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もしバブルがなかったら

1987年から1991年の「バブル景気」ですが、もしこの時期にバブル景気が発生しなかったら?

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  1. 高級品ブームになることもなかった。
    • 仮にあったとしても落ち着いたものとなっていた。
  2. 第二次ベビーブーム世代以降の大学進学率は上がらなかった。
    • よって受験戦争も起こらず。
    • 大学は今でもエリートが行く所。
      • 女子の高等教育は今でも短大が主流で、学科も家政科が中心。
        • 四年制大学の女子学生も文学部や家政学部といった特定の学部に偏り、卒業後は就職せずすぐにお見合いして結婚するのが多かった。
        • 短大の四大昇格も少なかった。
      • なんJで炎上した彼くらいの学力だと、国士舘大学に進学することもできなかった。
    • この世代が普通に結婚するので、20世紀末に第三次ベビーブームが起こる。
      • それでも日本は学歴社会なので、バブルの有無に関わらず大学進学率は高水準で推移していったでしょう。
      • 社会人入試や編入学が現実より常態化するか、或いは大学入試が撤廃される為。
        • 大学入試が撤廃されることはないだろうが、少なくとも平成以降に誕生した大学は現実よりももっと少なかった。
      • ただ、20世紀末から21世紀初頭にかけて第3次ベビーブームは起きている。
      • この世代においても女性は今でも20代中盤までに結婚することが当然となっていて、「婚活」「非婚」などという言葉は存在しなかった。
        • 2000年には出生数が170万人台にまで回復していた。
        • 「晩婚」も。
        • むしろ名字が変わることや家父長制に縛られることを嫌って事実婚や非婚を選ぶ女性は、史実通り経済状態に関係なく増えていた。
      • 第二次ベビーブーム世代が40歳前後になってから駆け込み出産をするという現象も発生しなかった。
        • 40歳以上の出産件数及び出産率は1960年代以降ずっと低水準のままで推移していた。
      • 幼稚園も殆どが4歳児以降の2年間保育であった。3歳から幼稚園に通わせるケースは少なかった。
      • 大学に行かなくとも高卒でもそこそこの職に就けるため、平均的な年収の家庭やブルーカラーの家庭でも子供3人をもうけるのはごく普通だった。
        • むしろ女性の社会進出やキャリア上の都合、命を懸けて体を壊すリスクを冒してまで生みたくないという人が増えていたので、経済状態に一切関係なく何をやっても出生率は落ちて、独身率は高くなっていた。
          • 上記のような女性たちの中には、海外に渡ったりして、日本の社会を批判したりした。
            • そして、日本のSNSでは叩かれる。
    • あまり豊かでない家庭の子は無理に大学に進学せず高卒で就職する道を選んでいたので、奨学金の返済が問題になることもなかった。奨学金は現在でも無利子が主流。
      • 無利子どころか返済義務のない給付型が主流。
      • その代わり奨学金の給付や貸付を受ける条件はかなり厳しく、高校時代の評定平均値が最低でも4.3以上でないと認められなかったほか、大学在学中に成績が悪かったり、留年をした場合は給付をストップされるといったペナルティも設けられていた。
    • 高卒で就職する者が多いこともあり、居酒屋やコンビニエンスストアの店員などは大学生をアルバイトとして雇わず、高卒もしくは中卒の新卒者を正規従業員として採用するため、所謂「ブラックバイト」の問題は発生しなかった。
      • アルバイトによる不適切動画が投稿されるいわゆる「バイトテロ」もなかった。
        • むしろ貧困地域では無敵の人が積極的に治安を悪くしていた。
        • 親世代が現実よりも苦労していたため、親のしつけが厳しくなっていたと考えられるため2020年代に入っての飲食店における迷惑行為もなかっただろう。
    • 工業高校や商業高校など実業科が現在でもある程度のレベルを保っている。
      • 高等専門学校も同様。これらの学校が発達障害者の受け皿として現実よりも機能していた。
        • 海外のコミュニティカレッジのような短大・専門が増えていたかもしれない
    • 女子の場合現在でも高卒・短大卒で大手百貨店や商社・都市銀行などに就職可能になっていた。
    • 団塊ジュニア世代が普通に就職できていたのと、バブル世代を大量採用することもなかったため、各企業において社員の年齢構成が歪になることもなく、世代交代もうまくいっていた。ひいては技術の伝承もうまくいっている。
      • 2010年代後半になって各業界で人手不足が起こることはなかった。
        • 外国人を労働力として雇用しようとする動きもなかった。
        • 日本企業の国際競争力が落ちることもなかっただろう。
        • 少子化がなく各業界で世代交代が順調に進んでいたため、定年が55歳や60歳から更に引き上げられることもなかった。
          • そして60代に入っても嘱託の契約社員として会社に残るベテラン社員も多くならない。
          • 年金も60歳から満額支給され、60歳の定年を過ぎると年金と退職金と現役時代に貯めた貯蓄だけで悠々自適な生活を暮らすことが可能で、「老後貧乏」という言葉もなかった。
        • 2020年代に入ってバス路線の廃止が相次ぐこともなかった。場合によっては新幹線の車内販売廃止もなかったかもしれない。
          • 2024年問題もなかった。
        • それに伴う諸物価の高騰も現実ほどではなかった。
          • 2020年に入って新入社員の初任給がいきなり30万円とかいうこともなく、上の世代から白い目で見られることもなかった。
      • 入社後の昇進も順調に進んでいた。
    • 大学進学率は2010年代後半でも30%くらいで推移している。
    • 大学生の一気飲み文化は生まれなかったかもしれない。
      • 学生の経済力が現実ほど上がらなかったため。
    • 「学生マンション」というのは存在せず、今もアパートに下宿するのが常識だった。
      • 寮母さんがいる学生寮も現実よりも多く残っている。
    • 理系でも大学院に進む学生の割合は低かった。
      • 大学院に行かなくても学部卒でも研究職などに充分就くことができるため。
    • 薬学部は未だに4年制のままで、医学部・歯学部は6年制の医学科、歯学科のみであった。
      • 看護や保健、口腔保健などの学科はすべて3年制の短大であったので、「なんちゃって医学部」の出現はなかった。
        • 司法試験改革もないので、なんちゃって弁護士の出現もなかった。
          • インターネットの書き込みを専門にする弁護士という仕事もなかっただろう。
          • 歯科医が必要以上に増えることもなかっただろう。
  3. 1990年の「国際花と緑の博覧会」は開催されなかった。
    • 地下鉄長堀鶴見緑地線も建設されず。
      • 大阪の地下鉄は今でも御堂筋・谷町・四つ橋・中央・千日前・堺筋の6路線。
        • 2000年代になって長堀鶴見緑地線の大正~玉造の部分が開業していたがリニア方式にはならず、玉造から枚岡方面へ東進するルートで開業していた。
          • 路線名はもちろん「長堀線」
    • 大阪市の湾岸開発が行われなかったので、大阪市の財政が悪化することはなかった。
      • 大阪市は2008年の夏季オリンピックの候補地に立候補しなかった。
      • 大阪ドーム(京セラドーム大阪)も建設されなかった。
      • 南港・舞洲周辺は未だに文字通りの孤島状態だったか?
      • ユニバーサルスタジオジャパンも建設されなかった。
        • そのため、甲子園阪神パーク、宝塚ファミリーランド、奈良ドリームランド、神戸ポートピアランドなどはもう少し長く営業を続けていた。
      • JR桜島線は今でも工場労働者の足としての通勤路線でだった。
      • 大阪市交通局の民営化もなかった。
    • 開催されていたとしてもBIE認定博ではなく、単なる地方博になっていた。
      • その場合入場者数も現実(約2300万人)の半分にも満たなかった。
    • その場合、大阪・関西万博の開催が史実よりも早まっていたかも。早ければ平成のうちに開催できていた。
      • おそらく2005年(史実で愛知万博が開催された年)か2010年(こちらは愛知万博が開催されなかった場合に限る)に開催されていただろう。
        • 前者の年だった場合は阪神タイガースの2年ぶりリーグ優勝と合わせて語り継がれていた。
        • 2025年のそれは逆に愛知で開催されていた。
  4. 女の子の名前は今も「子・美・恵・代」で終わる名前が主流。
    • それはバブルとあまり関係ないのでは?
    • ひらがなやカタカナの名前も多い。
    • 美の付く名前以外はほぼ史実通りの流れになると思う。美の付く名前はオイルショック後からバブル前までが全盛期でそれ以前もそれ以降も少ないのでバブルがなければ史実よりは普及していたと思う。
    • 当然ながらキラキラネームはなかった。きらびやかな名前があるとしてもせいぜい「えりか」、「えりな」、「あんな」といったレベルで留まっていた。
    • 男の子の名前は今も「男・夫・雄」も健在だ。
  5. 1980年代後半にデビューした車、電車でもデザインが完全に古臭いものになっていた。
  6. ハイソカーブームはなかった。
    • 但し、欧米からの輸入高級車に対抗するため、日本製高級車ブランドは史実同様誕生した。
    • 意外とSUV&CUVブームが生まれ、ミニバンやピックアップトラックが普及している。
    • 日産・シーマ、日産・セフィーロ、ホンダ・インスパイア、三菱・ディアマンテ、マツダ・センティアも存在しない。
  7. 車、電車のデザインの近代化が現実より遅くなっていた。
    • いや、海外市場を考慮するとそうとは言えない。
  8. 平成新局や民放FMの開局ラッシュもなく、コミュニティFMもなかった。
    • ほとんどの地方でもテレビ局は2~3局止まり。
    • 山形テレビのネットチェンジもなかっただろう。
  9. 現実のような女性優遇社会にはならなかった。
    • 社会が女性優位になったのはバブル期からのため(アッシー・メッシーなど)。
    • 女性専用車両は設定されなかったか設定されたとしても朝夕ラッシュ時の一部列車だけだった。
    • 飲食店や映画館などでの「レディースデー」というのも存在しない。
    • コンビニのトイレも男女兼用・女性専用に二分化する事もなかった。
      • 項目22にも書いてあるけどそれ以前にコンビニがトイレを貸すこと自体がほとんどなかったかと。
    • いわゆるフェミニストが多くならない。
    • もし日本で男女共同参画社会が進展しなかったらに書かれている半数以上は現実のものになっていた。
  10. 「#MeToo」の類も史実ほど日本に広まらなかった。
    • ツイフェミの異端性は史実以上だった。
      • 史実とあまり変わらないなぁ…
  11. 長い目で見るとこの方が良かったのではと思われる。
  12. 郊外のニュータウン開発はあまり進まなかった。
    • 地価高騰により遠隔地に移り住まなければならないということがなかったため、都心回帰が1980年代のうちに起こっていた。
      • 地上げの発生もないので、都心の下町コミュニティも維持できていた。都心部にできた不自然な空き地や廃屋も当然ながら存在せず、古きよき下町文化が保たれていた。
    • 大学キャンパスの郊外移転は活発化せず、大都市における小中学校の廃校も史実より少なかった。
      • 大学はむしろキャンパスの都心回帰が進んでいた。
    • 茨木台ニュータウンのような僻地ニュータウンは最初から開発されなかっただろう。
  13. モンスターペアレントの問題も起こらなかったかも。
  14. 日本のお見合い結婚と恋愛結婚の比率は1985年以来ほとんど変わらなかった。
    • 所謂「草食系」でも結婚できるので、女は29歳までに、男も34歳までには99%の人が結婚していた。
    • 男女交際未経験の所謂恋愛弱者に対しては、親戚や近所のお節介おばさんによって半強制的にくっつけられて無理にでも結婚させられていた。
      • 「子供部屋おじさん」「子供部屋おばさん」は存在しなかった。
        • 独身者やDINKSを異端視する風潮が根強く残った。
  15. 田舎や住宅地の地価が安い市町村中心に売れるため、広い敷地を必要とする住友不動産ホームのアメリカンコンフォート(1坪26万円~)は、生産・販売終了にはならなかった。
  16. 広島建設のセナリオハウスのような中間コストを省いた自社一貫工事、一括仕入れによる低価格ハウスメーカーは、現実よりも多くなっている。(田舎や住宅地の地価が安い市町村中心)
  17. 狭い敷地に広い家が建つ3階建て住宅・高層タイプの注文住宅は、現実よりも少ない。
    • 高層マンション・タワーマンションは、現実よりも少ない。
  18. ダイエーは現実ほど拡大路線に走らず、その後の経営悪化もなかった。
    • 球団を保有することもなかったかもしれない。
    • 産業再生機構のお世話になることもなかった。
    • その後の店舗閉鎖も現実より少なく、現在でも流通業界1位の座を維持している。
    • ましてやイオングループの傘下に入るなんてことはなかった。
    • ダイエーだけでなくマイカルも独立した大手スーパーとして現存している。
      • 逆にイトーヨーカドーは関西以西に進出せず、東日本限定のスーパーにとどまっていたかもしれない。
    • ダイエー・マイカルを傘下に収めなかったことからイオングループは現実ほど大きくならなかったかもしれない。
      • 駅前立地の都心型店舗はダイエー、郊外型店舗はイオンというように棲み分けができていた。
        • そもそもイオンになっておらず、ジャスコのままだった。
    • そごうも拡大路線に走らず、その後の経営破綻やセブン&アイグループとの経営統合などもなかった。
      • そごうの本店は今も大阪の心斎橋
        • そごう神戸店と西武高槻店が阪急百貨店に移管されることもなかった。
          • そごう・西武が関西から撤退することはなかった。
    • 史実でダイエーに吸収合併された忠実屋・ユニードなどはダイエーグループ入りすることはあっても独立したブランドとして残っていた。
      • その場合ダイエーと松下との取引は復活せず1970年代以来ダイエーは松下製品を扱わない状態が続いたかも(史実では忠実屋との合併が松下との取引再開のきっかけになった)。
      • ダイエーではなく直接イオングループ入りしていたかも。あるいは別の流通グループに加入していた。
    • ローソンは今もダイエーの子会社で、関西では圧倒的な力を持っていた。
      • 逆にセブンイレブンはあまり西日本で拡大しなかったかもしれない。
        • セブンイレブンの西日本進出は早くても21世紀に入ってからであった。
      • サークルKやサンクスがファミリーマートに合併されることもなかったかもしれない。
  19. B級グルメが1990年代から注目されていた。
    • ラーメンブームや讃岐うどんブームも現実よりも早く起こっていた。
  20. ソーシャルゲームは普及するも、課金重視な風潮にはなっていなかった。
    • モンスターストライク、グランブルーファンタジー、Fate/Grand Order、マギアレコードはすべて史実ほどヒットしなかった。
      • そもそもアニプレックスが未だにソーシャルゲームに参入していないかも。
      • アイドルマスター シンデレラガールズ、ガールフレンド(仮)、パズドラ、ウマ娘 プリティーダービーも。
      • 史実においてソーシャルゲームを主力にしている企業は未だに無名の企業のままだったか、家庭用ゲームソフトを主力にしていたかも。
  21. 大手スーパーは今でも定休日を設けていた。
    • 百貨店も。
    • 営業時間も一部を除いて未だに夜7時閉店や夜8時閉店が普通。
      • バブル期以降(特にバブル崩壊後)営業時間が著しく伸びたのは否めないから。
      • 史実のように夜10時まで営業とかは未だにほとんどないはず。
    • 百貨店やスーパーでさえ正月三が日は休業していた。個人商店に至っては1月6日からという所も多く、正月三が日で開いているのは喫茶店や玩具店だけ。
    • 自動車ディーラーやガソリンスタンドは現在でも日曜日が定休日だった。
  22. コンビニエンストアやすき家など24時間営業のお店が史実以上に増えることはなかった・・・か?
    • コンビニは夜11時閉店が主流だったかも。飲食店も夜10時閉店だったのでは?
      • 「セブン-イレブン」の本当の意味が現実以上によく知られていた。
      • コンビニ経営者が長時間労働で本部を訴えるようなことはなかった。
    • 夜中にやっているといえば未だに飲み屋か屋台がほとんどだったと思う。
    • ワタミやモンテローザといった居酒屋チェーンも史実ほど店舗が増えていない。
    • 駅売店がコンビニに業態転換することもなかった。
    • 駅弁業界や駅における立ち食いそば屋も現実ほど衰退しなかった。
    • 節分の恵方巻ブームは現実ほど広まらなかったかもしれない。
      • 広まった要因にコンビニ業界によるPRがあったため。
      • 巻き寿司の大量廃棄という問題もなかった。
      • 現在に至るまで関西ローカルの風習だった可能性が高い。
  23. 公共のトイレが質・量とも貧弱なままだったかも。
    • バブル期以降百貨店を筆頭にトイレを強化したのは確かだから。
    • 加えてバブル崩壊もないためコンビニがサービスとしてトイレを貸すことにならなかったと思う。
      • バブル崩壊による客足の減少を減らす目的の一環として導入されたはず。
    • その一方で喫茶店は今より客足が入っていたはず…。バブル以前だとお外でトイレを借りるとすればまず喫茶店に立ち寄るがありがちなパターンだったから。
    • 多目的トイレという概念は未だになく障害者用トイレのままだった。
      • 項目9の女性優遇とも関連するが女性の社会進出により妊婦さんや子連れママさんのために障害者用トイレを多目的トイレとして広く開放した側面があるから。お年寄りのためでもあるけど。
        • 障害者用トイレは健常者が利用しないよう常時施錠されていることも多くなっている。
          • このことに関して撤廃したのは2000年以降のこと。
        • 電車やバスの優先座席も未だに高齢者と身障者のためのイメージが強いまま。
        • 渡部建の多目的トイレでの騒動はなかったか、障害者用トイレを使って事に及んだのを史実以上に叩かれていたかのどちらかだった。
      • 男子トイレは今でも発展場として使われていた。
    • ウォシュレットが本格化したのは2000年以降のこと。
    • 今でも有料トイレというものがあちこちに存在している。
    • 加えてトイレは未だに和式が主流。洋式トイレにはわざわざ「洋式」という表示があるのが普通だった。
    • 関西では今も鉄道駅のトイレの個室にトイレットペーパーがないのは当たり前だった。
  24. 意外と自販機に関しては今以上にあちこちにあった可能性がある
    • バブル以降24時間コンビニの普及でジュース系以外の自販機が衰退した事実があるから。
    • 24時間営業の店がほとんどなければ代わりとして食べ物系や雑貨系の自販機も必要になる。
      • 80年代ぐらいまでは普通にあったオートレストランは今もそれなりに健在。
      • カップヌードルの自販機なんかも今も普通に町中で見かけるようになっていた。
      • うどん自販機なんかも近代的に進化し、ICカードが使えるものも出現していた。
      • 麺類や弁当の自販機が減少せず、レトロ扱いされることもなかった。
        • 史実で2020年代に製造されブームになった冷凍食品の自販機の誕生も早まったかも。
        • 多くの店が休んでいる正月とかには重宝されたかもしれない。
  25. 日本人で初めて宇宙に行ったのは1990年の秋山豊寛さん(TBS記者)ではなく、1992年の毛利衛さんだった。
  26. 回転寿司やファミレスが地方に進出することもなかった。
    • 個人の寿司屋が衰退することもなかった。
      • いわゆる「町中華」も。
      • というか、個人経営の飲食店自体が現実ほど衰退しなかった。
  27. 堤義明と堀江貴文が証券取引法に違反することはなく、西武グループやライブドアは騒動にならなければ上場廃止になることもなかった。
    • 村上世彰も。阪神と阪急が経営統合することもなかった。
  28. 日本人の働き方は現実よりも余裕を持ったものになっていた。
    • 過労死なども現実よりも少なかった。
    • 「働き方改革」という言葉も生まれなかった。
    • 深夜に渡る残業は現実ほど多くなかったかもしれない。
      • 一部のエリートビジネスパーソンに限ってはこの限りではない(当然、給料もそれ相応に高いが)。
    • もちろんブラック企業問題もなかったか、もっとマシになっている。
  29. 日本は現実ほど拝金主義にはならなかった。
  30. 個人情報保護法は施行されていなかったかもしれない。
    • 死亡者以外の被害者も実名で報道されていた。また、容疑者の名前は成人であれば微罪であっても公表されていた。
    • 小学生は学校の外でも普通に名札を付けて登校し、ランドセルには名前や住所を記入する札を差し込んでいた。
      • ランドセルの色も男子は黒、女子は赤と性別による区別のみで、色の多様化は起こらなかった。
    • 小学生男子の、短い半ズボンも、数は減っても絶滅は免れていたかもしれない。
  31. なんだか、こっちの方がその後の日本にとってはよかったような気がする。
  32. ハッピーマンデー制度が実施されていなかった。
    • 成人式は今も1月15日に行われている。
      • 新成人の区切りも1月15日で区切る単純年齢方式であったほか、成人年齢の18歳への引き下げもなかったかもしれない。
    • 週休二日制も現実ほど一般化しなかったかもしれない。
      • 「半ドン」という言葉が今も存在し、鉄道にも土曜ダイヤが存在していた。
  33. 東京一極集中が現実ほど進まなかった。
    • 地方が現実ほど衰退することもなかった。
    • 大阪資本や名古屋資本、その他西日本資本の企業が本社を東京に移転することはほとんどなかった。
    • 逆に東京資本や東日本資本の企業が西日本に進出・出店する動きもなく、日本の企業は東西ではっきり分かれていた。
      • ヨドバシカメラビックカメラヤマダ電機などが関西に進出することはなく、中川ムセンやニノミヤと言った関西系家電量販店の倒産はなかった。
        • 関西で家電量販店と言えば今もジョーシンで、ターミナル駅への進出も積極的に進めていた。
        • 現実にヨドバシ梅田がある場所は三越が北浜から移転してきたか、ダイエーあたりが大型店舗を建設していた。
        • 京都駅ビルは現実ほど大規模にならず、伊勢丹の進出もなかった。よって京都駅前にあった近鉄百貨店の撤退はなかった。
          • 繁華街としての四条エリアは現実ほど衰退しなかったことから、京阪京津線の利用客減少も現実ほどではなかった(京津線の利用客減少は御陵以西の地下鉄移管の他に京都駅ビルの開業による買い物客の移行もあったので)。
  34. 宿泊施設のテレビは現在でも有料のまま。
  35. おせち料理は未だに家で作るのが一般的で、購入するのは少数派であった(史実では「おせちは買うもの」が定着したのはバブル期以降なので)。
    • 正月営業している百貨店やスーパーは現実ほどなかったのでおせち料理自体は現実よりも重要性が増していた。
  36. 六本木ディスコ照明落下事故は起こらなかったかもしれない。
    • ジュリアナ東京もなかっただろう。
  37. 100円ショップが小売業界において大きな市場になることはなかった(実際にそうなったのはバブル崩壊後からのため)。
    • そのため、ダイソー(大創産業)は現実ほど大きな存在にならなかった。
  38. 徳間書店が経営危機に陥る事はなく、テレビランドなどの雑誌が突如休刊になることもなかった。
  1. 企業がバブルに踊らされなかったので、1980年代後半~90年代前半にかけても技術の進歩がすごかった。
  2. 1990年代前半には携帯電話が爆発的に普及、90年代も中盤になるとiモードやカメラ付き携帯が登場する。
    • 2000年代前半には公衆電話が絶滅していた。
      • 同時にスマートフォンのシェアが増していき、2010年前後には普及率9割を超している。
      • LINEなどのメッセージ通話アプリの普及も早まった。
  3. インターネットも1980年代後半には一般化。
    • ウィキペディア・ニコニコ動画・Pixiv・Chakuwiki・twitterといったインターネットサービスも少なくとも20世紀中に存在していた。
      • youtubeも忘れずに。
      • facebookもお忘れなく。
      • つまり、ウィキぺディア=1991年、Chakuwiki=1995年、ニコニコ・twitter=1996年、Pixiv=1997年ということ?
    • IoT(モノのインターネット)化もTRONプロジェクトのおかげで史実よりも5〜10年ほど早まっていただろう。
    • 移動体通信の5Gシステムも2017年くらいには実現していた。
    • いくら日本が技術進歩したところで、インターネットの普及は史実通りだったか数年早くなったくらいだと思う。
  4. 薄型テレビも前世紀中に登場。
    • 地上デジタル放送は2000年頃に完了。
  5. ipod等の携帯音楽プレイヤーも1990年代前半に登場。
    • MDはこの世に存在しなかったかもしれない。
    • ウォークマンもMP3プレイヤーに切り替わるのが早まっていた。
  6. DVDは1990年代中盤までに、HDDレコーダーは2005年までに普及していた。
    • VHSは2000年代前半に業務用を除き絶滅していた。
  7. 宇宙開発関連の技術の進歩も史実より急ピッチで進み、21世紀には宇宙飛行士以外でも簡単に宇宙に行けるようになった。
    • とはいえ日本の過密化対策のため宇宙への観光旅行は普及せず、宇宙植民地の建設がメインとなる。
    • これに関してはバブルの有無にはほとんど関係しないと思う。宇宙開発の中心はロシアと20世紀までのアメリカで日本は今も昔も余り携わっていないから。
      • スペースシャトルが事実上の失敗に終わったことが20世紀に予測されたような宇宙開発の進度から大幅に遅れてしまった大きな要因だから。
  8. 全保有台数対軽自動車のシェアは、40%程度と現実よりも多い。
    • トヨタ・ヴィッツ、マツダ・デミオなどのコンパクトカーのシェアも現実よりも多い。
  9. ハイソカー・オフロードSUVを所有している家庭は現実よりも少なかった。
    • ハイソカーブーム・オフロードSUVブームはなかった。
      • 日産・シーマ、スズキ・エスクード、日産・セフィーロ、スバル・ビッグホーン/ホンダ・ホライゾン、いすゞ・ミュー/いすゞ・ウィザード/ホンダ・パスポート、ホンダ・インスパイア、トヨタ・ランドクルーザープラド、三菱・ディアマンテ、ダイハツ・ロッキー、マツダ・プロシードマービー、三菱・RVR、マツダ・センティア、スズキ・ジムニーシエラ、日産・ミストラル、ホンダ・クロスロード、トヨタ・RAV4、スバル・レガシィアウトバック、日産・ラシーン、三菱・パジェロミニ、スズキ・X-90、ホンダ・CR-V、三菱・パジェロジュニアも存在しない。
    • 3ナンバー車は今でも最高級車くらいでクラウンですら未だに5ナンバーのまま。
      • 外車に至っては未だに左ハンドル車しかなく、上流層しか乗らないような高嶺の花のイメージという認識のまま。
  10. 現実より10年程度早く、日本の石炭火力発電は、蒸気タービンの圧力や温度を超々臨界圧という極限まで上昇させる方法で、欧米やアジア諸国に比べ高い発電効率を実現される。
    • 以来、コストがかさむ石油火力発電・地震や津波に弱い原子力発電を大幅に減らして石炭火力発電(発電電力量全体の60%)・LNG火力発電・水力発電が主なエネルギー源となる。
      • 各地の炭田が史実より長く稼働している。
        • 夕張や筑豊の地盤沈下はなかった。
        • 多少はましになっただろうけど炭鉱衰退は高度経済成長期後半から起きているから例えバブルがなくても衰退したとは思う。
  11. 自動車に使われる石炭→ガソリン液化燃料技術は、10年程度早く実現される。
    • 以来、ガソリンに石油は殆ど使われなくなる。
  12. LED照明は20世紀のうちに実用化されていた。
  13. 温水洗浄便座(ウォシュレット)は史実より普及率が高かった。
    • これに関しては逆だと思う。バブル期に百貨店等がトイレを充実させた際に目玉としてウォシュレットを導入して世間の人がウォシュレットを知るようになったのが普及のきっかけだったはずだから。
      • むしろ伝統的な和式トイレが家庭でも一定数残ったような気がする…。
  14. 洗面台・バス・トイレなどのサニタリーは史実より充実しているかもしれない。
  15. スーパーファミコンは当初の予定通り、1989年に発売されていた。
  16. マツダの5チャンネル化はなかった。
  17. 新型コロナウィルスの大流行の時にも日本は世界に先駆けていち早くワクチンや治療薬を開発し、2021年の春までには日本の全国民のワクチン接種が完了し、2021年中には飲み薬を処方すれば入院しなくてもコロナが治るようになっていた。
  18. 日本のテレビアニメは1990年代初頭の時点でデジタル彩色による制作が主流になっており、セル画制作のアニメは20世紀終了時点で「サザエさん」を除き絶滅していた。
    • ドラゴンボールZをはじめとする東映アニメは1992~93年頃より、それいけ!アンパンマンは1995年頃より、忍たま乱太郎は1996年頃より、ドラえもんやクレヨンしんちゃんや名探偵コナンは1997年頃よりそれぞれデジタル彩色に移行していた。
      • ただし、ドラえもんとアンパンマンと名探偵コナンの劇場版は1998年頃よりデジタル彩色に移行。
      • ちびまる子ちゃんも第2シリーズ開始の時点でデジタル彩色に移行していた。
    • こち亀やポケットモンスター、犬夜叉は初回からデジタルで制作されていた。

スポーツ

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  1. 1998年の長野オリンピックは開催されなかった。
    • この場合、2008年の夏季五輪は北京ではなく大阪になっていた可能性もある。
      • 但し2008年のリーマンショックがなかった場合のこと。
        • さすがに無関係かと。オリンピックの開催地決定は2001年に行われたので。
      • 「大阪が2008年の夏季オリンピックの候補地に立候補することはなかった」と先述されているのでそれはなかったはず。むしろ東京か横浜か名古屋か福岡か(関西繋がりで)京都あたりが立候補していたかと…
    • 長野は2014年か18年あたりに立候補していた。
  2. 全日本女子プロレスは2010年現在も存続していたか20世紀中に解散したかのどっちかになっていた。
  3. Jリーグもなかったか、あっても史実より地味だった。
    • ワールドカップ出場でやっと少し盛り上がる程度。
      • 〝ドーハの悲劇〟の知名度が若干下がっていた。
      • 2002年ワールドカップに立候補もしなかった。2022年が日本になったかもしれない。
    • 外国の代表経験者は現実ほど多く在籍していなかった。
      • その代わり日本人が得点王になるシーズンが増えたかも。
  4. マイク・タイソンも来日しなかった
    • 日本人の世界戦乱発もなく、史実と比べて試合の質も全体的に高かった。また、海外での挑戦も多かった。
  5. 2020年夏のオリンピックは、東京ではなく名古屋が立候補していた。
    • その場合、2020年夏のオリンピック開催地が決まる際の特番で『名古屋 32年前のリベンジなるか?』と言われていた。
      • そして、名古屋開催が決定した場合『名古屋 32年越しの悲願達成!!』という見出しで開催決定を報じていただろう。
        • 名古屋城天守閣が木造天守に建て替えられるのもオリンピックに間に合うように行われていた。
          • 名古屋駅周辺の再開発もオリンピックに間に合うよう前倒しされ、同時に名鉄名古屋駅の改良工事も行われていた。
    • 名古屋ではなく福岡だったかも。
      • あるいは国際的な知名度が高い京都が立候補してたかも。
      • あるいは横浜が立候補してたかも。
    • 2008年の時点で既に大阪で開催していた。2020年は僅差で北京に奪われるものの、2032年か2036年に名古屋で開催決定。
    • 大阪が立候補することはないと先述されている。よって名古屋での夏季オリンピックは2008年か2020年に開催。2008年が史実と同様北京の場合は2020年は名古屋での開催になる。
      • その場合2025年の万博は大阪ではなく福岡で開催されていた。
      • 名古屋ではなく横浜か(関西繋がりで)京都だったかも。
    • その場合近鉄の新名阪特急「ひのとり」は1年早く登場し、オリンピックを前に名阪甲特急の全列車を置き換えていた。
    • マラソンや競歩は名古屋では夏暑過ぎるという理由で、飛騨高山で開催されていた。
      • だがそれだとアップダウンが激しいため名古屋にするよりも熱中症が発症してしまった。
    • 2020年代以降にサッカーワールドカップの日本単独開催が実現していた。
  6. 年寄名跡の相場がさほど高騰しなかった。
    • 郊外に立地する相撲部屋は現実より少なかった。
  7. SWSは旗揚げされなかった
  8. プロ野球の人気低迷は史実ほど進まず、2004年の球界再編問題も発生しなかった。
    • 近鉄と阪急は現在も球団を所有し続ていおり、尚且つ前者は野茂英雄、後者はイチローのおかげで90年代以降になってようやく高い支持を得る。
      • 阪急の場合、小林公平がバブルに目がくらんで調子に乗り不動産へ過剰な投資をしないので1988年の球団売却は回避できただろう。
        • 当然のことながら、神戸移転もその後の大阪ドーム移転もなく、本拠地は現在も西宮球場のまま。
        • 2000年代~2010年代における暗黒時代もなく、1997年から2020年の間にも必ず一度はリーグ優勝があっただろう。
          • おそらく2008年か2014年のいずれかに優勝できていた。
      • 近鉄はバブルに気を良くして闇雲な事業拡大に走ることもないので、その後の経営悪化もなく球団売却も歌劇団解散も回避できた。
        • 近鉄バファローズの大阪ドーム移転はなく、藤井寺球場時代が史実より長く続いた。
          • その場合、あべのハルカスも建設されなかった。
          • 少なくとも1990年代(特に野茂英雄が近鉄にいた前半期)に一度はリーグ優勝があっただろう。
            • 1991・1992・1994年のいずれかに優勝できていた。
        • 本業でも2010年代に入っても通勤用の新車を導入できていた。
      • 近鉄と阪急が球団を所有し続けるため、オリックスはいつまでも球界へ参入できず、新規参入という形で一から自前で球団を旗揚げして参入。
        • むしろオリックスは南海を買収していたかも。ダイエーが球団保有に動かなかった可能性が高いので。
          • 南海球団がオリックスに買収された場合、球場の本拠地は九州ではなく中百舌鳥になり「堺オリックスホークス」になっていたかも。
      • よってプロ野球セ・パ交流戦は現在に至るまで実現していない。
    • 阪神の1990年代後半の暗黒時代は回避できた。
      • まして1995年の震災の直後に阪神タイガースが身売りの危機に直面することもなかった。
      • 野村克也、星野仙一は阪神の監督に就任せず、2001年のオフに野村監督夫人の脱税事件に球団が振り回されることはなかった。2003年に阪神タイガースは優勝していない。
        • 阪神の優勝は1986年から2002年の間にも必ず一度はあっただろう。
          • 1992年か1999年のいずれかに優勝していた。
        • この場合2008・2010・2014年のいずれかに優勝できていた。
          • 2021年も。
    • 西武は史実ほどの連続優勝はなく優勝回数は史実より分散的になるが、黄金期自体はその分史実よりは長くなるだろう。
      • 森監督時代は優勝できなかった年がもう1年は多かった。
        • 1989年のオフに森祇晶監督が堤義明オーナーから冷やかされることはなかったかも知れない。
        • その場合、近鉄が日本一になれていた可能性が高い。
      • 2008年以降も日本シリーズに進出できていた。場合によっては日本一にもなれていただろう。
        • ↑2009年以降では?
    • 巨人・日本ハムの後楽園球場時代が史実より長く続いており、東京ドーム移動は少なくとも1990年代にずれ込んでいた。
      • 日本ハムは1982年から2003年までの間にも「日本ハムファイターズ」名義でのリーグ優勝がもう1年はあっただろう。
        • この場合1993・1996・1998年のいずれかに優勝できていた。
  9. 大相撲の初土俵において大卒力士の幕下最下位付け出しは現在も無条件となっていた。
  10. 社会人スポーツから企業が撤退することもなく、実業団スポーツの衰退はなかった。
    • ダイエーは今もバレーボールチームを保有している。

国際関係

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  1. 貿易摩擦が幾分改善されていたかも?
  2. 諸外国とのオープンスカイ協定も早期に締結された。
  3. どの道アジア諸国とは競争になる。
  4. 日韓関係は史実より良好なまま現在まで推移したかと。
    • 韓国の金泳三政権と同時期の非自民政権が誕生しないため、日韓の連携が崩れることもなく、韓国が中国と擦り寄ることもない。
  5. 2024年に日本のGDPがドイツに抜かれることはなく、今でも世界3位だった。更にいうと、中国に抜かれるのも史実より遅い2020年前後だった。
    • もちろん一度も暴落する事なく緩やかに成長していった場合の話だけど。