地も倉敷に移転していた。
- 但し、爆心地が倉敷寄りの場合は倉敷も同時に被爆したので、倉敷も政令指定都市にならなかった。
- 中心部の距離が10km以上あるので同時に被爆というのは考えにくい。
- 史実でも広島が県庁所在地の地位を保ち続けたことを考えるとそれはない。岡山は倉敷・伯備線沿線方面に加えて、四国方面の玄関口という側面もあるし、倉敷より交通の便は良い。
- むしろ戦災復興で岡山市への一極集中が進んでいた。
- 恐らく県庁所在地も倉敷に移転していた。
- 柳川電停あたりが爆心なら中心市街地がほぼ吹き飛んでいた。
- 鳥取砂丘は「死の砂丘」と呼ばれた。
- 「負の遺産」として世界遺産に選ばれていた。
- 県庁が米子市に移転していた。
- 水木しげるの漫画に描かれていた。
- おいおい、水木しげるは境港出身。鳥取は県の東の端で境港は西の端。
- 水木しげるは鳥取市が拠点の陸軍歩兵第53連隊に在籍していたので鳥取市と無縁のわけではない。
- また、自伝的な戦記漫画で「最後に見る故郷鳥取の空は青かった」と書いていることから「鳥取県出身」という意識も持っていたとみられる。
- さらに、「鳥取県出身で戦争の悲惨さを描いてきた」ということを踏まえると出版社などが鳥取原爆ものを依頼しない方が不自然では。
- あるいは救援活動で鳥取に派遣されてという事になっていて、自身も入市被爆者になっていたかもしれない。
- 水木しげるは鳥取市が拠点の陸軍歩兵第53連隊に在籍していたので鳥取市と無縁のわけではない。
- おいおい、水木しげるは境港出身。鳥取は県の東の端で境港は西の端。
- 松山城や道後温泉本館等は倒壊していた。
- 松山城は戦災復興事業で再建していた。
- そのため現在は市内に高層ビルが建っているだろう。
- 当然坊ちゃん列車(先代)も被爆したため坊ちゃん列車という名称は存在せず「被爆列車」と呼ばれていた。
- 爆心地は最も目立つ城山頂上あたり。
- というわけで城山に平和祈念公園みたいなものができる。
- 県庁が新居浜か今治、若しくは宇和島に移転していた。
- 広島市や長崎市の事例からして、それはない。
- むしろ復興事業で松山一極集中が進んでいた。
- 被爆者が石手川や重信川に飛び込むも、扇状地河川故水がなく各地のため池に飛び込む。これらの池は、死の池と呼ばれた。
- 伊方原発は建設されなかった。
- 出雲大社や旧大社駅舎は倒壊していた。
- 再建された出雲大社本殿は元のものより小さくなっていた。
- 史実で出雲大社庁の舎を設計した菊竹清訓が全面的に設計したため、むやみに近未来的な建物になってしまった。
- 再建された出雲大社本殿は元のものより小さくなっていた。
- 一畑電車に最近まで「被爆電車」が走っていた。
- 秘密結社鷹の爪でも平和を題材としたエピソードが描かれていた。
- 主に鷹の爪団が平和公園を訪れる話。
- 島根原発は建設されなかった。
- 呉市電は廃止されなかったかも。
- なんか広島と間違えて落っことしていたかも…
- 違う。海軍工廠(ヤマトミュージアム付近)を狙って…
- その為日本海軍はほぼ全滅しその為日本陸軍が暴走していた。
- 考えたくもない。(by1945年当時呉の海軍工廠で働いていた人の孫)
- 終戦直後の呉港には艦船の残骸が大量にあった。
- そのうちのどれか一隻が「呉原爆」の象徴として保存されている。
- 史実で復員船として使用された艦の中に原爆で破壊されたものが存在した。
- (史実通り原爆が広島にも投下されていた場合、)広島県に2個も原爆が投下されたことで、広島県が再編に巻き込まれていたかも。
- 「呉市が21世紀になっても戦前の最盛期の人口を越えられないのは原爆被害のせい」という話がまことしやかに語られる。
- 「この世界の片隅に」のストーリーがさらに壮絶なものになっていた。
- こうの史代の画風が適さない内容になっていたかもしれない。
- 「ヒロシマ」と勘違いされていた。
- 復興により鉄道の電化化が国鉄時代に実現されていた。
- 県庁が坂出市か丸亀市に移転していた。
- むしろ高松一極集中を助長するきっかけになるような開発事業が行われていた。
- 高松琴平電気鉄道に最近まで「被爆電車」が走っていた。
- 『二十四の瞳』でも何らかの形で描かれていた。
- 宇高連絡船も被爆していた。
- 実際に候補地となっていたらしい。
- 投下された位置によっては門司や小倉も被害を受けていた。
- 関釜・関門連絡船にも被害が出ていた。
- 赤間神宮の被害が史実以上になっていた。
- 大洋ホエールズは結成されなかった。
- 松竹ロビンスが現在まで残っており、現在のチーム名は「京都DeNAロビンス」。
- もしその場合は横浜のプロ野球チームは新規結成か、大洋以外の他球団が横浜に移転してきたかの形で生まれていた。
- 戦災復興計画で下関駅に新幹線を乗り入れるスペースが確保され、山陽新幹線は下関駅に乗り入れていた。
- 上関原発は計画されなかった。
- 安倍晋三の政治姿勢はハト派寄りになっていた。
- 清和会ではなく宏池会に所属していた。
- 核保有は主張せず、原発再稼働にも消極的だった。
- 下関同様当初候補地になっていた。
- 「西の京」という別名はほとんど使われていない。
- 原爆により文化財がほとんど壊滅したから。
- 小郡町などの分離はなかった。
- サビエル記念聖堂が「サビエル記念平和聖堂」という名前になっていた。
- 復興時に山陽本線を中心部に寄せる計画が出るが諸事情により頓挫する。
- ここぞとばかりに市中心部を捨て、小郡に都市機能を移転させていた。
- 上関原発は計画されなかった。
- 反日よりも反米が盛ん。
- 下手したら反米→親ソ連で、半島全土が朝鮮民主主義人民共和国になっていた。
- 韓国が反核運動の先頭に立つことで、北朝鮮との関係が現実以上に硬化する。
- そもそも北朝鮮も核開発を行なっていない。
- 北が「南朝鮮の傀儡政府はソウル原爆の悲劇も忘れアメリカ帝国主義者に原爆を置かせている」などとよく非難していた。
- そもそも北朝鮮も核開発を行なっていない。
- 南大門は壊滅していた。
- 反日映画『ムクゲの花が咲きました』は存在しなかった。
- その代わり「日本が核武装し韓国人全滅を企む」などという内容の作品が制作されていた。
- 嫌韓ブーム全盛期の際に「もう一度ソウルに原爆を落とすべきだ」と言った発言が行われ国際問題になっていた。
- 市庁か京城駅の残骸が今も保存されている。
- もしかすると「ソウル」じゃなくて「京城」のままかも。
- 読みは流石に「キョンソン」になっている。
- 親日国家じゃ無くなってたかも。
- なんで?
- 日本のせいで被曝したってことで。史実でも空襲を受けてるけど。
- なんで?
- 実史とは別に米軍が沖縄やフィリピンで無く台湾に侵攻していたら可能性はあったかも
- どっちみち親日反米化していた。
- 日本統治時代に建てられた建物は被害を受ける。
- 現実の総統府は台湾版原爆ドームに。
- 樺太は日本領のまま。
- 豊原市は全滅していた。
- ソ連対日参戦はなかった。
- 生き残った豊原市民のうち冬に凍死する人が続出した。
- 樺太庁博物館は建て替えられていた。