もしあのJクラブの本拠地が○○だったら
ヴェルディの本拠地が川崎のままだったら[編集 | ソースを編集]
当初ヴェルディは三菱自動車(現:浦和レッドダイヤモンズ)と共に東京を希望していましたが結局川崎市を本拠地にします。しかし後に川崎市を軽視するような数々の行動(93年に味の素スタジアムへの移転を発表、国立競技場での積極的な試合など)で川崎市民の心は離れていきました。
仮にヴェルディが川崎市を重視し、東京に移転しなかったら。
- 少なくともクラブ経営の悪化、成績の低迷、主力選手の放出などは無かった。
- J開幕当時みたくベテランの海外のスター選手(ベッカム、ジダン等)が所属している
- 2006年にJ2に転落することも無かった。
- それでもレッズなどの台頭で存在感を失っていったことは間違いない。
- 2005年はレッズ、ガンバ、ジェフ、セレッソ、鹿島と共に死闘を演じていたかも
- フロンターレはJFLのうちにどこかに移転していた。
- ヴェルディVSFC東京が「多摩川クラシコ」と呼ばれていた。
- 立川市、多摩市などもFC東京の支援に回っていた。
- 稲城市だけはさすがにヴェルディ支援。
- フロンターレの前身、旧JFLの富士通サッカー部の練習場は稲城市大丸の稲城市スポーツ広場(旧富士通南多摩総合グラウンド)だったぞ。
- 稲城市だけはさすがにヴェルディ支援。
ヴェルディ・レッズの本拠地が国立競技場だったら[編集 | ソースを編集]
Jリーグ発足当初、読売クラブと三菱自動車は本拠地に東京を希望していましたが国立霞ヶ丘陸上競技場を本拠地にする事を認められなかったためそれぞれ川崎と浦和に本拠地を求めました。
仮に国立競技場を本拠地にする事が認められていたら?
両方とも認められていたら[編集 | ソースを編集]
- 東京ヴェルディ・東京レッズの「東京ダービー」がJリーグの看板カードになった。
- ヴェルディの天下がもう少し長く続いていた。
- マリノスや鹿島・千葉など関東地区のクラブはサポを動員して「国立乗っ取り作戦」を敢行した。
- レッズは人気が出なかった。
- 東京ガスはホンダのように「JFLの門番」になっていたかも。
- 浦和市はJFLのどこかのチームを誘致した。
- 東京スタジアム(味の素スタジアム)は建設されていない。
- 仮に建設された場合、FC東京のみが本拠地としていた。
- 国立の日程の関係で完成と同時にヴェルディ、レッズ、両チームとも移転の可能性も
- 2016年の五輪誘致を機に移転の検討を開始(この時はメインスタジアムは新設する計画だった)するが誘致失敗で一旦立ち消えに。その後2020年の誘致で再開され、開催が決定したので2014年から移転していた。
ヴェルディのみ[編集 | ソースを編集]
- 東京を本拠地に出来なかったレッズは浦和へ・・・結局史実とあんまり代わらない
- ただヴェルディは念願の東京を本拠地に出来たため読売系のメディアでも当初から「東京ヴェルディ」を名乗っていたかも知れない
- 史実でもヴェルディは川崎を本拠地にした時、「川崎」が無理なら「東京」を名乗らせてくれと言った位だし
- 最低でも「東京読売ヴェルディ」と最低限、東京をつけていた
- ただヴェルディは念願の東京を本拠地に出来たため読売系のメディアでも当初から「東京ヴェルディ」を名乗っていたかも知れない
- 当初からヴェルディが東京を本拠地とするためFC東京は史実ほど人気が無い
- 後に国立の日程確保の問題から味の素スタジアムへ移転
- 当初から東京を本拠地にしているためヴェルディの経営が磐石になり読売系スポンサーの撤退も無かった
- 最低でもスポーツ報知で全く扱われ無くなる事はなかっただろう
- もしかするとJ2降格も無かったかも知れない
- 降格した場合後年のガンバ並みに騒がれる。
- 少なくとも川崎市長がスピーチで言及することはない。
- 川崎市はJFL時代から史実以上にフロンターレに肩入れしている。
- 1997年に勝ち点1差でJリーグ昇格を逃した際は多くの市民が落胆していた。
- 「博多の森の悲劇」の知名度が上がっていた。
- その代わり等々力陸上競技場の改修は大幅に遅れ、2000年のJ1昇格前後でやっと1万5000人収容になった。
- 上位に躍進した2000年代後半に2階席を追加。3階席設置の時期は現実通りだっただろう。
レッズのみ[編集 | ソースを編集]
- 東京を本拠地に出来なかったヴェルディは不満タラタラ
- このためヴェルディは史実以上に全国区路線、東京志向を歩むことに・・・
- ヴェルディ側は川渕の報復と主張する
- 場合によってはヴェルディはもっと早い時期に東京に移転していた
- その後、味の素スタジアム完成後は両チームとも本拠地を味スタに移転していた
- J2在籍時には西が丘でもホームゲームを開催した。
- 初期のレッズが史実通りの成績なら「首都のクラブが最下位とはいかがなものか」と苦言を呈されていた。
横浜フリューゲルスが九州を本拠地にしていたら[編集 | ソースを編集]
横浜フリューゲルスは当初横浜市と九州をダブルホームタウンにする予定でした。しかし認められず横浜市を本拠地とし長崎県、熊本県、鹿児島県を準本拠地としますがアビスパ福岡がJに昇格したので九州からは撤退し横浜市一本に絞る事にしました。
その後の結果はご存知の通りですが、もしフリューゲルスが横浜でなく長崎、熊本、鹿児島いずれかを本拠地に選んでいたら。
- 少なくともクラブ経営が悪化してマリノスとの合併は無かった
- 佐藤工業が撤退しても、地元企業数十社の支援で乗り切った。
- 或いは1社くらいは売却相手が見つかった。
- 大分でなくフリューゲルスが本拠地を置いた都市にワールドカップのスタジアムが建設されただろう。
- 九州新幹線が開通したので実史の大分よりは交通面で便利に
- 空港からのアクセスを重視する。
- サガン鳥栖が実史以上に地味な存在になってた
鹿児島[編集 | ソースを編集]
- 横浜フリューゲルスで無く鹿児島フェニックスと言うチーム名になってる。
- マスコットの「とび丸」は不死鳥をイメージしたキャラクターになってる。
- チームのカラーリングは赤、間違っても水色にはならなかった
- マスコットの「とび丸」は不死鳥をイメージしたキャラクターになってる。
- フリューゲルスユースは鹿児島実業高校と選手を奪い合う。
- 遠藤保仁の入団は史実通りか?
- ヴォルカ鹿児島がチームプロ化という一時期な道を通ってまでJ参入を目指すことは無かった。
熊本[編集 | ソースを編集]
- アルエット熊本(現・ロアッソ熊本)がJ2入りを目指すことはなかったかも
- アルエットの前に、ブレイズ熊本(旧・東亜建設工業サッカー部)がJ入りを目指すこともなかった。
- サンフレッチェ広島のユニフォーム忘れ事件はなかった。
- アビスパ福岡と九州の人気を争う。全日空が経営から撤退する際,オムロン辺りに運営会社の株を譲渡する。
- 「九州の中心」奪還を目指し,2002年サッカーW杯の試合が行われた。3年前の国体と合わせて「熊本躍進」を唄う。
- ホームスタジアムは熊本県民総合運動公園陸上競技場。
- その最寄駅の光の森駅は、1999年までに開業している。
長崎[編集 | ソースを編集]
- フリューゲルスユースは国見高校と選手を奪い合う。
- それどころか小嶺忠敏氏にS級ライセンスを取得させ、フリューゲルスの監督として招聘していたかも。
- 後に高木琢也が就任、ってあれ?
- それどころか小嶺忠敏氏にS級ライセンスを取得させ、フリューゲルスの監督として招聘していたかも。
- 有明SCが「V・ファーレン長崎」に改名することもなかった。
- そうなると小嶺氏がクラブの社長に就くことも勿論無かった。
- フリューゲルス本体が「V・ファーレン長崎」に改名した可能性も?
- ANA撤退→その後史実のV・ファーレン同様にジャパネットたかたがメインスポンサーになっていたかも。
ヴィッセル以外のチームが神戸を本拠地にしていたら[編集 | ソースを編集]
神戸市はJリーグ発足にあたって全日空・三菱自動車・ヤンマーの3チームが本拠地にすることを考えていましたが実現せず、川崎製鉄が倉敷市から移転してヴィッセル神戸となりました。
もし、この3チームのいずれかが実際に神戸市を本拠地にしていたら?
全日空(フリューゲルス)[編集 | ソースを編集]
- 少なくともチーム開催、及び吸収合併という最悪な状況に追い込まれることは無かった。
- ジェフは横浜市を本拠地にしていた可能性がある
- 神戸空港の開港が早まったかもしれない。
- 現実より多くの全日空便が発着している。
三菱自動車(レッズ)[編集 | ソースを編集]
- 浦和市はホンダFCが加盟して浦和ウィングスに
- ホンダがJリーグに加盟しないから浦和は三菱を呼んだのでJリーグチームの招致そのものに失敗していた。
- それかNTT関東が浦和をホームにして史実より早くJ入りが実現していたかも。
- ホンダがJリーグに加盟しないから浦和は三菱を呼んだのでJリーグチームの招致そのものに失敗していた。
- キチンとタイトルを獲得できたのやら・・・
- 熱狂的な人気は出なかった。
- プロ野球のオリックスと同じ運命を辿っている可能性はありそうだな。
- 親会社の経営悪化で楽天が新スポンサーになる。
- ユニフォームが変わっても反発は少なかった。
- INAC神戸レオネッサは誕生しない。
ヤンマー(セレッソ)[編集 | ソースを編集]
- 少なくともセレッソは地元のファンをガンバに食われる事は無かった
- チーム名は「セレッソ」じゃなかった可能性がある
- セレッソ(桜)は大阪市の花だしそうだろうね
- 親会社が船舶製造を行っていることを考えるとやはり「ヴィッセル」の可能性も・・・
- それでも成績は実史と変わらず・・・
- 「長居の悲劇」ではなく「ユニバーの悲劇」「ウイングの悲劇」が起こる。
- 長居スタジアムは改修後、ガンバ大阪の新本拠地になっていた
- それを機にホームタウンも大阪府全域に拡大。
- 日本ハムではなく伊藤ハムがスポンサーとなっていた
- 川崎製鉄水島サッカー部( ヴィッセル神戸の前身クラブ)は岡山を本拠地としてJリーグに参戦
- ダイエーからもスポンサードを受けていた。
- しかし史実のヴィッセルと同様阪神淡路大震災の発生で撤退することに・・・
- 地元出身の香川真司の入団は史実通り。
- 楽天は別のクラブのスポンサーになっていた可能性も。
ヴィッセルは[編集 | ソースを編集]
- 倉敷市と岡山市をダブルホームタウンとして、桃太郎スタジアムを本拠地にJに加盟していた
- 「ヴィッセル岡山」。
- むしろここが「ファジアーノ岡山」になっていたりして。
- 「ヴィッセル岡山」。
- 永島昭浩の加入は無い。
東芝でなく富士通が札幌に移転していたら[編集 | ソースを編集]
札幌ではJリーグを目指して誘致活動を行い、東芝と富士通に呼びかけました。結果、東芝が札幌へ移転しコンサドーレ札幌となりました。もし東芝でなく富士通が札幌に移転していたらどうなっていたのか?
- ユニフォームは赤黒でなくサックスブルー。
- 北海道をイメージして白の縦じまが入る。
- 東芝は「川崎ブレイブ○○」を名乗っていた。
- 史実でバスケが名乗っている「ブレイブサンダース」になっていたかも。
- 「赤黒の勇者」が川崎のものになっていた。
- チーム名はコンサドーレでなくアイヌ語由来かも。
- バスケより先に「レラカムイ(風+神)」を名乗っていたかも
- 関塚隆は札幌と川崎、どっちの監督になったんだろう?
- 室蘭の悲劇がもっと有名になる。
- (史実とは逆に)札幌がJ1に定着し優勝までとは行かなくても上位争いをするチームに成長し、川崎はJ1昇格とJ2降格を繰り返すエレベータークラブになっていた可能性も?
ジェフの本拠地が千葉以外の場所になっていたら[編集 | ソースを編集]
ジェフユナイテッド市原・千葉の本拠地には最終的に市原市に決まりましたが、ほかにいくつか候補がありました。もしあの地域が本拠地になっていたら?
栃木県[編集 | ソースを編集]
オファーがあったが、県知事が断った。
- 「ジェフユナイテッド栃木」となってた場合、栃木県は地味な県の汚名を返上していた
- でも「ジェフユナイテッド宇都宮」になってたら栃木県の知名度は変わらない
- この場合実史に輪をかけて「宇都宮県」だと思われていた
- ジェフのマスコットのモチーフは秋田犬でなくキツネ
- マスコットが秋田犬なのは千葉県とは関係ないので栃木になっても秋田犬のままかも。
- グリーンスタジアムがジェフの本拠地になる
- ナビスコ杯獲得とともに宇都宮駅近くか福田屋インターパーク店周辺に新スタジアムを建設
- 福田屋にはジェフの応援旗と共に「オシムジャパン頑張れ」の文字が
- ただしナビスコ杯獲得前は栃木県内でジェフサポよりもアントラーズサポの方が多かった事は禁句
- ちなみに小山市を中心とする栃木県南部でレッズファンが多い事も禁句
- 日光アイスバックスは神戸へ完全移転していた
- むしろジェフと同じ古河電工が母体のチーム、ということで連携を深めていたかも。
- 1999年に開局した「とちぎテレビ」でジェフの試合や関連番組を放送していた。
- 栃木サッカークラブはJリーグを目指すのがやや遅くなっていた。
- むしろ目指していないだろうね。
- 足尾銅山鉱毒事件は禁句になる。
- 宇都宮駅に停車する新幹線の本数が現実より多かった。
横浜市[編集 | ソースを編集]
古河電工時代の本拠地だが日産(マリノス)と全日空(フリューゲルス)が先に交渉していた。
- 日産と古河に先を越された全日空は神戸を本拠地にしていた
- 日産の本業がやばくなった関係(マリとフリエ合併の原因)でジェフとマリノスが合併していた可能性も・・・
- しかし名称は「ジェフユナイテッドM横浜」になる
- 「横浜ユナイテッドマリノス」なんてどうよ?
- JR-East+Furukawaでジェフなので、さらにNissanが加わり「ジェフンユナイテッド横浜」となる
- しかし名称は「ジェフユナイテッドM横浜」になる
- レイソルは千葉を本拠地にしていた
古河市[編集 | ソースを編集]
- Jリーグ規約に反する事なく、堂々と古河を名乗れた。
- 会社は「ふるかわ」、市は「こが」なので変わらず。
- 「じぇふゆないてっどふるかわ」と誤読する人がいただけだろ。
- 会社は「ふるかわ」、市は「こが」なので変わらず。
- 茨城県の高校サッカーは今でも古河一高が盟主だった、
仙台市[編集 | ソースを編集]
Jリーグ開幕時、JR東日本の根城であったため当初はここに移転することが有力視されていたが、当時の市長がスタジアム建設の費用の問題から拒否。
- おそらくベガルタ仙台の誕生はなかった。
- ソニー仙台と一緒に門番化するか、合併してJ2目指すことになっていたかも。ホームは七ヶ浜
- ジェフ本体が「ベガルタ仙台」を名乗ったかも。
- 仙台スタジアムの完成が早まっていた。ただし手本とするスタジアムはカシマではなく三ツ沢。屋根とオーロラビジョンは何年か経ってから設置
- ナビスコでたまに宮城陸上競技場(現在の仙台市陸上競技場)を使用する。
- 仙台市交通局がSuicaを導入している。
- あるいはicscaの導入が現実より10年程早かった。
- 東電マリーゼはジェフレディースに吸収された。
習志野市[編集 | ソースを編集]
Jリーグ発足時、習志野市の秋津サッカー場を本拠にする予定だったが地域住民による反対運動で頓挫。
- 周辺人口が多く交通の便も市原より上なのでサポーター獲得は現実以上になる。
- レイソルと本拠地が近くなるのでより対抗意識が強まった。
- 千葉移転の話は地域住民から提示され、移転反対のサポーターとチームが結束する。
- ホームゲーム開催日に京葉線の快速が新習志野に停まる。
- 武蔵野線の南船橋・海浜幕張行きも新習志野まで臨時延長。
- 新秋津駅をスタジアムの最寄りと間違えて降りてしまう客がいる。
- 武蔵野線の南船橋・海浜幕張行きも新習志野まで臨時延長。
千葉市[編集 | ソースを編集]
ここではJリーグ開幕当初から千葉市をホームタウンにしていたら?ということで仮定。
- 天台の千葉県スポーツセンター陸上競技場をホームスタジアムにしていた。
- 成績はともかく、少なくとも史実の市原よりも交通のアクセスも便利なことで観客やサポーターも多く集客に悩まされることもなかったはず。
- 蘇我球技場(フクダ電子アリーナ)建設→ホーム移転、は史実通り。
高崎市[編集 | ソースを編集]
- ザスパより人気があった。
アルディージャの本拠地が川越になっていたら[編集 | ソースを編集]
大宮アルディージャのJ加盟時に大宮以外にも川越も候補に上がっていました。
- 現実よりは人気がある球団だった
- 埼玉では荒川を境にレッズと人気を二分。
- 旧大宮市はアルディージャが誕生する以前にも真っ赤に染まってた
- 大宮駅は浦和との合併前でも文字通りレッズグッズ一色に染まってた
- 合併が決まり出した頃から大宮駅には「大宮はレッズを応援します」の弾幕が下がっていた。
- 与野も合併前にレッズを応援するようになった
- 愛称は「アルディージャ」ではなかった。
- リスは大宮のシンボルなので。
- 城下町ということもあって「川越武蔵SC」あたりかと。
- 沿線ということもあって西武鉄道からのスポンサードを受けていた。
- 当初は川越運動公園競技場をホームにし、J1昇格後しばらくして新ホームとなるサッカー専用スタジアムを建設、となっていたかも。
- 大宮サッカー場(NACK5スタジアム)は改修されなかったか、あるいは埼玉スタジアム2002建設に伴い解体されていた可能性も。
- ホームでのナイトゲームは「河越夜戦」と銘打っていた。
- サポーターは試合前から「勝った勝った」とはやし立てる。
藤枝ブルックスが福岡に移転しなかったら[編集 | ソースを編集]
アビスパ福岡の前身は静岡県藤枝市をホームとする藤枝ブルックスであった。ブルックスは当初藤枝でJを目指していたが、基準を満たしたスタジアムがないため福岡に移転して現在に至る。もし、藤枝にスタジアムが整備されて移転せずJに参戦していたら…。
- クラブ名はブルックスでもアビスパでもない。
- 愛称にパープルが付く可能性大。
- 福岡では新クラブが設立され、J2発足とともにJに参戦していた。
- 清水との対戦は「駿河ダービー」と呼ばれていた。
- チーム発足と同時にゴン中山が移籍。
- 親会社の中央防犯ASは常に大手警備会社のM&Aの脅威にさらされるようになるかもしれない。
- エコパは磐田と藤枝のダブルフランチャイズになる。
- ブルックスに代わって新日鉄かPJMフューチャーズ(サガン鳥栖の前身)が福岡を本拠地にしていた。
- フリューゲルスが九州に移転した可能性も。
- 清水が経営難に陥った場合、吸収合併して「静岡B・エスパルス」になった可能性もある。
- 藤枝東高校出身の選手が多く在籍していた。
- 藤枝明誠高校の選手権初出場も早まっていたかも。
- 藤枝MYFCは存在しない。
ガンバの本拠地○○だったら[編集 | ソースを編集]
奈良のままだったら[編集 | ソースを編集]
ガンバ大阪の前身は松下電器産業サッカー部であった。このチームは奈良県リーグ2部からスタートし、わずか6年でJSL1部へと昇格を果たす。それから7年後、Jリーグ参入のために大阪へと本拠地を移して現在に至る。もし、大阪へ移転せずに、奈良からJに参入していたら…?
- 奈良クラブが現チーム名に改名してまでJ参入を目指すことは無かった。
- 奈良テレビでホームゲームや関連番組を中継する。
- セレッソ大阪はJ発足1年目より参戦していた。
- ホームタウンも大阪府全域になっていた。
- サンガ戦が「みやこダービー」と呼ばれる。
- 或いは「古都ダービー」?
長居スタジアムを本拠地に出来ていたら[編集 | ソースを編集]
ガンバ大阪はJリーグ参入当初、長居スタジアムを本拠地にすることを検討しますが当時、長居スタジアムが改修中だったため断念し、万博競技場を本拠地にして現在に至ります。
ではもしガンバが長居スタジアムを本拠地にできていたら
- ガンバ大阪のホームタウンは大阪市のみか北摂地域に加え大阪市になっていた
- 05年のJ1初優勝の時は御堂筋で盛大なパレードを行っていた
- 大阪市で営業活動が出来るので最盛期の人気は阪神タイガースに肉薄し、黄金期の平均観客動員数も2万~3万人程をキープしていた
- その代わりセレッソの人気が史実よりも悲惨な事になってる
- 大阪ダービーは同じスタジアムを本拠地にするチームどうしの対決になるので史実以上に盛り上がっていた
レイソルの本拠地が茨城県内にあったら[編集 | ソースを編集]
- 柏レイソルの前身・日立製作所サッカー部はJリーグ加盟にあたり、親会社の創業地の茨城県(もっと言えば県北)に本拠地を置くことを考えていたようです。しかし、ろくなスタジアムもなく、さらに茨城県が住友金属工業蹴球団のJリーグ加盟に協力したため、従来の本拠地である柏からJリーグに参戦しました。もし、茨城県がレイソルの方に協力していたら…。
- 日立市を本拠地とする日立レイソルになっていた。
- 名古屋グランパスエイトは豊田市を本拠地とする豊田グランパスエイトになっていた。
- 笠松を大改修していたか、海浜公園近くに新スタジアムを建設していた。
- 川淵に加盟条件を思いっきり釣り上げられた住友金属のJリーグ加盟が大幅に遅れていた。最悪の場合、加盟も諦めていた。
- プリマハムFCは土浦からJリーグを目指していた。
- J2で茨城ダービーが実現していた。
- 千葉県内はジェフ一色だったかも。
- 柏の葉公園総合競技場は建設されなかった。あるいは建設時に日立柏サッカー場が解体されていた。
- いずれかに日本ハムのファーム球場を建設していた。
- サンロッカーズの本拠地も茨城だったかもしれない。
柏レイソルが柏の葉公園総合競技場への移転を強行していたら[編集 | ソースを編集]
柏市・千葉県が柏レイソルの本拠地として建設した柏の葉公園総合競技場でしたが、サッカー専用スタジアムではないことやアクセスの悪さがサポーターに嫌われ、移転は取りやめとなりました。もしサポーターの反対を押し切って移転を強行していたら?
- 柏レイソルのサポーターは激減し、チーム自体も低迷していた。当然2011年のリーグ優勝もない。
- 最悪の場合日立製作所がスポンサーから撤退していた可能性も。
- TX開業後つくば周辺でのサポーター獲得に力を入れる。
- 日立柏サッカー場は解体されていた。
徳島ヴォルティスの本拠地が石井町だったら[編集 | ソースを編集]
徳島にJリーグチームを誘致するために石井町にサッカー・ラグビー専用競技場を建設を計画し、大塚製薬サッカー部を母体としてJリーグチームが誕生する予定でした。しかし大塚製薬側が反対し、Jリーグチームはできず、競技場計画も消滅しました。 その後、大塚製薬サッカー部は徳島ヴォルティスとしてJリーグに参入しますが、本拠地は鳴門市の徳島県鳴門総合運動公園陸上競技場になりました。
- 史実より早く徳島ヴォルティスはJリーグに参入していた。ただしチーム名は別の名前になっていた。
- ここの競技場がポカリスエットスタジアムになっていた。
- ヴォルティスナイター号は徳島線で運行していた。
東芝の本拠地が川崎のままだったら[編集 | ソースを編集]
北海道コンサドーレ札幌の前身、東芝堀川町サッカー部は1995年まで川崎市をホームタウンにしていましたが、1990年代半ばに北海道でのプロサッカークラブ誘致活動を受け、本拠地を札幌に移転し「コンサドーレ札幌」と改称され、現在に至ります。もし、東芝が川崎から移転しなかったら…?
- 東芝の代わりに北海道電力が札幌を本拠地にしていた。
- Jリーグ加盟は2000年代後半ぐらいか?
- 札幌ドームは最初から野球専用として開場していた。
- 日韓ワールドカップでは札幌ドームの代わりに、豊田スタジアムが会場として使用されていた。
- 川崎にサッカークラブが3つ(ヴェルディ・東芝・富士通)と過当競争になるので、ヴェルディは史実より数年早く東京に移転していた。
- クラブ名は「川崎ブレイブ○○」を名乗っていた。
- 「ブレイブサンダース」か「ブレイブロッソ」になっていたかも。
- 代わりに富士通が札幌に移転していた?
湘南ベルマーレの本拠地が平塚以外だったら[編集 | ソースを編集]
茅ヶ崎[編集 | ソースを編集]
- サザンがサポ就任