コンテンツにスキップ

ざんねんな内閣総理大臣事典/平成時代・令和時代

  1. 全体的に無能ばかり…。
    • 有能といえるのは(賛否両論だろうが)小泉氏と安倍氏、小渕氏くらいではないだろうか。
    • 昭和戦後のような貫禄のある人物は皆無。
    • それが日本がアジアのトップから凋落してしまう原因になったのかもしれない。
      • とはいえ「日本は失敗国家だ!」などと喚くのは、流石に本物の失敗国家(ソマリアだのイエメンだのハイチだの)に住んでいる方々に対して大変失礼だとは思う。
      • それとともに北朝鮮のようなとんでもないトップを戴いてしまった国に住んでいる方々に対して大変失礼だとも思う。
    • 負担の少ない都道府県知事なら有能だろう人物もいる。こういった人物にとって内閣総理大臣は荷が重いと思う。
      • 有能扱いされている石原慎太郎や橋下徹さえ、もし総理になっていたらいろいろと叩かれていたはず。

平成元年〜平成12年

[編集 | ソースを編集]

宇野宗佑

[編集 | ソースを編集]
  1. 言わずと知れた「キング・オブ・ざんねん」。
  2. 女性スキャンダルで歴代最短の総理大臣となる。
    • 最短ではなく歴代4番目です。
    • 日本国憲法制定後でも羽田孜(64日)のほうが5日短い(宇野は69日)。
    • 純粋な在職日数だけなら宇野氏より短い首相もいるのだが、宇野氏はその理由がざんねんなので、ざんねんな首相の代表格として名前を挙げられることが多い。
    • 一部マスコミから「宇野ピンクザウルス総理」と揶揄された。
  3. これが元で、参院選で自民党は社会党に大敗した。まさに、戦犯である。
    • 宇野氏の地元・滋賀県では現職の大臣が野党系候補に敗戦。
    • 結局、自民党敗戦の責任を取る形でたった69日で辞任する羽目に。
  4. こち亀でも日暮熟睡男が「宇野首相って誰!?」とネタにされていた。
    • 1992年に日暮が登場した際、両津勘吉が「(日暮が寝ていた間)首相が竹下登、宇野宗佑、海部俊樹、宮澤喜一に変わった。」と説明しており、それについてのツッコミ?である。
      • ただしアニメでは1996年に登場したため、「細川護熙、羽田孜、村山富市、橋本龍太郎」の順番に変更された。
  5. 滋賀県出身であり、数少ない関西出身の首相だったのに…。
  6. 平成の首相で唯一、大卒の学歴を持っていない人物。
    • 彦根高等商業学校(今の滋賀大学の前身)を卒業後、神戸商業大学(神戸大学の前身)に進学したもののシベリア抑留の影響で卒業できずに中退してしまった。
  7. 上記の理由から、歴代最低の首相候補としてしばしば名前が挙がってしまう。
    • とはいえ東條英機や近衛文麿のように国家に甚大な害をもたらしたわけでは無いので、歴代「最悪」の首相とは呼ばれないことが殆どである。
  8. ざんねんな総理大臣の代表格として名前を挙げられがちだが、勉強熱心な人物であり首相以外であれば有能だったと擁護する意見も多い。
    • 第2次大平内閣では行政管理庁長官として特殊法人を整理しスリム化したことが評価されている。
    • 外務官僚からは「歴代外務大臣(宇野氏は竹下内閣で外相を務めていた)で一番良かった人」と言われていたそうだ。
    • また福田赳夫内閣や竹下内閣で宇野氏と一緒に仕事をした石原慎太郎も実は宇野氏に期待していたらしい(福田内閣では宇野氏は科学技術庁長官を、石原氏は環境庁長官を務めた。また、竹下内閣では石原氏は運輸大臣だった)。
  9. 芸能通の人間の間では、没後とはいえ美空ひばりに国民栄誉賞を授与した首相として記憶に残っているだろう。
  10. 平成改元後に就任した最初の総理大臣であると同時に平成期の総理大臣最初の物故者でもある。

海部俊樹

[編集 | ソースを編集]
  1. 愛知出身の政治家。第76・77代首相を務めた人物。
  2. 竹下登率いる経世会の傀儡政権だったと言われており、首相個人のリーダーシップは殆ど発揮されなかったと言われている。
    • ちなみに裏で操っていたのは主に小沢一郎(と金丸信)。その意味では細川護熙氏や羽田孜氏、鳩山由紀夫氏と共通する。
    • そもそも海部氏が首相になれたのはリクルート事件からまだ時間が経っていなかったのもあり、(前任の宇野宗佑もそうだが)金銭的に汚いイメージが無かったからという消去法的な理由に過ぎなかった。
      • 三木武夫の弟子だったというのもあり、本来は経世会とは対立する立場だったのだが…。
        • 海部は早稲田大学雄弁会出身だったため雄弁会の先輩・竹下と親しかった。だから海部と同じ河本派(三木派の後身)の所属ながら三木直系で経世会と対立していた鯨岡兵輔と坂本三十次は経世会が海部を自民党総裁候補として担ぎ出そうとした際海部擁立に反対して派閥領袖の河本敏夫を後継総裁とすべきだと主張した。
  3. 2009年の選挙では首相経験者であったにも関わらず落選し、高齢のため比例復活も叶わず政界を引退した。
    • まあ首相辞任から直後の選挙で落選した片山哲や菅直人氏よりはまだマシな扱いか。
  4. 首相としての評価はあまり高いとは言えない海部氏だが、文部大臣としては有能だったらしい。
  5. 国民人気は比較的高く、支持率は平均すると小泉内閣にも匹敵するほどだったが、歴史的評価はお世辞にも高いとは言い難い。
    • バブル崩壊に対処できなかったことと、湾岸戦争の時の優柔不断な態度が海部内閣の評価が低い理由。もっとも、バブルに関しては中曽根や竹下の責任も大きいと思うが。
    • 日本人に好かれるような性格だったため県知事には向いていそうな人物だったが、首相の座は海部氏には荷が重すぎた。
  6. 海部(かいふ)氏の選挙区内に海部(あま)郡が含まれており、極めて紛らわしいことから郡内にあった甚目寺町と七宝町と美和町が合併した際の市名が「海部市」ではなく「あま市」となってしまった。

宮澤喜一

[編集 | ソースを編集]
  • 「宮沢喜一」と書くことも。
  1. 自民党が下野(1度目)した時の首相。
  2. 政治家の中でも壊滅的に人望に乏しい人物と言われている。
    • 特に酒を飲むと暴言を吐きやすくなる。
    • 師匠で同郷(宮沢は広島出身)の池田勇人からはそれなりにかわいがられていたものの、先輩の大平正芳からは嫌われていた。
    • 田中角栄も宮沢のことを毛嫌いしており、「(宮沢は)官僚としては一流だが、政治家の器ではない」と酷評している。
      • 経歴的には決して凡庸と言えるような人物では無かったのだが、角栄や大平から嫌われまくっていたために首相になるのが遅くなってしまった。(首相就任時72歳。ちなみに同い年の角栄は54歳、中曽根は64歳)
    • 一応、小渕恵三が首相だった時には大蔵大臣として積極的財政政策を実行し「平成の高橋是清」と呼ばれるなど、有能な一面もあったんだけどね…。
      • 続く森喜朗内閣にも留任し、最後の大蔵大臣であると同時に初代財務大臣でもある。
      • 尚、総理大臣経験者が再び国務大臣に就任するのは戦後2人目かつ日本国憲法下では初。
  3. 河野洋平(当時の内閣官房長官)が談話を発表した時の首相であったため、右寄りの方々からの評価は低い。
    • ろくな証拠も無いまま慰安婦強制連行を認めてしまったのが非常に不味かった。
      • この結果、韓国を図に乗らせてしまったと言われている。
    • ちなみに河野は宮沢と同じ宏池会所属。
  4. 通常1年以上首相を務めた人物は亡くなった後に大勲位菊花大綬章(勲章)を受勲するのだが、宮沢本人と遺族の意向で辞退した数少ない人物である。
    • ちなみに晩年は以前より人柄が温和になっていたという。
  5. 今の若い人は宮澤エマ(孫娘)のことは知っていても宮澤首相のことは知らないという人が多いと思う。
  6. 内閣総理大臣就任が宮沢りえのヘアヌード発売と重なったため、宮沢りえの親戚と勘違いされる事もあった。
  7. 英字新聞を読んでいたところハマコーこと浜田幸一から「日本の国会議員なら日本語の新聞を読みなさい!」とイチャモンを付けられたが「あなたも国会議員なら英字新聞くらいはお読みなさい!」とやり返した。
    • 流石のハマコーもこれにはすっかり感化されたが、当人は英語がまるでダメで今更勉強してもどうにもならないということで、代わりに息子を語学留学させたという。
  8. 東大卒でない者や自分が格下だと判断した者に対してはとことん強気だったが、自分より目上かつ東大卒の者(佐藤栄作など)に対しては猫を被るという小物臭が強い人物だった。
    • 自分の上司だった池田勇人のことも(池田が東大卒じゃないという理由で)内心見下していたらしい…。
    • 上司に対してもちゃんと意見を言える大平を見習いなさい、と言いたい。
    • 東大卒であっても法学部以外の学部出身者は見下しており、法学部以外の東大卒の番記者に対し「近頃じゃあ法学部以外でも東大っていうんですか?」と嫌味をいった。
    • この辺りは家が貧乏だったのがコンプレックスで能力マウントを取っていたんじゃないかといわれている。しかし貧乏と言うなら田中角栄とかも貧乏だが品がないなりに人望はあったわけで、そりゃ角栄に嫌われるわなという感。
    • 総裁選前で竹下派の支持が必要という時に、竹下や金丸の学歴をイジっていたらしい。
  9. 大平の後任として佐藤内閣の通商産業大臣に就任したが、結局、日米繊維交渉を解決することはできなかった。
    • でも佐藤からは同じ大学のOBとして気に入られていたらしい。

細川護熙

[編集 | ソースを編集]
  1. 肥後細川家の出で母方の祖父は近衛文麿。
    • 余談だが護熙氏の弟の護煇氏は母方の家系を継ぐために近衛家の養子となり、近衛忠輝に改名している。(日本赤十字社の社長を務めた人物でもある)
  2. 京都大学を受験したが、不合格となり、上智大学に進学。卒業後は朝日新聞の記者になった。
  3. 32歳の時に初めて選挙に立候補したが落選した。
  4. 2年後に参議院議員選挙に立候補し、当選し、2期務めた後、熊本県知事2期務める。
  5. 熊本県知事退任後、日本新党を結成し代表となり、結成後の参院選に当選し、13年ぶりに国政復帰。政界再編の立役者となる。
  6. 翌年、衆議院に鞍替えし、衆議院議員に初当選。選挙後の特別国会で首相に指名され、非自民政権の首班となった。
  7. 在職中、政治改革四法案やコメ輸入自由化を受け入れるなど困難な政局を乗り切ったが、佐川急便からの関係を取り上げられ、苦境に陥り、首相を辞任するに至った。
    • 「国民福祉税」構想を打ち出しで国民から総スカンを食らったのも痛かった。
    • そもそも所詮小規模政党が集まっただけの烏合の衆だったために各政党の足並みが揃わず、僅か8か月で政権を投げ出してしまう…。
      • その後羽田孜氏に引き継ぐも、こちらも2ヶ月しか続かず、結局、自民党に政権を戻すことに…。
        • もっとも、その自民党政権も首相は社会党だったが…。
      • ちなみに後の民主党政権にも、細川・羽田政権で幹部だった人が多い。
    • 唯一功績と言えるのは選挙制度改革(小選挙区比例代表並立制)くらいだが、これも自分達が有利になるように導入したものだと言われている。
      • しかしそれが自らの首を締める結果になることに(自民党に有利になった)。
  8. その後、新進党に加わるが、離党。自身も60歳になったのを理由に議員を辞職した。
  9. 政界引退後に東京都知事選挙に立候補したが落選した。
    • ちなみに細川氏を応援していたのは同じく首相経験者だった小泉純一郎氏。だったにもかかわらず…。
      • 余談だが細川小泉コンビは腐女子に(ある意味)人気らしい…。
  10. 都合が悪いとすぐ地位をに投げ出すところは「祖父(近衛文麿)に似ている」と言われることが多い。
    • お父さんの細川護貞氏も息子の政界入りに反対しており、「あの性格ではいつか投げ出す」と言っていた。本当にその通りになったが。
  11. 鳩山由紀夫との共通点が結構ある。
    • どちらも祖父が首相経験者、自民党を下野させた直後の初の首相、在職日数が1年未満だったこと、反原発、安倍政権に対して批判的だったこと等。
      • しかし細川氏は首相辞任後まもなく(一旦は)政界を引退し陶芸家になったため、首相辞任後も元首相の肩書きを利用して暴れまくった鳩山氏よりはだいぶマシと評価されることも多い。
  12. 文化人としての人気は高いが、政治家としてはお世辞にも有能とは言い難かったため、バカ殿という不名誉なあだ名が付いてしまった。
  13. 日本の首相として初めてサミットに参加できなかった首相となった。
    • ほかに羽田孜と鳩山由紀夫がいる。3名とも非自民政権のときの首相。
  1. 細川内閣退陣後、連立政権で内閣総理大臣に就任するも、統一会派「改新」の結成をめぐって社会党と対立、社会党が連立から離脱することになった。
    • 結果羽田内閣は少数与党として出発せざるを得なくなってしまう。
    • おまけに永野茂門法務大臣が就任早々「南京大虐殺はでっち上げ」発言で辞任。大臣の座にあったのはわずか11日のことであった。
  2. こうした混乱から平成六年度の予算案が可決された直後に自民党が内閣不信任決議案を提出、衆議院を解散しても勝ち目がないことから総辞職を選択。
    • 結局羽田内閣は在任64日という日本国憲法下最短の内閣となってしまった。(大日本帝国憲法下を含めると3番目)
      • あの宇野宗佑よりも短い。
        • 2022年現在、年を越せなかった最後の総理大臣
    • 解散しても勝ち目がない以前に小選挙区制の導入が決定していたもののまだ区割りが確定していなかったため事実上、衆議院解散・総選挙は不可能な状態だった。
  3. 晩年は脳梗塞の後遺症のため政治家生活が難しくなり、2017年に82歳で亡くなった。
    • 息子の羽田雄一郎も2020年に53歳で亡くなった。
  4. 「省エネスーツ」を愛用していたことで有名だった。全く流行らなかったが…
    • ただ単に半袖なだけのように思いがちだが、キチンと素材から涼しくなるように考慮されていて、そのことから後のクールビズの考案にあたっての下敷きにはなったという。
    • 最初に愛用したのはアーウー宰相こと大平正芳なのだが、羽田のほうが印象は強い気がする。

村山富市

[編集 | ソースを編集]
  1. 社会党政権下で首相に就任するも、事もあろうに自民党との連立を打ち出し、社会党衰退の原因を作った。
    • 自民党との連立のために自衛隊合憲・安保条約堅持など、これまでの社会党の方針を180度転換してしまったのがまずかった。
    • そもそも議席数自体は自民党の方が多かったため、村山首相には実権がほぼ無かったとすら言われている。
  2. 不運にも在任中に阪神・淡路大震災が発生、その対応のまずさを露呈することに…。
    • もっとも、「信頼できる他人に任せただけ東日本大震災における菅直人よりはマシ」とも言われているが。
    • そもそも自衛隊の出動要請が遅れたのは兵庫県側の事情もあるし、当時はまだ法律もマトモに整備されていなかった時代だから全てを村山首相のせいにすることはできない。
  3. 村山談話は河野談話と並んで右寄りな方々からの評判が悪いらしい…。
    • 極右としてあれだけ粋がっていたはずの高市内閣ですら結局踏襲せざるを得なくなったほどにはきちんとした談話であり、それゆえ評判が悪いのは単なる右派の言いがかりという点が浮き彫りになってしまった。
  4. 1994年にサミットのためイタリアに行ったのだが、そこで出された飲み物を一気に飲んでしまい体調を崩してしまった。
  5. 村山内閣は誕生した経緯で言えば戦後最も闇が深い内閣と言われている。
    • あの評判がお世辞にも良いとは言えない民主党政権ですら一応は国民から期待されて誕生した(一応選挙には勝っているからね)わけだが、村山内閣は国民の希望が一切考慮されず、単に自民党が政権に復帰したいからという理由で社会党と馴れ合い誕生した政権である。
      • とはいえ村山氏は社会党の中ではまだ良心的(考え方が比較的現実的)な人物ではあったから、他の人物(土井たか子など)が首相にならなかったのだけは不幸中の幸いか。
    • 総選挙で自民党が敗けたのに政権の座に執着した点は石破内閣も。
  6. 政治家としての評価はともかく、人柄だけで言えば歴代宰相の中でもトップクラスに素晴らしかったらしい。
    • 他人の意見に耳を傾ける性格であり、連立を組んだ自民党のメンバーだけで無く、アメリカのビル・クリントン大統領とも親しかった。
      • ただし小沢一郎氏との関係だけはあまり良いとは言えなかった。(村山内閣が誕生した際に社会党・新党さきがけ以外の細川・羽田内閣の与党が下野してしまったため)
    • 少なくとも学歴厨の宮沢喜一氏や、イラ菅と呼ばれた菅直人氏よりは人望はあったと言われている。

橋本龍太郎

[編集 | ソースを編集]
  1. 昭和2桁生まれで初入閣、その後も党や政権の重要なポストを歴任し1996年に内閣総理大臣に就任。
  2. 就任後は行政・財政構造・経済構造・金融システム・社会保障構造・教育の六大改革に取り組んだが…。
    • 在任中に消費税の引き上げ(3%→5%)を実施したのが痛かった。
      • 増税の影響で北海道拓殖銀行や山一證券が破綻、慌てて財政再建路線を転換したが参院選の惨敗の責任を取って総辞職。
        • もっとも増税自体は村山内閣で決まっていたことだが…。
      • この人と小泉純一郎が失われた30年を引き起こし、日本がアジアのトップから引きずり降ろされた。
  3. 政界随一の政策通として知られていたが、一方で記者が分からないことを聞くと必ず嫌味っぽく返答したと言われている。
    • 竹下登は「怒る、威張る、拗ねるが橋本になければ、アイツはとっくの昔に総理になっていた」と評した。
    • 政界で唯一の友人といえるのは同期同学年の小渕恵三ぐらいだった。
      • 「恵ちゃん」「龍ちゃん」と呼び合う仲だったらしい。
        • そんなわけで恵ちゃんが総理大臣に就任した際に「首相外交最高顧問」という肩書を与えられた。
          • 更に内閣改造の際に厚生大臣として入閣を打診されているが断っている。
  4. 一方で沖縄の普天間飛行場の返還に一定の道筋を付けたり、日本の総理大臣として初めて北朝鮮の拉致事件について答弁で発言したりするなど、ある程度評価できる点もある。
  5. 辞職後2001年の自民党総裁選に再出馬したが小泉純一郎に敗れ総理復帰は叶わず。
    • 晩年には闇献金事件も判明し政界を引退。その翌年の2005年に68歳で亡くなってしまった。
      • ↑2006年ですよ。
      • 亡くなる直前まで自身の経済政策の失敗を反省し後悔していたという…。
    • 小渕と橋本が亡くなったことによって経世会は著しく弱体化してしまった。
  6. なぜかクローズアップされないが、少なくとも戦後という括りではダントツで最悪の総理大臣やぞ。こいつがやったことは全国民が知るべきレベル。知れば知るほど戦犯ぶりがヤバい。もし橋本政権による緊縮財政がなかったらも参照。
  7. 26歳で衆議院議員に当選し母親に付き添われ初登院。マスコミから「国会議員も保護者が付き添う時代になった」「マザコン代議士」と揶揄された。
  8. 橋龍といえばポマードべったりテカテカのイメージが強く、首相在任当時はポマードの代名詞と化していたほどだったが、実際に使用していたのは油性のポマードではなく水性のヘアクリームだったらしい。
    • 鈴木宗男から「あのポマード野郎…」と陰口を叩かれた。それを聞いた橋本は「鈴木君、これはムースだよ」と笑って許した。ちなみに鈴木宗男は橋本内閣で北海道・沖縄開発庁長官として初入閣している。
    • 田中真紀子からは「ポマードをべったり頭につけたおっちゃん」と揶揄された。
  9. ヘビースモーカーとして有名でチェリーを愛飲していた。また高校生の頃から喫煙していたと明かしている。
    • 死因の腸管虚血はタバコが原因であったと言われている。
    • チェリーの他にも葉巻やパイプ、キセルなども吸っていた。
  10. クレヨンしんちゃんにも「恥本首相」として何回か登場している。
    • ポマードテカテカを強調されていた回と、みさえに「そば湯要求する前に日本の政治ちゃんとしろっつの!!」とキレられる回とがあり、当時の政治に対する空気感を物語っている。
      • 今の自民党政治家に対してこんなパロディをしたら作者がたちまち叩かれるだろうに、当時はずいぶんおおらかだったように思う。というかこれで叩かれるほうがおかしいのだが…
  11. 総裁在任中、自民党本部に橋本と2ショットの写真が撮れる「龍ちゃんプリクラ」なるものが設置されていた。
  12. 第3次中曽根内閣の運輸大臣時代に、国鉄の分割民営化で辣腕を振るっていたらしい。
    • これはちょっと前までは残念要素ではなかったのだが、近年は分割民営化のスキームに起因する問題が続出しているので…

小渕恵三

[編集 | ソースを編集]
  1. 中選挙区時代は福田赳夫や中曽根康弘と同じ旧群馬3区から出馬していたが、この2人が大物だったために小渕氏の得票数は常に少なく、いつもギリギリで当選する形だった。
    • また、福田と中曽根は有権者に対してご馳走を振る舞い、(福田は懐石料理を、中曽根はお洒落な西洋料理を振る舞ったため)それぞれ福田料亭、中曽根レストランと呼ばれたが、小渕氏はどうしても資金力が弱く、おにぎり程度しか出せなかった。
      • ちなみに小渕飯場と呼ばれた。
    • ちなみに群馬であまり人気が無かったのは、小渕氏が自民党総裁選で同郷の福田ではなく、小渕氏の派閥の師匠だった田中角栄に投票したためとも言われている。
  2. 中学生の頃に生まれ育った群馬から東京に引っ越したが、編入した学習院中等科では周りが名家の子息ばかりだったことから学校に馴染めず、孤立していたらしい。
    • ちなみにあだ名は「群馬」。
  3. 1998年に同じ派閥の橋本龍太郎氏の後継として首相に就任するが、ライバルの小沢一郎氏が率いる自由党との足並みが揃わずストレスが溜まり、さらに元々心臓に持病があったのもあって脳梗塞を引き起こし、辞任後に亡くなってしまった。
    • ちなみに同じ派閥の青木幹雄氏が首相臨時代理を務めている。
    • 戦後の首相の中では最も若い62歳で亡くなった。
  4. 周辺事態法や通信傍受法、国歌・国旗法、男女共同参画社会基本法、沖縄サミットなどの功績があり平成ではかなりマシな首相だったという評価がある一方で、赤字国債を増やしたことや労働者派遣法の改悪など批判されている面も多い。
    • また、創価学会を母体とした公明党と連立を組んだのも小渕内閣からであり、保守派の方々からの批判は少なくない。
    • 今でこそ名宰相と言われているが、もし今もご存命だった場合、史実ほど持ち上げられていたかどうかは正直微妙。
      • 平成や令和の名宰相なんているのか?
  5. 首相というより、竹下登内閣で官房長官(平成おじさん)を務めていた印象の方が強いかもしれない。
  6. この人が亡くなってから経世会が著しく弱体化してしまった印象がある。
    • 小渕氏の後継の首相として清和会の森喜朗氏が選ばれ、さらにその後継の小泉純一郎氏によって経世会は壊滅させられてしまった。
      • ちなみに小渕氏は「凡人」というあだ名が付いていたが、小泉氏自身は「小渕氏は凡人では無い」と言っており良きライバルとして見ていたようだ。
  7. 濃い味が大好きで、どんな料理にも醤油やソースなどをかけまくっていた。
    • 脳卒中になってしまったのもこれが原因と言われている。
  8. 「ボキャ貧」「ブッチホン」「冷めたピザ」といったワードで度々世間を失笑させたことでも有名。
    • 中でも「ブッチホン」は1999年度の新語・流行語大賞(年間大賞)を受賞しており、「いつそんなワードが流行ったんだ?」と散々言われたものである。
  1. 小渕氏の後継として就任した首相だが、失言が多かったためにイマイチ人気が無い。
    • 後継が小泉氏だったのも森氏の人気・評価を下げる要因となっている。
    • 尻拭いに奔走した福田康夫官房長官が注目されたというのもある。
  2. 一応、失言が多いことを除けば人望自体はあり、調整役としてはそこそこ有能らしい。
    • ただし実態は体育会系の力で政治家にのし上がったようなものであり、その意味では人望と言えるかどうかは怪しい。
  3. 失言が多いという点は麻生氏と似ているが、ユーモアのあった麻生氏と異なり他人を見下すような発言が多かったことから好感度はさらに低い。
  4. 北陸新幹線が開通したのもこの人のおかげ。
    • それにより北陸3県から東京に行くのは便利になったが、逆に元来繋がりの強かった名古屋や関西へは徐々に分断が進み、東京一極集中を加速させることになってしまった。
      • 2015年の金沢開業でまず富山が、2024年の敦賀延伸で金沢や福井も分断され、とどめを刺された。敦賀以西の延伸は目処が立たず…
  5. 日本の水産高校の実習船えひめ丸が太平洋で浮上した米潜水艦と衝突し、沈没する事故が起きた際、森はゴルフ場にいて、事故の報告を受けても官邸に戻らずゴルフをし続けたことが発覚したため、辞任に追い込まれた。
    • 針小棒大な報道をするマスコミが悪いという擁護もあるにはあるのだが、失言含めて対外的な対応力も政治家の重要な資質の一つであり、その点でトップ向きとは言えないタイプである。
  6. 自民党三役(幹事長、総務会長、政調会長)をすべて経験し、かつ、総裁に就任した唯一の政治家。
  7. 自民党の会合にて出席していた引退後のハマコーから「森!!!テメェ!!!ぶっとばずぞ!!!この野郎!!!」と罵声を浴びた。
    • ハマコーは「日本をダメにした九人の政治家」で名指しこそしていないもののTVに出演した際に「あんなの」と言って手厳しく批判していた。
    • ちなみに、これを見た当の森は『また始まったよ……』とあきれていた。

平成13年〜令和元年

[編集 | ソースを編集]

小泉純一郎

[編集 | ソースを編集]
  1. 神奈川出身の政治家。第87・88・89代内閣総理大臣を務めた人物。
  2. 自慢だった平成最長政権の記録も2017年に安倍氏に抜かれた。
    • 小泉氏が唯一勝っているのは支持率の高さくらいか。
      • 日本円の価値を破壊しなかったこと、ロシアに領土を渡さなかったこと、拉致問題の実績など、小泉のほうがずっとよかった気が…
        • 下記のように消費増税をしなかったことも。
          • それと、愛・地球博においてお弁当の持ち込み不可を批判したことで、一転してお弁当の持ち込み可にしたことも。
  3. 実は逮捕歴がある。
    • 大学生の頃、婦女暴行事件を起こして逮捕されている。
  4. 離婚歴がある。そしてそれ以降、結婚していない。
    • ちなみに元妻は宮本佳代子氏。エスエス製薬の会長の孫娘である。
    • 子供は俳優の小泉孝太郎氏と政治家の小泉進次郎氏の他、そして宮本佳長氏がいる。
      • 宮本佳長氏は離婚した元妻に引き取られたが、皮肉にも孝太郎・進次郎よりも小泉元総理に近い顔をしている。
  5. この人が天下を獲ってから日本が徐々に右傾化していったと言われている。
    • 個人情報保護法の施行など秘密主義化も進んでいった。
      • テレビはプライバシー重視になりぼかしも増えていった。
        • 「特別な許可を得ています」「諸説あり」などの但し書きも増えた。
    • 社会党をはじめ野党の弱体化も進んだように思う。
      • 当時はもう社会党じゃなくて民主党と社民党
        • むしろ民主党系政党の得票率は2004ー2010までが一番高かった
          • 共社が落ちぶれたのはむしろ民由合同のせい
            • 共産党が社民党を抜いたのは拉致問題に対するスタンスの違いが大きいと思うから小泉訪朝の影響はありそう。
    • 昔と比べて何かと厳しい世の中になった。
      • ちょっとしたことで炎上する、不寛容社会にもなった。上記のように新自由主義が広まり貧困化が進んだこととも無関係ではないだろう。
        • コンプライアンスにも厳しくなった。
        • SNSの台頭もあるが、バカッターなど不適切行為も目立つようになった。
          • そういうこともあり世の中全体が性悪説で動く傾向が強くなった。
      • 日本が世界でも有数の禁止大国となった。
      • 警察権力も以前と比べて強くなったように思う。昔と比べて軽犯罪でも検挙されやすくなった。
    • 右傾化に関してはその前の中曽根時代に遡るだろう。
    • 国鉄の分割民営化も大きい(それにより労組や左派政党が衰退したため)。
  6. 実は2008年大阪五輪招致の時の首相だったが、それに関してはビデオメッセージを送っただけだった。そして案の定最下位で落選…。
  7. この人の滅茶苦茶な改革が、後に自民党が下野する遠因になったとも言われている。
    • 安倍、福田、麻生の各氏が苦戦したのも小泉改革のせいと言われている。
    • だが自民党が下野した2009年の総選挙では息子の進次郎氏に地盤を譲り、本人は引退している。
    • それとともに日本がアジアのトップから陥落し、「失われた30年」を作ってしまうきっかけとなった。
      • それと反比例するように中国やロシアなど旧共産圏各国が成長し、令和になって新型コロナウイルス感染症やロシアのウクライナ侵攻を招いてしまった。
        • その結果、日本は円安に陥り、深刻な物価高に見舞われることになった。
        • これらの出来事は日本をはじめとした世界各国に大きな影響を与えたことはもはや言うまでもない。
      • 最早日本は先進国とは言えないかも…。
      • 少子高齢化に拍車をかけ、団塊世代の退職後は各企業は人手不足に見舞われることになった。
    • 就任当時国民は改革の成果に期待したが、結果は失敗に終わり、最終的には負の側面ばかり目立ってしまった。
    • 自民党の下野後は民主党が政権を取り、ここでも滅茶苦茶な改革を行うことになるのだが、それはまた別の話…。
  8. こんな小泉氏だが、唯一評価できるのは在任中に消費税を上げなかったこと。
    • 愛・地球博において弁当持ち込み禁止を批判し、一転弁当持ち込み可能にしたことも。
  9. 靖国参拝でアジアとの関係を悪化させてしまった。
  10. 上記のように小泉以前/以後で日本の社会的様相が大きく変わってしまったことは否定しようがなく、「日本をぶっ壊した男」と言わざるを得ない。
    • 新自由主義により、日本経済が利益最優先になってしまった。それに起因する事故なども起こるに至っている。
      • 拝金主義や効率最優先主義により、全体に余裕のない社会になってしまった。
        • 企業は顧客や社員よりも株主を優先するようになった。
      • JRに関しても全席指定席化や青春18きっぷの改悪などが目立つ。
  11. 令和になってバス・タクシーや運送業界などの人手不足が目立つようになったが、少子化とともにこの人を中心とした規制緩和の流れで事業者が増えて人の取り合いになったというのも大きい。
    • 学業の面でも大学設置の規制緩和が行われたことから18歳人口が減ってるのにも関わらず大学数が増加し、その結果大学進学率が50%を越えるようになった。それにより大学生の学力低下も問題になった。
  12. マイカルダイエーはこの人のせいで潰れたとも言われている。
    • そもそも経営面の問題が大きいんだがな。ダイエーはまだしもマイカルの放漫経営は論外だろ。
    • 小泉改革がなかったら自力再建できていた可能性も否定できない。

安倍晋三

[編集 | ソースを編集]
  1. 歴代最長政権を築いた人物だが、熱狂的な支持者とその真逆の猛烈なアンチがおり、評価が二分されている。
  2. 出身地が山口説と東京説があり、安定しない。
    • 岩手の豪族の子孫」を自称したこともあった。
  3. 子供がいない。
    • 誰かさんに「種無しスイカ」と言われてしまった。
  4. 2022年7月に奈良市の近鉄大和西大寺駅前で何者かに銃撃され、殺害されてしまった。首相経験者の殺害は戦後初めて。
    • 同年9月には国葬が行われることになったが、それには賛否が分かれた。
      • 「国葬儀」なる意味不明なワードも出てきた。
    • それが引き金になって政界と統一教会の癒着が芋づる式に出てきた。
    • 21世紀の総理大臣としては初の物故者にもなった。
  5. 第一次政権の頃はバリバリの保守政治家だったが、再登板後は二階俊博氏や菅義偉氏などの影響を受けて左傾化していったと言われている。
    • とはいえ日本共産党のようなガチ左翼では無いが。
    • 逆に言えば好意的に捉えるならばバランス感覚を持つようになった、とも言える。
  6. 外交面では歴代でもトップクラスの実績を持つが、反面、国内政策(主に経済)においては外交ほどは実績を残せなかったと言われている。
    • 目玉だったアベノミクスも成功したかと聞かれると正直微妙。
      • その影響でインバウンドが盛んになり、外国人の来日が大きく増加した。その結果京都などの観光地は大混雑に見舞われることになった。
        • インバウンドが盛んになるというのは、すなわち為替が弱体化しただけでしかないのだが…
          • その結果円安が激しくなり、ウクライナ侵攻も相まって日本は深刻な物価高に見舞われることになった。
            • ホテルなどの宿泊料金の値上がりも激しく、東京都内ではなく周辺の地方都市に宿を取らざるを得ないケースも出るようになった。観光地の入場料なんかもインバウンドの外国人を基準とした値段に引き上げられ、日本人は入りづらくなった。全体として以前に増して拝金主義が激しくなっている。
        • 訪日外国人によるマナー悪化も目立つようになり、地元民の生活に支障を来すようになった。
    • とはいえ国民があまり協力的では無かったから成功しなかった、とも言えるので多少は同情もできるわけだが…。
  7. ↑の小泉氏は2008年の大阪五輪招致を成功させることはできなかったが、彼は2025年の大阪万博誘致を成功させた。
    • ただ工事の遅れや建設業界の人手不足などで予定通り開催できるかどうか微妙…。
      • 予定通り開催に漕ぎ着けたものの、やはり一部のパビリオンは開幕当初は未完成…。
      • 上記の通り万博を見ることなく亡くなった…。
  8. 第一次政権時にはこれでもかとマスコミに叩かれていたことから、第二次政権時には徹底的にマスコミを抑え込んだことで長期政権となった。
    • それも本人の殺害までは綻びなく続いた。
    • モリカケにかかる世論誘導など、これまでの自民党でも最も酷いものであった。

福田康夫

[編集 | ソースを編集]
  1. 前の人や次の人に比べて親中派だと思われているため、右寄りな方々からの評判はあまり良くない。流石に民主党政権よりはナンボかマシだったとは思うけど。
    • ただこれに関しては福田氏が首相を務めていた頃がちょうど北京オリンピックと重なっていたため、中国に対して強気の態度をとれなかったという同情論もある。
  2. 渾名は「チンパンジー」「のび太くん」など。
    • あと「亜内(武文)検事」とか。
  3. 元々政治家になる気はなく石油会社で働いていたが、給料の安さを理由に政界に転職し、父親・福田赳夫の秘書として働いた。
    • ちなみに赳夫曰く「康夫は政治家に向かない」とのこと。
  4. 総理大臣としてはパッとしない評価の福田氏だが、小泉内閣の官房長官としては優秀だったという評価も多い。
    • 官房長官に就任したのはそれ以前の第2次森内閣で、この時には既に総理の失言の尻拭いに奔走したことで評価が高かった。その流れで小泉内閣でも続投している。
    • 官房長官としての在任期間は1289日で、これは後に菅義偉が塗り変えるまで歴代最長記録だった。それだけ優秀だったと言えよう。
  5. 2012年に自民党が与党に復帰した際には安倍晋三氏や麻生太郎氏などと異なり、表舞台に立たず息子の福田達夫氏に譲った。
    • もっともこれは安倍氏や麻生氏に比べて高齢だったってのもあるが。
  6. 前後の人たちがマスコミに叩かれまくったのは有名な話だが、実は福田氏もマスコミの餌食になっていた。
    • 首相を辞任する時の会見では福田氏に対して失礼な質問をした記者に対して「あなたと違うんです!」という名言を残している。
    • 前後の人と比べてとにかく印象に弱い…。
  7. なんとなく吉本新喜劇のMr.オクレに似てる気がする

麻生太郎

[編集 | ソースを編集]
  1. 九州の炭鉱王の麻生家をルーツに持ち、祖父は戦後首相となった吉田茂。
    • 麻生グループの社長にもなったことがあるが、あの性格なので、先代社長である父親から政治家転向を命じられたため、たった6年しかいられなかったらしい。
      • それで麻生グループの社長の座を弟に譲ることとなった。このためか、同じ敷地内に住んでいながら兄弟仲は微妙。
  2. 育ちのせいか「庶民生活を知らない」「浮世離れしている」と言われる。
    • 首相在任中、国会でカップラーメン1個の値段を聞かれ、「400円」と答えてしまった。
      • 残念ながら昨今の物価高によりそれは事実になりつつある…。
    • 政財界の要人との会合は高級ホテルのレストランやバーなどが多く、「庶民感覚からかけ離れている」と非難された。
    • 漢字に弱く「未曾有(みぞう)」を「みぞうゆう」と誤読したことは、もはや伝説。
  3. この人との共通点が多いと言われている。
    • 自民党が下野した時の首相、宏池会に所属している、経済政策がハト派、英語が得意、など。
      • もっとも、人望は麻生氏の方がありそうだが…。
      • ただ外交政策は結構違う。(宮澤氏はハト派だが麻生氏はタカ派)
  4. カトリック教徒であることが知られているが、靖国神社参拝を否定しないと言う信仰の面では重大なダブルスタンダードを持つ。
  5. 退任以後も老害キングメーカーとして君臨し、2025年になってようやく憎き石破茂の首を切ることには成功したが、そこから支持率の大幅な低下や大幅な円安、さらには公明党の連立離脱といった数々の危機に陥れることになってしまった。
    • このため自民党総裁=総理大臣という構図が下野以外の事由で崩れかけるという極めてざんねんな事態に…

鳩山由紀夫

[編集 | ソースを編集]
  1. 後継の菅直人氏と共に、理系政治家のイメージを著しく損ねてしまった人物と言われている。
  2. 「Trust Me!!」
  3. お母さん (ブリジストン創業家の娘) から毎月1億円のお小遣いをもらっていると言われている。
  4. こんな彼であるが、東大出のエリートである。
    • 強いて言うならば、人間性や能力は必ずしも学歴とは比例しないということだろうか。それでも高学歴になるに越したことは無いけどね。
  5. 2015年、韓国・ソウルにある日本統治時代の刑務所跡地を訪ね土下座。期待を裏切らない友愛っぷりを見せた。
    • 「鳩山由紀夫クソコラグランプリ」で散々ネタにされてしまった…。
  6. あまり知られていないが、徴兵制推進派である。
    • さらに言えば近衛内閣の大東亜共栄圏構想を彷彿させる、東アジア共同体構想を提案していた人物でもある。ある意味、自民党より右翼的な人物。
  7. 小渕元首相が亡くなった際は、本来は野党第一党の党首が追悼演説を行うのだが、当時民主党代表だった鳩山氏は小渕氏の遺族から嫌われていたため、代わりに社民党の村山元首相が行うことに…。
  8. 1979年、まだ日本の野球界でセイバーメトリクスの概念が知られてない頃に「野球のOR」という論文を発表。送りバントの有効性や盗塁成功率など、現代でも通用するデータ研究を先取りしていた。政治家ではなく学者になっていれば良かったと言われる人。
    • ちなみに、1979年の野球界の出来事は江川-小林のトレードや江夏の21球など。まだ川崎球場や後楽園球場が現役バリバリの頃である。
  9. 1999年、民主党代表時代の第一回党首討論で小渕首相(当時)に開口一番「きょう総理は朝何を召し上がったでしょうか。」と質問したことがある。
    • その後、鳩山代表は「私は、けさはピザを食べてまいりました。特に、温かい、非常に熱いピザをおいしくいただいてまいりました。」と続けた。
      • これは小渕首相が当時、アメリカの新聞で「冷めたピザ」という異名を付けられたことに対する皮肉らしい。
  1. 年金未納問題で中川昭一・麻生太郎・石破茂の3人を「未納三兄弟」と揶揄するなど自民党を激しく追及していたが、後になって自分にも、それも年金の所管である厚生大臣時代に年金未払い期間が存在したことが発覚した。
    • 責任を取り民主党代表を辞任する羽目になる。辞任後、反省のため頭を丸めて四国遍路の旅に出た。15年近くかけて区切り打ちをし結願している。
  2. 民主党政権で首相に就任するも、在任中に東日本大震災が発生し、その後自民党政権への復帰を促すことに…。
    • もっとも、東日本大震災自体は数世紀に一度とも言われるほどの大災害だったのは事実であり、もし仮に他の人が首相だったとしてもマトモな対応ができたかと聞かれると疑問符が付く。だからといっても菅直人がマトモな政治家だったとは全く思わないが…。
  3. 実は「美作の菅家」の系譜に連なる(菅原道真まで家系図をさかのぼれる)人なのだが、さすがに東日本大震災での対応はご先祖に申し訳が立つものと言えない。
  4. 山口県宇部市出身だが「戦後の総理は出身選挙区でカウントする」ので山口県ではなく東京都の総理扱いされる。
    • 同字異音の苗字の方は出身は神奈川か秋田でちょっとした論争になっているのに。
    • ちなみに本籍地は山口でも東京でもなく岡山
  5. 息子の菅源太郎氏が岡山1区から出馬しているが、落選している。
    • 源太郎氏がここから出馬したのは菅氏の本籍地だから。
    • ちなみに源太郎氏は中学校では生徒会長を務めていたが、その中で政治的主張を行ったために全校生徒から嫌われ生徒会長を罷免されたらしい。
  6. 従姉と結婚したことが一部の人たちからネタにされている。
    • 昔はそういうのが結構あったらしい。
  7. 叩き上げ政治家の代表格と言われることが多い(世襲議員ではないのは事実だが…)が、菅直人氏のお父さんは有名企業の役員であり、直人氏もなかなかのボンボンである。
    • 直人氏のお爺ちゃんも医師であり郡会議員を務めていた。
    • 菅家は岡山に広い土地を持っているらしい。
    • 叩き上げと言えば異音同字の苗字の元首相の方も言われていた。
  8. 菅直人氏が応援に駆けつけた候補者は高確率で選挙で落選しており、党内でも煙たがられているのだとか…。
  9. 一応「麻雀点数を計算できる電子計算機」という特許を持っており、政治家になどならなければもしかしたら優秀だったかもしれない、ざんねんな人物でもある。
    • あと弁理士の資格も持っている。
    • そういう意味では鳩山由紀夫氏と共通する。
  10. 2012年の選挙では首相経験者であったにも関わらず選挙区では落選、比例で復活した。
    • しかも海部俊樹氏と違って直近だったにも関わらず、だ。
    • 2017年、2021年は共産党の選挙協力もあり小選挙区で当選。
  11. 2022年の安倍晋三銃撃事件の後、衆議院での追悼演説を誰が行うか話題になる。慣例では野党第一党の党首や首相経験者が行うとして、立憲民主党の野田佳彦元首相の名前が挙がるも、野党第一党所属・現職議員・首相経験者と条件は全く同じなのに、菅氏の名前は挙がらず。
    • そりゃまぁ「近いうち解散」という「功績」のあるほうがいいに決まってるしな。
  12. 橋本内閣の厚生大臣だった頃に堺市の小学校でO157による集団食中毒事件が発生。
    • その際、証拠も無いのにカイワレ大根が原因だと決めつけたため、風評被害によって多くのカイワレ農家が倒産した。
      • その責任をとってカイワレを食べまくるパフォーマンスを行った。
    • 一応、薬害エイズ事件を解決したことが数少ない功績と言われているが…。
    • 当時の厚生省のポスターで、老人用紙オムツを頭に被ったことがある。
      • 本人いわく「おつむとオムツをかけた洒落」のつもりだったらしい……。

野田佳彦

[編集 | ソースを編集]
  1. 日本の黒歴史である、ミンス党政権の最後の総理大臣。
    • ルーピー鳩山や、未納兄弟の4人目の菅直人、枝野など、ホントの意味でざんねんなヒトたち揃いのミンス党の中での数少ない良識人である。
      • 民主党の中でも非主流派で保守寄りに位置する。
      • ネット上では「なぜ国民民主党へ行かないのか」と言われることも多く、民主党系の政治家ではかなり評価されている印象。
        • ネット上と現実の国民民主党の支持の乖離をキチンと理解しているため、行くわけがない。この点についてはネット民の方が明らかにざんねん。
          • 国民民主党のTwitterのリプ欄なんかを見ていると信者で先鋭化していたりして、その点ではれいわ扱いされることもある(主張的にはれいわよりはるかにいいが)。ちなみに野田佳彦の国政初当選時の所属政党は日本新党で、国民民主党の(実質的な)源流である民社党ではない。
      • ただ枝野などと違い身内からはあまり好かれていない。
    • 最大の功績は、内閣総辞職をしてミンス党政治を終わらせたこと。
  2. (本人ではなく野田内閣の方だが)淫夢ネタにされてしまった。ゲイ向けAV男優が並んでいるところがニコニコ動画に投稿されたところ、誰かが「野田内閣」と書いたためそれが定着してしまった。
    • なお、安倍内閣や菅内閣になっても、コメントは「野 田 内 閣」に変わりない。また、そこで流れた「銀の龍の背に乗って(中島みゆき)」も風評被害を受けてしまった。
      • それ以外にもドジョウを使ったプレイを行ったゲイ向けAVで「総理大臣の誕生か?」という語録が出て来るが、出典の発売時期からして語録の誕生の元凶になってしまった。
  3. 首相時代、自民党総裁(当時)・安倍晋三との党首討論で、衆議院解散を約束した事(いわゆる「近いうち解散」)はもはや伝説。
    • ただ、当時政権与党内からは「自爆テロ」「皆殺し」などと批判殺到だった。
  4. 参議院決算委員会にて18歳からタバコを吸っていたことを明かし慌てて「20歳から」と訂正した。質問した野党議員も「ここは目を瞑りましょう」と失笑した。
  5. 立憲民主党では代表に返り咲いたまではいいが、政局勘のひどさは相変わらずで、とうとう安住幹事長にイニシアティブを奪われる始末。
    • 2026年総選挙の結果失脚が確実となったが、実際のところ内心これを喜んでいるのは当の立憲民主党支持者という有様。
      • 公明党支持者にとってはぶっちゃけどうでもいい話。立憲から比例票を吸い取ったおかげで公明分の議席数は増えたので。
    • 立憲前代表の泉健太にガチギレされる。
  6. 党内政治にだけはめっぽう強いが、その実プロセスをかなり非民主的かつ強引に推し進めることだけがその強さの源泉であり、このため落選議員に「中学校の公民で民主政治を教わってるのかな」とまで言われてしまった。
  7. 某都知事に対抗して尖閣諸島の国有化に踏み切ったが、中国で大規模な反日デモが発生した。

令和2年以降

[編集 | ソースを編集]
  1. 生まれも育ちも秋田なのに神奈川出身の首相扱いされている。
  2. 安倍晋三の持病悪化による辞任に伴って就任したため、次期首相が決まるまでの『ワンポイントリリーフ』と揶揄されてしまう。
    • 更に田中真紀子からは「安倍家の生ゴミのバケツのフタ」と揶揄された。
  3. 唯一の功績が携帯電話料金の引き下げ。
    • その他、第2次安倍内閣以降総辞職するまで一貫して官房長官を務めたため、官房長官の在任期間が連続・通算とも歴代1位となった(2822日在任)。

岸田文雄

[編集 | ソースを編集]
  1. 歴代初の開成高校出身の首相。
    • でも東大卒じゃない。
  2. 元々はハト派の人間だったのに首相になってからは安倍氏以上の強硬派になっている。
    • 本当の意味でそうだったら『去勢された男』だとか揶揄されてないと思うんですけどぉ?……
  3. さまざまな物事を検討するたびに、Yahooニュースコメントが荒れる。
    • 「検討検討検討検討検討検討(中略)検討検討検討検討検討誤判断」というコメントが大量に並ぶ。
    • 安倍氏や菅義偉氏に関しては擁護する意見もそれなりにあったが、岸田氏に至っては擁護する意見を見つけるのが非常に困難…。
  4. 当初はする気がなかったのに、党内有力者からプッシュされたり世論の収まりが付かなくなったりしたことで突然対応に着手する事例が多く見られる。これを「右顧左眄」と言う。
  5. 世界中がウィズコロナに舵を切り、自粛をやめはじめている中、なかなかコロナ対策をやめられない。
    • とはいえ、初期に感染者が少なかった日本は、かわりに現在感染者が世界の中でも非常に多くなっているという事情もある。
    • 緊急事態宣言やまんぼうを行わない、全国旅行支援など、前向きな試みも行ってはいるが、まだまだ海外のようなコロナとの共存には踏み切れていない。
    • 全国旅行支援はウィズコロナに前向きな政策ではあるが、電子クーポンの受け取りのわかりづらさなど、未熟な点も見受けられた。
    • それでも2023年3月にはコロナを感染症2→5類に引き下げ、マスク規制も緩和した。とは言え国民の意識は急には変わらない…。
      • これまで連日のように報じられてきたコロナ感染者数もこれを境に報じられなくなった。とは言え感染が収束したわけではなく、さらに拡大しているという意見もある。
      • イベントや観光地の人出もコロナ前に戻りつつある。
        • 2023年秋には京都などの有名観光地はコロナ前よりも混雑するようになった。
  6. 岸田内閣になってから閣僚が次々と不祥事で辞める事態に…。当然支持率も低下。
    • 2023年11月には、NHK調査で歴代最低の支持率を達成したという。
  7. 明らかに、「総理大臣の立場でやりたいことを持っていた人」ではなく「総理大臣になることそれ自体が目的だった人」である。
  8. 2023年になって「増税メガネ」というあだ名がつけられる羽目に…。
    • そのせいで彼を殺害しようとした木村隆二が再評価される始末。
    • なお当の本人は腹を立て、「レーシックでもすれば良いのか」とぼやいていた。
      • ひろゆきにピントがズレていると言われる始末。ほんとそれ。
    • 2023年の新語・流行語大賞にはノミネートされなかった。
  9. 2023年11月、自分の映像がAIで加工され、変態糞親父のやったぜコピペを読まされてしまった。
    • ちなみに動画投稿者は日本テレビ(元映像のロゴが残っていたため)にはともかく、こちらには謝罪するつもりはないらしい。
  10. 2023年の暮れに公邸で親族を招いて忘年会を開いたが、秘書官の長男が階段で寝そべったり、人を集めて組閣の記念写真の真似をしたことが文春砲にスッパ抜かれ、長男は秘書官を辞任する羽目になった。
  11. 2024年の総裁選には出馬せず石破茂に禅譲する形となったが、皮肉にもこの年からネット上でも岸田再評価の声が強まってきていた。特に岸田の辞任により麻生派&安倍派を解体したことなど、裏金・派閥を解体したことなどは大いに評価されることだろう。知られていないことが多いが実績もかなり残しており、対中政策もあちらが嫌がる内容が多く、未来では21世紀屈指の名宰相と見られているかもしれない。
  12. 外相としての在任日数はそれまで最長だった大平正芳を上回ったが、実績という点では大平に遠く及ばない。
  13. 2026年4月から施行された自転車の青切符制度の導入を決めた張本人でもある。
  1. 国民からの人気が高く「次期総裁候補」として名前が挙げられることが多いが、一度も総裁選で勝ったことが無い。
    • 総裁選の度に「国会議員からの人気はない」と、ニュース番組でネタにされるのが恒例に。
      • 国会議員からの人気はないまま、2024年には棚ぼたで総裁の座をゲットw
      • 国民からの人気は総理就任後に一気に低下した。
  2. プロテスタント信徒であることを公表しているが同時に「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の正会員である。はっきりしてくれ。
    • この点はカトリックの麻生太郎と似たようなもの。結局神道を旨とする自民党と伝統的キリスト教教派とは相性が悪いからこんなことに。
      • 統一教会!?あんなものはキリスト教ですらない。
      • ウィキペディアの情報によると、実際に関与してるぞ。
  3. 平成初期・中期の頃は朝鮮半島の武力制圧さえ辞さないほどの超タカ派だった。
    • それゆえか、令和時代になってもなお高齢者層の中には極右寄りと認識している人もいる。
    • 年を取るにつれて丸くなったと言えるのだが、丸くなった後のことしか知らない(もしくは以前のことを意図的に無視している)ネット右翼からはかなり嫌われている。
  4. 「軍事オタク」を自称し「国防がライフワーク」と公言するほど外交・防衛政策に通じ初入閣は防衛庁長官と典型的な防衛族と思われているが実は農水族の議員である。
    • そんなわけで農林水産大臣に就任した際は「防衛しか知らんのに大丈夫なのか?」と農家から心配された。
      • 農林水産大臣のスキャンダルが相次いだ時期に就任したがスキャンダルに見舞われることなく無事、内閣総辞職まで務め上げた。
      • 農政にも通じていることをマスコミが積極的に取り上げなかったことにも不満を漏らしている。
  5. あるイベントで「ドラゴンボール」に出てくる魔人ブウのコスプレをした写真が、事あるごとにネット界隈でネタにされている。
  6. 就任早々に解散総選挙をやり、その結果与党は見事に大敗してしまった。
    • あの「近いうち解散」もびっくりの大敗であったが、この選挙で大勝利を果たした立憲民主党の代表は野田佳彦であり、「近いうち解散」の雪辱を果たす形に。
      • 流石に政権交代とはいかないまでも、石破内閣の存続が危ぶまれる事態に…
  7. 「いしばしげる」と入力して変換すると「石橋ゲル」と誤変換されたことから「ゲル」というあだ名がある。
    • 似たようなものに「藤谷コル(藤田ニコル)」がある。
  8. 安倍晋三あたりですっかり失われた「総理大臣としての最低限の知性」についてはこの人がだいぶ取り返した感はあるが、この点は残念なほどに評価されない。
    • そこが評価されるということは、学のないボンボンである安倍晋三や麻生太郎の権威の失墜に直接つながるからである。
  9. 選挙には大敗し、党内人気もなく国民人気も低下してしまった割には、意外とそつなく政権運営をこなしているようにも見える。
    • 不人気と言われながらも、少なくとも支持率については宿敵・麻生内閣や第一次安倍内閣あたりと大きな差はないが、やはり安倍晋三の幻影がちらつく限りは残念なままであり続けるものと思われる。
      • 驚くべきことに、支持率については退任表明時点でだいぶ上げていた。
      • 退任前には「石破辞めるなデモ」が起きたが、参加者の中には野党支持者も多くいたので、野党にもマッチした政権だったのかもしれない(つまり、保守的な政権じゃなかった)。
  10. 2025年には、都議選と参院選で自民党は連敗。
    • この敗因の大部分が安倍及び麻生一派による裏金問題によるものであり、その尻拭いを押し付けられたも同然だった(なお裏金議員以外の戦績は意外と手堅かった)が、結局宿敵の麻生太郎の力で退任することに…
    • 参院選後は続投を表明していたが、2007年に石破が参院選で惨敗した当時総理の安倍晋三に退陣を迫ったことを引き合いに出されてしまった。
      • かつての民主党もビックリのブーメランが突き刺さった・・・などとネットでネタにされた。
  11. 今思うと明らかにブ×××××すぎる、と言う理由で好かれない理由。
  12. 以上のように、ここまで見てみるとネット右翼からの視点で見ると民主党政権時代超えたと思ってるらしい。

高市早苗

[編集 | ソースを編集]
  1. 自民党総裁選挙に出馬するも、あと1歩届かない。
    • 一回目(2021年)は、4人中3位で決選投票に残れず敗退。
    • 二回目(2024年)は、1回目の投票で首位となり決選投票に進むも、2位の石破茂に逆転負けを喫する。
      • 逆転負けの原因はやはり極右に対する警戒感が発動したためなので、よっぽどとしか言いようがない。
    • 三回目(2025年)でようやく勝ったものの、公明党の連立離脱を招いてしまい、総理大臣就任が危うくなってしまった。
      • しかも勝って早々に円安が進んでしまった。
      • しかし維新と手を組み一部の保守系無所属を取り込んで女性として初めて総理大臣に就任した。
        • 維新は公明党とは異なり選挙協力が難しいと言われているのを知らないのかガン無視したのかは不明だが、とにかく火種を抱えてでも総理大臣になりたかったのは明らかである。
  2. 積極財政派である故に現役世代からの支持は厚かったが、2024年10月以降は国民民主党に取って代わられている。
    • 石破内閣の暴走を止められないガス抜きとして批判する声も多い。
  3. 2025年総裁選では、最大のライバルだった小泉ジュニアの自爆や前任の石破茂の天敵・麻生太郎の力に助けられた。
    • 大恩人の麻生太郎を副総裁に据えたことから「第二次麻生政権」と揶揄する声も……
    • 上記「総総分離」時には「何が何でも総理大臣になってやる」といった発言が報道されたため、「何が何でも総理」と揶揄する声も……
  4. 中国習近平主席との会談後、台湾に行ってその模様をSNSに投稿したところ、中国側から激しく批判を受けた。何してんねん。
    • その後も台湾有事に関して余計かつ無知すぎる発言をして、各方面から大顰蹙を買った。アホか。
      • これで中国側はとうとう日本への「渡航自粛令」が出された。とはいえ、迷惑な中国人観光客にうんざりしていた日本人にとっては願ったり叶ったりとの声も多い。
  5. 政界No.1の阪神タイガースファンとして知られる。
    • タイガースが18年ぶりに優勝した2003年には「優勝したら讀賣新聞(ご存知タイガースの怨敵・ジャイアンツの親会社)の本社前で六甲おろしを歌う」というおよそ国会議員とは思えない公約を打ち上げる。
      • しかし、讀賣本社前は公道のため許可は下りず断念。やむなく讀賣の子会社で、当時できたての汐留・日テレタワー前で、六甲おろしを熱唱したことがある。
        • しかし、その直後に行われた総選挙で落選。支援者から「くだらんことやってるから落ちるんや!」と言われたとか。
  6. 就任1ヶ月にして台湾有事答弁でやらかし、早くも「高市リスク」などと言われる始末。
    • 台湾有事にかかる答弁は基本的に全部お約束の内容であり、これは安倍晋三ですらそうだったのに、何を出し抜こうなどと考えたのか、余計な事を発言してしまった。
      • ただ、国内ではそんなに「失言」とは捉えられず、それどころか「撤回すべきではない」との声が大半。
        • ところが、トランプが台湾に独立宣言しないよう警告したことで、梯子を外されてしまった。
  7. 6のようになっているのはもちろん個人支持率がかなり高いからなのだが、その割に自民党自体の支持率はそれに正比例して上昇しているとは言い難い状況である。
    • マスコミ各社の世論調査では高市内閣の支持率は軒並み高支持率だが、自民党の政党支持率は前任の石破政権下でのそれに比べたら、そんなに上がってないことが判明。
      • つまり国民の多くは「高市さんは好き!だけど自民党は……」という声が多い何よりの証拠と言える。
      • 精度が高いと評判の自民党による独自の支持率調査でも同様に出ているようで、そのため内閣支持率が高い癖に解散総選挙に踏み切れなくなってしまっている。
        • 結局解散総選挙に踏み切ってしまった。しかも麻生太郎の反対を振り切って。その結果、情報操作の賜物で高止まりだった支持率もとうとう下がり始めた。
          • しかも真冬の寒い時に…。2月の衆院選は36年ぶりとか。
            • 大学受験とも重なる…。
          • 仮に与党が負けたら高市政権も短命政権になりそう。
            • 現に本人も、過半数割れなら総理を辞めると明言している。
              • が、話が二転三転しまくりな高市総理のことなので、それすら前言撤回する可能性も…(そのための保険として国民民主に接近しているため)
        • やはり初の女性首相だからだろうか?
        • 総選挙では、「勝てば高市総理。負けたら(中道改革連合の)野田総理か斉藤総理か別の人か…。」と脅した挙句、自民党単独で316を獲得する圧勝!
          • この結果、あらゆる疑惑が全て闇の中に葬られることになってしまった。
            • あまりに勝ちすぎたため、中道改革連合をはじめ一部野党が壊滅状態になってしまった。
  8. 実は、日本の首相として事実上史上初のタレント政治家枠である。
    • なぜなら、松下政経塾卒塾から初出馬までの間に目立った政治活動は見られず、その間の顕著な活動といえば短大講師を除けばタレントとしてのテレビ出演(『こだわりTV PRE★STAGE』と「朝だ!どうなる」)のみであることから、殆ど「松下政経塾卒のタレント」としての知名度を売りにして出馬したためである。

関連項目

[編集 | ソースを編集]