もしあの空港が○○だったら

ナビゲーションに移動 検索に移動
  • 新規追加は東から順にお願いします。

分割済み[編集 | ソースを編集]

ジェット機対応だったら[編集 | ソースを編集]

丘珠空港[編集 | ソースを編集]

  • 2016年夏からFDAがジェット機で静岡線を季節運航することが決定。
  1. 「ジェット機は千歳、プロペラ機は札幌」の棲み分けは存在しない。
    • とは言え札幌市街地に近すぎる+用地を確保できないなどの理由から、千歳空港自体は史実通り建設されている。
      • 史実とは逆に「札幌直行便が丘珠行、北海道の他の都市への乗り継ぎ便が千歳行」と言う棲み分けになっていたかもしれない。
  2. 地下鉄東豊線が丘珠空港まで延伸されていた。
  3. 2010年代以降は北海道におけるLCCのターミナルとしても繁栄していた。札幌市街地に近いこともあって、丘珠空港発着のLCCは常に利用率が高く、なかでも成田-丘珠線はLCC各社にとって一番の稼ぎ頭となっていた。
  4. 距離的には札幌に近いけど千歳には快速エアポートがあるので時間的にはあんまり変わらなかったり。
  5. 北海道主要空港民営化の対象にも含まれていた。

佐渡空港[編集 | ソースを編集]

  1. 新潟便は船で十分なので設けない。代わりに東京・大阪アクセスを向上させるために、羽田・伊丹に2便ずつ運航。
    • 要するに能登空港のようなイメージ。
    • 新千歳、仁川、上海にも運航。
  2. 輸送量はたかが知れているので、MRJによる運航。
    • 能登空港同様ANAになればいいが、新潟県で設立する航空会社になりそう。
      • 「佐渡エアラインズ」とか「ときエアコミュータ」とかになりそう。
      • なぜかLCCが参入。外国人の観光利用も多い。

調布飛行場[編集 | ソースを編集]

  1. 横田基地の軍民共用化問題は最初から存在しない。
  2. 現在は「羽田より発着料が高くなく、成田より都心から遠くない」と言う理由で、事実上LCC専用空港と化している。
    • 空港利用客の為に京王電鉄も飛田給駅に優等列車を停めていた(史実ではサッカーの試合が開催される時のみ臨時停車)。
      • それでも西武多摩川線が空港乗り入れない限り調布などからのバス連絡で十分な気がする。
    • 行先表記は「東京(調布)」になっていた。
  3. 「東の調布、西の伊丹」として騒音問題が槍玉に挙げられていた。
  4. FC東京の選手がイメージキャラクターに採用される。
  5. 成田のT3が建設されないかも。
  6. 飛田給駅か西調布駅から分岐して京王空港線ができて味スタ駅、調布飛行場駅ができていた。
    • 京王は調布駅まで複複線化していた。
      • 緩行線ホームが最初からつくられない駅が多くなり野放図に特急停車駅が増やされ準特急がなくなることはなかった。
      • 京王ライナーは調布飛行場駅、イベント日の味スタ駅、調布駅、新宿駅のみ止まり都営新宿線直通する列車として設定されていた。(都営地下鉄初の有料特急となっていた。メトロロマンスカーがありならいけるはず)
        • 史実のように都営新宿線急行が大幅減便されても、有料特急としては生き残っていた。
  7. 味スタでのサッカーの試合の選手たちの移動に便利になっていた。

福井空港[編集 | ソースを編集]

  • 滑走路を延長してジェット化する構想があったが、福井県議会で小松空港を重視する政策が採られた為白紙に。
  1. 少なくとも富山空港と同規模にはなっていたと思われる。
    • 建物も現在の物ではなくなっていた。
  2. それでも羽田行き以外は小松空港を使う県民が多い。
    • 小松と福井で何かしらの棲み分けが行われていた。
      • 福井のバスターミナルからは双方へのアクセスバスが運行されている。
    • 但し上にある金沢空港が開業していたら話は別。
  3. 管制が中部国際空港からのリモート操作になる事もなかった。
  4. ジェット化と同時に南越地域に移転していた(丸岡では小松に近すぎるのと、嶺南地域からの利便も考慮するという理由で)。
  5. でも、北陸新幹線敦賀開業時には何らかの影響はあるかも。(事実、東北新幹線全線開業時には、青森・三沢の両空港で、羽田線の機材の小型化や減便が実施されている。)
  6. 「福井くずりゅう空港」や「福井フェニックス空港」といった愛称名が付けられていた。
    • 「福井恐竜空港」になっていたかもしれない。

広島西飛行場[編集 | ソースを編集]

  1. 広島空港なんてできなかった。
    • 広島市街地から至近なこともあり、対羽田では航空シェアが新幹線より勝っていた。
    • 沖合拡張の上でこちらが「広島空港」を名乗っていた?
      • 現実の最盛期以上に拡張すると進入コースが宮島に引っかかってしまうためもう拡張不能とされていたはず。
    • そもそも現空港完成まではこちらが「広島空港」でエアバスA300やボーイング767も発着していた。
  2. 岩国錦帯橋空港もできなかった。
  3. トンネル方式の採用を余儀無くされるため広島南道路の江波より西の区間の完成が遅れていた。

成田国際空港[編集 | ソースを編集]

地方空港として開港していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 空港名は「千葉空港(空港コード:CBA)」になっていた。
    • 千葉県の知名度はもう少し上がっていた。
  2. 勿論成田新幹線は計画されなかった。
  3. 2002年位まで台湾の会社が「東京便」としてここに乗り入れたかも。
  4. 百里飛行場は軍民共用化されない

1977年以前に開港していたら[編集 | ソースを編集]

  • 現実では1978年5月20日開港。
1930年代
  1. 当初は恐らく陸軍の飛行場だった。
    • 戦後米軍に接収される。
  2. 戦後の県の人口が現実より増えていたかも。
  3. 多古線は現在も存続している
1963~64年
  1. 1964年の東京五輪にあわせる形だった。
  2. 国鉄成田線が開港時点で乗り入れる
  3. 京成の経営難は現実より緩和された。
    • 千葉急行東葉高速北総は現実より早く開通し北千葉線が実現していた
      • 千葉急行線は20世紀中に海士有木まで開通した。
    • 3200形登場が空港乗り入れを見越し1年程度早まったかも。
      • 同形ベースの特急専用車(それが初代AE形だったか)が導入されたかも。
        • その場合同形片開き戸車はなかった。
        • 有料特急専用車は最初から冷房付きで登場していた。同時に1600形は前面貫通型の3扉ロングシート車に改造され、青電塗装に変更された。
  4. TDL開園が早まったか。
    • 現実とは違う場所につくられたかも。
  5. 県の人口が現実より増えていた。
1972年
  • 当初は10月開港予定。
  1. 成田新幹線が実現した
    • 東北上越北陸新幹線と直通させる計画が出る。
    • N'EXは存在しない。
      • 現実の日光・きぬがわ号はE257系500代あたりが転用されてきた。
      • 長電スノーモンキーも存在せず現実より多くの小田急HiSEを譲受する。
    • 房総特急に京葉線経由はなかったかも。
  2. 上記同様京成の経営難は現実より緩和された。
    • 同じくスカイライナー放火事件はなかった。
    • 同じく千葉急行・東葉高速・北総は現実より早く開通し北千葉線が実現していた。
      • 同じく千葉急行線は20世紀中に海士有木まで開通した。
    • 3300形が空港乗り入れを見越し現実より多く導入されたかも。
      • 3300形には最初から冷房付きで新製された車両も存在した。
  3. 上記同様TDL開園が早まったか。
  4. 上記同様県の人口が現実より増えていた。

空港名が○○だったら[編集 | ソースを編集]

千葉空港
  1. 空港コードはCBA。
  2. 千葉が田舎と笑われる。

第3ターミナルが建設されなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. その分茨城発着便が増えていた。
    • 批判が史実より収まった。
  2. 調布飛行場がジェット化されていたらあり得そう。

羽田空港[編集 | ソースを編集]

沖合展開拡張工事に失敗していたら[編集 | ソースを編集]

ヘドロ状の地盤を改良するための土木技術の進歩が追いつかず、沖合展開工事の目処がたたないと仮定。

  1. ターミナルビルも古い建物をリフォームしてだましだまし使用。
  2. 発着便数は少ないままで、発着枠の奪い合いは熾烈を極める。
    • 羽田発着のフライトの運賃は高めに設定される。
  3. 成田空港は第三滑走路まできっちり建設され、国内線の地方路線や国内線のLCCは成田に発着。
    • 成田スカイアクセスは1990年代のうちに全線複線で開通していた。JRも別にトンネルを建設して成田空港線が複線化されている。
      • 一方京急空港線は「空港線」と名乗りながら空港アクセスとは無縁で、羽田空港駅も空港アクセスには全く使えない下町の小駅のまま。旧1000形の最後の砦として知られるなど、常に京急最古参の車両が活躍していた。
        • 「蒲田飛ばし」が問題になるどころか通常の快特すら京急蒲田を通過する。
    • 東京モノレールがJR東日本の傘下になる事はない。もちろんJR羽田空港線なぞ妄想も甚だしい。
  4. 静岡空港の建設が促進され、新幹線新駅もきっちり建設される。
    • 神奈川西部の利用者は静岡空港を選択するようになる。
    • 静岡空港駅には一部の「ひかり・のぞみ」が停車していた。
    • 茨城空港もある程度のシェアを得ていたかもしれない。
  5. 羽田・成田共に発着枠が逼迫している中で国際線の発着枠を確保するため、新幹線で行ける(比較的近い)都市への便数を削減するよう政府が決定。
    • 東海道新幹線の輸送力を増すため二階建て車両が登場する。
    • 新東名はもちろん片側3車線で建設される。
    • 中央新幹線や北陸新幹線の全通が早まった。中央新幹線は普通の新幹線規格になっていたかもしれない。
    • 東北新幹線も輸送力列車として2階建てE4系が大量に使用されていただろう。
    • 山形新幹線や秋田新幹線も東北新幹線の輸送力確保のため、フル規格車両乗入れ対応となっていたかもしれない。(東北新幹線に小型車両はまかりならぬと)
  6. 首都圏第三空港の計画も具体化している。場所は東京湾の千葉県沖か?
    • 同時に羽田廃止論の声も出ていた。
  7. 横田基地や厚木基地の軍民共用化がもっと現実味を帯びていた。

エアバスA380の就航が実現していたら[編集 | ソースを編集]

  • A380の就航は後方乱気流や滑走路の運用制限などの問題があり見送られていますが、107番スポットはA380対応の搭乗橋が設置され、113番スポットもA380対応に改修可能です。
  1. おそらく発着枠の2枠分を1枠にしていた(上記の問題で)。
    • 深夜帯は1枠分を1枠にしていた(発着便数が減少する為)。
  2. ANAは史実より10年ほど早くA380導入を決定していた。
    • 勿論通常塗装で導入。
    • 再国際化と同時に就航できればこうなったかも。
    • どの路線に運用されただろうか。
  3. ルフトハンザとエールフランスは羽田便にA380を運用していたかも。
  4. 深夜帯の発着はエミレーツ航空(22:45着・EK312便/00:30発・EK313便)だと思われる。

中部国際空港[編集 | ソースを編集]

1989年に開港していたら[編集 | ソースを編集]

  • 中部国際空港が「世界デザイン博覧会」が開催された1989年に開港していたら?
  1. 1988年の名古屋夏期オリンピック開催を見越して建設された。
    • 名古屋の'88年夏期オリンピック誘致の失敗で,空港周辺の開発のペースが('80年頃に計画した場合と比べて)一旦遅くなる。
    • バブル景気で,開港の頃,空港周辺の開発が一気に進む。
    • 国際展示場の開場がデザイン博開幕と同時になり当初デザイン博の「空港会場」として使用された。
  2. 名鉄常滑線が延伸扱いで中部国際空港に乗り入れ。名鉄常滑駅は駅改良に合わせて高架化(空港方面へ通り抜け可能に)。
    • 太田川駅の立体交差化が早まった。
    • 常滑~空港間も7500系乗り入れ対応だった。
      • それでも全廃時期は変わらなかった。
    • イベント列車で「パノラマDX」「いもむし」が中部空港まで入線したかも。
    • 尾張横須賀駅は高架化時にホーム有効長が8両分に伸ばされた。
    • 西ノ口駅の移転・橋上化・2面4線化・ホーム有効長の8両分延伸も空港乗り入れまでに実施された。
    • 中部空港駅は当初から2面4線だった(当初の利用者数予測が史実より多かったと考えられる為)。
  3. 名鉄1000系「パノラマSuper」は当初から空港アクセス・120Km/h運転を考慮。常滑線の高速化が開港までに行われたのは言うまでも無い。
    • 開港時期次第で、金山橋駅の移転(金山総合駅の完成)が少し早まる。神宮前までの複々線化は金山橋駅移転の約9ヶ月あとに。
    • 特急「北アルプス」は常滑線空港乗り入れ開始と共に運行区間が中部空港~高山間に変更された。
      • キハ8500系は現実より多く製造され「北アルプス」は2004年頃まで運行されたと思われる。
    • 6500系1986年導入車は車体構造が5300・5700系に準じた構造に変更され6800系は当初から前述とほぼ同一の車体構造だった可能性も。
    • 5300・5700系は設計当初から120Km/h運転が考慮され5300系の台車は5000・5200系からの流用品ではなく新製台車だった。
    • 「新○○」「名電○○」「東岡崎」駅はこの時期に「名鉄○○」駅に改称された。
      • 「北アルプス」用車両は運行終了後ミャンマーあたりに譲渡。
    • 5500系は一般営業で空港に乗り入れた。
    • 1600系登場以降は現実とほぼ変わらない。
      • 1600系は車体傾斜装置を1000系などに合わせ不採用・当初から4連固定・走行機器類は3700系とほぼ同一。
      • 2000系は前述の既存車同様車体傾斜装置不採用・下記の愛・地球博に備え1000系検査時の運用補填として導入・現実より製造両数が少ない・当初から4連固定・走行機器類は3300系とほぼ同一。
    • 全車特別車運用減少後も残った1000系4連は2015年頃から車内外のリニューアルが実施された。
    • 常滑競艇の臨時増発設定廃止も早まった。
  4. 中華航空140便墜落事故」の内容が変わっていた。
  5. 開港当初欧州・北米から乗り入れる航空会社が多かった。
    • 1988年段階で日本未就航の会社が中部空港に「日本初就航」するのが珍しくなかったかも。
    • 開港祝いでエールフランスのコンコルドが来港したかも。
    • 平壌便が現在も存続しているかも。
  6. 空港ターミナルビル内に松坂屋が出店していた可能性も。
    • ターミナルビルは2003年頃に大規模なリニューアルが行われた。
    • 第二滑走路は「愛・地球博」の前年までにできた。
  7. バブル絶頂期のため史実より開港初年の利用者数が多かった。
  8. 名古屋空港の移転拡張扱いになっていた可能性も。
    • その場合自衛隊の基地だけ残った。
    • 三菱重工の子会社三菱航空機は長崎空港を拠点にした可能性も。
      • ここが拠点の可能性高いが。
    • 旧空港ターミナルビル運営会社「名古屋空港ビルディング」は移転拡張後「中部国際空港ビルディング」に社名変更し引き続き空港ターミナルビル運営を行う。
  9. FDAは今も静岡空港ベース。
    • 清水ペイント機が存在したかも。
  10. 中京圏の地位が現実より高くなっていた可能性も。
    • そこを通る高速道路の整備が早まった。
    • 中部空港への連絡道は開港までに全通しその時(史実の「知多(半島)横断道」の部分も)「中部空港連絡道」に改称。
    • 伊勢湾岸道は20世紀中に全通していたはず。
    • 東海北陸道東海環状道名二環は「愛・地球博」までに全通。
    • 逆に関西圏の地盤沈下が現実より早まっていたかも。関空開港が史実通りの時期なら尚更。
  11. 運営にトヨタはほとんど関わっていない筈。
    • 建設費はどの位?
      • 現実の関空より安いか(バブル期以前に建設開始されたと考えられる為)。
    • 代わりに名鉄が関わっていたかも(上記の旧空港ターミナルビル運営会社の主要株主として参加した為)。
    • 2010年代以降に民営化されたかも。
  12. 関西空港が史実通りの時期に開港した場合、関空開港まで関西方面から海外に行く場合ここから出国するケースが多かった。
    • 関空は現実以上に低迷していた。
    • 大阪・京都~中部国際空港に直通のリムジンバスが運行されていた。

2004年までの2000年代に開港していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 2005年の愛知万博に向けての開港であったので、中部国際空港駅の新1番線ホームの設置が史実よりも早まっていた。
    • 2000系電車と2200系電車の登場が史実よりも早まり、2000系電車は2005年までに4両編成化されていた。
    • 新名古屋駅、新岐阜駅などの7つの駅の改称と種別の再編成も史実よりも早まっていた。
    • 場合によればいもむしや5500系が空港に乗り入れたかも。
    • 7500系の淘汰が史実より早まった。
  2. 2003年の決算で名鉄が無配になることはなかったかもしれない。
    • その代わりに、レジャー事業の再編は史実よりも早く進んでいた。
    • それ以外の事業再編も早まったかも。
  3. 2003年に開港した場合、2003年3月における名鉄のダイヤ改正はより大規模なものになっていた。
  4. 名古屋空港の移転扱いだったらこうなったかも。

名古屋空港の移転扱いだったら[編集 | ソースを編集]

  1. JAL123便中華航空140便の事故教訓とされた。
  2. 佐賀空港が福岡空港の移転扱いで開港していたらあり得た。
  3. FDAと空港運営については'89年に開港していた場合と同じ。

大阪国際空港[編集 | ソースを編集]

廃止されていたら[編集 | ソースを編集]

関西国際空港の計画が立てられた当時、大阪(伊丹)空港は廃止される予定でしたが、結局関空開港後も大阪空港を残すことで決着しました。もしこの時大阪空港が本当に廃止されていたら・・・

  1. 関西地区の空港は当然、関西国際空港に1本化される。
    • 2本目の滑走路も1994年の開港後直ちに着工されていた。
    • 3本目の滑走路も2000年代前半には完成していた。
    • 勿論、関空が大赤字を抱えてお荷物扱いされる様な事もなかった。
      • お荷物どころか、日本のハブ空港として極めて重要なポジションに位置づけられていた。
      • 関空が「大阪のワガママで建設された空港」などと勘違いされる事もなかった。
    • それでも関空大赤字は避けられなかったかもしれない。
  2. 神戸空港の建設は現実通り。
    • むしろ関空の発着能力が限界に達し、それを補完する国内線専用の空港として重要な存在になっていた。
    • 関空との間のアクセスは高速船が受け持つ。
      • 車利用者のことを考え、これも開業する。
      • ジェットフォイルが使われる。
        • ホーバークラフトかも。その場合大分からの引退時、中古機や部品を引き取っていた。
      • 東の「湘南新宿ライン」のように、尼崎→東西線→連絡線→なにわ筋線か環状線→阪和線と、環状部西回りかそれに準ずる新ルートが開拓され、神戸~関空の直通列車や、その他山陽本線・JR神戸線から阪和線方面の直通列車が設定されたかもしれない。
    • 神戸空港の規模自体も現実より大きくなっていた。
    • 京都からは関空のみでなく、神戸空港へのバスも発着していた。
    • 「ポートライナー」はリニモと同様の新交通システムとなり、関西空港まで延伸されていた。
      • 運行開始から10数年経ってのシステム変更はさすがに無謀かと。
    • 京阪中之島線が神戸空港まで延伸されていた。
    • 阪神なんば線も神戸空港開港と同時に開業していた。近鉄特急も当然三宮まで乗り入れている。
  3. 南海「ラピート」とJR「はるか」の利用客が現実より多かった。
    • 梅田からの空港アクセスが不便なため、関空開港と同時になにわ筋線が開業していた。
      • 京阪中之島線も現実より早く開業していた可能性がある。
      • 阪和線は輸送力増強の為に、一部区間が複々線化されていた。
    • 南海の業績が低迷する様な事もなかった。
      • 2000年代後半には、ラピート用の新型車両が導入されていた。
        • 「サザン」や「こうや」の車両も、とっくに新型に置換えられていた。
        • 勿論、通勤型車両でも新型への置換えが進む。
    • 「ラピート」だけでなく「はるか」も2010年前後に新型車両に置き換えられていた。
      • 京都のみならず北陸の金沢や富山からの関空直通特急も設定されていた。
      • 281系は北近畿地区特急の置き換え用に使用される。
  4. 東京~大阪間における東海道新幹線のシェアがさらに高くなっていた。
    • 大阪~福岡間も同様。
      • シェアが当初より高いため、「ひかりレールスター」は誕生しなかったかもしれない。
      • また、エクスプレス予約に新大阪・新神戸間が一足早く対応するということもなかった。
    • リニア中央新幹線の計画推進が早まった可能性もある。
      • もしかしたら、2020年には全線開通してたかも。部分開通なしで一気に開通したのでは。
        • それはありえない。現実でも30年以上前からリニアの需要は多かったのに何度も計画が延期され続けたわけで、伊丹空港の存亡くらいでそれが変わるとは思えない。
          • 少なくとも全線同時開業の可能性はあっただろう。
    • 九州新幹線も2010年までに博多~鹿児島中央間の全線が開業していた。
  5. 大阪市内(一部)の高層ビルの高さ制限が撤廃。
    • 梅田新大阪にはさらに高層ビルが建てられていた。
      • 梅田北ヤードの高層ビルは、高さが全て200m以上で建設されていた。
    • 日本一高い高層ビルも梅田にできていた。
      • うめだ阪急が高さ300mの日本一高い超高層ビルに建替えられていた…かもしれない。
    • 今以上に梅田へのオフィス集積が進む為、船場辺りのオフィス街が若干衰退する。
      • 京阪中之島線が梅田経由になっていた可能性もある。
    • 小泉内閣の時代には伊丹周辺にも高層ビルが乱立し、「伊丹のお空に高層開発」というフレーズが飛び出す。
    • 上本町の高さ制限がなくなるので、ハルカスは上本町に建てられ、近鉄本社もそこに入居していた。
  6. 大阪モノレールの千里中央以西は建設されなかった。
    • 延伸されていたとすれば阪急伊丹駅まで一気に延伸される。
  7. 大阪空港の跡地は首都機能をバックアップするために再開発されていた。
    • 橋下府知事が大阪側の再開発エリアに府庁を移転する計画を出し大問題になる。
    • 某都知事は「首都機能移転の為の下準備だ」として猛反発。
      • 東京都から国に圧力がかかり、最悪建設中止に追い込まれる。
    • 2025年開催の大阪・関西万博の開催地になっていた可能性もある。
  8. 周辺自治体の財政に痛みを生ずる。
    • 尼崎市伊丹市川西市が合併して政令指定都市になっていたかもしれない。
    • 伊丹市は市営バスを保有しなかったかもしれない。
  9. 騒音に泣かされていた住民は枕を高くして眠れる。
    • しかし一部の住民はしぶとく「空港廃止絶対反対!」を訴え続けている。
  10. 敷地の売却の際に、敷地内でごちゃごちゃになっている市境(飛び地)の問題も一緒に解決させた。
  11. 泉州地域が現実よりも格段に重要視されていた。
    • りんくうタウンの開発も順調に進んでいた。
      • 泉佐野市の財政が危機的状態になる様な事も無かった。
    • 堺市の人口が百万人を超えていた。
  12. 和歌山県が現実より発展していた。
    • 阪和自動車道も現実より早く田辺市辺りまで延伸されていた。
      • 2009年現在、田辺~新宮間が工事中。
      • 勿論、田辺までは既に4車線化済。
    • 白浜が外国人観光客の定番スポットになっていた。
      • 南紀白浜空港は「関空に近すぎる」という理由で廃止されるか、もしくは新宮市付近に移転していた。
        • 新宮移転の場合、まさかの関空新宮便が運航される。新宮までの所要時間が大幅に短縮される(大阪都心から30+30+50くらい?)が、航空料金が高いのでくろしおも存続する。
    • 紀の川市や岩出市が現実以上に発展し、平成の大合併以前に市制を施行していた。
      • 一度は頓挫した水間鉄道の粉河延伸計画が再浮上する。
  13. 大阪空港交通が関西空港交通に吸収合併されていた。
  14. 寝台列車「日本海」「きたぐに」「あかつき」の廃止はなかった。
    • 現実より彗星・なは・つるぎの廃止時期が遅い。
  15. ええ事ばっかりやん。
    • やっぱり伊丹を存続させたのは間違いだった、という事なのだろうか?
    • うーん、必ずしもいいことばかりでもないような気がする。関空や神戸は遠すぎる。
      • 寧ろ、新幹線シフトが進んでリニア新幹線の開通が早まってたかもしれないし・・・・・・、と言う事は影響は少ないんじゃないか?
        • 上にも書いたように伊丹空港の廃止程度でリニア新幹線の着工が早まったりするわけない。
    • これ系の新規投稿はとりあえず規制にしました。
  16. ここまで色々と書かれているが妄想も甚だしい気がするのは自分だけだろうか。
    • もしこの通りに行くなら、今頃広島西飛行場→広島空港に航空路線がシフトした広島市が衰退して東広島市が中核市くらいにはなってるはずだが、そんなことはないのがその見本。
  17. 関西国際空港は台風で連絡橋が通行止め(タンカー衝突)、多くの旅客が取り残される
    • 伊丹が使えないのでダイバートは神戸とセントレアに集中
      • もしかしたら伊丹の跡地に着陸するかも
        • 流石にそれはない

別の場所に移転していたら[編集 | ソースを編集]

ポートアイランド[編集 | ソースを編集]

  1. 関西の主要空港はここと関西国際空港のみに。
  2. 伊丹周辺の騒音問題は解決される。
  3. 3発機以上の航空機も何事も無く乗り入れ可能。
  4. 地方からの便も従来どおりのジェット機を使用。
  5. 梅田に超高層ビルが乱立。
  6. 大阪国際空港(伊丹空港)跡地は再開発される。
    • 再開発地域の交通機関として、大阪モノレールが伊丹まで延長される。
  7. 京阪中之島線は大阪湾岸を通りこの空港まで延長される。
    • 他に阪神春日野道駅からポートアイランドを経由して空港までの新線も建設される。
  8. 空港名はやはり神戸空港に・・・。
  9. 神戸市が現実よりも発展していた。
    • 福岡市や川崎市に人口が抜かれることはなかった。
  10. 1995年以前に移転していた場合、阪神大震災で空港施設に被害が出ていた。
  11. これ即ち「現神戸空港の位置で伊丹並みの便数を捌く」ことを意味するので、空域問題は激烈に悪化。開港と同時の陸上アプローチを解禁せざるを得なくなっていた。

夢洲[編集 | ソースを編集]

  1. 大阪空港は晴れて大阪市内に立地することになった。
  2. 大阪メトロ中央線の夢洲延伸は空港アクセスの名目だった。
    • 夢洲駅はもちろん「大阪空港」駅となっている。
  3. ここに近すぎることから神戸空港は開港していなかった。
  4. 逆に2025年の大阪・関西万博開催地が伊丹の旧空港跡地になっていた。

運営会社が○○だったら[編集 | ソースを編集]

阪急電鉄
  1. 日米航空が実現していた。
  2. 空港に梅田行きの電車も発着している。
  3. 宝塚のイメージに合わせ「日本一豪華な空港」を売りにしている。
    • その全国ツアーに影響があった。
  4. MBS関西テレビの支局かスタジオがあったかも。
  5. 阪急宝塚線曽根駅から大阪空港への分岐線が開業していた。

神戸空港[編集 | ソースを編集]

1981年に開港していたら[編集 | ソースを編集]

  1. ポートピア81開催と同時に開港していた。
  2. ポートライナーは当初から神戸空港への路線も存在していた。
    • 神戸市営地下鉄西神・山手線の新神戸延伸も史実よりも早く1981年3月に行われていた。
  3. 恐らく当初は国内線だけになっていただろう。
  4. 関西空港の開港が遅れていたかもしれない。
    • あるいはここを拡張して関西空港になっていたかもしれない。

関西国際空港[編集 | ソースを編集]

八尾空港[編集 | ソースを編集]

旅客機が発着していたら[編集 | ソースを編集]

  1. おそらく神戸空港は建設されていなかった。
  2. 地下鉄谷町線は八尾南から空港ターミナルビルまで延長されていた。
    • 梅田から乗り換えなしで来ることができる便利な空港。
    • 大阪モノレールも早い時期に八尾空港まで延伸され、伊丹空港とのアクセスも便利になっていたほか、瓜生堂駅を介して奈良とのアクセスも便利になっていた。
  3. ただジェット機は発着できず、四国などを中心とした短距離の小型機のみが発着可能。
    • 東京でいう調布空港や札幌でいう丘珠空港のような感じ。
    • 大阪-高知・松山線は全便こっちに移行。
  4. ただ市街地に隣接するため伊丹空港と同じく近隣で騒音問題が起きる。
  5. 関西三空港は関西四空港になっていた
  6. 近鉄南大阪線からも支線が伸びていた。
  7. JRも阪和貨物線のルートを一部活用する形でおおさか東線を八尾空港に延伸していた。
    • その場合は久宝寺駅には乗り入れず、大和路線との乗り換え駅は加美駅となっていた。

南紀白浜空港[編集 | ソースを編集]

和歌山沖に移転し国際化していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 紀淡海峡大橋が20世紀末に実現していたかも。
  2. ここが関西空港になっていた
  3. 和歌山が大都市になる

佐賀空港[編集 | ソースを編集]

国際空港として開港していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 名称は「九州国際空港」となっていた。
    • 規模も数倍大きくなっていた。
    • 他空港での表示は「福岡(九州)」になっていた。
  2. 福岡空港は現実の名古屋空港と同じような立場になっていた。
    • 恐らく少数の国内線のみが発着するようになっていた。
      • 伊丹レベルじゃない?少なくとも需要の多い羽田便はほぼ現状のまま残っていたと思う。あの利便性は捨てがたい、いや「捨てられない」。
    • 福岡市内には高層ビルが多数建設される。
      • 天神ビッグバンの計画内容が大きく変わっていた。
    • 福岡空港が伊丹空港のような立場に、佐賀空港が関西国際空港のような立場になっていた。
    • 九州国際空港と区別するために「板付空港」という呼び方が主流になっていた。
  3. 鉄道はJRが佐賀駅から南下する形で「九州空港線」を開業させていた。
    • 佐伯・大分発着の特急「ソニック」が空港発着となっていた。
    • 西鉄も西鉄柳川駅から分岐する形で空港に乗り入れていた。
      • 線形を考えると矢加部駅からの分岐になっていたはず。
        • 現実の花畑急行が空港に乗り入れていた。
        • 指定席車の導入が実現したかも。
          • 下記の地下鉄に代わり「空港線」を名乗り全線複線に。(天神)大牟田線の試験場前~柳川間複線化も同時に。
    • 西鉄バスも福岡県内各地から空港リムジンバスを運行。
      • そればかりか九州各地からもリムジンバスが運行される。
  4. 現実の東京・名古屋・大阪の3大都市圏が福岡も含めた4大都市圏となっていた。
    • 都市圏の位置づけは空港一つで変わるようなものではない。
    • 政府がいわゆる「三大都市圏」と同じような専用の整備法を定め長期的にそれ相応の整備を行わなければそのような変化は起きない。
  5. 就航路線はおそらくアジア線が中心になる。
    • 現実ではまだ日本に就航していなかったり撤退してしまったりした会社が多く就航している。
  6. 関空や中部の事例から考えると「九州国際空港株式会社」が運営主体になっていた。
  7. 開港時期によってははなわの歌の歌詞にも影響があった。
  8. 福岡市地下鉄の路線網は現実とは異なるものだった。
    • 現実の「空港線」は上記の西鉄が名乗る代わりに「博多線」になる。
      • 終点が志免だったかも。
  9. 筑後佐賀東部は現実より人口が増える。
  10. 九州横断道が空港近くを通る

福岡空港の移転扱いだったら[編集 | ソースを編集]

  1. 空港コードは旧空港と同一。
  2. 大阪~福岡のシェアは広島空港移転後の東京~広島のそれと似ていた。
  3. 確実に国際空港として開港する。
  4. 福岡市地下鉄空港線」は「福岡市地下鉄博多線」を名乗るか。
  5. JAL123便JAL350便の事故教訓とされた。
  6. 旧空港敷地は住宅街になっている。
    • 博多駅前に高層ビルが建ち並ぶ。
      • JRシティは高層ビルになりJR九州本社もその中に入っている筈。
  7. 「福岡空港ビルディング」が「九州国際空港ビルディング」に社名変更し引き続きターミナルビル運営を行う。
  8. 2000年代までジャンボ機の発着が多かった。
  9. 結局滑走路1本で開港していた。
  10. ガルーダ航空の離陸事故規模が大きかったらありえた。

国管理空港だったら[編集 | ソースを編集]

  1. 高度成長期に開港していたらこうなれたかも。
  2. 福岡空港や北九州空港と一体で民営化されたかも。
    • その場合運営会社名は恐らく「九州エアポート」になっていた。