幸運な駅事典
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北海道[編集 | ソースを編集]
- 元々は渡島大野駅という小さな駅だった。
- しかし「函館駅に乗り入れると将来札幌駅まで通す際にスイッチバックが必要になるから面倒くさい」という理由で北海道新幹線の停車駅に選ばれた。
- しばらくは札幌方面まで出来ないだろうから、当面の間は新幹線の終点の地位を維持しそう。
東北[編集 | ソースを編集]
- 駅自体は昔から存在していたのだが、長い間何もない無人駅だった。
- しかし東北新幹線開業後はしばらくの間終着駅になっていた。
- 北海道新幹線開業後も乗務員を交代させるという役割があったことから全列車停車駅の地位を維持している。
- 駅周辺も開発が著しく進んでいる。
- 2016年からは東北新幹線の駅としては珍しくご当地メロディが導入された。
- 「ねぶた囃子」である。
- 秋田新幹線の停車駅として追加されたが、田沢湖線と奥羽本線の線形変更は行われず、速達性を考慮するなら不便なルートとなってしまった。
- しかしそのおかげで当駅がスイッチバックをする場所となり結果的に全列車停車駅となった。
- 田沢湖駅や角館駅と異なり、当駅を通過するこまち号は1本も存在しない。
- 元々特急や急行が停車していた駅だが、1993年以降は普通列車しか停まらなくなってしまった。
- 代わりに一戸駅に停車するようになっていた。
- しかし東北新幹線建設時に「一戸駅だと盛岡駅から遠すぎる」という理由から新幹線停車駅として沼宮内駅が選ばれた。
- 小さな町の駅だが、はやぶさ号が停まるので仙台や東京とのアクセスは良い。
- 東北新幹線は元々、仙台で一旦終わりになる予定だったが、岩手出身の大物政治家である鈴木善幸が圧力をかけてここまで引っ張ってきたため、長い間終着駅になっていた。
- このおかげで東北本線の盛岡以南は第三セクターにならずに済んだ。
- 北東北最大のターミナルの座を青森駅から奪った。
- それほど大きな都市では無いにも関わらず、秋田新幹線や八戸方面の開業後も新幹線の全列車停車駅の地位を維持し続けている。
- 未だに新幹線は通過列車が設定されたことが無い。(ただし寝台特急は通過列車もあった)
- 新花巻駅
- 元々、東北新幹線は花巻市内に停まらない予定だった。
- しかしこのことが花巻市民の反発を買ったため、(建設費を地元負担とするという条件付きではあったが)急遽、釜石線との交点にこの駅を作ることにした。
- 『銀河鉄道の夜』をモチーフとした駅舎は人気が高い。(花巻市は宮沢賢治の出身地)
- 元々大きな駅だったが、東北新幹線建設時はここを通らない予定だった。
- というのもカーブがキツいため。別の場所に新幹線のホームを作る予定だった。
- しかし最終的には新幹線停車駅となりターミナルの地位を維持した。
- そして全列車停車駅でもある。
- なお、明治時代に東北本線の前身である日本鉄道は仙台市の南端部に駅を作る予定であったが、「街中心部に線路を通さなければ伊達政宗公以来の仙台は滅ぶ」との地元の熱心な誘致活動により現在の位置になった。
- 山形新幹線は元々ここまで来ない予定だったが、開業後の売上が予想以上に好調だったためここまで伸びることになった。
- ミニ新幹線の終点になったことで奥羽本線は運転系統が分断されてしまったが、おかげで階段無しでの乗り換えが可能になったため、日本一先進的なバリアフリーの駅として全国的に有名になった。
- 元々山形新幹線は仙台駅から仙山線経由になる予定だったが、奥羽本線に変更されたことにより当駅でやまびこ号とつばさ号の分割・連結が行われるようになり、つばさ号は全列車停車になった。
- 元々は磐城西郷駅という特急が停まらない小さな駅だった。
- しかし線形の関係で新幹線停車駅になったことから、今では駅前は白河駅より賑わっているともっぱらの噂である。
- そしてここから新幹線通勤する人も少なくないらしい。
関東[編集 | ソースを編集]
- 元々は関東鉄道の小さな駅だった。
- 東京方面に行きたければ取手駅で乗り換えるしか無かった。
- しかしつくばエクスプレス(TX)が開業したことで乗り換え無しで北千住や秋葉原まで行けるようになり、利便性が大幅に向上した。
- 駅周辺には茨城都民も増えた。
- 守谷市の地価公示上昇率は関東でもトップレベルを誇っている上、ヤクルトスワローズの二軍移転も決定した。
- ひたち野うしく駅
- 元々は万博中央駅という臨時駅であり、つくば科学万博の閉幕に伴い一旦廃止となっていた。
- しかし13年後に跡地にこの駅名で再度開業。通勤需要もあって駅周辺の人口も増えた。
- TXの開業で一時的に駅の利用者数が減ったものの、再び増加傾向にある。
- 元々は東那須野駅という小さな駅だった。
- 西那須野駅と黒磯駅という2つの特急停車駅に挟まれており、東那須野駅には急行すら停まらないという状態だった。
- しかし東北新幹線建設時に西那須野と黒磯のどちらに停めるかがなかなか決まらなかったため、中間地点にある当駅に新幹線ホームができることが決まった。
- 今では当駅始発または当駅止まりの列車も設定されている。
- 元々は生糸の生産地だった前橋市の方が栄えていたが、将来的に新潟方面や長野方面に鉄道を通す際に前橋経由だと大きなタイムロスになるという理由で分岐点になった駅。
- この駅ができたおかげで商業都市として高崎市が発展し、さらに上越新幹線の開業や北陸新幹線との分岐点になったことで前橋に大きな差を付けることができた。
- 本庄早稲田駅
- 2004年に開業した上越・北陸新幹線の駅。
- 新幹線の単独駅であることや、熊谷駅や高崎駅から近すぎることから当初は必要性が疑問視されていたが…。
- 埼玉県内で最も偏差値が高い高校の最寄り駅であることから近年は東京や大宮方面からの通学者の利用が増えている。
- もっと言えば、利用者数は同じ単独駅の上毛高原駅や安中榛名駅より遥かに多く、在来線と乗り換えができる浦佐駅や燕三条駅よりも多い。
- カインズの本社も駅前に移転してきた。(元々は群馬にあった)
- あさま号は元々は殆どがこの駅を通過していたが、最近はここに停車するあさま号も多い。
- 元々高崎線と東北本線(宇都宮線)を分岐させるために作られた駅だが、当時はここを通過する特急列車が少なくなかった。
- そして駅が出来たのは浦和駅や上尾駅より遅かった。
- 東北・上越新幹線開業後もしばらくは通過列車が何本か設定されていた。
- しかし湘南新宿ラインが開業してから池袋や新宿へのアクセスが大幅に向上し、新幹線も殆どが停車するようになった。
- そして2015年のダイヤ改正で全列車が停車するようになった。
- 上野駅を通過する最速列車も大宮駅には必ず停車する。
- 今では北の玄関口の座を上野駅からは奪ったと言われている。
- さらに言えば新幹線の大宮駅以南はスピードが在来線の快速列車と大差無いため、例えば地方から池袋や新宿に向かう場合、大宮駅で乗り換える場合と上野駅や東京駅で乗り換える場合で所要時間は大差無く、でも特急料金は大宮乗り換えの方が安いのでお得だよねって話になる。
- そして2015年のダイヤ改正で全列車が停車するようになった。
- 2017年以降は新幹線ホームが3面6線あるという強み(東京駅と上野駅の東北・上越・北陸新幹線ホームは2面4線)を活かして、臨時に限り始発・終着列車が設定されるようになっている。
- 2010年からは武蔵野線へ直通する大宮始発または大宮行きのむさしの号やしもうさ号も設定され、中央線や京葉線へのアクセスも大幅に向上した。
- 品川駅や新横浜駅などと異なり西日本(富山と石川を除く)へのアクセスは悪いが、その代わり東北全県や新潟、長野には乗り換え無しで行けるようになった。
- 2006年以降は東武特急も停まるようになり(東武野田線では無くJRのホームだが)、日光や鬼怒川温泉方面へも行けるようになった。
- かつては京浜東北線のみ停車という県代表駅とはとても思えないような不遇な時代があった。
- また、東北貨物線(湘南新宿ライン)はホーム自体が無く、特急はおろか各駅停車にすらスルーされてしまうような駅だった。
- しかし2013年に貨物線のホームが出来てからは利便性が大きく向上。
- 湘南新宿ラインは特別快速を含め全列車が停車。東武特急も停まるようになった。
- 新越谷駅
- 武蔵野線南越谷駅との乗り換えを想定して作られた東武伊勢崎線の駅だが、当時は田んぼのど真ん中にあるような駅であり利用者数が少なく、普通列車しか停まらなかった。
- しかし周辺地域の開発が進み人口が増えたため、準急の停車駅になった。
- イオンレイクタウン開業後はさらに利用者数が急増した。
- 駅自体は120年以上前からあったのだが、初期は常磐線と東武伊勢崎線しか乗り入れておらず、それほど大きな駅ではなかった。
- 上野駅や浅草駅の方が賑わっていた。
- しかし1960年代に入ってからは地下鉄日比谷線が乗り入れるようになり、しかも東武線との直通運転も開始した。
- これにより浅草駅を抑えて東武鉄道最大のターミナルの座を不動のものにした。
- さらに地下鉄千代田線も乗り入れ、1971年には常磐線各駅停車との直通運転も始まった。
- 2005年にはつくばエクスプレスも乗り入れるようになり、合計5路線が乗り入れる巨大ターミナルとなった。
- 尾久駅
- JRは電車線は山手線と京浜東北線の各駅停車が停車するが、列車線でここに停車するのは常磐線の快速と中距離列車のみである。
- それどころか京浜東北線の快速すら通過。ターミナル駅と呼ぶには少々弱い駅であった。
- 大昔は東北本線も停まっていたらしいのだが、戦後は全列車が通過となり、現在はホーム自体が存在しない。
- しかし日暮里・舎人ライナーが開業したことで乗り換え需要によって利用者数が大幅に増加。
- そして京成電鉄のスカイライナーが成田スカイアクセス線経由になったことにより日暮里から成田空港(空港第2ビル駅)まで最短36分で行けるようになり、JRにとっての新たな脅威となった。
- 京成上野駅がJRや東京メトロの上野駅よりやや遠いことから、京成電鉄では日暮里駅を最重要ターミナルとして位置付けている。
- 長い間東北本線や高崎線、常磐線が乗り入れていなかったため、東北・上越・北陸新幹線を使うか上野駅で乗り換えなければ北関東に行けなかった。
- しかし上野東京ラインが開業することで在来線でも乗り換え無しで北関東方面に行けるようになった。
- 特に新幹線が通らない茨城へのアクセスが大幅に向上した。
- さらに上野駅での新幹線乗り換えが不便なこともあって、常磐線ユーザーでも東京駅で新幹線に乗り換える人が増えた。
- 特に新幹線が通らない茨城へのアクセスが大幅に向上した。
- 東北・上越新幹線もしばらくの間乗り入れなかった。
- 乗り入れ後もしばらくは1面2線と余裕の無い時代が続いたため、しばらくは一部列車は上野駅を始発・終着としていた。
- しかし長野新幹線(現・北陸新幹線)開業時に2面4線となったため、定期列車は殆どが東京始発または東京止まりとなった。
- 乗り入れ後もしばらくは1面2線と余裕の無い時代が続いたため、しばらくは一部列車は上野駅を始発・終着としていた。
- 元々はJRは山手線と京浜東北線の各駅停車しか停まらない小さな駅だった。
- しかし東京モノレールがJR傘下になったことから京浜東北線の快速停車駅に追加された。
- そして改装工事が行われて乗り換えも便利になった。
- 国鉄時代はそれほど重要なターミナル駅と見做されていなかった。
- 民営化後に東海道新幹線のホームが出来たが、開業後しばらくは通過列車が存在した。
- のぞみ号はおろかひかり号ですら品川を通過する列車が存在した。
- しかし2008年に新幹線の全列車が停車するようになった。
- 同時に横須賀線も新ホームが増設されて品川始発や品川終着の列車も設定されるようになった。
- 上野東京ライン開業後は北関東とのアクセスも大幅に改善された。
- それどころか今は(東北新幹線は乗り入れないが)特急ひたち号のおかげで乗り換え無しで仙台駅まで行けるようになっている。
- 2016年にはJRの利用者数で渋谷駅を抜いた。
- 東京駅より乗り換えが楽なので、総武快速線(横須賀線直通)からでも品川駅で新幹線に乗り換える人が多いのだとか。
- 開業当初は周りに田畑が広がっているだけの小さな駅だった。
- そもそも当時の所在地は南豊島郡淀橋町だったため、東京市内に無かった。
- しかし関東大震災(大正関東地震)での被害が比較的少なかったことから新宿への移住者が急増。東京の市街地自体も西側に拡大していったのに伴い私鉄各社が新宿駅に乗り入れるようになった。
- そして1931年には総合で日本一利用者数が多い駅に、1966年には国鉄だけでも日本一客が多い駅になった。
- 現在ではJRでも新宿発着の特急列車が多数設定されている。
- 都内でもトップクラスのターミナル駅の一つだが、かつては山手線と山手貨物線(埼京線・湘南新宿ライン)の乗り換えが非常に不便な駅だった。
- 山手貨物線のホームは南渋谷駅というあだ名があり、山手線からは300m以上離れていた。
- 東京駅の京葉線ホームに匹敵する不便さだったと言われている。
- 山手貨物線のホームは南渋谷駅というあだ名があり、山手線からは300m以上離れていた。
- かつては一部の特急列車(成田エクスプレス、スーパービュー踊り子号)にスルーされていたが、現在は全列車が停車する。
- かつては東急東横線はここが起点だった。
- 大崎駅
- 元々は山手線の小さな駅だった。
- 駅周辺も寂しく、「工場以外何も無い」と言われていた。
- しかし2002年に埼京線とりんかい線がここまで伸びてきた上に直通運転を開始すると大幅に地位が向上した。
- 湘南新宿ラインも乗り入れるようになり、神奈川や北関東方面に行きやすくなった。
- 元々は特急が停まらない駅だったが、2022年に特急湘南号(旧湘南ライナー)の停車駅に追加された。
- 青砥駅
- 京成電鉄でジャンクションとも言える駅。
- 2020年以降スカイライナーが停車する様になって利便性が向上した。
- 押上駅
- 京成は押上から先の都心に鉄道を伸ばそうとしたが、京成疑獄によりとん挫して、長く中途半端な「都会の盲腸線の終点」であった。
- 浅草線との直通運転により都心方面へのアクセスが向上した。
- 2003年からは半蔵門線、東武伊勢崎線が通って、更に大手町、渋谷方面へのアクセスも可能になった。
- スカイツリーが出来てからは乗降者数が大幅に増加し、東京スカイツリータウンとも直結した。
- かつてはJRは南武線しか乗り入れない小さな駅だったが、2010年に横須賀線と湘南新宿ラインのホームが出来てから利用者数が急増している。
- 相鉄直通線が開業して海老名方面に行きやすくなった。
- 今後の活躍も期待される。
- 東海道新幹線開業時からある駅だが国鉄時代はこだま号と一部のひかり号しか停まらなかった。
- 駅前も新幹線停車駅とは思えないほど寂しく、「熱海駅前より寂しい」とすら言われていた。
- しかし民営化後にのぞみ号停車駅になった。
- 2008年には新幹線の全列車が停車するようになった。
- 篠原口は今でも田舎のままだが、北口はもはや都会の駅である。
- 横浜線も元々単線だったが、新横浜駅の発展に伴い複線になった。
- 横浜線は元々快速は通過になる予定だったが、「流石に新幹線停車駅をスルーするのはまずい」という判断から急遽停車駅に追加された。
- 日産スタジアム(横浜国際総合競技場)開場後は東京方面からの短距離の新幹線利用客も増えている。
- 1985年には横浜市営地下鉄ブルーラインが開業、さらに2015年からは快速停車駅にもなり、横浜駅に行きやすくなった。
- 県庁所在地の代表駅なのに殆どの成田エクスプレスにスルーされていた。
- 「成田空港へのアクセス特急をホームライナー代わりに使ってほしくない」という理由で朝夕以外は東京駅~空港第2ビル駅間はノンストップになっていた。
- しかし2022年のダイヤ改正で日中のN'EXでも千葉駅に停車する列車が増えた。
- 元々、京成電鉄の成田空港駅は現在の東成田駅の場所にあった。
- しかし新幹線計画が中止になったことでJR在来線(成田線)、京成共に空港に直結する新幹線の用地に乗り入れが可能になり、現在の場所に成田空港駅が移転した。
- そして空港第2ビル駅もできた。
- 南流山駅
- 元々は武蔵野線しか停まらない小さな駅だったが、TXが開業したことで乗り換え駅となり、都心へにアクセスが大幅に向上した。
- 超貴重な発車メロディ(SF22-14)を2025年11月現在も使用していることもあり、収録する方々も少なくない。使用開始の2011年以降の知名度は急上昇。
甲信越[編集 | ソースを編集]
- 浦佐駅
- 元々は上越線の小さな駅だった。
- 六日町駅と小出駅という比較的大きな駅の中間地点にある地味な駅という位置付けだった。
- しかし「六日町駅は越後湯沢駅から近すぎる」「小出駅に新幹線ホームを作るとルートが遠回りになる」という理由から上越新幹線の停車駅になった。
- 現在は駅周辺は地元では有名な文教地区となっている。
- 元々は越後湯沢駅からの回送線の車両基地だった。
- しかしJRが経営するスキー場が付近にできたことでスキー場直結の新幹線駅としてここが作られた。
- 当駅を始発・終着とするたにがわ号の中には速達列車(高崎通過)も存在する。
- 上越妙高駅
- 元々は脇野田駅という信越本線の小さな駅だった。
- 上越市の代表駅だった高田駅と新井市(今の妙高市)の代表駅の新井駅の中間地点にある小さな駅だった。
- しかし北陸新幹線開業時になるべく富山や金沢に早く行けるようなルートにしようとしたところ、脇野田駅に白羽の矢が立った。
- 現在はかがやき号こそ通過するものの、はくたか号は全列車停車となっている。
- また妙高はねうまラインの方も特急しらゆき号や観光列車「越乃Shu*Kura」の停車駅になっている。
- 篠ノ井駅
- 元々は長野新幹線開業時に長野方面も第三セクターのしなの鉄道に移管される予定だった。
- しかし特急しなの号が通るという理由から第三セクターにならずに済んだ。
- 長野新幹線は元々ミニ新幹線として建設される予定だったが、急遽フル規格に変更されたことでこの駅が出来た。
- 代わりに小諸駅が寂れてしまったが…。
- 小海線の停車駅にもなった。
- 軽井沢駅
- 昔は距離的には関東から比較的近い駅だったのだが、実際には碓氷峠のせいで非常に行きにくくて時間のかかる駅だった。
- しかし長野新幹線が開業したおかげで東京からわずか1時間強程度で行けるようになった。
- 観光客が急増した他、軽井沢から新幹線通勤する人も増えた。
東海[編集 | ソースを編集]
- 元々、東海道本線はここに駅が無かった。
- 開通から9年後に豆相鉄道(伊豆箱根鉄道駿豆線の前身)との乗り換え駅としてようやく設置が認められた。
- 東海道新幹線も付近を通過していたものの開業当初は車両基地だけがあったという状態でホームが無かった。
- しかし地元の方々からの強い要望によって5年後に新幹線停車駅に昇格した。
- 新富士駅
- 国鉄民営化後に開業した東海道新幹線の駅。
- 在来線との接続が無いため、当初は必要性が疑問視されていたが…。
- 周辺に大企業の工場が多いことや横浜・東京方面への通勤・通学客が多いことから利用者数はそこそこ健闘している。
- 新幹線の利用者数なら、むしろ在来線との乗り換えが可能な掛川駅や三河安城駅より多い。
- そもそも車社会なので自家用車やバスで駅まで向かう人も多いので…。
- 新幹線の単独駅では数少ない成功例と言われている。
- 元々東海道新幹線は各駅停車のこだま号しか停まらなかったが、1980年からひかり号の停車が増え、2003年以降は新横浜駅〜豊橋駅間ノンストップのひかり号も一日数往復運行されるようになった。
- 関ヶ原の大雪に備えて待機場所として設置された東海道新幹線の駅だが、かつては「何故こんな場所に作ったのか」と失笑されていた。
- しかし1982年に名鉄羽島線の新羽島駅が開業したことで乗り換えが可能になり、一応は岐阜駅まで行けるようになった。
- 現在は駅周辺にはビジネスホテルが沢山作られており、観光客の宿泊場所としては意外と人気が高い。
- 当駅から岐阜県庁まで一応直進のみで行ける。
北陸[編集 | ソースを編集]
- 長野オリンピック開催によって長野駅までは先行開業してくれたが、その影響で北陸新幹線が金沢駅まで来るのは大幅に遅れてしまった。
- 新幹線開業前も一応特急はくたか号が乗り入れてはいたが、東京からだと上越新幹線経由でも4時間近くかかってしまうため、お世辞にも気軽に行けるような観光地とは言えなかった。
- しかし2014年に新幹線がここまで来ると大幅に化けた。
- 観光客の急増、「富山駅や新高岡駅から金沢駅まで新幹線通勤する」という生活スタイルの確立、そして在来線に比べて雪に強く運休が少ないなどメリットが大きかった。
- かがやき号であれば東京から2時間半で行けるようになったのが大きかった。
- 他の地方都市にありがちなストロー効果の悪影響もほとんど無かった。それどころか石川に出先機関を新設した企業が増えた。
- 観光客の急増、「富山駅や新高岡駅から金沢駅まで新幹線通勤する」という生活スタイルの確立、そして在来線に比べて雪に強く運休が少ないなどメリットが大きかった。
- 昔は県代表駅だったにも関わらず自動改札機が無かったが、今は新幹線・在来線共に自動改札機が設置されている。
- 加賀温泉駅
- 元をたどると1943年に開業した作見信号場で1944年に駅へ昇格、昇格当時は普通列車しか止まらない小さな駅だった。
- 1961年に北陸本線初の特急列車である白鳥が登場し両隣の大聖寺駅と動橋駅で特急停車を巡る争奪戦が始まった。
- 国鉄は争奪戦の激化を避けるため白鳥を両駅に止め、1964年に登場した雷鳥・しらさぎも両駅に止めていたが特急のプライドやスピードアップの面から問題視されていた。
- それを鎮静化する目的で作見駅に特急を集約させ1970年に駅名を「加賀温泉」に改称し加賀温泉郷の玄関口とした。(急行も加賀温泉駅に集約されたが一部は大聖寺駅にも止まっていた)
- さらに2024年の北陸新幹線敦賀開業で新幹線が止まるように、信号場から新幹線駅に昇格した非常に珍しい例である。
近畿[編集 | ソースを編集]
- 南草津駅
- 草津市がお金を出して民営化後に新設された東海道本線の請願駅。
- 国鉄時代はこの駅周辺は何も無い森林だった。
- 今や駅周辺はマンションだらけ…。
- 国鉄時代はこの駅周辺は何も無い森林だった。
- 元々は普通列車しか停車しない駅だったが、2011年に新快速の停車駅に追加された。
- 現在は一部の特急も停まる。
- 元々は寂しかった駅周辺も立命館大学のキャンパスの新設によって急速に発展し、田園地帯から若者の街へと変貌した。
- 東海道新幹線は最初、ここを少し避けて駅を作る予定だった。
- しかし地元の方々がブチ切れたため、元々のターミナルだったここに新幹線を停めることにした。
- そして「のぞみ301号」以外は通過列車が設定されたことが無い。
- 湖西線開業後は米原駅と並んで北陸方面へのジャンクションとしても有名。
- 元々は東海道・山陽新幹線の全列車停車駅だったにも関わらず、在来線の新快速が通過していた。
- これは「京都・大阪29分」を維持するためのやむを得ない措置だった。
- しかし車両をアップデートしたことで新大阪に停車しても29分で走れるようになったため、新快速の停車駅にもなった。
- 今では新幹線との接続を考慮してサンライズ瀬戸・サンライズ出雲以外の全列車が停車している。
- 九州新幹線開業時は「16両編成以外は東海道新幹線に乗り入れさせない」という方針からここが始発・終着駅となった。
- 梅田貨物線が旅客用にも使用されることになったおかげで特急(スーパー)くろしお号やはるか号の停車駅にもなった。
- 2019年にはおおさか東線が乗り入れるようになり、放出・久宝寺方面からのアクセスも便利になった。
- 尼崎駅(JR西日本)
- 元々東海道本線は普通列車しか停車しない駅だった。
- 福知山線(JR宝塚線)も普通と快速は停まるが特急は通過していた。
- しかしJR東西線が開業した後は東海道本線の新快速の停車駅に追加された。
- 特急こうのとり号も停まるようになった。
- 山陽新幹線の駅だが、元々はこだま号と一部のひかり号しか停まらない小さな駅だった。
- しかし2000年頃から当駅停車のひかり号が増発。
- そして「新神戸駅に待避線が無い」「神戸空港への挑戦状」として朝に当駅始発の上りののぞみ号が新設された。
- 下りの夜もここに停車するのぞみ号(岡山行き)が1本だけある。
- そして「新神戸駅に待避線が無い」「神戸空港への挑戦状」として朝に当駅始発の上りののぞみ号が新設された。
- 大日駅
- 1977年に大阪市営地下鉄(現大阪メトロ)谷町線が守口まで延伸した当時は車庫だけで駅はなかったが、6年後の1983年に大日駅が開業した。
- その後1997年に大阪モノレールが門真市まで延伸し、谷町線との乗換駅に。さらにイオンモール大日もできて守口市第2の交通及び商業の拠点となった。
- 今や京阪バスのバスターミナルも併設され、守口市北部や寝屋川市北西部への玄関口にもなりつつある。寝屋川市内にある摂南大学の学生も谷町線で大日まで来てここからバスに乗り継ぐようになった。
- 萱島駅
- かつては普通しか停まらない小駅だったが、戦後の高度成長期になってここと寝屋川市の間に車庫と車両工場が開設され、さらに1980年にここまでの高架複々線化が完成して準急が停まるようになった。そのためか利用者数は寝屋川市には及ばないものの古川橋や大和田よりは多い。
- 高架複々線化に際してクスノキが邪魔になったが、神木と言うことで伐採されずに残され、高架駅を突き抜ける形で聳えている。
- 稲荷駅
- 伏見稲荷大社の最寄り駅であるにも関わらず正月や行楽シーズンの臨時停車以外は普通しか停車していなかったが、2026年のダイヤ改正でみやこ路快速・区間快速の通年停車駅に昇格。
- 手柄山平和公園駅
- 2026年の開業時より新快速やらくラクはりまも停車する。
中国・四国[編集 | ソースを編集]
- 山陽新幹線の全列車停車駅であり(利用者数では)中国地方最大の駅だが、その割に駅前には何も無い(といっても新神戸駅や昔の新横浜駅よりはマシだが)と言われていた。
- しかし近くにマツダスタジアム(広島市民球場)が開場したのを皮切りに駅周辺の再開発が進んでいる。
- 広島の副都心として期待されている。
- 元々、山陽新幹線は各駅停車しか停まらない駅だった。
- 新幹線以外だと山陽本線と岩徳線しか乗り入れておらず、乗り換え駅としては少し弱かったため。
- しかし周南コンビナートという巨大な工場が沢山あることから出張需要が見込まれ、なおかつ広島空港や宇部空港から遠いことからのぞみ停車駅に追加された。
- ICOCAのエリアに組み込まれたことにより、在来線の自動改札機が新山口駅(旧・小郡駅)より先に導入された。
九州・沖縄[編集 | ソースを編集]
- 元々は山陽新幹線の博多駅からの回送線の車両基地だった。
- しかし地域住民の「新幹線に乗せてほしい」という強い要望で博多南線が開業し、駅が出来た。
- 新幹線の車両に格安料金で気軽に乗れて博多駅まで通勤できる。羨ましい。
- 筑後船小屋駅
- 元々は特急はおろか快速すら停まらない無人駅だった。
- 九州新幹線暫定開業時に制定されたリレーつばめ号も両隣の羽犬塚駅と瀬高駅に停車していたため、船小屋駅を通過していた。
- しかし2つの特急停車駅に挟まれていたため、仲裁役として新幹線停車駅に選ばれた。
- 九州新幹線の鹿児島側を先に開業させたことで、数年間ではあるが終着駅になっていた。
- 新幹線の全線開業によって終着駅の座を失ってしまったが、それでも未だ宮崎方面への高速バスのターミナルとして乗り換え客は多い。
- 元々九州新幹線は「博多駅〜熊本駅間を先行開業させる」予定だったが、急遽鹿児島側(新八代駅〜鹿児島中央駅間)を先行開業させる予定に変更することで(暫定開業とはいえ)新幹線に早く乗れるようになった。
- もし仮に博多熊本間を先に開業させていたら、九州新幹線の全線開業は史実より遅くなっていたと言われている。
- 新幹線が出来る前は西鹿児島駅だった。
- ここから川内駅までは需要がある区間であるため、鹿児島本線が肥薩おれんじ鉄道にならずに済んだ。