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長野vs松本

長野

長野県vs松本県!?の噂

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  1. 県が4つに分裂していて仲が悪い。
    • 県庁所在地が(県民の心の中で)長野県庁と松本県庁と2つある。
      • 正確には松本人のなかではね。
    • 奈良時代から明治時代初頭まで、律令制下における『信濃国(信州)』の国府(現代に例えると県庁)は松本に置かれていたのが歴史的事実。
      • 古代律令体制下では、松本は信濃国の国府、つまり信府と呼ばれていたのは事実。しかし現在は信府と呼ばないよね?それは中世以降、政治や経済の中心としての機能を上田や長野に奪われ続けていたから。明治まで国の中心たる国府であったなら駿府や甲府のように名前が残ってるものダヨ。つまり位置以外に国府としての実力に欠けていたということが厳然たる歴史的事実。
      • 古代から奈良時代末まで「科野国」の国府は上田市にあった。国分寺・国分尼寺・科野総社(科野大宮社)は今も上田市にある。奈良時代末に国府が上田から松本に移動。
        • 国府が移動した時期に「科野」から「信濃」に国名が変化
        • 律令制が本格化すると、租庸調を集めて都に送るのには都に近い松本に国府を置いた方が便利だったため国府が移動したと思われる。
          • 松本人は「松本こそが古くからの中心」と言い張るが、古代は科野クニの千曲市周辺。そして千曲の近傍の上田の方が先に信州の政治拠点として機能していた。その後、平安時代に国府の機能の一部が松本付近に移転したという説を盾に、「松本が永遠の中心だ」と主張する。それは長い歴史の中の一時期を切り取った「つまみ食い」に過ぎない。松本を「信府」と呼んだのは、主に江戸時代に松本藩の城下町として栄えた時期に、あくまで「自称」で信府と名乗っていたに過ぎず、他の信州十藩は何処も認めてはいない。
    • 北信・中信・東信・南信という表現が県外でも当然通じると思っている。
    • 「北(長野)」と「中(松本・木曽)」の仲が悪く、何かにつけていがみ合っている。
      • 北信の住人は、大糸線沿線地域を中信だと思っており、中信の住人はこの地域を北信だと思っている。
        • 県外から見れば、北安曇郡は北信の一部だと見なす人が多い。
        • んなこたーない。安曇野の住人は高校進学で松本に出たがるし職場も松本が多い。小谷や白馬行くと知らんが。
          • 文章よく読めー「県外から見れば」だよ。県外者から見れば長野経由で新幹線とバスで行った方が楽だもん。
      • 木曽を巻き込まないでください><
    • JR東日本・西日本・東海の本州三社をコンプリート。こんな県は長野だけ。そしてこれが更なる分裂を招く・・・。
      • 三遠南信以東は東日本のエリアに入れてくれ~!東海は要らん!
    • 思うに、松本ナンバーと長野ナンバー地域でそれぞれ独立したほうがよろしいかと。
      • それは言えますね。南信から県庁まで3時間は遠すぎる。
      • でも小谷村から根羽村まで松本ナンバーなので、これも分割したほうがよろしいかと。と思ったら、諏訪ナンバーできるのね。
        • 小谷村は北安曇郡なんだから長野ナンバーに入れろ!
          • 北安曇は元筑摩県なんだから松本のもの!
          • ってことは松本ナンバーと長岡ナンバーは隣接してるの?
      • あと、上田ナンバーと飯田ナンバーができてもいいと思う。
    • 歴史的にも諏訪が信濃から独立していた時期がある。
      • いつ??そんな時代があったの??
      • 信濃国という概念ができた直後の飛鳥時代とか奈良時代とかそのあたり。
      • まあ、元々は三河国だった根羽(武田信玄晩年の西上作戦で信濃に国替え)もあるしなあ…
    • 地域間での仲の悪さが原因して、信州大学のキャンパス統合は願わず、国立大有数のたこ足キャンパスを持つに至る。特に繊維学部のある上田市に至っては「上田繊維大学」として独立させようとする運動さえある。こうした地域エゴのおかげで設備関連の無駄な経費(5キャンパス全てに図書館を設置しなければならないなど)などが信州大学の足を引っ張っている。
      • それゆえに信州大学最大の不幸は「長野県に設置されたこと」。
      • 信州大学の前身である旧制松本高等学校は校名に「松本」を冠しているが、新制大学では「松本大学」とも「長野大学」ともできず(結局両名は私立大学として存在している)、「信州」の名前を冠するに至った。県外者からしてみると、田舎臭い「長野」や「松本」より「信州」の方が垢抜けたイメージがあるため、災い転じて福となっている。
        • いずれにせよ信州大学は長野県民のエゴに翻弄されている。
        • 本来なら長野市に設置されるべき物が、松本、上田とゴネた結果では?
        • それは間違い。上にもあるように信州大学の全身は旧制松本高等学校だった。全国の国立大学は原則として旧制高等学校を改組して設立されたもの。長野県の場合、長野ではなく松本に高等学校が置かれていたのだから、松本に国立の信州大学が設置されたのは必然の流れてある。
          • この「旧制松本高等学校(松高)が前身だから松本にあるのが当然」というロジックこそ、松本人が最も得意とする「歴史の都合のいい切り取り」と「既成事実化」の典型例。「そもそも、なぜ県庁所在地(長野市)ではなく松本に旧制高校が置かれたのか?」彼らはそこに至るまでの「なりふり構わない誘致工作」の歴史を綺麗さっぱり消去している。彼らには「学都」の称号を金で買った歴史がある。1919年、旧制高等学校の設置場所を巡って長野市と松本市が激しく争った際、松本側が行ったのは、まさに「ゴネる」どころか「札束と政治力による強奪」に近いものだった。当時の松本市は、製糸業で得た富を背景に、現在の価値で数十億円とも言われる巨額の寄付金を国に提示した。「官」の長野 vs「民」の松本というレトリックで「県庁(政治)は長野に譲ったのだから、せめて教育は松本に」という、負け惜しみから始まった執拗な誘致工作の結果、本来の「県都設置原則」をねじ曲げて設置させたのが実態。彼らが誇る「学都」の看板は、正当な歴史の流れではなく、「県庁を奪われた執念」が生んだ変則的な結果に過ぎない。彼らの言う「松本が教育に熱心だから設置された」というのは、真実を隠蔽した願望に基づく妄想である。
        • 繊維学部は、上田が蚕種製造の日本の中心であったため明治43年に上田蚕糸専門学校として設立。当時日本の外貨獲得の7割は蚕糸と蚕種で占めていたため、日本の最重要産業として三吉米熊博士を中心に設立
          • 三吉米熊は「坂本龍馬のボディガード」として寺田屋での奮戦が有名な長府藩槍術指南役三吉慎蔵の息子。龍馬が慎蔵に「産業強化と輸出振興」を熱く語っていたため、息子の米熊が信州に来てシルク産業発展に尽力する。
          • カナダ映画「シルク」でも主題だったが、蚕は「微粒子病」が恐ろしく予防と感染拡大阻止は重大問題だったため蚕種製造の中心地の上田に高等専門学校が作られた
      • 筑摩県が存続していたなら長野大学と松本大学が国立で信州大学は私立だっただろう。
    • 商業集積では、アリオがある松本・上田に対して長野市は完全に後塵を拝している。
      • 篠ノ井の南長野運動公園南に日本最大級のイオンモールが出来る予定だったが、進出の可否を長野市の検討委員会で審議された結果、潰された。
        • 2004年だった。出来ていれば松本・上田に消費者が流れなかった、無念。
          • 長野市民が松本や上田まで買い物に行くことはない。
        • 委員会の委員長が信大経済学部(松本)の教授だから潰された?
          • 委員長は長野市民がやってくれ。商業集積で負けると街が衰退する。
  2. 長野市民は「こっちには地下鉄(長野電鉄)がある!」と豪語し、松本市民は「こっちにはパルコがある!」と反論し、お互い一歩も譲らない。
    • 冷静な松本市民の間では「あんなの地下鉄って言えるかなぁ?」と、冷ややかな突っ込みを入れる。
      • 長野市民も「地下鉄??」地下区間でしょ?と冷静だ。
    • しかし実際に長野市にあるのは"地下区間"である。
      • 長野電鉄の案内図では"地下鉄区間"という訳の分からない表示がある(つーかわざわざ案内図に示す必要あるのか?)
        • 地下区間があるだけでも地方都市で大変珍しい。
          • あえて高架にせず、地下に鉄道を走らせた連続立体交差事業は、都市景観にも配慮されていてこれに関しては誇らしい(長野市民)
      • 今度の北陸新幹線金沢延伸に伴う駅の整備で地下駅を含め大々的に変わるよ!電鉄長野駅との一体化が進んでとてもかっこいい駅になるよ!
    • 「地下鉄」と称せられるのは政令指定都市下のみ。東横名京阪神札仙広福といった各都市に「地下鉄」の称号が与えられる。また「地下鉄」と称しても逆に地上区間を走る地下鉄はいくつでもある。(大阪の御堂筋線・東京メトロなど)さらには県外の人間から「自動改札も無いの?」と笑われて当然の状況。
      • 長野電鉄の長野〜善光寺下間は、1981年に連続立体交差事業として地下化された、地方私鉄としては極めて珍しい「本格的な地下区間」であり、これを「政令指定都市でないから地下鉄ではない」と腐すのは、長野市が中核市止まりであることを突き、「身の丈に合わない高度なインフラ(実質的な地下鉄)を持っているのが気に入らない」という強烈な嫉妬の裏返しである。法的な「地下鉄」ではないという一点を捉えて、実態(2km以上の地下走行、不燃化車両、地下駅の設備)を全否定する。これは「自分たちが持っていない高度なもの」を認めないための、極めて姑息な論理のすり替えであり、長野市が行った高度な交通行政の功績を矮小化している。松本人は「新宿発着のあずさ」に象徴されるように、「都会的な洗練」は自分たちの専売特許だと思い込んでいて、「地下鉄=都会」という記号への執着、40年以上も前に長野市が「都会の象徴」である地下区間を作り上げた事が、彼らの「松本こそが最も先進的な信州の都会」というアイデンティティを脅かしている。県外者が笑っているなど、確認不能な事柄を捏造してまで必死になっている姿は滑稽ですらある。
    • いや、広島は地下鉄なくて路面電車だが、、、、
      • 最近までJRの松本駅にも自動改札が無く、県内外の人間から笑われていた状況なのは秘密だw
        • ところが事態は一転し、松本駅は東京近郊区間に組み込まれ、Suicaが使えるようになり、都会の仲間入りとなった。
    • パルコに絶対的な都会的価値を求める所が、松本の限界を示している。
    • パルコはともかく、今度長野に県内初進出の東急ハンズが出店しますよ~。ついでに渋谷ロフトもね。長野ではマルキュー(渋谷109)の誘致も考えてるみたいだし、いつまでもパルコパルコ言ってると追い越されますよ~いままでみたいにww
  3. 長野高校と松本深志高校は、互いに県内No'1の座を競っている。しかし他県と違い、長野県内には偏差値が70を超える高校が存在しない。
  4. 諏訪に住むくらいなら僻地に住んだほうがましだと諏訪地方以外の人は思っている。
  5. 県外で出身地を問われると長野市の人は「長野県」と言うが松本以南の人は「信州」という傾向がある。
    • 県名が県庁所在地の長野市に由来しているため。その前の県庁は中野市にあり、その時は中野県だった経緯も有り。
    • または、長野県の○○出身です、と言う。長野県出身だが、長野市出身と思われたくないと考えている。
      • もしくは、単に「松本です。」とも。絶対に北信出身だとは思われたくないと思っている。
        • 北信出身だと思われることが絶対嫌という、その根拠は分からないが、そんな松本/諏訪出身だと思われたくないため、長野県出身だがあえて「信州」と言う。
        • 安曇野や塩尻の人たちが「長野県です」と控えめに答える横で、松本出身者だけが「松本です!(ドヤッ)」と答える。この、周囲を「おのぼりさん」扱いする特権階級のような振る舞いが、まさに松本人が「自己愛が強く、鼻につく」と言われる原因の最たるもの。
  6. 他県民から見ると城、美ヶ原、アルプス、安曇野があり、「白線流し」の舞台にもなった松本の方がイメージが沸く。長野市は善光寺しかなく野沢や志賀のようなリゾート地は遠い。
    • それは間違い、長野は千曲川沿いに観光資源が集約されている、その多くは歴史遺産だ。松代の城下町~須坂の蔵造りの町並み~小布施の歴史散歩。戸隠のそばも有名だ。
      • 東北信という括りで城は、龍岡、小諸、上田、松代、飯山。かなりあるな。
        • 松本城は派手好きで見栄っ張りな松本人が、天守だけ残した城。天守以外は堀すら全周していない、城としては悲しい現況。
          • 二の丸御殿も残ってたよ。筑摩県庁舎として使ってた。ただ明治時代に火災で消失→筑摩県は廃止になった。
    • 「野沢や志賀のようなリゾート地は遠い」って、北アルプスはかなり松本から離れてないか?それに美ヶ原も安曇野も普通に松本から遠いぞ?。近辺にほとんど観光地がないんだよな松本って。牛伏寺も意外に離れてるしなー
    • 「他県民」さん。東京で信州と言えば東北信地域を思い起こす人が多かったぞ。東京と中京とかでは思い描く信州のイメージに差異があるものでは?
    • 東京都民だけど、長野県の観光地と聞いて最初にイメージするのは軽井沢。中央線沿線に住んでると松本の名前はよく見るけどね。
  7. 長野新幹線開業後、負けじと松本市は「あずさ」の高速化を目指している。
    • 固い決意を表した立て看板が松本駅前にある。
      • しかし、動きはほとんどない。早く高速化して!
      • 上諏訪-岡谷が単線で線形も悪くさらに住宅密集地だから、高速化は無理
    • さらにはリニアのルートを曲げろと県まで一緒になってゴネる始末。
      • 大嘘。Bルートを積極的に推進したのは諏訪・伊那地域だけ。松本は県の歩調に合わせるという消極的スタンスしか取っていない。なぜなら、もしBルートが実現すると中央東線の特急(あずさ等)が廃止もしくは大幅減便される恐れがあり、松本から東京へのアクセスはかえって不便になるため。だからリニアではなく『あずさ』の高速化に熱心に動いている。
  8. 長野松本内戦!は根深いものがある。それはかつて廃藩置県の時代に遡る。
    • 当時現在の長野県は長野中心の「長野県」と松本中心の「筑摩県」に分かれていた。
    • 筑摩県庁だった松本県庁舎が火事になったのが事の発端。それで合併問題が急浮上した。
      • 松代藩士(長野側)が「旧信濃国で1県」を内務省に強烈に働きかけ、松本側は旧信州で合併するならせめて松本に近い上田に県庁置いてくれと請願していた。
      • 長野側の合併運動の最中に筑摩県庁舎は放火で全焼する。松代藩士は「上田藩士が放火した」と言いふらすが、松本側は「上田に県庁を」と主張しておりありえない話。この辺が長野側の陰険さで、問題を根深くしている。
        • 歴史的な記録によれば、長野側が県庁を誘致するために組織的・直接的に「働きかけた」という明確な証拠はない。明治政府内での政治的判断と松本側の不運が重なった結果、長野が県庁所在地として定着したのが真相。この時代の権令(知事)は中央政府からの派遣(民選知事の誕生は戦後となる)であり、長野や松本に忖度することなく、中央政府の政策を最優先としていた。結論を言えば、長野市が「姑息な手段で奪った」というよりは、「政府の一国一県の方針、松本側の県庁の焼失による受入体制の不備、政府が現状維持(長野県による吸収合併)を優先した」というのが実態であり、松本の長野に対する「怨念」は全くのお門違いであり、逆恨みも甚だしいという話である。
    • 結局は県庁を長野市とした「大長野県」が生まれたのだ。未だに松本人はそれを気に食わないでいる。隙あらばいつか「信州県」の県庁として返り咲きたいと願っている。
      • 上信越自動車道沿線とは縁を切りたいと願っている。
      • 筑摩県でお願いします。どうにも信州ってブランドが欲しいみたいね。分県した時点で信州でなくなって、「旧信州」になっちゃうのにね。
    • 松本県庁舎は上田の人が放火したとの噂。
      • その噂のために有力候補・上田も没になり、長野が漁夫の利。
    • 松本市博物館に、「筑摩県を復活させろ」てな内容の陳情書が展示されてる。
    • 松本の庁舎が燃えた為に仮に長野の庁舎に県庁を置いたが、それを既成事実にしてしまった。
      • 長野に仮庁舎が置かれたのは、中野騒動で中野県の県庁舎が焼失した時。仮のまま中野県の県庁舎として機能し続け、筑摩県との合併時に長野県庁として正式に置かれることとなったのが実態。
    • 明治政府にとって当時の松本(旧松本藩および筑摩県)は、「統治上のリスク(火種)」を抱えた地域として警戒されていた側面が強くあった。中央政府が松本に県庁を置くのを避け、長野へ一本化した背景には、様々な政治的な要因があったと考えられる。まず「倒幕の功績」と「不信感」の差。明治政府の長野(旧松代藩)への信頼は高かった。なぜなら長野の有力藩であった松代藩は、早くから佐久間象山を輩出し、戊辰戦争では新政府軍の主力として活躍した藩であったからだ。政府にとって長野は「話が通じる協力者」の拠点であったのに対して、松本藩は幕府側の譜代大名(戸田氏)で、幕末の動乱期には新政府軍に恭順していたが、政府からすれば「消極的な帰順」に見える部分があり、松代ほど全幅の信頼を置ける存在ではなかった。また明治初期、松本周辺(筑摩県)では、新政府の急進的な改革(地租改正や徴兵制など)に反対する激しい一揆が頻発していた。1876年の県庁焼失の直前、筑摩県内では合併に対する大規模な反対運動が続いており、政府は「松本に拠点を置くと、民衆の不満が直接県庁(政府)に向きやすい」と危惧していた。また、先に中野県庁が焼かれた際、政府は「より安全で、かつ協力的な勢力が強い場所」として長野を選んだ経緯があり、松本で同様の騒動が起きることを防ぐため、あえて心理的・物理的に距離のある長野を選んだと考えられる。政府としては、広大な筑摩県を維持するよりも、コントロールしやすい長野県に吸収させ、飛騨は岐阜県に切り離すことで、地方の反乱リスクを分断・縮小したかったという意図が見て取れる。結論として、政府にとって松本は「人口も多く活力もあるが、反骨精神が強く御しがたい地域」に見えていたはずで、「簡便な地方統治」を最優先した結果、あえて歴史ある城下町の松本を避け、当時は善光寺の門前町に過ぎなかった(=政治的勢力が真っさらだった)長野に拠点を置く方が、中央集権化を進める上で好都合だったと考えられる。よって松本の長野への怨念は的外れな逆恨みであって、恨むのならば時の政府と、「ヤンチャ」な当時の松本の民衆を恨むのが筋である。
  9. 長野松本のサッカーチームが、共にJリーグ参入を掲げて対立している。
    • 両者の直接対決は「信州ダービー」と呼ばれて数千人の観衆を集める。地域社会人リーグとしては異例。
      • 2007年のリーグ戦では松本ホームで6,399人、長野ホームで3,199人の観衆を集めた。
        • ただし、松本はキャパが20,000人で入場無料、長野はキャパ5,000人で有料なので、比較が難しい。
      • 2008年以降は松本も有料化。2008年は松本ホーム:4,126人、長野ホーム:3,385人の観衆。
      • 2009年は長野ホーム:1,990人、松本ホーム:6,012人でした。
      • 2011年はついにJFLで…。
        • 結果、長野ホーム:3,849人、松本ホーム:11,663人。ついに1万の大台を突破。
          • サポーターがなにするかわからないとパトカーや機動隊が来ていたらしい。
    • あまりに盛り上がるためクラシコという映画になった。映画化だけでもすごいのにDVD化されるらしい。
    • 2022年、Jリーグ公式戦としては初の信州ダービー開催(5月15日、長野Uスタジアム)。J3では異例の観客動員数13,244人。収容人員が15,491人なので動員率85%超。
  10. 東京~長野間のバスでもこの構図が見られる。
    • 新宿行きのバスが松本勢(京王バスアルピコグループ)、池袋行きのバスが長野勢(西武バス&長電バス)。
      • しかし、池袋発着から西武が身を引いたところに松本勢が攻め込んできて最早勝負あり。
    • 中南信人だらけの新宿の高速バスターミナルで、長野行きが何か窮屈そうに見えるのは自分だけだろうか?w
      • 貴方だけではないと思います。
      • 長野は圧倒的に新幹線利用者が多いから・・・あずさなら高速バスと所要時間的に競合するのもうなずける話。
      • 新宿発か池袋発か。そんな、他県の人から見れば「どっちでもいいわ!」と一蹴されるような微細な差を、一生懸命に拡大解釈して「勝利」を宣言する姿は、もはや喜劇です。
  11. 県外とのアクセスを考えると……
    • 長野県内は車がないと動けないので新幹線よりも車で来たい。その場合は中央道のほうが明らかに便利。
    • 東京に行く際は車で行くと面倒だから新幹線が便利。あずさは時間的にも乗り物酔い的にも不利。
      • 圏央道の開通、リニアの開通でそれぞれの利点もまた変わるかもしれない。
    • 名古屋に行こうと思ったら結局松本経由。
  12. 長野県議会で分県が決議されそうになった時、傍聴席で県歌である『信濃の国』の合唱が起こり、分県案を潰した……という話を朝日新聞で知りました。by県外の人
    • あの当時分県していれば、松本に延々と足を引っ張られなくて済んだのに・・・と長野市民は後悔している。
  13. 県庁所在地を間違われる県の一つ。間違いの答えは当然「松本」。
    • 他に間違われる県は埼玉(ただしさいたま市になってから意味がなくなったが、そもそもさいたま市自体が認知されてない)、群馬、栃木など。
      • さいたま市が認知されてない?一県都の市名がひらがなになった時のインパクトは物凄かったけどなあ。
    • 福島も、そうだよね。
      • 福島の県庁所在地を間違えるのは、福島県内勢力図?を理解している人だけ。一般的には県名=県庁所在地だよ・・・
    • 金沢が有名すぎて、県名である石川を覚えてもらえないという逆バージョンもある。
    • VOWに載ってた「金沢県」という誤植を思い出した。
    • 愛知名古屋県と言われる逆バージョンだな。
    • 東京に居た4年間で、長野の県庁所在地を間違えるようなおバカさんには一度として会えなかったな。あと諏訪は何故か有名だった。
    • 日本人の多くが「県庁所在地=県名と同じ都市」だと思ってるから、いちいち松本の名前が出る事は無い。
      • むしろ松本は岐阜の高山や白川郷との関わりの中で、岐阜の県庁所在地と思われてるんじゃないか?
      • 地理に疎いんですか?都道府県のうち3分の1以上が「県名≠県都名」ですが。中には札幌、仙台、横浜、金沢、名古屋、神戸、高松、松山、那覇といった大都市や有名都市も含まれてますけど。
        • まぁまぁ、実際日本人ってびっくりするくらい地理に疎いから。それに3分の2が県名=県都名だしね。あと例示した都市と松本では格が違いすぎません?実際のところ甲府とか前橋って所でしょ。がんばって盛岡とか。あまり他を引き合いに出して自分を大きく見せるのはやめたほうがいいですよ。
        • ぶっちゃけ他県の県庁所在地などどうでも良い知識だし。中心都市がどこかというのは多少有益だが、役所がどこにあるかというのは引っ越しでもしない限り関係のない話(by県庁都市≠最大都市の三重県民感)
    • 100歩譲って仮に県庁所在地が松本と間違われるとして、「県庁所在地を間違われる」という、本来なら長野県全体にとっての「知名度の課題」であるはずの事象を「それは松本の格が長野市を圧倒している証拠だ」とポジティブ変換してマウントに使う。その強欲なまでの自己愛には、他県民も開いた口が塞がらないでしょうね。
  14. 他都道府県民はなぜ長野市に県庁所在地あるのか疑問に感じる。
    • 松本市と長野市がどちらに県庁をおくか話し合い、長野市に県庁、松本市に日銀の支店をおいた。
      • 長野側が「旧信濃国」として1県を主張し、内務省に対して無理矢理に合併運動をしている最中に、松本城内の筑摩県庁舎が放火され、長野側が強引に合併したから今でも反発は根強い
    • 長野に県都の地位を奪われた松本の亡霊に未だに悩まされ続けるのも長野市の悲哀。
    • 時々この手のサイトに松本人を貶める輩が出没するのを見かけるけども、長野市が北陸とか主張して失笑を買ってるのに気が付かないの?
    • 長野県民だって時々なんで長野に県庁が・・・?と思う事がある。小学生の頃、県庁に見学行った時に質問してみたら、職員さんが答えに詰まってた物もの。
    • 何故か他都道府県民を引き合いに出してるが、長野県の地政なんて興味も無いから疑問にも感じない。
    • 他都道府県民は「長野県の県庁がどこか」なんて、クイズ番組でもない限りほとんど気にしない。しかし、松本人は「客観的に見ておかしい」という外圧を偽造することで、自分の個人的な思い込みを「公の認識」にすり替えます。「新宿から来る人は、みんな長野市より松本の方が便利だと言うよ」という、確認のしようがない「他人の意見」を勝手に捏造してマウントを取るのが彼らの常套手段。「善光寺しかない長野市」と「国宝の城とアルプスがある松本」を対比させ、「観光客はみんな松本に来るのに、なぜあんな地味な長野市が県庁なんだ?」と、観光地の知名度=行政の拠点としての適性であるかのように論点をすり替えている。
  15. 東京のスネ夫地域扱いされていることは両者共通している。
    • 松本に関しては近年は名古屋の影響を飲み込まれている。
    • 松本は元々東京のスネ夫だったわけではなく、1970年代まではむしろ名古屋・京阪志向も強かった。1980年代の中央道延伸や中央東線塩嶺トンネル開通、東京一極集中などもあって東京のスネ夫に転じただけ。だが2010年代後半以降は中央道の東京寄り区間での渋滞や中央東線の高速化の遅れなどもあり、再び名古屋志向に戻ってきたのはいえる
  16. 他県民から見ると、県内の二大都市を結ぶ需要がそこまで無いのかと疑いたくなる
    • 電車は関東のお古が回ってきたドサクサ紛れに真っ先にワンマン化、高速バスに至っては土休日運休
    • それ以前に、人の流れはどう考えても長野・松本ではなく東京・名古屋へ向いている。
    • 松本の場合は特に顕著。中央道の渋滞や中央線の遅延問題で名古屋ジャイアニズムのスネ夫地域化が進んでいる。
  17. 「松本は名古屋と同等であり、他県民から長野県の県都は松本と必ず間違われ、新宿の出先機関であり、中央線(実際は篠ノ井線)の沿線という立地で、おのぼりさんの周辺自治体を従える、高い文化と国立大本部を持つという教養(?)を兼ね備えた中央高地の選ばれし民である」という彼らの妄想は、もはや完成された「松本教」という宗教である。
  18. 長野市が1999年に中核市へ移行した際、松本市は人口要件(当時は30万人以上)を満たせず、指をくわえて見ているしかなかった。その当時Wikipediaの長野市のページの序文で、「長野市は中核市」と記載すると、なぜか編集されて消されてしまうという謎現象が起きていた。20年以上遅れて 2021年に人口要件の緩和と特例(施行時特例市からの移行)でようやく松本市が中核市になって以降は「何故か」その現象は鳴りを潜めた。一体どんな勢力の仕業だったのだろう??ちなみに、国際会議観光都市として、長野市も松本市も国から認定されているのだけど、Wikipediaで長野市のページにその事を記載すると、今も消されてしまう。なんでだろう???

長野市視点

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  1. 謀反ばかり起こす松本市を、とにかく嫌う。
    • 松本が信州を名乗るのが気に入らない。
      • 気にならないし、相手にしない。
    • 松本に恨みはないが長野市を悪く言うから嫌い。
      • 若者は対立の構図すら知らない人が多い、長野市では対立は過去の物になっている。
    • 長野市を大都会だと勘違いしている人が多い。
      • 新幹線のお陰で東京が近くなった。東京を見て長野を大都会だと勘違いする人はいないでしょう。
    • 長野市=大都会、松本市=ド田舎という考え方を持った人が多い。
      • 県内に限って言えば、長野市の半分くらいの規模の松本市を、長野より栄えた街と感じる人はいない。
      • 逆だね。松本人こそ、松本が信州の大都会と信じて疑いもしない。ここでの松本人の言動からよく分かるよね。「属領」とか「おのぼりさん」とか。
    • 長野市を大都会だと勘違いしてる人は、恐らく誰一人としていない。
    • 松本を嫌うどころか、憧れている。
    • 正直松本が県都の方が良かったんじゃないかと思ってる。
    • 松本に特別な感情は無いが、こういった所でやたら突っかかってくる松本人には辟易している。
    • 松本は城下町らしく町の中心へ発展が志向しているのが羨ましい。長野はダラダラと郊外に向けて広がってる感じ。
    • 都会的と言う事が良い事ばかりでないが、松本市街の集約的で都会的な街作りは長野も真似して欲しい。
    • 長野市に本社がある会社も、松本営業所の方が大きかったりする。
    • 松本は過去にはドラマ「白線流しの舞台」となり、2011年にはNHK連ドラ「おひさま」、大作映画「岳」「神様のカルテ」が次々と公開されるなど全国に名前を売る機会が多くて羨ましい。アド街も松本には来たのに長野には来てくれない。
    • 全国30000人を対象にした『地域ブランド調査』でも、全国1000市区町村のうち松本は47位と上位なのに長野は圏外(101位以下)と差をつけられている。
      • その「地域ブランド調査」の最新版(2013年版)が出てますよ~。長野は前年から25位アップの59位でした。ちなみに松本さんは前年から20位ダウンの74位です。安曇野が単一ブランドとして独立したのが痛かったかな?(ちなみに安曇野市は53位)
  2. 東信と上越は属領。
    • その上越も半分は松本領なのがますます気に入らない。
      • ???松本や諏訪は、山梨県伊那岐阜県に就くんじゃないのか?内陸性気候で、中央本線や中央自動車道の沿線だし。
      • 違います上越の属領が松本です。(by新潟人
        • 上杉謙信が塩を送ったからです。(新潟人
      • 飯山も新潟県の属領です。(新潟人
        • 戦国時代のときに上杉謙信が属領にしていたからです。(新潟人)
    • ごめんね、長野の人は属領なんて考えは持たないよ。松本人特有の考え方だね。だけど上越の海は信州人の海だとは思ってる・・・・・
    • しかも信州といえば真っ先に松本付近が出てくる罠。県内の巨大観光地も大半が松本&その属領。
      • 「属領」という言葉選びに、松本人が抱く歪んだ選民思想が凝縮されている。もはや単なる郷土愛ではなく、他者の資産を自らの手柄に書き換える「歴史修正主義」的な傲慢ささえ感じる。「観光地の横取り」や「属領」扱いの裏には、松本人の醜い心理構造が見え隠れしている。周辺自治体の観光地(上高地、乗鞍、美ヶ原など)を「松本が手に入れた」と語るのは、彼らにとって周辺地域は自立した文化を持つ存在ではなく、「松本という中心地を輝かせるためのパーツ」に過ぎないと考えているから。
    • そして東信は長野市ではなく関東方面を向いている。特に軽井沢・蓼科のリゾート地帯は関東から来る人が多いし。
      • 信州なら中信地方という括りで、別段松本近辺という感じはしない、諏訪もあるし。信濃といえば東北信を指していると感じる。
      • その属領って感覚おかしくないか?松本ではこんなくだらない事考えてるの?
        • バカサイトなので、あんまり真に受けないで下さい(by事情の分からない部外者)
  3. 長野市周辺の人は酒の席になると北信流をやりたがる。
    • まずやります・・・
  4. 長野と松本の仲が悪いのは、一方的に松本方面の方々が長野を嫌ってるせいです。長野市の人は、敬意を込めて中南信地方の人を松本方面の人って呼びます。
    • 構図としては東京vs大阪みたいな。
      • 長野市のページであまり「松本vs長野」を語りたくないです、長野市民は松本市を嫌っていませんので。松本市のページで何で嫌っているか書いて貰った方がいいです。
  5. 長野市の市長は、土建屋や資材屋など土木の利権者ばかり。利権ジジイの土木利権のために市役所は存在する。長野市は「役人の町」「土木利権の町」なので、市民の顔が暗い、市民の服がダサい、活気がない。

松本市視点

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  1. 住民の多くは、松本を長野県の一都市ではなく、松本県の県都だと無理矢理思いこんでいる。長野に対するライバル意識は半端でない。
    • 信州とは松本以西・以南と思ってるからな。長野県廃止>松本県発足&北・東信地方切捨ては松本市民のひそかな願望。
      • 東北信も切り捨てずに岐阜を取り込んで、名前を「松本県」「筑摩県」とかに改称して、県庁を松本にしたい。
        • 廃藩置県のときに「筑摩県」あったような
    • このように松本vs長野の対立を煽る者が多い。以下バトルは続く
    • たったの4年8ヶ月しか存続しなかった筑摩県に未来永劫こだわる。
    • 県外の人間が思っている以上に自分達の街が重要だと思っている?ツーリングで寄ったGSで、おねえちゃんがさも「名古屋と同格」位に地元、松本を語っていた・・・。
    • 県都長野市にあるものは同等以上のものを松本市に作りたがる。
      • 同規模の物が作れなければ付加価値で勝負(サイトウキネン等)
    • 長野がオリンピックで沸いている年は、対抗して「信州花博」という時代を先取りしたイベントを開催した。
    • 現在は長野市の北陸新幹線に対抗して、中信地方に中央リニアを引っ張ってこようとしている。
    • しかし結局Cルートになって20年後には飯田にさえ抜かれる。
      • 中央リニアを引っ張ろうとしていたのは中信ではなく南信。松本市は全般的にリニアは静観していた。Cルート決定後も散々ゴネたのは伊那市や諏訪市などの南信地区だけ。これは新聞やネットなどでニュースを調べれば容易に判明すること。
  2. 新潟県上越地方の覇権を長野市と争ってる。
    • 今のところ糸魚川を松本市、上越市を長野市が治めることで覇権争いは落ち着いてるが…
      • 勝手に治められても…(新潟県民の代理)
        • なんであんあ小都市に治められなきゃならねーんだよ。
      • 糸魚川は我々のもの。JRかて西やろが!(富山県関係者)
        • JR西は南小谷~糸魚川を電化した上でJR東に引き渡すべき。
        • 娯楽施設がパチンコぐらいしかない富山には興味ありません。
  3. 諏訪、木曽、伊那、飯田まで傘下にしているから長野市より優勢。
    • しかし諏訪が山梨県、木曽と飯田が岐阜に取られそうで油断できない。
      • 実際に木曽地方のごく一部が中津川と越県合併してます。
    • 日曜のパルコ周辺の駐車場には諏訪人の車が多い。
      • 諏訪に限らず市外から来るのは全部「おのぼりさん」。
      • たかだが小地方都市なのに、同じ県内の人間を「おのぼりさん」とか呼んで田舎者扱いしているのが痛々しい。by 横浜市民
      • 松本駅周辺やパルコ(かつての象徴)に来る安曇野、塩尻、大町、木曽方面の人々を、心の中で「山から下りてきた」と見下す空気感。そして「都会的で洗練」「松本には文化がある」という自負が強く、周辺地域を「ただの農村」と決めつけて、 周辺住民が松本へ買い物に来るのを「都会に憧れてやってくる人々」と解釈し、優越感に浸る選民思想的な側面は、まさに「買い物ヒエラルキー」といえる。
    • 大町&安曇野と塩尻は完全に属領扱い。
    • 周辺市町村を属領扱いって、どんだけ上から目線なわけ?そんなに松本が偉いの?
    • 上高地や乗鞍は、もともと旧安曇郡の人々が守り、育ててきたブランドです。それを「合併したから今日から松本ブランドだ」と横取りするのは、周辺地域を「松本という帝国の属国」くらいにしか思っていない証拠。
  4. 北信(長野市含む)が信州を名乗ることに違和感有。
    • 科野・信濃のルーツは千曲市
      • 千曲市って、最近更埴市と戸倉町、上山田町が合併してできたのでは?ルーツというには新しすぎないか?
        • 「信濃(しなの)」の語源は、古代の北信地域(現在の千曲市の森将軍塚古墳周辺など)にあった「科野クニ(しなののくに)」に由来する。ここは古代に早くから開け最も繁栄した地域だった。「科(しな)」の地名は「科の木」が多く自生していた、あるいは段差(階・しな)の多い地形であったなど諸説あるが、その中心地は間違いなく北信の千曲川流域だった。彼らが「田舎者」「善光寺しかない」とバカにしているエリアこそが、自分たちがアイデンティティの拠り所にしている「信州」という名の生みの親であるという事実は、彼らの選民思想を根底から覆す「猛毒」である。
      • 松本人が「信州(信濃)」というブランドを独占し、あたかも自分たちこそがその正統な後継者であるかのように振る舞う姿は、これまでの「周辺自治体の属領扱い」や「洗練された都会マウント」の延長線上にあるものだが、その「信州」という名のルーツを辿れば、彼らが最も忌み嫌う北信地域(千曲市・長野市周辺)に突き当たるという事実は、彼らにとって最大の「不都合な真実」である。松本人にとって、「長野県」という呼称は「長野市に屈した名前」であり、忌むべきものであって、そのため彼らは意識的に「長野」を避け、「信州・松本」という独自のブランドを確立しようと必死になる。「信州大学」「信州まつもと空港」など、あらゆる公的機関に「信州」を冠することで、外部に対して「信州の中心は松本である」という刷り込みを狙っている。そして東北信を「あんなのは新幹線に魂を売った関東の植民地だ」と切り捨て、自分たちこそが「純血の信州人」であると主張する選民意識を肥大化させている。彼らは「信州」というブランドに執着し、ルーツを無視し「信州=松本」という強引なブランドロンダリングを行なっている。
    • 北信の信は、「信州」の「信」ではなくて、「信濃」の「信」である。
  5. かつて長野オリンピックが開催された折、失敗を望む市民が多かったらしい。
    • 水すまし発言の知事と、同じレベルにされるのが嫌だった
    • 知事云々の話はともかく、失敗を望むって・・・それはちょっと民度が低いな~
      • その水すまし発言も中信者を配慮した発言だったのだが。長野でやるスケート競技より、中信地区(白馬)で行われるスキー競技のほうが重要ですよと、言ってたんだよ。前後の文脈切られて報道されたがね。
      • これは松本市民の「長野市への執念」が、もはや地域愛を超えて「呪い」に近いレベルに達していたことを示す、戦慄のエピソードだ。「県民一丸となって成功させよう」という空気が県内を覆う中、松本の一部の人々は「長野市だけが目立つのは許せない」「失敗して恥をかけばいい」と本気で願っていた……。その「性格の悪さ」の根深さは、もはや病的と言わざるを得ない。
  6. 長野のする事が、いちいち気に障る。
  7. 松本では北信出身者のいない飲み会は「気に入らない長野野郎も居ないことですし・・・」という挨拶で始まる。
    • 松本人って陰険だわ。
    • この話は、言葉を失うほど「性格の悪さ」の解像度が高いエピソード。その「気に入らない長野野郎も居ないことですし……」という口上には、松本市民の持つ「排他性」「執念深さ」「選民意識」のすべてが凝縮されている。
  8. 松本は誰に聞いても「近い」、長野は誰に聞いても「遠い」。byドラマ白線流しを知らない世代の名古屋市
    • 松本は微妙に遠い。長野は近い。「東京都民談」
    • 関西民にとっては松本の方が(空路があるから)圧倒的に近いのだが、「松本とかよく知らない。長野はめっちゃ遠い」。
  9. もしも長野ではなく松本が県都だったなら、「今頃政令指定都市くらいにはなっていた!!」と本気で思っている。
    • たしかに松本市が県庁所在地であり続けた場合、現在の長野県とは大きく異なる「中信・南信主導の経済圏」が形成され、大きな発展を遂げていたと推測できる。県庁および行政機関が集中することで、公務員やその家族、関連企業が流入。政治・経済の拠点が松本に固定されることで信越本線よりも、松本に至る中央本線の複線化や高速化が優先され、信州まつもと空港が「県庁所在地の空港」として、より大規模な定期便の就航や国際化が進んでいたはず。そして北陸新幹線(長野経由)のルート選定にも影響を与えた可能性があり、より早い段階での中央新幹線の建設が議論されていたかもしれない。長野に比べ商業集積も進んでおり、人口も多かった松本は、国宝・松本城を中心とした城下町としての風情を保ちつつも、周辺に大規模な官庁街が形成され、金沢市のような「歴史と文化、行政と経済力が融合した風格ある県都」になっていたと想像できる。筑摩県時代の繋がりから、飛騨地方との経済的・文化的な結びつきが現在以上に強固になり、北アルプスを跨いだ強力な観光・産業ルートが確立される。県都となった松本は、その「プライド」がよい方向に働き、県内を強固にまとめ上げ、県の持つリソースを松本へ一極集中させ、県内随一の都市になり、人口は50万人を優に超え政令指定都市となっていたと推察される。
  10. 「長野」という名前がダサい。善光寺村の字(あざ)の名前を、中央からきた役人が採用したらしい。
    • なぜ、そんな誰も知らない字名を県名にするのか? 普通は都市名か郡名から県名を採用する。
    • せめて郡名を使用して、筑摩・更級・高井・水内・安曇・諏訪から県名を採用すべき。
    • 「信州」がカッコいいだけに「長野」のダサいネーミングが悲しい。
    • 宇都宮県と栃木県が合併し栃木県庁が宇都宮市に置かれたように、せめて名前は筑摩県にすべきだった。県庁も県名も長野って、松代士族はどこまで欲が深いのか。
    • 北陸民&関西民的には、県名はどうでもいいが「いつまでも長野新幹線と名乗ろうとするな」と別種の怒りがある。おそらく信州新幹線でも出た不満。

東信・南信視点

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  1. 南信の住人は、この争いは正直どうでもいいと思っている。
    • 南信の住民は半ば諦めている
    • 松本、諏訪なんぞといっしょにされたくない。
  2. 東信の住人もわりとどうでもいいと思っている。
    • と言うか軽井沢蓼科を擁する東信にとっては長野県内の対立よりも関東方面との付き合いの方が重要問題。
  3. 「東(上田・佐久)」はたいした勢力がなく、「南(伊那・諏訪)」は名古屋の文化圏扱い。
    • その南でも温度差がある。完全な名古屋文化圏の下伊那(飯田あたり)、東京文化圏の諏訪、緩衝地帯の上伊那(駒ヶ根あたり)…。地域内ですらこの調子だからなぁ。
    • 松本市民の頭の中にある「信州ヒエラルキー」では、松本が「唯一無二の王都」であり、東信の各都市は「松本の引き立て役」か「格下の存在」として処理されている。東信は関東の植民地」というレッテルを張り、東信地方が東京(高崎・大宮経由)との結びつきが強いことを捉えて、「あいつらは関東に魂を売った」くらいに思っている。松本人が「新宿」という都会を使いこなしている(と思っている)のは「洗練」だが、東信が関東と繋がるのは「主体性のない田舎者の擦り寄り」と解釈する。全く救いようのない勘違いダブスタ野郎である。
      • 上田出身者が松本人に言われた「いつまでも真田丸にすがってるんじゃねえよ」との暴言。「白線流し」にいつまでも縋っている松本人には特大のブーメランに他ならない。
  4. 木曽と伊那も、昔国鉄と高速道路を取り合った遺恨が残る(今度トンネルでつながるのでピリピリしてる)
    • 今では諏訪と伊那がリニアの取り合い。
    • 結局どっちも通らないルートって事になったね。
  5. 正直、中信以南の人間は県庁所在地がもう少し南にあって欲しいと思っている。名古屋市甲府市の方がはるかに近いんだもの(距離的にも心情的にも…)。
    • 地理的にはやはり松本市が県都に相応しいんですよねぇ。
      • そう、地理的にはね。ただし県域の端に県都がある県も沢山あるし、県庁所在地より栄えてる県内都市を持つ県も少なくない。松本は県の中央付近という利点があるが、そもそも全ての盆地が山で隔てられてる信州では中心という利点が意味を成さない。
        • 県域の端にある県都は、中央から見て窓口に当たる便利な場所に県都があり(鳥取・島根・奈良・和歌山)、中央から見て一番奥の不便な場所に県都があるのは長野県だけ。島根の県都が浜田にあるようなもので、明らかに場所がおかしい。
        • そのため三遠信道路が着工36年経っても開通の見込みも立たない、中央東線の複線化が今だに出来ないなど、中南信の不便さの解消など望むべくもない。
          • 中央東線の複線化は「んなことされるとあずさが全部通過して客が来なくなる」と下諏訪の観光関係者がごねているのも一因。実際2019年のダイヤ改正であずさの下諏訪停車本数が大幅減になってJR東の本社に怒鳴り込んだし。